ホラー・怪談
2495文字 約5分で読了

眷属

 今日は久しぶりにパパが遊びに来た。相変わらず姿の変わらないパパはかっこいい。僕も大人になったらパパみたいになりたい。 「お前たちの弟が誕生するかもしれない。一緒に出かけないか?」 「やったあ!」  僕たちは大喜びした。僕はもちろん、パパとあまり出かけたことのない弟はとてもはしゃいでいる。大急ぎで僕たちは人間の格好をして、パパの後についていく。パパは男の人、僕たちは男の子。弟はまだ人間になるのが上手じゃないから、子供の姿でパパに抱っこされている。これでどこからどう見ても僕たちは仲の良さそうな微笑ましい親子だ。これで真っ昼間だったら、どれだけ真っ当な人間に見えることか。  僕らは月明かりと眩しい電灯の下を歩いていた。人間はこんなのがないと目が見えないなんて、なんて不便なんだろう。ああ、人間って本当に下等な生き物だな。 「パパ、その場所は遠いの?」 「いいや、案外すぐそこだ」  パパの言うとおり、すぐ美味しそうな匂いが漂ってきた。人間どもは馬鹿だから、まだ匂いのことに気がつかない。僕たちの賢い眷属が早速駆けつけているけど、こいつらはまだ匂いに反応しているだけだ。まだ仲間なんてものではない。 「ねえパパ、お腹が空いたよ」 「それじゃあ後で一緒に人間を食べに行こう」 「やったあ、約束だよ?」  僕はゾクゾクした。久しぶりにパパの人間狩りが見られるんだ。これから生まれるかもしれない仲間のことも嬉しかったし、パパが僕らを気にしていることも嬉しかった。 「そら、着いた。あまりはしゃぐなよ」  パパは僕らを人間の住む家の前に連れてきた。窓の隙間を探している僕と違って、小箱みたいな家の扉をパパが開けた。 「いいか、人間はここから出入りするんだ。扉の開け方は今度教えてやる」  今僕らは人間の格好をしているので、人間のように振る舞わなければならない。最近は僕も人間のことを大分覚えてきたけど、まだまだ覚えることがたくさんあるみたいだ。 「わかった、人間って難しいね」  僕らは早速人間の家の中に入った。いい匂いに釣られて先にやってきている眷属たちで既に家の中は大賑わいだった。 「うわあ、すごく楽しそうだよ!」  弟が一段と張り上げた声を出した。僕らにも眷属たちの声が聞こえてくる。  子孫。  子孫。  子孫。  子孫。  子孫。  楽しそうに子孫繁栄を試みる眷属の真ん中には人間の腐乱死体がある。僕らの名前が連ねてある魔方陣の上で事切れているそれの周りに集る眷属。腐乱死体からは死にきれていない魂の呻き声が聞こえてきた。  恨み。  辛み。  嫉み。  憎悪。  この世の人間を全て殺したい。  頭をかち割って回りたい。  あいつら全員死ねばいい。  おればかりが、こんな目にあって。  死ね。  死ね。  死ね。  死ね。  眷属の声と呻き声が混ざり合う。    子孫。  子孫。  死ね。  子孫。  子孫。  死ね。  子孫。  子孫。  子孫。  死ね。  子孫。  子孫。  子孫。  ああ、確かにこれは新たな弟が生まれるかもしれない。でもパパは少し残念そうな顔をした。 「ああ、ダメだ。この程度では無理だろう。こいつは眷属になれない」  パパが言うから、正しいのだろう。僕も弟もがっかりした。 「どうして眷属になれないの?」 「こいつの恨みは漠然としすぎている。人類全部を呪うなど、結局は己を呪うことと一緒だ。そんな魂は大変つまらない」 「それじゃあ、こいつはどうするの?」 「こんなくだらない魂は地獄へ捨てに行くのさ」  パパはニヤリと笑って、弟を僕に寄越すと「それ」に近づいた。パパに気がついた眷属たちはざっと逃げ出すが、逃げ遅れた馬鹿な奴らは全てパパに蹴散らされた。  ああ、悪魔。おれを助けてくれ。 「死んで命乞いをするような奴にあいにく興味はない」  パパは笑って「それ」に残された腐った魂を引きずり出した。この世のものではない叫び声が響き渡り、ぐちゃぐちゃと残っていた思念がきれいさっぱり消えた。部屋の隅で怯えていた眷属たちは再び元気になり、「それ」に群がった。  子孫。  子孫。  子孫。  子孫。  子孫。  魂の抜けきった「それ」は、ただの僕ら眷属の物に成り下がった。交尾をして卵を産み、「それ」を食って眷属は大きくなる。これだけの食物があれば、僕ら眷属は安泰だ。 「さて、それでは帰るぞ。久しぶりに地獄にも連れて行ってやる。楽しいぞ」  パパはそう言うと人間の姿から悪魔の姿に戻った。とてもかっこいい、僕の憧れのパパだ。僕も弟も悪魔の姿になって、たくさんの眷属に見送られて地獄へ向かう。僕も弟もまだ生まれてから日が浅い。弟なんか、生まれてまだ五十年くらいしか経っていない。  弟が生まれた日、僕もこんな風にパパと一緒に迎えに来た。それから僕がお兄さんだから弟を立派な悪魔にするように言われたんだ。僕だってまだ新米の悪魔だけど、パパみたいになりたいから頑張って悪魔の修行中なんだ。ああ、早くパパみたいにかっこいい悪魔になりたいな。  そして悪魔になる代償として支払った記憶をいつか取り戻して、パパに地獄に送ってもらった奴の魂を記憶の限り何度も何度も踏みつけるんだ。ああ、想像しただけで楽しみで楽しみで仕方ないや。踏みつけたところから内臓を引きずり出して、その内臓を何度も奴の腹に戻してやる。奴は殺してくれって言うかもしれないけど、魂だけの奴らが死ねるわけないんだよな。この世は先に恨んだモン勝ちなんだよなあ。  だけど、一体僕は何をそんなに恨んでいたのだろう。そんな思いが頭をかすめると、僕は弟の可愛い顔を撫でる。弟のカタキにも、僕が一緒に鉄槌を下してやる。そう、僕たちには可愛い眷属たちがたくさんついているんだ。もう怖いものなんか何もない。パパもよく言っている。恐怖や恨みに溺れることはとても不幸なことだって。だから一人でも多くの人間に恐怖を振りまくのが僕たちの仕事。最近の人間たちは容易に僕らを怖がる。その代わり、僕らの恐怖が通じにくくなってる気もする。もっと人間たちを怯えさせないとなあ。  地獄へ向かう間、パパが頑張っている僕らにさっき狩った雑魚の魂をくれた。甘ったれの人を殺す勇気もない、恨みもいい加減でスカスカの魂。僕は弟と半分に引きちぎった。やっぱりパパは大好きだ。僕もパパみたいな悪魔になろう。 〈了〉
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作者:秋犬
2026/10/22 • 👁 38回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
4229文字 約9分で読了

涙の使い方

 ある夜。  薄い雲をかき分けた向こうにある、こじんまりとしたカクテルバー。  柔らかい照明の灯った仄明るい店内。座っている客は皆それぞれに押し黙り、静かにグラスを呷っている。  そんな壁際の小さなテーブルで、レイは手の中の酒のグラスを見つめて重いため息をついた。  レイは、死神だ。  青白く透けるような頰や澄み切った氷の色をした美しい瞳に、豊かな表情は浮かばない。  そうだろう。生きているものの元へ赴き、死を喚《よ》び、その任務が無事完了するのを見届けるのが、彼女の仕事なのだ。  神だって、疲れた時は酒を呑み、ため息をつきたくなる。  いや——むしろ、神という仕事ほど苦痛に満ちたものはない。  淡い銀色に光る絹のような長い髪が、俯いた額にサラサラとかかる。  それを搔き上げることすら億劫で、レイはそのままテーブルにぐたりと上半身を預け、気怠げな頬杖をついた。 「あれ、キレーなお姉さんがいると思ったら、死神のレイ様じゃない」  不意に、向かい側の椅子がガタリと引かれた。  顔を上げると、そこにはふわりと真紅の華やかなドレスを纏った、なんとも可愛らしい女が立っている。 「——アイ」 「ねー、一人一人で飲んでもつまんないじゃな〜い? 私ここ来てもいーかなあ?」  レイの返事も聞かず、アイと呼ばれたその女は自分のグラスをどんとテーブルに据えてどさりと腰掛けた。相当に酔っているようだ。  何かあったのか、いつもはぱっちりとアーモンド型をしたエメラルド色の瞳は重たく曇り、その美しい唇は苛立たしげに歪んでいる。  柔らかくウェーブしたセミロングの艶やかな金髪も、今日は両手で掻き毟ったかのようにボサボサだ。  レイはすいとグラスを呷ると、ぞんざいな挨拶を投げかける。 「……いつも派手ね、その真っ赤なふわふわドレス」 「は〜? 好きでやってるんじゃないんですけど? 愛の女神って仕事ですからね、仕方ないんですよこの弾けっぷり。ってかレイ様の服がダークすぎるんだって。いっつもそんなグレー一色の最高級イブニングドレスみたいなの着てて楽しい?」 「楽しいわけないじゃない。あなたバカなの?」 「あはは〜、今頃気づいた?」  どこか投げやりな言葉が、それぞれの唇から流れ出す。 「……ってかさ」  グラスをぐいと飲み干し、アイが改まった声を出した。 「なんか、レイ様らしくないんじゃない? いつも冴え冴えとした無表情を崩さない、美しい死神様がこんなとこで酒飲んでため息ついて」  レイは横目でアイを見ながら、抑揚なく返事を返す。 「いろいろあるの。ただただ幸せがぎっしり詰め込まれた『愛』を扱ってるあなたなんかにはわからない、いろいろがね」 「……へえ」  レイのそんな言葉に、アイの眉がぎゅっと険しくなった。 「そういう、『私の苦悩は誰よりも深い』みたいな態度、すっごくムカつく。  苦しいのは、あんただけじゃないわ。  私だって——  私だって、幸せばかりをばらまいているわけじゃない」  カツンとグラスを乱暴にテーブルへ打ち付け、アイは表情を歪めた。 「——今日は、私の届けた愛のせいで、女が一人死んだ」 「——……」  その言葉に、レイは顔を上げてアイを見つめた。 「その男へ私が届けた愛は、『裏切りの愛』だった。  夫が妻以外の女へ向ける、その愛よ。  彼女は、夫の心がもう自分の元へは戻ってこないと思い込み、自ら命を絶った。  私は、ボスから指示された通りに、指定の宛先の人間に『愛』を配達するだけ。受け取った愛をどう扱うのかは、彼ら人間たちの仕事よ。  愛が怒りや憎しみ、悲しみを引き起こす時の凄まじさを、あなたは知らないでしょう?  ——愛が幸せだなんて、決めつけないで」  目の前のグラスを睨むアイの目が、ぶわりと滲む。 「私もあなたも、結局一緒よ。定められた運命を受け入れなければならない人を、ただ見守るだけ……」 「ごめんなさい、アイ」  レイは静かに銀の髪を崩し、アイに深く頭を下げた。  そんなレイを見て、アイはぱっと優しい笑みを作った。 「こういう仕事は、嫌よね。お互いに。  ……レイ様も今、何か悩みを抱えてるんじゃない?」  いつもは、決して弱音を吐くことなどないのだが——アイの温かい微笑みに微かに寄りかかるように、レイは小さく呟いた。 「……今、私が受け持っている人が、とても優しい人で……  優しいのに、不運ばかりを味わってきた人なの」 「……」 「彼は、全部あげてしまった。彼の優しさと愛情深さにたかり、利用するだけの人々に。  彼らは、奪うだけ奪うと、彼を置き去りにして去っていった。  彼はいつでも、黙って微笑んで——それが、彼の人生だった」  テーブルの上に置かれたレイの拳が、ギリギリと固くなる。  小さく震えるその拳を、アイはじっと見つめた。 「彼はもう、病院のベッドから起き上がれない。  彼をそういう状態にしたのは、私。  でも——これ以上、耐え切れないの。  彼の命を断ち切るのが、私の仕事だなんて……」  レイは深く項垂れると、顔を両手で覆った。  しばらく黙り込んだアイは、何かを思いついたようにふっと微笑み、穏やかな眼差しでレイの肩に優しく手を置いた。 「レイ様。  あなたには、まだできる仕事があるわ。  彼には、もう少しだけ、時間があるんでしょう?  その時間を、彼に寄り添って、思い切り幸せを届けるの」  予想していなかった言葉に、レイは顔を上げ、零れそうに涙を湛えた瞳でアイを見つめた。 「レイ様は、彼の病室で、いつもどうしてるの?」 「……ただ、部屋の隅に立って、俯いているだけよ。  私の力のせいで、彼が衰えていくその様子なんて、見ていられるわけがない……」 「あー、それじゃますます部屋が暗くなっちゃうじゃない!  そうじゃなくて。あなたが彼に寄り添って、幸せを届けてあげたらいいのよ。今生きている瞬間が幸せに満ちるように。  暖かい陽射しを注いだり、心地よい風を運んだり、花や鳥を呼び寄せたり。  あなたは強大な力を持つ死神。そのくらい、簡単でしょう?  そして——本当に悲しい時は、彼と一緒に涙を流すの。  今流してる涙を、その人のために使うのよ。残された時間を生きるその人の、幸せのために。  どうかな? 私、愛のことはあなたよりもちょっと知ってるから。  ささやかでも、そういう温かな愛をもらえるって、とても幸せなことだわ」 「……アイ……」  先ほどとは見違えるほどに輝き始めたレイの表情を、アイは優しく見つめて微笑んだ。  夜が明ける前に病室へと戻ったレイは、アイの言葉を思い返しながら、部屋の隅に立った。  日の出の時間がきたが、窓の外は明るくならない。  そう言えば、ここ何日も分厚い雲が空を覆い、冷たい秋雨がしつこく降り続いていた。  レイは眼差しを空へ向け、ふっと微かにその唇から息を吐いた。  その瞬間、重く垂れ込めていた雲が猛烈な風に吹き飛ばされるように、一瞬にして空に大きな切れ目ができた。  雨が止み、眩しい朝日が雲間から窓へ降り注ぐ。  レイが窓へ向けて微かに人差し指を払うと、すっと音もなく病室の窓が開く。  秋の穏やかな風が、ベッドで眠る痩せ細った老人の髪をそよがせ、その削《そ》げた頰を撫でた。  力なく閉じていた瞼が、微かに動く。  老人はうっすらと目を開けた。  輝く朝の日差しが、もうずっと光を取り込んでいなかった彼の虹彩を優しく照らした。 「……ああ。  心地いい」  皺に覆われ、乾ききった老人の唇が、微かに微笑んだ。  その朝から、レイは変わった。  死神の存在など、人間にはもちろん見えはしない。  レイは少しずつベッドに近寄り、彼の顔をじっと見つめた。  重たく憂鬱な雲が近付こうものなら、空へ両手をかざして一片残らずその影を追い払った。  柔らかいちぎれ雲。箒《ほうき》ではいたような淡い雲。  彼の心を癒す色と形をした美しい雲を、いくつも空に描いた。  穏やかな日差しと爽やかな秋風が、毎日病室に満ちる。  木々に鳥達の囀りを満たし、たくさんの赤とんぼを窓の外に招いた。  無数の透明な羽が、風に乗りながらキラキラと輝く。  それらの景色を、老人は静かに眺めた。  そして、その度に瞳を微かに輝かせて微笑んだ。 「ああ……楽しかった子供の頃のようだ」  穏やかなその呟きに、レイはこみ上げそうになる涙を必死に押さえ込んだ。  まだだ。  まだ、その時じゃない。  それから数日経った夕方。  日が傾き、病室にも薄暗い闇が少しずつ近づく。  いつもならもう老人が眠り始める時間なのだが、今日はその気配がない。  レイは、彼のベッドへと近づいた。  老人の様子を見て、レイは青ざめた。  彼は、何かを手探りでもするように、弱々しく空中へ手を差し伸べている。 『レイ。彼の手を取りなさい』  突然、指令が下った。 「ボス」からの、冷酷な指令が。  ——自分がその手に触れる瞬間が、終わりの時なのだ。 「嫌だ……  嫌。もう少しだけ」  首を小さく横に振りながら、レイは震える声で呟く。 「ありがとう」  不意に、ベッドから細い声が届いた。  思わず、枕元に駆け寄る。 「ありがとう——  この国にはね、いい言葉があるんだ。 『終わり良ければすべて良し』ってね。  あなたのおかげで——私は、幸せになれた。  ——ありがとう」  人間に、私が見えるはずがない。  彼の視界と意識は、もうすでに混濁し始めているのかもしれない。  けれど——その目は、まっすぐに私を見つめている。  その顔は、私に向けて、微笑んでいる。  レイは、自分の手を伸ばし、彼の細い手をしっかりと握った。  溢れ出てくる涙を、抑えることができない。  両手で彼の手を強く包み、しゃくり上げながら頬を摺り寄せた。  その骨ばった指を、レイの涙が濡らす。 「ああ。……とても温かいね。  私は、幸せだ」  微かにそう唇を動かすと——老人は、静かに目を閉じた。  彼の魂が、沈む太陽の光に照らされて静かに夕空を昇っていくのを、レイは涙を止めることもせず見送った。 *  ある夜。  薄い雲をかき分けた向こうにある、こじんまりとしたカクテルバー。  壁際の小さなテーブルでお気に入りの酒をオーダーし、アイは何気なく窓の外を眺めていた。  今日は、若くて可愛らしい女の子に愛を届けてきた。  あの優しい男の子と二人で、大きく実らせてくれたらいいけど。  ふと、向かい側の椅子が静かに引かれ、アイは顔を上げる。  そこには、銀色の髪をさらりと落としながら微笑む、美しい女がいた。 「——真っ赤なドレスの女が、私に教えてくれてね。  涙が、誰かの幸せのために使えるんだって。  聞いたときは、信じられなかったけど——それ、本当だったわ。  今夜は、その話を聞いてくれる?」 「ええ。いくらでも」  アイは、弾けるような笑顔で死神の微笑に応えた。                       <了>
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作者:aoiaoi
2026/10/22 • 👁 15回 • 💬 1件
コメディ・日常
290文字 約1分で読了

自動人形

私は呪いのお人形……なんだけど! 最近自動人形というやつが発売されたせいで、私が動いても驚く人間が一人もいなくなっちゃった。ひどいと思わない? 話しかけても髪が伸びても誰も驚かないのよ! というか私に話しかけてこないでよ!そこの自動人形! えっ?あんたも呪いの人形だって? ごめんてっきり、いわゆる自動人形っていうやつかと思った。 えっ?呪いの自動人形?それ、普通の自動人形と何が違うの? しゃべって動くのは自動人形でもできるんだから、どういう部分が呪いなの?えっ!?持ち主を不幸にする?怪我をさせちゃう? あんたなんでそんなひどいことするの? 呪いの人形だから? ……私そんなひどいことしないもん!
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作者:しとえ
2026/10/22 • 👁 26回 • 💬 0件
恋愛
1976文字 約4分で読了

花を装う

 政治なんてつまらない。常に腹の探り合い。  王女に生まれたら、問答無用。すれ違う人どころか、世話をしてくれる使用人、血の繋がった家族相手であっても、油断などできはしない。  愛だとか恋だとか信頼だとか、無縁の世界。胸がときめくことも、熱くなることもない。常に冷たい刃を研いで置かねばならぬ、そんな世界。  髪のセットが仕上がったとのことで、レギーナは本を閉じた。くたびれた表紙。黄ばんだ紙。何度この本を読んだことだろう。内容は当然覚えている。それなのに開くのは、この本の文字を追うのが、うんざりする時間の気を紛らわすのにちょうど良いからだ。 「殿下は、真にその御本がお好きですね」  髪を結ってくれていたメイドが、呆れ混じりに声をかける。馬鹿にされているのは、お見通しだ。この本は巷でも有名な少女向けの恋愛小説。それを愛読しているなんて夢見がちだとでも思っているに違いない。  だが、レギーナは無邪気な小娘を装って、花のような笑みを作った。 「だって、とっても美しい物語なんですもの。白馬の王子様との恋……女なら誰しも憧れませんこと?」  あえて主語を大きくし、目を瞬かせながら振り返る。無知な演技は、過剰なくらいのほうが効果的。 「ええ。そうでございますね」  子どもを見るような生温かい視線。十七の乙女に向けるものではなく、心底侮られているのを感じる。あまりに簡単で、取るに足らない相手だ。……まあ、このくらいのほうが、気を揉まなくて良い。そんなことを考えながら、レギーナは本の表紙を撫で、うっとりと溜め息を吐く。 「旦那様とも、このような素敵な恋ができると良いのですけれど」 「ええ。きっと」  おざなりな返事のあと、立つように促される。髪が終わったのなら、次はドレス。ゆるりとしたネグリジェを脱がされて、コルセットを締め上げられる。体型が整ったら、着せられるのは真っ白なドレス。上質な絹と細かな刺繍のAラインは、レギーナの〝少女性〟を飾り立てている。  今日、レギーナは結婚する。  お相手は、隣国の公爵。もちろん、政略結婚だ。会ったこともない相手。十一も歳上であるということくらいしか、レギーナは知らない。  ただ、隣国は今、後継者争いの最中であるという。その公爵様が、他所の王女を手に入れることで、争いの優位に立とうとしていることは、想像が付いた。  レギーナはもう一度溜め息を吐いた。演技ではなく、憂鬱を紛らわすために。  王族に生まれた。それだけで、ずっと権謀術数の最中に身を置いていた。利用するか、されるか。どちらかしかない世界で生きてきた。都合の良いように扱われるのは嫌だったので、馬鹿のふりをして相手をさりげなく転がすことでどうにか凌いできたのだが、さすがに自分より立場が上の者には、どうあっても歯が立たない。  この婚姻は、王太子である兄が進めたものだった。  本当に嫌になる。血の繋がった家族であってさえ、これだ。  親子の情、兄弟の情。愛だの、恋だの、総てが幻想。国益の前に、そんなものに価値はなく、夢見ることすら愚かしい。  ――でも。  絨毯の敷かれた回廊を行く最中、ふと窓の外を見る。麗しき庭木の向こうには、城と街を隔てる壁があった。あの向こうには、レギーナが手に入れられない総てが、幻想でなく確かに在る。手にできる保証はないかもしれないが、物語のような展開を望むくらいは許される世界があるのだ。  空を鳥が翔けている。城を囲む高い壁を容易に飛び越えて、夢ある場所へと消えていく。  レギーナは、冷たい籠の中で見送るだけだ。 「殿下」  呼ばれ、我に帰る。レギーナは笑みを作って、苛立ちを隠そうとする女官たちを振り返った。 「良いお日柄ね。なんて素敵な日なのでしょう」  頭に花が咲いているとしか思えない言葉を紡ぎ、足取りを軽くしてみせて、式の会場に向かう。  観音開きの入口で初めて顔を合わせた旦那様は、なんとも冷めた目をした男だった。口元は作り笑いすら浮かべることなく。道具を見るような眼差しで、レギーナを見定めた。鍛えているのか、武骨な身体。だが、隙が見えないのは、武芸に通じているからではないのだろう。  手強そうな相手だ。頭の中が冷えていく気分を、レギーナは味わった。白馬の王子様など夢のまた夢。結局自分は、政略の世界から逃れることなどできないのだ。 「はじめまして。旦那様」  芳しい花の匂いを吸い込んだときの気分を呼び起こし、幸福な未来に胸を膨らませた純心な少女を身に降ろして、レギーナはドレスの裾を広げた。 「改めまして、レギーナと申します」  白いドレスに包まれるのは、真っ黒な腹の内。隣国の後継争いに一石を投じるのが、王女に当てられた務め。 「どうか、わたくしを、大事にしてくださいましね?」  言葉の裏に隠したのは、宣戦布告。  甘い物語の書かれた本を携えて。花の中にナイフを隠して。  レギーナは、彼の寝首を掻くために、嫁に行く。
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作者:森陰五十鈴
2026/10/22 • 👁 12回 • 💬 0件
コメディ・日常
139文字 約1分で読了

待ち望まない知らせ

チャットに新着通知が届く。姉からスタンプが来ていた。「向かっています!」を目にして、ついついため息が出る。可愛い妹をずいぶん待たせたじゃない。ぼやきながらも、涙がぽろぽろ流れてしまう。あたしが来てから、たった十年だなんて。でもいいよ、観光スポットを案内したげる。ここ、天国のね。
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作者:有賀慧
2026/10/22 • 👁 10回 • 💬 0件
コメディ・日常
2228文字 約5分で読了

豪運の棋士

アマチュア将棋界に、奇妙な噂の絶えない男がいた。 彼と盤を挟む者は、なぜか決まって不運に見舞われる。 ある全国大会常連のベテランは、初心者でも気づくような簡単な詰みを見落として、自玉を頓死させた。ある元奨励会員は、秒読みの緊迫した局面でチェスクロックのボタンを押し損ね、切れ負けした。 対局中に突然の激しい腹痛に襲われて途中棄権を余儀なくされた者もいれば、乗っていた電車が止まり、大遅刻して不戦敗になった者すらいる。 棋譜を並べれば、序盤研究で差をつけられ、苦しい局面を迎えることが多いと分かる。それなのに、ここぞという場面で相手が勝手に転んでしまうのだ。 いつしか周囲は、畏怖と皮肉を込めてこのアマ強豪をこう呼ぶようになった。 「豪運の棋士」と。 ​乾いた駒音が静かな部屋に響く。 自宅の和室で、彼は一人、将棋盤に向かっていた。 彼の手が伸び、自分の陣地にある銀を動かした直後、今度は向かい側の陣地にある歩を自らつまみ上げ、パチリと進める。傍目には一人二役の研究にしか見えない光景だが、彼の視線は盤の向こう側、誰もいないはずの空間に座る「男」を捉えていた。 ​「……そこは手堅く受けるんだな」 ​彼の言葉に、古びた着物をまとった天才棋士の幽霊は、涼しい顔で頷いた。 ​「当然です。あなたのその手は、次の狙いが露骨ですからね」 幽霊の姿が見え、その声が聞こえるのは、この世で彼一人だけだった。 ただ将棋が指したいという強い未練だけで現世に留まっていた幽霊は、彼と出会い、将棋の手ほどきをした。 「どこかで聞いたような話だな」 そう言って、彼は幽霊の存在をあっさりと受け入れた。 彼にとって幽霊は師匠であり、同時にいつでも好きなだけ盤を挟める練習相手でもあった。 だが、二人の関係は美しい師弟愛などという言葉で括れるものではない。 かつて、地元の大会に出始めたばかりの彼が予選で連敗し、腐りきっていた時期があった。 「もう将棋なんて指したくない。お前とも二度と指してやらない」 そう言って駄々をこねた彼を前に、幽霊は焦った。彼に将棋をやめられてしまえば、幽霊は再び孤独な日々へと逆戻りしてしまう。 将棋を指し続けたい。その一心で、幽霊は禁忌を犯した。 次の大会の対局に立ち会い、霊力で相手のチェスクロックの反応を狂わせたのだ。結果は相手の時間切れ負け。久しぶりの白星に、彼は機嫌を直した。 しかし、何度か同じような奇妙な勝利が続いた頃、彼はそのカラクリに気づいた。そして、幽霊の弱みにつけ込むようにこう言い放ったのだ。 「次の大会も、危なくなったら手を出せ。嫌なら、もうお前とは指してやらないからな」 それ以来、二人は共犯となった。 とはいえ、彼もただ楽をして勝ちたいわけではない。自分の力だけで勝った方が嬉しいに決まっている。だから彼は、普段の対局では手出しを禁じ、代表選抜や本戦トーナメントの勝ち上がりがかかった「どうしても負けられない場面」でのみ、幽霊に不正を命じるようになっていた。 「……ここまでか。俺の負けだよ」 「悪くない中盤でしたが、終盤で少し焦りましたね。あなたらしくない」 「うるさいな。お前が相手だと、どうしても無理攻めになるんだよ」 ​彼は苦笑しながら駒を片付け始め、ふと手を止めて幽霊を見た。 「でもまあ、先週の大会は助かったよ。完全に俺の負け将棋だったのに、相手があんな簡単な王手飛車の筋を見落とすなんてな。お前が相手の目でもくらませたんだろう」 幽霊は何も答えず、ただ曖昧に微笑んだ。 彼は駒を箱にしまいながら、少し真剣な声色で続けた。 ​「明日はいよいよ全国大会だ」 ​彼は盤の向こうに座る幽霊の目をまっすぐに見つめた。 「もちろん、自分の力で勝つつもりで指す。だが……いざという時は、また頼むぞ。断ったらどうなるか、わかってるよな」 ​脅しを含んだその命令に、幽霊は静かに目を伏せ、恭しく頷いてみせた。 「ええ、心得ています」 その返事を聞いて満足したように、彼は立ち上がり、明日の遠征に備えて部屋を出ていった。 襖が閉まり、部屋に静寂が戻る。 一人残された幽霊は、主のいなくなった将棋盤を見つめながら、誰に聞かせるでもなく心の中でつぶやいた。 ​(……もうずっと、私は不正などしていないのですがね) ​幽霊の助けを借りて勝ち星を重ねるうちに、彼は自信を持って指せるようになり、その過程で実際の棋力もどんどん伸びていった。 ​さらに言えば、周囲が「豪運の棋士」を意識するあまり、対局相手が勝手にプレッシャーを感じて自滅するようになっていた。 「また何か不吉なことが起こるのではないか」「見えない罠があるのではないか」と疑心暗鬼に陥り、幽霊が指一本触れずとも勝手に転んでいく。 先週の大会も、相手が彼の気迫と異名に呑まれ、勝手に錯覚して自滅しただけの話だった。 彼の実力は、とっくに全国トップクラスの本物になっている。 にもかかわらず、世間はいまだに彼を「豪運」と呼び、彼自身もまた「大事な場面ではズルをして勝っている」と勘違いしたままなのだ。 ​ (まあ、いいでしょう) 現状がこれほど上手く回っている以上、わざわざ真実を伝えてやる必要はない。何より、こうして彼が自分を必要とし、毎日将棋を指してくれる今の暮らしは、幽霊にとって実に心地よいものだった。 明日の全国大会も、彼はきっと自分の力で勝ち切るだろう。そして帰宅後にはまた、自分の手柄ではない勝利の礼を言いに来るはずだ。 幽霊は声もなく笑い、明日の対局を静かに待つことにした。
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作者:さくら
2026/10/22 • 👁 26回 • 💬 0件
コメディ・日常
1794文字 約4分で読了

水音の向こうに

アイガー北壁に午後の光が残り、グリンデルワルトの谷に長い影が伸びていた。黄金色のカラマツが風に揺れ、牧草地からカウベルの音がひとつ、遅れてもうひとつ届く。  私は木組みのシャレーが並ぶ小路で、木彫りの水飲み場《ブルンネン》にマイクを向けていた。丸太をくり抜いた水槽には、氷河の雪解け水が絶え間なく注いでいる。欲しいのは、水が木を打ち、石を伝う音だけだった。  トク、トク、と水が跳ねる。  そこへ、登山客のトレッキングポールが石畳を叩く音が重なった。背後では、村人が誰かに挨拶をしている。私は録音を止め、ヘッドホンを外した。 「また、人の声が入っちゃった」 「それ、入れちゃいけない音ですか?」  声のしたほうを見ると、タブレットを抱えた少女が立っていた。画面には音声編集ソフトが開かれ、いくつもの波形が並んでいる。 「仕事で録音をしているんですか?」 「音響編集の仕事よ。今は水の音を録っているところ」  少女は水槽に目を向け、それから手元の画面を見せてくれた。 「学校の課題で、村を歩きながら聴く音声ガイドを作っているんです。観光名所の説明だけじゃなくて、目を閉じても、その場所にいる気分になれるものにしたくて」  画面にはブルンネンの写真と、録音した水音の波形が並んでいた。その下には短い説明文がある。 「でも、水の音だけだと、どこの水場でも同じに聴こえてしまって。さっきの鈴や人の声も録ったんですけど、何を残して何を削ればいいのか、わからなくなってしまったんです」  少女は私の録音機を見た。 「人の声が入ると、やっぱり邪魔ですか?」 「今回、私が録りたいのは水の音だから。でも、あなたのガイドに必要かどうかは、別の話かもしれない」  そう答えながら、私は水槽の向こうに目をやった。  空のポリタンクを並べている老人がいた。少し離れた花壇では、宿の主人がじょうろを傾けている。老人が何か話しかけ、主人が顔を上げて笑った。  少女は録音機を水槽から離し、二人のほうへ向けた。 「この人たち、毎日ここに来るんです。水を汲んだり、立ち話をしたり。観光案内には載っていないけど、こういう時間も村の一部だと思うんです」  老人がポリタンクを石の上に置いた。底が触れて、乾いた音がした。  私はヘッドホンを耳に戻した。水音の奥に、その音が残っている。 「だから、もう一度録りたいんです。今度は水だけじゃなくて、ここで暮らす人たちの音も。ノラさんが録った水の音と、私が録る音を聴き比べたら、何を残せばいいか見つかるかもしれない」  少女の言葉に、私は録音機を見下ろした。  水音だけをきれいに録るなら、マイクの向きを変えればいい。人の声が届かない時間を待つ方法もある。仕事では、そうやって必要な音を選び取ってきた。  けれど、少女のタブレットに並んでいた波形には、水音のほかにもいくつもの音が記録されていた。 「じゃあ、少しだけ録り方を変えてみようかな」  私はマイクの角度を広げた。  木樋を滑る水、飛沫の細かな音、タンクの底が石に触れる響き。遠くではユングフラウ鉄道が谷を抜けていく。カウベルが鳴り、誰かが「またね」と言った。  録音を終えると、私は少女にヘッドホンを渡した。 「聴いてみる?」  少女は片耳に当て、しばらく画面を見ずに聴いていた。 「ずっと鳴っていたんですね、水って」 「うん。人の声がしても、列車が通っても」  今度は少女の録音を聴かせてもらった。  水音は遠くで細く続き、その手前で人々の声や足音が交わっていた。老人がポリタンクを置く音のあとに、宿の主人の笑い声が聞こえる。少し間を置いて、また水が跳ねた。  少女はタブレットを操作し、同じ箇所をもう一度再生した。 「……水、ちゃんと入ってる」 「小さいけどね」 「でも、これなら、ここに来たことがない人にも伝わりそうです」  少女は音声ガイドの編集画面を開いた。水場の由来を説明する文章の下に、短い一文を書き加える。  ――この水場では、今日も誰かが水を汲み、誰かが立ち話をしています。  私はその文章を読み、ヘッドホンを耳に当て直した。  水音の奥で、タンクが鳴った。鈴が響き、誰かが笑った。  帰り道、私は街の音に耳を傾けた。  石畳を踏む音。シャレーの窓の奥で、皿が触れ合う音。坂の向こうから届く牛の鈴。風に揺れるカラマツの葉が、かすかに擦れ合っている。  どれも録音するつもりはなかった。  小路の奥で、水がまた鳴った。  私は振り返らず、その音を聴きながら歩いた。  
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作者:TakaTuki
2026/10/22 • 👁 25回 • 💬 0件
コメディ・日常
990文字 約2分で読了

ノラ・ジョーンズを聴きながら

 僕の友人リュウジは宇宙人だ。  中肉中背のそいつは毎朝通便の報告をLINEしてくるようなタイプで、運転は買って出るタイプで、最中は延々とFMラジオをご機嫌に垂れ流し、プレイリストをかけようものならあからさまに無言になり、3秒中2秒は脇見運転をして景色を楽しむタイプだ。  車は僕の所有物なのだけれど。  定期的に開催されるリュウジ主催のバーベキューは乾杯と同時にノラ・ジョーンズがBGMに採用され、それはランダムで繰り返し流される決まりだ。ごく稀にフランク・シナトラのMy Wayが入る。  だから、最初の一枚が焼ける前に 「10年後もこうやってみんなで集まりたいね」  のようなしんみりとしたセリフを誰ともなく発するハメになる。  僕の友人リュウジはとても優しい。  ある日コスモス祭りに行った時、散々道に迷った挙句、季節外れの炎天下を30分歩き、女の子の一人が顔面蒼白になっていることに気付くと 「もう子どもじゃないんだから具合が悪いなら自分で言わないと」  と言い聞かせ、蚊の鳴くような 「ごめん」  を引き出し、コスモスをしっかりスマホに収めた後、法定速度を10キロ下回る速度でコンビニを探す。  僕の友人リュウジはめちゃくちゃモテる。  理由は分からないが中学で出会って以来大学生の今まで彼女が途切れたことがない。しかも全ての元カノとも未だ親密な友人関係にあってバーベキューには必ず元カノの何人かが参加する。  その日のリュウジ主催のバーベキューでのこと。  食事後の焚き火の雰囲気がようやくノラ・ジョーンズに追い付いた頃、僕の友人リュウジは姿を消していた。  気になった僕は彼を探しに行くと山中も山中の木々の隙間で両手を上げ仁王立ちしているリュウジの後ろ姿があった。僕は音を立てずに踵を返した。  僕の友人リュウジはとても気が効く。  バーベキュー解散後、深夜近くに僕の家に着き、リュウジはいそいそと荷物を僕の部屋へと上げ 「疲れてるだろうから座ってろよ。オレがやるから」  と言い、汗を床に滴らせながら、1時間かけて荷下ろしをしてくれる。  少しでも手伝おうものならあからさまに無口になるので僕はただ座って絶妙なバランスで珍妙なシルエットに積み上がる荷物を眺める。 「じゃあ明日また大学でな! 早く寝ろよ」  とリュウジが手を振ったのは午前1時過ぎで、僕の友人リュウジはUFOに乗って深夜の住宅街上空にノラ・ジョーンズをうっすらと垂れ流しながら帰っていく。
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作者:珈琲時間
2026/10/21 • 👁 37回 • 💬 1件
SF・ファンタジー
1052文字 約3分で読了

月夜に想ふ

八月の夜 ふと 夜空を見上げると月がとても綺麗だった 薄く輝く月灯りは吸い込まれそうなほど 本当に美しく そしてどこか 懐かしい感情を覚えた 何故 月を見るとこんなにも美しく感じるのだろう? 何故 月を見るとこんなにも愛おしく思えるのだろう? そこには実は ちゃんとしたワケがある そのむかし… それは本当に 遠い遠いむかしのお話 地球人と金星人は深く愛し合っていた 『愛と美』を象徴とするこの惑星は 長い歳月をかけ 地球人との確かな愛を育んだ しかし 地球と金星とでは距離的に遠く 当時のテクノロジーをもってしても 信号を送り合うには 技術的に難しかった 何か手はないものだろうか? お互いを想う地球人と金星人は考えた そこで 計画し造られたのが 現代で呼ぶところの月である 地球と金星の距離では信号は届かない ならば 電波塔の役割を持った人工の衛星を打ち上げ 中継局として 信号を増幅させる事を考えた そうして造られ 打ち上げられたのが月なのである 計画は上手くいき 地球と金星は 月から届く信号を下にさらなる親睦と愛情を深めた それが 遠い遠いむかしにあった 地球と金星 そして月との関係なのである そして その関係は長く永く続いたが 何事にも終わりはやってくるように やがて転機が訪れる 地球にも遠い未来 いつかは寿命がきて人が住めなくなるように 金星にも星としての寿命がきた 地球よりも遥かに先に 金星人は星を棄て 移住する事を余儀なくされる しかし それは簡単な事ではなかった 現代科学が 未だに宇宙人とのコンタクトを取れずにいるように 人類が住める星というのは 今も当時もそう易々とはないのである 結局 金星人が見つけ出し 移住先に選んだ星は それはそれは 地球からは遠く離れた惑星だった 月があっても 電波も信号も届かないほどに 地球人も金星人もそれを大層 哀しんだが 残念ながらそこにもう 選択肢はなかった そうして 金星から人々は去り 役目を失った月と 誰も住まない金星だけが残された …… 月を綺麗と感じるのは そうした 金星を愛した祖先の遠いむかしの記憶と 地球人の遺伝子に刻まれた 月に向け金星に向け送った 確かな愛情の証なのである そして 歳月は流れ 今日における 金星の温度は約460度 今では 人の住める環境ではなくなってしまったけれど 月はかつて地球が 金星を愛したその名残として 今も夜空に 燦然と輝くのである (現在でも 月の中核 アポロ計画では届かなかった 地中の奥深くに 月本来の役割である 電波塔の機能は確かに存在している おそらく まだ動くだろうと思われるが いつかの未来 人類が再びそれを発見し 再び人の手で稼働させる日がやって来るものと きっと 私は信じている)
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作者:lue
2026/10/21 • 👁 22回 • 💬 0件
その他
3929文字 約8分で読了

沈降

「もし、私の骸が水底に沈んでしまったその時は、貴方が私の声を拾い上げて下さいませ――」  これは恋なぞではない。契約だ。  俺達は、もしも沈没船になってしまった時、互いにその遺体へ残留した言葉を聞き届けるという契りを交わした。  そして俺は、こいつのためならどんな深海にでも潜行してやろう。そのような心地になっていた。俺もまた、こいつになら暴かれてもいい。そう思ったのだ。  探偵なぞを生業にしていると、奇妙な縁を結ぶことがある。その女との出会いは、友人である刑事の依頼から始まった。  俺は辣腕で通っているんだ。ただ、不良なもんで碌な仕事は回ってこない。それを見兼ねた友人が時折、俺に仕事を依頼――押し付けてきた。  拒絶しようにも金が無い。だから俺は、女の住処であるという森の奥へと歩を進めていた。  手土産は遺骨。昼間であるにも関わらず、木漏れ日も殆ど差し込まない鬱蒼とした森を進んでいく。足音は立たず、たまに微風に揺蕩う木々の囀りが鼓膜を震わせると、海底へと沈降していくようでもあった。  やがては、この囀る木々の声色すら、俺の耳に届かなくなるのかも知れない。  そのような妄想を意識の片隅に、俺は奥底へと足を伸ばす。  やがて辿り着いたのは寂れた小屋だった。  さては退屈凌ぎとして肝試しにでも駆り出されたか。そのような雑念を思い浮かべながら、紫煙を燻らせる。火種を潰し、ドアを叩いた。  軋む音を引きずりながらドアが開く。  耳心地の悪い音へ意識を割かれながら、ドアの隙間を注視した。  暗中から浮かび上がったのは細腕だった。白皙の肌の有様を、雪や白磁、あるいは花になぞらえることはよくある。俺が思い浮かべたのは、それらではなかった。  まず、靄を思い浮かべた。冥々とした森の中を漂う朝靄。そのようなものを想起していると、女が姿を現した。  幽鬼。  肝試しで対面した女に、このような比喩は陳腐だろうか。しかし、そのような形容がしっくりと来る。  その白肌から連想したのは虚弱ではない。しかして光明を彷彿とはしない。  実在感が極めて希薄なのだ。この暗がりに溶け込んでしまいそうな白い肌の女は、夜暗を切り取ったような黒いドレスを纏っていた。  結われたアイボリーホワイトの長髪がドレスに垂らされている。その有様は、清流を思い起こさせた。  友人の紹介で訪れた事を告げる。  こちらを向く女の目元は布切れで覆い隠されていた。が、視線を錯覚する。珊瑚ピンクで彩った唇が解けた。 「どうぞ」  女に先導され、俺は止めていた足を運ぶ。ドアが閉じて、不気味な小屋に飲み込まれた。  俺の受けた依頼はこうだ。  森の奥に住むイタコに遺骨を渡し、その声を聞いてくること。  遺骨は俺が解決に助力した事件の被害者であった。  犯人は逮捕されたものの、その全てが詳らかになった訳ではない。死者の声を届けるというイタコの力を借りて、被害者の声を遺族に届けるのが目的だとのことだった。  死人に口なし。そのため、可能な範囲で白日の下に晒すのが、俺たち探偵の仕事だ。その口を借りる人間がいるのだというのだから、とんだオカルトである。  そして、その黄泉と現世を繋ぐ水先案内人の正体が、この亡霊のような麗人だというのだから、御大層な怪談だ。  俺は前方で揺らめく靄から目を離せなくなっていた。  それが、単純に正面へ視線を放っていたからでないことは、知覚していた。清艶だ。そのような感情が、俺の意識へ浮かび上がり始めていたのである。  俺が我に返ったのは、女のか細い声によってだった。不思議な声色だ。柔弱だが、まるで水面を渡る波紋のように、すんなりと聞き入る事が出来る。  俺は女に促されて、彼女と向かい合って座り、遺骨を渡した。 「この遺骨の人物の声を聞きたい。遺族は真実を求めている」  女は遺骨を受け取ると、此方を向いて口を開いた。心なしか、口角が浮かび上がっているようにもうかがえる。 「私は、再生機でございます。この骨に録音された御声をリプレイするのみなのでございます。ですから、必ずしも私の言葉が、要求を満たすとは限りません」 「ああ、分かっている」  真実が理想の通りでないことくらいは、百も承知だ。女の口角が、更に浮かび上がる気配がした。口を開く。 「では、拝戴いたします」  刹那である。  珊瑚ピンクに彩られた女の唇が、骨片を抱擁した。  俺は忘我しながらも、その女の有様へ瞳を釘付けにされていた。  異質な光景であることが一つ。そしてもう一つは女が変質したからである。  喉を震わせた女の容貌が、徐々に明瞭となっていった。  呼吸をしているだけだ。音もなくゆったりと。  判然としなかった女の実在感が、息吹を吹き返すように、迫真性を孕んでいく。  この呼吸は、脈動は、鼓動は、誰のものだ――?  一度枯れてしまった花が、萌芽して開花する手筈を、目の当たりにしているような錯覚を受けた。  そして俺は花が咲いた瞬間を目撃する。  目元を覆う布に諸手を当てて外す。伏せていた顔をこちらに向ける。長い睫毛がゆっくりと浮かび上がる。  秘匿されていた女の双眸が露わになった。  それは正しく再現だった。  変化したのは語調ばかりではない。息遣いも変調をしているが、彼女が掬い上げているのは『声』のみだ。口元から言葉が漏れ出し、双眸を震わせても、そこに想念は波を打っていなかった。  女は――いや、再現された被害者は、事件の経緯を細大漏らさず、口述した。深海へ沈没した『船』の内面が、女の声で漏れ出し、水泡の如く浮かび上がる。  俺は、口を挟むことなく、述懐へ耳を傾けていた。  女が言葉を漏らすたびに、沈思していったのだ。  やがて、いか程の時間が経過したのか。  俺がはたと知覚したのは、瞳を瞑る女の姿だった。  紫煙を吹かすように、呼気を押し出す。俺には、被害者の性情を、推測することしか出来ない。だが、女が再生していた間、確かに被害者と対峙しているような心地になっていた。  黙して再び目元を布で覆う女を眺めながら、俺は口を開く。 「あんたは何故、このようなことを――。あんたが警察の依頼をこなしてみたところで、あんたに一文の得もない。名誉を手にするわけでもない。あんたの功績は、全て依頼者の手柄になっちまう。なのに――」  俺は、そこで口を噤んだ。  女の口角が、浮かび上がった気配を感じたからだ。女はそのまま唇を解く。 「私は顕界の声望に興味はございませんもの。『声』を『頂く』。この行為そのものが私にとっては報酬なのです。それ以上は望みません」  女の声色は元に戻っていた。波紋が水面を渡る。 「私はお声を拝聴する際は、海を連想いたします。潜り、潜り、沈船の内側を吸い込むのです。海の底はとても暗く、また、静かで、安らぎすら胸に広がります。私にとりましてもその船体は揺籃のようでもあります。子守歌のようなものなのです」そう告げる女の様相は、再び朧気な靄のように揺蕩う。だが、少女のような無邪気さも孕んでいた。  女は更に言葉を継ぐ。「それに、私が今回のご依頼を引き受けたのは、貴方に興味があったのです」  俄かに話題へ上り、俺は瞳を震わせながら口を挟む。「俺に?」  ええ、と返答をする女の声色は、どこか喜々を帯びたようでもあった。  「だって、探偵というご職業もまた、海に潜る方々ですもの。いいえ、それどころか、私よりも遥かに真正面から、船体のお声を拾い上げていらっしゃるわ。私はただ、すっかりそのまま浮かび上がらせるだけですけれど、探偵さんは、より細部まで、隈なく、掬い上げていく。ですからきっと、私よりも多くの『声』を聴いておいでに違いないですわ」  不思議だ。俺からしてみれば、女の特異な才能を渇望してしまう。けれども女は、俺の仕事を価値のあるもののように語る。  それに自分の仕事を、事件を、沈没船になぞらえた事はなかった。言われてみれば、確かに言い得て妙かも知れない。  無防備に事件の深奥へ足を踏み入れれば、無事では済まない。そして沈黙してしまったものに足を踏み入れ、全貌を白日の下に晒していくという意味では、凡そ該当していた。  女は話を続ける。 「もし、私の骸が水底に沈んでしまったその時は、貴方が私の声を拾い上げて下さいませ――」  女の提案を悪くないと思った。仕事振りは目の前で証明され、そしてこの女も評価をしてくれている。思いも至らなかった本質を口にした女への回答に、間は必要なかった。 「だったら交換条件だ。俺が沈んじまったその時は、あんたが俺の声を聞き届けてくれ」  俺の返答へ、やはり目視するのに明確な変化はないが、女の口角が浮かび上がる気配を感じた。女の唇が解ける。 「ええ、拝戴いたします」      ◇  ◇  ◇      俺は燻る紫煙の行方を追っていた。その視界に広がるのは、女の出身である集落だった。  片手には煙草を、もう片方には、骨片が掌中に収まっている。  火種を潰して、手中の骨を指頭で撫でる。触れるたび、女の像と女の言葉を思い返していた。冥々とした森に棚引く朝靄。そこに息吹が芽生え、花が咲く。まだ沈没船の中で揺り籠に揺られながら、微笑みの気配を帯びて子守歌を耳にしているのだろうか。  友人が訃報を告げた時は、心魂に風穴が開いたような心地がしたが、足を止めなかったのは、埋め合わせがあったからだ。果ての知れない海の底へ向かわせたのは、束の間の再生と、交わした女の言葉だった。 「拝戴いたします」  言葉にして、骨片を口腔に収める。  嚥下するように瞼を下す。  あんたの遺骸が船ならば、この村は海か。俺は辣腕で通っているんだ。このまま沈没させたままじゃあ名が廃る。  水面に届くことなく、そっくり泡沫と化すその前に、俺が声を掬い上げてやる。  約束だ。とことん深くまで潜ってやるさ。  下すのと同じ速度で瞼を持ち上げ、集落を見据える。  俺は一つ、足を踏み出した。
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作者:龍木 右甫
2026/10/21 • 👁 26回 • 💬 0件