コメディ・日常
2024文字 約5分で読了

雨音は遠い記憶の海の音

ザーザー……ザー…ザー…  夜明けの空にノイズのような雨音。 外は土砂降りの雨だった。私はほんの少しカーテンを開くと外を見た。横殴りの雨はまるでシャワーをガラスに叩きつけているよう。けだるい1日が始まる。 二重になった遮光カーテンを開くとレースの優しい光。 薄暗い室内はまた眠気を誘うが、いくら 休日とはいえ寝過ぎは返って体に悪いだろう。 気乗りしないまま服を着替えコーヒーを1杯。 テレビをつけるもニュースが頭に入ってこない。 思考はどんよりと薄暗く、まるでこの曇天の空そのものの様だった。 雨の音は強くなったり弱くなったり… どこか波の音に似ているような気がした。  十代―高校生の頃、家の近くに海があって何か嫌なことがあるたびにそこに行っていた。 十代といえば青春真っ只中、青春というのは明るいイメージがあるのかもしれないが 私にとってその頃は今日の空のようにどんよりと重くのしかかっていた。  十代を表す色というのは私は黒だと思う。 ぐちゃぐちゃに感情が入り混じり、先行きの見えない未来と行き場のない閉塞感と不安と怒りと誰にも理解してもらえないという孤独感が渦巻いているのだ。 心の中にあるのは明るい未来などではなく、得体の知れない一寸先の事もまるでわからない未知の時間の領域だ。  家庭環境は対外的に見れば良い方なのだと思う。 ちゃんと両親が揃っていて養育されていて経済的には不自由がない。ちゃんと両親は子供のことを見てくれていたし、家庭内不和があったわけではない。 ……だが、どう言えばいいのだろう。 どこかギスギスしていたのだ。 父は浮気などしたことはない。母もまた家庭環境をおろそかにするようなことは一切していない。 だがどことなく冷め切ったような雰囲気が家庭の中に吹き荒れていた。お互いが利害のためにただ同じ空間にいる、そんな雰囲気だ。相手を罵ることも褒めることもない。 居心地の悪さが蔓延していた。 そんな家庭はよくあるのだろう。 だが子供心にその居心地の悪さ不穏さを感じていて、それが知らず知らずのうちに私自身の心を蝕んでいたのだ。 私が大学卒業後一人暮らしを始めた後、両親が離婚したのでやはり私が成長するまで待っていたのだろう。 仮面の家族の居心地の悪さは、どんなにうまく取り繕っても子供に伝わってしまうものだ。  だから私は気持ちが持たないほど、しんどくなるたびに海に行った。波の音が全て心の中の不安を洗い流してくれるかのようだった。 ザーザー……ザー…ザー…  目をつぶればあの日の灰色の海がまぶたの裏に映し出される。 そこにいれば、高校時代の親友が来てくれることがあった。 私がいつもそこにいることを知っているから。 そして彼女は何も言わずにただ一言、 「帰ろう」 と言ってくれるのだ。 それがとても心地よかった。 けれど私にはやはり帰る場所がなかったのだ。 あの当時の私にとって帰る場所は彼女の隣だった。 そこが私の居場所。 だからその場所に割り込もうとする人間が大嫌いだった。  ある日、彼女が海で泣いていたことを思い出す。 雨が降り出して灰色の空はますます 暗くなり波の音ばかりが響き渡る。 どうしてそんなところで泣いているのか私は知っていた。 彼女が好きだった先輩に振られたらしい。 ……当然だが私はその先輩が大嫌いだった。 私の大切な彼女が思いを寄せている。 私の大切な彼女がその先輩のせいで悩んでいる。 私の大切な彼女が振られて泣いている。 私の大切な彼女の隣の場所を奪っていた相手。 何もかもが許せない存在だった。 だから振られた時、ほんの少しほっとしたのとせいせいしたのと、彼女が傷ついたことに対する怒りがごちゃ混ぜになって心の中でどす黒い色に変化していた。 きっとこの雨の空よりも暗い。  私は泣いている彼女の背後から傘を差し出した。 「帰ろう」 そういうと彼女は私の方を振り向いた。 涙でぐちゃぐちゃになっている顔。 「うん」 一言そう言って2人で歩き出した。 2人でさす相合傘。 雨はだんだんと小ぶりになっていった。 喫茶店に2人で入って一緒に大きなパフェを頼む。 季節のイチゴがたっぷり入っていて、ひたすら甘い。 何も言わず2人で黙々と食べる。 だがその沈黙は私にとっても彼女にとっても、とても心地の良いものだった。 甘いクリームの味とイチゴの酸味。 甘くて酸っぱくて、それからアイスの冷たさ。 鮮やかなイチゴの赤が記憶にはっきりと残っている。 色のない青春時代の鮮やかな赤。 曇天の空も荒れた海も。そして私を取り巻く環境も何もかもが色を失っていた中にはっきりと覚えている赤。 それはイチゴの甘酸っぱさにも似て…… 私は窓の外を見た。 雨はいくらか小降りになっている。 イチゴが食べたいな。 パフェは無理でもショートケーキでも買ってこようかな。 甘くて酸っぱくて 生クリームがたっぷりのイチゴのケーキ。 それはこの灰色の空の下、心をほんの少しだけ 鮮やかにしてくれる気がする。 ザーザー……ザー…ザー… ノイズのような雨が降る。 私は傘をさしイチゴのケーキを買いに外に出た。
続きを読む
作者:しとえ
2026/10/02 • 👁 61回 • 💬 0件
コメディ・日常
833文字 約2分で読了

イチョウの木

 十二月の始めに帰省しようと思ったのは、年末年始の民族大移動に巻き込まれるのが嫌だったから。百パーセント渋滞すると分かっている高速道路、大混雑すると分かっている電車や飛行機、これらに飛び込むのは、私から言わせれば愚かなことだ。いつもの二百倍疲れて、五百倍イライラするに決まっている。  平日のガラガラの飛行機を降り、羽田空港から、やっぱりガラガラの高速バスに乗り、駅でレンタカーを借りて実家に向かう。実家が辺鄙(へんぴ)なところにあると、帰る時に苦労する。  実家が近くなり、何となくカーナビを見ると「イチョウ屋」という文字が見えた。小学生の時、通学路の途中にあった小さな個人商店だ。店の前には大きなイチョウの木があり、子供ながらに「この木は空まで伸びるんじゃないだろうか」と思っていた。  ――まだあるのかな。  私は吸い寄せられるように、イチョウ屋に向かって車を走らせた。小学校卒業以来、もうイチョウ屋の前を通ることはなくなったので、多分行くのは二十五年ぶりだ。  イチョウ屋はなくなっていた。  イチョウの木もなくなっていた。  記憶違いなのか、カーナビが間違っているのかと思うほど、そこは何もない。いや、別にあったとしても、何がどうってわけじゃない。きっと「ふーん」くらいで終わっていただろう。これが田舎の運命なのだ。四半世紀という時間の流れは、容赦なくいろいろなものを飲み込んでしまう。  風が吹いてきた。どこからともなく、ザワザワと葉が揺れる音が聞こえる。  ――ん?  一体どこから聞こえてくるんだろう。木なんてどこにもないのに……。私はキョロキョロと辺りを見回した。  ――うわ!?  地面を見て、思わず後ずさりした。葉を茂らせた大きな木の影が揺れている。あの時に見た、力強くて生命力に満ち溢れたイチョウの木だ。  ――そうか。空まで届いたのか。  懐かしい思いで影を見つめていると、やがてゆっくりと影は消え、風も止んだ。  あのイチョウの木は、私みたいにふと立ち寄る人を、密かに待っているのかもしれない。 (了)
続きを読む
2026/10/02 • 👁 104回 • 💬 0件
コメディ・日常
1835文字 約4分で読了

タイムカプセルとケーキ

記憶は永遠のタイムカプセルの中に 閉じ込められたかのように忘れられても いつかその箱が開かれた時に また思い出し時間は動き出すのだ 懐かしい思い出、希望や夢 それがたとえ叶わなかったとしても ある時タイムカプセルの中から出てきて それはキラキラと輝くのだ。  壁に1枚の絵が貼られていた。 それは黄ばんで所々にシミのあるクレヨンで書かれたケーキの絵。 明は学校から帰ってくるなり、とても良い匂いがすることに気がついた。 キッチンに上機嫌の父がいる。 「お父さんこのケーキどうしたの?すごく美味しそう!」 「ふふふ、このケーキはな…」 父は何か企んでいるような子供っぽいようなそんな笑顔を浮かべた。 テーブルの上のケーキを父は切り分けると明の目の前に差し出す。 甘いクリームの味が口いっぱいに広がる、ふんわりしていて そして なおかつしっとり甘くて美味しいスポンジ、季節の旬の果物がふんだんに入っており、その下は上のものとは 食感の違うチョコレートのスポンジだ。 創意工夫がされたケーキは幸福を運んできてくれる。  家の近くのケーキ屋は全国チェーンのお店だからいつ行っても大概メニューは一緒。 もちろんシーズンごとの限定商品は出るが、チラシや店の前の看板に載っている商品にはこのケーキはない。 一体このケーキはどうしたのだろう? ふと台所の方を見ると 生クリームのついたボールが置いてある。だとしたらこのケーキは父が作ったのだろうか…  物語は数日前に遡る。 同窓会に行ってくる そう言って父の剛は家を出た。 もう30年ぶりだ。 小学校の頃以来だろうか。 集まったのはやはり小学校の教室の一室だ。 もちろん学校側に許可は取ってある。 30年も経つと同級生も随分と変わるものだ…… 随分と剥げちまってまあ俺も変わったしな、などありきたりな事を考えながら同級生たちと盛り上がる。 ここにやってきたのは卒業式の少し前に埋めたタイムカプセルをみんなで掘り起こすためだ。 もちろん来ていないメンバーもいるが連絡が取れる連中には後で郵送で送るという話になっている。 「確かここだったよな?」 「あぁ、ここで間違いないはずだ」 そんな話をしながらスコップを片手に 体育館裏の桜の木の根元を掘り始める。 当たり前だが木がずいぶんと大きくなっていて掘りにくい。 根っこを傷つけてしまわないように気をつけながら掘り進めていけば、コツンと何かに当たった。 それはみんなで埋めた タイムカプセルだ。 タイムカプセルというものは埋めて忘れられてしまったり、結局のところ掘り出そうとした時に周りの環境が変わって掘ることができなかったり、あるいは埋めたタイムカプセルの容器にあたる部分があまり上等ではなかったためにダメになってしまうなどということはよくあることだ。 だからこうして掘り始めて数時間で掘り当ててしまうというのは実はとても運が良いことだったのだが、もちろんそのことに気がついているメンバーは少ない。  三重になった缶を開けて中に詰めていたそれぞれの手紙を出す。手紙はいくらか水が染み込んでいたとはいえ、よく持っていたものだ。  封筒の中から出てきた画用紙を見て剛は何ともほろ苦い気持ちになった。 そこに描かれていたのはマジックとクレヨンを使って書かれたケーキの絵。 そうだ俺はパティシエになりたかったんだ…… 子供の頃の夢というのは往々にして叶わない。 夢見てそれなりに努力はしてきたが、やはりいざとなった時に違う道を選んでしまった。 そもそも家族にパティシエになりたいというのがちょっと恥ずかしかったのもある。 何度かケーキ作りに挑戦してみたり、お菓子の本を買ったり、家で作ったことも実際にある。 だが言ってしまえば所詮その程度しかやってこなかったのだ…… 本当になりたければもっと真剣に努力すべきだったかもしれない。違う道を選んだのはきっとそちらの方がふさわしかったのだろう。 けれど……  その日、同級生たちと別れた剛は帰りに本屋で1冊の本を買って帰った。ケーキ作りの本だ。 今からパティシエを目指すつもりはない。 真剣に取り組むにはあまりにも努力が足りなかったと思うし、そこまで向き合う気持ちも持てそうにない。 けれど子供の頃パティシエになりたいと思ったその気持ちを、そのまま置き去りにするのはあまりにも悲しいと。 その日から少しずつ材料を揃え、仕事が休日の今日それこそ20数年ぶりにケーキを作ったのだ。 パティシエの仕事から見れば完全に素人だろう。 だが息子は喜んで食べてくれている。 壁の絵は夢の証拠。 いつか見た夢の……
続きを読む
作者:しとえ
2026/10/02 • 👁 55回 • 💬 0件
ポエム・詩
124文字 約1分で読了

グリーン・ノイズ

森林浴に来たのはいいけど 道に迷って 地図を見ようにも いまここ どこですか 実況始める 緑のノイズを愛想笑い そのまま通り過ぎるけど あっちだよ ううん、ちがうよ こっちだよ おいでおいで どっちがほんとの 道なのさ ノイズで迷って どんどん悩んで 想いも道も こんがらがっていく
続きを読む
2026/10/02 • 👁 40回 • 💬 0件
ポエム・詩
127文字 約1分で読了

疑惑

「疑惑」 神々の集う会議で おかしいな 大皿のお餅が消えてて どこいった? だれが食べて だれが嘘つき だれが本当を言っている? 疑惑の想いが 膨らんで 気まずい時間が流れてく 私じゃないから あたしもちがう 某は甘いものには興味がない みんな言い分、譲らずに 議題を忘れ 疑惑が増えた
続きを読む
2026/10/02 • 👁 34回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
140文字 約1分で読了

酔える姿は

冒険が終わっての酒場は命の洗濯よ。相方の姫騎士が声を張り上げる。「蜂蜜酒持ってきて!」「ちゃんと肴も注文しなよ」「貴女の腕じゃだめか?」戦士の力こぶをつつきながらのズルい上目遣い。「ほどほどにね」たしなめながら口元が綻ぶ。戦さ場の凛とした顔が蕩けるさまは、いつもあたいのご褒美さ。
続きを読む
作者:有賀慧
2026/10/02 • 👁 33回 • 💬 0件
コメディ・日常
636文字 約2分で読了

忘却の同窓会

※シリアスな人間ドラマ みんな忘れているかのごとく、楽しく話す。 みんななかったことのように、飲食を行う。 高校を卒業して10年目の同窓会。 前日、いつもならそのままごみ箱送りだった招待状を手に、机に向かった。 家でペンが必要なんて久しぶりだったから、引き出しを手探りし ようやく見つける文房具。 高校時代は毎日握っていたのに。 社会人になって身に着けた、どうでもいい知識が 「御」の文字に二重線を引かせる。 みんなも同じ気持ちだといいなと淡い希望をもって参加したが どうやら「それぞれの人生」とかいうものに塗りつぶされたらしい。 「二人目」の担任が、奥に座っているのが見えた。 本来あそこには別の人が座っていた。 今思えば激務の最中だったろうに、進路について真剣に相談に乗ってくれた。 親との衝突に寄り添い、自分の立場を悪くしても緩衝材の役を担ってくれた。 くだらない話でも聞いてくれて、私だけじゃなく生徒に慕われてた。 声が大きいのだけはちょっと苦手だったけど。 間違いなく、素直に尊敬できる大人だった。 色々なことを教えてくれた。 そして最後に教えてくれたのは、人生で初めて「身近な人が亡くなる」という経験。 別に後任の先生が嫌いなわけではない。 きっとみんなも本気で忘れたわけではない。 でもきっと本気で引きずっているわけでもない。 でも私は先生との思い出を、まだ自分の中心から外したくない。 たとえ皆とズレてたって、まだ塗りつぶしたくないから。 夜にぎやかに光る店を早々に後にした。 「私やっぱり変かな?先生……。」
続きを読む
2026/10/02 • 👁 58回 • 💬 0件
ポエム・詩
107文字 約1分で読了

そらまで咲こう

巨大なフェンスを よじ登り 目指すは そらに手が届くところまで みんなで力を合わせて 一歩ずつ まぶしくて あたたかい そんなことを想いつつ 落ちそうになるけれど 諦めずに ゆっくり進むぞ てっぺんで 美しく咲くために みんな一緒にわらおうね
続きを読む
2026/10/02 • 👁 38回 • 💬 0件
ポエム・詩
119文字 約1分で読了

いつも会うひと

おやすみすると いつも逢う 夢のなかで ごきげんよう 白き月と 黒き太陽 可憐で優雅で 私をいつも楽しませてくれるんだ 真夜中のひとときが そっと広がり 朝焼けの香りが ふわっと包んで 私をゆっくり起こしてくれる また眠ったときに お会いしましょ 私の愛しき ひとたちよ
続きを読む
2026/10/02 • 👁 47回 • 💬 0件
コメディ・日常
391文字 約1分で読了

グリーン・ノイズ

 夜勤明けの朝はともかく眠い。 特にトラブルがあった後の朝は。 自宅に戻る前にコンビニで朝食と朝食の兼用の菓子パンを買って公園に立ち寄る。 ベンチではなく柔らかな芝生の上に座る。 缶コーヒーを飲みながらピザパンを頬張る。 日差しが随分と柔らかくなっている。 もう秋の気配が感じられる季節になったのだ。 俺はゴロンと横になった。 目を閉じればあたりの音がする。 静かだと思っていたが案外色々な音がするものだ。 鳥たちの声、木々のざわめき、風の音、虫の声。 遠くから聞こえる電車の音、子供達の笑い声、車が走って行く 音。 それは 耳障りなノイズではなく、柔らかなグリーン・ノイズだ。メロディーのように優しい日常の音。 あまりにも心地よく、心の中に沈んでゆく。  気がつけば俺はうたた寝していたようだ。 目を開けば 公園の時計の針が午後の2時を指していた。 荷物とゴミ袋を持って家路へとつく。  優しい グリーン・ノイズが俺を見送った。
続きを読む
作者:しとえ
2026/10/02 • 👁 69回 • 💬 0件