ミステリー・サスペンス
1446文字
約3分で読了
「今ならまだ罪も軽いので、出来れば自分からやったことを名乗り出てくれませんか。」
先生の発言に、しん、と。場の空気が凍りました。
でも、ここで、私がしたことがばれるわけにもいきません。
私は下を向いて、私以外の誰かに、冤罪がかけられることを祈りました。
しかし、そんな私の願いも虚しく、先生は私の名前を呼びました。
「山田さん。あなたですよ。証拠もあるんです。それを出す前に、自分で認めませんか?」
そう言われたところで、もはや私には、だんまりを決め込むしか術がありません。ただ、私は、自分に後ろ暗いことがないかのように、前を向くしかできませんでした。
「はあ……。仕方ないですね……」
そういうと、ため息とともに、私の目の前に、決定的な証拠が突きつけられました──。
ーーーーーーーー
その事件は、屋敷の中で、1人の男の死体が見つかるところから始まりました。
犯人に背中へ包丁を刺され、うつ伏せに倒れている被害者を見て、その場にいる人々は慌てふためいています。
しかし、ひとりが、男の近くに犯人を指すヒントとなる血の文字を見つけて、皆がそのメッセージを読んでしまいました。
私は、この『ダイイング・メッセージ』を読んで、物事を成すときは、最後まで気を抜いてはいけないと思いました。
これまで用意周到に、計画を立て、取り組んでいたとしても、たった一つのミスから、全てが失敗してしまうかもしれない、と言うことが分かったからです。
このとき、私が真っ先に思い出したのは、小学5年生のときの授業参観でした。私は、参観に来る母親に良いところを見せようと考え、その日に行う理科の実験の内容を、1週間前から逆算して、入念に勉強しました。しかし、授業参観が行われる授業は、4時間目の理科ではなく5時間目の社会だったため、勘違いをした私の準備は無駄となり、恥をかいてしまいました。
この事件でも、刺殺ではなく毒殺を選んでいれば、あるいは被害者の動きをよく見ていれば、血でメッセージを残されることはなかったはずでした。授業参観でも、犯罪でも、用意周到に準備した時こそ、詰めが甘くならないように、丁寧にミスが無いか確認することが大切だと思いました。
このような形で課題図書『ダイイング・メッセージ』の感想文が書けました!もし文章構成を変えたい、もっと賢そうに、というオーダーがあったら教えてください。
ーーーーーー
「というわけで、何か言いたいことはありますか、山田さん」
「……ありません。読書感想文にAIを使ってしまい、すみませんでした。」
まさか自分が提出した作文自体が証拠になってしまっていたとは……。私はもう素直に謝るしかありませんでした。
「まあ、先生も、皆の『紙に書くのが大変なのでデジタルで提出をOKにしてほしい』という意見を通したら、まさかAI作文をそのまま出してくる生徒がいるとは思っていませんでした。でもせめて、詰めの甘さについて書いた作文を提出するなら、最後の部分だけは読み返して消してから提出して欲しかったですよね……」
「はい。すみません。自分でも、一周回って高度な皮肉だな。って思っていました。」
「ずいぶん余裕がありますね山田さん……。あまり反省してなさそうなので、反省文を書いて、明日までに提出してくださいね。」
「えっ。あ、いや反省してます!ごめんなさい!」
私のとってつけたような反省の言葉は、受け入れられませんでした。
*****
翌日、私はしぶしぶ、先生に反省文を提出しました。
今回は、最後の2行を消すことは忘れませんでした。
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ミステリー・サスペンス
1799文字
約4分で読了
その鍵は、私にそっくりな男によって、私の首筋に挿し込まれた。
男が鍵を回すと、カチリ、と音がした。
次の瞬間、私の身体は左右にぱかーんと割れた。
痛みはなかった。血も出なかった。
ただ、長いあいだ開けたことのない箱のふたが、ようやく開いたような感覚がした。
そして、私の中から女が出てきた。
「遅かったね。」
彼女はそう言って、私の中から床へ降りた。
彼女は私によく似ていた。
いや、似てるとは言えないな。
目も鼻も口も違う。背丈も違えば、声も違う。誰がどう見ても別人だ。だいたい、性別が違う。
それでも私はひと目でわかった。
間違いない、これは私だ。
「ずいぶん狭かったわ。」
彼女は、固まった体をほぐすようにストレッチをして肩を回した。
「……悪かったな。」
「暗いし。」
「知らなかったんだから仕方ないだろ。」
あら、と彼女は目をぱちくりとした。
「知ろうとしなかった、の間違いじゃない?」
ぎくりとした。そんなはずはない、そう思った。
でも、図星を指されたように、私は何も言えなくなった。
ゆっくり振り返って男を探したけれど、私を開けた男はもういなかった。
床に鍵だけが落ちていた。
「誰だったんだ、あいつ。」
彼女は、私の胸に人差し指を押し付けた。
「あなたよ。」
「……俺はここにいる。」
「ほら、そういうところよ。」
彼女が笑う。純真無垢に。
気に入らない笑い方だ。……腹が立つ。
だけど、その笑い方を私は知っている気がした。
子どものころ、絵を描いていたとき。
誰にも見せない物語を作っていたとき。
好きなものを好きだと言うのに理由なんていらなかったころ、たぶん私は、こんなふうに笑っていた。
「私を閉じ込めたのは、あなたよ。」
彼女は再び人差し指を私の胸に押し付けて、あざ笑うような目で言った。
「……知らない。」
「泣きたいのに笑ったでしょう?」
「……知らない。」
「嫌いなのに、好きなふりをした。」
「知らない……!」
「怖いのに平気だと言った。」
「知らない!」
「本当はやりたかったことを、くだらないって捨てた。」
「知らない! 知らない! 知らない!!」
声が、こだまのように部屋の中を反響する。
彼女は何も言わなかった。少しうつむいている彼女の表情は、前髪で隠れて見えなかった。
自分の息が切れる。
……おかしい。
身体は開いたままなのに、胸が苦しかった。
……どういうことだ。
彼女がそっと私の前に立ち、言った。
「じゃあ、今、知ればいい。」
その言葉が、妙に腹立たしかった。
「簡単に言うなよ。」
「簡単じゃないわ。」
初めて、女から笑みが消えた。
「私だって、怖いもの。」
「何が。」
「……私を開けるのが。」
彼女がその美しく長い髪を持ち上げると、細い首筋に小さな鍵穴があった。
私はしばらく、それを見つめていた。
「……お前にもあるのか。」
「もちろん。」
「中には何がいる?」
「……知らないわ。」
彼女は少しだけ笑った。
「だから、怖いんでしょう? あなたと同じよ。」
私を開けた男が立っていた辺りに鍵が落ちていた。一歩近づき、拾い上げたそれは、不思議なくらい軽かった。鍵を持って彼女に近づき、首筋の鍵穴に近づけたところで、私は手を止めた。
「どうしたの?」
「これ、本当にお前の鍵か?」
彼女が目を丸くした。それから、自分を開いたままの私を見た。
その視線を追うように私も自分の身体を見た。
開いた内側、ちょうど胸のある辺りに、もう一つ、鍵がぶら下がっていた。
彼女と私は顔を見合わせた。
「……二本あるぞ。」
「……そうみたいね。」
「どっちがお前のだ?」
「さあ?」
彼女は楽しそうに笑った。
私は二本の鍵を見比べた。
どちらの鍵にも名前は書かれていない。
どちらが誰を開けるの鍵なのかもわからない。
もしかしたら、他にも鍵があるかもしれない。
そもそも、鍵穴がいくつあるのかさえも。
彼女が手を差し出した。
「一本、貸して。」
きょとんとしていると、彼女はまた、楽しそうに笑った。
「あなたばっかり開けるの、不公平でしょう?」
なるほど。
私は一本を彼女に渡した。
彼女は私の中にあった鍵を持っている。
私は彼女のものかもしれない鍵を持っている。
どちらも、自分だけでは確かめられない。
「なあ、それって――、」
私は言った。
「合鍵っていうのか?」
彼女は少し考えた。
「どうかしら。たぶん違うと思うわ。」
「……違うのか。」
「でも――、」
彼女が鍵にキスをした。
「そのほうが素敵ね。」
――カチリ。
どちらが先に鍵を回したのか。
それは、わからなかった。
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ミステリー・サスペンス
1323文字
約3分で読了
「昨日さ、金縛りにあったんだよ」
キーボードを叩いていると、ふと昨夜の出来事を思い出し、ディスプレイ越しに向かいの同僚の女に話しかけてみた。
「へえ。疲れてるんじゃないの? 睡眠麻痺って言うんだよ。脳だけが起きてる状態でストレスが原因なんだって」
「ああ、確かにここ最近ずっと月末みたいな忙しさだしね」
なるほどな、と彼女の博識さに感心し、そんなことの為に有給使うのもなぁと有給申請の書式ファイルを開いてみる。もう9月だっていうのに一日も消化してない。
「そろそろ彼女作ったら?」
「一応、アプリはやってるんだけどね。鳴かず飛ばず。どうやったらイイネ来るんだろ」
「ちなみにさ、見えた? 金縛りの時」
「それがさ、老婆や顔面蒼白の美女が乗っかってると思うじゃん。乗っかってたのはなんと白い立方体の箱だったんだよ。乗っかってたっていうか少し浮いてクルクル回ってた」
なにそれ、と彼女は笑う。僕だって『何これ』って思ったさ。
「天井に顔がぁ! とか言い出したら、それパレイドリアだよって言おうとしたのに。つまんない」
キーボードで「パレイドリア」を検索し、鼻で笑うと、何故かディスプレイ越しに飴玉が飛んできて額に当たった。
その日の帰り道。
アパートの目前で右足首に何かが這い上がる感触を覚え、年甲斐もなく僕は跳ねた。
脳裏をよぎったのは蛇。だったけど、そこにいたのはアスファルトの埃にまみれた薄汚いスライムだった。
驚かせやがって、と一抹の恐怖が安堵に変わるとスライムを足で側溝に寄せて落ちるまで見守る。
車に轢かれるよりはマシだし、たぶんそのうち流れていくだろう。
いつものように夕食という名の栄養補給を済ませ、コンビニのワインが侮れないという内容のSNSを上げ、いいねが10個来るまで無為極まりない一時を紫煙と共に過ごす。
ベッドに横になると、当然のように昨夜の事を思い出した。
でも、あれが白い立方体だったかいつの間にか怪しくなってきていた。
五面体だった気もするし八面体だった気もする。
白? いや真っ暗だったから灰色か青かもしれない。
そもそもなんで白だと思っていたのだろう。
そんなことを考えながら見た夢は、蛇に羽と火を与えて、お前はドラゴンだ、と任命する内容だった。
息苦しさから目が覚める。
まだ真っ暗で、また、身体だけが動かない。
ただ今日、僕の上にいたのは若い女性。
「老婆でも顔面蒼白の美女でもなくて残念だったね」
何がだ、と出ない声でツッコむ。
朝。
キッチンから届く音で目が覚めた。
「おはよー。もうパン焼けるから顔洗っておいでって、あれ? 顔色悪いよ?」
「ああ、またなんか、金縛り、だった気がする」
「疲れてるんだよ。有給今週末からだよね。私も休みだしゆっくりしようね」
「そうだっけ?」
そうだっけ? と思い、僕は会社に着くなり有給申請履歴を確認する。
やっぱり、と言うべきなのか、申請受諾の社内メールが届いていた。
「なぁ、僕いつ有給申請してた?」
「先週じゃなかったか?」
返ってくる同僚の声に違和感を覚え、ディスプレイを避けて覗いてみる。
「お前、女じゃなかったっけ?」
「はい? お前何言ってんだよ。いくらなんでも疲れすぎだろ」
僕はなんだか不思議な気分になって、デスクに転がっていた飴玉を口に放り込んだ。
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ミステリー・サスペンス
3435文字
約7分で読了
「湊孝介くん、ちょっと!」
教室を出たところで他のクラスの女子三人に呼び止められ、連れてこられたのは人気のない体育館裏。
あれからすでに十五分ほど経つが、未だに解放してもらえそうな気配はない。
「|渚《この子》に謝りなさいよ。『俺よりバカな女と付き合うつもりはない』って言ったんでしょ? 自分が学年一位だからってひどくない?」
「そうだよ! ちょっと顔がいいからって調子乗りすぎ! せっかく勇気を出して告白したのに、渚がかわいそうじゃないっ」
……とのことだが、糾弾されている内容に全く覚えがないのだ。
「そもそも、渚って誰?」
もしかしたら十年くらい前の幼稚舎時代の話かと思って尋ねてみたが、
「ひどーい! この子! うちのクラスの河合渚だよ」
「三年になってもう二ヶ月も経つのに、クラスメイトの顔も覚えてないの?」
他クラスと思っていたが、彼女たちも同じクラスだったらしい。
ご紹介を受けた当人は顔色を失ってる。
だが、他クラスだろうと同じクラスだろうと、知らないのだから仕方がない。
大体俺なら、
『俺よりバカな女と付き合うつもりはない』
なんて、そんな面倒くさくなるような断り方はしない。
『今は誰とも付き合う気はない』
それで済む話だ。
身に覚えがないのに、相手は俺だと言う。
これはもう、結論はひとつだ。
「あのさ、」
口を開いた途端、目の前の三人の瞳がギラリと光る。
次に気に入らないことがあったら、引っ叩いてやる、そんな気迫さえ感じる。
嫌な圧に押されながらも、俺はゆっくりと尋ねた。
「それ、本当に俺だった?」
言葉が放たれた途端、目の前の女子たちと、なぜか後ろの木々がざわざわと揺れた。
「何言ってんのよ。渚、あんた|湊孝介《コイツ》に告白したんでしょ」
「う、うん……」
「本当に俺だった? |湊《・》|颯《・》|介《・》じゃなくて?」
「え……?」
湊|颯介《そうすけ》は、隣のクラスの俺の双子の弟だ。
一卵性で身長も同じ。都合よく泣きぼくろがあるわけでもなく、黙っていたら親でもわからない。
小学生の頃は、赤は颯介、青は孝介……のように、色違いの服を着せられていた。
だけど、今は……。
「……っ! 孝介くんだったよ。眼鏡をかけてたし、カバンに入れた手紙を見たから、待ち合わせ場所に来てくれたんでしょ?」
河合渚は記憶を反芻するように、そう口にした。
……眼鏡、か。
中三になって突然悪化した視力のせいで、俺だけ眼鏡をかけている。
それが颯介との違い。
逆に言えばそれしかない。
つまり、
「それ、颯介だよ」
「そんな、だって……!」
「アイツ、家で勝手にカバンの中いじるし。それに、」
メタルフレームの眼鏡を外す。
「眼鏡外した俺、颯介に見えない?」
「……あっ」
ぼやけた世界で女子たちが息を呑むのが聞こえた。
「どう? 本当に俺だった?」
河合さんからよく見えるように、彼女へと顔を寄せていったら、
「っ!ねえ、私、渚じゃないから!」
河合さんじゃなかったらしい。
「……失礼」
目の悪さに絶望しながら、再び眼鏡をかける。
間違えられた女子は顔を紅潮させ、なぜか困ったような、怒ったような表情をしていた。
もうひとりの付き添い女子が、河合さんに問いただす。
「ねえ! どうなの? コイツだったの? 弟の方だったの?」
「……そう言われれば違ったかも」
「そんな……」
自分たちの勘違いと理解したのか、最後まで怒っていた女子が、
「悪かったわね!」
と吐き捨てるように謝ってきた。
「でもね、元はと言えば……」
「颯介が悪い。よく言っておくよ」
「くっ……行こう、渚っ」
「うん……」
「ほら、あんたも!」
一人は腕を引っ張られ、河合さんも一度だけ振り返ったが、女子たちは駆け足で裏門へと向かっていった。
「ひどい目にあったな……」
時計を見ると、十五時四十分。
まあ、いい時間だけど、その前に。
「颯介、いるんだろ? 出てこいよ」
さっきから知っていたんだ。
颯介が後ろの木々を隠れ蓑にして、こちらを伺っていることは。
「へへ……ばれたか」
ほら、やっぱりな。
ガサガサと茂みをかき分けながら、颯介が姿を現した。
「髪、葉っぱついてる」
「取ってー」
「お前なあ……」
頭を差し出す颯介の子供っぽい所作に、説教する気もなくなる。
自分と同じ触り心地のはずなのに、触れると苛立ちが解けていくのがわかった。
代わりに生まれてくる締め付けるような疼きには、そっと蓋をして。
「もう、あんなことすんなよ」
「あんなことって?」
大人しく髪についた葉っぱを取らせながら、颯介はとぼけてくる。
「俺のフリして、女子をフること」
「へっ? コウはタイプだったわけ? あの子と付き合いたかった?」
「そうやって、煽ってくるのやめろ。今回みたいに面倒なことになるからだよ。やるならもっと上手くやれよ」
「ふぅん、上手くやれればやってもいいんだ?」
「俺にバレずにできるならな。……ほら、全部取れたぞ」
颯介の髪から離れた、名残惜しそうな自分の指を見て苦い笑いが浮かんでくる。
「ちぇ。もうやんないよ」
つまらなそうに、自分と同じ顔が唇を尖らせたのを見て、
「なんで、あんなことやったんだ?」
尋ねてみる。
それは興味と僅かな期待。
けれど……。
「なんでだと思う?」
颯介は首を傾げて可愛い演出をするが、俺は知っている。こういう時のコイツはただの……、
「だってさー! 最近のコウってば勉強ばっかじゃん? 前はよく遊んでくれたのにさ! そんなところに彼女なんかできたら、ますます遊んでくれなくなるだろっ」
「……バカだな。駄々っ子かよ」
「遊んでくれないコウが悪い。なあ、外部受験なんてするつもりなんてないよな?」
俺たちは双子だから。
両親がいない時は二人で過ごしてきた。
シッターや祖父母がいるときも、合言葉や、視線一つで二人だけの会話をする。
登下校も一緒、スクールバスの席は隣。
寂しい日なんて一度もなかった。
そうやってここまできたけど。
「ないよ」
颯介はあからさまに、ほっとした顔をする。
「じゃあ、帰ったら遊ぼうぜ。俺、ゲームランク上がったんだ。コウと同じステージで遊べる!」
「悪い、俺この後用事があって」
きっとがっかりするだろうな――そう思ったとおり、颯介の笑顔はやはり萎んでいった……けれど、
「一緒に行く!」
予想以上に粘ってきたな。
「ブラコンかよ」
「そうだよ! 行っても平気なやつ?」
「職員室だけど」
「げ……」
今度こそ、颯介は意気消沈した。
颯介が近ごろミニテストで、ひどい点数をとっていることは知っている。
……自業自得。本気でやらないからだ。
「先に学校出て、『うしお』で待ってて」
今時珍しい駄菓子屋の名前をあげると、颯介は「助かった」というようなほっとした笑顔になる。
「なるべく早くな!」
弾むように駆けていく弟の姿を見送ってから、俺は校舎へと向かった。
昇降口から、職員室へ続く廊下を急ぐ。
そして職員室を|通《・》|り《・》|過《・》|ぎ《・》ると目の前にある階段を昇り、一番近くのトイレに入った。
洗面台の鏡の前に立つとメガネを外して、ポケットの中に潜ませていた小さなケースを取り出す。
お年玉で買ったコンタクトレンズだ。
颯介に気づかれないように眼科に行くのは苦労した。
そのケースの蓋を開けて、カーブを描く小さなレンズを瞳に入れれば……。
鏡の中に、颯介がいた。
日本人にしては色素の薄い肌、比較的整った顔の作りに、榛色の瞳がこちらを見つめている。
時計を見ると、十六時まであと二分。
待ち合わせの音楽室まで三分ほどだ。
廊下に出てみると、誰の姿も見えなかった。
まるで、理想の世界。
――颯介が欠けている以外は。
「颯介のやつ、どんな顔して生活してるんだ。今月もう、三度目だぞ」
俺がアイツになりすまして、女子からの告白を何度も断っていることを、颯介は知らない。
俺が努力型なら、アイツは天才型だ。
その気になれば簡単に手に入れられる。
ミニテストの点数も、俺のいない未来も。
初めてそのことに気付いた時、背中がゾワっとした。
だから。
したくもない勉強をするし、邪魔なものがいれば排除する。
それもすべて、二人だけの世界への延命措置。
本気になった颯介には、とても追いつけないから。
音楽室の前に立って、一つ深呼吸をする。
引き戸に手をかけスライドさせると、ガラガラという、思いの外大きい音が響き渡った。
その向こうには、颯介と同じクラスの女子が見える。
「湊くん、私……っ!」
こんにちは。
告白相手が誰かも気づかない、哀れな被害者。
顔を赤く染め、こちらを見つめてくる女子に俺は少しだけ目を細めた。
何度も鏡の前で練習した、颯介の笑い方で。
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ミステリー・サスペンス
2277文字
約5分で読了
清水リュウイチの恋は終に叶わなかった。
彼がレイと出会ったのは、高校受験に失敗し滑り止めの私立男子高が決まり不承不承と通学し始めた最初の春の5月の中頃。
登校中の電車で清水リュウイチはレイに一目惚れをした。一目惚れをしたその衝撃は純然を極め、崖から落とされた直後に落雷を受け落下してすぐさま後頭部をハンマーで打ち付けられた程度には眩暈がし、それはいわゆる初恋であった。
初めて言葉を交わすことになったのは公立に通っていたレイが清水リュウイチより数日早く卒業式を迎えた日であって、3年間も声をかけられなかったのは清水リュウイチの性格とかしか他に言いようがない。
ようやく食事に行ったの互いに25の時だった。直後、レイは清水リュウイチではない男性と子を作り、結婚した。
それから年に一度、清水リュウイチとレイは食事に行ったりした。一度食事に行くと2年空いたりするので、正確には年に一度未満ということになる。
ほとんどの場合、清水リュウイチの方から誘ったが稀にレイの方から誘うこともあった。さらに稀の頻度で二人は手と手を繋ぐ瞬間があった。それ以上の男女らしい行為は無かった。
レイの生涯でファミリーネームは三度変わったがどのタイミングであっても清水リュウイチとはそれ以上の関係にならなかった。別段、レイの方も清水リュウイチをパートナーの対象あるいは候補として見ていなかったわけではないがレイが僅かなシングルマザーとしての期間、清水リュウイチは仕事がやたらと忙しくなったりひとりっ子ゆえに親の看病をしていたりした。
やはり、清水リュウイチとレイは手と手を繋いぐことがあった。
清水リュウイチはその生涯を独身で全うした。無論、子孫を残すこともなかった。
数多の映画を鑑賞し小説を読み、紡がれる多くの架空の人生に自身を重ねるなどしての幾多の時を過ごした。
最後にレイと食事をしたのは70を過ぎた頃だったが、いつを最後とするかは互いに主張が食い違うので曖昧な記憶としてそれぞれに残った。曖昧な理由は認知能力の低下のせいかもしれなかった。
孤独は定年を迎えても身体機能を損なってもなお変わらぬ脅威を保持しピタリと密着して離れなかったので清水リュウイチは誤算だったと最期にボヤく。
その人生において最後に読んだ物語はレイの持ってきた病院の待合室にあったという『100万回生きた猫』だった。
「もし、生まれ変わったら……」
燃え尽きる蝋燭のように揺れ、途切れ途切れの意識の上澄みで、清水リュウイチはレイの言葉を最後までは聞き取ることができなかった。
*
リュウジは中学から高校卒業を迎えるまでに三人の女性と関係を持った。客観的に恋人と呼ばれもした。
一人目は清水イチカで二人目は清水フタバで三人目は清水ミカで同じ姓であっても三人に血縁関係は無い。少なくとも確認出来る範囲においては。
リュウジがこの奇妙な偶然に気付いたのは、大学卒業後新卒入社した会社で付き合い始めた清水ユカの時であり、思い返せば今までの彼女はみんな清水だったなぁと初めてぼんやりとゆっくりと過去を振り返っていた。実は大学ではさらに二人の清水なんたらと付き合っていた。
新卒で入社した先で出会った二つ上の先輩である清水ユカは歴代白い猫を飼い続けているらしかった。単に好みなのだと彼女は言った。リュウジはその3代目とされる白い猫に決して懐かれることはなく、会う度に四肢のどこかに二つ並ぶ小さな丸い傷を作った。
そういえば、とリュウジはふと思う。過去に存在する清水達も何かしらの白い猫のキーホルダーやTシャツや帽子やノートやペンなどを大事にしていたような気もする。気がするだけなので記憶に補正が入っている可能性も十分にあり得た。
過去の清水達はというと、リュウジは特にSNSに熱心な方ではなかったし、能動的に現状を知ろうともしなかった。興味もさっぱり湧かない。つまり生死すらも定かではない。過去友好的で密接な関係であっても、人生で二度と関わることの無い予定の他人の生死がそれほど重要な事柄とはリュウジにはまるで思えなかった。無論、訃報が届けばそれなりに雰囲気にのまれ悲しんだし、涙ぐんだりもした。
30歳を前にした転職後にリュウジより少し若い清水カナと知り合い、結婚前提という但し書きの付いた交際が始まった。より正確には転職先で暇を持て余した末に始めたマッチングアプリで知り合った。公には共通の友人の開いた食事会で知り合ったということとされた。
清水カナは白い猫や猫のグッズ等に興味を示さなかったが意外にもそれこそがリュウジに運命めいたものを感じさせる要素の多くを占めた。
「だって私は白い猫を見つけたんだもん」
「どこに?」
「場所の話じゃないわ」
リュウジとリュウジのファミリーネームを冠したカナの間に出来た子は女性で名を千春といった。取り立てて幸福と不幸の落差もなく、一般的とされる一般家庭としての時間を、リュウジの一家は平穏無事に過ごしていった。
「やっぱりあなたが先に逝くのね」
最期の時、リュウジは終焉の恐怖と充足感の濁流の中、カナの問いに頷く。
「信じてもらえないかもしれないけど」
カナはリュウジの骨ばった手をどこまでも優しくどこまでも強く握り、
「私が生涯愛したのはあなただけなの」
と涙を流して伝える。
「そんなわけあるか」
リュウジは弱々しく伸び切った声帯を震わせ、微笑してみせる。
「そんなことあるの。だってあなたも私に出会ってようやく白くなれたのだから」
その言葉がいつか娘の千春と読んだ絵本を指しているのだとリュウジが理解する頃、彼の魂はその身を離れていった。
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ミステリー・サスペンス
2805文字
約6分で読了
猛吹雪が、世界を白い絵の具で塗り潰したように視界を奪っていた。
吸い込む空気は冷たいを通り越して痛く、喉の奥をざらりと削っていく。膝まで沈む雪をかき分けながら進むうちに、指先の感覚はとうに消え、耳の奥では自分の鼓動だけが妙に大きく響いていた。
針葉樹の影に、ぼんやりとオレンジ色の光が滲む。
山小屋のような古い建物の前に立ち、凍りついた真鍮のドアノブに体重を預けて押し開けた。
重い扉がきしみ、カラン、と乾いたベルが鳴る。
吹雪の音が一瞬で遠ざかり、むせ返るほどの暖気が肌にまとわりついた。薪ストーブの爆ぜる音、柱時計の規則正しい刻音、壁際の本棚に並ぶ擦り切れた洋書。飴色のカウンターの奥では、くすんだ照明が柔らかい影を落としている。
「いらっしゃい」
低くよく響く声が、店の奥から届いた。
黒いタートルネックを着た大柄な男が、布巾でグラスを磨いている。探偵事務所を兼ねているというこの店のマスターだ。四十代半ばだろうか。整った顔立ちなのに、口元にはどこか人を食ったような皮肉めいた気配がある。
僕は雪のついたコートを脱ぎ、カウンターの端の丸椅子に腰を下ろした。
膝の上で組んだ両手が小刻みに震えているのは、寒さのせいではない。
「人を探してほしい」
自分でも驚くほど掠れた声が出た。
マスターは手を止めず、淡々とグラスを磨き続ける。
「雪山で遭難か」
「いや。街から突然消えた。僕の……大切な友人なんだ」
喉が乾いて、舌がうまく動かない。
吐き出そうとしているのは、氷のように固く冷たい嘘だ。自分さえ騙せるほどの、完璧な嘘。
マスターは磨き終えたグラスを頭上の棚に戻すと、無言で背を向けた。
棚の奥から、使い込まれた銅製のクラシックな手挽きミルを取り出す。
ホッパーに焦げ茶色の豆が流し込まれ、ハンドルがゆっくりと回された。
硬い豆が砕かれる低い振動が、静寂の落ちた店内に響き渡る。
外の風が、窓ガラスを鋭い爪で引っ掻くように鳴った。
「失踪はいつだ」
「十日前。急に連絡が途絶えた」
「警察は」
「行っていない。事情があって、表沙汰にできない。だからあんたに頼みに来た。腕がいいと聞いた」
嘘を重ねるたび、胃が鉛のように重くなる。背中を冷たい汗が伝い落ちる。
マスターは挽いた粉をドリッパーに移し、細口のケトルを火にかけた。
「あんた、手がひどく震えてる」
背を向けたまま、マスターがぽつりと言う。
「……外が、異常に寒いからだ」
「息も浅い。目が、さっきからドアと時計を往復している。何かに追われてる人間の目だ」
心臓が跳ねた。
僕は組んでいた手をほどき、膝に押し付ける。
「気のせいだ」
シューと、ケトルの湯が沸騰する音がした。
マスターは火を止め、温度計を差し込む。湯が落ち着くまでの十数秒、沈黙が店を満たした。
ストーブの爆ぜる音だけが、やけに鼓膜を打つ。
マスターが静かにケトルを傾けた。
糸のように細く、柔らかな弧を描く湯の筋が、ドリッパーの中心に落ちる。
挽きたての粉が湯を含み、琥珀色のガスを放ちながら美しいドーム状に膨れ上がった。濃密で、微かに焦げたような香りが一気に店内に立ち込める。
張り詰めた空気の中、立ち昇る細い湯気からどうしても目を逸らせない。カラカラに乾いた喉が、その匂いに当てられてピクリと動いた。
「人間は嘘をつくと、どこかに綻びが出る」
湯の滴る音と同じリズムで、マスターが言う。
「瞳孔、声の調子、筋肉の硬さ。外が異常に寒いにしては、あんたの体温は不自然なほど低い。血が内臓に集まってる証拠だ」
「何を言ってるのか、わからないな」
「そうか」
ドリッパーが外され、白い湯気を立てる黒い液体が、灰色の陶器のカップに注がれた。
マスターはソーサーにカップを乗せ、僕の目の前に音もなく滑らせた。
「これは特別なマンデリンだ」
マスターの墨色の瞳が、湯気越しに僕を射抜いた。
「嘘をついている人間が飲むと、泥のように苦く感じる」
僕は目の前のカップを見つめた。
波打つ漆黒の水面が、血の気を失った僕の歪んだ顔を映し出している。
嘘を見破る珈琲など、そんなものあるはずがない。
ただの三文芝居だ。ハッタリに決まっている。そう思いながら、震える手でカップを持ち上げる。
陶器の熱が、凍てついた皮膚を焼き切るように熱い。縁に唇を押し当て、少しだけ傾けた。真っ黒な液体が、舌の上を滑り落ちる。
――苦い。
舌の根を鷲掴みにされるような、鋭い苦味。喉の奥が焼け焦げ、胃が縮む。
息が詰まった。
カチャリ。
手が滑り、カップがソーサーにぶつかって甲高い音を立てた。
「苦かったか」
逃げ場はない。
視界が歪み、喉の奥から黒い塊がせり上がる。ポケットの中のスマートフォンが、けたたましく振動しているような錯覚に襲われた。あの夜と同じだ。彼からの着信を告げる、無機質な振動音が耳の奥で鳴りやまない。
「……僕が、見捨てたんだ」
言葉ではなく、溶けた後悔がこぼれた。
「あいつは身に覚えのないことで叩かれてた。デマだ。僕は知ってた。無実だって。あいつが潔白だって。あの日、あの時間に、あいつが僕と一緒にいた証明を持っていたのは、僕だけだったんだ」
呼吸が乱れる。
「でも言えなかった。巻き込まれたくなかった。僕の人生が壊れるのが怖かった。だから黙った。あいつが一番助けを求めてた夜に、スマホの電源を切って、毛布にくるまって震えてた。着信を何度も、何度も、無視して……!」
止まらない。
頬を熱いものが幾筋も伝い落ちる。膝に置いた両手に、ポタポタと絶え間なく雫が落ちて、ズボンの生地に黒い染みを作っていった。
探してほしいんじゃない。
ただ、自分の目で、選択の結末を知るのが怖かっただけだ。
どれほど泣いただろう。
狂ったような動悸が、少しずつ落ち着きを取り戻し始める。
「……珈琲が嘘を見破るわけないだろう」
マスターの声は、もう冷たくなかった。
顔を上げる。マスターはカウンターに両肘をつき、静かな瞳でこちらを見下ろしていた。
「ただの深煎りだ。あんたの脳が、罪悪感で味を歪めただけだ」
僕は目の前のカップを見下ろした。
黒い水面から立ち昇っていた湯気は、すでに消えかかっている。
「もう一度飲んでみろ。冷めた頃がちょうどいい」
言われるがまま、僕は再びカップの取っ手に指をかけた。
今度は震えなかった。
冷めかけた液体を口に含む。
先ほどの、舌を刺すような苦味はない。代わりに、熟れた果実のような、丸みを帯びた甘みと深いコクが、舌全体を優しく包み込んだ。
喉の奥を滑り落ちた液体が、胃の腑に仄かな熱を灯す。
「マンデリンは冷めるほど甘くなる。嘘が溶けたなら、なおさらだ」
マスターはコートを手に取った。
「行くぞ」
「どこへ」
「あんたの依頼だ。まずはスマホの電源を入れるところからだな」
扉が開く。
外は相変わらずの猛吹雪だったが、不思議と、さっきほどの絶望的な寒さは感じなかった。
口の中には、マンデリンの静かな甘みが残っている。
凍りついていた心臓が、ゆっくりと溶け始めていた。
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「おい!何ボーッとしてんだ! このデータの入力ミス、全部お前のせいだぞ! 終わらないまま帰ろうとするんじゃねえぞ!」
フロアに響き渡る怒号、充満する安っぽい栄養ドリンクの匂い。
嫌な汗が背中を伝い、画面と睨み合った疲労から、視界の端がぼやけ始めていた。
「申し訳ありません!ただちに修正します!」
深く頭を下げると、弾むような手つきでキーボードを叩き始める。
「おい、ヤマダ!気の緩んだ顔してんじゃねえぞ! もっとシャキシャキしろ、ぶん殴られてえのか!」
「申し訳ありません! ご指導、ありがとうございます!」
隣の席のヤマダも、怒鳴られながら瞳を輝かせている。
「もうすぐ18時だが…、これからがお前らのゴールデンタイムだ!もっと生産性を上げろ!」
「はい! 喜んで!」
慣れた様子で、全員が歓喜の声を揃える。
「終わらない、終わらない!」
大量の書類を抱えた新入りが、弾む足取りでコピー機へと走っていく。
「声が小せえ! 気合が入ってないからミスをするんだ!」
「なんだこの報告書は! 最初からやり直せ!」
「言われたことしかできないのか? 指示待ち人間になるな! 自分の頭で考えろ!」
「勝手な判断で動くなと言っただろ! 誰の許可を得て進めてんだ! 報連相もできねえのか!」
「おい、お前ら、世間では明日は日曜日とか抜かしてるが、ウチには関係ねえからな!」
理不尽の連続。タナカさんは今日もキレッキレだ。素晴らしい。
終電ぎりぎりまで生産を堪能した俺は、重い足を引きずるようにセキュリティゲートへ向かう。
「本日もお疲れ様でした。 1,000円となります。」
今日1日、怒号を浴び、生産し、発生するのはたかが1,000円。何と安いことか。
服も脱がずにベッドへ倒れこむと、柔らかめのマットレスと心地よい疲労感が身体を包み込んだ。
かつて仕事を失い、「こんなのんびりした毎日も悪くないかもな」なんて誤魔化そうとした日もある。
しかし、ただ時間が過ぎるのを待ち、自己肯定感をじわじわと削られていく。
あの感覚の日々には二度と戻りたくない。
俺は今、心から満足している。
理不尽に怒鳴られ、追い詰められながらも、何かを生産し、誰かに必要とされている確かな充実感。
俺の居場所は、ここしかない。
俺は明日も生を実感しに行く。
誰も働かなくなった世界で。
国から支給された金を握り締め。
あのテーマパークへ。
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ミステリー・サスペンス
3348文字
約7分で読了
もう耐えられない。だけど……
別れを切り出して彼女が納得するとも思えない。一体どうすれば……。
降りしきる雨音に消え入りそうな精一杯の俺の本音。
「ごめん、君にはついていけない。だから……もう会わない」
彼女は優しく微笑んだ。
それは振られた本人には似つかわしくない、晴れやかな笑顔だった。
──3日後
初めてあなたに手紙を書くのだけど、なんだか照れくさいね。
でも、電話もLINEも他のDMもメールも通じないからどうしたのかな、って思って。
ちゃんとご飯食べてる?あなたが好きな料理を作りたいんだけど、いつ部屋に行けばいい?
連絡ちょうだいね。
待ってるから。
──4日後
何となくまた手紙書いてみたの。
手紙って面白いね。もしかしたら今、これをあなたと一緒に見てるかもしれないけど、それも面白いでしょ?
この間、会えないって言われたけど、好きな人が出来たわけじゃないみたいだし、それなら別に気にしなくても良いと思うよ。
仕事、忙しい?最近大変そうだったし、身体もキツそうだったもんね。ちゃんと休まないとダメだよ。
そうそう、これを読んでる時に忘れていなければ電話繋がるようにしてね。声が聞けないのは寂しいよ。
ちゃんと別れたはずなのに何なんだよこれ。彼女なら直接家に来そうなのに。
何で手紙?
俺は頭が混乱する。1通目で思考が停止し、2通目で恐怖を感じた。
──5日後
元気にしてる?
全然連絡着かないけど、こうして手紙を書いてるとなんだかあなたに話し掛けてるみたいで楽しい。でもやっぱり声を聞きたいな。
ところで今度の記念日、どこでしよっか?あなたってばいつも記念日忘れるから事前に教えてあげないとね。
12月2日だよ。前回は11月14日。いつも何の記念日か聞くけど、「今日は〇〇な日だね」って笑い合ったじゃない。ちゃんと写真にあなたの笑顔撮ってあるんだからね。
ああ、楽しみ。予約は私がしておくね。
手紙には写真が同封されていた。
──6日後
あなたがいない……。
私の部屋にも来てくれない。
なんで顔を見せてくれないの?
どうして私を遮断するの?
そんなこと聞いて欲しくないか。だってあなたは疲れてるんだもん。いつもヘトヘトだって言ってたし、ひとりでゆっくりしたい時だってあるよね。気持ちを押し付けすぎてゴメンなさい。
もしこれを読んでくれたなら………
その後の文は文字が乱れすぎていて読めなかった。
「おい、聞いてるか? 」
「え……ああ、すみません! 」
職場の先輩から話し掛けられていたのに気付かなかった。
4通目になる彼女の手紙。
別れたことを彼女も理解しているから家に来ないはずなのに、手紙ではまだ付き合ってることになってる。
「顔色悪いぞ? 風邪か? 」
「いえ、大丈夫です」
仕事にも支障が出てきた。
それにしても不可解なのは、送られてくる手紙は短いことだ。彼女は長い文を書くタイプなのに。
裏をどうしても考えてしまう。
そして、多すぎる記念日にも対応できなかった自分や、幸せそうな笑顔の彼女を思い出す度に罪悪感が込み上げる。
今日も家に帰ったら手紙が届いているんだろうか。精神が持たなくなる前に、しばらく家から遠ざかるべきだと思った。
──7日後
あなたが好き。すごく好き。
胸が熱くなるって不思議な感覚だけど、あなたと離れて帰る時は、いつもこうだったよ。そしてね、切なくて幸せな気持ちになるの。
仕草も匂いも声も少し困った笑顔も全部、好き。今すぐ会いたい。
今ね、あの思い出の場所にいるの。
だって記念日でしょ?
あの時はあなたの助手席にいたけど、今日は寒いな。
今この瞬間のこの景色をあなたにも見せたい。
結局家に帰ってしまった俺は5通目の手紙を読み愕然とする。
「あの場所に? 独りで、ってタクシーだよな?まさか歩いてないよな……」
同封されていた小石が何を意味するのか、考えたくもない。捨てようとしたけれど、他の手紙同様どうすることも出来ずに置いてある。
独りで行かせてしまった。
手紙に書かれてることは本音なんだろうか。あんな場所にたった独りでいて、本当に幸せ何て思うんだろうか。
俺は彼女を最後まで理解できなかった。手紙の言葉が真実か裏があるかも分からないくらい。
楽しいことが好きで、どこか奇抜で、行動力は俺なんかよりずっと凄くて。鈍臭い俺が劣等感だらけの言葉を吐いても、いつも支えて好きでいてくれて……。
「そろそろ連絡くらいしようかな」
気持ちが揺らぐ。いっそのこと直接来て何か言ってくれたら良いのに。
「振ったのは俺だった」
都合の良いことを考えている自分に苛立つ。
彼女の手紙は俺を一切責めてない。別れる時もそうだった。
俺はLINEのブロックを解除して、彼女にメッセージを送った。
『元気? 』
彼女から返事は来なかった。既読も着かない。
──8日目
これ、やっと見つけたの!
ほんとにほんとにすごーく探したんだよ?やっとあなたに渡せるから嬉しくてたまらない。
まだ持ってないよね? 持ってたら残念だなぁ。でも家と職場の往復だし、休みはコンビニかスーパー行くだけだから持ってないはず!
彼女からプレゼントが贈られてきた。
──9日目
……てから……のいて………く………。
ほぼ読めない一文が送られてきた。
***
彼にフラれた時、私はすごく悲しかった。
問い詰めても彼は言葉を濁すだけであやふやな言葉しか返してくれない。どんなに話し合おうとしても煮えきらない彼。最後には頭に来てバッグでぶん殴ってしまった。
「まじクソ男! 」
その日は友達と飲みながら元彼となったあの人の悪口で大いに盛り上がる。店で飲む方が好きな私だけど、友達に泣きながら電話したら家に呼んでくれたのだ。
持つべきものは女友達!
「あんなやつでも好きだったから頑張ったのにさ……。あーあ、男はしばらく懲り懲りだよ」
「んー、でもさ、あたしは良かったと思ってるよ。今言うことじゃないけど」
「え? そうなの? 」
「うん。だってさ、アイツやばかったし。あたし、心配だった……」
別れてから聞く友達の本音。口には出さなくても本当に心配してくれてことが分かり、また泣けてしまった。
──3ヶ月後
「うーん! 今日も良い天気! 」
気持ちが良くて大きく伸びをすると大好きな人が隣で柔らかく笑った。
私は今、新しい恋をしている。
元彼のことは1ヶ月もあればサッサと忘れてしまったけれど、噂好きな友達が何かと情報を仕入れて来るから今じゃ酒のツマミにして笑い話にしてる。
そんなある日、妙なことを聞いた。
「あいつ、仕事辞めたらしいよ」
「へー、元々向いてなさそうだったし良かったね」
「あんたってホント、興味なくなると冷たいよね。でもでも、辞め方が変だったらしいの」
もったいつけて声を潜める。私もふざけて固唾を飲むような顔を作った。
「たぶんあんたと別れてすぐからだと思うけど、全然家から出てこなくなって、会社にも連絡してなかったみたい。で、同僚……ってあたしの友達なんだけど、その人が家に行ってみたら……」
寒いとでも言わんばかりに両腕を掴みさすり、表情を歪めている。
「なーんにも書いてない便箋みたいなの手に持って謝ってたらしいわよ。ブツブツ言ってたのは……あんたの名前だって」
何通もの封筒の中には白紙の便箋が1枚のみ入っており、中には小石や写真が同封されている物もあったとか。声を掛けてもそれらを見るばかりで返事をすることはなかったという。
テーブルに広げられたその手紙の山の前にいる彼は、謝りながらもどこか幸せそうだった、と目撃した人は語っていたらしい。
「バカっかバカしい。理想の私にでも会えたんだろうね」
笑い飛ばしその話を一蹴した私は、内心気味が悪くなり話題を変えた。
友達と別れて家に向かっていると、頬にポツリと冷たい物が当たった。
「やだ! 傘もってきてないのに! 」
雨足はどんどん強くなる。もうすぐ家だし走ろう。
通り過ぎたコンビニで、黒い傘を持っている人が見えた。買おうかな、と迷ったけれど、走り抜けた。
やっと付いた家の前。ずぶ濡れになりながら屋根の下へ駆け込み、ポストを確認する。
「あれ? 手紙だ」
差出人も宛名もない。用心してしっかり触ってみても、振ってみても危険物はなかった。誰かが別の部屋と間違えて入れたのかな?
「久しぶり。君に謝りに来たよ」
後ろからよく知る声がした。
降りしきる雨音に溶け込むように。
~完~
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戦争はもうスマホで見物する時代だ。SNSを開くとBGM付きの動画で、ドローンが車列や兵士に突っ込むのが見られる。仕事合間の良い息抜きだ。お、ライブ配信か、いまどきはすごいな……待て、なんか風景が……日本じゃないか? あの建物は見覚えが。いや、そこは娘が通う学校⁉︎ 待て、待ってくれ!
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告白というのはグロテスクであればあるほど良い。
一先ず電子タバコを吸っていいかと確認するサオリに、ミキはもちろんと快諾する。その告白の内容が私の期待を裏切らなければ、という枕詞はそっと飲み込んだ上で。
「元カレがさ、警察に行ったんだよね。今までの人はそこまでしなかったのに」
サオリがふぅぅっと吐き出す甘い香り。咽そうになるのを悟られないようミキは紅茶を飲み込み二の句を待つ。
「私、噛んじゃうんだよ。彼氏のこと」
きた。とミキは浮つきそうな口角を抑え、うん、とだけ相槌を置く。
「血が出るまでやっちゃうんだよ。ていうか、血が舐めたいの、本当は」
「興奮する?」
ミキの間髪の隙も無い切り返しにサオリの目は一瞬丸くなる。そして視線を断ちコクリと頷く。
「興奮も、だけど、なんていうか、安心するっていうか……」
無意識だろうか唇を指先で触れるサオリは、愛らしさと美しさを兼ねた羊のようだった。その中身はサキュバスなのだと自白の最中なのだけれども。
「噛まなくちゃ、ダメなの? 例えば針でつついても血って出るじゃない?」
「んー……」と天井を見上げサオリはまた水蒸気の透けた白煙を吐き出す。やはり、甘く、くさい。
「噛む行為は独占欲のせいって言うじゃん。その上で、というかその先で熱い血が口に入ってくると、なんていうか、たまらないんだよ」
紅茶の入ったマグカップを包む両手が僅かに痺れ、背筋を八足虫が這うような薄い質量ある快感が疾る。ミキの吐息は昂揚し、震える。
「私、捕まるのかな……」
膝を抱え小さくなるサオリの髪が小刻みに揺れている。
ねぇ、サオリ。自分さえ理解し得ない物を誰しもが持っている狂気のこの世界。例えば、もし、罰を受けることになったとしても、あなたが美しいという事実は変わらない。
「サオリ。私の今の彼氏のお兄さん、弁護士さんなんだよ。一度相談してみたらどうかな」
「ほんと? ありがとう。ミキ」
そんなやり取りをしてサオリは夜道に溶けながら帰って行った。
甘い残香が満ちた部屋。
ミキは透明な灰皿と小瓶を取り出す。
照明を受け乱反射するガラス製の灰皿に小瓶の中身をパラパラと落とし火を灯した。
ぬるりと上がる白い香気を鼻腔いっぱいに吸い含み、熱くなった吐息が震え、心臓の昂りを知らせる。
「私もいつか誰かに告白するのかなぁ」
パートナーの爪が燃える部屋でミキはひとり呟く。
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