「あー幽レディ?」
「違う違う違う! 右! 右だって!」
「分かってるって!うるさいなあ……」
「分かってない! そこ左!」
「今、右って言ったじゃん!」
「さっきは右! 今は左!」
「うるさぁぁぁい!」
コントローラーを握ったまま叫ぶと、リビングが一瞬だけ静かになった。
一瞬だけ。ほんとに一瞬。
「ほらぁ、死んだ。だから言ったのにー」
「誰のせいだと思ってんの!?」
画面の中央で、私のキャラクターが無惨に倒れていた。
背後から「あーあ」「あちゃー」「やれやれ」などなど、声が十人分聞こえてきた。
いらいらしながら、私は振り返った。
「ゲームくらい静かにやらせてよ!」
「だって見てると口出したくなるじゃん」
ソファの背もたれに逆さまになっている赤茶色のショートヘアが、けらけら笑う。
茜。
声が大きい。態度も大きい。身長も高い。
「今のは夏帆、あんたが悪いよ」
「何が!?」
「回避、遅かったし」
金髪の巻き髪を指に絡めながら言ったのは、麗華。
家の中でもメイクが完璧な女。
「ゲームとかしたことないくせに」
「見れば分かるよ」
「分かんないよ、普通!」
「……次は、左から来ると思う」
小さな声がした。
見ると、リビングの隅で小夜が膝を抱えている。
淡い藤色の長い髪。
小柄で華奢。
大きすぎるパーカーの袖から、指先しか出ていない。
「小夜?」
「たぶん……左……」
「なんで?」
「なんとなく……」
私は画面を見る。
復活。
進む。
左から敵。
「うわっ!」
「ほらぁ……」
「小夜すご!」
「だから言ったのにぃ……」
萌え袖で口元を隠しながら、小夜がしょんぼりする。
「もっと早く言ってよ!」
「言ったよぉ……」
「聞いてあげなよ」
「聞いてたから!!」
「聞いてないじゃん」
「みんな同時に喋るからわかんないの!」
また始まった。
ああでもない。
こうでもない。
回復しろ。
逃げろ。
戦え。
アイテムを拾え。
その宝箱は怪しい。
大丈夫だから開けろ。
やっぱり罠だった。
「もうゲームやめる!」
「えー!」
「もう一回!」
「じゃあ次、私にやらせて!」
「触れないでしょ!」
「あ……そっか」
これが、私の日常だ。
*
私は十人の幽霊と暮らしている。
一軒家。
二階建て。
築年数は知らない。
少なくとも綺麗ではない。
雨の日には二階の廊下が少し臭うし、階段は三段目だけやたら軋む。
冷蔵庫は古い。
お風呂は狭い。
でも部屋だけは多い。
だから十人も住み着いた。
――らしい。
私が来たときには、もう全員いた。
長身で騒がしい茜。
金髪巻き髪で美容にうるさい麗華。
藤色の長髪に萌え袖、いつも何かを心配している小夜。
黒髪ボブで料理好きの千景。
青みがかったショートヘアでゲーム廃人のミオ。
ふわふわした茶髪で、ちょっとふっくらした食いしん坊の杏。
銀髪ロングで無口なくせに、笑いのツボだけ妙に浅い冬花。
派手なピンク髪と濃いメイクで、恋愛話になると誰よりうるさいマナ。
背が低くて童顔なのに、口を開けば毒しか出てこない柚。
最後が、黒髪を腰まで伸ばした、この家最年長のお姉さん役、環。
そして、人間の私――夏帆。
十一人暮らし。
いや。
正確には、
人間一人と、幽霊十人暮らし。
「ねえ」
マナが私の肩から顔を出した。
「今日どうだった?」
「……うわあ、変なところから顔出さないでよ。で、何が?」
「何がじゃないでしょ。例の男の子」
「……あー」
「喋った!?」
「ちょっとだけ」
「なんてなんて!?」
「プリント回して、って」
「キャー!」
「うるっさい!」
なぜその程度で盛り上がれるのだ。
「脈ありじゃん!」
「どこが!?なんで?逆に」
「わざわざ話しかけてきたんでしょ?」
「後ろの席だから!」
麗華が呆れた顔をする。
「マナの恋愛相談だけは聞かない方がいいわよ」
「なんでよ!」
「前回も『絶対脈あり』って言った男、彼女いたじゃない」
「あれは事故!」
「恋愛に事故とかあるの?」
柚がぼそっと言った。
「マナ、見る目ないもんね」
「柚ぅ!!」
「事実」
「でも……」
小夜が萌え袖を口元まで持ち上げる。
「その人……やめたほうがいい気がする……」
全員が止まった。
「出た」
「小夜の予感」
「今度は何?」
「分からないけど……なんとなく……」
私は頭を抱えた。
「お願いだから私の恋を十人で審議しないで!」
*
夕食も大変だ。
食べるのは私だけなのに。
「味噌汁薄くない?」
「ちょうどいい!」
「野菜少ない」
「昼に食べた!」
「肉焼きすぎ」
「これくらいが好きなの!」
「ご飯もう少し食べたら?」
「環まで!」
十人が私の夕食を囲んでいる。
誰も食べない。というより、食べられない。食べるフリをするだけ。
なのに全員、口を出す。
杏なんて毎晩、
「一口だけでいいから食べたい……」
と、私のご飯を恨めしそうに見つめている。
「幽霊って太らないんでしょ?」
「うん」
「いーいなあ」
「食べられないけどね」
「それは嫌だけど……」
「でしょ?」
妙なところで意見が一致した。
*
夜。
お風呂に入れば、扉の向こうから声がする。
「シャンプー変えた?」
「麗華、分かるの?」
「香りが違う」
「怖いから!」
「幽霊だからね」
「そういう怖さじゃない!」
ベッドに入れば、
「明日何時起き?」
「七時」
「六時半にしなよ」
「なんで?」
「髪巻くなら時間かかるよ」
「巻かない!」
「例の男子いるんでしょ?」
「マナ、まだ言ってるの!?」
眠れない。
本当に眠れない。
「もう! みんな静かにして!」
ずっとうるさい。うるさすぎる。
布団を頭まで被った。
しん、とした。
珍しく、本当に静かになった。
……。
…………。
静か。
やっと眠れる。
なのに。
なんだろう。
少しだけ、寂しい。
布団から顔を出す。
部屋には誰もいない。
「……みんな?」
返事がない。
さっきまであんなにうるさかったのに。
起き上がる。あれ。どうしたんだろう。
「茜?」
いない。
「マナ?」
いない。
「小夜?」
返事がない。
胸の奥が、きゅっとした。
私はベッドを降りる。
廊下へ出た。
一階から小さな声が聞こえる。
「……だから、今日は私が」
「ダメ。昨日も言ったじゃん」
「でもそろそろでしょ?」
「まだいいんじゃない?」
リビング。
扉の向こう。
十人の声。
私はそっと開けた。
「何してるの?」
全員が振り返った。
「あ」
「起きてた」
「ごめん、うるさかった?」
「いや……」
私は胸を撫で下ろした。
「急にいなくなるから」
茜が笑う。
「何それ。寂しかった?」
「違うし」
「寂しかったんだ」
「違う!」
「かわいっ」
「うるさい!」
でも。
本当は少し安心していた。
うるさい。
鬱陶しい。
ゲームの邪魔をする。
恋愛にも口を出す。
ご飯にも口を出す。
お風呂にも。
寝る時間にも。
何にだって口出ししてくる。
だけど。
「……私、やっぱりみんなといるの好きかも」
言ってから後悔した。それはもう激しく。
後悔ってこういうことかって思ったよ。
十人の顔が一斉にこちらを向いた。
「えっ」
「今なんて?」
「録音した?」
「してない!」
「もう一回言って?」
「もう言わない!」
「好きって言った!」
「そんなこと言ってないから!」
「言ってたよぉ……?」
「小夜まで!」
笑い声が響く。
私はため息をついた。
やっぱりうるさい。
でも。
このうるさいが、好きだ。
「それで?」
私は訊いた。
「何の話してたの?」
十人が顔を見合わせた。
環が私を見る。
「そろそろかなって」
「何が?」
「交代」
「…………もう?」
口から出た言葉に、自分でも驚いた。
マナが頬を膨らませる。
「もうって何よ。結構長かったじゃん!」
「だって私、まだ――」
「ずるい!」
「私も外行きたい!」
「プリン!」
「杏はそればっか!」
「映画館行きたい!」
「ゲームの新作!」
「彼氏作りたい!」
「マナはやめときな」
「なんでよ!」
私は笑った。
「もうちょっとだけダメ?」
「ダメー!」
「順番!」
「約束でしょ!」
十人に責められる。
私は渋々、自分の胸元に手を置いた。
「……分かったよ」
目を閉じて
ゆっくりと息を吐く。
身体から、力が抜けていく。
足先が薄くなる。
指が透ける。
鏡を見る。
そこに私は――
映っていなかった。
「はぁ」
私は宙へ少し浮かんだ。
「やっぱこっち、楽」
「おかえり」
環が笑った。
「ただいま」
そう。
この家に、
人間は一人もいない。
十一人。
全員、幽霊。
ただし。
一人だけ。
順番で、人間のふりをする。
学校へ行く。
買い物をする。
ゲームをする。
ご飯を食べる。
恋だってする。
私たちの、
人間ごっこ。
「次! 私!」
「私!」
「はいはいはい!」
「多数決にする?」
「じゃんけん!」
「幽霊がじゃんけんしてどうすんの」
騒ぎの中。
小さな声がした。
「……わ、私も……」
全員が止まる。
小夜が萌え袖から指先だけを出して、そっと手を挙げていた。
「小夜?」
「わ、私も……人間……やってみたい……」
「聞こえない!」
「茜!」
「もっと声出して!」
「む、無理ぃ……」
「じゃあ小夜!」
「決定!」
「えっ」
「おめでとう!」
「待って、心の準備が……」
「明日からね!」
「えぇぇ……」
小夜が泣きそうになった。
でも。
少しだけ笑っていた。
環がそんな小夜を見て、優しく声をかける。
「小夜、準備はいい?」
「……た、たぶん」
*
翌朝。
玄関に小夜が立っていた。
萌え袖のまま。
「小夜」
「……なに?」
「手、出したほうがいいよ」
「……やだ」
「その袖でご飯食べる気?」
「…………」
「スマホも落とすよ」
「…………」
「手洗うたびに袖びちゃびちゃになるよ」
「……出す」
小夜が渋々、袖から手を出した。
「寒い……」
「春だよ!」
十人で笑った。
小夜が玄関の扉を開ける。
朝の光が差し込んだ。
「じゃあ……行ってきます」
「いってらっしゃーい!」
扉が閉まる。
静かになった。
ほんの一秒だけ。
「ねえ! ゲームしよう!」
「やる!」
「私、指示する!」
「やめて! 昨日それで負けたんだから!」
私は笑った。
昨日まで、
あっち側にいた。
今日からは、
こっち側。
「違う違う!」
私はテレビの前まで飛んでいく。
「右! 右だって!」
「うるさい!」
「そこ左!」
「今、右って言ったじゃん!」
「さっきは右! 今は左!」
みんなが笑った。
この家では今日も、
ひとりだけが人間になる。
そして十人が、
そのひとりを、
うるさいくらい見守っている。
続きを読む
「子供っぽい、もっと大人になったら」
私にそう言い捨てたあなたは
もうすぐ未来の他人
何年もたって、あなたはようやく
"今の"私と出会うのでしょう
私はもうあなたとは会うことはないけれど
愛を込めて、 この言葉を贈りましょう
「さようなら、はじめまして 」
続きを読む
「お母さんプロポーズってどんな風だったの?」
コーヒーを1杯飲み干すと、娘がそう尋ねてきた。
「どうしたの急に?」
「……ちょっとね」
私は本棚から古いアルバムを引っ張り出してきた。
ページをパラパラとめくり1枚の写真を指さした。
海辺の夕焼けの写真には私のシルエットが写っている。
古びた写真は色あせてピントがあっておらず逆光で影だけになっている。
「お父さんにプロポーズされた時の写真」
「…へえ、海でだったんだ」
「うん2人で結婚前に海に行ってね、貝殻を渡されたのよ。二枚貝を開くと中に指輪が入っていてね」
「えーロマンチック」
「ふふふ、実は昼間に旅館で食べたホタテ貝の貝殻だけどね。綺麗に洗って、そこに指輪を乗せて、跪いて渡してくれたの。『僕の人魚姫になってください』って言ってね」
「なんだかお父さんらしいね!」
「でしょ。泡になって消えるつもりはないけどね……」
記憶の夕焼けは美しくあまりにも鮮明だ。
だが人間の記憶というのは時と共に風化し色あせ、そのわずかな心象のみを残して消えていってしまう。
それを止めてくれるのは写真だが、ぼやけて色あせた写真はやはり記憶ともに薄らいでゆく。
私はマリッジリングに目を落とした。
エンゲージリングもマリッジリングもそこにはめた宝石は色あせることがない。
永遠に変わらず存在し続けるものなど無い。けれど一瞬を切り取ったその思い出は、永遠の中に存在し続ける。
泡のように消えてしまう存在と永遠に消えない想い。
焼き付けられた感情はフィルムよりも確かに私の心に焼き付いている。
「でも、急にどうしたの」
娘にそう尋ねるとちょっと困った顔をして、
「うん、はる君にプロポーズされちゃった」
と返事が帰ってきた。
「あらら…」
「でもお父さんみたいにロマンチックじゃないのよ。遊園地の帰りにハイと箱を渡されて返事はいつでもいいからだって」
「はる君らしいじゃない」
「はぁー」
と娘はオーバーにため息をついた。
「どうするかはもう決めてるんでしょ」
「うん、まあね」
携帯電話の着信音が鳴る。っっっっっlk
「あ、はる君だ」
そう言って娘は席を立った。
「頑張ってね…」
私は娘の背中を見ながらそう呟いた。
アルバムの中の思い出の写真は色褪せて、だがそこにはあの日の変わらぬ美しい時間が存在するのだ。
人魚姫は人間になって、幸せに永遠に暮らしましたとさ。
続きを読む
あなたが
求めることをしてあげたい
あなたが別れると言えば
別れよう
あなたが
ほかの人を好きになったならば
それはそれとして…。
「明言せずに
ボヤけたことを語りなさい。」
あなたの声がした気がした。
うん
このたくさんの想いは
きっと…
続きを読む
おはよう世界。
今日も
よく寝たね。
海も森も空も
まだ夢の中。
君はよく眠れたかな?
羽毛のような
はねた雲。
白めいた波。
森のなかの霧。
きっと
どれも君の寝ぐせ。
今日も一日
よろしくね世界。
今日という日が眠るまで。
そして
最後は
おやすみ世界。
また明日。
『世界の寝ぐせ』より
続きを読む
その刹那、時が止まった。
声を発するより早く、視界が暗くなる。
ほんの一刹那だった。
遅れて、衝撃が全身を駆け抜ける。
その刹那、理解した。
何かが来る。
「俺が刹那だ」
刹那――そう名乗った男を呼び捨てにした刹那、体が重くなる。
刹那の逡巡が命取りになる。
そう悟った刹那には、もう遅かった。
捕まえようと伸ばした手を、刹那のうちに影がすり抜ける。
そして刹那にして距離を取った男は、笑った。
ほんの刹那ほどの笑みだった。
視線が交わったのも、わずかな刹那。
その刹那だけは、刹那では済まなかった。
主の帰宅後、家に平穏が訪れるのはいつも刹那の間だけだ。
そんなものは、いつだって刹那にして終わる。
今夜も一刹那たりとも油断できない。
またその刹那、異変は起きた。
空気が震えた。
廊下の奥から、高笑いが響く。
刹那ののち、小さな影が姿を現す。
「私も刹那よ」
小さき侵略者は刹那にして駆け出した。
刹那の迷いもなかった。
刹那の判断で進路を定め、刹那のうちに間合いを詰める。
そしてその刹那を制した小さき刹那が、容赦なく腹部へ突進した。
息が止まる。
刹那の間、意識まで遠のいた。
だが相手は刹那も待ってくれない。
その瞬間の欲求、
その瞬間の満足、
その瞬間の快楽だけを求める姿は、あまりにも刹那的だった。
もはや刹那主義と呼んでも差し支えない。
二つの刹那が重なる。
刹那と刹那が交差する。
刹那と刹那の狭間に、刹那の沈黙が生まれた。
そして、最後の刹那。
声が響いた。
「おかえり! パパ!」
パパは一刹那、目を丸くした。
次の刹那には、いつもの顔へ戻っていた。
ただ、その口元だけが。
ほんの刹那だけ、緩んだ。
これが刹那家――SF(セツナファミリー)。
続きを読む
「すみません。ちょっとお話、いいですか」
あ、宗教の人だ。
面倒だな。
居留守を決め込み、僕は炬燵に潜り込んだ。
その間ピンポンが二度鳴り、やがて静かになった。
と思えば、そいつはお経みたいな声で、手前勝手に喋り出した。
「甘利天吾さん、ですね。今、人間の食生活は、危機的状況にあります」
何だよ、いきなり勝手に喋んなよ。
炬燵に寝転び、僕は鼻を穿っていた。
「例えば、甘利さんが宅配で購入している豚バラ肉。あれは子豚です。思い浮かべてみてください。つぶらな瞳、母豚の乳房に吸い付く力強さを」
嫌だ何これ、ヴィーガンの会かよ?
不快になり、怒鳴ってやろうかと考えたが、やはり面倒なのでやめた。
その夜、僕は予定していた豚肉料理をやめて照り焼きチキンを食った。
二日目。
「甘利さん、ブロイラーの一生をご存じですか? 」
知らねーよ。
僕はまたもや居留守を決め込んだ。
触らぬ神に祟りなし、だ。
「彼らは、真っ暗な狭い場所で、犇めくようにして暮らしています。ベルトコンベアに流される餌をひたすら食し、陽の目を見るのは一生に一度、出荷の時だけ」
その日、僕は昨日の残りのチキンを食うのをやめて牛丼をデリバリーした。
三日目。
「甘利さん、霜降りというのは牛の本能を制御して運動不足の状態を作り上げる。脂はね、動かないほど美しくなるのです」
たちまち、食欲が失せた。
その日僕は、唯一の楽しみだった夕食を抜いた。
男はそれからも、毎日決まった時間に現れた。
そうしてきっかり三分間、説教をして帰ってゆく。
僕は、居留守を使い続けた。
こうしてひと月が経ったある日。
「甘利さん……」
僕は、初めてそいつのために戸を開けた。
「宗教家さん、いらっしゃい。僕、ようやく気づきました」
澄んだ瞳が、僕の底を見つめていた。
今、冷蔵庫には、三日分の肉が、食べかけのまま残っていた。
黙って差し出された手。
久しぶりの人の温もりに、涙が溢れた。
「十年ぶりに、人の温度を感じました。あなたは、こう仰りたかったのですよね?」
僕の口から、すらすらと言葉が出た。
「僕のような生命にも、できることがあると」
澄んだ目が、三日月のように細くなった。
「僕は、あなたについてゆきます」
強く握られた手が、心地よかった。
数時間後。
ビニールカーテンで囲われた僕のベッドに、防水シートが掛けられた。
静謐な気持ちで、そこへ寝そべる。
澄んだ瞳は、瞬きすらせず僕の身体を見下ろしている。
首元にチクリと痛みを感じた。
すぐに手足が痺れ、動かせなくなった。
瞼さえ、閉じられない。
「委ねなさい。全てを」
金属が沈み、首に温かいものが伝った。
ああ、これでようやく還れる。
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じりりりり!
めざましどけいの おとに ぼくは めをさました。
「おはよう、せかいじゅうのみんな」
ぼくのかみのけは くるんと なっていて
ねぐせがついてる。
「おはよう、ママ」
ママのかみのけ パーマで くるん!
パジャマからきがえて あさごはん。
あさごはんのバナナも くるんとなっていて
ぼくのねぐせみたい。
くつをはいたら ランドセルをせおって
げんきよく がっこうだ。
かぜがはっぱを ふきとばす。
くるん!くるん!
はっぱのダンス あきのかぜ。
へいのうえから
「おはよう みゃー」
きんじょの ねこの たまのしっぽも くるん!
なかよしの みきちゃんが やってきて
ぼくのまえで くるん
「おはよう!みてみて このおようふく
きのう ママに かってもらっちゃったの」
「とってもすてきだね!」
みんな、くるん くるん。
せかいじゅうが みんな ねぐせみたい。
ぼくのかみのけと いっしょだね!
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学校の勉強は
恋に役立たないって
思ってたけど
大人になってから気がついた。
きっと8割は
教科書通りだった。
人を思いやる
相手の立場に立つ。
道徳で何度も学んだこと。
学校で繰り返し経験したこと。
私に足りなかったこと。
『正しかった教科書』より
続きを読む
間違えるわけない
裏通りの匂い。
並んで歩ける幅もなかった
細い路地裏。
あなたが好きな
あのお店の匂い。
「こういうところに
名店があるもんだよ」って。
今はもう
その道を横目に
大通りを歩くしかないけど。
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