SF・ファンタジー
1169文字 約3分で読了

河原の勇者

気がつくと、俺は見知らぬ河原に立っていた。あたり一面にゴロゴロと転がっている無数の石。空はどんよりと重い灰色に覆われ、太陽の姿は見当たらない。 ​ ついに来たのか、この時が。 俺は心の中で拳を握りしめた。直前の記憶はある。交差点、信号無視のトラック、甲高いクラクション。間違いない。俺は命を落とし、異世界への転移を果たしたのだ。 まずは現状の把握だ。 「ステータス、オープン」 声に出して唱えてみた。しかし、眼の前に半透明のウィンドウが現れる気配はない。 「メニュー画面? ウィンドウ? ステータス表示!」 何度叫んでも、視界に浮かぶのは寒々しい河原の風景だけだった。その後も思いつく限りの操作を試したが、全て徒労に終わった。 脳内に直接語りかけてくる女神の声もなければ、固有スキル付与の通知もない。足元の小石をつまみ上げ、魔力を込めてみようとしたが、何の変化も起きなかった。 「ふむ……、システム補助も魔法もなし、か」 思わず苦笑が漏れた。「特殊能力チート」や「いきなり万能無双」のタイプではなかったようだ。 だが、落胆はしなかった。むしろ胸の奥から湧き上がってくるのは、確かな手応えと高揚感だった。 いきなり無双するテンプレも悪くないが、こういう泥臭く地味なスタートだって一定の需要がある。システム補助がないということは、それだけ俺自身の智謀と機転が試されるということだ。攻略のしがいがあるというものだろう。 河原を歩いていくと、頭に角を生やした巨大な人型のモンスター、いわゆる「オーガ」のような連中がいた。作業をしている人間たちを見張り、時には嘲笑うように作業の妨害をしているようだ。 「あいつらがこの世界の『魔王軍』か。住民を虐げて強制労働をさせているんだな」 この世界は魔王の勢力に支配され、人々は苦しみにあえいでいる。そして俺は、彼らを救済するために呼ばれた「勇者」というわけか。 さっそく、俺は作業している人々に紛れ込み、情報を集めることにした。 このあたり一帯を支配しているという魔王は、川を渡った向こう岸にいるらしい。 身体は異常に大きく、真っ赤で恐ろしい顔をしているという。それだけ聞くと、脳筋のパワーファイターのようだが、不思議な鏡を使った特殊な精神攻撃を得意とも言われている。 向こう岸へ行くには船が必要だ。船に乗るには料金がかかり、料金を支払えない場合は、装備を身ぐるみ剥がされてしまうらしい。 最初のミッションは「見張りのオーガを倒して、金と装備を手に入れろ」といったところだろうか。 単純な力比べでオーガに勝つのは容易ではない。しかし、あいつらの知能はそれほど高くないはずだ。そこに勝機があるだろう。 「待っていてくれ、この世界の住人たち。俺が必ずこの不条理な支配を終わらせてみせる」 ​ 賽の河原と呼ばれるその場所で、石を積む作業をしながら、俺は決意を固めた。
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作者:さくら
2026/10/24 • 👁 3回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
1811文字 約4分で読了

星の最期

「ベテルギウスは間もなく寿命を迎え  超新星爆発を起こし 天体上からその姿を消すのではないか」 天文学者の間では こう考えられている ベテルギウスはオリオン座の一等星 冬の大三角を形成する星の一つと言えば ピンとくる人も多いのではないだろうか 古来より 人々の夜を明るく照らし 広い天体上でも十指に入るまばゆさを放っていたこの星は 近年 減光を繰り返し とうとう二等星になるまでその明るさを落とした ベテルギウスは 元々 変光星と呼ばれる星で 暗くなったり明るくなったりを繰り返す星ではあるが 現在 観測史上 類を見ないほどに暗くなってしまっている この事から ベテルギウスはもう間もなく寿命が尽き 星の死―― … すなわち星としての一生を終え 最後に超新星爆発を起こし 天体上から消滅するのではないか こう まことしやかに囁かれている 果たしてそれは 本当なのだろうか? 天体の間もなくというのは 何十年や何百年が一瞬という世界なので それらが人間の感覚で すぐ訪れるとは限らないし 私達が生きてるうちに起こるとも限らない 結論を言うと 半分は事実であり本当である しかし もう半分 その真相は寿命などではなく 真実は他にある ベテルギウスはこれまで 人々の夜を 長い事 ずっとずっと照らし続けてきた しかし 近年の人類は 科学の発展により電気を発明し 自力で 夜を明るく照らす事に成功した これは 人類が夜に打ち勝ち 夜を克服したとも言えるだろう それを目の当たりにしたベテルギウスは思った 「私の役目も終ったのだろう」 と 無論 夜の全てを電気が照らせるわけではない 電気の通わぬ地では 未だに夜は星明かりを頼りに 人々や原生生物が暮らしているのだが だから 大半の星は 今も夜空から我々を照らし続けてくれている けれど 星にも意思があり意志がある 人にも性格があり 個人差があり 考えにも違いがあるように 星も各々 考え そして感じている事は様々なのである だから ベテルギウスは思った 「私はもう必要ない存在なのだろう」 と それぞれ 考える事が違うのだから そう考える星が出てきても 別段 不思議ではない ベテルギウスは寿命を迎えたわけではない 単に 自分の使命を終えたと考えたのだ 「ならば 私はもう不要だろう」 そう考えたベテルギウスは活動を終息させる決意をする これがすなわち 近年のベテルギウスの減光の原因なのである 夜を照らす必要がなくなったのであれば 我々はもう必要ない これがベテルギウスの答えだ では 寿命ではないのであれば 超新星爆発は起こらず 減光した状態のまま 残り続けるのだろうか? それはまだ 分からない ベテルギウスは云う 活動を終らせる決心はしたが その先の事はまだ考えてない と 役目は終えたと感じたが これまで夜空をずっと明るく照らしてきた それ以外の自分を想像出来ないのだという 夜空を照らすのをやめ ただの一惑星として 数ある星に紛れて 静かに余生を過ごすのか それとも 存在価値を失くした者として やはり 天文学者の言うように 遠からず超新星爆発を起こし 天体の塵となり 華々しく星としてのその生涯に幕を下ろすのか 今はまだ分からない と ――― もしかしたら ベテルギウスを観測出来なくなるかもしれない それは 明日かもしれないし 百万年後なのかもしれない ベテルギウス自ら 生涯を閉じるかもしれないし 本当に寿命がくるその時まで 生き続けるかもしれない それは 私達には分からないし ベテルギウスにも まだ分からない だから思う 今 観測出来る星々を 強く心に焼き付けておこうと 見慣れた星空ではあるが その中のたった一つの星ではあるが それが存在し続ける事は 永遠ではないし永久でもないのである もし 星としての結末がどうなったとしても 観測する我々に出来るのは その行く先を見届け そして心と記録に残す事だけである ありがとう ベテルギウス 貴方がこれまで 人類の夜をずっと照らし続けてくれた事を 私は決して忘れない ゆっくりお休み 星が最期を迎えるその時まで 我々は観測し続け そして 最後まで彼らを愛すのみである 「どんなものでも いずれ終わりは訪れる」 それは 星も 人類も その事を忘れずに 皆も天体観測にいそしんでほしい (ちなみに 地球からベテルギウスまでの距離は 約642光年 光が一年掛かって辿り着く距離 (約9兆4600億km) が 一光年の定義なので 現在 我々が見ているベテルギウスの姿は およそ 642年前のものという事になる つまり 実際にはもう642年前には爆発している可能性もある 肉眼では確認出来るのに 実際は既に宇宙の塵となり 跡形もないかもしれない そう考えると なかなか不思議な気分である)
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作者:lue
2026/10/24 • 👁 15回 • 💬 0件
児童文学
657文字 約2分で読了

夢か現かパンプキン

「やあやあ!泣いてるお嬢さん。今夜はハロウィンなのにお菓子をもらいに行かないの?」  窓からピーターパンがやってきて、ふわりと私の前に舞い降りた。 「パパお仕事で帰ってこないの。今日は私一人なの」  私がそういうとピーターパンは、そっと涙を拭ってくれた。 私とパパは2二人暮らし。お仕事の晩は仕方がないの。 ティンカーベルがくるくると私の周りを回ると、私の体がふわりと浮いた。 妖精の粉で体がキラキラ。 みんなで窓の外に飛び出すとカボチャの馬車がお出迎え。  それに乗り込んだら舞踏会に出発だ。 月の宮殿、目指してカボチャの馬車は進むよ。 月の宮殿に着いたら、ピーターパンは王子様に変身して私をダンスに誘うの。  妖精の粉は今度はドレスに変わってみんなの注目の的。 「さあワルツを踊りましょう」 今夜は素敵なハロウィンナイト。 おばけも人間も妖精もみんなみんな一緒に手を取り合ってダンスするのよ。 月明かりでできた砂糖菓子をいっぱいもらったら朝の光の道を カボチャの馬車は進んで行くよ。  キラキラ、キラキラ朝日の中に月への道もカボチャの馬車も消えてゆく。 これは夢だったのかしら、それとも本当にあったことなのかしら? 夢とうつつの狭間の国、ネバーランドの王子様ピーターパンはどこに行ったのかしら? すやすや すやすや 気がつけばベッドの中。 「ただいま遅くなったね、ごめんね寂しい思いをさせて。ハロウィンのお菓子を買ってきたよ」 パパは私に月明かりみたいな金貨の包み紙のチョコレートを渡してくれるの。 キラキラの包み紙を開いてチョコを、パクリ! 私の素敵なハロウィンナイト。
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作者:しとえ
2026/10/24 • 👁 12回 • 💬 0件
恋愛
967文字 約2分で読了

次の日に何をしよう

 音が止まる。  窓を叩く風の音が止まる。  テレビが止まる。  「……?」  急に全てが止まった。  ふと、腕時計を見る。  19時45分19秒。  そこで秒針が止まっている。  外に出てみる。  全てが止まっていた。  歩く人、落ちかけの葉っぱ、今にも走り出しそうな飼い犬。    ……これはいわゆるSFの時間停止?  とりあえず、家に帰ろう。  冷蔵庫も止まっていた。  何も起きない。だから、何もしない。   ────  それから何回も、19時45分19秒に世界が止まる。  この能力を使っている人はなにか制約があるのだろう。  暇だからぼーっとする。    なぜ止めるんだろう。何かしたいのかな。  犯罪じゃなければいいけれど。  世界が止まっている時間は測れないけど、あまり長くない気がする。  長くても体感30分くらいで日によってバラバラだ。  ぼーっとテレビを見る。  瞬きもせず、口を半開きのままの芸能人。  瞬きしないなんてすごいなぁ。  そりゃそうか、時間が止まっているからね。  私もこの時間停止の間になにか有意義なことをしようかなぁ。  今まで埃を被っていた『アルジャーノンに花束を』を手に取る。  賢くなった気分だけが残る。  でも、明日になったら忘れるだろう。    ────  19時45分19秒。  今日も時間が止まった。  私はいつもの通り、『アルジャーノンに花束を』を開く。  ふと、誰かが家に入った音がする。    時計を確認する。  19時45分19秒。    気づいた。私の家に時間停止した本人がきた。  私は、好奇心で時間が止まったふりをする。  姿勢はどうしよう、本を読んでいて、ふと前を見る姿勢になろう。  そうしたら顔が見える。  ドアがノックされる。  はーい、と内心返事をしながら待つ。  ドアが開く。 「……凛?」  聞き慣れた声。  顔が動かせないが声の主が分かった。  恋人の瑠美の声。 「…あ、凛もやっぱり止まってる」  止まってないよ。  内心冗談を言いながら、瑠美が何をするかドキドキする。  瑠美はそっと、私の髪の毛に触れ、優しく撫でる。  思わず、顔を見そうになる。  そして、瞬きがしたい。 「かわいいね」  ありがとう。  瑠美もかわいいよ。  顔が近づいてくる。  凛の吐息が、唇にかかる。  あ…キスされる。 「初めては、やっぱり凛の意識があるときがいいかな。またね、凛」  私の頬を撫でた後に、ドアノブに手をかける。 「…意気地なし」  私は、小声でつぶやく。  瑠美が、こちらを向いた。  明日は瞬きしてみよう。  キスされる前に。
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作者:ReiN.
2026/10/24 • 👁 3回 • 💬 0件
コメディ・日常
750文字 約2分で読了

じいちゃんずラブ

「なあ、お前覚えてるか? 高校時代、あと一勝すれば甲子園だったあの試合」 「忘れるわけなかろう。逆転のまたとないチャンスだったのに、4番の中山のやつがあの時綺麗に空振り三振で討ち取られちまって試合終了……残念だったなあ」 「俺はな……実はあの時の中山の空振りは、お前のせいじゃないかと思っとるんだ」 「はあ? 俺のせい? なんでだ」 「あの時、お前は中山の一つ前の打順だったな。  お前は実にいい当たりを飛ばしたが、敵のファインプレーで惜しくもアウトになっちまった。  で、ベンチに帰ってきたお前は、熱の籠った目で中山に言っただろう。『頼む、中山。俺のために打ってくれ』——と」 「……はー。そんなこと言ったっけか」 「俺は忘れたことはなかったぞ。あの時のお前の眼差しと言葉を、ずっとな。  そんな言い方でお前に頼まれて、あいつはどうにかして打ちたいあまり、焦って力みすぎたんだと……俺は、そう思っとる。  あいつは、お前に惚れとった。そんなの、側で見てればすぐに気づく。お前は一向に気づかなかったみたいだがな」 「ははっ。お前も面白いこと言うよなあ。……それに、俺のせいかどうかは知らんが、あのシーンでそう簡単に思い通り打てる奴などおらんさ」 「俺なら、絶対に打った。——お前のために」 「——……  うおっ!!」 「どうした!?」 「入れ歯にせんべいのゴマが挟まった……!! 入れ歯使い始めたばかりだからこんなの初体験だ。しかし痛えなぁおいっっ」 「ほれ、茶だ! とりあえずうがいしてみろ」 「ゴボゴボゴボっっ……ひあ〜助かった。  ええと。で、なんの話だったっけ?」 「……ん?  そういや、なんだったかなあ……なんか大事な山場に来てた気がしたんだが……  まあ、忘れるくらいだから大した話じゃないんだろ。ははっ」 「確かになあ。最近物忘れが多くていかん。はははっ」
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作者:aoiaoi
2026/10/24 • 👁 7回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
1078文字 約3分で読了

夜を渡る風

 目が覚めて、窓から外を見ると、もう日が沈んだ後だった。  ――しまった。  夜の風が来る前に買い物に行こうと思ってたのに、さすがに今からだと間に合わない。冷蔵庫を開けて中を確認していると、ドンドンと玄関のドアを叩く音がした。 「毎度どうも!」  前掛けをして、大きな水色の箱を背負ったカエルさんが玄関の前に立っていた。 「助かるわ。すっかり寝過ごしちゃって……」 「ええ、そんなことだろうと思ってましたよ」  私が「はは」と苦笑いすると、カエルさんは背負っていた大きな箱をドサッと下ろした。 「水と食べ物、これで二、三日は大丈夫ですから」 「あ、お茶ももらおうかしら」  カエルさんは「へいへい」と言って後ろを向き、「おーい!」と叫ぶと、大きなお茶の木が、ゆっさゆっさと枝と葉を揺らしながらやって来て、無理やり玄関から入ろうとした。 「あーここでいいから」と言うと、お茶の木は「んん……」と声のような音を発して止まった。お茶の葉を手でぷつんぷつんと摘み取っていると、新茶の香りがした。 「いい香りね」 「天気のいい日が続きましたからねぇ。この子達も、よく育ってくれましたよ」  カエルさんが得意げに言う。前に来た時は、枝も葉もやせ細っていて心配だったが、今は見違えるほどぷくぷくしていて、健康そのものという感じだ。 「ちょっと多めにもらっていい?」 「ええ、どうぞどうぞ」  お茶の木がいびつな形にならないように、さっきと反対側のところからお茶の葉を摘む。 「ありがとう。もういいわよ」と言うと、お茶の木は「ん」と返事をして、お茶の葉をぽとぽと落としながら玄関から離れた。 「もうすぐ夜の風が来るわ。悪いわね。こんな時間に来てもらっちゃって」 「大丈夫ですよ。今夜は追い風みたいですから」  カエルさんはそう言って笑うと、お茶の木にしがみ付いた。 「気を付けて!」 「またのご利用を!」  手を振ると、お茶の木は風に乗って舞い上がり、あっちにふわふわ、こっちにふわふわしながら夜空に消えて行った。  ――大丈夫かな……。  心配になりながら玄関のドアを閉めると、家中の窓がガタガタと音を立てた。風が夜を追いかけているんだ。  カエルさんが置いて行った箱の中からビスケットを取り出し、ひと口かじる。お茶と相性がいい。  私はゴーゴーと風を切る音を聞きながら、丸くなって眠った。おとなしくしていれば、すぐに風は収まるだろう。  翌日、風が止んでいることを確認して玄関のドアを開けると、昨晩、お茶の葉が落ちていた辺りから小さな芽が出ていた。  ――次の風が来る前に、森になってくれたら嬉しいな。  私は地面から顔を出した小さな芽に、そっと水をかけた。 (了)
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2026/10/24 • 👁 15回 • 💬 0件
ポエム・詩
123文字 約1分で読了

凪ぐ

思考の海に ぷかぷかと漂っている 空は真っ暗、なにも見えない 深く潜りたいのに、体が勝手に浮き上がる 波にちゃぷちゃぷと揺られていたつもりだったのに ああ とまっていた なにも感じられない どれほど空ろの時間を過ごしたのか 分からない 分からない 少しも深く 潜れないの
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作者:如月ニヒト
2026/10/24 • 👁 22回 • 💬 0件
コメディ・日常
1287文字 約3分で読了

ハロウィン2020

「カボチャに水と~調味料を放り込んで~おいしい煮物の出来上がり!」  頭をすっぽりと覆う風フェイススタイルのカボチャの被り物。目や口の形にくり貫かれた穴からは、おいしそうな匂いが漂ってくる。頭を大きく振る度に煮汁が隙間からピシャっと飛んでくることに目をつぶれば、エンターテイメント性が高い仕上がりになっている。 「あ、大家さん! それはボックスじゃなくて千鳥足です! その動きはドジョウ掬い……! 一旦休憩にしましょう!」 「そうですか? 若い頃はこういうの得意だったんですけど……やっぱり歳には勝てませんね」 「それと、『調味料を放り込んで』のところ、もう少し具体的に言った方が伝わりやすいんじゃないですか?」 「んー、でもそれだと語呂というか響きがちょっとしっくりこない気がするんですよね。あ、梅川さんお一つどうぞ」  わたしの隣に腰かけた大家さんは、左手で被り物の上部を指さしながら右手で蓋をパコッと外した。被り物の中には、大量のかぼちゃの煮物がセットされている。オレンジと緑で構成されたユートピアが、先程よりも強く伝わる匂いが、私の胃袋をこれでもかと刺激してくる。  いつの間にか紙皿と割り箸を手に持ち、こちらに差し出してくれている大家さん。首から下はオレンジの全身タイツですっぽりと覆われ、素顔はカボチャに隠されてしまっている。頭に煮物がセットされていることを知ってしまっているせいか、どうにもパンチが足りないように感じてしまう。 「なにかなー……全身タイツが駄目なのかな? あ、いただきます」  思考をフル回転させながら煮物を頂く。カボチャの甘さと出汁の味が広がり、皿の中のカボチャの様にわたしの思考もドロドロに溶けていきそうだ。 「あー最高です。ホント好きです。大家さんのこの煮物が沢山食べられるなんて幸せなイベントですよねハロウィン」 「そんなに褒めても他に出せるものないですよ。もう一ついかがです?」 「やった!」  カボチャを飲み込みながら、改めて大家さんの衣装を観察してみる。大手のテーマパークにいるキャラクターの様に、首から下の全身タイツをドラキュラさながらのマント姿に変えてみるのはどうだろうか? それならフラフラしたステップもそんなに変に見えないかもしれない。 「大家さん。衣装ちょっと変えません? 多分その方が子供達の食いつきも良い気がします」  大家さんは、カボチャの頭を少しだけ斜めに傾けた。煮汁が一滴、地面にポタリと垂れた。 「良いですね。梅川さんの若い発想はおばあちゃんの私では出てこないものが多いですから、まだまだ色々教えて下さいね」  顔は相変わらず見えないけれど、声聞こえてくるはとても楽しそうだ。わたしも将来はこんなおばあちゃんになりたいものだ。 「さて、それじゃあ再開しましょうか!」 「よろしくお願いしますね、梅川さん。カボチャに水と~―――……」 「子供会主催ハロウィンイベント……優勝勝ち取りましょう大家さん! あ、それだとドジョウ掬いです」  煮汁を飛ばしながらドジョウ掬いを披露するカボチャの怪人は、圧倒的な得票数で見事に優勝を飾り、町内のローカル都市伝説として語り継がれていくのであった。
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作者:周雨
2026/10/24 • 👁 14回 • 💬 0件
コメディ・日常
1282文字 約3分で読了

どんぐりの木の下で

 ある日小学校の頃の友人から一本の電話がかかってきた。 久しぶり!元気にしてた? どうやら、しばらく地元を離れていたがまた戻ってきたらしい。 そんな他愛のない挨拶から始まり、昔埋めたタイムカプセルの話になった。  友達とタイムカプセルを埋めたのは小学校の卒業式の時。 あれからもう三十年経った。 本当は埋めてから十年後に一緒に掘り起こそうねと約束したのだが、そんなことはすっかり忘れていた。 十年、二十年、そして気がつけば三十年、あの卒業した日から一度も会っていないことに気がつく。 私が中学受験で違う中学校に通うことになったから会うことがなかったのだ。家は近所だったのに訪ねていくことがなくなってしまった。案外人生というのはそういうものかもしれない。 そばにいて近くても会わずにずっと長い間過ごしてしまう。 クラスメイトだってクラスが変わったら、もう一緒に遊ばなくなってしまう子もとっても多いのだから。 「埋めた場所ってここで合ってたっけ?」 「多分ねー」 そう言いながら二人で学校からほど近い神社の裏にやってきた。 「どこだっけ?場所覚えてる?」 「確か手水の横のどんぐりの木のそばだよ」 「あーそういえばここだっけ。でも三十年も経っちゃったし見つかるかな」 「そうだね。こういうのテレビ番組で見たことあるけど結局 出てこなかったりすることの方が高いよね」 「うーん、まあそれはそれで仕方ないよね」 園芸用の手持ちスコップを片手に私たちはどんぐりの木の根元を掘り始めた。 「待って何か当たった」 「え?嘘!」 それは錆びたクッキー缶だった。 あの当時、私たちが埋めたものだ。 ドキドキしながら蓋を開ける。  中に入っていたのはドロドロの紙らしきものだった。 「あー、30年も経ったらこうなっちゃうよね」 「まあむしろ、出てきただけマシじゃない?」 2人で顔を見合わせクスクスと笑う。 これはある程度予想していた結果だ。 正直に言って出てこない可能性が大きいと思っていた。 だからもうこの錆びついたクッキー缶が出てきただけでも私たちは満足していた。 「ねえ、手紙に何て書いたの?」 彼女がそう聞いてくる。 「もう忘れちゃったよ」 私は恥ずかしくなってそう言った。 「そうなんだ!私は覚えてるよ!」 「えぇ?」 私が彼女の方を見ると、これでもかと言わんばかりの得意顔をしている。 そういえば同級生だった時、彼女のこんな顔をよく見たな……と思い出す。 「私は、ちはるちゃんとずっと友達でいられますように!って書いた」 満面の笑みを浮かべそういう彼女。 変わらないあの頃と。 そんなはっきりした性格の彼女がとても好きだった。 「私も……同じこと書いた」  私は小さな声でそう言った。 「やっぱり!私たち親友だもん」 そう言って屈託ない笑顔で笑う彼女を見て私もつられて微笑んだ。  たとえ十年、二十年、あるいはもっと長い時間会わなくても、私たちは親友だ。 それは一瞬でこの心の距離になる関係だからだ。 あの日、一緒にクッキー缶を埋めた彼女がそこにいた。 どんぐりの木の下で、いつかの未来を信じていたあの時間に私たちは戻っていた。 私たちは誓い合ったのだ。  約束のこの場所でまた会おうと……
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作者:しとえ
2026/10/24 • 👁 8回 • 💬 0件
その他
136文字 約1分で読了

偽物

偽物でもいいからさ、君が帰ってきてくれないかと望む。 偽物でもいいからさ、また君と暮らしたいと望む。 偽物でもいいからさ、君の笑顔が見たいと思う。 偽物でもいいからさ、君にいてほしいと望む。 偽物でもいいからさ、君に会いたいよ。 偽物でもいいからさ、偽物でもいいからさ、偽物でも……
続きを読む
作者:しとえ
2026/10/24 • 👁 18回 • 💬 0件