ミステリー・サスペンス

合鍵

1,799文字 約4分で読了
作者:福子
 その鍵は、私にそっくりな男によって、私の首筋に挿し込まれた。  男が鍵を回すと、カチリ、と音がした。  次の瞬間、私の身体は左右にぱかーんと割れた。  痛みはなかった。血も出なかった。  ただ、長いあいだ開けたことのない箱のふたが、ようやく開いたような感覚がした。  そして、私の中から女が出てきた。 「遅かったね。」  彼女はそう言って、私の中から床へ降りた。  彼女は私によく似ていた。  いや、似てるとは言えないな。  目も鼻も口も違う。背丈も違えば、声も違う。誰がどう見ても別人だ。だいたい、性別が違う。  それでも私はひと目でわかった。  間違いない、これは私だ。 「ずいぶん狭かったわ。」  彼女は、固まった体をほぐすようにストレッチをして肩を回した。 「……悪かったな。」 「暗いし。」 「知らなかったんだから仕方ないだろ。」  あら、と彼女は目をぱちくりとした。 「知ろうとしなかった、の間違いじゃない?」  ぎくりとした。そんなはずはない、そう思った。  でも、図星を指されたように、私は何も言えなくなった。  ゆっくり振り返って男を探したけれど、私を開けた男はもういなかった。  床に鍵だけが落ちていた。 「誰だったんだ、あいつ。」  彼女は、私の胸に人差し指を押し付けた。 「あなたよ。」 「……俺はここにいる。」 「ほら、そういうところよ。」  彼女が笑う。純真無垢に。  気に入らない笑い方だ。……腹が立つ。  だけど、その笑い方を私は知っている気がした。  子どものころ、絵を描いていたとき。  誰にも見せない物語を作っていたとき。  好きなものを好きだと言うのに理由なんていらなかったころ、たぶん私は、こんなふうに笑っていた。 「私を閉じ込めたのは、あなたよ。」  彼女は再び人差し指を私の胸に押し付けて、あざ笑うような目で言った。 「……知らない。」 「泣きたいのに笑ったでしょう?」 「……知らない。」 「嫌いなのに、好きなふりをした。」 「知らない……!」 「怖いのに平気だと言った。」 「知らない!」 「本当はやりたかったことを、くだらないって捨てた。」 「知らない! 知らない! 知らない!!」  声が、こだまのように部屋の中を反響する。  彼女は何も言わなかった。少しうつむいている彼女の表情は、前髪で隠れて見えなかった。  自分の息が切れる。  ……おかしい。  身体は開いたままなのに、胸が苦しかった。  ……どういうことだ。  彼女がそっと私の前に立ち、言った。 「じゃあ、今、知ればいい。」  その言葉が、妙に腹立たしかった。 「簡単に言うなよ。」 「簡単じゃないわ。」  初めて、女から笑みが消えた。 「私だって、怖いもの。」 「何が。」 「……私を開けるのが。」  彼女がその美しく長い髪を持ち上げると、細い首筋に小さな鍵穴があった。  私はしばらく、それを見つめていた。 「……お前にもあるのか。」 「もちろん。」 「中には何がいる?」 「……知らないわ。」  彼女は少しだけ笑った。 「だから、怖いんでしょう? あなたと同じよ。」  私を開けた男が立っていた辺りに鍵が落ちていた。一歩近づき、拾い上げたそれは、不思議なくらい軽かった。鍵を持って彼女に近づき、首筋の鍵穴に近づけたところで、私は手を止めた。 「どうしたの?」 「これ、本当にお前の鍵か?」  彼女が目を丸くした。それから、自分を開いたままの私を見た。  その視線を追うように私も自分の身体を見た。  開いた内側、ちょうど胸のある辺りに、もう一つ、鍵がぶら下がっていた。  彼女と私は顔を見合わせた。 「……二本あるぞ。」 「……そうみたいね。」 「どっちがお前のだ?」 「さあ?」  彼女は楽しそうに笑った。  私は二本の鍵を見比べた。  どちらの鍵にも名前は書かれていない。  どちらが誰を開けるの鍵なのかもわからない。  もしかしたら、他にも鍵があるかもしれない。  そもそも、鍵穴がいくつあるのかさえも。  彼女が手を差し出した。 「一本、貸して。」  きょとんとしていると、彼女はまた、楽しそうに笑った。 「あなたばっかり開けるの、不公平でしょう?」  なるほど。  私は一本を彼女に渡した。  彼女は私の中にあった鍵を持っている。  私は彼女のものかもしれない鍵を持っている。  どちらも、自分だけでは確かめられない。 「なあ、それって――、」  私は言った。 「合鍵っていうのか?」  彼女は少し考えた。 「どうかしら。たぶん違うと思うわ。」 「……違うのか。」 「でも――、」  彼女が鍵にキスをした。 「そのほうが素敵ね。」  ――カチリ。  どちらが先に鍵を回したのか。  それは、わからなかった。
2026/10/06 ・ 👁️ 48回 ・ 💬 0件

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