恋愛
139文字 約1分で読了

この胸の想いは

「お大事にね」保健室まで付き添った友人が去り際にひと言残す。ベッドにいる私は布団を被って、うなって返事をした。養護教諭の先生がため息まじりに言う。「貴女と同じで可愛い女の子ね。さしずめ、いまの頭痛のタネ?」ええ、昨日告白されたんです。でも、私の好きは、あの子と一緒なんだろうか。
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作者:有賀慧
2026/10/21 • 👁 17回 • 💬 0件
コメディ・日常
485文字 約1分で読了

巣戻り

 久しぶりに降り立った地元の駅の周りは、雰囲気が大きく変わっていた。ホームからは大型ショッピングモールや数棟のタワーマンションが見え、昔は人影もまばらだった駅構内も賑わっている。変わった景色に落ち着かない私は、そそくさと改札を出て、待ち合わせ場所の南口に歩みを進めた。  ホームから見えていた北口とは違い、見慣れた街並みのままの南口は、私をあたたかく迎え入れてくれる。それでもあらためて振り返り、あんぐりと口を開けていると、「こっちこっち!」と馴染みのある声が聞こえてきた。振り向いた視線の先には母がいたが、前に帰省したときよりも顔のシワが増えている気がする。そして、母の傍らには透き通ったこどものペンギンがいた。あんぐりと口を開けたままの私を見て笑っている。そのとき懐かしい音楽が駅前に響き渡った。  歩き出すこどものペンギン。歩き出す私。私たちはすれ違い、母のもとへとたどり着く。母は私を前に「長旅、お疲れさま」と、頬を緩ませながら伝えてくれる。それなのに私はまた振り返る。その先に抱き合ったペンギンの親子像が見えたから、お土産を持ったまま、私はこどものペンギンになっていた。
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作者:ゆすら
2026/10/21 • 👁 18回 • 💬 0件
コメディ・日常
2012文字 約5分で読了

朝の余白

村の朝は、白かった。 水田の向こうに低い山が見えるはずなのに、霧に溶けて輪郭だけが残っている。湿り気を帯びた風が、紗季の頬を撫でていった。 チェンマイの中心部から車で一時間ほど。水野紗季は、静かな農村の道端に立ち、手帳を開いた。 九時、城壁跡。十時、市場。十二時、昼食。 分刻みの線で埋まったページは、東京からそのまま持ち込んだ仕事机のようだった。大きな仕事を終え、ようやく取れた休暇だというのに、旅先でも時間を区切り、次に何をするかを決めている。 長いあいだ、締め切りに間に合わせること、限られた時間で必要なものを集めること、それらを当たり前のように繰り返してきた。予定を立てれば安心できたし、予定どおりに進めば、自分の一日をきちんと使い切った気がした。 けれど今朝は、手帳を見つめている自分が、少しだけおかしかった。 急勾配の屋根を載せた木造の家々が、霧の向こうに並んでいる。軒先には色鮮やかな紙傘が干され、風を受けてゆっくりと揺れていた。傘の骨に張られた紙は、朝の光を透かして淡く色づいている。 その一軒の前で、紗季は足を止めた。 軒先に傘が並ぶ小さな工房だった。開いた傘が、霧の中で花のように咲いている。 「どうぞ。見るだけでも」 声をかけてきたのは、ノイという女性だった。紗季の母より少し若いくらいだろうか。穏やかな笑みを浮かべ、急かす気配もなく、工房の中へ招いてくれた。 作業場には、木枠に張られた紙がいくつも並んでいた。棚には、サー紙と呼ばれる手漉き紙が積まれている。桑の樹皮から作られる紙で、繊維の間には野の花や葉脈が透けて見えるものもあった。 紗季は一枚を手に取った。 指先に触れる紙肌は、均一ではない。繊維が重なったところはわずかに厚く、薄いところは向こうの光を柔らかく通していた。工業製品のような整い方とは違う。けれど、その不揃いさが、かえって心地よかった。 「旅の記録を書こうと思って」 紗季は言った。 「手帳に書くより、ちゃんとした紙に残したくて」 ノイは紙を覗き込み、それから紗季の顔を見た。 「ここに?」 「ええ。せっかく来たので」 「それなら、傘にしてもいいわね」 「傘に?」 「この紙で傘を作るの。旅の記録を描いてもいいし、好きな景色を描いてもいい」 紗季は手元の紙を見た。記録を書くことは考えていたが、そこに何を描くかまでは考えていなかった。 ノイは、棚に並ぶ紙をひとつずつ眺めながら尋ねた。 「もし傘にするなら、何を描きたい?」 紗季は答えに詰まった。 取材なら、質問を用意するのは自分の仕事だ。相手の話を聞き、必要な情報を整理し、記事の形にする。何を聞けばよいか、どこに注目すればよいか、いつだって考えてきた。 けれど、自分が何を描きたいのかと尋ねられたことは、初めてだった。 「……わかりません。考えたこと、なかったです」 ノイは意外そうな顔もせず、頷いた。 「なら、見に行きましょう」 工房の入口に掛かっていた札を裏返す。紗季の手帳には、そんな予定はない。 けれど、断る理由も見つからなかった。 紗季は手帳を閉じ、ノイのあとを歩き始めた。 ノイは何も説明せず、時折立ち止まっては、道端の草や水田の様子を眺めた。紗季もそのたびに足を止めた。急ぐ必要はなかった。少なくとも、今は。 やがてノイが腰をかがめた。 「これ、見て」 指さした先に、蜘蛛の巣があった。 稲の間に張られた細い糸。その一本一本に、朝露が粒となって連なっている。霧の白さが薄れるにつれて、水滴の輪郭が少しずつ浮かび上がり、光を受けてきらめいた。 紗季は息を止めた。 蜘蛛の巣そのものは、珍しいものではない。東京でも、家の軒先や公園の植え込みで見かけることはある。けれど、こんなふうに眺めたことはなかった。いつもなら、目に入っても通り過ぎていただろう。 「去年の雨季、これを描いた人がいたの」 ノイが言った。 「傘を開くと、朝が全部入っていたわ」 紗季は黙って、蜘蛛の巣を見つめた。 朝が全部入っている。 その言葉を頭の中で繰り返してみる。傘の内側に、霧の残る水田を。稲の葉に光る露を。細い糸に連なる水滴を。風に揺れる草を。 絵にするには、小さすぎるものばかりかもしれない。誰かに説明するには、ありふれた景色かもしれない。 それでも、目の前にあるものを、もう少し見ていたいと思った。 手帳の中には、城壁跡も市場も、食事の時間も、すでに書き込まれている。けれど、この蜘蛛の巣を眺める時間は、どこにも書かれていなかった。 予定にないからといって、なかったことにする必要はないのだ。 そう思ったとき、胸の奥で何かが静かにほどけた。 紗季は工房へ戻ると、選んだ紙を膝に載せ、ペンを取った。 「予定のない朝は、白くて、きれいだった」 それだけ書いて、手を止めた。続きは、まだ要らない気がした。 「傘、描いてみる?」 ノイが笑う。 紗季は少し考えて、頷いた。 「はい。……この朝を」 予定より二時間遅れで、市場の昼がはじまる。それも悪くない、と思えた。
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作者:TakaTuki
2026/10/21 • 👁 26回 • 💬 2件
エッセイ
680文字 約2分で読了

空っぽの教室

 朝から教室の中はみんなハイテンションだった。 当然といえば当然かもしれない。 3年間一緒に過ごした、いや小学生の時からだから実質9年間一緒に学び育った。そんな同級生たちとも高校に進学するのにバラバラになってしまう。  だからだ。  不安な気持ちを払拭する様にみんな笑いあい、ふざけ合い、このわずかな時間を楽しんでいる。 プロフィール帳を交換しながら書いてゆく女子たち、後ろでじゃれあっている男子たち。みんな思い思いの時間を過ごす。 今の時代はみんなスマホを持っている。クラスメイトのグループLINEだってある。でも、昔ながらのプロフィール帳を交換するのは 大切な儀式のように思えた。 忘れないでね、ずっとだよ。 最後にそんな言葉を添えて。忘れるわけなんかない。 晴れた空の下で、私たちは笑い合いその時間を過ごす。 きっと学生生活の3年間、いいや小学生の頃からの9年間ずっとそんな風に大切な一瞬一瞬の連続だったのだろうけど。 卒業式の祝辞の言葉。 校長先生の話。 手渡された卒業証書。  あまりにも軽い紙の筒だけど、それはとても大切な時間そのものの証明のような気がした。最もクラスの男子たちはその筒でチャンバラをしている。 もう最後まで子供っぽいんだから! そんな女子たちの話し声が聞こえる。 でも、ふざけあえるのも今日で最後なのだ。 卒業してもまた会おうね。 きっとだよ! そんな会話をして日の差す空の下、さようならの言葉。 目いっぱい手を振って、お互いに違う高校に通うことになる。 最後の時間。教室を出て青空の下で、笑い合って抱き合って、 さようなら。 先生の目にも涙の後。 泣いている子もいた。  後には空っぽの教室。
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作者:しとえ
2026/10/21 • 👁 21回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
1098文字 約3分で読了

愚鈍な自動人形

前々から製作していたロボットが 遂に完成した このロボットは ずばり 愛をエネルギー源とする事で動き出すのだ 愛情を注ぐ事で起動し そして稼働する 設計の都合上 エネルギーを蓄えるスペースを あまり割けなかったのが難点だが 沢山の愛を全力で注ぐので 補充に関しては問題ない ロボットは 青写真に描いた通りに 見事な動きをしてくれた 想像以上によく動くもんだから 嬉しくて さらに深く愛を注ぐ事になる それに応えて ロボットはさらに動く 見事な好循環 制作者も大満足 長い事 稼働させていると さすがに傷んでくる箇所も出てきた その度にめげずに 直して 直して ロボットは懸命に 順調に稼働を続けた ところが 日々使ううちに どうも稼働当初より 動きが鈍っている様子 おかしいな… 整備は万全 エネルギーなら 今も昔も溢れてる 設計した本人だけが気付くような 僅かな動きの鈍りが 次第に日を追うごと 緩やかに 緩やかに けれども どんどんと鈍化を続けた どこで計算が違うのか 解らない 堪りかねて 町一番の修理屋さんに診てもらう事にする おヒゲの立派な 町一番の修理屋さんのお爺さんは そのロボットを 皺を深めながらゆっくりと見て回る そしてしばし 深く考え込んだあと こう言い始める 曰く このロボットは本当によく出来ている 設計が素晴らしいのは勿論 組み立ても見事だ そして手入れもしっかりとなされており 作った人の愛を感じる どこも壊れてはいないし 今も稼働当初と同じように動くだろう と 「そんなはずはない!」 修理屋さんのお爺さんの前で動かしてみた ほらっ こんなにも動きが鈍いよ お爺さんは ヒゲを触りながら また深く考え込んだ後に ゆっくりとこう告げる 供給するエネルギーに問題があるのだろう と ええっ 納得がいかない こんなに沢山注いでる 今だって ホラッ! 一度 大きく溜め息をつき 優しく諭すような表情で 修理屋さんのお爺さんはこう返す 設計した当初とは 愛の質が違うんだろう って 作って動かそうと頑張り エネルギーに満ちていた 動かして 一緒に過ごすうち 量は問題ない が 構成要素が違うそうだ 「愛にも色々あるからのぉ」 そう言われたって… ピンと来ない なんか釈然としない 直してくれよと伝えたかったが 今日はもう店閉まいだと言って 追い返されてしまう 動きの鈍くなったロボットを引き摺って とぼとぼと工房へと退散する羽目になる それから 色々と手を施してはみた 前以上に念を入れて修理したし 愛だってたっぷり注いだ けれど最後には ロボットはもう動く事すらなくなり 役目を終える事になる 結局 考えてみても答えは分からず 故障した理由も理解しないままに 居ても立っても居られずに 次のロボットの製作に着手するのでした (彼の 動かないロボットコレクションは こうして また一体増えるのでした 不本意にも)
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作者:lue
2026/10/20 • 👁 26回 • 💬 0件
コメディ・日常
1684文字 約4分で読了

カセットテープのノイズと歌

 もうあれは何年前になるだろうか。 私は1つの歌と出会った。1つのカセットテープ。 それは当時私がバイトしていたコンビニに置き忘れてあったものだった。深夜のバイト。棚を整理している時に気がついた。 誰かお客さんの忘れ物だろう。  店長に話してしばらく保管していたが持ち主が現れる気配は一向にない。カセットテープには特に持ち主を特定できそうな名前などは書かれていない。 中身を聞けばもしかしたら持ち主に繋がるかもしれない。 そう思った私は店長と話し合いカセットテープを一度だけかけてみることにした。  カセットテープというのは、ほんの少しだけ音声が柔らかい。音質が悪いという人もいるかもしれないが、再生の途中に入るノイズが少し心地よい。  聞いたことのない歌が流れる。 柔らかな若い男性の声。 一体これは誰の歌声なのだろう。 私は想像した。 インディーズで活躍する無名のシンガー。 今の時代ならばCDに焼き増す事が、ほとんどだろうに、彼はノイズの入ったテープの音が好き。 自分が作った初めての曲。 それをテープに録音してコンビニのそっと置いた。 もしかしたらこの店で再生してくれるかもしれない。 そんな淡い希望を抱いて。  いや、違うかもしれない。 このテープが録音されたのは、まだカセットテープの全盛期。 このテープの持ち主は亡くなった父親の形見を持ってコンビニに買い物に来たのではないだろうか。 その父親は、昔ミュージシャンになりたくてこの曲を作って録音したんじゃないだろうか。 お葬式が終わって気が抜けて父の形見のテープを持って弁当を買いに コンビニに寄ったその人は、うっかりとカバンからテープを落としてしまったのではないだろうか。 どこで落としたのかわからなくて探しているかもしれない。  とても耳に残る曲だった。 曲というのは相性があって、その曲は私ととても相性がいいと感じた。 深夜のコンビニでその曲を口ずさむ。 耳に残ったメロディーは心の中で何度も再生され、やがて鼻歌となって私自身の声として微かに深夜のコンビニに響いた。  誰もいない深夜のコンビニ。 知らず知らずに鼻歌になっていることに私自身気がついていなかった。だから、お客さんが入ってきた時にうっかりと鼻歌を歌っていたのだ。 レジにまっすぐやってきたお客さんは 「すみません、その歌……」 と言って困った表情をしていた。 「いらっしゃいませ、どうかなさいましたか」 彼はしばらく困った様子だったが、一言こう言った。 「あの1週間ほど前、カセットテープの落とし物とかないですか?」 そうか、彼の持ち物なのか。 「はいお預かりしております。少々お待ちくださいませ」 私はカセットテープを取りに行った。 「ありがとうございます」 彼の表情がほころぶ。 「……あの、さっき歌っていた曲ってもしかして」 今度は私が言葉に詰まる番だった。 「申し訳ございません。落とされた方がわかるかもしれないと一度だけ再生させていただきました」 「そうでしたか。いえ、お気になさらずに!ありがとうございます。もしかしてこの曲 気に入っていただけましたか!さっき口ずさまれていたので!あっ、変なこと聞いてすみません。その、嬉しかったものですから」 彼の表情は少し嬉しそうになっていた。 「勝手に再生してしまい本当に申し訳ありません」 私はかなり気まずかった。 「いえいえ、ありがとうございました。あの肉まん1ついただけますか?」 「少々お待ちください。黒豚肉まんでよろしいでしょうか」 おそらくそのまま帰るのは気まずいと思ったのか、彼は肉まんを1つ買って帰って行った。 私はカセットテープの持ち主が見つかって少しほっとしていた。  翌日、彼がまた深夜のコンビニにやってきた。 「あ、あの、すみませんこれ」 そう言ってカセットテープを差し出す。 「もし僕の勘違いだったら、すみません!昨日、口ずさまれていたので もし曲を気に入ってくれているのなら受け取ってもらえませんか!ダビングしたやつです」 彼はそう言ってカセットテープを私に渡すと走って帰ってしまった。 私は少し戸惑った。 だが同時にほんの少し嬉しかった。  テープのノイズと彼の歌。 それが深夜のコンビニに響いた。
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作者:しとえ
2026/10/20 • 👁 30回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
1212文字 約3分で読了

死後の世界

「宗教史」の講義資料をホログラムに浮かべながら、教壇に立つ教官は短く咳払いをした。 「……さて。古代の精霊信仰から始まり、中世の三大宗教、そして新興宗教への推移を見てきましたが、ここからが本題です。西暦2000年前後に成立し、現在我々の社会の基盤となっている『異世界転生信仰』の爆発的普及について解説します」 退屈そうにホログラムを眺めていた生徒たちが、一斉に体を起こした。 「かつての宗教は、死後の救済について、抽象的な表現にとどまっていました。しかし、かつて日本と呼ばれていた国を中心に編纂された『なろう文書』という聖典群は違いました」 「死後のシステムを『ステータス』や『スキル』といった圧倒的な具体性をもって提示したのです」 教官が手元の端末を操作すると、当時の人々が粗末な端末で、聖典をありがたそうに読んでいるイメージが映し出された。 「この宗教が社会を席巻した最大の要因は、現世の苦難と努力の概念を劇的に変えた点にあります」 「現世での苦労や蓄積した知識が、次の世界での初期ステータスや限定能力に直結するという教義が確立されました。これにより、過酷な労働や理不尽な不幸さえも『来世のための事前投資』として処理されるようになったわけです」 前列の生徒が手を挙げた。 「先生、聖典に出てくる無双者たちって、デバイスに頼らない『原理的な知識』を活かすことが多いですよね?」 「その通りです」教官は頷いた。 「現代の高度なデジタルデバイスが使えない世界へ行くわけですから、製鉄、醸造、衛生管理、あるいは初歩的な物理法則を手作業でも再現できる知識こそが、最も価値が高いとされました」 「この時代の学習意欲の爆発は、現代の産業発展の基礎になったとも言われています」 チャイムの音が教室に響き渡った。教官は講義資料を閉じると、軽く手を振った。 「では今日はここまで。現世というチュートリアル期間を無駄にせず、各自しっかり知識のビルドに励むように」 号令が終わると同時に、教室のあちこちで賑やかな話し声が弾けた。 「なあ、お前はどの聖典をメインにしてる? 俺は最近『追放された元・伝説の鍛冶職人』を読んで、金属加工の勉強を始めることにしたよ」 「私は昔から『断罪フラグ回避・悪役令嬢』系一筋ね。人間関係のトラップを回避する訓練は、現世の生活でも普通に役立つし」 「へえ、そういうのもあるのか。今度貸してくれよ。サブスキル用にちょっと勉強してみてもいいかも」 生徒たちが笑顔でノートをまとめ、教室を去っていく。 誰もいなくなった教壇で、教官は小さく吐息をつくと、個人の情報端末を開き、自身の信仰する聖典を呼び出した。 画面には『異世界スローライフを目指して畑を耕していたら、なぜか皇帝や魔王が野菜を買いに押し寄せてくるのだが?』と書かれた、古いテキストデータが映し出されている。 「……ふむ、やはり古典は重みが違うな」 教官はその厳かで格式高いタイトルを眺め、嬉しそうに呟いた。
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作者:さくら
2026/10/20 • 👁 22回 • 💬 0件
コメディ・日常
2401文字 約5分で読了

星空の下で

「卒業式が終わったらさ、一緒に出かけない?」 「いいよ、どこに行く?」 私がそう言うと彼女は科学館のチケットを出した。 それと一緒に催されるプラネタリウムのチラシもセットで。 「一緒に見に行こうよ」 「うん、いいよ」 彼女が好きなのは天体観測、星占い、こういった天文学専門のイベント。私の周りでそんな風な友人はそれまでおらず、彼女と仲良くなった時にちょっと戸惑ったりもした。 いわゆる、リケジョになるのだろうか……? 高校の進学先も物理や天文学の授業に特化した私立高で私は家の近くの高校。3学期が終われば私たちは離れ離れになる。 残すところあと3日の中学生活。  昨日やっと合格発表を聞いて私はすっかり気合が抜けていた。ほっとしたけれど、彼女と離れ離れになってしまうのは心の底から寂しかった。 一緒に地元の高校に通う友人もいるけれど、一番仲がいい彼女はいないのだ。  胸の内にポツンと冷たい氷の塊が残っているような気がした。  だが、思い悩んでも残すところあと3日。 彼女は私立校に行ってしまうから来週からは引っ越しで忙しい。 自分のなりたい目標のため、まっすぐと前を見て勉強して、4月からの新生活に備えている彼女。 私はと言うと妥協で家の近くの高校。家から通えるし、中学の友達も半数以上は同じ高校に上がる。 それも悪くないのかもしれないけれど、彼女のような明確な将来の目標というのはまだない。 高校の3年間のうちに考えればいいか、ぐらいのゆるい考え方だ。私は彼女から受け取ったパンフレットを見る。 ……プラネタリウムか。 正直見に行ったことはない。家の外でも星座ぐらいは見ることができる。とはいえ天の川は見えないし、満天の星空というのはあくまで想像の中でしか存在しない。  残りの3日間、クラスの仲間たちと先生達に対するちょっとしたイベントを考えてみたり、黒板でみんなにメッセージを書き合ったり、そうそうプロフィール帳の交換なんて言うのもしてみた。ノートにみんな思い思いのメッセージが書き込んであって それを眺めながら3年間のことを思い出す。 クラス替えは毎年あったし仲良くなる子はその都度変わった。でも彼女とだけはずっと仲が良かった。毎日手をつないで帰った。彼女の話を聞くのは面白くて、私はちょっと口下手だからひたすら彼女の話を聞いて「うんうん」とうなずいているばかりだったっけ。  あっという間に3日後の卒業式当日がやってきた。 3月の風はまだ冷たく、桜はまだ蕾が硬い。校庭に水仙の花が咲いていて甘い香りが漂っていた。 みんなで何回も何回も写真を撮って、泣いてる子もいたけれど私は涙が出なかった。  母に話して彼女と一緒に電車に乗った。 時間は昼過ぎ。駅のホームの売店でおにぎりを買って食べる。 冷たくてあまり美味しいとは言えないけれど、それでも良かった。一緒に電車に乗りながら流れて行く風景を眺める。 これから行く科学館を楽しみにしていたけど、この時間が終わってしまえばもう彼女と会うことは滅多にないのだろう。 それを思うと胸の中の冷たい氷はすっかり心を冷やしてしまう。  やがて目的地に着いた。 そこまで人は多くはないが、プラネタリウムの方はかなり人が入っている。係員の方に促されるまま私たちは真ん中のあたりの席に座った。 あたりがシンと暗くなっていく。 心地よい音楽と優しい語り口調。 プラネタリウムは確かに眠くなる空間かもしれない。  だが初めて見る満天の星空は、たとえそれが作り物だったとしても美しくあまりに魅力的な世界を映し出していたのだ。 私は息を飲んだ。  街の明かりが消えた世界はこんなにも美しいのか。 私たちがいつも見ている世界は、本当は大切なものは覆われて何も見えていないのかもしれない。 子供心にそんなことを考えた。  ふと隣の彼女を見た。 暗くてよくは見えないが、目を輝かせプラネタリウムの映像の星空の世界に入り込んでいるのがわかった。 彼女が愛してやまない、天文学の世界がそこには広がっているのだ。  目に見えるものはほんの少しかもしれない。 普段の私たちの街の中では一等星ぐらいしか夜に見えない。 けれど本当はこの映像のプラネタリウムのように無数の星々が輝いている。 溶けた光の天の川銀河。 かすかな点のようにしか見えないアンドロメダ銀河。 人間の肉眼では決してみることのできない無数の銀河たち。 それを彼女は見ているのだ。 見えなくても見ているのだ。  胸の中の氷の塊は溶けるどころかほんの少し大きくなったような気がした。 プラネタリウムの時間は30分あっという間に終わってしまう。 「終わっちゃったね」 「うん」 「どうする?あんまり遅くなるとお母さんたち心配するし、アメニティグッズ買って帰ろっか!」 「そうだね」 彼女はキーホルダーを2個買った。 「はい!今日の記念だよ」 キラキラとした笑顔で私に渡す。 「ありがとう……」 鞄につけるといつものように2人で手をつないで帰る道。 「高校に行ってもさ、またメールするから!」 「ありがとう、私もする」 「ずっと親友でいようね!」 「うん、そうだね」 本当のことを言うと高校に行ってしまえばきっと連絡は少なくなってしまうと思う。もしかしたら、これきりかもしれない。 だが 彼女の手のぬくもりが伝わってきて、心の中にあった氷は小さくなってゆくような気がした。 冬の終わり、四月になればお互いに新しい生活。 電車に揺られての帰り道。 やがて駅について彼女とお別れ。 手を振る彼女を見送りながら寂しさが胸を覆い尽くす。 私は鞄の中のスマホを握りしめた。 あぁは言ったけれど、私はメールを出したりするのは本当は苦手だ。今まで出せずに削除したメッセージはどれほどあるだろう。 ピピピピピピピッ    着信音。  慌てて確認する。 彼女からだ! 『今日は楽しかったね!』 短いメッセージとともに、たくさんの写真、たくさんの笑顔。 それは私の胸の氷を完全に溶かしてしまった。  春はもう少し先。 甘い水仙の香りが辺りに漂っていた。
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作者:しとえ
2026/10/20 • 👁 29回 • 💬 0件
その他
1894文字 約4分で読了

海を見たくて

 季節を彩る花々を、美しいと感じられなかった。私の魂が醜く汚れていくのがわかったから。誰かが語る明るい未来は、誰かの犠牲で成り立っていると知った。私の深い闇と痛みをこの世の誰も気に留めていないと思ったから。  不登校になってひと月が過ぎたある朝、父さんが無理矢理部屋から私を引きずり出して、何度もぶった。  どうして何も言わないんだ、なぜずっと部屋にこもったままなんだ、と。  だから、私は叫んだ。 「……いじめられてるの! ずっと、ずっと我慢してきたの。でも、もう無理なの! ぶつならもっとぶって。私を殺して! 父さん!」  父さんの、手が止まった。その表情には、大きな驚きと、激しい後悔が浮かんでいた。  母さんはすぐさま私を抱き寄せ、わんわん子供のように泣いた。私の方は、もうとっくに涙が枯れていた。  誰にいじめられてるのかとか、担任は知っているのかとか、父さんは沢山質問したが、私はそれ以上何も答えなかった。 「エリ。……ユカちゃんが来てくれたわよ」  それからまたひと月が経ち、梅雨が明けた。電気もつけず、強い西日をカーテンで遮った部屋のドアの前で、昨夜も一睡もできなかった私に母さんが言った。  ユカは何度も連絡をくれていたけど、私はそれをシカトしていた。 「会いたくないって言って」  私は久しぶりに熱くなった目頭を押さえ込むように、震えた声で答えた。 「……エリ。お願い。エリと、一緒に海を見たくて」  ユカはすでにドアの前にやってきていた。 「ごめん。帰って。ごめんね」  私は何かから逃げるように布団にくるまって言った。 「エリ! ユカちゃん、せっかく来てくれたのに……」 「いいんです、おばさん。また、来ますから。……エリ? ご飯、ちゃんと食べてね」  ユカはそう言い残すと、母さんに挨拶をしてうちを後にした。  静かになった部屋の中。私は、なんとはなしにスマホへ手を伸ばして、布団の中で写真フォルダを開いた。  中学の入学式まで遡る。画像をスワイプしていると、ユカと近所の海をバックに撮った笑顔のツーショット写真で手が止まった。 「ユカ……」  この時は、まさかあんな地獄のような日々が始まるだなんて思っていなかった。一年の半ばで目立つ派手なクラスメイトに目をつけられ、二年でまたその子と同じクラスになり、いじめは更にエスカレートした。 「いじめられる側にも原因がある」。どこかの誰かが言った言葉が蘇る。その人はきっと、いじめられた事がないことだけは確かだ、と私は思った。  その後も週に二度、三度とユカはうちにやって来たが、私はユカに会えなかった。  不登校の決定的な原因は、私を庇ったユカにいじめが飛び火したからだった。ユカはそうなる危険性を知っていながら、抵抗できない私を見かねて守ろうとしてくれたのだ。  それから、いじめの標的が私からユカに移った。私は胸が張り裂けそうになった。怖くて、怖くて、何もできなかった。自分に嫌気が差し、自分の弱さに愕然とし、私は学校へ行けなくなったのだ。そんな私に会いに来てくれるユカ。私には、合わせる顔が無かった。  そして、最後にユカが来てから二週間が過ぎた。 「エリ。ユカちゃんが……」  いつものように真っ暗な部屋。カーテンの隙間に目をやると、外にも光が無い。ユカが来るのはいつも夕方だった。  ……今、夜なの?  そう思った時だった。 「落ち着いて聞いてね、エリ」母さんは自分を落ち着かせるように一呼吸置いた。「……ユカちゃん、先週から行方不明になってて……今朝、波止場で見つかったそうよ」  ……え?  心臓が止まりそうになる。  私は布団を蹴り上げ飛び起きると、ドアに駆け寄って勢いよく開いた。 「母さん、波止場でって……ユカ、ユカ、まさか……」  母さんはしわくちゃな顔をしながら私を強く抱き寄せ、何度も何度も背中をさすった。 「エリ、大丈夫。大丈夫だから」  何が大丈夫なのかわからなかった。全身の血が瞬時に冷たく凍っていく。ブルブルと肩が震えだす。 「ユカ! ……うそ! そんな……。ユカ! ユカァァァァッ!」  優しかったユカ。強かったユカ。私を、守ってくれたユカ。 (エリと、一緒に海を見たくて)  ユカ。辛かったんだね。苦しかったんだね。きっと、弱虫の私なんかよりずっと。ごめん。ごめんね。  枯れていた涙が溢れ出す。動かなくなっていた心が、かつてない痛みと共に急激に息を吹き返す。 「ちょ、ちょっとエリ!」  私はショックで体が動かなくなる前にと、驚く母さんの制止を振り切って勢いよく家を飛び出した。  涙を拭い、潮風を全身に浴びながら月の下を駆け抜ける。  私は走った。  私は急いだ。  二人で写真を撮ったあの海辺へ行けば、ユカが、今もまだ私を待ってくれているような気がして。 ー了ー
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作者:七星満実
2026/10/20 • 👁 110回 • 💬 4件
児童文学
693文字 約2分で読了

ツボめいじん

 とうげいの名人に 作られた3つのツボが、木ばこの中に ならんでいました。 船にゆられて ゆーら、ゆら 木ばこの中で、ツボたちは 話しあいます。 「わしはお花の先生に、 りっぱな 生け花を  生けてもらうんじゃ!」 大きなツボは、じしんまんまんに そう言いました。 「私はキッチンでミソを入れてもらうの!おさとうでもいいわ!」 中ぐらいのツボはごきげんに そう言いました。 「ボクは何を入れてもらえるんだろう……」 小さなツボは考えました。 船はみなとで とまって、にもつが つみ下ろされます。 木箱もかかえられて いよいよ 船をおりるという時でした。 強い風が吹いて、バランスをくずした木箱は海の中へ まっさかさま。  海の底で、木ばこから ほうりだされたツボたちは あっけにとられていました。 「どうしよう、せっかくキッチンに行けると思ったのに!」 しょんぼりしている中ぐらいのツボ。 「ここでは キレイな花を 入れてもらえない じゃないか!」 おこってる 大きなツボ。 小さなツボはだまって かなしんでいました。  魚のおやこがやってきます。 「見て見て お父さん、大きなツボだよ!」 「やあ、これは とてもりっぱだ」 魚のおやこは 大きなツボを すっかり気にいり そこにすむことにしました。  中ぐらいのツボのところにタコがやってきます。 「これはボクの体にぴったりのサイズだ!」 タコは中ぐらいのツボがすっかり気に入ったみたいです。  小さなツボはしょぼんとしています。 「だれもボクを えらんで くれないのかな」 その時、一ぴきのヤドカリがやってきました。 「ステキ!ちょうどボクの せなかに ぴったりだ!」 ヤドカリはツボを せおいます。  そんなわけで、3つのツボは海の中で 楽しく今もすごして いるのですよ。
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作者:しとえ
2026/10/20 • 👁 29回 • 💬 0件