「額縁に蝶が並んでいるように見えたと?」
「はい、とても、とても綺麗だったんです。黒や茶色、錆色をした蝶が、額縁に沿って綺麗に並んでいたんです」
「ほう」
「額縁に飾ってあるのは、亡くなった愛猫の写真でね、色合いも似ているもので、最初見た時は目がおかしくなったかと驚きましたよ」
「その蝶は飛んでいきましたか」
「いいえ。この目で捉えた瞬間蝶は消えて、元の額縁の姿に戻ってしまいましたよ」
「他にもそういった経験はあるのですか?」
「ええ。よく字消し屑や壁の染みなんかが、小さな虫に見えて、時々動いている気配がするのでゾッとしますよ。本当に小蠅がいる時もありますので、いつも二度見してしまいます」
「確かに、あの見た目ですから、私にも見えてしまうかもしれませんね。では、処方箋を出しておきますね」
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私は共感覚の持ち主だ。
共感覚…。
この特殊能力を理解している人間が、この世の中にどれほどいるだろうか?
私は断言する。共感覚という言葉を知っている人間がいるとしても、この感覚の苦悩を真に理解している人は、共感覚を備えた人間だけであるということを。それほどにこの感覚は苦しいのである。
私は幼き頃から、聴覚から得るあらゆる音に対して、色彩を感じてしまう「色聴」と言われる感覚を持っている。
昔、ピンク・フロイドというバンドのシド・バレットという人物がいた。彼も「色聴」を持っていたそうだ。
彼は、音で捉えた色に対して、楽器を使いレスポンスを返した。
あらゆる音が色を帯びて脳内に侵入してくる。そのおかげで、「色聴」を持つ者の脳髄は、様々な色に襲われ、混乱してしまう。
世界は音で溢れている。私にとって世界とは、赤や青や黄に塗られた狭い部屋にいるのと同じだ。故に私は今でも、色の情報に翻弄される毎日を過ごしている。気が狂ってしまいそうだ。この色鮮やかな眩しさに耐えられる者はそういないだろう。
シド・バレットの話に戻そう。
多くの共感覚の持ち主は、その感覚から興じる苦悩を、何らかの方法を用いて、己の脳内から脳外へアウトプットする。これは、共感覚の持ち主であるが故、共感覚という常軌を逸した感覚から少しでも逃れようとする逃避行為なのだ。
シド・バレットはその代表者だ。
彼は楽器の演奏ができたので、音で捉えた不純を音で吐き出すことができた。彼の奏でる音楽の多くは、混沌と混乱に満ち溢れた誰にも理解しがたい作品であった。
さて、かくいう私も、「色聴」から逃れる術を持っている。
「絵」だ。
私は幼少の頃から、色彩に己が支配されそうになった時、筆を持ち、紙にその情報をアウトプットした。
小学生の時の課題で、「遠足の思い出」というテーマで絵を描く時、同級生の多くは、目で捉えた画を画用紙に描いた。が、私は目で捉えた色だけを画用紙に描いた。その絵はキャンパスをぐちゃぐちゃに塗りたくっただけの絵だった。
勿論教師は首を傾げ、私の描く絵に理解を示さなかった。
毎日絵を描き続けたおかげで、私の作画技術はどんどん上達して行った。十代二十代で描いた作品数は数百から数千にのぼった。その作品のほとんどが難解な作品であった。
ある日、変な絵を描き続ける私に対して、テレビの取材がやってきた。レポーターはカメラの前でこう紹介した。
「難解ながらも美しい作品を多く描く画家」
確かに若き日の私は鮮やかな色を描くことが多かった。精神的に未熟であった私は、音に対して美麗な部分しか見えていなかったのだ。
しかし、30歳をすぎた頃から、私の作風は大きく様変わりした。
世の中の美麗な部分しか見る事の出来ない十代二十代と違い、精神的に成熟した私は、世の中には醜悪な一面があるということを知ったのである。
空は一見美しいが、必ず夜がやってくる。
月は一見美しいが、着陸すると荒れ果てた大地でできている。
太陽は神秘的に見えるが、実際は地獄のような業火に覆われている。
悲しきかな、音もそうであった。
音は、表面的にいくら美しい色をしていても、その裏には醜悪な色が存在しているのであった。
いつしか私は、その事実に怯えるようになった。
次第に私は、感じた感覚をいかにリアルに表現するかということに尽力し始めた。
感じた感覚のまま、筆を走らせる私…。
感じた感覚を表現するために、私は手段を選ばなかった。
時には虫を殺し、その体液を使った。
またある時には、自分の排泄物をキャンバスに塗りたくった。
いつしか私の描く作品は、彩度の高い作品ではなく、陰々滅々とした画風に変わった。
皮肉にも、私の絵が高値で取引されるようになったのは、この頃であった。
生活は楽になったが、音に潜む醜悪な色彩からは逃げることが出来ず、私は常に怯えていた。
馬鹿げたことに、私の絵は数千万から、時には億単位で取引されるようになった。
裕福であるが、私の心は貧相であった。
冒頭で紹介したシド・バレットは、1968年にバンドを脱退している。その後、二枚のソロアルバムを残してはいるが、彼は何かに怯えるように、イギリスの田舎へ身を隠した。そして、60歳になるまで、メディアの前に姿を現すことはなく、極度の鬱病と糖尿病になり、この世を去った。
死ぬ寸前は、目がほとんど見えなかったそうだ。
精神的に追い詰められた私は今、シド・バレットと同じ道を歩もうとしている。
音に怯え、色に怯え生きている私…。
人は私をどう見ているだろうか?大馬鹿者だと揶揄しているかもしれないし、かわいそうなやつだと、同情しているかもしれない。
しかし、今やそんなことすらどうでも良い。
今、目の前にあるこの絵が私の最後の絵になるかもしれないのだから…。
ついさっき私が感じた色は真紅であった。
当然、真紅をテーマにした作品が完成した。
気がつけば、私の左手首から先は椅子の横に転がっていた。
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エアコンがブーンと静かな音を立てている。
時々漏れてくる、お隣さんの笑い声。
目を閉じてソファに横になったそのとき、ピンポーンとチャイムが鳴る。
……全く、いいところだったのに!
私はろくにインターホンを確認もせずに、ドアを開けた。
「佐川様ですか」
「いいえ、違いますが……」
「……ご住所は合っていますか?」
私は老眼で見えにくくなった目を細めながら、小さい文字を凝視する。
……確かに、うちの住所だ。
「ええ、うちで間違いありません」
「どなたか一緒に住まれていますか?」
「はい。妻がいます」
「では、奥さん宛では」
「いいえ、違います。
うちは三上ですし、妻の旧姓は佐川ではありません。皆川です」
「そうですか、失礼いたしました」
男は帽子を取ると、額の汗を腕で拭い、去って行った。
……全く、何だったんだ。
後日。
また、配達が来た。今度は女だ。
「古川様ですか?」
「いいえ、違います」
そしてまた後日。
「吉田様でしょうか?」
……今度は何なんだ!
誤配かと思い住所を確認したが、いずれもうちで間違いはなかった。
誰かのイタズラか? それにしては手が込んでいる。
私は恨まれるようなことをした覚えがないし、妻も誰かに恨まれるような性格ではない。
今度は妻が出た。
「いいえ、違います」
「……また配達か」
「ええ、長江さんですかって」
「またか……」
ここのアパートに越してきてもう四年が経つ。
なのに、一体どういうことだ。
ここ一ヶ月で、何度も知らない人物宛に荷物が届く。
ここのアパートは確かに人の入れ替わりが激しい。
仮に前住民だとして、そんなに長く住所変更をしないものだろうか。それも複数人が、か?
……何だか気味が悪い。
妻が部屋に戻っていく。
私はその時、玄関が開いたままなのに気付き、鍵を閉めようとした。
ドアが固いのか、うまく閉まらない。
私は一度ドアを開けて、それから閉めようとしてーー階段に座り込んでいる爺さんと目が合った。
煙草をふかしながら、瞬きもせずにこちらを見ている。
白髪の、まばらな長い髪の毛。
歯も、いくつか残っているだけだった。
それでいて、目の据わった黒くて大きな瞳が強く印象に残った。
ただじっとこちらを見ている。
それだけなのに、私はそれを見て固まってしまう。
ふと我に返り、慌ててドアを閉めた。
「あなた、どうしたの」
部屋の奥から、妻が顔を出す。
私はただ、黙って首を横に振った。
その夜。
また、チャイムが鳴った。
私は今度こそインターホンの画面で確認をすると、昼間の爺さんが立っていた。
「三上さんですね。配達です」
爺さんは、ニヤリと口元を歪めた。
続きを読む
サイコキネシス
心や意志の力だけで、触れずに物を動かす超能力
俺は灰皿を前に眉間にシワを寄せじっと見つめていた。
「ねぇ、またやってるの?」
開いた引き戸の向こうからゆかりが手を拭きながら覗いた。味噌汁の良い香りが漂っている。
「超能力あったらすごいだろ!もう少しで動かせそうなんだけどなぁ」
「もう少しって、1ミリも動いてなさそうだけど?」
ケラケラとゆかりが笑う。
このゆかりの笑い声を聞きたくてやっているというのもあるが俺は真剣である。
「超能力があれば俺がいないときでもゆかりを守れるだろ!」
「私のためー?はいはいわかったからご飯食べよ」
またケラケラと笑う。
うむ。幸せだ。
✧
ゆかりが空の灰皿を見つめている。
「まだ片付けられないんだ」
ゆかりの友達、檜山美羽が氷をトングでつまみながら言う。カランカランとグラスが音を立てる。
「うん」
ゆかりは灰皿を見つめたまま答える。
「まあ、そう簡単には次へ進めないよね」
とんっとゆかりの前にグラスを置いた。
「ありがと」
ゆかりは今度はハイボールの泡を見つめている。
「健ちゃんってなんか面白かったよね。オカルトとか超能力とか好きでさ」
檜山美羽はビールでも飲むようにごくごくっと飲む。
「ほらっ、ゆかりも飲んで」
ゆかりは何度も泣いて涙も枯れてしまいそうなくらい泣いていたのにまた泣きそうな顔をしていた。
「飲んで次へ進も。ゆかりが前へ向かないと健ちゃんも成仏できないぞ」
「うん、そうだよね」
まだあの笑い声は聞こえない。
✧
ゆかりが電話で話している。
「そう、うん、もう一年です」
「うーん、どうしようかな」
じー、じー、と窓の外から蝉の声。
カーテンの隙間から西日がこぼれている。キッチンへ行くと電子ポットから湯気が立ち上りカチッと音を立てお湯が湧いた。カップにはティーパックがセットされている。リビングへ戻るとまだ電話は続いていた。
「わかりました。じゃあ日曜日に」
「ええ、私も楽しみにしています」
「はい、ありがとうございます」
ゆかりは電話を終え、キッチンへ続く扉をガラガラっと開けた。電子ポットにお湯が湧いているのを確認し、カップへ注ぐ。じー、じー、と蝉の声。
カップへお湯が半ばまで入った時にゆかりがハッと振り向いた。三秒ほど辺りを見回しまたお湯を注ぎ始めた。
✧
ガチャガチャっと音がして玄関が開いた。ゆかりは玄関にあった靴を揃える。
「どうぞ」
ゆかりの後に続いて男が入ってくる。
空間が少し歪んだ。
「散らかってますけど」
ゆかりはスリッパを出した。
「急に来た俺が悪いから気にしないで」
「こっちです」
案内した先には小さなカップボードがあり、写真立てと灰皿、その横に花が飾ってある。
「でもさ、葬式で偶然会った時は驚いたよね」
「ほんとに。まさか川西さんがいるなんて思いもしませんでした」
川西は神妙な顔をして写真に手を合わせた。
「写真に手を合わせたいなんて急に変なこと言ってごめんね」
「いえ、一緒に彼の思い出を共有できるのは嬉しいですよ」
「会社だとなかなかこんな話もできないしね」
ゆかりはどうぞとカップボードの前にあるソファへ座るように手を差し出した。
「健二とは親友だったけど仕事するようになってからはなかなか会えなくてね」
「そうなんですね、健ちゃんから川西さんのこと聞いたことなかったから驚きましたよ」
「まさか職場の後輩が親友の彼女だったとはなぁ」
川西はどすんとソファに腰掛けた。
ゆかりは横に立ちそわそわとしていた。
「何か飲みますか?ビールもありますけど」
「じゃあ、せっかくだからビールで献杯しようか」
「そうですね」
ゆかりはガラガラっと扉を開けキッチンへ消えた。
川西はゆかりがキッチンへ行ったのを見送るとポケットの中から何か取り出した。そしてソファの後ろにある写真をチラッと見た。
ゆかりがビールをグラスに三杯入れて戻ってきた。
ソファの前のテーブルにコースターとグラスをひとつずつ丁寧に置く。最後の一つは写真立ての前に置きに行く。「健ちゃん、親友の川西誠さん、拝みに来てくれたよ。川西さん私の会社の先輩なんだよ。全然知らなかったからびっくりしちゃった」ゆかりは写真に向かって話しかけた。
川西はゆかりが背を向けたのを確認するとビールに錠剤を入れた。
ゆかりがソファへ戻る。
「じゃ、献杯しよっか」
川西がグラスを掲げる。
ゆかりがグラスに手を伸ばした瞬間だった。
ガシャン。
グラスが倒れる。
「うわっ」
「やだ、ごめんなさい」
グラスは川西の足元に転がり床もびしょびしょになっていた。
「拭くもの持ってきます」
ゆかりが慌てて立ち上がりキッチンへ行く。
ビールがズボンの裾にかかり染みを作っていた。近くにあったティッシュボックスに手を伸ばす。
その瞬間。
ティッシュボックスがシュッと横へスライドする。
キョトンとしている川西の背後でガタンと音を立てて写真立てが倒れた。
川西がその音に驚いて振り向くと倒れた写真立ての横の灰皿がじりじりと動き始めた。
飛んだ。
「うわっ」
飛んできた灰皿が頭をかすめる。花瓶もカップボードの上から落ちて割れて水が飛び散った。
川西は青ざめた顔で立ち上がり、玄関へと向かう。
ゆかりがキッチンから飛び出してきた。
「あ、えーと、ちょっと急用で帰るね」
「え?なんか大きな音がしてましたけど大丈夫ですか?」
「あ、うん、ごめんごめん、また会社でね」
バタンと大きな音を立て玄関が閉まった。足音がバタバタっと遠ざかっていく。ゆかりはわけもわからず立ちつくしていた。
✧
三年後
部屋のあちらこちらに段ボールが置いてある。ゆかりは最後の一箱の前で写真立ての中の写真を見つめていた。ひとしきり見つめ終えると大事そうに段ボールへ入れ、ガムテープで閉じた。
ピンポーン
インターホンが鳴る。
ゆかりが玄関へ向かう。
「どうもー、山北引っ越しセンターです」
「あ、よろしくお願いします」
玄関あたりが騒がしくなった。
「えーと、ご新居の方は新南市の田端稔様宅でご主人がお待ちになっているということでお間違えないですか?」
「あ、はい。結婚はまだこれからですけどね」
「あー、そうなんですね。でもおめでとうございます」
「ありがとうございます。あ、そこ天井低…」
ゆかりが気をつけてと言おうとしたところで作業員が頭をぶつけた。
ケラケラっとゆかりが笑った。
開け放された玄関からは青空が見えた。
眩しい光が輝いている。
スーッと外へ引き寄せられる。
上へ上へ
じー、じー、と鳴く蝉の声が遠ざかって行った。
(了)
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今日もSNSを見る。
何だかんだニュースアプリとかより、気軽に情報が入ってくるから。
タイムラインをスワイプする。
とある広告が目に入った。
――
〇〇県〇〇市
――
真っ黒な画像の中央にその一文だけ書かれている。
しかも俺の出身地じゃん。
少し不気味に思った俺はその広告の表示をしないように、右上のバツボタンを押し『この広告に興味がない』を選択、SNSを閉じた。
会社の帰りの電車内。
また何となくSNSを見る。
――
幼い頃、寝る前にグズる癖があった。
――
黒い画像に謎の一文。
また同じ広告だ。
せっかく設定したのに、何なんだ一体。
よっぽど多額の広告費でも出してるんだろうか?
朝のひと手間を無駄にされた怒りから、また広告右上のバツボタンを押す。
「ん?」
いつもの『この広告に興味がない』のボタンが出ない。
ラグか?
少し間をおき、広告が明滅したように見えた。
――
〇〇 〇
32歳
〇〇株式会社 平社員
上司が外出中は、仕事をするフリをしてソーシャルゲームをしている。
同僚の■■■に想いを寄せている。
大学から素行が悪くなり賭け麻雀に手を染めた。
それが原因で留年、親には体調不良での欠席で単位が足りなかったと嘘をついた。
――
文字が変わった。
画像いっぱいに書かれた俺の個人情報。
しかも誰にも話したことのないはずの情報も。
すぐにスワイプする。
とにかくもう見なかったことにしたい。
上の投稿も同じ広告。
何度スワイプしても、
更新しても、同じ画像、下側にあったはずの投稿も消え、すり替わっている。
全てのタイムラインは、スマホの画面は、黒い画像で埋め尽くされた。
ホームボタンを押す。
電源ボタンを押す。
スマホが固まったのか全く動かない。
真っ黒の画面は、反射で俺の顔を映す。
スマホをポケットに仕舞えばいいのに。
なぜか画面から目が離せない。
サイレントモードのはずのスマホから、はっきりと声が聞こえた。
「ヤット興味出タカイ?」
黒い画面に反射した俺の顔は、目に届きそうなほど口角を上げ嗤っている。
続きを読む
「え?」
>○○生命:死亡保険金 150,000円
通帳アプリを確認すると、記憶にない振り込みがあった。
死亡保険金。
○○生命は、彼女が入っている死亡保険だ。
彼女はソファでぼんやりテレビを見ている。茶髪が少し乱れていた。
思わず伸ばした指がその髪に触れる。
「なに?」
「いや、生きてるよね?」
「当たり前じゃん」
「ねぇ、これ見て」
通帳アプリを見せる。
「え?見ていいの?いち、じゅう、ひゃく、…意外に入ってるね」
「そういうことじゃない。よく見て」
「何が?」
「いや、死亡保険金って」
「何言ってるの?」
相変わらず、何も考えていない顔。
「ここ」
私は指を指す。
「給料34万入ってるね」
「そこじゃない」
彼女は、じっとスマホ画面を見る。
「……34万」
「見えない?ここ」
「なにいってるの?」
呑気な顔から困惑した顔になった。
とりあえず、ぺたぺた顔を触る。
「なに?やめてよー」
嬉しそうに目を細めている。
違う、そういうことじゃない。
「ちょっと、保険会社に問い合わせてくる」
「うん。いってらっしゃい」
彼女は手をひらひら振り、またテレビを見始めた。
――
「おかえり。で、どうだった?」
「えっと、死んでるみたい」
「誰が?」
「あなたが」
「そんなわけないよ」
彼女がころころ笑っている。
「とりあえず、寝よう」
呑気な彼女の声に、なんとなく頷いた。
――
翌日、彼女からメッセージが届く。
>なんか私、存在しない扱い受けてるんだけど…いじめ?
急いで返信をする。
>とりあえず、帰ってきて。
1時間程度。
彼女が困惑した顔で帰ってきた。
「どういうこと?」
私が聞きたい。
「ちょっと待って、みんなに聞いてみる」
私は、何人かに連絡をした。
返事は似たようなものだった。
>まだ日が浅いから無理ないよね…。
>あの子のためにも前向きに生きよう。
彼女はソファの上でポテチを食べながら私を見ている。
ポテチの音だけがやけに大きく聞こえた。
「……なんでそんな顔するの?」
私のスマホには、
既読だけが増えていった。
彼女にスマホ画面を見せる。
「私死んでるじゃん」
彼女の指先には、まだ塩がついていた。
「じゃあ私、働かなくてよくない?」
「生活費どうするの?」
彼女が笑顔で通帳アプリを指した。
その顔は、いつも通り何も考えていない顔だった。
続きを読む
パラレルワールドというのを
あなたは信じるだろうか?
もしもあの時ああしていれば、
もしも、もしもの世界
……もしも、
目の前でエレベーターが閉まって行く。
「待っ……」
そう言いかけた時にはすでに時遅し、エレベーターは完全に閉まって別の階に。
俺は彼女に言葉をかける機会を永遠に失ってしまった。
というのも、閉まってしまい諦めて家に帰った後、彼女の住んでいたマンションの火災を知った。
煙が充満して一酸化炭素中毒。
遺体は綺麗なものだった。
あの時 声をかけていれば…
また明日会えばいいなんて思わないですぐにエレベーターを押して追いかけていれば。
いくら後悔しても彼女は戻ってこない。
あの日、彼女から海外赴任の話を聞いた。
彼女の将来のことを考えれば、それは反対できることではない。だけどあの日エレベーターが閉まってしまう前に話しかけていれば何かが変わったんじゃないかという気がする。
別れ話の後彼女を見送ってそのままさようならしてしまったことを今もずっと後悔している。
もしも、あの時もう少し早く動いていれば…
俺は彼女の住んでいたマンションを見上げた。
彼女の住んでいたのは上層階だ。
エレベーターは下の階までは稼働する。
ボタンを押してしばらく待つと エレベーターがやってきた。
扉が開く。
当然だが乗り込む人間は俺しかいない。
最上階の8階のボタンを押した。
扉が閉まり重力がかかる。
彼女が住んでいた階だった。
それはまるで何か違うところに引きずり込まれていくようなそんな感覚を起こした。
エレベーターの表示はどんどんと上がっていく。
これ以上、上の階には上がるはずがない。
それだと言うのに、エレベーターの電子掲示板は8階を表示した。
体がふわりと浮遊感に包まれる。
重力のバランスが崩れほんの少し軽くなった体がまた重くなる。それは何とも奇妙な感覚だ。
地球において重力から逃れることはできずまた重力は 均一にかかっているはずなのにそのバランスが崩れほんの少し体が浮いたかのように軽くなる。
まるで この世界のシステムそのものがほんの少しずれを起こしたかのようだ。
扉が開く。
火災があったなんて嘘のようだ。
ここは本当に8階だろうか。
俺は彼女のマンションの一室を目指した。
チャイムを押す。
彼女が出るはずないのに……
「はーい」
彼女の声がする。
ガチャリと扉が開く。
あの日と変わらない彼女の姿。
明るい笑顔。
こんなことは起こるはずがない。
どうしたの?何かあった?
「少し話せないか…」
俺は彼女の部屋で話をした。
そしてその日彼女にプロポーズした。
今も彼女のところに俺はいる。
世界には開けてはならない扉があるという。
その扉を開いたら、もしもの世界。
パラレルワールドに行ってしまうのさ……
続きを読む
私は憤っている。
友達の■■と、■■■が約束の時間から1時間強経っても来ないからだ。
二人とも今時、学校の七不思議なんて信じて怖がっている。
バカバカしい。
私が確かめてやるからと三人で約束した……はずだった。
「あいつら...!」
ポツンと校門前に一人の私。
連絡を入れようと思ったが、スマホの充電は切れていた。
いつも帰宅後キッチリ充電していたのに、なんて間の悪い。
あいつらの不義理と自分のウッカリにイラつき、もういい!と校門を飛び越えて侵入する。
この学校の七不思議は、時間が決まっている。
幸い腕時計があったので時間の確認はできるが、チンタラしている暇はない。
私は一人で懐中電灯を手に、夜の校舎を周った。
1時半、定番のベートーヴェン。カギがかかっているので、外から窓をのぞいたが異常はなし。
噂を広めた人はもう少し、オリジナリティとかを大切にしてほしい。
2時、人体模型。
うん、以下同文だ。
2時半、笑う花壇。
……オリジナリティって、センスが同居しないと意味ないんだな。
異常なし。
3時、3時半、4時……異常なし。
ん?何か前も同じようなことあった気が……?
まあ、いいか。
さっさと終わらせて明日、二人に文句言ってやる。
いよいよラスト、4時半「鵺の扉」。
3階校舎奥の空き教室の扉を、時間ぴったりにノックする。
すると化け物の声が聞こえるというもの。
私は腕時計を見ながら歩……
「え?」
危なかった。
あと一瞬、腕時計から目を上げるのが遅れていたら。
廊下が途切れている。
懐中電灯で照らしても、底が見えないほど深い。
「ヒッ!?」
天井から何かがサラサラと落ち、放心していた私の背中に当たる。
砂?これが霊障!?
怖くなった私は必死に、自分の考えを否定し、空き教室へ走る。
「そんなわけない……!そんなわけ……」
次の瞬間、私の足元は崩れた。
――激痛で目を覚ます。
崩れた瓦礫、直観でもう助からないことを悟る。
あ、日の出だ……。
ああ……全部思い出した。
「本当は先生に怒られるのが怖くなって、約束破ったの私だっけ。
ごめんね、二人と……も……。」
遠くからトラツグミの声が聞こえた気がした。
「やっぱりデマだったんだ。」なんて下らないことを考えながら、私の意識は遠のいていった。
――
「オーイ!オーイ!」
「おい、もういいって。どう見ても死んでるだろう。」
「……あいつくらいの娘がいたんだよ。」
「みんな辛いんだよ!いくら子供だって……!」
「あれだけ廃墟は危険だから近づくなって言ったのに……。」
「いい加減にしろ!早く行くぞ!」
「……おう。」
二人の男は『学校だった瓦礫』を後に踵を返した。
続きを読む
クラスに楓ちゃんという女の子がいる。
一学期の間は学校に来ていたが、夏休みがあげて二学期からはずっと休んでいる。
どうやら病気らしい。
詳しいことは知らないけれど……
夏休みのある晩、楓ちゃんのおばあちゃんが夜に山道を登っていくの私は見たことがある。
あれは夏祭りの夜だった。
だから私も祭りの帰りだったのだ。
こんな時間にどうしてだろう、疑問に思った私は後をつけた。
おばあちゃんはまっすぐに山の祠に向かって歩いて行く。
「乙姫様、乙姫様、私の命と楓の命を交換してください」
楓ちゃんのおばあちゃんがそう願っているのを聞いた。
……楓ちゃんの病気はそんなに悪いのだろうか?
結局夏休みが明けても、楓ちゃんはずっと学校に来ない。
もうそろそろ二学期が終わる頃、彼女は学校にやってきた。
真っ白な髪、シワだらけの肌、しわがれた声、まるで老婆のように背を丸め……
「楓さんは、病気の治療のために引っ越すことになりました。皆さん今日はお別れの挨拶に来てくれました。握手しましょう!」
先生がそう言った。
一人ずつ同級生たちが握手して、お別れの言葉を言ってゆく。
私の番がやってきた。
目の前にいるのは楓ちゃんだろうか、それとも……
続きを読む
「返してよ!私のお人形!」
「だったらとってみろよ、桜」
「ほーら!」
クラスに苦手な男の子の二人組がいて、ある時私の人形を取り上げた。
「返してったら!」
私が取り返そうとするたび男の子たちは人形を放り投げ次々とパス してゆく。
「やめてったら!乙姫様のお人形!」
なんとか私が人形の腕を掴んだ瞬間、男の子が反対側から引っ張る。
「……あっ!」
人形の腕はちぎれて男の子はもう一人の子にパスをした。
今度はそのもう一人の子が、公園の木の枝に向かって放り投げる。
「行こうぜ!」
「じゃあな、桜」
枝に引っかかって取れなくなった人形を見て、男の子たちは立ち去ってしまった。
私は何とか木によじ登って人形を取ろうとした。
だが人形をつかんだところで 木から落ちて尻餅をついてしまった。
ボトン!
人形の胴体と頭が分かれて落ちてくる。
どうしよう……
私は泣きながら人形の腕と胴体と頭を持って家に帰った。
家で母に人形の頭と胴体と腕を縫い合わせてもらっている時に電話が鳴った。
それは同級生の男の子二人の訃報を伝える電話だった。
1人は車にひかれ頭がちぎれ、もう一人は腕がちぎれ……
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