ホラー・怪談

存在

2,612文字 約6分で読了
作者:綾子
サイコキネシス 心や意志の力だけで、触れずに物を動かす超能力 俺は灰皿を前に眉間にシワを寄せじっと見つめていた。 「ねぇ、またやってるの?」 開いた引き戸の向こうからゆかりが手を拭きながら覗いた。味噌汁の良い香りが漂っている。 「超能力あったらすごいだろ!もう少しで動かせそうなんだけどなぁ」 「もう少しって、1ミリも動いてなさそうだけど?」 ケラケラとゆかりが笑う。 このゆかりの笑い声を聞きたくてやっているというのもあるが俺は真剣である。 「超能力があれば俺がいないときでもゆかりを守れるだろ!」 「私のためー?はいはいわかったからご飯食べよ」 またケラケラと笑う。 うむ。幸せだ。         ✧ ゆかりが空の灰皿を見つめている。 「まだ片付けられないんだ」 ゆかりの友達、檜山美羽が氷をトングでつまみながら言う。カランカランとグラスが音を立てる。 「うん」 ゆかりは灰皿を見つめたまま答える。 「まあ、そう簡単には次へ進めないよね」 とんっとゆかりの前にグラスを置いた。 「ありがと」 ゆかりは今度はハイボールの泡を見つめている。 「健ちゃんってなんか面白かったよね。オカルトとか超能力とか好きでさ」 檜山美羽はビールでも飲むようにごくごくっと飲む。 「ほらっ、ゆかりも飲んで」 ゆかりは何度も泣いて涙も枯れてしまいそうなくらい泣いていたのにまた泣きそうな顔をしていた。 「飲んで次へ進も。ゆかりが前へ向かないと健ちゃんも成仏できないぞ」 「うん、そうだよね」 まだあの笑い声は聞こえない。         ✧ ゆかりが電話で話している。 「そう、うん、もう一年です」 「うーん、どうしようかな」 じー、じー、と窓の外から蝉の声。 カーテンの隙間から西日がこぼれている。キッチンへ行くと電子ポットから湯気が立ち上りカチッと音を立てお湯が湧いた。カップにはティーパックがセットされている。リビングへ戻るとまだ電話は続いていた。 「わかりました。じゃあ日曜日に」 「ええ、私も楽しみにしています」 「はい、ありがとうございます」 ゆかりは電話を終え、キッチンへ続く扉をガラガラっと開けた。電子ポットにお湯が湧いているのを確認し、カップへ注ぐ。じー、じー、と蝉の声。 カップへお湯が半ばまで入った時にゆかりがハッと振り向いた。三秒ほど辺りを見回しまたお湯を注ぎ始めた。         ✧ ガチャガチャっと音がして玄関が開いた。ゆかりは玄関にあった靴を揃える。 「どうぞ」 ゆかりの後に続いて男が入ってくる。 空間が少し歪んだ。 「散らかってますけど」 ゆかりはスリッパを出した。 「急に来た俺が悪いから気にしないで」 「こっちです」 案内した先には小さなカップボードがあり、写真立てと灰皿、その横に花が飾ってある。 「でもさ、葬式で偶然会った時は驚いたよね」 「ほんとに。まさか川西さんがいるなんて思いもしませんでした」 川西は神妙な顔をして写真に手を合わせた。 「写真に手を合わせたいなんて急に変なこと言ってごめんね」 「いえ、一緒に彼の思い出を共有できるのは嬉しいですよ」 「会社だとなかなかこんな話もできないしね」 ゆかりはどうぞとカップボードの前にあるソファへ座るように手を差し出した。 「健二とは親友だったけど仕事するようになってからはなかなか会えなくてね」 「そうなんですね、健ちゃんから川西さんのこと聞いたことなかったから驚きましたよ」 「まさか職場の後輩が親友の彼女だったとはなぁ」 川西はどすんとソファに腰掛けた。 ゆかりは横に立ちそわそわとしていた。 「何か飲みますか?ビールもありますけど」 「じゃあ、せっかくだからビールで献杯しようか」 「そうですね」 ゆかりはガラガラっと扉を開けキッチンへ消えた。 川西はゆかりがキッチンへ行ったのを見送るとポケットの中から何か取り出した。そしてソファの後ろにある写真をチラッと見た。 ゆかりがビールをグラスに三杯入れて戻ってきた。 ソファの前のテーブルにコースターとグラスをひとつずつ丁寧に置く。最後の一つは写真立ての前に置きに行く。「健ちゃん、親友の川西誠さん、拝みに来てくれたよ。川西さん私の会社の先輩なんだよ。全然知らなかったからびっくりしちゃった」ゆかりは写真に向かって話しかけた。 川西はゆかりが背を向けたのを確認するとビールに錠剤を入れた。 ゆかりがソファへ戻る。 「じゃ、献杯しよっか」 川西がグラスを掲げる。 ゆかりがグラスに手を伸ばした瞬間だった。 ガシャン。 グラスが倒れる。 「うわっ」 「やだ、ごめんなさい」 グラスは川西の足元に転がり床もびしょびしょになっていた。 「拭くもの持ってきます」 ゆかりが慌てて立ち上がりキッチンへ行く。 ビールがズボンの裾にかかり染みを作っていた。近くにあったティッシュボックスに手を伸ばす。 その瞬間。 ティッシュボックスがシュッと横へスライドする。 キョトンとしている川西の背後でガタンと音を立てて写真立てが倒れた。 川西がその音に驚いて振り向くと倒れた写真立ての横の灰皿がじりじりと動き始めた。 飛んだ。 「うわっ」 飛んできた灰皿が頭をかすめる。花瓶もカップボードの上から落ちて割れて水が飛び散った。 川西は青ざめた顔で立ち上がり、玄関へと向かう。 ゆかりがキッチンから飛び出してきた。 「あ、えーと、ちょっと急用で帰るね」 「え?なんか大きな音がしてましたけど大丈夫ですか?」 「あ、うん、ごめんごめん、また会社でね」 バタンと大きな音を立て玄関が閉まった。足音がバタバタっと遠ざかっていく。ゆかりはわけもわからず立ちつくしていた。         ✧ 三年後 部屋のあちらこちらに段ボールが置いてある。ゆかりは最後の一箱の前で写真立ての中の写真を見つめていた。ひとしきり見つめ終えると大事そうに段ボールへ入れ、ガムテープで閉じた。 ピンポーン インターホンが鳴る。 ゆかりが玄関へ向かう。 「どうもー、山北引っ越しセンターです」 「あ、よろしくお願いします」 玄関あたりが騒がしくなった。 「えーと、ご新居の方は新南市の田端稔様宅でご主人がお待ちになっているということでお間違えないですか?」 「あ、はい。結婚はまだこれからですけどね」 「あー、そうなんですね。でもおめでとうございます」 「ありがとうございます。あ、そこ天井低…」 ゆかりが気をつけてと言おうとしたところで作業員が頭をぶつけた。 ケラケラっとゆかりが笑った。 開け放された玄関からは青空が見えた。 眩しい光が輝いている。 スーッと外へ引き寄せられる。 上へ上へ じー、じー、と鳴く蝉の声が遠ざかって行った。 (了)
2026/10/03 ・ 👁️ 92回 ・ 💬 0件

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