ミステリー・サスペンス
合鍵
1,799文字
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その鍵は、私にそっくりな男によって、私の首筋に挿し込まれた。
男が鍵を回すと、カチリ、と音がした。
次の瞬間、私の身体は左右にぱかーんと割れた。
痛みはなかった。血も出なかった。
ただ、長いあいだ開けたことのない箱のふたが、ようやく開いたような感覚がした。
そして、私の中から女が出てきた。
「遅かったね。」
彼女はそう言って、私の中から床へ降りた。
彼女は私によく似ていた。
いや、似てるとは言えないな。
目も鼻も口も違う。背丈も違えば、声も違う。誰がどう見ても別人だ。だいたい、性別が違う。
それでも私はひと目でわかった。
間違いない、これは私だ。
「ずいぶん狭かったわ。」
彼女は、固まった体をほぐすようにストレッチをして肩を回した。
「……悪かったな。」
「暗いし。」
「知らなかったんだから仕方ないだろ。」
あら、と彼女は目をぱちくりとした。
「知ろうとしなかった、の間違いじゃない?」
ぎくりとした。そんなはずはない、そう思った。
でも、図星を指されたように、私は何も言えなくなった。
ゆっくり振り返って男を探したけれど、私を開けた男はもういなかった。
床に鍵だけが落ちていた。
「誰だったんだ、あいつ。」
彼女は、私の胸に人差し指を押し付けた。
「あなたよ。」
「……俺はここにいる。」
「ほら、そういうところよ。」
彼女が笑う。純真無垢に。
気に入らない笑い方だ。……腹が立つ。
だけど、その笑い方を私は知っている気がした。
子どものころ、絵を描いていたとき。
誰にも見せない物語を作っていたとき。
好きなものを好きだと言うのに理由なんていらなかったころ、たぶん私は、こんなふうに笑っていた。
「私を閉じ込めたのは、あなたよ。」
彼女は再び人差し指を私の胸に押し付けて、あざ笑うような目で言った。
「……知らない。」
「泣きたいのに笑ったでしょう?」
「……知らない。」
「嫌いなのに、好きなふりをした。」
「知らない……!」
「怖いのに平気だと言った。」
「知らない!」
「本当はやりたかったことを、くだらないって捨てた。」
「知らない! 知らない! 知らない!!」
声が、こだまのように部屋の中を反響する。
彼女は何も言わなかった。少しうつむいている彼女の表情は、前髪で隠れて見えなかった。
自分の息が切れる。
……おかしい。
身体は開いたままなのに、胸が苦しかった。
……どういうことだ。
彼女がそっと私の前に立ち、言った。
「じゃあ、今、知ればいい。」
その言葉が、妙に腹立たしかった。
「簡単に言うなよ。」
「簡単じゃないわ。」
初めて、女から笑みが消えた。
「私だって、怖いもの。」
「何が。」
「……私を開けるのが。」
彼女がその美しく長い髪を持ち上げると、細い首筋に小さな鍵穴があった。
私はしばらく、それを見つめていた。
「……お前にもあるのか。」
「もちろん。」
「中には何がいる?」
「……知らないわ。」
彼女は少しだけ笑った。
「だから、怖いんでしょう? あなたと同じよ。」
私を開けた男が立っていた辺りに鍵が落ちていた。一歩近づき、拾い上げたそれは、不思議なくらい軽かった。鍵を持って彼女に近づき、首筋の鍵穴に近づけたところで、私は手を止めた。
「どうしたの?」
「これ、本当にお前の鍵か?」
彼女が目を丸くした。それから、自分を開いたままの私を見た。
その視線を追うように私も自分の身体を見た。
開いた内側、ちょうど胸のある辺りに、もう一つ、鍵がぶら下がっていた。
彼女と私は顔を見合わせた。
「……二本あるぞ。」
「……そうみたいね。」
「どっちがお前のだ?」
「さあ?」
彼女は楽しそうに笑った。
私は二本の鍵を見比べた。
どちらの鍵にも名前は書かれていない。
どちらが誰を開けるの鍵なのかもわからない。
もしかしたら、他にも鍵があるかもしれない。
そもそも、鍵穴がいくつあるのかさえも。
彼女が手を差し出した。
「一本、貸して。」
きょとんとしていると、彼女はまた、楽しそうに笑った。
「あなたばっかり開けるの、不公平でしょう?」
なるほど。
私は一本を彼女に渡した。
彼女は私の中にあった鍵を持っている。
私は彼女のものかもしれない鍵を持っている。
どちらも、自分だけでは確かめられない。
「なあ、それって――、」
私は言った。
「合鍵っていうのか?」
彼女は少し考えた。
「どうかしら。たぶん違うと思うわ。」
「……違うのか。」
「でも――、」
彼女が鍵にキスをした。
「そのほうが素敵ね。」
――カチリ。
どちらが先に鍵を回したのか。
それは、わからなかった。
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