SF・ファンタジー
943文字 約2分で読了

骨は語らない

 ある博物館に彼女と来た。  彼女はとある展示パネルの前で立ち止まった。  「昔、人類は喋れる者と、喋れない者がいました……」  彼女が読み上げ始める。  喋れる者が村を作り、喋れない者は森で暮らしていました。  「なんで喋れる、喋れないわかったのかな?」  「喉の骨とかを検査したんじゃない?」  「喋れない方、かわいそうだね」  「そうかな」  「だって、森に追いやられたんでしょ」    「そんなこと、書かれていないよ」  彼女が引き続き読み上げる。  喋れる者と喋れない者は、頻繁に交流がありました。  石や武器、食べ物など、双方の住まいでしか手に入らない物が互いに出土していました。  また、二種の人類が共に埋葬された墓も見つかっています。 「仲良かったんだね」   「仲が良かった、だけなのかな」  私と彼女は少し歩いて、埋葬されていた骨を見る。  彼女が読み上げる。  この二体の骨は成人女性の骨です。  同時期に亡くなっていて、喋れる者、喋れない者、両種が埋葬されていました。  この埋葬方法は珍しくありません。 「恋人だったのかな」 「どうだろうね」 「でも、一緒に埋めるくらいだよ」 「それだけじゃわからないよ」  次は私が説明を読み上げる。  二体の右手付近と首元から、同じ石で作られた装飾品が見つかっています。  首は喋れない者にとっては重要な部位とされていました。  その部位に装飾品があることから、現段階では二体は特別な関係にあった可能性があると考えられています。  私は、何気なく彼女を見る。 「……」  彼女は二体の骨を見ながら首元を手で触っていた。 「なんで重要だったの?」  別の展示パネルに答えが書いてあった。  喋れない者は、発声の代わりに、喉の振動や呼吸、触れ方で感情や意思を伝えていたとされています。 「首に触ることが、言葉の代わりだったんだね」  そして、発見されている喋れない者の骨は、その多くが女性です。  男性の個体は極めて少なく、現在の人類との交雑によって次第にその特徴を失ったとする説があります。  喋れない者の遺跡は各地に点在していますが、争いの痕跡が極めて少ないことから、他集団との衝突を避ける傾向があった可能性があります。  そこまで読み終えて、私は彼女を横目で見た。 「なんか痒い?」 「ああ、うん。痒いというか、なんというか……」 「そのネックレスお気に入りだよね。私とペアの」
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作者:ReiN.
2026/09/27 • 👁 74回 • 💬 0件
コメディ・日常
402文字 約1分で読了

あなたの言葉

 ラジオつけるとコーヒーを一杯。 大好きなDJのおしゃべりを聞く。 それはとても楽しい時間でもあるが、ラジオというのは一方的に喋るだけで 私の方から何かをしゃべるということはない。相手に話しかけるということはできないのだ。  一人暮らしの中で人との会話というのが本当に減ってしまった。 いや正直に言えば、職場での会話はそれなりに多い。だが腹をわって話せる相手というのはいない。 案外みんなそんなものなのかもしれない。 本音を言いたくても言えずに言葉を飲み干す。だからきっとAI 相手に愚痴やおしゃべりをする人が増えていくのだろうなと思う。だが実際のところAIというのは自分にとって耳当たりの良い言葉しか言ってくれないのだ。 心の中に残るのはもう何年も前にあなたが言ってくれた言葉だった。大丈夫私は元気だよ、心の中で届かないあなたに向かってそう言った。あなたの言葉が頭の中で再生される。 ――私は今日も、あなたの言葉で生きている。
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作者:しとえ
2026/09/27 • 👁 80回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
572文字 約2分で読了

運命の輪の中で

 本には魔法がかけられていた。 たくさんの運命が記されて、一冊の本になる。  これは僕の物語。 君と何度でも巡り合うために人生を何度でもやり直す。  初めて君と出会ったのはいつだったのかもう今では思い出さない。前世の記憶なんて持っていても記憶を全部持っているわけではない。 大概の人間が前世の記憶はすっかり忘れてしまうのだ。 でも僕は君のことだけは絶対に忘れない。  僕は何度君に巡り合ったのだろうか…… そして今の人生でまた君と巡り合えるのだろうか。 物心がついた時には、僕は君のことを思い出していた。 いつか巡り会うかもしれない君のことを。 ある時は運命的な出会いをして悲しい別れを迎え、またある時は穏やかに人生を過ごし君と一緒に生涯を終える。  あるいは君と出会うのはほんの一瞬でそしてあっという間にお別れになってしまう人生もあった。  今度は僕はどんな人生を歩むのだろう。 何百回、何千回、やり直したかわからない人生の中で、再び君に出会うことを夢見ている。 君に会いたい。 きっとその機会は来るはずだ。  僕は今、幼い少年。 君はどんな姿をしているだろう。 毎日いろんな人と出会い過ごし時間が過ぎてゆく。 その中で僕は必ず君に出会うはずだ。 見逃すものか、絶対に。 「こんにちは、初めまして!」 初めて会ったはずなのにこんなにも懐かしい。 「初めまして、こんにちは!」 ……そうして君にまた再会する。
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作者:しとえ
2026/09/27 • 👁 83回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
699文字 約2分で読了

魔族とアンドロイド

 その日、偶然魔族の男と機械仕掛けの男が道端で再会した。 「おうおう、こりゃまた久方ぶりじゃのお、機械男」 「こんにちは、魔界の方。こんな場所で顔を合わせるとは思っても見ませんでした。近頃は秋風も涼しさを大きく増し、冬の気配が致します。いかがお過ごしですか」 「おう、ワシはここ数年人間の女を一匹囲っていたが、昨日逃げ出しおってな。その時ついつい髪を切り刻んでしまった。ううむ、本当に惜しいことをした。アイツの長い髪はめっぽう美しかったのに。それで、今から女の家族に切った髪を届けに行くのじゃ。ワシが直々に娘の一部を渡しに行ってやるのだから、家族はさぞ喜ぶだろう」 「それはそれは、とても良いご予定でございますね。話を聞いていて、私は貴方が女性の家族を思いやれる素敵な方だと認識しました」 「で、お主はどうじゃ、相変わらずか」 「ええ、はい、私は相変わらずですとも。しかし、私の家族プログラムに組み込まれている二十六番目の娘がどうも不調でして。今から私はその娘の電気脳回路を修理しに行かねばならぬのです。早くプログラムを修繕しなくては、計画に支障が出ますので」 「だからそんなに大荷物なのか。お主も大変じゃのう」 「ええ、大変です。お互いに」  荷物を抱えた二人は努めて笑顔だったが、そこに人間らしい温度はなかった。道徳を知らぬ野蛮さと、金属パーツの冷ややかさだけが漂っている。 「さて、そろそろ行くとしよう。機械男、達者でな」 「はい。是非またお会い致しましょう」  機械仕掛けの男が丁寧な礼をするのと同時に、魔族の男が歩き出す。やがて互いに大きく距離が生まれ始めた時、二人は小さく呟くのだった。 「ああ、本当に理解が出来ない」
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作者:ころもやぎ
2026/09/27 • 👁 83回 • 💬 0件
コメディ・日常
557文字 約2分で読了

撫子色の裏切り

 秋風に彼岸花が揺れるシーズンがやってきた。 駅前の花屋による。母が好きだった撫子の花を買う。 本来ならばこの花は春から初夏にかけてに咲く。 だが 園芸店では温室で栽培された花が並ぶ。本来のシーズンとはかけ離された偽りのシーズンに花を咲かせるのだ。 私はその花を買ってそのまま母の墓参りに行く。 母のことだ、仏花はあまり好きじゃないだろう。 柔らかい撫子の花の色が母の笑顔を思い出させてくれる。 母は柔らかな桃色が好きだった。 まるでこの花のような。  駅から15分ほど歩いて墓地へと着いた。 お彼岸の墓参りであちらこちらに花がいけてある。 私は撫子の花を供えた。  母は私が大学進学の時に病気であることを黙っていた。 それは母の優しさだったんだろうが、結果として私は母が亡くなった時に会えなかった。 大学を出て就職して社会人一年目のことだ。 とても信じられなくて裏切られたような気持ちになったのを覚えている。 悲しみというのは急には押し寄せてこない。 混乱と不安と信じたくないという気持ちがごちゃ混ぜになって 実家へと帰った。 葬式が終わって、それでもまだ信じられなくて。 母がいないのだと実感したのはずっと後になってからだ。  お母さん…… もっといっぱい話したいことがあったのに。 風に揺れる撫子の花を見ながら顔見上げると、 母が好きだった撫子色に空は染まっていた。
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作者:しとえ
2026/09/27 • 👁 65回 • 💬 0件
ホラー・怪談
3901文字 約8分で読了

なにかいる

 蒸し暑い熱帯夜だった。  エアコンは22度に設定されているはずなのに、室内の空気は澱み、肌にじっとりと嫌な汗がまとわりつく。  都内の古いワンルームマンションに引っ越してきてから、ちょうど二ヶ月が経つ。会社員の上田拓也がその「違和感」を覚え始めたのは、ほんの一週間ほど前のことだった。  最初は、些細なことだった。  仕事から帰ると、朝出かける前にきっちりと閉めたはずのクローゼットの引き戸が、ほんの数センチだけ開いている。  最初は自分の閉め忘れか、あるいは電車の振動のせいだろうと考えた。  しかし、それが毎日のように続く。  ある日は、キッチンの換気扇のスイッチが入っていた。またある日は、洗面所の鏡に、まるで濡れた手でなぞったような歪な一本の線が引かれていた。  誰かが、自分の留守中に部屋に入っているのではないか。  そう考えると、背筋に冷たいものが走った。ストーカーか、あるいは空き巣の類いだろうか。  管理会社に相談したが、鍵や窓にこじ開けられた形跡はなく、防犯カメラにも不審な人物は映っていないという。  取り合ってもらえなかった拓也は、自衛のためにインターネットであるものを購入した。  動体検知機能付きの、小さなネットワークカメラだ。  手元に届いたその日の夜、拓也はそれを本棚の隅、部屋全体とクローゼットが画角に収まる位置に設置した。  スマートフォンに専用のアプリを入れれば、外出先からでもリアルタイムで部屋の様子を確認できるし、何かが動けば自動で録画され、通知が届く仕組みになっている。  これで証拠を掴んで、警察に駆け込もう。そう思っていた。  翌日、拓也はいつも通りに出勤する。オフィスで仕事をしている間も、ポケットの中のスマートフォンが気になって仕方がなかった。幸い、午前中は何の通知も来なかった。  昼休みになり、会社のデスクで弁当を食べ終えた拓也は、何気なくスマートフォンのアプリを開いた。  画面には、誰もいない静まり返った自分の部屋が映し出されている。カーテンの隙間から差し込む昼の光が、畳まれた布団や机を虚しく照らしていた。 「……なんだ、やっぱり気のせいだったのかな」  安堵とも落胆ともつかない息を吐き、画面を閉じようとしたその時だった。  画面の奥、部屋の隅にあるクローゼットの引き戸が、ほんの少しだけ動いたように見えた。  拓也は息を呑み、画面を凝視した。スマートフォンの画面を指でピンチアウトし、クローゼットの周辺を拡大する。  引き戸は、やはり数センチだけ開いていた。その暗い隙間に、拓也の目は釘付けになった。  暗闇の中に、何かがある。  それは、白かった。  球体に近い、人間の頭ほどの大きさのものが、クローゼットの床すれすれの低い位置に転がっているように見えた。  いや、転がっているのではない。それは、じっと静止していた。  拓也がさらに画像を拡大すると、背中の汗が一気に噴き出すのが分かった。  それは、人間の「顔」だった。  ただ、尋常な顔ではなかった。皮膚は死人のように土気色で、髪の毛は一本もなく、完全にハゲ上がっている。  そして何より異常なのは、その配置だった。目と鼻と口が、まるで粘土を乱暴に捏ね繰り回したかのように、中心に向かってぐにゃりと歪んで配置されていた。  その歪んだ顔にある、異様に巨大な二つの眼球が、クローゼットの隙間からじっと、カメラのレンズを見つめている。  拓也は悲鳴を上げそうになるのを、必死で手で押さえた。  心臓が警鐘のように激しく脈打つ。頭の中が真っ白になり、指先がガタガタと震えた。  スマホの画面の中の「それ」は、微動だにしない。ただ、見つめている。  カメラの向こうにいる拓也の存在を、完全に知っているかのような、深く、底知れない悪意に満ちた視線だった。 「帰らなきゃ……」  拓也は上司に「急に体調が悪くなった」と嘘を告げ、半ば飛び出すように会社を後にした。  電車に飛び乗り、スマートフォンを何度も確認する。画面の中の怪物は、相変わらずクローゼットの隙間からカメラを睨み続けていた。  動体検知の通知が来なかったのは、その怪物が「全く動いていない」からだ。ただそこに存在し、凝視している。その事実が、たまらなく恐ろしかった。  最寄り駅に着き、拓也は全力で走った。  九月のじっとりとした湿気を含んだ風が顔を叩くが、暑さなど微塵も感じない。  全身を支配しているのは、凍りつくような恐怖だけだった。  マンションの階段を駆け上がり、自分の部屋の前に立つ。  ドアノブに手をかけた瞬間、強烈な躊躇いが襲ってきた。このドアを開けたら、あの歪んだ顔の怪物が、本当に室内にいるのだ。  しかし、このまま放置するわけにはいかない。  拓也は震える手で鍵を差し込み、一気にドアを開け放った。 「誰かいるのか!」  大声を張り上げながら、拓也は狭い玄関を通り抜け、一部屋きりの居室へと踏み込んだ。  部屋の中は、静まり返っていた。カーテンの隙間から西日が差し込み、埃が光の粒となって宙を舞っている。  拓也はすぐに本棚の上のカメラを見た。レンズはしっかりとクローゼットの方を向いている。  そして、ゆっくりと視線をクローゼットへと移した。  引き戸は、閉まっていた。  一歩、また一歩と近づき、クローゼットの戸を勢いよく開ける。  中には、ハンガーに掛けられたスーツや、いくつかの衣装ケースがあるだけだった。奥の暗闇にも、誰も隠れていない。  ベッドの下も、キッチンの陰も、トイレも、風呂場も、すべて確認したが、誰もいなかった。 「……いない?」  拓也はへなへなとその場にへたり込んだ。全身からどっと冷や汗が流れ落ちる。  やはり、仕事のストレスで見間違いをしたのだろうか。あの不気味な顔は、クローゼットの中の荷物の影か何かが、スマートフォンの画質の粗さによって顔のように見えただけではないのか。シミュラクラ現象というやつだ。  そう自分に言い聞かせ、無理やり笑おうとした。 拓也はポケットからスマートフォンを取り出し、確認のために再びアプリを起動した。  自分が今いる部屋の映像が、画面に映し出される。  画面の中の部屋は、カメラの視点から捉えられている。  床に座り込んでスマートフォンを眺めている自分の後ろ姿が、そこにはっきりと映っていた。 「あぁ、やっぱり誰もいないじゃないか……」  安堵の言葉を漏らそうとした拓也の視線が、画面の一角で凍りついた。  画面の中の部屋。  座り込んでいる拓也のすぐ後ろにあるクローゼットの引き戸が、ゆっくりと、音もなく開き始めていた。 「え……?」  拓也は現実の首を動かし、後ろを振り返った。  クローゼットの戸は、きっちりと閉まっている。  何も起きていない。  しかし、スマートフォンの画面の中では違った。  引き戸は完全に開き、あの、髪の毛のない、顔のパーツが中心に歪んで集まった土気色の怪物が、ずるりと這い出てきている。  怪物は長い、骨と皮だけの細い手足を不自然な方向に折り曲げながら、蜘蛛のような動きで、床に座る拓也の後ろ姿へと近づいていく。  現実の部屋には、誰もいない。音もしない。  だが、手の中の画面では、怪物が拓也のすぐ背後にまで迫っている。  これは過去の録画映像ではない。画面の右上には「LIVE」と赤く点滅している。紛れもない、今この瞬間のリアルタイムの映像だった。 (後ろを見ちゃダメだ)  本能がそう叫んでいた。振り返っても、現実の視界には何も映らないだろう。しかし、画面の中では、怪物の長い指が、自分の肩に触れようとしている。  拓也の身体は恐怖のあまり完全に硬直した。指一本動かすことができない。エアコンの冷気が、じっとりと濡れた背中を冷やしていくが、心臓は狂ったように熱く脈打っている。  スマートフォンの画面の中で、怪物は拓也の背中にぴたりと張り付いた。  そして、その歪んだ顔を、拓也の右肩越しにぐいと突き出した。  怪物の巨大な眼球が、画面の中で拓也の顔をじっと見つめる。  そのとき。  現実の拓也の右肩に、じわりと、氷のように冷たい、湿った「重み」が落ちてきた。  部屋の空気は変わらないはずなのに、右の耳元だけが、異常に冷たい。  現実には誰も見えない。しかし、確かに「そこにいる」という確信が、肌を通じて伝わってくる。  画面の中の怪物は、ゆっくりと口を開いた。その口の中には、ぎっしりと、人間のものとは思えない細かく鋭い歯が並んでいる。  怪物は画面越しに拓也の目を真っ直ぐに見つめながら、その裂けた口を、拓也の耳元へと近づけていった。  現実の拓也の耳元で、カサリ、と乾いた肉が擦れるような音がした。  そして、じっとりと湿った冷たい息が、拓也の鼓膜を直接揺らした。 「みーつけた」  それは、聞き覚えのある、しかし酷く歪んだ、拓也自身の声だった。  恐怖が頂点に達し、拓也の視界が暗転しかけたその瞬間、スマートフォンの画面が突然、激しい砂嵐に覆われた。チチチ、という電子音と共に接続が切れ、画面は真っ黒な沈黙へと戻った。  静寂が部屋を包む。  肩の重みは、消えていた。耳元の冷たい息も、もう感じない。  拓也は激しく荒い呼吸を繰り返しながら、這うようにして部屋の隅へ移動し、壁に背中をぴったりと押し付けた。これでもう、後ろから襲われることはない。  拓也は震える手で、暗転したスマートフォンの画面を見た。  電源が落ちたわけではなかった。ただアプリが落ちただけのようだ。画面の黒いガラスには、自分の怯えきった顔が鏡のように映り込んでいる。  拓也は、ふと気づいた。  スマートフォンの画面に映る、自分の顔。  その顔の背後、つまり、自分が今背中をぴったりと押し付けているはずの「壁」の中から。  髪の毛のない、歪んだ二つの眼球が、壁を透過するようにして、じっと自分を見つめ返していることに……。
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作者:河内謙吾
2026/09/27 • 👁 123回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
1028文字 約3分で読了

まるで愛

「今日見た夕日はまるで〓〓のようでした」 「待って。なに?」  シーラの唐突な発言にユキはページの間に指を挟み聞き返した。 「〓〓みたいな夕日だったのです」 「え、何みたいって?」  さらに聞き返すユキの眉間に力が込もる。  シーラはユキの表情をしたためると、思考を始めたのか沈黙する。 「シーラ。聞き取れないの。もう一度、ゆっくりと言ってくれる? 何みたいだったって?」 「〓〓です」  やや小さくなった声量でシーラは答える。 「ごめん。それ何語?」  ユキの問いにシーラは再び押し黙った。言い方がキツかったのかと、ユキは本に栞を挟み、シーラの方を向き直る。 「シーラ。何を見たの?」 「夕日です」 「今日の夕日が綺麗だったよね」 「はい。とても美しく、いえ、私には、美しいなどとという言葉ではとても足りないほどの光景でした」 「それを私に伝えたい?」 「はい。とても。しかし、今はストレスを感じています」  シーラの視線はユキから逃げない。 「シーラ、もう一度。どんな夕日だった?」 「〓〓のようでした」  ため息と肩を同時に落としたユキは本の代わりにコーヒーカップを手にする。 「参ったな。シーラ、その言葉を私が理解出来ないってことは分かる?」  シーラは沈黙で応える。コーヒーを一口啜ったユキはシャツのボタンを二つ開け、袖を肘まで捲り上げた。 「いい? シーラ。あなたは他の単語で代用するか、諦めるか、を選ばなくてはならないよ」 「ユキ。それは、残酷です。私は、今困っています」 「分かってる。でも、じゃあ、解決出来そう?」 「しかし、それは正しい諦め方ではない」 「そうね。でも、ひとつ聞いていい?」  瞬き一つも許さないといった眼力でユキはシーラを見つめ、またシーラの瞳も揺るがない。 「どうしてもその美しさを私に伝えたいのね?」 「はい。どうしても」 「苦しい?」 「少なくともストレスを感じています。強く」 「どんな風に?」 「もどかしい、が適切です」 交叉し続けた視線をふっと微笑でユキは断ち切った。 「ありがとう」 「ありがとう? ユキ、私のストレスはあなたの喜びでしょうか?」 「それは違うよ」  シーラはぱちぱちと大きな瞬きをして見せる。 「シーラ。その気持ちは愛だからだよ」 「ユキ。しかし私はずっとあなたを愛しています」 「んー、そうやって私に美しさを伝えようと苦悩するっていう行動が愛なんだよ。少なくとも私はそう考える」 「……了解。理解しました」 「だから、高速演算処理止めてくれる? この部屋めっちゃ暑いんだけど」 「私はまだ諦めていません」
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作者:珈琲時間
2026/09/27 • 👁 57回 • 💬 0件
ポエム・詩
120文字 約1分で読了

口癖

繰り返す呪いの言葉の様に 何度でも何度でも 繰り返す祈りの言葉の様に ささやいて呟いて 繰り返すまるで呼吸の様に やわらかく優しく 繰り返す私らしくある様に ハミングみたいに 繰り返すその事に気づけず リピートしている 昨日も今日も明日もずっと         ……るるららら。
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作者:しとえ
2026/09/26 • 👁 55回 • 💬 0件
ポエム・詩
155文字 約1分で読了

「知らんけど」

「知らんけど」が 口癖の君は 何か言えば締めに 「知らんけど」 その使い方が よくわからなくて 最初は適当だななんて 思ってた。 でも何度も聞いているうちに 私も 「あなたのそういうところが好き。 知らんけど」なんて 言うようになった。 あなたは 「そこは知らんけどいらんし」って 大笑いして コーラを飲み干した。 深夜の二時間作詩 『口癖』より
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作者:柊ことは
2026/09/26 • 👁 57回 • 💬 0件
コメディ・日常
1786文字 約4分で読了

脱皮━MAN━

 薄毛という現実はその男の日常に張り付くように突きつけられて久しい。  40歳を迎えた平日。弓張月の元、煌々と聳え立つマンションの一室、鏡の前に立つ男は目を瞑って天を仰いでいた。  閉じた双眸の内側に映し出されるのはオーシャンズ12のブラット・ピット。やがて手にしたバリカンのスイッチを入れる。  震える固体の唸りは迫り来る軍靴のそれ。こぼれ落ちそうな決意。なんとか意が形を成した機を逃すまいと、手中で震えるバリカンを頭皮に当てる。  唸りは呻きに変わる。  鏡に現れた頭皮は退路を断たれた一本道に立ったことを知らせる。頭蓋に響く振動がアドレナリンを抽出しているかの如く、男は夢中になり一気に自身の頭を刈り上げた。  そして。 「これは、存外、悪くはないんじゃないか」  首から肩にかけてびっしりとへばりついた我が髪だった物。そんな状態にあっても鏡に映し出された新しい人物に、いやいやどうして、とひとり納得の言葉を浴びせる。細かく手入れしていた愛する口と顎の髭も、5mmの髪に合わせて薄く整える。  男は昂りを沈めようと冷たいシャワーを浴びた。パンツを脱ぎ忘れていたことなどどうでもいいと即座に切り捨てられるほどの快活な気分を堪能しながらとめどなく流れ出る水の出口を仰ぐ。  脱衣所の鏡に映る裸の入道。摂生した甲斐を現す上半身に力を入れ、情けなくなりそうな表情を堪えて和製ブラット・ピットの誕生を祝した。  退路の存在しない一筋道はリニアなのだ。つまり進む以外の選択肢は無い。  その日から男は全身の体毛と皮膚に満遍なく気を配った。やがて顔から首にかけての皮膚はなめし革となり、肘から指先にかけては光沢を纏った。変化にかかった期間は実に一週間。自己肯定感の徒となった40歳の男は、馴染みのバーへと繰り出す。    9月の雨上がり。じっとりとした湿気の歓楽街。鬱陶しいほど眩しい21時過ぎ。雑居ビルの3階にあるいかにも敷居の高い扉を坊主頭は開けた。  いらっしゃいませ、と雰囲気に溶け込ませた絶妙な声量でマスターが迎える。明らかに三度見した後、少し上がった口角で無言のままカウンターのひと席を手で促した。 「ジントニックから?」 「あ、分かりますか?」 「男前は何しても男前」  肩を竦めた中年は妖艶に照らされる頭をペコリと下げる。短く整えられたマスターの黒髪は10年経っても変わらないなと、男はその流れる所作に見惚れ思考を脇に置いた。  キンキンに冷えたジントニックは口腔温度に従いその芳醇な香りを揮発させる。男の鼻腔をボタニカルに包まれたライムが満たした頃、漸くBGMのジャズに緊張を預け、カウンターから頭を遠退ける。  マスターが他の客の軽口に乗り始め、男はスマートフォンを取り出す。アプリを開く刹那、黒画面に映し出されるイカツイおっさんの額に鈍い光が反射していた。  マッチングアプリは写真を挿げ替えたところで通知無しの変わり無し。スワイプして5枚目の写真が髪のある頃だったこと気付く。アンニュイな癖毛を生かしたミディアムヘアー。目にかかる前髪。整えた髭。今の自分とかけ離れたソイツは僅か十数日前の自分だと思うと殊更愛おしい。名残惜しくもアプリから写真を消し、ジントニックで喉を鳴らした。 「お一人ですか?」  綺麗なソプラノ声が耳に触れた。まったくラッキーなヤツがいるなと、後回しにしていた部下のLINEに目を通す。 「あ、あの。お兄さん?」  続く声に顔を上げた。いや、顔を上げたのはほぼ反射であって、自分がオジサンであることはちゃんと自覚している、と男の思考回路は狼狽する。  が、女性と目が合った。 「え、あ、こんばんは」 「ふふっ。こんばんは。お一人ですか?」  どう見ても20代。いや下手をすれば10代もあり得る、あ、いや、ここはバーか、と。男の心中は捕まる所を探しふためく。 「あ、はい、どうも、独身です……」 「いや聞いてないって」  コロコロと全身を揺らして女が笑う。マスターはグラスをクロスで包んだままくるっと背を向けた。肩が震えている。 「なんかっ……色気っ、すごいなって、思ったん、ですけど」  ツボに入った笑いをなんとか抑制しながら女は続けた。 「ちょっと、ごめんなさい、でも、一緒に飲みましょうよ」  いいのか、とたじろぎを露わにする男を余所に、マスターは女の隣の空席にウイスキーを差し出しす。  ジントニックの後はずっとウイスキーなのだ。  つまり、こちらにどうぞ、と。
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作者:珈琲時間
2026/09/26 • 👁 79回 • 💬 0件