ホラー・怪談
504文字 約2分で読了

乙姫様 其の一

 雪ちゃんが笑ってるところはほとんど見たことがない。 いつも体中傷だらけで、家の外にいる。 お母さんが言うには雪ちゃんの父親に殴られているらしい。  隣の家から 悲鳴が聞こえる。 「痛い痛い、やめて!」 その後、雪ちゃんが家の外に放り出される。 「雪ちゃん、遊ばない?」 電信柱のかげで泣いている彼女に声をかけて、家に招いた。 2人で、ビスケットを食べてお人形で遊ぶ。 「桜ちゃん、そのお人形かわいいね」 「あー、これは乙姫様にもらったの」 「乙姫様?」 「何でも願い事を聞いてくれる神様だよ」 「山の外れの神社に夜中に行って、取り替えて欲しいものと同じぐらいの価値のものを、置いてお願いしてくるの。そしたら乙姫様が一つ欲しいものをくれるんだよ」 「何でも?」 「うん何でも!」 「本当に?」 「うん、でも同じぐらいの価値のものじゃないとだめらしいけど。あとね、あげたいものの名前を言って『乙姫様、乙姫様……をあげますから代わりに……ください』っていうのもいいらしいよ」  それからしばらくして公園で彼女を見かけた。 彼女の体の傷が消えていて、父親とおぼしき男性と一緒に歩いている。見たことがないような笑顔だった。 ……彼女は何を取り替えてもらったのかな。
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作者:しとえ
2026/09/30 • 👁 41回 • 💬 0件
ホラー・怪談
958文字 約2分で読了

燃える空

 よく、「燃えるような夕焼け」という時がある。でも、あれは例えじゃなくて、本当に燃えてるんだと思う。  秋になると、空が高くなるという。空気が澄んで、夕暮れ時の赤色が一年で一番、不気味なほど鮮やかに見える季節だ。窓から見上げる今日の空も、まさに一面の茜色だった。うろこ雲の一つ一つが、内側から激しく発光しているように赤い。  僕はベランダに出て、冷たい金属の手すりに寄りかかった。耳を澄ますと、どこからか「パチパチ」という音が聞こえる。乾燥した落ち葉を踏む音ではない。もっと高い場所——空のずっと上の方から降ってくるような、何かが爆ぜる音だ。  ――パチ、パチ……バチッ。  音が少し大きくなった。気のせいか、熱気のようなものまで肌にまとわりついてくる。十月の終わりの冷たい風が吹いているはずなのに、頬がじりじりと焦げ付くように熱い。そして、むせ返るような、妙な匂いが漂ってきた。  僕は目を細めて、赤く染まった雲の塊を凝視した。 「……嘘だろ」  そこにあったのは、ただの雲の影ではなかった。赤と黒のグラデーションの中で、人の形をした何かが、もがき苦しむように身をよじらせている。一本、また一本と、黒い腕のようなものが虚空に向かって伸びては、真っ赤に燃え上がって崩れ落ちていく。そのシルエットの一つの輪郭が、見慣れた斉藤の後ろ姿と不気味なほど一致していた。  斉藤は先週から学校を休んでいる。先生は「家庭の事情」と誤魔化したが、誰も斉藤と連絡が取れず、「神隠しではないか」と噂になっている。  ――まさか。  空を見ながら固まっていると、空からパラパラと白い粉が落ちてきた。雪ではない。それは僕の手の甲に落ちて、黒い煤(すす)のような跡を残した。むせ返るような匂いの正体は、きっとこれだ。  夕焼けが美しいのは、空気中の塵や埃が太陽の光を乱反射するからだと、理科の授業で習った。でも、もしその塵が、空で焼かれている「誰か」の灰だとしたら……。  日が沈みかけ、空の赤みが急速に失われていく。もうすぐ、夜が来る。誰かの断末魔を残して。  明日の秋晴れも、きっと美しい夕焼けを見せるだろう。その時、空の向こうで燃え上がるのは、一体誰なのだろうか。  ひらひらと舞い落ちてきた白い灰を払い落としながら、僕はあの美しい空の「燃料」に選ばれないようにと、心の中で祈っていた。 (了)
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2026/09/29 • 👁 128回 • 💬 0件
ホラー・怪談
1669文字 約4分で読了

スパイス依存

6/29  今年は珍しく夏のボーナスが出た。  年末年始に頑張った甲斐があった。  ただ今は休みが欲しい。  どう考えても精神的にも肉体的にも休養が必要だ。  巷で流行ってる「スパイス」を買ってみようと思う。  「ラストドラッグ」なんて言われてるけど、違法じゃないみたいだし依存性もタバコ以下らしいからものは試しだ。  近くに売ってる店あって良かった。 7/5  今日は休日。  大してすることもなかったので「スパイス」を飲んでみた。  1錠1500円は高くないか? どうなんだろう、と思ったけど。  飲んだ直後は何も思わなかったけどまず飯が美味い。  やたら美味い。思わず笑った。  冷凍チャーハンが馬鹿みたいに美味しく感じられた。  さらにだ。  ビールで頭が真っ白になった。  美味すぎる。  美味すぎた。  ヤバいなこれ。 7/8  月曜日に何の副作用も二日酔い感も無かったので平日だけど「スパイス」飲んだ。  仕事終わりの疲れがあったせいか少しふわふわしている。  ただの白米なのに感動出来た。  外食するのが馬鹿らしい。  いや外食の方がやっぱり美味く感じるのかな。  まぁいいや。  気持ちいい。 7/9  牛丼買ってきた。  なんだか味が濃くてキツかった。  やっぱり白米がいい。  味覚が敏感になっているのかな。  それより今日は音楽だ。  イヤホンで爆音で聴いたら胸の奥まで音が押し寄せた。  まさに怒涛。絶頂。  涙が勝手に流れてきた。  この歳になって音楽に感動出来るなんてな。  「スパイス」とはよく言ったものだ。 7/11  あいつが10錠12,000円でいいって言うから20錠買った。  下手に外食やらしょうもない飲み会に行くくらいならスパイス飲んで白米の方が何千倍も満足感ある。  今日はやたら眠たい。  疲れてるのか。  やっぱり連休が欲しい。 7/15  スパイス→ビール→白米&しらすにウーロン茶。  最強。  楽しくて仕方がない。  加奈に振られたのも今となっては運命だった。  彼女がいたらスパイスに倍の金額かかってた。 7/18  仕事したくない。  帰ってからも仕事仕事仕事。  せっかくスパイスあってもゆっくり楽しめない。もったいない。  社食が不味すぎてとうとう食パンに変えた。  食パンとコーヒーの方が遥かに美味しい。  やっぱり味覚が変わったのかな。  塩分摂りすぎたり添加物が無いと美味しいと思えないよりマシ。 7/30  熱が出て病院に行った。  栄養失調らしい。  野菜も摂ることにしようと思ってトマト買ってみた。  今の野菜は高いな。  でも塩ちょっと振るだけでこんなに美味しいなんて知らなかった。  最近はウーロン茶もエグく感じる。  水最強。 8/5  母親から盆は帰るのかと連絡がきた。  せっかく連休でスパイス楽しめるんだ。  家族がいるなんて冗談じゃない。 8/13  盆休み最高。  スパイス最高。  そういえば最近風俗にも行ってないがそもそも性欲がわかない。  なんてコスパいいんだスパイス。  「ラストドラッグ」とはよく言ったものだ。  楽しすぎる。 8/15  盆休みが終わる。  仕事行きたくない行きたくない行きたくない。  誰とも会いたくない。  家にいたい。  いやだいやだいやだいやだ。 8/16  携帯解約した。  SNSがうっとうしい。  音楽があればいい。  もう仕事は行かない。  スパイスは定期便にしてくれた。 8/17  ブッチした初日ともあってはらはらしたけど今は落ち着いた。  少し前からコンビニの500円ワインにハマってる。  なんてうまさだ。 8/22  親が乗り込んできて大変だった。  びょう院だの施せつだのうるさかった。  かみ切ってないくらいなんだっていうんだ。  やせたんじゃない。  食事が改ぜんされたんだ。  てん加物のないけんこう的な体だ。  新しい仕事さがすか。 8/29  やっとけいさつからかい放された。  い法じゃないってはじめから言ってるのに。  ばかめ。  やっとスパイス飲める。 8/30  スパイスかみくだくとこんなに甘いなんてどうして今まで気づかなかったんだ。  かんだ後の水がまたうまい。  きもちいい。 9/  ぜんぶおいしくない。  スパイスだけおいしい。  まずいものはたべなくていい。  まずいものはぜんぶどく。 9/20  木がうたってる。  小とりがうたってる。  ちきゅうがまわってる。  きもちいい。 1 0 が つ  か  な  こ えが きき た い
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作者:珈琲時間
2026/09/29 • 👁 86回 • 💬 1件
ホラー・怪談
114文字 約1分で読了

彼に言わせたい

私の奇行も笑ってくれる彼が大好きだ 最近は彼に同じ音を使わせるゲームを楽しんでいる 対戦ゲーで彼の攻撃をもらいに行ったり 「それ、くらうん?」 個人的には好みじゃない良い車を買ったり 「それ、くらうん?」 彼の浮気相手を高めの車で調理したり
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作者:ごみがき
2026/09/28 • 👁 130回 • 💬 0件
ホラー・怪談
1061文字 約3分で読了

コール

 返事をしてはいけないよ、 あの向こうに連れ去られてしまうから。  ばかばかしい迷信だと思った。 精霊が連れ去ってしまう。そんなことは子供のおとぎ話だ、親が子供を危険から遠ざけるための。だが危険とは一体何なのだ…… 窓を開けて寝てはいけない、夜中に声を出してはいけない、声を出して返事が帰ってきたからと言ってまた返事をしてはいけない。 子供の頃祖母にそう言われた。 連れ去られてしまうらしい。何にかと聞いたが結局はよくわからない。  でこぼこ道を走る。 携帯の受信音が鳴った。 俺は鞄から取り出そうと手を伸ばす。 誰からかかってきたかを確認しないで電話に出た。 ひどくノイズが入っていて 音声が聞き取れない。 「もしもし、もしもし……」 相手が何を言っているのか聞き取れないままそう繰り返す。 俺は携帯を切った。 一体誰からだったのだろう? まあいい後で確認すれば……  久々に田舎にやってきたのだ。 子供の頃、祖父母の家に遊びに来て以来だろうか。 俺の住む家の郊外とは違って、めったに人に会うこともない。そもそも こんな田舎にやってきたのは祖父母が亡くなって、その土地の売却のためだった。 荒れ放題になった時はもう二束三文にしかならないだろうが、それでも自分の目で確認しておく必要はあった。 家は 取り壊さなくてはならない。 家を取り壊して土地を売ればプラマイゼロだろう。 人が手入れをしなくなった森というのは嫌な気配がする。 荒れ果てた土地を見た時 そう感じた。 もはや人間の手を離れ来放題、魑魅魍魎のすみかと化しているのだ。明日にはここを離れるわけだから。 夜中にまた携帯が鳴る。 ……何なんだ 一体誰なんだ。 出てもやはり誰だか声がわからない。ひどいノイズだ。 こんな田舎だからだろうか。  翌朝また電話。 一体誰からなんだ… そこで奇妙なことに気がつく。 田舎の家には電気がない。 充電できていないのに電話だけがなる。 出てはいけない、頭の中で警告音が鳴り響く。 出てはいけない、急いでこの田舎から立ち去らねば…… そう思って車を走らせるが一体どこを通ればここから出られるのだ。 ナビが表示されない。 道を走らせているはずなのにまた村の中に戻ってきてしまう。 一体どうなってるんだ? 早くここを出ねば…… また電話の着信音が鳴る。 出てはいけない! 早くここから出て行かなくては 着信音が鳴り続ける。 出てはいけない……… 出てはいけない…… 出てはいけない… 出ては…………… 「変ね。お父さんに電話するのにいくら電話しても繋がらないの」 「おばあちゃんの田舎に行くって言ってなかった?」 「……うん、でもそこはもうダムの底なの……」
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作者:しとえ
2026/09/28 • 👁 64回 • 💬 0件
ホラー・怪談
1559文字 約4分で読了

視線の行方

 怪談を書いてみようと思った。  普段は悪役令嬢モノやファンタジーばかり書いている。怪談にはあまり触れてこなかったが、短いものなら一度くらい試してみてもいい気がした。  いざパソコンを前にすると、何を書けば怪談になるのかよく分からなかった。幽霊を出せばいいのか。血まみれの女でも立たせれば、それらしくなるのか。たぶん、少し違う。  怪談というのは、もっと普通の生活の中に、説明のつかない異物がひとつまみ混じるような話ではないか。そう考えて、身近な出来事を探した。  ちょうど、その日の帰宅時に妙なことがあった。朝、電源を落として出たはずのパソコンが起動していたのだ。  シャットダウンしたつもりで、スリープにしていたのかもしれない。一応、設定も確認したが、自動で起動するような項目は見当たらなかった。とはいえ、パソコンのことだ。更新か何かで、こちらの知らない動きをすることくらいはあるのだろう。  その程度で済ませた。ただ、怪談の導入には使えそうだった。 『――家に帰ると、消したはずのパソコンがついていた。』  そう書いてみたものの、これだけではただの不具合だ。少し考えて、その続きに一文を足した。 『――それから、部屋にいるあいだ、ずっと誰かに見られているような気がした。』  書き終えたところで、ふと背後が気になった。  振り返っても、もちろん何もいない。自分で怪談を書いて、自分で怖くなるとは世話がない。その夜はそう考えて、続きを閉じた。  翌日、視線の正体をどうするか考えた。誰かがいることにするのか。どこから見ているのか、なぜ見ているのか。設定はいくらでも作れる。  けれど、考えているうちに、また背後が気になった。気配はない。ただ、振り向けば目が合うような気がする。それだけだった。  結局、正体について書きかけた部分は消した。何なのかも、なぜ見ているのかも分からない。そのほうが嫌だったし、怪談ならそれでいい気がした。  それからも書き進めているあいだ、まとわりつくような視線は消えなかった。食事をしていると天井が気になり、髪を乾かしていると、ドライヤーの音に何かが紛れているような気がした。照明を消したあとは、部屋のどこを見ればいいのか分からなくなる。  けれど、どこから見られているのかは分からなかった。  ある夜、執筆を終えて席を立った。スリープに入ったモニターが黒くなり、そこに部屋がぼんやり映った。机と椅子、ベッド。その奥に、自分の姿もある。  自分の背後だけが、少し暗かった。何かが立っているようにも見えた。  振り返ったが、何もいない。もう一度モニターを見ると、ただの暗い部屋が映っていた。  そのことも小説に書こうとしたが、数行ほど書いてからやめた。姿まで出したら、説明しすぎる気がした。  結局、最後まで視線の正体は書かなかった。原因も、最後にどうなったのかも書かなかった。分からないものは、分からないままにしておいた。  それで完成とし、その夜、投稿サイトで公開した。  反応は思っていたよりよかった。 「じわじわ怖かったです」 「こういう怪談好きです」 「最後まで何だったのか分からないのがいいですね」  そんな感想がいくつも届いた。  そして、投稿した翌日から視線を感じなくなり、パソコンも勝手に起動しなくなった。三日経っても、一週間経っても、何も起きなかった。  夜に後ろを気にすることもなくなり、パソコンの電源を落としたかどうかをわざわざ確かめることもなくなった。作品のアクセス数も落ち着き、感想欄を開くことも減った。  やはり、書いているあいだだけ神経質になっていたのだろう。そのこと自体、ほとんど忘れかけていた。  ある夜、久しぶりに投稿サイトを開いた。新しい感想が一件ついていた。 「なぜ、投稿した」  投稿者は、退会済みユーザーだった。  しばらく、その一文を眺めたあと、その感想を削除した。
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作者:錆猫てん
2026/09/27 • 👁 110回 • 💬 0件
ホラー・怪談
820文字 約2分で読了

『メイワクですスてないでください』

昨日、後片付けでバタバタしていたせいで、ギリギリになったゴミ出しで、ゴミ捨て場に向かうと張り紙が貼ってあった。 『メイワクですスてないでください』 急ぎで回収業者が書いたのだろうか? シワシワの紙にガタついてかなり汚い字で書いてあった。 誰かが別日のゴミを出したのだろうと、私は気にせず燃えるゴミを出した。 『フカイですジブンでソウジしてください』 次のゴミ回収日にも、貼ってあった。 最初は読みやすさと強調の意味でカタカナで書いたのだと思っていたが、もしかして、子供が書いただろうか? 何にせよ、以前の張り紙は効果がなかったらしい。 『スんでるヒトのキモチをカンガえてください』 なるほどと腑に落ちた。 どうやら向かいのマンションに住んでいる子供が書いたのだろう。 また気にせず、ゴミを出す。 『まだキがツかないの?おマエだよ?』 とうとう堪忍袋の緒が切れたらしい。 怒りにまかせて書いたであろう張り紙。 近所の子供という推理は合っていたらしい。 ――次のゴミの日。 遠目から紙に書かれた文字数が変わっていることを確認する。 また今日もか。 燃えるゴミを出すため、近づく。 文字が読めるまで近づくと私はゴミ袋を落とした。 『スイドウカン』 私はゴミ袋をそのままにして、家に帰り、カギをガチャガチャと焦りながらもかけたあと、スタンガンと包丁を手に取り、家中のドアや押し入れを片っ端から開けた。 手の先が冷たくなる。 汗が背中を伝う。 次に考えたのは盗聴器や隠しカメラの類。 ネットでそういった被害を調べて、思い当たる場所を確認し尽くしたが見当たらなかった。 誰もこの家にいない。 誰にも聞かれてない、見られていない。 ――最期に立ち寄った風呂場。 あの日を思い出しつつ、わずかに残った赤黒い跡を睨む。 自身の息切れと換気扇の音、わずかな水音。 何故か私の心音は自覚できるほどハッキリと聞こえ、周囲の音はどんどん大きくなっていくように感じた。 ……頭上から子供の声が聞こえた。 『迷惑です。棄てないでください。』
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2026/09/27 • 👁 68回 • 💬 0件
ホラー・怪談
727文字 約2分で読了

ゴミ袋の色

 週に一回のゴミの日が来た。   「ゴミ出しに行くよ」 「うん、ちょっと待って。髪を結うから」 「待ってるね」  こんなに暑いのに、彼女は長い髪を結ばない。  首元には髪が張り付いている。 「お待たせ。じゃあ行こうか」 「うん」  彼女は透明な袋を持つ。    私は彼女の空いた手に指を絡ませて、ゴミ捨て場まで行く。  以前、当番制にした時に揉めてしまってからは、二人で行くようになった。  これで喧嘩の種を摘んだ。 「おはようございます」  ご近所さんがほほ笑んでいる。今日は息子さんの姿がない。  いつも不愛想だった息子さん。でも必ず一緒にゴミ捨てに来ていた。  持っている袋の色は赤。 「おはようございます。今日は赤なんですね」   「ええ、すっきりしました」  最近、ご近所さんは悩んでいると愚痴を言っていた。  悩みが解消したらしい。  その後、一言二言やり取りをして、私たちもゴミを出す。  子供の受験も、義母との確執も、すべて解決したらしい。    彼女と「よかったね」と言いながら、ゴミ捨てが終わった。  帰り際、彼女は「次は黒色買わないと」と言う。  私も「そうだね」と言う。  黒い袋があるのは知っていたけれど、なにに使うかは知らない。  帰ったら黒色は何か調べよう。  そう思うけれど、きっとすぐに忘れる。  家に着いたが暇だ。  「今日休みだよね、何しよう」  「とりあえず、家事しないと」  彼女は、長い髪を指先でいじりながら言う。  付き合う前からの癖だから、私は特に何も言わない。 「そうだね、家事しようか」  私たちは、洗濯物を干したり、床掃除や、ついでに窓も掃除をした。  そんな一日だった。  翌週。   「ゴミ捨て行くよー」  彼女の手には黒いゴミ袋。  指先はいつもの癖の行き場を失って、服の裾を弄っている。  しばらくしたら、そのシャツの裾はよれて、透明なゴミ袋行きだろう。
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作者:ReiN.
2026/09/27 • 👁 72回 • 💬 0件
ホラー・怪談
3901文字 約8分で読了

なにかいる

 蒸し暑い熱帯夜だった。  エアコンは22度に設定されているはずなのに、室内の空気は澱み、肌にじっとりと嫌な汗がまとわりつく。  都内の古いワンルームマンションに引っ越してきてから、ちょうど二ヶ月が経つ。会社員の上田拓也がその「違和感」を覚え始めたのは、ほんの一週間ほど前のことだった。  最初は、些細なことだった。  仕事から帰ると、朝出かける前にきっちりと閉めたはずのクローゼットの引き戸が、ほんの数センチだけ開いている。  最初は自分の閉め忘れか、あるいは電車の振動のせいだろうと考えた。  しかし、それが毎日のように続く。  ある日は、キッチンの換気扇のスイッチが入っていた。またある日は、洗面所の鏡に、まるで濡れた手でなぞったような歪な一本の線が引かれていた。  誰かが、自分の留守中に部屋に入っているのではないか。  そう考えると、背筋に冷たいものが走った。ストーカーか、あるいは空き巣の類いだろうか。  管理会社に相談したが、鍵や窓にこじ開けられた形跡はなく、防犯カメラにも不審な人物は映っていないという。  取り合ってもらえなかった拓也は、自衛のためにインターネットであるものを購入した。  動体検知機能付きの、小さなネットワークカメラだ。  手元に届いたその日の夜、拓也はそれを本棚の隅、部屋全体とクローゼットが画角に収まる位置に設置した。  スマートフォンに専用のアプリを入れれば、外出先からでもリアルタイムで部屋の様子を確認できるし、何かが動けば自動で録画され、通知が届く仕組みになっている。  これで証拠を掴んで、警察に駆け込もう。そう思っていた。  翌日、拓也はいつも通りに出勤する。オフィスで仕事をしている間も、ポケットの中のスマートフォンが気になって仕方がなかった。幸い、午前中は何の通知も来なかった。  昼休みになり、会社のデスクで弁当を食べ終えた拓也は、何気なくスマートフォンのアプリを開いた。  画面には、誰もいない静まり返った自分の部屋が映し出されている。カーテンの隙間から差し込む昼の光が、畳まれた布団や机を虚しく照らしていた。 「……なんだ、やっぱり気のせいだったのかな」  安堵とも落胆ともつかない息を吐き、画面を閉じようとしたその時だった。  画面の奥、部屋の隅にあるクローゼットの引き戸が、ほんの少しだけ動いたように見えた。  拓也は息を呑み、画面を凝視した。スマートフォンの画面を指でピンチアウトし、クローゼットの周辺を拡大する。  引き戸は、やはり数センチだけ開いていた。その暗い隙間に、拓也の目は釘付けになった。  暗闇の中に、何かがある。  それは、白かった。  球体に近い、人間の頭ほどの大きさのものが、クローゼットの床すれすれの低い位置に転がっているように見えた。  いや、転がっているのではない。それは、じっと静止していた。  拓也がさらに画像を拡大すると、背中の汗が一気に噴き出すのが分かった。  それは、人間の「顔」だった。  ただ、尋常な顔ではなかった。皮膚は死人のように土気色で、髪の毛は一本もなく、完全にハゲ上がっている。  そして何より異常なのは、その配置だった。目と鼻と口が、まるで粘土を乱暴に捏ね繰り回したかのように、中心に向かってぐにゃりと歪んで配置されていた。  その歪んだ顔にある、異様に巨大な二つの眼球が、クローゼットの隙間からじっと、カメラのレンズを見つめている。  拓也は悲鳴を上げそうになるのを、必死で手で押さえた。  心臓が警鐘のように激しく脈打つ。頭の中が真っ白になり、指先がガタガタと震えた。  スマホの画面の中の「それ」は、微動だにしない。ただ、見つめている。  カメラの向こうにいる拓也の存在を、完全に知っているかのような、深く、底知れない悪意に満ちた視線だった。 「帰らなきゃ……」  拓也は上司に「急に体調が悪くなった」と嘘を告げ、半ば飛び出すように会社を後にした。  電車に飛び乗り、スマートフォンを何度も確認する。画面の中の怪物は、相変わらずクローゼットの隙間からカメラを睨み続けていた。  動体検知の通知が来なかったのは、その怪物が「全く動いていない」からだ。ただそこに存在し、凝視している。その事実が、たまらなく恐ろしかった。  最寄り駅に着き、拓也は全力で走った。  九月のじっとりとした湿気を含んだ風が顔を叩くが、暑さなど微塵も感じない。  全身を支配しているのは、凍りつくような恐怖だけだった。  マンションの階段を駆け上がり、自分の部屋の前に立つ。  ドアノブに手をかけた瞬間、強烈な躊躇いが襲ってきた。このドアを開けたら、あの歪んだ顔の怪物が、本当に室内にいるのだ。  しかし、このまま放置するわけにはいかない。  拓也は震える手で鍵を差し込み、一気にドアを開け放った。 「誰かいるのか!」  大声を張り上げながら、拓也は狭い玄関を通り抜け、一部屋きりの居室へと踏み込んだ。  部屋の中は、静まり返っていた。カーテンの隙間から西日が差し込み、埃が光の粒となって宙を舞っている。  拓也はすぐに本棚の上のカメラを見た。レンズはしっかりとクローゼットの方を向いている。  そして、ゆっくりと視線をクローゼットへと移した。  引き戸は、閉まっていた。  一歩、また一歩と近づき、クローゼットの戸を勢いよく開ける。  中には、ハンガーに掛けられたスーツや、いくつかの衣装ケースがあるだけだった。奥の暗闇にも、誰も隠れていない。  ベッドの下も、キッチンの陰も、トイレも、風呂場も、すべて確認したが、誰もいなかった。 「……いない?」  拓也はへなへなとその場にへたり込んだ。全身からどっと冷や汗が流れ落ちる。  やはり、仕事のストレスで見間違いをしたのだろうか。あの不気味な顔は、クローゼットの中の荷物の影か何かが、スマートフォンの画質の粗さによって顔のように見えただけではないのか。シミュラクラ現象というやつだ。  そう自分に言い聞かせ、無理やり笑おうとした。 拓也はポケットからスマートフォンを取り出し、確認のために再びアプリを起動した。  自分が今いる部屋の映像が、画面に映し出される。  画面の中の部屋は、カメラの視点から捉えられている。  床に座り込んでスマートフォンを眺めている自分の後ろ姿が、そこにはっきりと映っていた。 「あぁ、やっぱり誰もいないじゃないか……」  安堵の言葉を漏らそうとした拓也の視線が、画面の一角で凍りついた。  画面の中の部屋。  座り込んでいる拓也のすぐ後ろにあるクローゼットの引き戸が、ゆっくりと、音もなく開き始めていた。 「え……?」  拓也は現実の首を動かし、後ろを振り返った。  クローゼットの戸は、きっちりと閉まっている。  何も起きていない。  しかし、スマートフォンの画面の中では違った。  引き戸は完全に開き、あの、髪の毛のない、顔のパーツが中心に歪んで集まった土気色の怪物が、ずるりと這い出てきている。  怪物は長い、骨と皮だけの細い手足を不自然な方向に折り曲げながら、蜘蛛のような動きで、床に座る拓也の後ろ姿へと近づいていく。  現実の部屋には、誰もいない。音もしない。  だが、手の中の画面では、怪物が拓也のすぐ背後にまで迫っている。  これは過去の録画映像ではない。画面の右上には「LIVE」と赤く点滅している。紛れもない、今この瞬間のリアルタイムの映像だった。 (後ろを見ちゃダメだ)  本能がそう叫んでいた。振り返っても、現実の視界には何も映らないだろう。しかし、画面の中では、怪物の長い指が、自分の肩に触れようとしている。  拓也の身体は恐怖のあまり完全に硬直した。指一本動かすことができない。エアコンの冷気が、じっとりと濡れた背中を冷やしていくが、心臓は狂ったように熱く脈打っている。  スマートフォンの画面の中で、怪物は拓也の背中にぴたりと張り付いた。  そして、その歪んだ顔を、拓也の右肩越しにぐいと突き出した。  怪物の巨大な眼球が、画面の中で拓也の顔をじっと見つめる。  そのとき。  現実の拓也の右肩に、じわりと、氷のように冷たい、湿った「重み」が落ちてきた。  部屋の空気は変わらないはずなのに、右の耳元だけが、異常に冷たい。  現実には誰も見えない。しかし、確かに「そこにいる」という確信が、肌を通じて伝わってくる。  画面の中の怪物は、ゆっくりと口を開いた。その口の中には、ぎっしりと、人間のものとは思えない細かく鋭い歯が並んでいる。  怪物は画面越しに拓也の目を真っ直ぐに見つめながら、その裂けた口を、拓也の耳元へと近づけていった。  現実の拓也の耳元で、カサリ、と乾いた肉が擦れるような音がした。  そして、じっとりと湿った冷たい息が、拓也の鼓膜を直接揺らした。 「みーつけた」  それは、聞き覚えのある、しかし酷く歪んだ、拓也自身の声だった。  恐怖が頂点に達し、拓也の視界が暗転しかけたその瞬間、スマートフォンの画面が突然、激しい砂嵐に覆われた。チチチ、という電子音と共に接続が切れ、画面は真っ黒な沈黙へと戻った。  静寂が部屋を包む。  肩の重みは、消えていた。耳元の冷たい息も、もう感じない。  拓也は激しく荒い呼吸を繰り返しながら、這うようにして部屋の隅へ移動し、壁に背中をぴったりと押し付けた。これでもう、後ろから襲われることはない。  拓也は震える手で、暗転したスマートフォンの画面を見た。  電源が落ちたわけではなかった。ただアプリが落ちただけのようだ。画面の黒いガラスには、自分の怯えきった顔が鏡のように映り込んでいる。  拓也は、ふと気づいた。  スマートフォンの画面に映る、自分の顔。  その顔の背後、つまり、自分が今背中をぴったりと押し付けているはずの「壁」の中から。  髪の毛のない、歪んだ二つの眼球が、壁を透過するようにして、じっと自分を見つめ返していることに……。
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作者:河内謙吾
2026/09/27 • 👁 123回 • 💬 0件
ホラー・怪談
1070文字 約3分で読了

肉食主義者を肉にする会

「すみません。ちょっとお話、いいですか」  あ、宗教の人だ。  面倒だな。  居留守を決め込み、僕は炬燵に潜り込んだ。  その間ピンポンが二度鳴り、やがて静かになった。  と思えば、そいつはお経みたいな声で、手前勝手に喋り出した。 「甘利天吾さん、ですね。今、人間の食生活は、危機的状況にあります」  何だよ、いきなり勝手に喋んなよ。  炬燵に寝転び、僕は鼻を穿っていた。 「例えば、甘利さんが宅配で購入している豚バラ肉。あれは子豚です。思い浮かべてみてください。つぶらな瞳、母豚の乳房に吸い付く力強さを」  嫌だ何これ、ヴィーガンの会かよ?  不快になり、怒鳴ってやろうかと考えたが、やはり面倒なのでやめた。  その夜、僕は予定していた豚肉料理をやめて照り焼きチキンを食った。  二日目。 「甘利さん、ブロイラーの一生をご存じですか? 」  知らねーよ。  僕はまたもや居留守を決め込んだ。  触らぬ神に祟りなし、だ。 「彼らは、真っ暗な狭い場所で、犇めくようにして暮らしています。ベルトコンベアに流される餌をひたすら食し、陽の目を見るのは一生に一度、出荷の時だけ」  その日、僕は昨日の残りのチキンを食うのをやめて牛丼をデリバリーした。  三日目。 「甘利さん、霜降りというのは牛の本能を制御して運動不足の状態を作り上げる。脂はね、動かないほど美しくなるのです」  たちまち、食欲が失せた。  その日僕は、唯一の楽しみだった夕食を抜いた。  男はそれからも、毎日決まった時間に現れた。  そうしてきっかり三分間、説教をして帰ってゆく。  僕は、居留守を使い続けた。  こうしてひと月が経ったある日。 「甘利さん……」  僕は、初めてそいつのために戸を開けた。 「宗教家さん、いらっしゃい。僕、ようやく気づきました」  澄んだ瞳が、僕の底を見つめていた。  今、冷蔵庫には、三日分の肉が、食べかけのまま残っていた。  黙って差し出された手。  久しぶりの人の温もりに、涙が溢れた。 「十年ぶりに、人の温度を感じました。あなたは、こう仰りたかったのですよね?」  僕の口から、すらすらと言葉が出た。 「僕のような生命にも、できることがあると」  澄んだ目が、三日月のように細くなった。 「僕は、あなたについてゆきます」  強く握られた手が、心地よかった。  数時間後。  ビニールカーテンで囲われた僕のベッドに、防水シートが掛けられた。  静謐な気持ちで、そこへ寝そべる。  澄んだ瞳は、瞬きすらせず僕の身体を見下ろしている。  首元にチクリと痛みを感じた。  すぐに手足が痺れ、動かせなくなった。  瞼さえ、閉じられない。 「委ねなさい。全てを」  金属が沈み、首に温かいものが伝った。  ああ、これでようやく還れる。
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作者:佳乃こはる
2026/09/25 • 👁 118回 • 💬 0件