ポエム・詩
112文字 約1分で読了

墓標

啞々、このクソったれな世界に 賞賛を送ろうじゃないか! 僕たちの時代は もう死に絶えてしまった。 有象無象の墓ばかりが ピカピカと輝いて 滑稽だね  愛おしいね 晴れ渡った空の下、 次の世代が手遅れにならないように 僕たちの墓は 存在しているのさ!
続きを読む
作者:しとえ
2026/10/19 • 👁 20回 • 💬 0件
ポエム・詩
132文字 約1分で読了

信号機

信号機が壊れてしまった ずっと赤のままで 僕はそこから進むことができない 世界なんてとっくに終わりを迎えたのに 律儀にルールを守っている。 君、おかしいと思うかい? 僕もおかしいと思うよ 信号機が壊れてしまった。 もう赤でも青でもない ブルーの空ばかりが広がって 僕は一歩踏み出した。
続きを読む
作者:しとえ
2026/10/19 • 👁 19回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
684文字 約2分で読了

図書館にて

 気がつけば、私は図書館の中をウロウロとしていた。 「何をお探しですか?」 図書館司書の方だろうか、話しかけやすそうな人物が私に話しかけた。 性別や年齢はいまいちわからない。 男性のようにも女性のようにも見えるし、若いようにも年老いているようにも感じた。 「本を探しているの」  ここが図書館なのだからそれは当たり前のことだろう、だが私はそう言った。 私はその人物に案内されて、床の下に水が流れる回廊を歩いて行く。  空には魚が泳ぎ、本棚はいくつも階段があって迷路のように入り組んでいる。  まるで騙し絵の世界みたいだ。 本棚には見たことがないような、鍵のかかった本、宝石の埋め込まれた本、石でできた本などが並んでいる。 どこどれほど歩いたのか、よく思い出せない。 幾千の宇宙を越えて、宇宙の境目を渡り歩いた先に私の探していた本があった。  そこには私自身の記憶が記されていた。 幼い日の私、成長していく私、悩んでいた私、そして今の私。 私はページをめくっていった。 だが本は途中から真っ白になっているのだ。 「どうして文字がないの?」 「あなたはその先をまだ生きていないからですよ」 その人物は言った。 「その先の物語はまだあなたは作っていない。これから作っていくのです」 私はパタンと本を閉じた。 「この先を知りたかったの……」 その人物は微笑んだ。 「だったらこれから作っていけばいいではありませんか。あなたの本はまだ完成していないのです」  その言葉に、私はハッとした。  そうだ、この続きは今から書けばいいのだ。 答えを知りたいと思うんじゃない。 これから答えを作るんだ。 私は本を本棚に戻した。 そして、この図書館を後にしたのだ。
続きを読む
作者:しとえ
2026/10/19 • 👁 18回 • 💬 0件
ポエム・詩
137文字 約1分で読了

嘆きの庭

嘆きの庭に夢が咲いたなら 私は1人そこに行きましょう。 月明かりをポケットに入れて ハミングをしながら、 水面の上を歩いて行くのです。 嫌だ、嫌だ、嘆いた日々も 石のように硬くなってしまった心も カバンの中に詰め込んで。 ごらんなさいな、こんなにも 優しい夜風が吹いている、ではありませんか!
続きを読む
作者:しとえ
2026/10/19 • 👁 35回 • 💬 0件
ポエム・詩
715文字 約2分で読了

声なき声

人に想いを伝える事 例えば 言葉を紡いで相手に語りかけたり 例えば 唄に乗せて唄声を相手に届けたり 出来るのならば 私もそうして想いを伝えたい けれど私は 生まれながらに声を神様に奪われている だから私は 詩を書く 人に想いを伝えるために それが私に出来る 感情を表す唯一の手段だから 私に声を与えなかった神様を恨んだ日もあったが 今は 詩を書くという道を残してくれた事に感謝している 想いを伝える方法は一つじゃない それが私にとっては 詩を書き綴るという行為だった ただそれだけの事である だけど 書いた詩を相手の心まで そう 好きな気持ちを伝えるのは なかなか難しい事である どれだけ感情を込めて 詩を綴ったところで そもそも 相手がそれを目にしてくれるかは分からない もし 目にしてもらえたところで それが伝わるとも限らない でも それは 言葉を紡いで相手に伝える事も 唄声に乗せて相手に届ける事も 結局は同じ事である 声で気持ちを伝えても それが本当に伝わるとは限らない それは 言葉も 唄も 詩も きっと同じなのだろう だから私は 詩を書き続ける 少しでも 人に想いを伝えるために 少しでも この気持ちを届けるために 私に声がない事を理由に それを言い訳に 気持ちを諦めるような事はしたくはないから 綴った想いが届けばいい それがもし相手まで届かなかったとしても きっと私は 詩を書く事をやめないだろう 他に方法がないから? そうじゃない 詩を書く事 それそのものが 私の生きる証なのである もしかすると 私は詩を書くために 声を失くしたのではないだろうか? そう感じる事すらある だから私は 今日も詩を書き続ける いつか 綴ったこの詩があなたのところまで あなたの心まで きっと届くと そう信じて 私の綴る声なき声 言葉は声にならずとも それは確かに 声として存在している
続きを読む
作者:lue
2026/10/19 • 👁 30回 • 💬 0件
恋愛
1906文字 約4分で読了

青い遠雷

「柊木夏美、売りやってるんだって」  効きの悪いクーラーにうんざりしながら、いつも一人で食べているとも知らずに母さんが作ってくれたお弁当を平らげ、イヤフォンを耳にした時だった。 「売りってぇ、パパ活? 援助交際?」 「どっちも同じでしょ。……で、誰に聞いたの」 「裏垢がバレたらしいよ、クラスメイトに」  私は動揺を抑えながら、無音のイヤフォンを着けたまま窓の外へ顔を向け、机をくっつけて食事している三人の会話に聞き耳を立てた。  見上げた青空の向こうから、灰色の分厚い雲が迫っているのに気付く。雨になるの? 朝はあんなに晴れてたのに。 「うちにもそんなことする子いるんだぁ。なんかショック〜」 「私達が知らないだけで、案外一杯いるんじゃないの。……けど、それだけで売りをやってる証拠になるのかな」 「あの子去年の暮れ辺りからやけに身なりが派手になったでしょ。つるむ同級生のタイプもガラッと変わったし」  心が、ズキリと痛む。  確かに夏美はある日から私に見向きもしなくなり、日進月歩でそれはそれは綺麗になっていった。 「今じゃ有名人だもんねぇ。同級生どころか一年も三年も教室にちょっかいかけに来るんだってぇ」 「そういうのは一切相手にしてないらしいけど。……裏ではオヤジどものお世話してるとなると、ファンが減るか、むしろ増えちゃうか、見ものだね」 「さあ。どっちにしろ、軽蔑しちゃうわ」  三人はそう話しながらようやくお昼を食べ終え、別の話題に移っていった。  夏美とはもう関わりが無い。自分には関係の無い話だ。  頭ではそう考えようとしていたけど、胸の中が何か複雑なモヤモヤとした黒い感情に覆われるの感じた昼休みだった。  自分には取り柄が無い。だから、自分に自信が無い。そんな私は可哀想なオーラでも出ているのか、人から同情されやすく、誰かしらに手を差し伸べられてきた。そして、信用して掴んだその手を、すぐに離されてもきた。 「傘、持って来なかったの?」  放課後、校門近くの喫茶店の軒先で雨宿りをしていると、待ち焦がれていた人が声をかけてきた。 「……天気予報、見てなくて」 「そっか。俺は別にいいけど、そっちは嫌だよな。相合い傘、なんてさ」  照れ臭そうに言う彼に、私は勢いよく首を振って答えた。 「嫌じゃない。……いいの?」 「まぁその、たまにはそういうのもありじゃないか。なぁ?」  私は彼の肩まで届かないおでこごと、体を腕にくっつけた。 「うん。あり!」  学校に友達がいなくても。私には彼がいる。いつか、今までみたいに彼がその手を離す時がくるとしても。今彼は、私だけのもの。  喫茶店を後にして、傘に叩きつけられる雨音すら心地良く感じながら、私達は駅へと歩き出した。  しばらく行くと、雑貨屋の前に人影が見えた。  あれは……夏美!  私は思わず彼の影に身を隠した。 「あら。お二人さん」  夏美の両肩は濡れていて、手に傘は持っていなかった。 「柊木。……お前も傘、忘れたの?」 「今朝あんなに天気良かったから。まさかこんなにどしゃ降りになるなんて思わなくてね」  彼の言葉に夏美は笑みを浮かべて見せた。 「待ってろ、そこのコンビニでビニール傘買ってきてやる」 「え、い、いいよ! ちょっと!」  夏美の制止も聞かず、彼は私に傘を預けると豪雨の中を走り出した。 「相変わらず、良い奴だね。彼」  二人でその後ろ姿を見送りながら、夏美は半分呆れたように言った。 「……夏美。売りしてるって、本当なの?」  私が意を決してそう言うと、空がピカッと光ったと同時に、夏美はバカにしたように高らかに笑った。 「アッハハハハハ! 久しぶりに会った第一声がそれ? あんたらしいよ、友梨。……くたばれ」  そう吐き捨てるなり、彼女は私の顔を見ることなく、雨の中を飛び出して行った。  蒸し暑さを洗い流すような激しい雨に打たれながら遠ざかる夏美の背中を見送る私の耳に、さっき光った遠くの雷の音が響いてきた。 「杉咲友梨、二股かけてるんだって」 「えー、うっそぉ! そんな風に見えない〜」 「私も聞いたよ。彼氏がいるらしいけど、昨日別の男と相合い傘で帰ってるの見た子がいるんだって」 「そう言えばさ、柊木夏美とあの子、仲良かったのに友達辞めたの、男が原因らしいよ」 「なになに〜。どういうこと?」 「柊木、ずっと好きな男がいたんだって。杉咲が間を取り持ってたらしいんだけど、その男が杉咲に惚れちゃって告白したら、杉咲はまさかのOKしちゃって柊木大激怒、ってわけ」 「うーわ、最悪。柊木が売りとかやりだしたのって、そのショックが原因じゃないの?」 「え〜。信じらんなぁい」 「柊木を応援するふりして色目使ってたわけだ。いやー、女って怖いね。……あ。また雷鳴った。くわばらくわばら……」 ー了ー
続きを読む
作者:七星満実
2026/10/19 • 👁 118回 • 💬 2件
その他
267文字 約1分で読了

鉄の棺

教会には鉄の棺が置いてあった。 絶対に開けてはならないという伝承がある。 中には吸血鬼が閉じ込められているらしい。 吸血鬼が鉄に弱いというのは、あちらこちらの伝承で残っている。だからこの中に閉じ込められている吸血鬼も銀の杭で心臓を打たれて鉄の棺に封じ込められたらしい。 一度、化学調査をしようという話が持ち上がった。 鉄の棺が開けられる。中から干からびたミイラのような遺体が出てくる。実際この中に入れられていたのはただの人間で、吸血鬼扱いされて殺害されたのだろうという話だ。 胸の杭が抜かれる。その途端に遺体が動き出し周りにいた人間に噛み付いた。
続きを読む
作者:しとえ
2026/10/19 • 👁 32回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
1947文字 約4分で読了

王子と不思議な少年

 昔むかし、ある国に若い王子がおりました。王子は宮廷の暮らしが退屈になり、こっそり城下町に遊びに出かけました。城下町には王子の見たことのないものがたくさんあり、王子の心は躍りました。  さて、日暮れが近づいて王子が城に戻ろうと思ったときのことでした。城までの道を急ぐ王子にぶつかった者がありました。 「す、すみません!」  普段であれば衛兵が「無礼者!」と狼藉者を斬り捨てるのですが、今日は衛兵はいません。王子はぶつかった身なりの貧しい少年と互いに詫びを交換しました。 「あ、あのこちらこそ申し訳……!」  互いの顔を見て、二人は驚きました。なんと二人の顔は瓜二つ、生き別れの双子と言われても信じてしまいそうなくらいそっくりだったのです。 「君はどこから来たんだい? 名前は? 家族は?」  それから王子は少年を物陰に引き込んで、様々なことを尋ねました。少年も偶然王子に出会って、大変驚いているようでした。そして、王子は良いことを考えました。 「ねえ君、よければ僕と服を交換しないかい? 君が一日王子になって、僕は一日君の格好をして自由を満喫したいんだ!」  王子はとても良い考えだと思いました。少年も快く王子の提案を受け入れ、二人は服を交換しました。王子はこれで城に帰らなくてよくなった、と飛び上がりながら町の中へ走って行きました。  王子は初めての自由に惚れ惚れとしていましたが、夕暮れはいよいよ夜に変わろうとする時間になりました。腹が減った王子は何か食べたくなりました。ところが持ってきたお金は先ほどの少年に服ごと預けてしまったことに気がつきました。普段であれば腹が減っていなくても時間になれば食事がもらえます。ところが今日は何もなし、です。家へ帰る人の流れに、夕飯を屋台で買って帰る人たちの笑顔が重なります。王子がふらふら歩いていると、屋台の店主にしっしと追い払われました。王子は初めて人から除け者にされる惨めさを味わいました。 「ああ、僕はなんて世間知らずだったのだろう!」  父王は領土を広げるために毎日大臣や軍人たちとどこへ戦争を仕掛けるかを話しています。王子も成長したら、この国を大きくするためにたくさん戦争をしようと思っていました。そのせいで国民がどうやって生活をしているかを知らなかったのです。王子がとぼとぼ歩いていると、急に首根っこを掴まれて物陰に引き込まれました。 「おめえ、一体どこほっつき歩いているんだ!」  それは恐ろしい大男でした。王子は返事をしようとしましたが、怖くて声が出ません。少年の知り合いのようでしたが、少年から王子はこの男について何も聞いていません。 「城の軍隊が俺たちを嗅ぎつけたようだ。こっちはせっかくの収穫があったっていうのに、むざむざ掴まってたまるか!」  王子は男が何の話をしているのかわかりませんでした。それからどこかの建物の地下室に連れて行かれました。地下室にはたくさんの人が集まって、王子を見てため息をつきました。 「やはり本物そっくりだ」 「替え玉作戦なんてよく考えたものだな」 「こいつとあの王子をすり替えて、身柄を盾に謀反だなんてよく考えたものだ」  王子はどきりとしました。ここにいるのは城に悪意を持っている者たちで、そして自分たちが攻撃されようとしていることはよくわかりました。 「すり替えたところで、本物の王子はどうするんだ?」 「そんなの、俺たちの血税を絞った極悪人だ。容赦する必要はない」  王子は生きた心地がしませんでした。すると、地上のほうがやけに騒がしくなりました。 「王国軍の手入れだ! 皆逃げろ!」  しかし王国軍たちはすぐに地下室に集まった者たちを捕らえました。恐怖のあまり動けなくなっている王子の元に、王子と服を交換したあの少年が現れました。少年は王子に恭しく敬礼をしました。 「ご無事でしたか、王子様」  それから聞いた話は、王子にとって初耳のことでした。元々、王子と容姿がよく似ていた少年は影武者として極秘に育てられていました。あるとき謀反の計画が軍部の耳に入り、そこで極秘の計画が立てられました。 『僕が囮になって城下町を歩き回って、謀反を起こしている連中のアジトを突き止めるよ』  王子と同じ顔をしている影武者なら、よからぬことを企む輩が放っておかないと影武者は考えたのです。そして計画通り、謀反の計画は阻止されて影武者の少年は急いで王子を助けに来たのです。 「でも君、どうして服を交換したときに何も言ってくれなかったの?」 「だって、王子様があまりにも楽しそうにしていらしたので。僕は王子様の幸せを常に願っているのですから」  その答えで、王子はこの影武者の少年がとても好きになりました。それから王子は少年と共に成長し、国民のことをよく気に掛ける王様になったということです。めでたしめでたし。 〈了〉
続きを読む
作者:秋犬
2026/10/19 • 👁 42回 • 💬 2件
児童文学
2182文字 約5分で読了

のらいぬ

 雨がぽつぽつと降り始めた。おれは枝の間から空を見上げ、途方に暮れる。  街のはずれの林の中にある、木が連なった天然の隠れ家がおれの住処だった。ここにいれば雨に濡れないが、飯を取りに行くことができない。  生まれたときは共に生まれた兄弟たちと過ごしていた気がする。しばらくおれたち兄弟は、力を合わせて生き延びた。ところが気がつけば、おれと一緒にいる奴はいなくなっていた。いなくなった奴のことを構っているほど暇ではない。おれはおれで生き延びなくてはならない。 「お、先客か。邪魔するぜ」  不意に声をかけられて、おれは驚いた。おれの目の前に、知らない奴が現れた。追い払おうかと思ったが、おれより大きい奴におれはビビってしまった。その隙に、そいつはおれの住処に潜り込んできた。 「ちょっとだけ雨宿りさせてくれよ」  おれはそいつをよく見た。先ほどは驚いてしまったが、貧相な体つきでちょっと吠えれば簡単に倒せそうだ。 「おっと、ただで雨宿りしようなんて思ってないさ。一宿の恩義、って奴だ」  そう言うと、そいつは何か美味そうなものを取り出した。そして半分にしておれの前に置いた。どうやらおれにくれるらしい。 「弁当の半分くれてやるんだ、有り難く思えよ」  ほう、これは「ベントウ」というものなのか。おれはついぞこんな美味いものを食ったことがなかった。おれはそいつがもっと美味いものをくれるのかと期待したが、そいつは半分にした「ベントウ」を食ってしまったようだった。 「悪いな、もうないよ」  おれはがっかりした。雨の音が強くなった気がした。 「でもそんなに気に入ったなら、また持ってきてやるさ。ここ、お前が見つけたのか?」  そいつはおれにずっと何か語りかけてきた。おれは返事をする義理などないから、雨が止むまでそいつを放っておくことにした。 「なんだよ、つれないな。どうせ俺は犬にもそっぽを向かれるんだ」  それでも、そいつはおれに話しかけてきた。親はなく親戚の家を転々としてきたこと。最近は戦争が続いていて不景気で食事が減らされていること。せめて木の実やキノコでも採ってこようと林をうろついていること。さっき食べたものは、そいつの一日分の食事だったこと。  自分も腹が減っているのに、おれのようなものに食べ物を恵むなんておれは馬鹿げていると思った。こいつは馬鹿なのだろう。 「何でだろうなあ、俺って不器用なのかな。死んじまったほうがいいのかな」  やはりこいつは馬鹿だ。美味いものをくれる奴が死んでいいはずないだろう。おれはそいつが死なないように、少しだけ側に寄った。 「……雨、早く止むといいな」  雨は夕方になるまで止まなかった。少し冷たい風が吹いてきたが、おれは誰かといるってことがとても温かいのだと初めて知った。 ***  それから折に触れて、そいつは住処に現れた。ベントウをおれにくれて、何かを喋って帰って行く。俺はただ黙ってベントウを食って、そいつの話を聞いた。いろんなことを喋る奴だった。誰も見たことがない動物の話や行ったことのない場所の話。そいつは「どうせデタラメなんだけど」とよく言っていたが、デタラメでも喋ることがあるのはすごいことだとおれは思う。  おれはそいつに比べて何も考えていなかった。生きるのに考えることなんかいらないと思っていたのに、どうしてこいつはそんなに嬉しそうに語るのだろう。おれと同じくいつも腹を空かせているはずなのに、楽しそうなそいつがおれは羨ましかった。  ある日、そいつが顔を腫らして来たことがあった。そのときはベントウはもらえず、ただ黙ってそいつは座り込んでいた。おれはそいつに触って、住処の中へ入れてやった。きっと敵に襲われたのだろう。それでおれに助けを求めに来たんだ。俺の縄張りの中なら、おれは守ってやるから、安心しろ。おれはそう言ってやった。  そうして、おれはそいつを仲間だと思うようになった。 ***  もうじき冬になるという頃、そいつは息を切らして現れた。 「聞いてくれよワン公!」  そして、おれの前に何かを紙を広げて見せた。 「召集令状だ! 俺に兵隊になれってさ! これで国の役に立てるんだ! どうだ、すごいだろう!」  おれはそいつが喜んでいるので「ワン」と答えてやった。 「兵隊になったら、たくさん手柄を立てて出世してお前を迎えに来てやる。そして将校様の愛犬としてたらふくいいもん食わせてやる。俺を馬鹿にした奴らもぎゃふんと言わせてやるんだ!」  おれにはそいつが何を言っているのかよくわからなかったが、それほどその紙は素晴らしいものなのだろう。 「そういうことだから、じゃあなワン公。俺はお前のことを忘れないぞ。きっと帰るからな」  そいつはとびきり美味いベントウをくれた。そしておれの頭を何べんも撫でて、おれの前からいなくなった。  おれはまたすぐそいつが来るだろうと思った。冬が来て春が来て、夏が来てもそいつは来なかった。雨が降る日も風が吹く日も待っていたが、帰ってこなかった。  それから何回か季節が巡る間、火事や騒ぎが増えた。ようやく元の賑わいが戻ったある寒い風が吹く頃、おれはそいつがもう二度と来ないのではないだろうかということに思い当たった。あんなに嬉しそうだったのに、もう会えないのか。そう思うと、おれの心まで寒くなるような気分だった。  おれは住処の中で丸くなった。そいつのいない場所がやけに広く感じられた。 〈了〉
続きを読む
作者:秋犬
2026/10/19 • 👁 52回 • 💬 2件
SF・ファンタジー
495文字 約1分で読了

理想の実現

「昔は夏になると40度を超える日もあったらしいな」 「そうみたいだね。今では考えられないけれど。いわゆる地球温暖化時代というヤツだ」 ​「かつての人類は自らの過ちに気が付き『脱炭素社会』を目指した。長い時間を要したが、それがほぼ実現したおかげで、今の快適な世界があるんだ」 「本当に。いい世の中になって良かったよね」 真夏の太陽が照りつける中、屋外のベンチで会話をする二人だが、汗ひとつかいていない。 ​「でも、人々は何故こんな世界を望んだんだろうね?合理的な判断とは思えないけど」 「さあね?あまりの暑さで頭がオーバーヒートしたのかもしれないな」 そう言って指先で頭を叩く仕草をすると、軽い金属音が響いた。 「さて、そろそろ仕事に戻るとするか」 微かなモーターの駆動音と共に、二人は立ち上がり歩き出した。 『完全なる脱炭素社会を目指す』 かつての人類が掲げた崇高な理想を実現するために、『忌むべき炭素化合物の塊』や『存在するだけで温室効果ガスをまき散らす怪物』はこの世界には必要がない、とAIは判断を下した。 超小型核融合炉を動力とする彼らの使命は、この世界にわずかに残されている有機生命体を駆逐することだった。
続きを読む
作者:さくら
2026/10/19 • 👁 24回 • 💬 0件