SF・ファンタジー
607文字 約2分で読了

にゃお

ある日、独り身の俺の家に大きな猫が一匹現れた。 「にゃお」  か弱く愛らしく鳴き声をあげるその猫は、動物を飼う余裕などないと自らを戒めてきた俺の急所を突いた。  気づけば俺は猫のために食事を用意し、寝床を準備し、甲斐甲斐しく世話をしていた。猫は俺が触れようとすると逃げてしまうが、俺の与えるモノはすべて受け取ってくれた。それがまたいじらしいやら可愛らしいやら。俺は猫をしこたま可愛がって毎日を過ごした。  そんな日々が続いて数週間。夜に眠っていると、身体の上に何かがずっしりと乗っかってくる感じがした。  薄っすら目を開けてみると、何やら大きな物体が上に乗っている。よくよく見れば、それは頭に獣の耳が生えた青年で、俺の顔をじっと覗き込んでいた。 「にゃお」  聞き慣れた悩ましい声にハッとして「お前は」と声を掛ければ、青年はニヤリと笑って俺の頬をぺろりと舐めた。  途端にカッと頬が熱くなり、俺は再び眠り込む。その翌日は寝坊し、俺は会社に遅刻した。  なんとか仕事をこなし、急いで家に帰ると、俺が可愛がっていた猫の姿が何処にもない。家も庭も探したが、見当たらない。  最後の挨拶くらい、してくれればよかったのに。そう俺が途方に暮れ、寂しい思いで一人晩酌をしていれば、ふいにインターホンが鳴った。  玄関に行ってみると、一人の青年が佇んでいた。どうやら隣の家に引っ越してきた子らしい。  人懐っこそうなその猫目を、俺は何処かで見たことがある気がした。 「にゃお」
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作者:ころもやぎ
2026/09/20 • 👁 114回 • 💬 1件
SF・ファンタジー
2340文字 約5分で読了

夢喰い紳士

悲しき夢よ 恐怖よ 辛さから生まれた怪物よ どうかこの夢を食べておくれ 夢の中ですら 安らげないのなら この世は地獄 どこにも逃げることすらできない 夢よ夢よ夢喰いよ どうか私の夢を食べておくれ  窓辺にはドリームキャッチャー、アロマオイルを炊いてよく眠れるという枕。 どうか悪夢を見ませんように…… 「バク、バク、バク」 悪夢を食べてくれるおまじないを唱える。  もちろん睡眠薬は飲んだ。 寝つきが良くなると言うからホットミルクも。 ここまで書けばわかるだろうが、私はともかく夢見が悪い。 夜が来るのが怖い眠るのが怖い、だが人間というものは睡眠を取らなければ死んでしまうもので当然私も1日に最低限の睡眠は必要となる。 また睡眠を取らなければ体力は低下し、健康被害は甚大だ。 眠るという行為は必要なわけだが私にとって幸福だった記憶はあまりない。いつからこんなに眠るのが怖くなったのだろう。  大概は夢を見てそれは悪夢である。 昨日見た夢はどんな風だったか…そうだみんな死に絶えてしまったのだ。一人一人死んで消えて私1人。街中に怪物が闊歩し叫び声が聞こえて、私は耳を塞ぎ目を閉じて、それなのに怪物の姿が見える。どこかに逃げ出したいのにどこにも行けず、泣くこともわめくこともできず声を殺してそこから一歩も動けない。 また夢が切り替わって今度は別の悪夢だ。 私は何かから逃げている。 ひどく汚いところにいて、あぁ多分ここは水回りだ。掃除しても掃除しても綺麗にならない。 糞尿が溢れかえっていて、掃除したと思えばまた水が詰まり溢れ出し糞尿まみれになってしまう。 よくわからない閉塞感と何かに追われている感じ、いくら片付けても掃除しても全く綺麗にならない世界。 また別の悪夢が始まる。私は得体の知れない巨大なショッピングモールとも博物館とも駅の地下とも言えないような建物の中にいる。人はいっぱいいるのに顔は全く見えない。話しかけても何を言っているのか全く通じない。一体ここはどこだろう?得体の知れない不安が胸を押しつぶす。どこかに行っても一体どこに自分がいるのかさっぱりわからない。そうこうしているうちに世界が崩壊し始める。一体何に私は怯えて潰されてゆくのだろう。いけないまた私が死んでしまった。 世界はオールカラーのはずなのにひどく薄汚い、その上暗い。 そしてどういうわけだかいつも終わりかかっている。 夢から覚めれば訳が分からず泣いていたり、不安に押しつぶされそうになっていたり、悪夢から逃げて現実世界もやはり悪夢のようなものだ。 どこにも逃げ場がない。 お願い助けて! そう叫ぶが声は出ない。 そもそも夢の中で音声は酷く不鮮明だ。 ノイズがかかっているわけではないが、まるでノイズがかかってるかの様に聞こえない。 足取りは重く、そのくせ痛みははっきりと記憶に残る。 ……よくアニメなどで夢かどうか確かめるのに頬をつねったりするが、私の場合、夢の中の痛みははっきりと記憶に残っているのだ。 どこがどう痛かったかは分からないが、目が覚めれば痛かった記憶だけがはっきりと残っている。  今日もまた夢を見る。 一体私はどこを歩いているのだろう? 周りが死体だらけだ。 死体がネチャネチャする。嫌だなと思うが、どうすることもできない。怪物の声がする、あぁまた始まった…… 私は必死で逃げている、もう少しで追い付かれそう! 「助けて!助けて誰か!」 そう叫んだ時に誰かが私の手を掴んだ。 夢の中ではっきりと自分の声を出せたのは、ほぼ初めてなんじゃないかなという気がする。 もちろんそんなことはないのだが、話しても実感として声が潰れて何を言っているか自分でもわからなくなってしまうのだ。  私は何者かに抱えられている。 ふわりふわりと空を飛んでいる。 ――空に月 あんなにもはっきりと。 夢の中では光というのははっきり見えない。 どこまでも薄ぐらい夢の中で、月明かりがはっきりと見える。 それは美しく私を包み込んでくれる。 自分を抱えて空を飛んでいるのが歳の若い紳士だというのがわかった。 いつも顔などはっきり見えないのに…… 瞳が赤いのがわかる。 それは朝焼けの光に似ていた。 下には怪物。 うめき声をあげ世界を食い潰す。 「ダメ、下には降りないで!怪物に食べられちゃう」 私はとっさに叫んだ。 紳士が笑ったのがわかる。 「お嬢さん、こんな怪物は私が踏み潰してあげましょう」 彼はそう言うと怪物に向かって流れ星のように降りて行く。 怪物は彼の足元で小さくなってあっという間に消滅してしまった。 その時になってやっと私は彼の姿をしっかりと見た。 随分と古めかしい古風なコートをまとった紳士。 トンビコートというのだろうか?いや…二重回し? 彼はふわりとマントを広げる。 するとその世界のおぞましいものは全て消えてしまい、後に残ったのは月明かり。 夜明けの光に似た瞳でふわりと笑う。 「ありがとうあなた誰?」 「あなたが呼んだんですよ。私のことを」 彼はそう言った。 そして歌うような節回しでこう言ったのだ。  夢というものは人間の心の鏡像である。 記憶の処理の残像から生まれ混ざり合い、混沌とした意識の中で成熟される。  夢というものは人間の心そのものを映し出すのだ。 今日もまた一人苦しむ夢を見る者がいる。 ――夢喰いは夢の中へ―― 悪夢は人の心の混沌、そのものなのだ。 「あなたの悪夢おいしゅうございました」  そうか私の悪夢を食べてくれたんだ。 その日から私は悪夢を見なくなった。 悪夢はきっと私の心の不安、悲しみ、閉塞感。 行き場のない心たちだったんだ。  ドリームキャッチャーおまじない枕にホットミルク、それでも無理だから睡眠薬。心を必死で集めようとして、苦しいことから逃げようとして、だけどうまくいかない日々。 彼がやってきて食べてくれたんだ。  今日もまた夢喰いが悪夢を喰いに現れる。
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作者:しとえ
2026/09/19 • 👁 86回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
1543文字 約4分で読了

かさと天使と女の子

不快なことがあった。 王宮の廊下を全力で走り、大扉を力任せに開け放ち、空中に身を投げ、勢いよく翼をバタつかせて天界から逃げ出した。 強風が身体に当たる。あいにくの雨も全身を濡らした。 先ほどまで頬をこぼれおちていた涙は、風雨によってわからなくなった。 (……じぶんのことは、じぶんで決めたいのに…っ……!!! 父上は……いつも何でも決めてしまう!!!) 風雨が痛い。それに加えて、感情が高ぶっているせいか、翼が思うように動かせない。 「っ…くそっ!!」 その瞬間、翼の根元に痛みが走り、体勢を崩すとそのまま下界に落ちてしまった。 ________ 「……さいあく…」 下界の石畳の歩道にうなだれた。 下界…、いわゆる人間が住む世界。 もちろんここでも雨が降り注いでいる。すべての景色が薄暗く濡れている。今のじぶんの心のように思えた。 (……だれも…、ぼくの気持ちなんてわかってくれない) すっかりずぶ濡れになってしまった身体は、体温が徐々に奪われ、先ほど空中で痛めた翼の根元からも、じんじんと小さな痛みも伝わってくる。 しきりに降り続く雨と、両手をついている石の歩道からは、冷たいゴツゴツした感触が鈍い痛みのようなものに感じられた。 「もう、このままずっと……」 (ぼくの雨は……やまないだろう) そう静かにつぶやくと瞼を閉じた。    「ねぇ、だいじょうぶ?」 「……え?」 閉じたばかりの瞼をばっと開き、勢いよく上を向くと、そこには一人の女の子がこちらを見ていた。 ________ 「きこえてる?だいじょうぶ? 雨ふってぬれてるのに…こんなところにすわっちゃって……」 (………見えるの?ぼくの姿……) おかしい。 人間には、じぶんたち天使の姿は見えないはずだった。 しかし、この女の子にはじぶんが見えているらしい。 「あ……、うん、だ、だいじょう…ぶ…」 人間と話すことが生まれて初めてだったこともあり、ぎこちない歯切れで言葉を出した。 しかも、まったく大丈夫ではない状況だったが、誰かにとっさに聞かれると、この返答がどうしても出る。 (やば…っ、姿が見えてるってことは、翼も見えて…… 天使ってバレる…!!) 慌てて翼を隠そうとした時、ふっと暗くなる。 「かさ、かしてあげるね」 気づくと、じぶんの真上に雨を遮るものがさされている。 「あ……え…っ、……でも、それではきみが濡れて…」 「だいじょうぶ!!」 「え…?」 女の子は満面の笑みで、ぼくが放った言葉を遮った。 「わたしが着てるこれ、レインコートだから!」 女の子は半ば強引に、ぼくにかさを手渡した。 そして、長い髪を束ねて、レインコートのフードを頭に被った。 「ね?これでわたしも濡れない!」 「…………」 手渡されたかさの取っ手からは、女の子の握っていたぬくもりがあった。 冷えた手のひらにそれは、じんわりと広がった。 パシャパシャ 「あ……」 女の子はぼくの横を小走りで通り過ぎる。 「かさ、本当にいいよ…!! ぼく、もうこんなに濡れちゃってるから…」 取っ手をぎゅっと握るも、女の子にかさを差し出す。 女の子はこちらを振り返り、また笑った。 「かさをさしたら、もうそれ以上濡れないよ、……またね!」 女の子はそれを言うと踵を返して、小走りで薄暗い景色の中に消えていってしまった。 (………翼、見えなかったのかな……ぼくが人間じゃないって、分からなかったのか…     ……それよりも………) 「……初めてだ…かさ…」 改めて見上げる。 その模様が何であるのかも、やっと目に入ってきた。 「お日さま……か」 淡いタッチの太陽の絵。 その絵からは、先ほどの女の子の満面の笑みが重なった。 (………あたたかい) ぎゅっとまた、取っ手を握る。 女の子のぬくもりに、今度はじぶんの温度が重なる。 「…それ以上、濡れないから……か」 ふっとじぶんからも、笑みがこぼれた。 (終)
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作者:蓬田灯子
2026/09/19 • 👁 90回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
3532文字 約8分で読了

七回目のセーブ

魔王城の中層。その最奥には、中ボスが待ち構える巨大な扉があった。  禍々しい彫刻が刻まれた扉のすぐ脇に、場違いなほど小さな机が置かれている。机の上では、水晶が淡い光を放っていた。その向こうで、セーブ係の少女が記録帳をめくっている。  重たい足音が廊下を引き返してきた。  少女は顔を上げるより先に、その足音の主が誰なのか察したらしい。記録帳へ視線を落としたまま、小さく息を吐く。  勇者は何食わぬ顔で机の前に立った。 「よっ……! また会ったね」 「…………」  少女はようやく顔を上げると、勇者の背後へ目を向けた。中ボスの扉は、先ほどから一度も開いていない。 「セーブさせてくれないか」 「またですか? 一体、何回すれば気が済むんですか?」  少女は記録帳を数ページ戻した。同じ名前が、ほとんど間を置かずに並んでいる。  一、二、三。指先で数え、もう一度最初から確かめる。それでも結果は変わらなかった。 「これで七回目ですよ。あなたの日記帳じゃないんですよ?」 「分かっている。しかし、俺は不安なのだ」  水晶へ手を伸ばしかけた少女が、ぴたりと動きを止める。疑うように目を細め、平然と立っている勇者を見上げた。 「なにが……?」  勇者は腕を組み、いかにも重大な理由を説明するかのように、ゆっくりとうなずいた。 「と、扉を開けようとしたときに、禍々しい気配を感じたのだ。……そう、あれは魔族の――」  少女の視線が、勇者の頭から足元までを往復する。剣に刃こぼれはなく、鎧にも目立った傷はない。先ほどセーブしたときと何一つ変わっていなかった。 「魔族の……何ですか?」 「会議に違いない! 勇者側の戦力をそごうと、話し合っていたんだ!」  勇者は腰に下げた道具袋を持ち上げ、中身を確かめるふりをした。 「えーっと……ポーションは――」 「無傷ですよね?」 「……ふっ、分かってないな。これから怪我するかもしれないだろ?」  少女は黙って水晶へ目を向けた。光は一定の間隔で穏やかに明滅している。記録の失敗を知らせる濁りも、ひび割れも見当たらない。 「怪我すればいいじゃないですか」 「お、お、鬼か! きさま。俺は勇者だぞ!?」  少女は記録帳を閉じ、机へ両肘をついた。重ねた指の上へ顎を載せ、逃げ道を塞ぐように勇者の目を見つめる。 「めんどくさ……。本当は弱いんじゃないですか?」  勇者の肩が、ほんのわずかに揺れた。 「そ、そんなことはない! リザードマンだって、やっと倒せたんだから」  少女はその反応を見逃さなかった。口元へ浮かんだ笑みには、ようやく答えを見つけた者の確信があった。 「中ボスが怖いだけでは? リザードマンなんて、あたしでも倒せますよ?」  勇者はわざとらしく鼻で笑い、腰の剣へ手を添えた。 「大丈夫だ! 今日は朝の占いでも五位だったし、宿屋の昼食も好きな献立だったのだから」 「は……?」  そのとき、巨大な扉の向こうから、地面を揺らすような轟音が響いた。  机の上の水晶が震え、勇者の鎧がかすかに音を立てる。  二人はそろって扉を見た。  しばらく待っても、勇者は動かない。  やがて、扉の向こうから何者かが遠慮がちに咳払いをした。 「グゥウゥウ、勇者ァァァァァ……!!」  勇者は聞こえなかったふりをして、少女へ向き直る。 「あれ、おかしいな。こんなときにお腹が鳴るなんて」 「一生食えなくしてあげましょうか? え?」  今度は扉が内側から三度、規則正しく叩かれた。 「まだなの? どんだけ待たせるのよ」 「い、いや……だって、この子が」 「…………!!」  少女は堪えきれずに吹き出した。すぐに口元を手で隠したものの、肩は小さく震えている。 「わ、笑うな! 俺は今、勇者の尊厳を懸けてだな……!」 「その尊厳、中ボスの部屋に置き忘れてません? さっさと取りに行ってください」  少女が扉を指し示すと、勇者は胸を張って一歩を踏み出した。  しかし、その足が向かったのは扉ではない。  勇者は少女の机へ、先ほどよりも一歩近づいていた。 「……そんなに、ここから離れたくないんですか?」  少女の問いに、勇者は答えなかった。  先ほどまで淀みなく並べていた言い訳が、急に尽きてしまったらしい。剣の柄へ置いた手を離し、気まずそうに視線を泳がせる。 「どういう意味だ?」 「だって、さっきから言い訳ばかりで、全然戦おうとしないじゃないですか?」 「ち、違うんだ。俺はただ、タイミングをだな……」  少女は勇者の言葉を遮るように、閉じた記録帳の表紙を指先で軽く叩いた。 「早く倒してきてください。それが終われば、あたしは帰れるんですから」  勇者の表情から、わずかに強がりが消えた。 「仕事を終えたら、きみはどこに行くんだ?」 「さあ……? ただ、あたしはあるべき場所に帰るだけですので」 「次の階層でも、またきみが担当するのか?」 「それはないかと。ここでの仕事が終われば、もうあたしは――」  少女はそこで言葉を切り、小さく首を横へ振った。次の階層には、別のセーブ係が配置されているのだという。 「な、なんだ。次にも同じ役目の者がいるのか。大変だな。じゃあ、倒すしかないなあ! ヤツを!」 「……なんか無理してません?」  扉の向こうは、いつの間にか静かになっていた。中ボスまで、二人の会話へ耳を澄ませているようだった。  少女は机から身を乗り出し、逃げ続ける勇者の顔を下から覗き込む。 「まさか、会えなくなるのが嫌で戻ってきたのですか?」  勇者は口を開いた。しかし、いつものような言い訳は出てこなかった。  長い沈黙の末、勇者は観念したように肩を落とす。 「じゃあ、行くか……いや、その前に――」  少女は急かさず、勇者の言葉を待っている。  勇者は一度だけ中ボスの扉を振り返ると、意を決したように少女へ向き直った。 「怖いのは怖いけど、それ以上にきみに会えなくなるのが嫌なんだ……」  少女の瞳がわずかに見開かれた。勇者は恥ずかしさをごまかすように、早口で言葉を続ける。 「初めは普通にセーブをしに来たんだ。だけど、今はきみと話すのが楽しいんだ」 「はあ……。物好きな人ですね。だから何度も戻ってきたんですか?」 「まあ……なんだ、その……そうだ」  巨大な扉の向こうから、何かを押し殺すような声が漏れた。どうやら中ボスまで笑いを堪えているらしい。 「笑うんじゃねぇえ! せっかく勇気を振り絞って言ったのに!」 「そんな腰抜けには負けねぇよ。逃げられる前に来いよ」  少女は扉をひと睨みしてから、再び勇者を見上げた。頬には、先ほどまでなかった淡い赤みが差している。 「……あたしも、あなたの足音が聞こえるたび、少しだけ嬉しくなっていました」 「それって――」 「明らかに、最初とは魔力の量も気迫も違いますね」 「ごまかしたな?」 「せっかくやる気になったんですから、戦ってきてください」  勇者は勢いよくうなずいた。先ほどまで怯えていた扉を背に、今度はまっすぐ少女を見つめる。 「もしさ……俺が魔王を倒したら……付き合ってくれないか?」  少女は一瞬だけ驚いたあと、何かを企むように目を細めた。 「仕方ありませんね。魔王を倒せたら……ですよ」  勇者の顔に、今日一番の笑みが広がった。  上機嫌で剣を抜き、中ボスの扉へ身体を向ける。 「おっしゃ! やってやるぜ!」  すると、待ちきれなくなったのか、巨大な扉がわずかに開いた。その隙間から、中ボスがこちらを覗き込む。 「オラ、早く来いよ! 時間の無駄だ」 「よし! 今から倒すからな!」  中ボスは勇者ではなく、その背後にいる少女へ目を向けた。  次の瞬間、扉の隙間から伸びていた顔が引っ込み、内側で何かが慌てて姿勢を正す音がした。 「……魔王様、もうそろそろお時間かと」  勇者の動きが止まった。 「ん……今、なんて?」  少女は答えず、机の上の記録帳を静かに閉じた。指先が水晶へ触れると、淡かった光が深い赤紫へ変わる。  それまで少女の気配を覆っていた何かが消え、魔王城そのものが呼吸を始めたかのように、廊下の空気が重く沈んだ。 「きみは一体――」  少女は椅子から立ち上がり、服の裾を整える。勇者へ向けた微笑みだけは、先ほどまでと何も変わっていなかった。 「勇者がどれほどの力の持ち主か見極めるため、ここにいたのです」 「ん……えーっと……つまり、きみはセーブを司る聖者なんだよな?」 「セーブ係でもありますが、魔王と名乗ったほうが早いですね」  勇者の顔から、今日一番の笑みがゆっくりと消えていく。 「え……じゃあ、さっきの約束は……?」 「約束は守りますよ。あたしを倒せたら」  少女の足元へ赤紫の魔法陣が広がった。光に包まれた身体が少しずつ透けていく。 「魔王の間で待っています」  少女の姿が完全に消え、廊下には勇者と中ボスだけが取り残された。  長い沈黙のあと、中ボスが扉の隙間からもう一度顔を出す。 「ちなみに魔王様、不老不死だからな」 「えぇええええ――っ!?」
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2026/09/18 • 👁 85回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
1807文字 約4分で読了

機械人形は夢を見るのだろうか

人間は死ぬ前に夢を見ると言う―― 幸福な夢。生前生きた記憶が映像として再生され美しい場所に行く夢。 だったら機械人形は夢を見るのだろうか……  彼が私のところにやってきたのは7歳の誕生日の時だった。 兄が欲しいと父と母に泣いてねだったのはその少し前だ。 彼は私の『兄』としてここにやってきた。 当時としてはそのような人型のドロイドはあまりに高級な品だったはずだが、プロトタイプとしてデータを開発元に送る条件で破格の値段で購入したらしいという事をずっと後になって知った。 両親とも仕事で忙しく家には私しかいなかった。 いや正確には私と彼だけだった。 当時の私の環境は小学校の就学とともに家で一人になってしまったのだ。 学童保育は満杯で入れそうになかったため、両親は私を一人で家に置いておくことをためらいこのドロイドの彼の購入を決めたらしい。 見た目は10歳ぐらいの彼だが家事能力と介助能力、ベビーシッターの機能も一応ついているらしかった。 事実その日から家に帰ってくれば彼が食事の準備をして掃除をして私のことを待っていてくれた。 まだまだ当時としては珍しかった家事手伝いドロイドとしての機能をしっかり兼ね備えていたのだ。 家に帰ってくれば彼が「おかえり」と言ってくれる。 私のわがままは何でも聞いてくれる。 悩みも不安も受け止めてくれたのは彼だった。 プレゼントされた当日、私は彼に愛という名前をつけた。 「男の子の人形なのに愛なの…」 母がそう言ったが私はその名前がとても気に入っている。 彼は私に必要な愛をくれた。  やがて私は彼よりも背が伸びグングンと成長していった。 成長期の子供なのだから当たり前なのだがいつのまにか彼の身長を追い抜かし私が彼を見下ろして彼が私を見上げるようになっていた。 とは言ってもやっぱり私にとって彼は『兄』だったのだが…… 高校生になり大学生になった私は一人暮らしを始めることになった。 一人暮らしするアパートに私は彼を連れて行った。 正直に言うと一人で暮らすのが不安だったのと家事能力が残念ながらいまいちだったせいだ。 家に帰ってくれば彼が「おかえり」と言ってくれる。 それは私の気持ちをとても落ち着かせてくれた。  外見は小学生の男の子と大人。 正直に言うと何度か彼の外見を大人のものと交換しようかと考えたことがある。 だがそのためには車が1台分買えるだけの金額を用意しなければならないのとその子供の姿が私にとっては 一番馴染みがあるホッとするものだったのでやはり考えるだけで終わってしまった。 大学を出て就職をしてお付き合いする女性ができて、私は彼のことを話せないでいた。 私にとっては大事な『兄』なのだ。 必死の思いで、私は彼女に彼の話をした。 すると彼女は、 「別にいいよ。私も猫飼ってるし」 という一言が返ってきた。 正直、拍子抜けした。 猫とドロイドではずいぶん違うだろう。 だが、そんな性格の彼女だったから余計に引かれたのかもしれない。 やがて子供が生まれ今度はその子たちの『兄』に愛はなった。 私たちの家族と共に彼はずっといた。 彼は私たちの家族だった。 私と愛が出会ってから80年が過ぎた。  この頃、彼の動きが途中で止まってしまうことがよくある。 心配になって私はメーカーを訪ねた。 メーカーの話ではバッテリーが消耗していてあと10年ほどで停止してしまうらしい。 新しいバッテリーにと思ったが、すでに彼自身はとても古いプロトタイプであるため交換するためにはあちらこちら入れ替えなくてはならない。またバッテリーを入れ替え大幅に修復するためには初期化しなくてはならないらしい。 ……つまりそれは私との思い出が消えてしまうということだ。 もちろんバックアップは取れるらしいがAIの仕様が変わってしまっているために性格に誤差が出てきてしまうらしい。 どの道そうなってしまうともう彼は彼ではなくなってしまう。 あと10年…… 私の命が尽きるのが先か、彼が停止してしまうのが先か…… 私は彼を家に連れて帰った。  妻は3年前に先立った。 子供たちはとっくに成人してそれぞれの家庭を持ち中には孫がいる子供もいる。壁にかけられた写真は私の時間だ。 いや正確には私と彼の時間だ。  夜も更けて布団に入る。 愛もまた同じように布団に入る。 バッテリーの消耗を抑えるために、夜は同じように寝ることにしたのだ。 「おやすみ」 「おやすみなさい」 目をつぶる彼を見て夢を見るのだろうかと思った。 機械人形は夢を見るのだろうか……
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作者:しとえ
2026/09/18 • 👁 106回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
3251文字 約7分で読了

転生したら数学者のフェルマーだったから、最終定理解いてみた

『転生したら数学者のフェルマーだったから、最終定理解いてみた』  横断歩道の赤が、ほんの一瞬だけ滲んだ。  ブレーキのきしみ、白い光、浮遊するみたいな無重力感──そして、暗転。  目を開けると、部屋は蝋燭のにおいがした。羊皮紙、砂時計、鉛で黒く汚れた指。窓の外では馬車が石畳を叩き、遠くで教会の鐘が鳴る。歴史の資料映像の中に投げ込まれたみたいだった。 「ムッシュー・フェルマー、またお目覚めだ!」  小間使いが駆け寄ってきて、にこやかにタオルを差し出す。  フェルマー? いやいや、僕はただの日本の理系大学生だ。昨夜はレポートの締切に追われて、起きたら江戸を飛び越えてフランスの──何世紀だこれ。  口を開くと、フランス語がスラスラ出てきた。脳が勝手に意味を解釈する。字幕みたいに頭の中に訳が出る。 《スキル〈言語理解〉を獲得しました》  脳裏に、見慣れないフォントのテロップが浮かんだ。夢なら凝っている。頬をつねると普通に痛い。  洗面台の金属盆で顔を覗く。そこに映ったのは、教科書で何度も見た肖像画の男──丸い額、たっぷりの髭、切れ長の目。  これが僕? いや、これは── 「ピエール・ド・フェルマー?」  自分で口に出すと、部屋の空気が「そうですとも」と頷いた。  ふらつく足で机に近づく。そこには斜めに置かれた羊皮紙の束、鋭い羽根ペン、そして、見覚えのある一行。 「 n>2のとき、Xn+Yn=Zn を満たす整数解は存在しない。」  震える指が、その下に添えられた文言をなぞる。  「だが、この余白は狭すぎる。」  ──余白が足りない。  高校の数学史の授業で先生が微笑みながら話してくれた、お決まりの逸話。あの“軽口”の現場に僕はいる。僕が書いた……のか? いや、僕は“彼”でも“僕”でもある。ややこしい。  試しに簡単な暗算をしてみる。九九どころか、桁の多い掛け算が、湯気のようにスッと消える。  式が見えた瞬間、答えが重力みたいに落ちてくる。 《スキル〈演算能力〉を獲得しました》  これはもう、どうしようもなくゲーム的だ。けれど、確かに頭が軽い。計算が、呼吸になった。  数日後、トゥールーズの学者たちが集う席に招かれた。ワインと議論の香りが満ちた部屋で、僕はテーブルナプキン代わりの羊皮紙にほとんど落書きみたいな速度で証明を書きなぐった。ベクトルとか群とか、この時代にない概念の手前で寸止めしつつ、古典の語彙に合わせて変形させる。  ひとりが唸り、ひとりが怒鳴り、ひとりが笑った。ざわめきが波紋のように広がり、僕は少しだけ楽しくなった。無双──という言葉がふさわしい瞬間って本当にあるんだ。  ……調子に乗りかけたところで、雷のような記憶がよぎる。  フェルマーの最終定理。  たしか、三百数十年後にようやく証明された。つまり、この時点では誰も解けない。ならば、フェルマー本人が解けるわけ──いや、今の僕はフェルマーで、さらにスキル持ちだ。  やってやろうじゃないか。余白どころか、巻物一本使ってやる。  僕は机に突っ伏し、何日も、何夜も、羊皮紙を黒くした。  素朴な整数の海に潜り、見たことのない魚影(アイデア)を追い、網(補題)を編んで投げる。  だが、魚は指の間をするりと抜けるように、最後の一手で消えてしまう。  早い計算は、たしかに強力だ。だが、速さと到達は同じではない。山頂は見えているのに、尾根道が霧で隠れている。あと一石、要る。  僕はとうとう、フェルマーの家の隅々まで漁り始めた。  書棚の裏、引き出しの二重底、暖炉の上の壺の中──ヒントになりそうなものなら何でも。  そして台所で、厚い手書きの本に出会った。表紙には、エレガントな筆致で〈Recettes〉とある。 「レシピ本……?」  ページをめくると、やけに整然とした記述。分量の数字が妙に美しい比を作っている。アーモンド、砂糖、卵白——マカロン? いや、これは……  例えば、砂糖二:アーモンド粉三。そこに“冷ました卵白を静かに折り込む”とある。折り込む──fold。  数学の“剰余類を束ねる”作法に似た言い回しに、僕の職業病が騒いだ。 「暗号か?」  僕はペンを走らせ、置換表を作り、段落ごとに数字へマッピングし、頻度表を作り、出現パターンを洗い出した。  そして── 《スキル〈解読〉を獲得しました》  視界が一瞬、薄く透けた。紙の行間が段差になり、その隙間に別の文字列が落ちているのが見える。  読み取ると、そこにあるのは、驚くほど素朴で、驚くほど慎ましい文章だった。  ──好きな人の手の震え。  ──市場で見かけた青いリボンの女の横顔。  ──焼き菓子がうまく膨らまなかった日の、ふくらまない胸。  食譜は、恋の譜だった。  天才の家の片隅に隠されていたものが、数式じゃなくて恋文だなんて。  胸のどこかが、ほっと救われる。僕は台所の椅子に座って、しばらく笑った。  数学者の家だって、粉糖が舞うのだ。余白の温度。  彼にとって最も証明できなかったのは、恋の方程式だったのかもしれない──  恋文を読み終えた夜、書斎の奥で埃をかぶった薄い小説を引っ張り出した。  見覚えのない作家の、見覚えのある題名。ページを開くと、ひらりと一枚、メモが落ちた。  拾い上げて、息を呑む。  奇妙な記号列。  当時の記法では説明しきれない、未来の概念が、あまりに不器用な手つきで書かれている。  読めないはずの文字が、意味を求めてうごめき、脳の奥で何かがはじけた。 《スキル〈解読〉が発動しました》  世界が一瞬、数式になった。  窓枠は境界条件、蝋燭の炎は局所的な極大、床の木目は写像の軌跡。  音が消え、色が輪郭を脱ぎ、代わりに構造だけが残った。  その構造のど真ん中に、ずっと掴めなかった尾根道が、細い銀線みたいに通っている。  ──これだ。  僕は震える手でペンを握った。  今までの紙束が、意味のある順序で並び替わり、足りなかった石が綺麗に嵌まっていく。  証明は、眼前にある。ただ、説明できる言葉が、まだこの時代にはない。  翌日、僕は人前に立った。  学者たちの視線の先、板の間に広げた紙の海。  僕はゆっくりと話し始めた。整数の性質、無限降下法、既知の補題。  そして、問題の核心に触れるとき──言葉が足りなくなった。  使えない。ここで必要なのは、未来から来た“概念”の梯子だ。  僕が理解しているものを、他人に同時代の語彙で渡せない。  沈黙。一枚の紙切れが、風もないのにふるりと揺れた気がした。  僕は静かに息を吸って、結論だけを置いた。 「 n>2のとき、整数解は存在しない。私は、そのことを確かに見た。だが──」  余白を指さす。  蝋燭の煤が、僕の指の先で揺れた。 「この余白は、まだ狭すぎる」  部屋にざわめき。理解できない、納得できない、しかし否定もできない空気が生まれる。  証明を、僕は持っている。けれど、それをこの時代の文法で記せない。  伝わらなければ、証明ではない。  その夜、僕は机に向かい、ひとつの短い宣言を書き残した。 「世界中で我先に解こうとするだろう。  それでも解けない。  そして──三百五十年は、解けないだろう。」  翌朝、胸が少しだけ痛んだ。  寿命というやつが、いよいよ現実味を帯びる。  死ぬ間際、僕は台所に立ち、あのマカロンのレシピを開いた。  砂糖二、アーモンド粉三。  折り込む、という動詞の美しさ。  この世界もまた、別の世界から折り込まれているのだろうか。  ふと、現代の友人たちの顔が浮かぶ。ゼミ室の匂い、コンビニの明かり。  僕は、静かに目を閉じた。    時が跳ぶ。  石造りの街はガラスと鉄に変わり、羊皮紙は液晶となり、学会のざわめきはネットのざわめきへと形を変えた。  ひとりの数学者が、黒板の前でチョークを握っている。  その手は震えているが、指先は確信に満ちている。  彼の背後で、世界中の耳が息を呑む。  彼は、新しい言葉と新しい梯子を使って、あの細い銀線を他者に渡していく。  証明は、いまや言語になった。誰もが上れるように。  黒板の隅に、彼は小さく書いた。  ──これは、とても古い余白への返事だ。  紙の向こうから、粉糖の甘い匂いがした気がした。  台所の椅子が、きしむ音がした気がした。  そして僕は、どこかで、少しだけ笑った気がした。 了
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作者:河内謙吾
2026/09/18 • 👁 161回 • 💬 2件
SF・ファンタジー
1350文字 約3分で読了

大学生知能改変手術事件

夕方、駅を出ると空はまだ少し明るかった。昼間の熱が残っているせいか、風はあるのに涼しくはない。 改札から吐き出された人たちがそれぞれの方向へ散っていく中を歩きながら、私は無意識に肩を回した。首の奥が重い。朝から画面を見続けていたせいか、目の焦点も少しぼやけている気がした。  今日は長かった。  人と話して、資料を作って、見知らぬ大人たちと面談して、そして時間が経った。  駅前を抜け、住宅街へ入る。見慣れた道を歩いていると、少しだけ気持ちがほどけた。遠くで犬が吠えている。どこかの家の窓からテレビの音が漏れていた。  部屋へ戻ると、まず窓を開けた。  新鮮な空気が入る。滞っていた空気が動く。  鞄を机の横へ置き、椅子へ腰を下ろす。  髪は邪魔だから、後ろで一つにまとめる。  部屋は静かだが、外では、車が走る音する。  クレンジングで化粧を落とす前に、  私はスマホを取り出した。  特に理由はない。  ただの習慣だ。  画面を開く。  通知がいくつか並んでいた。  まずは、彼女にメッセージを送る。 >今、帰ったよ。  既読がつかない。  忙しいのだろう。  時間をつぶすために、ネットニュースを見る。  その中のひとつに目がとまった。 『大学生知能改変手術事件』  見出しだけなら開かなかったかもしれない。  けれど、その下に表示されていた顔写真で指が止まった。  私だった。  画面を見つめる。  鏡を引っ張りだし、顔を確認する。    やはり私だった。  いつの頃の写真かはわからない。  記事を開くと、写真はそのまま表示された。  名前も年齢も一致している。  記事の内容は、大学生を対象とした違法な知能改変手術。  大学生に同意なく手術をしていた。  警察は、複数の関係者を捜査中とのこと。  容疑者の一人として私の名前が掲載されている。  とりあえず、情報を集めようと、  私はスクロールする。  記事は続いていた。  捜査資料や関係者証言、押収された記録。  その中に、チャットログの画像があった。  私はタップして、画面を拡大する。    送信者名は私だった。  アイコンも私だった。  メッセージが並んでいるが、記憶にもない。  私は自分のスマホを確認する。  そんなやり取りは、どこにもなかった。    記事を読み直す。  内容は異様に長かった。  読み進めるたび、何度も、自分の名前が出てくる。  やがて記事は終盤に入った。  発覚経緯。  私はそこで指を止める。 『事件は関係者家族による車両突入をきっかけに発覚した』  添付写真が表示されていた。  ビルのエントランスだった。  割れたガラスに傾いた看板。潰れた自動ドア。  そして、横転した黒い車体。  事故現場の写真としては珍しくない。  よく見るために拡大をする。  リアガラスステッカーに見覚えがある。  よくあるステッカーだが、先週、一緒に選んだピンクのステッカーに似ている。  運転者氏名。  彼女の名前だった。  一度、記事を閉じる。  もう一度開く。  やはり変わらない。  そして、彼女とのやり取りに既読はつかない。  私はスマホを持ったまま、天井についているシーリングライトを見る。  部屋は静かだった。  机の上へ視線を落とす。  透明なケースが置かれていた。  見慣れた学生証だった。  その瞬間、スマホが震える。  通知が表示される。 『レポート提出期限まで残り12時間』  提出時刻は午前九時。  私はしばらくその画面を見ていた。  それから学生証を見る。  『大学生知能改変手術事件』  私はまだ大学生だった。
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作者:ReiN.
2026/09/18 • 👁 116回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
2983文字 約6分で読了

寝る

 2xxx年世界は人口に溢れていた。政府はこの爆発的な人口増加にストップをかけるため日々首脳会談を繰り返していた。  そんな中、一人の少年が奇妙な病気に悩まされていた。彼の名はカスミ。小学4年生になる。数日前からいくら目を瞑っても眠ることができなかった。医者は不眠症だと診断したが、その症状はただの不眠症ではなかった。起きた時間とまったく同じだけ、睡眠時間がやってくるのだ。その上、睡眠中は年をとらない。そして、その症状以外は健康な体そのものだった。熱が出ることもないし、頭が痛くなることもない。ただ、睡眠時間と起きている時間が、きっかり同じ時間だけ交互に繰り返されるのだった。  その症状は徐々に悪化していった。三日、一週間、半月、一ヶ月…睡眠時間と起きている時間がどんどん長くなっていく。そうなると、学校の勉強はおろか、人付き合いもままならなくなった。  世間はカスミの症状を、新種の動物でも発見したかのように取り立てた。なにしろ今は人口爆発で世界は大変なことになっている。万が一、カスミのような人間が増えると世界が混乱することになる。  新聞やラジオ、テレビまで彼を取材した。医者もカスミを見に来たし、何処の機関かわからない白衣の研究者たちもぞろぞろと彼を見に来た。しかし、病気の原因は何一つわからなかった。 幾年も経ち…。    カスミは久しぶりに目を覚ました。学校に行ったが、カスミの同級生はもう思春期になっていた。法律上、カスミの年齢は十四歳。授業の内容はもちろん、中学三年生の授業内容になっていた。当然、カスミは勉強についていけなかった。何より同級生が大人に見えた。  カスミは小学生のまま成長していなかった。なにしろ病気で歳をとらないのだ。話の内容も高校受験の話がほとんどだった。話についていけないカスミは、一人自席に着席して時間を過ごした。家に帰ったこの日から、カスミは部屋に引きこもるようになった。カスミは時間からはみ出した異星人になった気がして悲しくなった。一年後、カスミはようやく次の睡眠を迎えた。    高校生の年齢になったカスミだが、カスミは高校に通えなかった。なにしろ受験もしていないのだ。高校に入れるはずがない。学力も小学生のままだった。  何度かの睡眠と起床を繰り返したカスミは、ようやく成人を迎えた。しかし、その頃の世界は自分が知っている世界とは乖離した世界だった。車は空を飛んでいるし、食事も時間になればどこからともなく飛んでくる。一番びっくりしたことは、宅急便がなくなったことだった。荷物は全てステーションというところに預けられる。日時と場所を機械に入力すれば、あとは自動で荷物を瞬間移動させることができた。  子供達の遊びも自分の知っている遊びではなかった。テレビゲームはもう存在しなくなり、コンタクトレンズを装着することによって、ゲームの世界に入り込むことができるようになっていた。カスミの目にはその姿は異様な姿に映った。なにしろ椅子に座ったまま、子供達は微動だにしないのだ。コンタクトレンズをはめた子供達の姿は、精神病者のようだった。カスミは次の睡眠が恐ろしくなった。次はどんな世界に自分がいるのかわからなかったからだ。    次の目覚めの時は信じられないニュースを見た。あまりの人口爆発のために、殺人遊園地ができたということだった。人間には人を殺したいという欲求が誰しも少なからずあるという。その欲求を使い、人口を減らそうというのだ。その遊園地内は治外法権となっており、いくら人を殺してもいいということだった。そんな危ないところに誰が行くのか?とカスミは思ったが、意外にもその遊園地は開園から客の足が途絶えることはなかった。これだけ人口が爆発すれば、人は人を人と思わなくなるのかもしれない。もちろんカスミがこの遊園地に足を踏み入れることはなかったが、少しの興味はあった。カスミはこのままだと人類はいつか消えて無くなるのかもしれないと思った。そう思うと強烈な畏怖がカスミを襲った。    次に目を覚ました時には、人々が宇宙へ移住することができるようになっていた。地球の近くにコロニーと呼ばれる人口の星が完成していた。これによって人類は爆発的人口増加の問題を解決する糸口を掴んだみたいだった。ただ、あの殺人遊園地はなくなっていなかった。知恵の付いた猿は、その脳をどんどん大きくさせ、今や神に手が届きそうだった。この頃になると、カスミの起床時間は数十年間になっていた。同時に睡眠時間も数十年間となっていた。人口爆発の問題を解決する糸口を掴んだとしても、次は人類が滅んでいるかもしれない。カスミはそう思わずにはいられなかった。    カスミの予想は外れた。目を覚ましたカスミだったが、人類はまだ存在していた。しかし、地球の周りにあるコロニーの数ももう限界に達していた。同時に人間の数も限界と言えた。人々は違う惑星への移住を考え始めていた。しかし、いくら科学技術が発達した人類といえど、地球と同じような星を持った惑星を見つけることはできていないようだった。そうなると愚かな人間たちは、自分が住む場所を確保するために争いを始めた。その争いは徐々に激しくなり、一昔前に流行った戦争というものになった。殺人遊園地もその頃には廃園になった。戦争で人を殺せるから、わざわざ金を払ってまで来園する人がいなくなったのだ。カスミは逃げ回りながら次の睡眠を待った。世界中混乱していた。次の起床の時にはいよいよ人類がないかもしれない。カスミはそう思った。  次の目覚めは宇宙船の中だった。カスミは眠っていたカプセルから飛び出した。カプセルの近くには手紙が置いてあった。  「あなたたち二人は地球人最後の二人です。地球は戦争によって木っ端微塵になりました。私たちは寝寝病になったあなたたちに最後の希望を託します。カスミさんとユメさんお二人は、地球上にたった二人しかいない寝寝病の患者です。偶然にも性別が男と女でした。宇宙船は自動運転になっており、地球型の星を見つけた時に自動で着陸もしてくれます。もちろん食事も自動で出てきます。あなたたちの使命は、地球型の星が見つかるまでに子孫をできるだけ残し、地球人の血を絶やさないようにすることです。健闘を祈ります。」  カスミはこの病気が寝寝病と命名されていたことを初めて知った。そして自分以外にもう一人の患者がいたことにびっくりした。しかもそれが女性だったとは…。  これはまさに使命だとカスミは思った。愚かな人間達が招いた戦争に対して、神が与えた試練なのだとカスミは考えた。かくしてアダムとイブになったカスミとユメは、同じ宇宙船で旅をすることになった。  カスミが寝ていたカプセルの隣に、もう一つのカプセルが置いてあった。そのカプセルには確かにユメと名前が書いてあった。カスミは恐る恐るそのカプセルの中をのぞいてみた。ユメは大変美しい顔をしていた。女性経験のなかったカスミは、心の底からこの女性と子作りができることを喜んだ。  そして、カスミはカプセルの横でユメが夢から目覚めるのをじっと待ち続けた。  次の睡眠が来て、次の起床時間が来た時もカスミはユメが目覚めるのを待ち続けた。  しかし、カスミとユメの二人はとうとう子供を作ることができなかった。  二人は寿命が来るまで丁度交互に睡眠し、目覚め続けたのだった。
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作者:毎日休日
2026/09/17 • 👁 78回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
515文字 約2分で読了

天使のパンドラ

秋風の涼しい午後三時。私は小さな自室にある戸棚の一番上の段から、小さな木箱を取り出した。  重過ぎる訳でもなく軽過ぎる訳でもないその木箱には鍵穴があり、鍵の持ち主は私だけ。私だけが、人差し指ほどある秘密の鍵で、この木箱を開けられる。  私はゆっくりとした手つきで鍵を開け、木箱の中に眠る「彼」を注視する。ヴェルヴェットの青い布が敷かれた箱の中で、目を閉じる翼の生えた少年。それは、人形でも、ガラス細工でもない。  ある日突然現れた彼は、今も生き物の温もりと冷たさを併せ持ち、息をしている。何者かなど、物かなど、分からない。いえ、そんなのどうでもいい。私はただその美しさと儚さに心打たれ、彼をひっそりと箱の中へ閉じ込めた。  そして時折寂しくなると、私は彼の眠る箱を開ける。眠る彼を見ていると、辛い事はどうでもよくなる。代わりに、彼の初心な翼を引き裂いてしまいたい欲求と衝動的な恍惚が私を支配する。  破壊と愛で身体が満ち足りる気持ち良さを堪能出来たら、私は再び箱を閉じて戸棚へ彼をしまい込む。誰にも彼を渡さないと誓いながら、彼の眠りへ深い呪いをかける。  さあ、午後のティータイムの準備をしなくちゃ。美味しい紅茶とクッキーが、愛で満ちた私を待っているわ。
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作者:ころもやぎ
2026/09/17 • 👁 89回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
836文字 約2分で読了

金魚アタック

 ――ただの風邪ですね。  動物病院の医師が何気なくそう言ったのが、ちょっとおかしかった。金魚が風邪をひくなんて、一体何の冗談か。でも、「軽い風邪のようなもの」ということで、ひとまず安心した。 「行くぞ」  名残惜しそうに、ふよふよと医師の周りを漂う金魚に声をかけると、金魚は車の窓から遠慮がちに入って、静かに助手席に着地した。 「二、三日は水槽の中で安静にしないとな」  水中で「安静」が成り立つのかどうかは分からないが、医師から言われた通りにするしかない。  帰って玄関のドアを開けた瞬間、金魚達が一斉に泳いで来る。 「心配ない。風邪……みたいなものだとさ」  俺は風邪っぴきの金魚と医師から処方された粉薬を一袋、そっと水槽に入れた。金魚は元気に泳ぎ出す。  大気中に進出できるようになったとは言え、やっぱり金魚にとっては水中が快適なようだ。それに大昔、酸素は生物にとって猛毒だったと言うし、まだ金魚は順応できていないのかもしれない。 「みんな、ちょっかい出すなよ?」  心配そうに水槽の周りに集まる金魚達にそう言うと、みんな俺の周りに集まって来た。ビスケットを細かく砕き、大きな皿に移す。 「俺は寝る。ちゃんと電気消してくれよ? 昨日、つけっぱなしだったぞ?」  注意しないと、すぐに家中の電気をつけっぱなしにする。みんな「ON」は覚えたのに、なぜか「OFF」は忘れる。  無視を決め込む金魚達に「あんまり電気代がかさむと、そのビスケットを買うお金がなくなるからな?」と言うと、みんなは一瞬「ギョッ!」とした顔で俺を見て、またすぐにビスケットを食べ始めた。 「まったく。結構良い値段するんだぞ? そのビスケット……」  前に、安いビスケットを買ったところ、見事なまでに全員スルーしやがった。みんな舌は肥えているらしい。  ベッドに横になると、掛け布団の隙間に何匹か侵入して来た。「寝返りを打つと潰すから、絶対に入って来るな」と、何度言っても入って来る。  ――まぁ、風邪をひくよりはいいか。  「おやすみ」  そう呟いて、目を閉じた。 (了)
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2026/09/15 • 👁 141回 • 💬 2件