ホラー・怪談

視線の行方

1,559文字 約4分で読了
作者:錆猫てん
 怪談を書いてみようと思った。  普段は悪役令嬢モノやファンタジーばかり書いている。怪談にはあまり触れてこなかったが、短いものなら一度くらい試してみてもいい気がした。  いざパソコンを前にすると、何を書けば怪談になるのかよく分からなかった。幽霊を出せばいいのか。血まみれの女でも立たせれば、それらしくなるのか。たぶん、少し違う。  怪談というのは、もっと普通の生活の中に、説明のつかない異物がひとつまみ混じるような話ではないか。そう考えて、身近な出来事を探した。  ちょうど、その日の帰宅時に妙なことがあった。朝、電源を落として出たはずのパソコンが起動していたのだ。  シャットダウンしたつもりで、スリープにしていたのかもしれない。一応、設定も確認したが、自動で起動するような項目は見当たらなかった。とはいえ、パソコンのことだ。更新か何かで、こちらの知らない動きをすることくらいはあるのだろう。  その程度で済ませた。ただ、怪談の導入には使えそうだった。 『――家に帰ると、消したはずのパソコンがついていた。』  そう書いてみたものの、これだけではただの不具合だ。少し考えて、その続きに一文を足した。 『――それから、部屋にいるあいだ、ずっと誰かに見られているような気がした。』  書き終えたところで、ふと背後が気になった。  振り返っても、もちろん何もいない。自分で怪談を書いて、自分で怖くなるとは世話がない。その夜はそう考えて、続きを閉じた。  翌日、視線の正体をどうするか考えた。誰かがいることにするのか。どこから見ているのか、なぜ見ているのか。設定はいくらでも作れる。  けれど、考えているうちに、また背後が気になった。気配はない。ただ、振り向けば目が合うような気がする。それだけだった。  結局、正体について書きかけた部分は消した。何なのかも、なぜ見ているのかも分からない。そのほうが嫌だったし、怪談ならそれでいい気がした。  それからも書き進めているあいだ、まとわりつくような視線は消えなかった。食事をしていると天井が気になり、髪を乾かしていると、ドライヤーの音に何かが紛れているような気がした。照明を消したあとは、部屋のどこを見ればいいのか分からなくなる。  けれど、どこから見られているのかは分からなかった。  ある夜、執筆を終えて席を立った。スリープに入ったモニターが黒くなり、そこに部屋がぼんやり映った。机と椅子、ベッド。その奥に、自分の姿もある。  自分の背後だけが、少し暗かった。何かが立っているようにも見えた。  振り返ったが、何もいない。もう一度モニターを見ると、ただの暗い部屋が映っていた。  そのことも小説に書こうとしたが、数行ほど書いてからやめた。姿まで出したら、説明しすぎる気がした。  結局、最後まで視線の正体は書かなかった。原因も、最後にどうなったのかも書かなかった。分からないものは、分からないままにしておいた。  それで完成とし、その夜、投稿サイトで公開した。  反応は思っていたよりよかった。 「じわじわ怖かったです」 「こういう怪談好きです」 「最後まで何だったのか分からないのがいいですね」  そんな感想がいくつも届いた。  そして、投稿した翌日から視線を感じなくなり、パソコンも勝手に起動しなくなった。三日経っても、一週間経っても、何も起きなかった。  夜に後ろを気にすることもなくなり、パソコンの電源を落としたかどうかをわざわざ確かめることもなくなった。作品のアクセス数も落ち着き、感想欄を開くことも減った。  やはり、書いているあいだだけ神経質になっていたのだろう。そのこと自体、ほとんど忘れかけていた。  ある夜、久しぶりに投稿サイトを開いた。新しい感想が一件ついていた。 「なぜ、投稿した」  投稿者は、退会済みユーザーだった。  しばらく、その一文を眺めたあと、その感想を削除した。
2026/09/27 ・ 👁️ 110回 ・ 💬 0件

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