その他
602文字 約2分で読了

恋は、お熱く

「たまには、あなたから注いでくれてもいいのよ? ふふ。冷たいんだから」  グラスを傾け、あなたと交わす他愛のない会話。この時間が一番幸せでいられる。 「課長が新人に優しいのはいんだけどさ。その分の負担は誰がやるんですかって話」  あなたが居てくれるようになって十日。職場の愚痴も、嫌な顔一つしないで聞いてくれるクールさが好き。もっと早く出会いたかった。  酔った目をして私を見つめるあなた。ああ、食事なんて冷めたっていい。今すぐ抱かれたいと|欲《ほっ》してしまう。 「ちょっと熱い? 窓開けよっか」  席を立ちベランダの窓を開ける。晴海ふ頭を一望できる高層マンションは、夜風の通りも良く換気が簡単だ。あなたが買ってくれたこの部屋も、お互い気に入ったこの眺めも。ずっと、ずっと二人だけの物。  あなたの後ろへ回り肩口に手を伸ばす。そのまま抱き締めると、あなたの耳が私の火照った頬に当たり心地いい。  もう無理。テーブルを押し退け、あなたの足を|跨《また》ぎ向かい合う。覆いかぶさるように私から口づけると、あなたの舌がズルリと私の口に入ってくる。  ああ。熱い。  脳が快感に震え、両手であなたの頭を抱え込む。すっかり血の乾いた後頭部。そこに空いた傷口を愛撫する。 「もう帰るなんて言わないでね。奥さんの事は忘れて、私だけを見て」  身も心も上気して、私は息を荒くシャツを脱いだ。虚ろに見上げるあなたの瞳に舌を這わせ、私は絶頂に達した。 〈恋は、お熱く 終〉
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2026/10/16 • 👁 28回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
2976文字 約6分で読了

テンプレ勇者

第一章:運命の旅立ちと最初の仲間 「おお、アルスよ! 死んでしまうとは何事だ!」  神聖ルドラ王国の玉座の間。お約束のセリフで始まったわけではないが、国王の言葉にはそれだけの重みと切実さがあった。  世界は今、復活した魔王の闇に包まれようとしている。 「アルスよ、お前が伝説の『光の勇者』の生まれ変わりであることは、その右腕にある聖痕が証明しておる。この『王家の剣』と『50ゴールド』、そして『薬草3個』を授ける。魔王を討ち倒し、世界に平和を取り戻してくれ!」 「はい、陛下。この命に代えても!」  御年十六歳の少年、勇者アルスは、一点の曇りもない真っ直ぐな瞳で頷いた。  城を出たアルスは、さっそく最初の町へと向かう。  道中の草原で現れたのは、お約束の最弱モンスター、青くてぷるぷるした「スライム」だ。 「体に気をつけてね、アルス!」  幼馴染の僧侶リィナが、頼んでもいないのに町の出口で待っていた。  彼女はアルスに密かな恋心を寄せる、少しお調子者だが回復魔法の天才である。二人はスライムをサクッと倒して経験値を稼ぎ、最初のレベルアップのファンファーレを頭の中で鳴らしながら、次の国を目指した。  道中の賑やかな酒場に立ち寄ると、大泥棒や荒くれ者に絡まれている、つんとした態度の美少女がいた。  エルフの国からやってきた、高い魔力を持つ魔法使いセレナだ。 「ちょっと、馴れ馴れしく触らないでくれる?」  アルスが割って入り、持ち前の正義感で悪党たちを成敗すると、セレナは顔を赤くしてそっぽを向いた。 「べ、別に助けてなんて頼んでないんだからね!  でも……まぁ、魔王を倒すっていう目的は同じみたいだし、一緒に行ってあげてもいいわよ。勘違いしないでよね!」  これ以上ないほどテンプレートなツンデレ台詞と共に、三人目の仲間が加わった。 ◆ 第二章:立ちはだかる四天王と伝説の武具  旅を続ける一行の前に、突如として激しい炎が燃え上がった。炎の中から現れたのは、魔王軍四天王の一人、火炎将軍フレアだ。 「ククク……よくぞここまで来たな、光の勇者よ。だが、お前たちの旅もここまでだ!」  フレアは圧倒的な火力の魔法でアルスたちを追い詰める。しかし、その時だった。 「待たせたな、勇者!」  大剣を担いだ熱血漢、戦士ガイが乱入してきた。ガイはフレアの炎をその肉体で受け止め、不敵に笑う。 「俺の故郷を滅ぼした魔王軍め……アルス、お前の背中は俺が守る! いくぞ!」  ガイの加入により、戦況は一変した。アルスはセレナの氷結魔法でフレアの弱点を突き、リィナの「ヒール」で傷を癒やし、最後はガイと二人の連携攻撃でフレアを撃破した。 フレアは「ば、馬鹿な……この私が、人間ごときにぃぃ!」と、お決まりの捨て台詞を残して爆散した。  四天王を倒したアルスたちは、次なる目的地、古代の遺跡へと向かった。そこには、世界を救うための絶対条件である『伝説の聖剣』が眠っている。  遺跡の最奥、台座に突き刺さる眩い剣。  アルスが手を伸ばすと、遺跡の守護者である古代のゴーレムが動き出した。試練の始まりだ。 「僕たちの絆の力、見せてあげる!」  激しい死闘の末、アルスが台座から剣を引き抜くと、周囲は眩い光に包まれた。 「これぞ、闇を払う伝説の武器──『アヴァロンの聖剣』だ!」  剣を手にしたアルスの攻撃力は跳ね上がり、ゴーレムを一撃で一刀両断した。これで魔王のバリアを破壊する準備は整った。 ◆ 第三章:魔王城の決戦と、覚醒  一行はついに、空が常に紫色の暗雲に覆われた「魔界」へと足を踏み入れた。禍々しくそびえ立つ魔王城。  城の門番、中ボス、そして残りの四天王たちを「くっ、ここは俺に任せて先に行け!」というガイのテンプレ自己犠牲(※のちに生存が確認される)を挟みつつ突破し、アルスたちはついに最上階の扉を開けた。  大きなパイプオルガンの音が響く中、豪奢な玉座に座っていたのは、漆黒の鎧を纏った魔王ガルバだった。 「よくぞここまで辿り着いた、虫ケラどもよ」  魔王は低く冷酷な声で笑う。 「光の勇者アルスよ。お前の力は認めよう。どうだ? 私の部下になれば、世界の半分をお前にやろう」 「断る! 僕が欲しいのは世界の半分なんかじゃない、みんなの笑顔だ!」  1ミリの迷いもなく誘いを一蹴するアルス。テンプレートな交渉は決裂し、最終決戦の幕が上がった。  魔王の力は圧倒的だった。  ガイの盾は砕かれ、セレナの魔力は底を突き、リィナも回復魔法を唱えすぎて倒れ込んでしまう。アルス自身も血を流し、膝をついた。 「ククク、所詮は人間よ。絶望と共に消え去るが良い!」  魔王がトドメの一撃を放とうとした、その時。 「アルス……諦めないで!」 「あんたなら、絶対に勝てるって信じてるんだから!」 「相棒、お前が俺たちの希望だ!」  倒れた仲間たちが、最後の力を振り絞ってアルスの名を呼ぶ。  その瞬間、アルスの胸の聖痕が、これまでにない激しい輝きを放った。アルスの脳裏に、これまでの旅の思い出が走馬灯のように駆け巡る。 「みんなの想いが……僕に力をくれる。僕は一人じゃない。これが、僕たちの、絆の力だぁぁぁ!」  勇者の覚醒。アルスの全身から黄金のオーラが立ち昇る。  魔王の放った闇の波動を、アヴァロンの聖剣が一刀両断する。 「な、何だと!? 私の闇の力を圧倒するだと!?  馬鹿な、あり得ん! 人間の分際でぇぇ!」 「これで終わりだ、魔王ガルバ! ──ギガ・ブレード・フラッシュ!!!」  アルスが放った、全魔力と絆を込めた最強の必殺技が、魔王の身体を真っ二つに引き裂いた。 「ぐはぁっ! 私が……この私が敗れるというのか……! だが覚えておくが良い、光がある限り、闇もまた……いずれ復活する……うわああああ!」  お約束の第二形態に変身することもなく、魔王ガルバは光の塵となって完全に消滅した。魔王の消滅とともに、魔王城は崩壊を始める。  アルスたちは急いで脱出した。 ◆ 第四章:そして伝説へ  魔王城が崩壊すると、世界を覆っていた紫色の暗雲が嘘のように晴れ渡り、温かな太陽の光が大地を照らした。  枯れていた花は咲き誇り、淀んでいた川は清らかな流れを取り戻した。  ルドラ王国に帰還したアルスたちを待っていたのは、国中の人々による大歓声のパレードだった。 「おお、アルスよ! よくぞ魔王を倒してくれた!  お前たちこそ、真の英雄だ!」  国王は涙を流して称え、アルスに「世界を救った大勇者」の称号を授与した。  城のバルコニーから、集まった万雷の拍手を送る民衆を見下ろす一行。 「終わったのね、本当に……」  セレナが少し寂しそうに呟く。 「これからは、それぞれの道を歩むことになるのかな?」 「何言ってるんだよ、セレナ」  アルスは爽やかな笑顔で彼女を振り返った。 「僕たちの旅は、これで終わりじゃない。世界には、まだまだ僕たちの助けを待っている人がいるかもしれない。だから……」  アルスはアヴァロンの聖剣を、青く澄み渡る空へと力強く突き上げた。 「また一緒に、旅に出よう!」 「もう、しょうがないわね!」  顔を赤くするセレナ。 「どこまでもついていくよ、アルス!」  微笑むリィナ。 「ハハハ、お前とならどこまでだって行ってやるさ!」  豪快に笑うガイ。  裏切りも、斜め上の展開も、暗い陰謀も何もない。  ただ世界を救うために戦った、真っ直ぐな勇者の物語。  彼らの足跡は『伝説』となり、後世の教科書の一ページ目へと、テンプレート通りに刻まれるのだった。  END
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作者:河内謙吾
2026/10/16 • 👁 31回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
1742文字 約4分で読了

『スズキの異世界転生』

急ブレーキの音が響いた。金属が軋むような悲鳴が、夜の通りに広がった。 次の瞬間、鈍い衝突音。遠くで誰かが叫び、タイヤの焦げた匂いが風に混じった。 やがて、けたたましいサイレンの音が近づいてくる。 ……そこまでしか、覚えていない。気がつくと、私は見知らぬ場所にいた。 柔らかな陽の光が差し込み、草の匂いがする。地面は柔らかく、土の温もりが掌に伝わってきた。空は驚くほど青く、空気は澄み切っていた。舗装された道も、ビルの影もない。 ――ここは、どこだ? 体を起こした瞬間、違和感を覚えた。手足の感触が、どこか違う。自分の体ではないような感覚。 鏡がないのに、顔が違うとわかる。皮膚の下に流れる鼓動が、まるで別の誰かのもののようだった。 私は、自分の名前を思い出そうとした。しかし、何も出てこない。記憶が霞のように散っていく。 交通事故。その言葉だけが、ぼんやりと頭の中に残っていた。 誰かが声をかけてきた。穏やかな顔をした青年だった。心配そうに私を覗き込み、「名前は?」と尋ねてきた。 口を開こうとすると、自然に言葉がこぼれた。 「……スズキ」 自分でも驚いた。なぜその名前が出たのか分からない。 彼はうなずき、「スズキさん」と私を呼んだ。 この世界での生活は、とても心地よかった。何を食べても美味しく感じた。日差しは穏やかで、風がやさしく頬を撫でた。近くの子どもたちと遊ぶ単純な遊びも、楽しくて仕方がなかった。 そうするうちに、少しずつ記憶が戻り始めた。 私は、食事をただのエネルギー補給だと思っていた。何を食べても味がしなかった。それが、当たり前の生活だった。 思い出すのは、仕事のことばかりだ。毎日、同じ時間に同じことを繰り返す。それが人生だと思っていた。 けれど、それは「生きている」と呼べるものだったのだろうか。 私には、ひとりの相棒がいた。同じ職場で働いていた人だ。無口だが、優しい人だった。一緒にいる時間は悪くなかった。 ときどき、仕事の合間に小説を読んで、独り言のように呟いていた。 「また異世界転生ものか。最近、多いよな。まぁ、好きだからいいけど」 私はその話に興味を示さなかった。 けれど今になって、その言葉を思い出す。もしあの人が今の私を見たら、どう思うだろうか。 日々が静かに過ぎていった。 ここでの生活は穏やかで、心が静まるようだった。しかし、どこか物足りなさを感じるようになった。 夜、星空を見上げながら思う。 あの人に会いたい。もう一度、一緒に仕事がしたい。 そんな願いを抱いたある日、目の前の景色がゆっくりと溶けていった。 気づくと、真っ暗な空間にいた。 上下の感覚もない。そこに、柔らかくも力強い声が響いた。 「聞こえるか」 声の主は、自らを“神”と名乗った。私をこの世界に導いた存在だという。 神は静かに告げた。元いた世界の“私”は、まだ完全に消えていない。深い眠りの中にいるだけなのだ、と。 「選べ」 神は言った。 「元の世界に戻るか。この世界で生き続けるか」 私は考えた。この世界は穏やかで、満たされている。ここにいれば、平和なまま生きていける。 だが、その時、私の中で何かが弾けた。記憶が一気に流れ込んできたのだ。 ――事故の瞬間。 私はひかれたのではなかった。ひきそうになったのだ。 歩道から飛び出した人影。ブレーキが踏み込まれる。 相棒の声が、すぐそばで響いた。トラックは壁にぶつかり、私は意識を失った。 相棒は怪我をしたが、命に別状はなかった。もうすぐ仕事にも復帰するらしい。私が目を覚ませば、また一緒に働ける。 私は静かに、しかし確かに神に言った。 「戻ります」 神は何も言わず、ただうなずいた。闇が白く光り始め、世界が遠ざかっていく。 元の世界に戻った私は、以前と同じように相棒と仕事をしている。 事故のあの日から、相棒は以前より慎重になった。ハンドルを握る手つきも、どこか丁寧だ。 昼になり、いつものガソリンスタンドで食事をとる。私は燃料でお腹を満たし、相棒はコーヒーを飲む。 洗車を終えたばかりの私は、白いボディを太陽にきらめかせている。エンブレムの“SUZUKI”の文字が、まぶしく光っていた。 エンジンの鼓動が心臓のように響く。 相棒と荷物を乗せて、アスファルトの上を滑るように進みながら、私は思う。 ――今日も、よい走りができそうだ。
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作者:さくら
2026/10/16 • 👁 28回 • 💬 3件
コメディ・日常
782文字 約2分で読了

画廊ミラージュ

 陰鬱な空が重くのしかかっていた。 足はきっと鉛よりも重い、吐き出したため息は空に登って灰色の雲になっているのだろう。 私が生きている世界は色がないかの様に感じた。  ふと顔を上げると見慣れぬ道を歩いている。 ここはどこだっけ…… 通りの角を曲がったところに画廊があるのに気がついた。 『画廊ミラージュ』  モザイクタイルの3段ほどの階段に、ガラス張りの表面入り口。 私は扉を開けて中に入った。 中では絵画展が催されている。 不安、悲しみ、優しさ、記憶。  絵画の下に書かれたタイトルのラベルと値段。 この絵は誰が書いたのだろう? 私に抽象絵画はよくわからないが、その中の一枚にとても心を奪われた。 灰色の中に1つだけ鮮やかな記号のような絵画。 ……まるで私みたいじゃないか。 オーナーらしき人が画廊の奥から出てくる。 にこやかで品の良い老婦人だ。 この絵を描いた作者の方はもう亡くなっていて、これは遺作展 らしい。 私はとても残念な気持ちになった。 この美しい心象風景を描いた画家はもうこの世界にいないのか。 絵の下に値段が書いてある。 ――三万円――  おそらく現代絵画としては値段が安いのだろうが、今の私には少しばかり高い気がした。 だがきっと買わずに出たら二度とこの絵には会えない。  私はその絵を買った。 作者さんの経歴と丁寧に梱包された絵画を受け取ると私は画廊 を後にした。  家の壁にそっと絵画を飾る。 灰色の日常にほんの少し色がさしたような気がした。  それからまた画廊ミラージュに行こうと思ったが、一体どこをどう歩いてあそこに行ったのか思い出せない。 まるで蜃気楼のように。あの場所は幻だったのではないかという気すらしてくる。 灰色の日常の中に浮かび上がった幻のような場所。 ――画廊ミラージュ―  きっとそこで私は心の中の小さなかけらを買ったのだ。 それはほんの少しこの世界に色を添えて。 今日という一日に、絵画を愛でる心をくれたのだ。
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作者:しとえ
2026/10/16 • 👁 56回 • 💬 0件
恋愛
651文字 約2分で読了

既にあった恋の続き

 昼間のカフェ。学生時代の友人とあった。  「久しぶり」  「久しぶり。元気だった?」  「うん。元気だよ。でも、仕事が忙しいかな」  「私もそうだよ」  友人と笑いながら近況を話す。 「そういえば……」  友人が何かを思い出したかのように口を開く。 「最近、恋人とどうなの?」 「恋人……?」  最後にいたのは、数年前だった気がする。 「今、いないよ」 「この前できたって言ってたじゃん」 「言ってないよ」 「○○ちゃんって言ってだよね?」 「○○って誰……?」 「彼女でしょ?」  コーヒーを啜りながら、友人は言う。  友人は、スマホの画面を見せてくれた。  メッセージをスクロールする。  そこには、私ともう一人が写っていた。  全く記憶にない。 「この人可愛いね」 「惚気?」  惚気と言われていても、付き合っている記憶はない。  ただ、とても可愛い人だった。 「で、どうなの?」 「どうなのって言われても、記憶に無いし」 「それ酷くない?」  酷いと言われても記憶にないのだから、答えられない。 「まぁ、いいや。とりあえず、なにか進捗があったら、またメッセージして」 「……わかった」  進捗があるかは、わからない。 「じゃあ、お会計しようか」 「うん。今日はありがとうね」 「また、お互い時間があったら会おう」  そう言い、友人と分かれて駅のホームへ向かう。  改札口を通り、階段を登ろうとしたところ。 「スマホ落としましたよ」 「……ああ、ありがとうございます」  後ろから声をかけられて、振り返った。   そして、思わず言ってしまった。 「……ご飯いきませんか?」  彼女は少し驚いたあと、笑った。 「いつものでいい?」
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作者:ReiN.
2026/10/16 • 👁 25回 • 💬 0件
恋愛
680文字 約2分で読了

蝶と蛾

昔、何かのテレビで「蝶と蛾」を明確に分けることは難しいと言ってた。 私とあなたのようだ 綺麗と地味は主観。 昼行性と夜行性も傾向であって例外がある。 でも私達は普段、さも明確に蝶と蛾を分けて見ている。 ―― 今日も学校に行く。 あなたとは目も合わさない。 当然、口も利かない。 あなた達のグループが教室中に聞こえる声でくだらない話をしている時に、私は数少ない友達ともっとくだらない話をする。 同じ教室にいるのに、まるで見えない壁でもあるようだ。 そうして朝と昼を過ごし、友達と「さよなら」して歩く。 歩く。 気持ちが昂ぶって、早歩きになる。 「遅いよ、サツキちゃん……」 「うん、ごめんね」 思わず笑みがこぼれた。 私達は夜だけの恋人。 朝と昼には、決して交わらない。 私はあなたを心音を感じるほどに、強く抱き寄せる。 そうして耳元で呟く。 「きっと、みんな想像もしないでしょうね。」 「サツキちゃんのせいだよ、学校では関係を秘密にするどころか……」 「『一切喋らないなら付き合う』なんて言い出すから、こんな面倒なこ――」 指であなたの口をそっと塞ぐ。 「だって……あなたは綺麗な蝶々だから」 「……?」 「私みたいな蛾は、近づいたらいけないの」 ワケが分からないって顔で、キョトンとしているあなた。 ああ、何て可愛い。 何て愛おしい。 けど……私のような蛾が近づけば、きっと汚れてしまう。 でも、私は知ってる。 皆が明確に分けても私だけは知ってる。 『本当は蝶と蛾に違いなんてない』って。 「ふふっ」 「あ、冷たいよ……」 冷え性の私と違ってなんて温かい手。 でもこうして手を繋げば、同じ体温になっていく。 どこまでも。 どこまでも――。
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2026/10/16 • 👁 30回 • 💬 0件
児童文学
2025文字 約5分で読了

ブックタワーを攻略せよ!

 最近、お嬢様は読書に夢中になっているようだった。  娘を可愛がっている旦那様と奥様は、これを歓迎した。キーラお嬢様が読んでいるのは少女趣味の娯楽小説。だが、本を読む――活字に触れるという行為そのものが素晴らしいものであるとのお考えだからだ。ちなみに、系統は違えど旦那様も奥様も読書を嗜んでおり、ルベット家には本がたくさんある。  しかし、キーラが奥様のお部屋に置かれているブックタワーを制覇することを宣言したときは、密かな騒ぎになった。騒いだのは、ジルダ奥様や、アリエッタをはじめとするメイドたち――すなわち女性陣のみであったが。 「困ったわ。キーラったら、本当に私の本を読む気なのかしら」  私室に集まった一部メイドたちに囲まれて、ベッドの上に腰を下ろしたジルダはおろおろしながら部屋の一角にあるブックタワーを眺めた。おしゃれなものを好む女主人の部屋にあるそれは、やはり見た目が重視されている。美しい木目と深い色合い、さらにニスを塗られて光沢を放つシックな木製の板が、ポールを中心にして螺旋状に配置されている。その各段には、横積みにされた美しい想定の本。背表紙には読むだけでうっとりできるような美しいタイトル。奥様の許可を得て本を眺めたメイドたちは憧憬し――同時に頭を抱えた。  ジルダもまた、娘と同じく乙女嗜好だった。ポエトリーなタイトルが示すのはみな、ロマンス小説だったからだ。本に関心のある婦人ならば、誰もが憧れるようなものばかり。アリエッタだって、もし貸してもらえるというのであれば、貸してほしい――そんなものばかりだった。  ただし、その中には刺激的なものも含まれていた。聖職者や高潔なお嬢様であれば渋面ものの刺激物だ。  なるほど、ジルダが娘に本を貸すのをためらうのも無理はない。 「よくこのようなものを……堂々と飾っておけましたね」  眉間を揉みながらも失礼ながらアリエッタが意見すると、ジルダはバツが悪そうに俯き、唇を尖らせて、上目遣いでメイドたちを見回した。まるで少女のような拗ね方である。 「だって、旦那様は私の本に興味がないし。表紙からは中身は分からないもの」  確かに、ジルダの愛読書には、直接的なタイトルのものはない。人によっては詩集かと勘違いしそうなものが多かった。中身をじっくりと読まなければ、バレることはないだろう。アリエッタたちが気づいたのは、ひとえに評判を知るが故――関心の対象だったからだ。  メイドたちは一様に肩を落とした。 「ひとまず……奥様が倒錯的な嗜好の持ち主でないことに安心いたしました」 「そうじゃないでしょ」  現実逃避をしかけたアリエッタに、同僚のメイドが突っ込んだ。 「まあ、お嬢様には読ませられない本を片付ければ良いだけでしょう」  彼女の発言に、アリエッタとジルダは頭を振った。彼女は奥様付きのメイドから、娘をよく知るジルダや、お嬢様付きのアリエッタの心痛を理解していないのかもしれない。 「無理よ……。あの子、そういうところは目敏いのよ」  仮にいくつかの本を抜き出して。キーラは高さの低くなった本の山に、きっと気が付く。これまでは母親の部屋に遊びに来た程度で、ブックタワーをインテリアの一つくらいにしか見ていなかったであろうけれども。そして、気が付いてしまったら、きっとその訳を尋ねる。ここで誤魔化しなどしたら、キーラの好奇心をかえって搔き立てることになるだろう。が、正直に駄目な理由を言っても、それはそれで興味を持つ。 〝なんとなく〟の違和感に気が付き、一度気になると追及してしまう。そっとしてほしいことに目を瞑っていてはくれない。子どものような無邪気な聡さと好奇心がキーラの魅力であり、一方で非常に手に負えないところなのだ。 「では、こっそりと本を並べ替えておくとか」  例えば、キーラに下の段から本を読ませる。一段制覇したら、次の段へ。そうやって、上へ上へと読み進めさせる隙を狙い、刺激的な本を少しずつ密かに制覇済の段に移せば。キーラはその本をすでに読んだものと認識して、気にすることはないかもしれない。  そのメイドの提案は、なかなか良いように思われた。キーラは目敏いが、記憶力が格別に研ぎ澄まされているわけではない。読んでいない本のタイトルを一冊一冊把握しているなんてことは、さすがにないだろう。 「うう~ん……そうねぇ」  それでもジルダは気が進まないようだった。誤魔化せるかもしれないが、確実な手段ではない。万が一のことが起きたときに、それはそれで面倒くさい。それに、下手な誤魔化しをして、旦那様に密かな趣味がバレてしまったらと思うと、怖いのだ。 「だったら、やはり正直に」 「今からでも隠してしまうのが一番なのでは」  ああすれば、こうすれば。メイドたちは議論を交わすが、ジルダが納得するようなものは出てこない。さんざん頭を捻る女性陣のもとに、部屋の扉をノックする音が届いた。 「お母様、ご本を貸してくださいな!」  奥様の私室は、たちまち阿鼻叫喚の巷と化した。
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作者:森陰五十鈴
2026/10/16 • 👁 28回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
217文字 約1分で読了

コピー

何でもコピーできるコピー機ができた。 死んだペットをコピーして、食用の豚をコピーして、電球をコピーして、車をコピーして、何もかもがそっくりにコピーできる。 そのうち人間もコピーし始めた。初めは死んだ家族をコピーして、そのうち自分自身もコピーして。街中コピーした人間で溢れ返った。 やがて世界をコピーしたもので追いつくされるようになる。 仕方がないので、人々は地球をコピーしてそっちに移り住んだ。 一体これではどっちがコピーされたものなのやら……
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作者:しとえ
2026/10/16 • 👁 47回 • 💬 0件
コメディ・日常
2687文字 約6分で読了

藍色のポケットに、旅の切符

吉野川の川風が、藍ノ瀬町の路地を吹き抜けていた。 水場からは絶えず水の音がする。古い商家の軒先を抜けると、藍染め工房の引き戸が半分開いていた。土間には湿った土と染料の匂いが混じり、奥の作業台には、染め上がった布が何枚も広げられている。 真帆は手帳を閉じた。 昨日から、何も描けていない。 大阪の職場では、次のシーズンに向けた服の企画が進んでいた。売れる色、売れる形、量産に向く素材。数字を並べ、流行を調べ、何度もデザインを描き直す。そうしているうちに、布に触れる時間さえ、いつの間にか仕事のための確認になっていた。 せっかく藍ノ瀬まで来たのに、手帳の中は白いままだった。 「そこの人、ちょっと手を貸してくれん?」 声をかけられて顔を上げると、藍に染まった前掛けの女性が、作業台の向こうから真帆を見ていた。藤代千尋。この工房で藍染めを営んでいる職人だった。 「これ、ちょっと見てくれる?」 千尋が作業台の上の布を広げた。その隣では、制服姿の少女が布の端を押さえている。袖を肘までまくり上げ、指先には爪の際まで青い染料が残っていた。 「絞り染めがうまくいかんでな。ほら、ここ。色にムラが出てしもた」 布には濃い藍色の筋が斜めに走っていた。染めムラは淡い雲のように広がり、光の当たるところだけ、わずかに青が透けて見える。 均一な色ではない。けれど、捨てるには惜しい色だった。 「捨てるんですか?」 真帆が訊くと、千尋は布の端を指でつまんだ。 「捨てたことないよ。使い道を探すだけ」 「でも、染めに失敗したんですよね?」 「思った色にならんかっただけやろ。布まで悪うなったわけやない」 千尋は染めムラの濃い部分を、指先でゆっくりとなぞった。 「この色が好きな人もおるかもしれんし、別の形にしたら使えるかもしれん。うちらが最初に考えた使い方だけが、正解やないからね」 真帆は、布を見つめた。 先週の企画会議が頭をよぎった。 何日もかけて描いたデザインだった。柔らかな色合いと、身体の動きに合わせて揺れる布。自分では気に入っていた。けれど、会議では「売り場で目立たない」「今季の流行から外れている」と指摘され、採用には至らなかった。 真帆も反論はしなかった。数字を見れば、もっともな意見だったからだ。 会議のあと、デザイン画をファイルにしまった。もう見返すこともないだろうと思った。 あの服は、本当に駄目だったのだろうか。 答えは出なかった。 「あ、ここ」 少女が布の端をつまんだ。 染めムラの広がる部分を指でなぞり、何かを思いついたように針山から針を抜く。糸を手に取り、真帆を見上げた。 「お姉さん、右利き?」 「え、うん」 「じゃあ、左に付ける。右手は鞄でふさがるやろ?」 少女は返事を待たずに布へ鋏を入れた。 「何を作っとるん?」 千尋が尋ねると、少女は手を止めずに答えた。 「切符入れ。駅で切符を落としそうになること、あるやろ?」 「なるほどなあ」 千尋が感心したように頷いた。 少女は布を折り、端を揃え、針を進めた。縫い目は小さく、ところどころ不揃いだったが、針を返す手つきに迷いはない。白い糸が藍色の布に浮かび上がり、ひと針ごとに形が整っていく。 三十分もしないうちに、布の片側に小さなポケットができあがった。大人の指二本分ほどの幅で、口には返し縫いが重ねられている。反対側には何もなかった。 「片方だけ?」 真帆が訊くと、少女は糸を引き締めた。 「片方だけ。もう片方の手は、空けとく」 そう言って、少女は糸を噛み切った。 「うちは悠子。向かいに住んどるんよ」 坂本悠子、十二歳。放課後になると工房に顔を出し、千尋の仕事を手伝っているのだという。 悠子はできあがった布を持ち上げ、端に縫い付けた小さな輪を指でつまんだ。 「藍ノ瀬の駅って無人やろ。切符を買うと、しまう場所がなくて困ることがあるんよ。これを鞄の持ち手に結んどけば、なくさんで済むし」 悠子は切符の代わりに細長い紙をポケットへ差し込み、逆さにしてみせた。紙はポケットの中に収まったまま、落ちなかった。 「べつに、たいしたことやないけど」 そう言いながら、悠子は布の端をもう一度確かめた。 千尋が笑った。 「手拭いの端に切符を挟んでったお客さんがおってな。それを見て、この子が考えたんよ」 「だって、落としたら困るやろ」 悠子は鋏についた糸くずを払った。 真帆は、布を受け取った。 手染めの木綿には、指先に引っかかるような素朴な凹凸があった。染めムラの濃いところは少し硬く、薄いところは柔らかい。ポケットの縫い目は均一ではないが、口がほつれないように、同じ場所を何度も針が通っている。 不格好なのに、必要なところには手がかかっていた。 「いい工夫ね」 真帆はポケットの口を指でなぞった。 「こういうの、好きだな」 悠子は顔を上げた。驚いたように目を丸くしたあと、少しだけ口元を緩める。 「ほんま?」 「うん。とても」 千尋は何も言わず、藍色の手で布の端を整えた。 真帆は工房の隅を借り、手帳を開いた。 鉛筆を持つ。しばらく白い紙を見つめてから、布の形を描いた。片側だけに付いた小さなポケット。鞄の持ち手に結ぶための輪。濃淡の異なる藍色の線。 描きながら、真帆は久しぶりに、布そのもののことを考えていた。 どんな服が売れるかではなく、誰が袖を通すのか。 どんな色が流行するかではなく、その色を身につけた人が、どんな一日を過ごすのか。 鉛筆の先が、少しずつ軽くなった。 帰りの電車の時刻が近づき、真帆は礼を言って工房を出た。 駅へ向かう道は川沿いに続いていた。吉野川の水面が午後の光を受け、ところどころ銀色にきらめいている。 そのとき、背後から足音が追いかけてきた。 「お姉さん!」 振り返ると、悠子が息を弾ませて立っていた。 「これ、持ってって」 差し出されたのは、あの藍色の布だった。 「え、でも、これ……」 「失敗した布やし。うちが作ったやつやし。使ってみて」 布のポケットには、折りたたんだ紙が入っていた。 真帆が広げると、少し傾いた文字が並んでいた。 『こんどは、お姉さんの町の切符も入れてな。』 真帆は思わず笑った。 「ありがとう。大事にするね」 「うん。ちゃんと使ってな」 悠子は照れくさそうに視線を逸らした。千尋が工房の入口から、こちらに向かって手を振っていた。 真帆も手を振り返し、布を鞄にしまった。 電車の窓から、吉野川が遠ざかっていく。 大阪に着いたら、まず布屋に寄ろう。 売れるものを考える前に、もう一度、布に触れてみよう。誰かの暮らしの中に、そっと収まるものを作ろう。 鞄の中で、藍色の布が揺れた。 真帆はポケットに指を入れた。そこには、帰りの切符が一枚、きちんと収まっていた。
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作者:TakaTuki
2026/10/16 • 👁 42回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
498文字 約1分で読了

孤独の都

愛し君を想い このアンドロイドを製作した 君はもうこの世にはいないけれど 大丈夫 僕は新しくこの機械仕掛けの人形と生きていく 君の記憶と彼女がいれば きっと死ぬまで生きられるだろう そう考えたのが 運の尽きだった 完成から長い歳月が流れた 当時 成年だった私も歳を取り 皺は増え 体は衰え 声もしゃがれた だが 彼女は今も変わらず むかし見た 記憶の君のままなんだ 想い出の中の君はとても綺麗で その想い出を基に造った彼女もとても綺麗で けれど 私はどんどんと年老いていく そんなものは耐えられない そう思って彼女を壊そうとした事もあったが 実行に移す事はとうとう出来なかった 理想とかけ離れていく現実を受け止めるには あまりに私は孤独だった 自分一人 独りで老いぼれていく事実 この状況を打破すべく色々と案は練ったが 結局 どうする術もなく 無力な私が実行した 最後の妙案 私自身のアンドロイドを製作し 老いる事なく 共に生きよう ずっと二人で 綺麗なままで さようなら 残酷な現実世界 そうして製作されたアンドロイド二体は 誰も知らないマンションの一室で 寄り添うように 今を生きている (あなたが知らないだけで 顔も知らぬ隣人の住む 現代のマンションでは こうした事は決して珍しくはない)
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作者:lue
2026/10/15 • 👁 50回 • 💬 0件