コメディ・日常
476文字 約1分で読了

引き換えパンダ

「パンダさん、いなくなっちゃったんだね」 パンダのぬいぐるみを抱えてしょぼんとしている息子。 息子が誕生日の春休みにはいつも白浜のパンダを見に行くことにしていた。 写真立てには去年のパンダを見に行った写真が飾ってある。 今年はパンダが全部中国に返還されていなくなってしまった。  5歳の誕生日がもうすぐやってくる。 息子が3歳の時、4歳の時の写真を私はちらりと見た。 「パンダしゃん!」 初めて見たパンダを目の前に、そう言ってはしゃいでいた息子の記憶が脳裏によみがえる。 今年は違うところにしようか。 もちろん白浜はとても楽しいけれど、違うところに連れて行ってもいいかもしれない。 しょんぼりしている息子に違うところの場所の話をどうやって持ちかけようか。YouTubeで他の場所の映像を探す。  だがそれを見た息子は、 「やっぱり白浜がいい。楽しかったもん」 と言った。 「そっか。じゃあ今年も白浜に行こう!」 息子はパンダのぬいぐるみを抱えたまま嬉しそうに、 「うん!」 と言った。 パンダがいなくても、きっと楽しいことはいっぱいある。  見ててよパンダさんたち、私と息子は今年も楽しむんだから!
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作者:しとえ
2026/10/08 • 👁 52回 • 💬 0件
コメディ・日常
206文字 約1分で読了

黒電話

「ばあちゃんこれは何?」 孫が家にやってきてそう尋ねる。 「電話だよ」 「なんかママが持ってるのと違う」 娘はスマホしか持っておらず家に固定電話はない。 今時の家庭はそんな家庭が多いのだろう。 「どうやってかけるの?」 孫はキラキラした目でこっちを見る。 「数字のところをこうやって回して……」 私のスマホが鳴ったのを見て孫は大喜び! 「ばあちゃん僕もやりたい!」 「いいよ」 そして家の中で黒電話からスマホへと電話しながら話す私たち。
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作者:しとえ
2026/10/08 • 👁 52回 • 💬 2件
コメディ・日常
2681文字 約6分で読了

日曜の朝市と来週の樽

 午前五時半のやまぶき市は、まだ市場ではなかった。  川沿いの細い通りに軽トラックが何台も入り、荷台から折り畳みの台や木箱が下ろされている。水を打たれた石畳の上では、野菜、干物、花、漬物、それぞれの屋台が夜明け前の暗がりから少しずつ形になっていた。  日曜の朝六時から十時まで。  その四時間だけ、この通りは朝市になる。  玲奈は眠い目をこすりながら、母から聞いた場所を探した。  漬物屋〈たから屋〉は、通りの中ほどにあった。  生成りの布を屋根代わりに張った小さな屋台で、売り台の後ろに大小の木樽が並んでいる。  大きな樽を軽トラックから降ろしていたのは、腰の曲がった店主ではなかった。隣の花屋の青年と、向かいの干物屋の主人が二人がかりで運び終えたところだった。 「助かったよ」  小柄な老婦人が言うと、二人は慣れた様子で自分たちの屋台へ戻っていった。  朝市では、重い荷物の上げ下ろしを近くの店同士で手伝うらしい。 「遅い」  老婦人が玲奈を見た。 「五時半って聞いてましたけど」 「五時半に来たら、五時半から働けんでしょうが」  この人がキヨらしい。  昨日、母から電話があった。  キヨが腰を傷めて、満杯の樽や重石を持てなくなった。朝市仲間が搬入までは手伝ってくれるが、みんな自分の屋台がある。営業時間中の力仕事と、終わったあとの片づけだけでも手を貸してほしい。  一日でいいから行ってくれないか。  玲奈は最初、断った。繁忙期が続いていたし、日曜くらい昼まで寝たかった。  けれど「重いものだけでいいから」と言われ、結局ここにいる。  本当に一日だけ。  そう決めていた。  キヨは紺色のエプロンを渡し、樽を指した。 「その蓋、開けて。中は触らんでよ」  玲奈が蓋を外しているあいだにも、キヨは浅漬けを入れた小さな容器を売り台へ並べていく。  軽いものなら自分で動かせるらしい。 「こっちの樽、下に入れて」 「これですね」  玲奈が抱えると、ずしりと腕に重さがかかった。  なるほど、これを腰の悪い老人に持たせるわけにはいかない。  樽を売り台の下へ収めているあいだにも、通りはどんどん賑やかになった。  向かいでは味噌汁の鍋から湯気が立ち、隣の花屋では青年がバケツいっぱいの菊を並べている。干物屋の網には銀色の魚が一列に寝かされていた。  六時になる頃には、さっきまで荷物ばかりだった石畳を人が歩き始めた。 「あれ、キヨさん。今日は助手つき?」  最初の客が玲奈を見て笑った。 「一日だけ」  キヨが答える。  玲奈はまだ袋の置き場所すら覚えていなかった。  客は胡瓜を二本頼んだ。  三種類あるうちのどれを取ればいいのかわからず手を止めていると、キヨが浅く漬かったものを選んだ。 「あんた昨日、飲んだろ」  客は驚いた顔をして、それから笑った。  次の客には別の容器から茄子を出した。  その次には、少し酸味の進んだ白菜。  玲奈には違いがよくわからない。  漬物なんて、定食の端に二切れついているものだと思っていた。  あっても困らない。  なくても、たぶん困らない。  七時を少し回った頃、背広姿の男が屋台の前で足を止めた。 「おはよう、キヨさん」 「今日は早いね、佐伯さん」  名前はそこで初めて知った。  キヨは注文を聞く前に、白菜を取り出した。 「いつもの、二百で」  玲奈が量り、キヨが一枚だけ足して包む。  佐伯は代金を置くと、古い木の看板や樽を眺めた。 「今日もまだ、ここにあるな」 「朝から縁起でもない」  キヨはそう返しただけだった。  玲奈には、妙な挨拶にしか聞こえなかった。  しばらくして、キヨが胡瓜を一本差し出した。 「朝飯、食べた?」  玲奈が首を振ると、そのまま持たされた。  かじる。  ぱき、と小気味いい音がした。  皮は思ったより硬い。  その直後に冷たい水気と塩気が広がって、二度、三度と噛むうちに、最初にはわからなかったぬかの匂いが鼻へ抜けた。 「……白いご飯がほしいです」 「味噌汁なら向かい」  隣の花屋の青年が笑った。  玲奈ももう一口かじった。  九時前、人の流れが少し緩くなった。  キヨが腰に手を当て、屋台の後ろに置かれた大きな樽を指した。 「今度はあれ」  蓋の上には重石が載っていた。  玲奈が両手で持ち上げる。  思った以上に重い。  隣の花屋の青年や、向かいの干物屋がいつの間にかこちらを見ていた。 「樽開きです」  青年が言った。  その日最初に開ける樽を、近くの屋台の人たちがなんとなく見守る。昔から続く習慣らしい。  玲奈は重石を脇へ置き、蓋を持ち上げた。  ぬかの匂いが、朝の空気へふわりと広がる。 「あ」  表面の一部が白っぽく見えた。 「キヨさん、これ大丈夫なんですか」  キヨは中を覗き込んだ。 「昨日も見た。今日はこれでええ」  そして樽に手を入れた。 「手ぇかけりゃええってもんでもないんよ」  取り出された白菜には、ぬかが葉の奥まで入り込んでいた。  切り分けられると、見ていた人たちが一切れずつ摘まんだ。  まだ早い、これくらいがいい、来週ならもっと酸っぱくなる。  それぞれ好き勝手に言って、自分の屋台へ戻っていく。  玲奈も一切れもらった。  朝に食べた胡瓜とは全然違った。  白菜の甘さのあとから酸味が来る。芯はまだ歯ごたえがあって、葉は柔らかい。  明日なら、また少し違うのだろう。  来週なら、もっと。  ふと、朝の佐伯の言葉を思い出した。  今日もまだ、ここにあるな。  玲奈は屋台を見た。  欠けた木の看板。  古い樽。  日に焼けた布。  日曜の朝にだけ現れて、十時になれば何もなかったように消える場所。  来週も同じ場所に同じ屋台が出る。  けれど、樽の中身は少しずつ変わっている。 「玲奈。白菜」 「あ、はい」  声をかけられ、玲奈は慌てて量りへ戻った。  十時になると、朝市はあっけなく終わった。  野菜の木箱が軽トラックへ戻され、干物の網が畳まれる。  花屋の青年が〈たから屋〉の布屋根を外すのを手伝い、干物屋の主人は空いた木箱を荷台へ運んでくれた。  玲奈は重石を持ち、売り台の下にあった樽を引き出す。  朝にはただの隣人だと思っていた人たちが、声を掛け合いながら、それぞれの屋台を少しずつ片づけていく。  誰か一人の店を手伝っているというより、この朝市そのものを畳んでいるように見えた。  最後にキヨが、売れ残った胡瓜を紙袋へ入れた。 「持って帰り」 「こんなに?」 「売れ残り」  紙袋を押しつけられる。 「もう来んでもええから」  玲奈は袋を抱えた。  来週の日曜は寝ていたい。  洗濯も溜まっている。  録画したままのドラマもある。  だから、「また来ます」とは言わなかった。 「来週、開ける樽は何ですか」 「白菜」 「今日も白菜でしたよね」 「違う白菜。食べりゃわかる」  布屋根のなくなった石畳に、朝より高くなった日が差していた。  玲奈は紙袋から胡瓜を一本取り出した。  かじる。  ぱき、と音がした。
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作者:TakaTuki
2026/10/08 • 👁 61回 • 💬 0件
コメディ・日常
674文字 約2分で読了

とりあえず生中!

 スーパーのアルコールコーナーをカートを押しながらゆっくりと進む。 そろそろ冷蔵庫のビールが切れているから買って来なくちゃ。 だけどあの人、どのビールがいいって言ってたっけ? 私は全くアルコールを飲まないのでよくわからない。 そもそもどれが発泡酒でどれがビールなのかがいまいち分かっていない。 健康気にしてグリーンラベルのがいいって言ってたから発泡酒になるのだろうか。 おまけにグリーンラベルと言っても色々あるのだ。 私はしばらく考え込んで、サラダオイルのおまけがついている箱をカートに乗せた。二十四本入りだから一ヶ月はもつだろう。 家路に着く。  夫と知り合ったのは学生時代、居酒屋でアルバイトしていた時だ。 常連客で、いつも飲みっぷりが良い。 とりあえず生中! 注文はいつも同じだった。 ビールを豪快に飲み干して、会社の同僚たちと楽しそうにおしゃべりしている。第一印象は明るくて楽しそうな人だなぐらいだっただろうか……  実を言うと私は下戸だ。 ほんの少しのアルコールでも顔が真っ赤になり心臓がバクバク と破裂しそうなほど痛くなる。おそらくアルコールを全く受付けない体なんだろう。 夫が家に帰ってきてとりあえずビールを……いや発泡酒か? よくわからないけど飲み干すのを見るのが実はとても好きだ。 夫はもともと明るい性格だけどアルコールが入るとさらによくしゃべるようになる。 夫のおしゃべりを聞きながら私は麦茶を飲み干す。 おつまみのチーズを一緒に食べながら。 その時間がいつもちょっとだけ楽しみだったりする。  そろそろ夫が帰ってくる時間だ。 玄関で音がした。 「ただいまー!」 いつもの明るい声がする。
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作者:しとえ
2026/10/07 • 👁 35回 • 💬 0件
コメディ・日常
2466文字 約5分で読了

窓辺の白い猫

 十数年ぶりに降り立った駅のホームは、驚くほど記憶の中のそれと変わっていなかった。錆びついた看板、ペンキの剥げたベンチ、そして鼻を突く、湿った土と緑の匂い。東京での、あの神経を逆なでするような無機質な雑踏とは対極にある世界。  僕は重いスーツケースを引きずりながら、実家へと続く緩やかな坂道を登っていた。  会社を辞めたのは一か月前だ。理由は「適応障害」という、現代人にとってはありふれた、それでいて当事者にとっては致命的な病名だった。  画面の中の数字と格闘し、顔の見えない誰かからのメールに怯える日々。そんな生活の果てに、僕は自分の形を見失ってしまった。 「変わらないな、ここは……」  独り言が、乾いた空気に吸い込まれていく。  角を曲がると、古い木造二階建ての家が見えてきた。祖母が亡くなってから空き家になっていた、僕の生家だ。両親は早くに他界し、僕は祖母に育てられた。今は僕が管理を引き継いでいるが、こうして足を運ぶのは法事以来のことになる。  鍵を開け、重い引き戸を引くと、家特有の「眠っていた空気」が肺に流れ込んできた。埃っぽさと、古い木材の匂い。  僕は荷物を土間に置き、まずはリビングへと向かった。厚いカーテンを開けると、午後の柔らかな陽光が室内に差し込み、舞い上がる埃を金色の粒子に変える。  その時だった。 「……ん?」  思わず声が漏れた。庭に面した古い木枠の大きな窓。その縁(ふち)に、一匹の猫が座っていた。真っ白な毛並み。汚れ一つないその白は、西日を反射して神々しいほどに輝いている。  猫は僕の方を振り返ることもなく、ただじっと外の庭を眺めていた。 「君は……どこから入ったんだ?」  返事があるはずもない。猫はゆっくりと尻尾をひと振りすると、窓枠の上で丸くなった。まるでそこが、最初から自分の特等席であると主張しているかのように。  僕はその姿を見て、強烈な懐かしさに襲われた。  子供の頃、この家にはいつも、祖母が可愛がっていた白い猫がいた。確か、名前はシロ。もちろん、そのシロが今も生きているはずがない。二十年以上前の話だ。でも、窓辺で微動だにせず外を眺めるそのシルエットは、記憶の中のシロとあまりにも似ていた。  それからの数日間、僕と白い猫の奇妙な共同生活が始まった。  猫はいつの間にか家の中に現れ、いつの間にか姿を消す。餌をねだるわけでも、甘えてくるわけでもない。ただ、僕が掃除をしたり、縁側でぼんやりと茶を飲んだりしていると、必ず視界の隅に入ってくる。  ある日の午後、僕は押し入れの奥から一冊の古いアルバムを見つけた。ページをめくると、色褪せた写真の中に、若かりし日の祖母と、まだ小さかった僕が写っていた。そしてその傍らには、必ずあの白い猫がいた。 「シロはね、この家の守り神なんだよ」  不意に、祖母の声が脳裏に蘇った。 「あの子はね、悲しいことがあった時、静かに寄り添ってくれる。言葉はいらないんだよ。ただそこにいるだけで、心は救われるものなんだ」  当時の僕は、そんな祖母の言葉を、子供向けのおまじないのようなものだと思っていた。でも今、空っぽになった心でこの家に佇んでいると、その言葉が驚くほど深く染み渡ってくる。  東京での僕は、常に言葉に追われていた。  ――説明、謝罪、報告、提案。  言葉を尽くせば尽くすほど真意は遠ざかり、誤解だけが積み重なっていく。でも、この白い猫はどうだろう。彼は何も言わない。僕の事情を尋ねることも、励ますことも、責めることもしない。ただ同じ空間に存在し、僕と同じ光を浴びている。  一週間が過ぎた頃、僕は少しずつ、自分の内側が変化していくのを感じていた。  朝起きて庭の雑草を抜き、近所の商店街で買った食材で簡単な食事を作る。夜は静寂の中で、虫の声を聞きながら眠りにつく。  かつてあんなに僕を追い詰めていた将来への不安や社会への恐怖が、この家の中にいると、不思議と遠い世界の出来事のように思えた。  ある夕暮れ時、僕は窓辺に座る猫の隣に腰を下ろしてみた。  猫は逃げなかった。  手を伸ばせば届く距離。でも、僕はあえて触れなかった。触れてしまえば、この美しい幻が消えてしまうような気がしたからだ。 「なぁ……君は、シロなのか?」  問いかけると、猫はゆっくりと首を傾げ、青い瞳で僕を見つめた。その瞳の奥には、全てを見透かしているような深い静寂が宿っていた。  その時、窓の外で風が吹き、庭の金木犀が揺れた。甘い香りが部屋の中に流れ込む。  僕は唐突に思い出した。会社を辞める直前、最後に見た光景。  ビルの屋上から見下ろした、無数のヘッドライトの列。あの時、僕は「あの中に飛び込めば、楽になれる」と一瞬だけ考えた。それを踏み止まらせたのは、どこからか聞こえた微かな猫の鳴き声だったような気がする。  あれは空耳だったのだろうか。それとも、この猫が僕を呼び戻したのだろうか。  翌朝、目が覚めると、家中が妙に静まり返っていた。  いつものように窓辺へ向かったが、そこに猫はいなかった。庭を探し、家中を歩き回ったが、どこにも姿はない。  埃を被った古い木枠の窓。そこには、猫がいた痕跡など何一つ残っていなかった。ただ、朝日が差し込むその場所だけが、不自然なほど暖かかった。  僕は悟った。  ――猫は、もう来ない。  その日の午後、僕はスーツケースを広げた。でも、中に入っているのは帰るための荷物ではない。  僕は東京のマンションを引き払う手続きをするために、電話を手に取った。しばらくはここで暮らそうと思う。この古い家を直し、庭を整え、自分の足で土を踏みしめて生きていこう。  窓辺に座り、僕は一枚の写真を撮った。猫のいない、でも光に満ちたその窓辺を。  ふと見ると、庭の隅の木陰に白い影が動いた気がした。目を凝らしたが、そこには風に揺れる白い花があるだけだった。 「ありがとう……」  僕は誰にともなく呟いた。  窓の外では、新しい季節の足音が聞こえ始めていた。ノスタルジーという名の揺り籠を卒業し、僕は僕自身の人生を、もう一度歩き出す準備ができた。  次に、あの白い猫に出会う時、僕はきっと、今よりもずっと笑っているはずだ。 (了)
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2026/10/07 • 👁 119回 • 💬 0件
コメディ・日常
387文字 約1分で読了

労働意欲の値段

ある会社が、最新型のAIを導入した。 社員の労働意欲を数値化するAIだった。調査の結果、労働意欲は給与と比例することがわかった。 会社は給与を上げた。 意欲は上がった。 さらに給与を上げた。 意欲はさらに上がった。 会社は喜んだ。 その後も、毎月のように給与を上げ続けた。 ところが、ある日、意欲の上昇が止まった。 AIが追加分析を行った。 原因はすぐに判明した。 社員たちは、自分の給与そのものよりも、隣の社員の給与を気にしていたのだ。 そこで会社は、全員の給与を同じにした。翌日、社員たちの労働意欲は、ゼロになった。 会社は慌ててAIに尋ねた。 「どうすれば、また意欲が上がる?」 AIは答えた。 「簡単です」 「社員同士の給与に、差をつけてください」 会社は社員の給与を、一人ずつ違う金額にした。 翌朝、社員たちは以前より熱心に働き始めた。 ただし、自分より給与の高い社員の席を、ちらちらと見るようになった。
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作者:Mワークらぼ
2026/10/07 • 👁 68回 • 💬 0件
コメディ・日常
2000文字 約4分で読了

セピアのプリクラ

 喪中ハガキを手にした時、 彼女が死んだことを知った。  もう30年も会ってない友人だ。 同じ中学の同級生。あの頃の一番の親友だった。 毎年、年賀状だけは交換していたのだ。 年賀状の中で少しずつ変わっていく彼女の生活を見ていた。 結婚したこと、息子が生まれたこと。年賀状には毎年家族写真が載っていた。 記憶の中の彼女はあの頃と変わらないのに。 もう彼女がいないのだという実感がわかない。  私はキッチンでコーヒーを1杯入れた。 彼女の家族に連絡を取りたいが、残念ながら電話番号がわからない。しばらく迷って、手紙を書くことにした。 宛先は彼女の家族に。 一言お悔やみを言いたいのと、できればお線香をあげたいので訪問させて欲しいと。 どうして生きているうちに会いに行かなかったのだろう。 たとえ、年賀状だけになったとしても彼女とは毎年一度は繋がっていたというのに… 胸のうちに広がって行くのはコーヒーよりも苦い感情だった。 キッチンにマグカップを置くと郵便局まで自転車で、2〜3日すればきっと手紙は届くだろう。 返事をくれるだろうか… 一抹の不安が胸に宿る。  1週間ほどして彼女の家族から手紙が届いた。 訪問の頼みを快く聞いてくれたのと電話番号が記してあった。 彼女の家に電話して家族に連絡を取る。 私はお線香とお供えを買った。  数日後、彼女の家を訪ねた。 玄関のチャイムを鳴らすとまだ大学生ぐらいの青年が扉を開けてくれる。 結婚が早かった彼女からの手紙には赤ん坊だった頃の彼の姿、小学生になった彼の姿、中学生になった彼の姿、そして大学に入ったことも記されていた。 初めて会ったはずなのに親戚の子供を見たような気分だ。 「母のためにありがとうございます」 そう言って玄関で会釈してくれる。 彼とあったことがないにも関わらず「成長したなぁ」と心の中でつぶやいた。  遺影の写真は着物姿。 おそらくこんなに早くなくなってしまうなんて彼女自身も考えていなくて、家族が後で葬儀屋に合成してもらったのだろう。 私の知っている彼女の印象とはずいぶんと違う。 ……家族の目から見ればどうだろう。 やはり不自然な合成写真なのかそれとも実際の彼女に近いのか。 ふと記憶の中の彼女が、頭を持ち上げる。 笑った顔が目の前に浮かぶ。 遺影の写真とは似ていない。 彼女の30年を私は写真でしか知らない。 年賀ハガキでなんとなくはわかっているとはいえ、一体どんな人生だったのだろう。 今となってはもう知るよしもない。  本当に中学の時は仲の良い親友同士だったのだ。 それなのにどうして会わずにいることができたものなのだろう。 私は心の中のどこかで自分よりも先に彼女が死んでしまうことなど考えたこともなかったのだ。  闘病していたことを家族の口から聞いて知った。 年賀状には全く書いていなかった。確かにそんなことは書きたくなるようなことではないのかもしれないが…… 電話の1本もすれば良かったと後悔ばかりが募る。 お線香の煙は渦を巻いて上がって行く。 そういえば 死んだ人が食べるのはお線香の煙だっけ。 彼女の遺影の写真が少し線香で霞んでいるように見えた。 声を聞きたい。 そんなことを考えたが、もうそれは決して叶わぬことなのだ。 しっかりとした好青年に育った彼女の息子を見て随分と長い年月が流れたんだと思った。 私の知っている彼女よりずっと大きくなっている彼女の息子。 その歳月を支えてきたのは彼女自身なのだ。 本当に私は彼女のことを何も知らない。 中学の時の思い出がまた頭を持ち上げる。 2人で一緒に帰った部活の後。クラスでつまらない話をして2人でつまらない話で笑って、たまに休日も遊んでたっけ。 別れの挨拶をして家に帰る。 電車の中で女子高生ぐらいだろうか女の子たちが楽しそうに話している。自分の中学時代と重なる。 最も中学生の時は徒歩通学だったが。 こんな風に笑い合い 一緒に帰ったものだ。 夕焼けの空の下町はゆっくり褐色に染まってゆく。 思い出というのはいつもこの夕焼けのような色に染まる。 記憶のフィルターを通し、夕焼け色に染まった思い出たちはいくらか色褪せて辛かったことも楽しかったこともどちらも優しい色に染まっている。 彼女の声が今でも耳の中で響いているような気がした。 死んでしまったという実感がまるで湧かない。 彼女の思い出は永遠に心の中に生きていて、だがゆっくりとそれは夕焼けのように褐色に染まっていくのだ。  家に帰れば子供達が、お腹を空かせて待っている。 夕飯の支度をしなくては。 だがその前に自分の部屋の机のところに行くとバックを置いた。 ふと机の隅にプリクラが貼ってあることを思い出した。 それはとっくに色褪せていた。 私と彼女、狭いプリクラ機の中でピースをして笑ったあの日。 「ねえ、プリクラ撮ろうよ」 「私、撮ったことないよ。どうするの」 「あれそうなの?操作簡単だからさ。いいから入ろ」 彼女にそう言われて一緒に撮った思い出。 色褪せた写真はセピア色 思い出の底に沈んで……
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作者:しとえ
2026/10/07 • 👁 25回 • 💬 0件
コメディ・日常
1410文字 約3分で読了

幸福の色

幸福はどんな色をしているだろう…… それはきっとあの日のきらめきにも似た色。  母が入院したと妹から連絡が入った。 風邪をこじらせての肺炎らしい。 年齢を考えればいつ何があってもおかしくないだろう。 すでにh八十歳。普段はいたって元気らしいが風邪をこじらせてそのまま…なんて言う悪い想像もしてしまう。 お年寄りの死因に一番多いのはやはり肺炎なのだから。 ただの風邪が少し悪化しただけだと妹は言ったが、それでもお見舞いに行くことにした。妹夫婦にばかり母のことを任せてられないだろう。もし、介護が必要になるのなら俺も考えなくては……  休日、二時間ほどかけて病院に行く。 電車から窓の外を見れば空は灰色。 街もまた色味がない。冬の寒空の下で人々はせわしなく動いている。俺はため息を1つついた。  そうだお見舞いを買わなくては…… 駅から降りれば近くに総合百貨店があるはずだ。デパ地下なら、お見舞い向きのお菓子や果物も売っているだろう。 母は何が好きだっただろうか。  俺が子供の頃、母は美味しいものを俺たちに優先的にくれた。カステラを切り分けてニコニコしながら俺たちを見ていた母を思い出す。 「お母さん食べないの?」 俺がそう聞くと、 「お母さんお腹いっぱいなの」 と決まって母は言った。 実際は自分も食べたかっただろうに。 そうだカステラもいいかもしれない。 甘くって黄色くてしっとりとした味。 俺は駅に着くと百貨店に向かった。  師走の百貨店は人混みでごった返している。 デパ地下に降りるとやはりあちらこちらの店で行列ができている。 カステラを買おうとしたらやはりその店も長蛇の列ができていてちょっと並ぶのをためらった。 並びながらぼんやりとすぐ隣の青果コーナーを眺める。 大きなバスケットの中に山積みにされた檸檬。 目の覚めるようなレモン色。それは懐かしい記憶を呼び戻す。 幼い頃、決まって十二月になるとインフルエンザになったり風邪になったりで俺は体調を崩していた。 そうすると母は必ず檸檬を買ってくるのだ。 鮮やかな色の檸檬を半分に切ると絞ってはちみつと混ぜ合わせる。 鮮やかな檸檬の果汁は透明な琥珀色のはちみつと混ざり合い金色の液体が瓶の底にたまる。 それを白湯に入れると螺旋の水紋を巻き起こしながらゆっくりと混ざり合ってゆく。 キラキラと輝いて蜜の甘さと檸檬の酸っぱさがゆっくりと溶けてゆく。 「早く良くなってね」 母の笑顔と共に差し出されたはちみつレモン。 優しい笑顔と甘酸っぱさと湯気の熱が風邪の体を癒してくれる。 体調が悪くてぼんやりとしながら飲み干す。 喉の痛みがほんの少し楽になって、母にもっと飲みたいとよく言ったものだ。 あの味が思い出される。 きっとあれは特別な味。 …そうだ風邪には檸檬だ。  やがてそうこうしているうちに自分の番が回ってきた。 笑顔の店員さんがカステラの包みを渡してくれる。 甘い匂いが鼻腔をいっぱいにして、だが俺は一度目に入ってしまった檸檬の色が忘れられない。 すぐに青果コーナーに行って、檸檬を数個買った。 毎日やってくる妹に渡してはちみつレモンにしてもらえばいいだろう。いや、はちみつレモンを病院に持ってくるのはあまり良くないかもしれないが…… 母の看護で疲れている妹にも飲んで欲しい。 カステラの紙袋と檸檬のビニール袋。 俺は一つ袋から取り出した。 灰色の空の下、灰色のビルばかり、そんな中にポツンと檸檬。 ……幸福はきっとこんな色をしているに違いない。 病院に入って扉を開けば笑顔の母。
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作者:しとえ
2026/10/07 • 👁 51回 • 💬 0件
コメディ・日常
2192文字 約5分で読了

定休日の柿

蛍橋(ほたるばし)町には、川と柿の木が多い。 初夏の夜には川面を蛍が飛び、秋には、川沿いの石畳へ枝を差しかけた柿の木が一斉に色づく。町じゅうの庭に渋柿があって、家ごとに渋を抜く。焼酎で抜く家、湯で抜く家。そうして甘くなった柿を、この町では「蛍柿」と呼ぶ。 わたしの家は、その川沿いで銭湯をやっている。蛍湯。番台のある銭湯は、今ではずいぶん珍しいらしい。 月曜は定休日だ。 その翌朝、六時。掃除をしようと戸を開けると、入口の段の脇、スロープの手すりの根元に、新聞紙の包みが置かれていた。 赤い紐で結んである。ほどくと、柿がひとつ、ころんと出てきた。橙色の、よく熟れた蛍柿だ。 手紙はない。 「柿の精かな」 父がそう言って笑ったのは、一度目だけだった。二週続くと「ちょっと気味が悪いな」になり、三週目の火曜には「食べたけど旨かった」という身も蓋もない感想になった。 わたしは三つ目の柿を番台に置いて、しばらく眺めた。知らない誰かからの贈り物は、嬉しいより先に落ち着かない。お礼も言えないし、そもそも何のお礼なのかもわからない。 「登美さんじゃないの」 夕方、一番乗りの登美さんに見せると、彼女は柿を鼻に近づけて、首を横に振った。 「うちのは焼酎で抜くから、ほんのり酒の香りがするの。これはしない」 「登美さんじゃあないのね」 「こんな粋なことせずに、置かずに渡すわよ。顔を見て『食べな』って」 確かに、登美さんはそういう人だ。 「柿って、火曜の朝に置いてあるんだって?」 風呂上がりに番台の前で瓶牛乳を飲んでいた、向かいのパン屋の勇さんが会話に加わってきた。 「うちは毎朝四時から仕込みだけど、あの時間は通りに誰もいないからねえ。そういえば火曜の明け方、杖をついた人がゆっくり歩いてたな。散歩かなと思って、声はかけなかったけど」 「杖の人、ですか」 「ここらは年寄りが多いから、そう珍しくもないけどね」 勇さんはそう言って、牛乳の瓶を空にした。 その夜、閉店後に番台で釣り銭を数えていて、ふと手が止まった。 包みの赤い紐を、指でつまむ。 見覚えがあった。 昔、この町には銭湯が三軒あった。どの店も、蛍の季節の七月と八月だけは、回数券を赤い紐で束ねて売った。蛍の灯りの色だと、誰かが言い出したのだ。三軒が一軒になった今も、蛍湯はその習慣を守っている。九月からは紺に替わる。 町の人は、それを「夏の赤」と呼ぶ。 つまり、この紐を持っていたのは、八月までに蛍湯で回数券を買った人だ。 わたしは引き出しから帳面を出した。夏のあいだに赤い紐の券を買ったのは七人。そのうち、いまも券が残っているのは三人だった。 大工の卓さんは、ほぼ毎晩来る。券はもうじき尽きるはずだ。 洋子さんは毎週金曜に来る。先週も来た。 そして、源さん。 八月の終わりに四枚残したまま、帳面の「使用」の欄は止まっている。それ以来、姿を見ていない。 「お父さん、源さんって」 奥の釜場に向かって声をかけると、薪を動かす音に混じって父の声が返ってきた。 「ああ、転んで足をやったって聞いたな。八十二だ。治るのに時間がかかるだろう」 わたしは、入口に置かれていた包みを思い返した。 段を上がらない場所。スロープの手すりの根元。 歩くことはできても、濡れた洗い場や湯船の縁は、杖をつく人には怖いかもしれない。 火曜の朝は、五時半に起きた。 戸口に立つと、息が白かった。川沿いの石畳に、街灯がぽつぽつと落ちている。柿の枝の影が、道の上で揺れていた。 やがて、遠くから音が聞こえてきた。 コツ、コツ、と、杖が石畳を叩く音。 角を曲がって現れた人は、新聞紙の包みを片手に提げていた。わたしに気づいて、足を止める。 「……見つかっちゃったか」 「おはようございます、源さん」 源さんは、ばつが悪そうに杖を握り直した。 「券がね、まだ四枚あるんだよ。使えなくなっちまったから、せめて柿くらいと思ってさ。庭の蛍柿が、毎年なりすぎて困るんだ」 「使えなくなってなんかいません。券に期限はないですから」 「でも、風呂は別だよ。歩くだけなら、人のいない朝の道で何とかなる。だけど濡れた床で杖はつけないし、湯船をまたぐのも怖い。夜の混む時間に、人の邪魔になるのも嫌でね」 「だから、朝です」 わたしは戸を大きく開けた。 中から、ふわりと湯気が流れ出た。 火曜のこんな時間に、釜が焚かれているはずがない。昨夜のうちに、父に頼んでおいた。洗い場には滑り止めのマットを敷き、湯船の縁には、物置から出してきた腰掛け台を置いてある。 奥から父が、首に手ぬぐいをかけて出てきた。釜場の煤で、鼻の頭が黒い。 「湯加減、ちょうどいいぞ」 「柿のお返しは、一番風呂です。誰もいない時間に、ゆっくり。床は滑りませんし、手すりも腰掛けもあります」 源さんはしばらく黙っていた。 それから、包みをそっとわたしの手に預けて、杖を鳴らして一歩、スロープに足をかけた。 番台で、回数券の一枚を切る。 パチン、と鋏の音が、朝の板張りに響いた。 「さよちゃん、これ、柿の包みの紐だろう」 源さんが、わたしの手の中の赤い紐を見て笑った。 「ばれると思ってたんだ。夏の赤だから、わかる人にはわかっちまう」 「わかる人にしか、わからない紐でした」 脱衣所の戸が閉まる。 湯を使う音が、ゆっくりと聞こえてきた。 わたしは包みをほどいて、蛍柿をひとつ、窓辺に置いた。 朝の光を受けた橙色が、銭湯の白いタイルの中で、ひときわ温かく見えた。
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作者:TakaTuki
2026/10/07 • 👁 58回 • 💬 0件
コメディ・日常
783文字 約2分で読了

レオの誤読

 お昼時のイタリアンなファミリーレストランは賑わっていた。ニンニクや焦がしたチーズ、トマトソースなどが混ざり合った匂いが漂っている。流れる陽気なイタリアンポップスが店内を明るく照らしていた。だが、僕たち二人のテーブルだけは、どんよりとした雲がかかっているようだった。 「自信あったんだけどな。ユキは『いいよ』と言ってくれると思ってた」  目の前に置かれた鉄板の皿の上で、ジュウジュウと音を立てているハンバーグを見つめながら僕は呟いた。 「仕方ないよ。ユウトは何も悪くないさ」  イタリアの留学生レオはそう言いながら、ペペロンチーノの上に乗った一本の赤唐辛子をフォークの先で皿の縁へ追いやった。隣のテーブルではカップルの笑い声が弾んでいる。交際を始めたばかりの雰囲気を感じた。 「まさか同じサークルの小倉と付き合ってるなんて、聞いてびっくりだよ」  僕は呆れながら口に出した。 「知ればみんな驚くさ」  レオはパスタの山から少し引き出し、塊に戻らないようにしながら丁寧にフォークで巻き取った。 「サークル辞めようかな。ユキと小倉がいる空間に何だか居づらいよ」  僕がそう言葉をこぼすと、レオはパスタが絡まったフォークを口元へ持っていかずに皿の上に置いた。 「ユウト、それは間違ってるよ。テニスが嫌いになったんじゃないだろ。堂々と笑顔でいよう。『笑う門には福来たる』だろ」  レオは真っ直ぐな目で僕を見た。 「わかったよ」と返すとレオは微笑んだ。 「まだ日本に来て一年経ってないのに、日本語ペラペラだし、ことわざも知ってるなんて。レオには敵わないな」  僕はそう言ってハンバーグを頬張った。雲間から光が差し込み、青空が顔をのぞかせた気がした。  レオは皿の縁によけていた唐辛子をパスタの下に潜り込ませ、得意満面な笑顔を見せて言った。 「ユウト、『能ある人は鷹の爪を隠す』だろ」  僕はフォークを口に運んだまま固まってしまった。
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2026/10/06 • 👁 88回 • 💬 0件