コメディ・日常

幸福の色

1,410文字 約3分で読了
作者:しとえ
幸福はどんな色をしているだろう…… それはきっとあの日のきらめきにも似た色。  母が入院したと妹から連絡が入った。 風邪をこじらせての肺炎らしい。 年齢を考えればいつ何があってもおかしくないだろう。 すでにh八十歳。普段はいたって元気らしいが風邪をこじらせてそのまま…なんて言う悪い想像もしてしまう。 お年寄りの死因に一番多いのはやはり肺炎なのだから。 ただの風邪が少し悪化しただけだと妹は言ったが、それでもお見舞いに行くことにした。妹夫婦にばかり母のことを任せてられないだろう。もし、介護が必要になるのなら俺も考えなくては……  休日、二時間ほどかけて病院に行く。 電車から窓の外を見れば空は灰色。 街もまた色味がない。冬の寒空の下で人々はせわしなく動いている。俺はため息を1つついた。  そうだお見舞いを買わなくては…… 駅から降りれば近くに総合百貨店があるはずだ。デパ地下なら、お見舞い向きのお菓子や果物も売っているだろう。 母は何が好きだっただろうか。  俺が子供の頃、母は美味しいものを俺たちに優先的にくれた。カステラを切り分けてニコニコしながら俺たちを見ていた母を思い出す。 「お母さん食べないの?」 俺がそう聞くと、 「お母さんお腹いっぱいなの」 と決まって母は言った。 実際は自分も食べたかっただろうに。 そうだカステラもいいかもしれない。 甘くって黄色くてしっとりとした味。 俺は駅に着くと百貨店に向かった。  師走の百貨店は人混みでごった返している。 デパ地下に降りるとやはりあちらこちらの店で行列ができている。 カステラを買おうとしたらやはりその店も長蛇の列ができていてちょっと並ぶのをためらった。 並びながらぼんやりとすぐ隣の青果コーナーを眺める。 大きなバスケットの中に山積みにされた檸檬。 目の覚めるようなレモン色。それは懐かしい記憶を呼び戻す。 幼い頃、決まって十二月になるとインフルエンザになったり風邪になったりで俺は体調を崩していた。 そうすると母は必ず檸檬を買ってくるのだ。 鮮やかな色の檸檬を半分に切ると絞ってはちみつと混ぜ合わせる。 鮮やかな檸檬の果汁は透明な琥珀色のはちみつと混ざり合い金色の液体が瓶の底にたまる。 それを白湯に入れると螺旋の水紋を巻き起こしながらゆっくりと混ざり合ってゆく。 キラキラと輝いて蜜の甘さと檸檬の酸っぱさがゆっくりと溶けてゆく。 「早く良くなってね」 母の笑顔と共に差し出されたはちみつレモン。 優しい笑顔と甘酸っぱさと湯気の熱が風邪の体を癒してくれる。 体調が悪くてぼんやりとしながら飲み干す。 喉の痛みがほんの少し楽になって、母にもっと飲みたいとよく言ったものだ。 あの味が思い出される。 きっとあれは特別な味。 …そうだ風邪には檸檬だ。  やがてそうこうしているうちに自分の番が回ってきた。 笑顔の店員さんがカステラの包みを渡してくれる。 甘い匂いが鼻腔をいっぱいにして、だが俺は一度目に入ってしまった檸檬の色が忘れられない。 すぐに青果コーナーに行って、檸檬を数個買った。 毎日やってくる妹に渡してはちみつレモンにしてもらえばいいだろう。いや、はちみつレモンを病院に持ってくるのはあまり良くないかもしれないが…… 母の看護で疲れている妹にも飲んで欲しい。 カステラの紙袋と檸檬のビニール袋。 俺は一つ袋から取り出した。 灰色の空の下、灰色のビルばかり、そんな中にポツンと檸檬。 ……幸福はきっとこんな色をしているに違いない。 病院に入って扉を開けば笑顔の母。
2026/10/07 ・ 👁️ 50回 ・ 💬 0件

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