ミステリー・サスペンス
湊くんはふたりいる
3,435文字
約7分で読了
「湊孝介くん、ちょっと!」
教室を出たところで他のクラスの女子三人に呼び止められ、連れてこられたのは人気のない体育館裏。
あれからすでに十五分ほど経つが、未だに解放してもらえそうな気配はない。
「|渚《この子》に謝りなさいよ。『俺よりバカな女と付き合うつもりはない』って言ったんでしょ? 自分が学年一位だからってひどくない?」
「そうだよ! ちょっと顔がいいからって調子乗りすぎ! せっかく勇気を出して告白したのに、渚がかわいそうじゃないっ」
……とのことだが、糾弾されている内容に全く覚えがないのだ。
「そもそも、渚って誰?」
もしかしたら十年くらい前の幼稚舎時代の話かと思って尋ねてみたが、
「ひどーい! この子! うちのクラスの河合渚だよ」
「三年になってもう二ヶ月も経つのに、クラスメイトの顔も覚えてないの?」
他クラスと思っていたが、彼女たちも同じクラスだったらしい。
ご紹介を受けた当人は顔色を失ってる。
だが、他クラスだろうと同じクラスだろうと、知らないのだから仕方がない。
大体俺なら、
『俺よりバカな女と付き合うつもりはない』
なんて、そんな面倒くさくなるような断り方はしない。
『今は誰とも付き合う気はない』
それで済む話だ。
身に覚えがないのに、相手は俺だと言う。
これはもう、結論はひとつだ。
「あのさ、」
口を開いた途端、目の前の三人の瞳がギラリと光る。
次に気に入らないことがあったら、引っ叩いてやる、そんな気迫さえ感じる。
嫌な圧に押されながらも、俺はゆっくりと尋ねた。
「それ、本当に俺だった?」
言葉が放たれた途端、目の前の女子たちと、なぜか後ろの木々がざわざわと揺れた。
「何言ってんのよ。渚、あんた|湊孝介《コイツ》に告白したんでしょ」
「う、うん……」
「本当に俺だった? |湊《・》|颯《・》|介《・》じゃなくて?」
「え……?」
湊|颯介《そうすけ》は、隣のクラスの俺の双子の弟だ。
一卵性で身長も同じ。都合よく泣きぼくろがあるわけでもなく、黙っていたら親でもわからない。
小学生の頃は、赤は颯介、青は孝介……のように、色違いの服を着せられていた。
だけど、今は……。
「……っ! 孝介くんだったよ。眼鏡をかけてたし、カバンに入れた手紙を見たから、待ち合わせ場所に来てくれたんでしょ?」
河合渚は記憶を反芻するように、そう口にした。
……眼鏡、か。
中三になって突然悪化した視力のせいで、俺だけ眼鏡をかけている。
それが颯介との違い。
逆に言えばそれしかない。
つまり、
「それ、颯介だよ」
「そんな、だって……!」
「アイツ、家で勝手にカバンの中いじるし。それに、」
メタルフレームの眼鏡を外す。
「眼鏡外した俺、颯介に見えない?」
「……あっ」
ぼやけた世界で女子たちが息を呑むのが聞こえた。
「どう? 本当に俺だった?」
河合さんからよく見えるように、彼女へと顔を寄せていったら、
「っ!ねえ、私、渚じゃないから!」
河合さんじゃなかったらしい。
「……失礼」
目の悪さに絶望しながら、再び眼鏡をかける。
間違えられた女子は顔を紅潮させ、なぜか困ったような、怒ったような表情をしていた。
もうひとりの付き添い女子が、河合さんに問いただす。
「ねえ! どうなの? コイツだったの? 弟の方だったの?」
「……そう言われれば違ったかも」
「そんな……」
自分たちの勘違いと理解したのか、最後まで怒っていた女子が、
「悪かったわね!」
と吐き捨てるように謝ってきた。
「でもね、元はと言えば……」
「颯介が悪い。よく言っておくよ」
「くっ……行こう、渚っ」
「うん……」
「ほら、あんたも!」
一人は腕を引っ張られ、河合さんも一度だけ振り返ったが、女子たちは駆け足で裏門へと向かっていった。
「ひどい目にあったな……」
時計を見ると、十五時四十分。
まあ、いい時間だけど、その前に。
「颯介、いるんだろ? 出てこいよ」
さっきから知っていたんだ。
颯介が後ろの木々を隠れ蓑にして、こちらを伺っていることは。
「へへ……ばれたか」
ほら、やっぱりな。
ガサガサと茂みをかき分けながら、颯介が姿を現した。
「髪、葉っぱついてる」
「取ってー」
「お前なあ……」
頭を差し出す颯介の子供っぽい所作に、説教する気もなくなる。
自分と同じ触り心地のはずなのに、触れると苛立ちが解けていくのがわかった。
代わりに生まれてくる締め付けるような疼きには、そっと蓋をして。
「もう、あんなことすんなよ」
「あんなことって?」
大人しく髪についた葉っぱを取らせながら、颯介はとぼけてくる。
「俺のフリして、女子をフること」
「へっ? コウはタイプだったわけ? あの子と付き合いたかった?」
「そうやって、煽ってくるのやめろ。今回みたいに面倒なことになるからだよ。やるならもっと上手くやれよ」
「ふぅん、上手くやれればやってもいいんだ?」
「俺にバレずにできるならな。……ほら、全部取れたぞ」
颯介の髪から離れた、名残惜しそうな自分の指を見て苦い笑いが浮かんでくる。
「ちぇ。もうやんないよ」
つまらなそうに、自分と同じ顔が唇を尖らせたのを見て、
「なんで、あんなことやったんだ?」
尋ねてみる。
それは興味と僅かな期待。
けれど……。
「なんでだと思う?」
颯介は首を傾げて可愛い演出をするが、俺は知っている。こういう時のコイツはただの……、
「だってさー! 最近のコウってば勉強ばっかじゃん? 前はよく遊んでくれたのにさ! そんなところに彼女なんかできたら、ますます遊んでくれなくなるだろっ」
「……バカだな。駄々っ子かよ」
「遊んでくれないコウが悪い。なあ、外部受験なんてするつもりなんてないよな?」
俺たちは双子だから。
両親がいない時は二人で過ごしてきた。
シッターや祖父母がいるときも、合言葉や、視線一つで二人だけの会話をする。
登下校も一緒、スクールバスの席は隣。
寂しい日なんて一度もなかった。
そうやってここまできたけど。
「ないよ」
颯介はあからさまに、ほっとした顔をする。
「じゃあ、帰ったら遊ぼうぜ。俺、ゲームランク上がったんだ。コウと同じステージで遊べる!」
「悪い、俺この後用事があって」
きっとがっかりするだろうな――そう思ったとおり、颯介の笑顔はやはり萎んでいった……けれど、
「一緒に行く!」
予想以上に粘ってきたな。
「ブラコンかよ」
「そうだよ! 行っても平気なやつ?」
「職員室だけど」
「げ……」
今度こそ、颯介は意気消沈した。
颯介が近ごろミニテストで、ひどい点数をとっていることは知っている。
……自業自得。本気でやらないからだ。
「先に学校出て、『うしお』で待ってて」
今時珍しい駄菓子屋の名前をあげると、颯介は「助かった」というようなほっとした笑顔になる。
「なるべく早くな!」
弾むように駆けていく弟の姿を見送ってから、俺は校舎へと向かった。
昇降口から、職員室へ続く廊下を急ぐ。
そして職員室を|通《・》|り《・》|過《・》|ぎ《・》ると目の前にある階段を昇り、一番近くのトイレに入った。
洗面台の鏡の前に立つとメガネを外して、ポケットの中に潜ませていた小さなケースを取り出す。
お年玉で買ったコンタクトレンズだ。
颯介に気づかれないように眼科に行くのは苦労した。
そのケースの蓋を開けて、カーブを描く小さなレンズを瞳に入れれば……。
鏡の中に、颯介がいた。
日本人にしては色素の薄い肌、比較的整った顔の作りに、榛色の瞳がこちらを見つめている。
時計を見ると、十六時まであと二分。
待ち合わせの音楽室まで三分ほどだ。
廊下に出てみると、誰の姿も見えなかった。
まるで、理想の世界。
――颯介が欠けている以外は。
「颯介のやつ、どんな顔して生活してるんだ。今月もう、三度目だぞ」
俺がアイツになりすまして、女子からの告白を何度も断っていることを、颯介は知らない。
俺が努力型なら、アイツは天才型だ。
その気になれば簡単に手に入れられる。
ミニテストの点数も、俺のいない未来も。
初めてそのことに気付いた時、背中がゾワっとした。
だから。
したくもない勉強をするし、邪魔なものがいれば排除する。
それもすべて、二人だけの世界への延命措置。
本気になった颯介には、とても追いつけないから。
音楽室の前に立って、一つ深呼吸をする。
引き戸に手をかけスライドさせると、ガラガラという、思いの外大きい音が響き渡った。
その向こうには、颯介と同じクラスの女子が見える。
「湊くん、私……っ!」
こんにちは。
告白相手が誰かも気づかない、哀れな被害者。
顔を赤く染め、こちらを見つめてくる女子に俺は少しだけ目を細めた。
何度も鏡の前で練習した、颯介の笑い方で。
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