SF・ファンタジー
1350文字 約3分で読了

大学生知能改変手術事件

夕方、駅を出ると空はまだ少し明るかった。昼間の熱が残っているせいか、風はあるのに涼しくはない。 改札から吐き出された人たちがそれぞれの方向へ散っていく中を歩きながら、私は無意識に肩を回した。首の奥が重い。朝から画面を見続けていたせいか、目の焦点も少しぼやけている気がした。  今日は長かった。  人と話して、資料を作って、見知らぬ大人たちと面談して、そして時間が経った。  駅前を抜け、住宅街へ入る。見慣れた道を歩いていると、少しだけ気持ちがほどけた。遠くで犬が吠えている。どこかの家の窓からテレビの音が漏れていた。  部屋へ戻ると、まず窓を開けた。  新鮮な空気が入る。滞っていた空気が動く。  鞄を机の横へ置き、椅子へ腰を下ろす。  髪は邪魔だから、後ろで一つにまとめる。  部屋は静かだが、外では、車が走る音する。  クレンジングで化粧を落とす前に、  私はスマホを取り出した。  特に理由はない。  ただの習慣だ。  画面を開く。  通知がいくつか並んでいた。  まずは、彼女にメッセージを送る。 >今、帰ったよ。  既読がつかない。  忙しいのだろう。  時間をつぶすために、ネットニュースを見る。  その中のひとつに目がとまった。 『大学生知能改変手術事件』  見出しだけなら開かなかったかもしれない。  けれど、その下に表示されていた顔写真で指が止まった。  私だった。  画面を見つめる。  鏡を引っ張りだし、顔を確認する。    やはり私だった。  いつの頃の写真かはわからない。  記事を開くと、写真はそのまま表示された。  名前も年齢も一致している。  記事の内容は、大学生を対象とした違法な知能改変手術。  大学生に同意なく手術をしていた。  警察は、複数の関係者を捜査中とのこと。  容疑者の一人として私の名前が掲載されている。  とりあえず、情報を集めようと、  私はスクロールする。  記事は続いていた。  捜査資料や関係者証言、押収された記録。  その中に、チャットログの画像があった。  私はタップして、画面を拡大する。    送信者名は私だった。  アイコンも私だった。  メッセージが並んでいるが、記憶にもない。  私は自分のスマホを確認する。  そんなやり取りは、どこにもなかった。    記事を読み直す。  内容は異様に長かった。  読み進めるたび、何度も、自分の名前が出てくる。  やがて記事は終盤に入った。  発覚経緯。  私はそこで指を止める。 『事件は関係者家族による車両突入をきっかけに発覚した』  添付写真が表示されていた。  ビルのエントランスだった。  割れたガラスに傾いた看板。潰れた自動ドア。  そして、横転した黒い車体。  事故現場の写真としては珍しくない。  よく見るために拡大をする。  リアガラスステッカーに見覚えがある。  よくあるステッカーだが、先週、一緒に選んだピンクのステッカーに似ている。  運転者氏名。  彼女の名前だった。  一度、記事を閉じる。  もう一度開く。  やはり変わらない。  そして、彼女とのやり取りに既読はつかない。  私はスマホを持ったまま、天井についているシーリングライトを見る。  部屋は静かだった。  机の上へ視線を落とす。  透明なケースが置かれていた。  見慣れた学生証だった。  その瞬間、スマホが震える。  通知が表示される。 『レポート提出期限まで残り12時間』  提出時刻は午前九時。  私はしばらくその画面を見ていた。  それから学生証を見る。  『大学生知能改変手術事件』  私はまだ大学生だった。
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作者:ReiN.
2026/09/18 • 👁 112回 • 💬 0件
コメディ・日常
1094文字 約3分で読了

恋文を読む人

「あの人、ラブレター読んでる」  オープンテラスのカフェで、向かいに座っている妻が突然言い出した。僕の肩越しに誰かを見ているようだ。 「あー振り向いちゃダメ! 気付かれるから!」  90度動かした首を再び正面――妻の方へと向ける。 「なんでラブレターって分かるの?」 「人差し指でこう……文字をなぞるように読んでるの。横にね。私も昔、ああいう風に読んでたから」 「ラブレターを?」 「そう」  一瞬、「いつ、誰からもらったんだ?」と嫉妬の念に駆られたが、とりあえず耐える。メールやメッセージアプリ全盛の時代、手紙を、しかも文字を指でなぞりながら読むなんて、ずいぶんとロマンがある。 「ちょっと微笑みながら読んでるの。しかも、ラブレターを文庫本で隠してる。道ならぬ恋かしら」 「道ならぬ恋って、ドラマじゃあるまいし」  妻の観察眼と想像力には感心する。でも、そうやって細かく説明されると余計に見たくなってしまう。それを察知したのか、妻は「ダメだからね」と釘を刺す。  確かに、僕が振り返って、もしその人と目が合ったりしたら、それはそれで気まずい。ここは妻のたくましい想像力だけで我慢しよう。 「どんな人?」 「女性で歳は……私達よりちょっと上かな。40の手前くらい。黒髪でウェーブ巻きのセミロング。綺麗な人よ」 「へぇ……」 「あなたの好みのタイプかもね」 「いやいやそんな……」  興味のないフリをして、空(から)になったコーヒーカップに口を付ける。  歳は40前で黒髪でウェーブ巻きのセミロングで、指で文字をなぞりながらラブレターを読んでて……。  ――しかも、僕の好みのタイプだと?  脳が物凄い勢いで女性のイラストを描かく。僕の想像力も、決して妻に負けてない。  あの映画に出てた女優さんか……いや、あのCMに出てたタレントさんか……いやいや、あのドラマのヒロイン役のあの人か……。妄想は止まらない。 「ダメだ! やっぱり気になるよ。そっと見ていい?」  妻が「そっとね」と言うのと同時に、ゆっくり……ゆっくりと首を回転させ、チラッと後ろを見た。しかし、そこには白いベンチがあるだけで、誰もいない。僕は思わず椅子から立ち上がり、キョロキョロと辺りを見回す。 「バーカ」  驚いて妻を見ると、「あっかんべー」と舌を出している。 「そういうことして、楽しい?」 「うん、すっごく」  あまりにも眩しい笑顔でそう言うので、何だか許す気になった。  僕は店員さんを呼び、無駄に働かせてしまった脳に糖分を送るため、コーヒーのおかわりを頼んだ。 「ふぅ」と一息ついてコーヒーを飲むと、僕の脳は、文字を指でなぞりながらラブレターを読む、妻の姿を描いた。  ――可愛いとこ、あるじゃないか。 (了)
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2026/09/18 • 👁 179回 • 💬 0件
コメディ・日常
712文字 約2分で読了

平穏が見える家

急勾配な坂の上に立つ私の実家は、怠惰でいつも余裕のない父と腰の悪い祖母が住んでいる。  私が数年ぶりに都会のジャングルから古びた二階建ての大きな屋敷へと帰れば、それはそれは酷い有様であった。祖母は自分が住むスペースをとても念入りに綺麗な状態にしているけれど、問題は父が使っているスペースである。  父は中型の犬を数匹室内へ放し飼いにして飼っており、居間は獣の臭いが充満し、居間の家具も服も犬の毛まみれ。おまけに獣臭さは居間から続く風呂場やトイレまで届いており、ひとたび洗面所のタオルで手を拭けば、私の手は犬の毛でモジャモジャになった。  唯一マシなのは、私が一人で使っていた二階の角部屋だろうか。とはいえ、私も怠惰な父に似て物の扱いが雑なので、随分前から漫画本や雑誌が床に置きっぱなしで足の踏み場がなかった。父を痛烈に批判できないのは、私もまた怠惰だからである。  それでもしばらく滞在するのだからと軽い掃除を行い、換気の為にしばらく開いていないであろう錆びれた窓を開けようとして、手前にある締め切られた重いカーテンを開けた。  そこで私は、窓の外に広がる景色に息を呑む。坂の上から、快晴の中で穏やかな顔をする山々と、そこに埋もれる田舎街がまんべんなく一望できたのだ。  酷い有様の実家に落胆する私にとって、その美しい景色は救いだった。こんなに得も言われぬ景色が見られるなんて。掃除の疲労なんて何処へやら。鬱屈した精神なんて何処へやら。胸がスッとする感覚と共に、確かに私の心は喜びで震えた。  相変わらず居間は獣臭い。手はモジャモジャになる。枕が低すぎて眠りは浅い。  けれど、平穏と平和の象徴みたいなこの景色を見る為に、またこの家に帰って来たいと思った。
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作者:ころもやぎ
2026/09/18 • 👁 101回 • 💬 0件
コメディ・日常
685文字 約2分で読了

マスカット迷宮

「ただいま、おやつある?」 「おかえり。先に手を洗ってからね」 「はーい」  娘が小学校から帰ってきた。 家に帰ってくればいつもこの調子だ。小学校でたくさん遊んでいるからお腹が空くのだろう。 私は冷蔵庫からマスカットを取り出した。それから戸棚からクッキーあとは紅茶を入れる。 「お母さんマスカット好きだよね!」 娘はマスカットを頬張りながらそう言った。 私も一粒、口へと運ぶ。 「んー、まあね」  マスカットには思い出が詰まっている。 口の中で甘い果汁が溢れて、それは記憶の彼方へと私の心を誘ってくれた。  まだ10代の後半、夫と初めてデートをした時のことだ。 デートの場所はぶどう園。 普通こういう時には遊園地や映画館を選ぶんじゃないの?……なんて思いながらそれでもワクワクしていたっけ。 たわわに実ったマスカットを収穫しながら、初めての経験にとてもドキドキしていた。  淡いマスカットグリーン。 それはマスカットの色だけではなくて、ぶどう園全体が木漏れ日でその色に染まっていた。 迷宮のように広いぶどう園を2人で歩きながら摘み取ったマスカットをテーブルで食べた。 彼と一緒にいれば私が今まで行ったことがないところに連れて行ってくれる。経験したことがないことを一緒に経験できる。 もしかしたら彼の方もそう思っているのかもしれないけれど。 私が彼のことを好きになったのは、結局そういうところからなのだろう。  あれから12年―― 私たちは結婚し娘が生まれた。 秋は実りの季節。今年娘を連れてまた一緒にぶどう園に行く予定だ。マスカットの迷宮を今度は三人で一緒に探索しよう。 爽やかなマスカット色の迷宮の中を。  私はもう一粒 手に取った。
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作者:しとえ
2026/09/18 • 👁 90回 • 💬 0件
恋愛
643文字 約2分で読了

シルバーウィーク

「そういえば、貴方、シルバーウィークに予定はあるんですか」  金曜の夜九時を過ぎた頃。テレビを見ている私の横でスケジュール帳に何やら書き入れている彼が言った。 「何だ? そりゃ独居の初老への皮肉かい。休みの日とシルバーとを掛けて……ううむ、皮肉屋になったものだね、君も」 「ち、違いますよ! 僕は普通に予定を聞きたかっただけですッ! まったく……!」   私の鬱陶しい突っ掛かりに全力で乗っかってくる彼の若々しさと来たら。可愛くて、目に入れても痛くないや。 「君は本当に私を飽きさせないね。で、シルバーウィークとやらの予定だが、今のところかポッカリ空いているよ。ああ、もしかしてデートにでも誘ってくれるつもりかな?」  わざとらしく笑ってやると、彼は目を見開き、すぐに視線を逸らした。顔が赤い。あれまあ、図星だったのか。 「……そ、そうだと言ったらどうするんです」  ぎこちない彼の言葉は、一層可愛らしくて頬が緩んだ。 「ふふ……うむうむ、君がどうしてもというのならそのデートに乗ってやろう。勿論、とんでもなくスリリングな場所へ連れて行ってくれるんだろうね」  私が顔を寄せると、彼は困った様に小さく笑った。 「そんな所に行って、貴方に倒れられたら困りますよ。僕は出来るなら、何にもない公園で貴方とのんびり散歩がしたいです。それからお互いの事を、もっと話しませんか」  真摯な言葉の数々に、私は目を丸くして固まった。愛おしそうな目をして……可愛い子だな。私はため息をついて肩をすくめる。 「……そっちの方が、心臓に悪いというものだ」
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作者:ころもやぎ
2026/09/18 • 👁 95回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
2983文字 約6分で読了

寝る

 2xxx年世界は人口に溢れていた。政府はこの爆発的な人口増加にストップをかけるため日々首脳会談を繰り返していた。  そんな中、一人の少年が奇妙な病気に悩まされていた。彼の名はカスミ。小学4年生になる。数日前からいくら目を瞑っても眠ることができなかった。医者は不眠症だと診断したが、その症状はただの不眠症ではなかった。起きた時間とまったく同じだけ、睡眠時間がやってくるのだ。その上、睡眠中は年をとらない。そして、その症状以外は健康な体そのものだった。熱が出ることもないし、頭が痛くなることもない。ただ、睡眠時間と起きている時間が、きっかり同じ時間だけ交互に繰り返されるのだった。  その症状は徐々に悪化していった。三日、一週間、半月、一ヶ月…睡眠時間と起きている時間がどんどん長くなっていく。そうなると、学校の勉強はおろか、人付き合いもままならなくなった。  世間はカスミの症状を、新種の動物でも発見したかのように取り立てた。なにしろ今は人口爆発で世界は大変なことになっている。万が一、カスミのような人間が増えると世界が混乱することになる。  新聞やラジオ、テレビまで彼を取材した。医者もカスミを見に来たし、何処の機関かわからない白衣の研究者たちもぞろぞろと彼を見に来た。しかし、病気の原因は何一つわからなかった。 幾年も経ち…。    カスミは久しぶりに目を覚ました。学校に行ったが、カスミの同級生はもう思春期になっていた。法律上、カスミの年齢は十四歳。授業の内容はもちろん、中学三年生の授業内容になっていた。当然、カスミは勉強についていけなかった。何より同級生が大人に見えた。  カスミは小学生のまま成長していなかった。なにしろ病気で歳をとらないのだ。話の内容も高校受験の話がほとんどだった。話についていけないカスミは、一人自席に着席して時間を過ごした。家に帰ったこの日から、カスミは部屋に引きこもるようになった。カスミは時間からはみ出した異星人になった気がして悲しくなった。一年後、カスミはようやく次の睡眠を迎えた。    高校生の年齢になったカスミだが、カスミは高校に通えなかった。なにしろ受験もしていないのだ。高校に入れるはずがない。学力も小学生のままだった。  何度かの睡眠と起床を繰り返したカスミは、ようやく成人を迎えた。しかし、その頃の世界は自分が知っている世界とは乖離した世界だった。車は空を飛んでいるし、食事も時間になればどこからともなく飛んでくる。一番びっくりしたことは、宅急便がなくなったことだった。荷物は全てステーションというところに預けられる。日時と場所を機械に入力すれば、あとは自動で荷物を瞬間移動させることができた。  子供達の遊びも自分の知っている遊びではなかった。テレビゲームはもう存在しなくなり、コンタクトレンズを装着することによって、ゲームの世界に入り込むことができるようになっていた。カスミの目にはその姿は異様な姿に映った。なにしろ椅子に座ったまま、子供達は微動だにしないのだ。コンタクトレンズをはめた子供達の姿は、精神病者のようだった。カスミは次の睡眠が恐ろしくなった。次はどんな世界に自分がいるのかわからなかったからだ。    次の目覚めの時は信じられないニュースを見た。あまりの人口爆発のために、殺人遊園地ができたということだった。人間には人を殺したいという欲求が誰しも少なからずあるという。その欲求を使い、人口を減らそうというのだ。その遊園地内は治外法権となっており、いくら人を殺してもいいということだった。そんな危ないところに誰が行くのか?とカスミは思ったが、意外にもその遊園地は開園から客の足が途絶えることはなかった。これだけ人口が爆発すれば、人は人を人と思わなくなるのかもしれない。もちろんカスミがこの遊園地に足を踏み入れることはなかったが、少しの興味はあった。カスミはこのままだと人類はいつか消えて無くなるのかもしれないと思った。そう思うと強烈な畏怖がカスミを襲った。    次に目を覚ました時には、人々が宇宙へ移住することができるようになっていた。地球の近くにコロニーと呼ばれる人口の星が完成していた。これによって人類は爆発的人口増加の問題を解決する糸口を掴んだみたいだった。ただ、あの殺人遊園地はなくなっていなかった。知恵の付いた猿は、その脳をどんどん大きくさせ、今や神に手が届きそうだった。この頃になると、カスミの起床時間は数十年間になっていた。同時に睡眠時間も数十年間となっていた。人口爆発の問題を解決する糸口を掴んだとしても、次は人類が滅んでいるかもしれない。カスミはそう思わずにはいられなかった。    カスミの予想は外れた。目を覚ましたカスミだったが、人類はまだ存在していた。しかし、地球の周りにあるコロニーの数ももう限界に達していた。同時に人間の数も限界と言えた。人々は違う惑星への移住を考え始めていた。しかし、いくら科学技術が発達した人類といえど、地球と同じような星を持った惑星を見つけることはできていないようだった。そうなると愚かな人間たちは、自分が住む場所を確保するために争いを始めた。その争いは徐々に激しくなり、一昔前に流行った戦争というものになった。殺人遊園地もその頃には廃園になった。戦争で人を殺せるから、わざわざ金を払ってまで来園する人がいなくなったのだ。カスミは逃げ回りながら次の睡眠を待った。世界中混乱していた。次の起床の時にはいよいよ人類がないかもしれない。カスミはそう思った。  次の目覚めは宇宙船の中だった。カスミは眠っていたカプセルから飛び出した。カプセルの近くには手紙が置いてあった。  「あなたたち二人は地球人最後の二人です。地球は戦争によって木っ端微塵になりました。私たちは寝寝病になったあなたたちに最後の希望を託します。カスミさんとユメさんお二人は、地球上にたった二人しかいない寝寝病の患者です。偶然にも性別が男と女でした。宇宙船は自動運転になっており、地球型の星を見つけた時に自動で着陸もしてくれます。もちろん食事も自動で出てきます。あなたたちの使命は、地球型の星が見つかるまでに子孫をできるだけ残し、地球人の血を絶やさないようにすることです。健闘を祈ります。」  カスミはこの病気が寝寝病と命名されていたことを初めて知った。そして自分以外にもう一人の患者がいたことにびっくりした。しかもそれが女性だったとは…。  これはまさに使命だとカスミは思った。愚かな人間達が招いた戦争に対して、神が与えた試練なのだとカスミは考えた。かくしてアダムとイブになったカスミとユメは、同じ宇宙船で旅をすることになった。  カスミが寝ていたカプセルの隣に、もう一つのカプセルが置いてあった。そのカプセルには確かにユメと名前が書いてあった。カスミは恐る恐るそのカプセルの中をのぞいてみた。ユメは大変美しい顔をしていた。女性経験のなかったカスミは、心の底からこの女性と子作りができることを喜んだ。  そして、カスミはカプセルの横でユメが夢から目覚めるのをじっと待ち続けた。  次の睡眠が来て、次の起床時間が来た時もカスミはユメが目覚めるのを待ち続けた。  しかし、カスミとユメの二人はとうとう子供を作ることができなかった。  二人は寿命が来るまで丁度交互に睡眠し、目覚め続けたのだった。
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作者:毎日休日
2026/09/17 • 👁 76回 • 💬 0件
恋愛
979文字 約2分で読了

黒い羽

私は、一通り話し終えると、グラスの水滴を指先で拭い、茶色と白のグラデーションができかかったミルクティーをストローでかき混ぜ一口飲んだ。 ふうっとこれ見よがしに大きく息を吐く。カナが言った。 「さっきから、彼のこと好き好き言っているの、ずっと聞いているけどさ、なぎと付き合うメリットって何かある?」 えっ…意外な言葉に一瞬、眉を上げカナを上目遣いで見上げた。 「メリット?」 「そう、メリット」 答えられない。 「彼だってさ、ずっと独身でいたいわけじゃないじゃん。なぎと付き合ってたって、未来はないんだよ。ただの時間泥棒よ」 「泥棒ってそんな言い方、酷くない?」 訴えても、カナは表情一つ変えずに首を横に振るだけ。 「なぎは彼に何を提供できるの?気持ちいいセックスだけじゃない? でもさ、セックスなら風俗行けばいいよね。若くて可愛い子とできるんだし」 それを言われたら、私は何も言い返せない。意味も無くミルクティーをストローでかき混ぜるしかできない。だけど、背中の奥がむずむずする。 時間泥棒って昔読んだ本、何だっけ?時間泥棒?そのまんまだな。確か、モモだったかな。時間を大切にしなきゃと思い込ませて、実は本当に大切な時間を奪っちゃうお話し。 彼だって、私を相手にしてる時間で、独身の女性と知り合う時間があるかもしれない。彼と付き合うのは、彼から幸せを奪っているに等しい。 モモに限らず、こうなっちゃいけませんよと教訓めいたお話しをたくさん読んで来たのに、私は、こうなっちゃいけませんよを体現している。でも、ちゃんと生きられる人などいるのだろうか。いたとしたら、このクソみたいな世界に生れ落ちるはずない。この世界ではなく、もっと苦しみのない場所に生まれている気がする。つまり、この世界で、自分はあの人より誠実に生きているなど自負すること自体が高慢で、どんぐりの背比べ、同じ穴の狢なのだ。 「なぎは自分のことを、男を惑わす小悪魔だって思ってるんでしょ」 そう言うカナだって、一回り年下の男を飼っているくせに。 まあ、どっちもどっちだ。 「ねえ、カナ。どうせなら小悪魔じゃなくて、大悪魔になってみない?」 私はわざと音を立ててミクルティーをかき混ぜる。カナは、にやっと笑って目を背ける。あれっ?背中の辺りがむずむずする。ガラス越しに自分の背中を見る。肩甲骨らへんからカラスのような黒い羽が生えてきそうだ。
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作者:なぎ
2026/09/17 • 👁 78回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
515文字 約2分で読了

天使のパンドラ

秋風の涼しい午後三時。私は小さな自室にある戸棚の一番上の段から、小さな木箱を取り出した。  重過ぎる訳でもなく軽過ぎる訳でもないその木箱には鍵穴があり、鍵の持ち主は私だけ。私だけが、人差し指ほどある秘密の鍵で、この木箱を開けられる。  私はゆっくりとした手つきで鍵を開け、木箱の中に眠る「彼」を注視する。ヴェルヴェットの青い布が敷かれた箱の中で、目を閉じる翼の生えた少年。それは、人形でも、ガラス細工でもない。  ある日突然現れた彼は、今も生き物の温もりと冷たさを併せ持ち、息をしている。何者かなど、物かなど、分からない。いえ、そんなのどうでもいい。私はただその美しさと儚さに心打たれ、彼をひっそりと箱の中へ閉じ込めた。  そして時折寂しくなると、私は彼の眠る箱を開ける。眠る彼を見ていると、辛い事はどうでもよくなる。代わりに、彼の初心な翼を引き裂いてしまいたい欲求と衝動的な恍惚が私を支配する。  破壊と愛で身体が満ち足りる気持ち良さを堪能出来たら、私は再び箱を閉じて戸棚へ彼をしまい込む。誰にも彼を渡さないと誓いながら、彼の眠りへ深い呪いをかける。  さあ、午後のティータイムの準備をしなくちゃ。美味しい紅茶とクッキーが、愛で満ちた私を待っているわ。
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作者:ころもやぎ
2026/09/17 • 👁 85回 • 💬 0件
ホラー・怪談
740文字 約2分で読了

死神

どうも、本日面接に参りましたMと申します。とても酷い大雨で足元も悪い中、こうして面接の機会をいただけてありがたき幸せとしか言いようがありません。  さて、この貴重なお時間の中で少しわたくしめのお話をさせていただきます。わたくしはとある南の地で生まれ、まず家は火事で燃えて家族は皆死んでしまいました。親戚もしばらくして病気でことごとく亡くなり、私は天涯孤独となりました。  その後は何とかして学生生活を終えましたが、私の通った校舎は全てが取り壊しとなり、思い出として語れる場所や風景は今や私にはありません。そして、社会人になってから借りたアパートも住む度に取り壊しとなりまして、今借りておりますアパートも近々取り壊しになるそうです。  そうした状況下で次の引っ越し資金をじっくり貯めたく、御社の面接に伺いました。履歴書に書きました以前の勤め先は、どうにも人の扱いが荒っぽくてなりませんでしたので辞めました。大きな声で怒鳴りましたり、罵詈雑言を浴びせましたり、空気は泥の様に濁っておりました。わたくしが勤める先々は、いつもそうなのでございます。わたくしの目利きが、悪いのでしょうね。  それから、私の渡り歩く会社はほとんどが倒産したり社長や社員が酷い病気で倒れたりと不幸に見舞われがちです。まあ、元が悪いのですから、厄介事が寄ってきても仕方がないのでしょう。  そういえば面接の時間になる前、以前の勤め先から「会社の社員が皆流行り病で倒れた」と電話がありました。どうやら死人が出た様な話も聞きましたが、私は御社の事で頭がいっぱいでそれ所ではありませんでしたから電話はすぐに切りました。  ああ、随分くだらない長話をしてしまいました。では改めまして質疑応答を致しましょう。私達の時間には、限りがあるのですから。
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作者:ころもやぎ
2026/09/17 • 👁 93回 • 💬 0件
恋愛
542文字 約2分で読了

幸福の雨粒

八月の夕立を数える君が好きだ。  カフェで雨音を聞きながら、お気に入りのチョコレートパフェを食べる君の頬が好きだ。  サラダをつつく僕の写真をふいに撮って、「また大切なものが増えた」と笑う君が好きだ。  写真の中の僕が変な顔をしていても満足そうにしてくれる君が好きだ。  夕立の終わり、ラムネとみかんジュースが混ざった空を見上げて眩しそうにする君の横顔が綺麗で、僕は一つ瞬きをした。  あと何回、僕は君を好きだと思えるのだろう。僕は何度、君に恋が出来るのだろう。  君が夕立を数えるように、僕は君と過ごせる日々を数えている。  そんな僕の手を取り、何も知らない君は濡れたアスファルトを蹴って楽しそうに走り出す。まばらな足音すら、今は愛おしく思えた。君と一緒に走る世界は、いつも鮮やかで尊い。  もしこの先僕がいなくなっても、君には幸福の雨が降り注いでいてくれと願う。その雨音を数えて、楽しそうに鼻歌でも歌っていて欲しい。  僕は知らぬ間に君の白い頬へ落ちる雨粒の一つになって、君の元へ帰る。きっと何度も、君の頬を伝う雨粒になる。そしていつか君に見つかって、また弾けるような恋をするだろう。  淡い幸福の一粒となる日を夢見て、僕は夏空の下を君と駆けて行く。  雨上がりの世界に混じる君の甘い匂いが、祈りに満ちた僕の胸を詰まらせた。
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作者:ころもやぎ
2026/09/17 • 👁 128回 • 💬 0件