斬首の感覚で私は目を覚ました。また三年前に戻ったと気づき、頭を抱える。何度繰り返しても、王子に婚約破棄され人生転落よ!「眠れましたか、お嬢様」やけになった挙句、思いつきでお付きの侍女をベッドに引きずり込む。三年後、女王に即位する私のそばで彼女は微笑んでいた。このルート、ありなの?
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深夜の列車
飛び乗った列車は、映画か何かで見たような、和風とも洋風ともつかないレトロな雰囲気だった。 客車は二人がけの座席が向かい合って配置されていて、大人が四人まで座れるようになっている。 私は窓側の席につき、外を眺めた。 ぼんやりと見える山の輪郭(りんかく)やぽつぽつと見える家の灯りが、私の後ろへ、後ろへと流れていく。
それにしても、ベンチに座っていた『男』とは、いったい何者なのだろうか。 男が抱く鞄には、何が入っていたというのだろうか。
さっき出会った人から聞いた話が、しゃぼん玉のようにふうわりと浮かぶ。 私はそれを窓の外の景色に託し、目を閉じた。 列車の揺れとレールのつなぎ目を通るときのガタンゴトンというあの衝撃音が私の心と身体を眠りへと引きずり込んだ。
「乗車券を拝見します。」
声が聞こえ、ぱっと目を開けた。
「乗車券を、拝見します。」
声は、頭の中でもわんもわんと漂っている。 視線を、声が降ってくるほうへゆっくり移動させると、レトロな制服に身を包んだ車掌が立っていた。
じょうしゃ、けん……?
ぽかんとしていると、車掌は私の右手へ視線を移し、
「そちらです。」
と言った。
――え?
驚いて右手を見ると、買った覚えのない切符が握られていた。目が泳ぐとは、今の私の状態を表しているのだろう。それでも、これ以上車掌を待たせてはいけないと思い、状況がよく分からないまま切符を手渡した。車掌は無表情で受け取ると、パチンと切符を切り、私に返した。
「見つかるといいですね。」
車掌はそう言って微笑み、車両を後にした。
手渡された切符には、小さな猫の形の穴が開いていた。 そして、古風な書体で、
北の町
と書かれていた。
列車は、ガタンゴトン、ガタンゴトンと音を立て、私を見知らぬ町へと運んでいった。
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「りゅうちゃん放課後一緒に帰ろ? わたし今日お留守番なの」
「ぼく今日、裏山行くよ。かなちゃんも行こうよ」
「またスライムおじさんのとこ? 先生は行っちゃだめって、言ってたよ」
「でもおじさん言ってたんだ。スライムと遊びたかったら一緒にいる時間がいっぱいいるって」
「危なくないの?」
「ぜんぜん」
チャイムが鳴り、色とりどりのランドセルが流れるように校舎から出てくる。ほとんどは同じ方向へ流れ進みそれぞれの帰路を正しく辿る。
その中で二つ。小さな二人は群れから逸れ、悪びれる様子もなく裏山へと進む。
まだ黄色い太陽はジリジリと二つの帽子を照らし、麓の木々は歓迎するように葉を鳴らした。
「あ! おじさん!」
リュウジは川べりに倒れている人を指差し、駆け出す。「おじさん」の右のふくらはぎには水色のスライムが覆うように乗っていた。
周りの何匹かはそれを眺めているかのように無造作に散らばり囲っていた。
「おお。お前か」
「りゅうちゃん! おじさんスライムに襲われてる!」
「おじさん、大丈夫なの?」
「さっき、ちょっと枝で切っちまってな。今、スライムが治してくれてんだ」
しばらくもたたないうちに仕事を終えたスライムはぴょこぴょこと跳ね、または擦り進み、当然のように徘徊を始める。傍観していたスライムたちも同様に活動を始める。
「あのスライムはおじさんの友達?」
とリュウジはおじさんのふくらはぎには興味を示さず、他のスライムに紛れてしまったおじさんの友達を探していた。
「どうだろうな。たまたまだからなぁ。でも治してくれたんだから友達なんだろうな」
「おじさんは、ここで、何してるの?」
はっきりとした口調で、思い切ったようにカナが問う。
「おじさん」はよっこらせと木の枝を拾い、砂利を避け土肌に直径1メートルほどの円を描く。
次にその枝でスライムを刺し円の線上にポテっと落とす。
「見てなよ」
スライムは線に沿ってずりずりと進み始める。進んだ跡の線は薄くなっていた。
「線を食べてるの?」
とカナ。
「ははは! そうかもしんねぇな。ほら、もうすぐ一周しちまうからお前さんらで線を足してやんな」
二人は拾い上げた枝で円から線を描き延ばす。スライムは正しく沿って進む。
気が付けば周りのスライムたちも加わり、みな線を「食べて」いた。
「ぼくたち友達になれたかな!?」
眩しいリュウジの瞳に、男は柔らかく頬を緩め、頷く。
「そのうち顔を覚えてもらえるさ。そしたら助けてくれるかもしんねぇな」
「ねぇ、おじさん」
飽きたのかカナは枝を放っていた。
「スライムは、生きてるの?」
「……なぁお嬢ちゃん。ここのスライムは何で水色なんだと思う?」
「川があるから?」
「そう正解だ! 木の上にいるスライムは緑だし、這いずり回ってるスライムは茶色だ」
「それで、生きてるの?」
「スライムって食べれるのかなぁ?」
カナの後にリュウジが続け、リュウジは「おじさん」の表情を見てギクリとする。
「なぁ、お前ら。もうここには来るな。今まで黙ってたけどな、スライムがいる所には熊が出るんだ。だからスライムにもう近づくな」
「だっておじさん! スライムと友達になれるって言ってたじゃん!」
リュウジはこの「大人の言葉」に経験がある。
またごまかそうとしている。
嘘をつこうとしている。
「じゃあこうしよう。スライムは絶対食べちゃいけねえ。何があってもだ」
「死ぬの……?」
怯えるカナと、リュウジは眉間を寄せ未だ男を睨み上げていた。
「死ぬより怖いことが起きる」
とわざとらしく声を低くする男に
「おじさんは、嘘ついてる!」
リュウジは食ってかかる。
「ぼくたちがスライムと友達になったら、友達取られちゃうから、おじさん嘘ついてるんだ!」
まいったなと言わんばかりに男は頭をボリボリ掻き、
「じゃあ本当に約束だ。スライムは友達だ。だから絶対いじめたり、ましてや食べたりするんじゃねえぞ。分かったな」
と、下手な白旗を上げ、宥め、子どもらに背を向けた。
当たり前じゃんと、言い捨て、すっかり機嫌を損ねたリュウジは、ひったくるようにランドセルを拾い上げ、背負う。
バイバイも告げずに歩き出すとカナの走り寄る音がした。
「りゅうちゃん! スライムぜったいおいしいんだよ」
「かなちゃん、スライムは友達だよ。食べちゃだめだ」
「でもきっとその内おじさんが全部食べちゃうよ」
「え……?」
「そうなる前にさ、食べてみようよ。こないだバーベキューでパパから火の付け方教えてもらったの!」
「焼いたら、そうか、お腹壊さないよね」
「お塩とタレも持ってくるね!」
「うん! かなちゃんと一緒に来て良かったよ!」
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北の町で、こんな話を聞いた。
────────────
たどり着いたのは、田舎の無人駅だった。 ガス燈の心もとない明かりが、ホームと駅名標を照らしていた。
駅名標に目をやると、文字はかすれてしまっていて、読むことができなかった。 ホームの時計も私の腕時計も止まっていて、今が何時なのかも分からない。 あたりには家の明かりひとつ見えず、虫の声さえしない。聞こえるのは、自分の呼吸だけだった。
ホームにぽつんと置かれたベンチには、黒いカバンを胸に抱きトレンチコートに身を包んだ男がひとり、座っていた。帽子を目深にかぶっていて顔は良く見えないが、唯一見える男の口元に、私は懐かしさを覚えた。
――誰かに似ている。
そう思ったけれど、それが誰なのか思い出せない。記憶をたどろうとすると、胸の奥がかすかに痛んだ。
その男は、蝋人形のような印象で気配を全く感じない、まるで絵のようだった。
――この人は、なにか知っているだろうか。
そう思い、男に声をかけようと手を伸ばしたそのとき、鳴り響く汽笛が、私を現実に引き戻した。
列車がホームに到着し、ドアが開く。
「それに乗るといい。君は、まだ早い。」
男は少し顔を上げ、列車を見ている。 弾かれたように飛び乗ると、私の背後でドアが閉まった。振り返ってガラス越しに見ると、男は、微笑んでいた。
満天の星空の下、再び絵のように沈黙した男のカバンが、もそり、と動いた。
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とあるホテルの裏路地に、みすぼらしい少女が住んでいた。彼女はホテルの従業員が建物の裏から捨てる残飯や使えなくなった品々を漁り、生活の基盤を整えている。たまに衣類やタオルがあるとラッキーだ。少女は、路地裏でネズミと一緒に這い回る生活に慣れきっていた。
そんな日々を送りながら、ふと路地裏をちょっと出て小銭稼ぎに行こうとした時だ。路地裏の入り口を出てすぐ、ポロシャツのちょび髭男と出会った。小綺麗な身なりと、微かな香水の匂い、それから腕に巻かれたピカピカ輝く金の腕時計を見て、少女は「彼はホテルの客だ」と気づいた。
ちょび髭男は、少女をまじまじと見つめ、数秒後に口を開く。
「紙とペンだ」
「はい?」
「紙とペンを持ちなさい。それからファイルもあった方がいいな。君はもっと別の時間潰しをすべきだ」
言いながら、ちょび髭男は足元を見た。少女もまた足元を見ると、目線の先には、ちょび髭男の履く美しいグリーンのサンダルと、少女の履くみすぼらしいスニーカーがある。貧富の差が一目瞭然だなと少女が思って足を見つめていれば、突然ちょび髭男が自らの履くサンダルを脱ぎ始めた。
「これをあげよう」
「へ、いや、貰えませんよ。こんな綺麗な靴は」
「いいから」
彼は何処からともなく取り出した紙袋に脱いだサンダルを入れると、少女へ押し付けた。少女が当惑していれば、やがてホテルの入口付近から大きな声が聞こえる。
少女が顔を向ければ、淡いレモンイエローのポロシャツを着た青年がこちらに向かって何かを叫んでいた。仲間か何かだろうか。
少女がぎょっとしている間に、ちょび髭男が歩き出してしまう。靴はどうするのだと少女が足元を見やると、不思議な事に、彼はいつの間にか眩しいグリーンの革靴を履いていた。
手品でも見せられたのか。そう呆然としている少女を置いて、ちょび髭男は去って行った。少女の手元には、グリーンの美しいサンダルだけが残る。
その夜、少女は夢を見た。あのホテルから、まるでおとぎ話に出てきそうな世にも美しいサファイアブルーの大きな馬車へ乗り空へ帰っていく人達の事を。彼らは皆、カラフルなキャンディに似た見た事のない衣装へ身を包んでいた。
もしやあのちょび髭男もいるのかと目を凝らせば凝らすほど、少女はその人々の鮮やかさに魅入られ、見惚れ、いつしか夢から覚めていた。
そうしてあくる日、少女は自分の足にピッタリの綺麗なサンダルを履いて外へ出た。しかし、その足はいつもの習慣となったゴミ漁りへは行かない。紙とペンを買いに、彼女は世界を歩き出したのだ。
夢に見た、あの美しい時間を書き起こす為に。
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悪い星の下に生まれたのだろう。男はとにかく運が悪かった。
横断歩道に差し掛かれば信号は赤に変わり、男がトイレに行けば、トイレットペーパーはいつも芯だけ。人生唯一掴んだ幸運は、大手企業に入社出来たことだけだった。が、その会社も倒産してしまい、社屋は名前も知らない企業の手に渡っている。今男が所属する会社は、ボーナスも退職金もないゼロ細企業だ。
これだけ運が悪いのだ。いつかはその反動で、驚くような幸運が舞い込んでくるだろう。ひょっとすると、とびきりの美女が自分に迫ってくるかもしれない。宝くじが当選して、今までの不運を帳消しにしてくれるかもしれない。
そんな有りもしない現実を想像するのが男の唯一の楽しみだった。
そう、あのルーレットを発見するまでは…。
そのルーレットは、仕事終わり、怪しげな露天商の親父から購入した。
露天商の親父は、ねずみ男のような布を頭からかぶり、冬の寒さに震えながら客が来るのを待ち続けていた。いつもは見かけない露天商だったので、男は興味を持った。今思えば、あの時の冷やかしが男の運命を大きく変えた。
その露天商は、汚げなブルーシートに商品を並べただけの簡素な佇まいをしていた。並んでいる商品も、古臭い鍋やオタマ、竹でできた籠など、取るに足らないものばかりだった。
「お兄さん。なんだか浮かない顔しとるのぉ。」
目ぼしいものがなかったので、踵を返そうとした時。露天商の親父が声をかけてきた。男は人に声をかけられて無視するような非常識な男ではない。男は再び露天商の親父に目を向けた。
「運がないからね。運がなけりゃ、人はこんな顔になるんだよ。俺は昔から運がない。会社は倒産するし、好きな女の子は他の男に取られるし、今までいい事なんて一つもないよ。」
「そうか、でもまぁ見た所サラリーマンみたいだからまだいいじゃないか。俺なんてこの通りだよ。」
露天商の親父は、そう言って立ち上がった。確かに露天商の親父は見すぼらしく、社会の敗者と言ってもおかしくない容姿をしていた。
一緒にするな。男はそう言いたかったが、ぐっと気持ちを抑えて一言「じゃあな。」と言い、再び家路につこうとした。
その時だった。露天商の男がブルーシートの上にあった玩具のルーレットを男の胸に押し当ててきた。
「お前さんにぴったりの商品だ。このルーレットは特別でな、朝起きてすぐに回せば面白いことが起こる。まぁ、使って見な。お代はいらねえよ。」
そう言ってルーレットを手渡した露天商の親父は店を片付け始めた。
次の日の朝。
男はルーレットを目の前に置いて首を傾げていた。
ルーレットに書かれた内容が明らかに昨日と違うのだ。昨日は、ルーレットの盤面に数字が書いてあった。しかし、今見てみるとそこには「赤信号だけ」「電車が遅れる」「パソコンが潰れる」「好きな子から食事の誘いがある」など、意味のわからない文章が並んでいた。
男はその不思議なルーレットを見て少し怖くなった。しかし、ルーレットには人を惹きつける妙な魅力があった。男の心は恐怖よりも、好奇心の方が先行していた。
男は徐ろにルーレットを回した。
カラカラと小気味良い音を鳴らして、ルーレットは回り始めた。そして数秒後、ルーレットは「パソコンが潰れる」の所で針を止めた。直後、ルーレットの盤面は数字へと変わった。
「なんだよこれは…。」
首を傾げる男…。
だが、後に男はこのルーレットに秘められたとんでもない力に気がつくのだった。
あれから数日経った。
男は相変わらず毎朝ルーレットを回していた。
ルーレットの力は、男にとって実に魅力的なものであった。
なんとルーレットに書かれた内容は、その日に男が遭遇する”出来事”のリストであった。そしてルーレットを回すと、針の止まった所に書かれた”出来事”が消去される。その上、ルーレットの盤面に列挙されている、1日に起こる出来事は、殆ど全てが不幸な出来事であった。幸運な出来事は、通常のルーレットで0の書いてある所たった一つだけであった。いくら運が悪い男でも盤面に書かれた”出来事”は全部で37ポケット。単純計算でも一ヶ月と一週間に一度しかそこに針は止まらない。
数多い男の不幸から、一つだけと言えど、不幸が消えるのである。不幸な星に生まれた男にとって、そのルーレットは神様からの贈り物以外の何者でもなかった。
いつしかルーレットを回す事は男の習慣となった。朝起きて、枕元に置いたルーレットを毎日回す。その結果に一喜一憂する。不思議と大きな不幸が消去された時は、会社に行く足取りも軽く、仕事のやる気も俄然ちがった。
時に男の回すルーレットは幸運を指す事もあった。1日の中から幸運な出来事が一つ消えるのである。しかし、もともと不幸な星の下に生まれてきた男の幸運なんぞ、とるに足らないものであった。そのため、男はなんら気を負わずにルーレットを回すことができた。
ルーレットを回し始めて半年が過ぎた頃、男は再び露天商の親父を発見した。露天商の親父は、男を待ち伏せしていたようだった。
「どうだい、あのルーレットの力は?いいだろ?でもな、あれはこの世のものじゃないんだ。だからそろそろ返してもらいてぇ。もう満足しただろ?」
唐突に露天商の親父はそう言った。
「は?なんでだよ。俺はもう貰ったって認識だったんだぞ。今更返せなんてふざけるなよ。」
これほど素晴らしいルーレットを返す人間がどこにいるだろうか?男は吠えるように言った。
「俺は一度返せって言ったんだ。何があっても知らんぞ。」
露天商の親父は急に寂しげな顔をした。と思ったら、露天商の親父は闇の中に消えて言った。
「あんないいもの返してたまるか。」
男は吐き捨てるようにそう言って家路に着いた。
さて、露天商の親父と再会した翌日のこと。男はいつもの通り、朝起きて早々にルーレットを回した。
直後、男は発狂してしまう。
頭をかきむしり、家の壁を殴り、大声で自分を罵った。
それもそのはず、ルーレットが止まった所には、「宝くじ高額当選」と書いてあった。
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目覚めると、海の中だった。視界を占めるのは、どこまでも透き通った、けれど重厚な重みを持った「青」だ。
頭上からは、ひび割れたガラス越しのような、頼りない陽光が細い糸となって降り注いでいる。
「……っ」
慌てて口を塞ごうとしたが、遅かった。肺の中の空気が、銀色の真珠のような気泡となって口から滑り出していく。
――溺れる。
そう直感した。全身の細胞が恐怖に悲鳴を上げ、手足をばたつかせる。だが、おかしい。苦しくないのだ。
鼻から吸い込んだのは冷たい海水のはずなのに、それは不思議と肺を焼くことはなく、むしろミントのように清涼な感覚が全身を駆け巡る。
俺は水の中で、陸上にいるときよりもずっと深く、静かな呼吸を繰り返していた。
「あ、起きたんだ」
不意に、頭上から声が降ってきた。見上げると、そこには一人の少女が浮かんでいた。
少女はオーバーサイズのパーカーにショートパンツという、およそ海中には似つかわしくない格好をしていた。ただ、その足元は裸足で、長い黒髪が重力から解放された扇のようにゆらゆらと広がっている。
「ここ、は……?」
「喋れるよ。ここは『層』の間だから」
少女は慣れた手つきで水を掻き、俺の目の前まで降りてきた。彼女の瞳は、深海のような濃い青色の光を帯びていた。
「君、新宿駅のホームから落ちたでしょ? 落ちた瞬間に、こっちに混ざっちゃったんだよ」
――新宿。
その単語を聞いた瞬間、泥のように濁った記憶が蘇ってきた。そうだ。俺は深夜の残業帰りで、ひどく疲れていた。
不快な湿気が充満した六月の空気。黄色い点字ブロック。近づいてくる電車の風圧。視界が回転し、足の裏から地面の感覚が消えた。
「死んだのか、俺」
「半分正解で、半分ハズレ。君の体は今、上の世界の病院で眠ってる。ここは街の記憶が沈殿してできた『深層海都(しんそうかいと)』なの。絶望とか未練とか、そういう重たい感情が飽和して、現実から零れ落ちた連中が行き着く場所だよ」
少女は自分のことを「ミウ」と名乗った。彼女は俺の周りを一周すると、悪戯っぽく笑った。
「ようこそ、水底の新宿へ。案内してあげるよ。君が自分の『息の仕方』を思い出すまでね」
彼女に導かれ、俺は海中を歩くことになった。いや、浮遊しているといった方が正しい。浮力に身を任せ、ビルの合間をすり抜けていく。
そこには、見慣れたはずの新宿の景色があった。都庁のツインタワーは巨大な珊瑚の塔のようにそびえ立ち、壁面には色とりどりのイソギンチャクがへばりついている。大通りのアスファルトの上を、色鮮やかな熱帯魚の群れが、まるで渋滞中のタクシーのように整然と泳いでいた。
電光掲示板は生きていた。ただし、映し出されているのは広告ではない。誰かの日記の一節や、名前も知らない誰かの泣き顔、あるいは「もう歩きたくない」という短い独白。それらが淡い光を放ちながら、水の揺らぎに溶けていく。
「綺麗でしょ? ここは嘘がつけない場所なんだ。街が飲み込んだ本音だけが、こうして形を持って漂ってる」
ミウは錆びついた看板の角を器用に蹴って加速する。
「なぁ、ミウ。俺はいつまでここにいるんだ?」
「さぁね。君次第だよ。あっちの世界にいる君の体に、今の君を吸い上げる力が戻れば、自然と浮上できる。でも、今の君は……ほら、こんなに重い」
彼女が指差した先。俺の足首には、黒い鎖のような影がまとわりついていた。それは地面に向かって長く伸び、海底の泥の中に深く根を張っているように見える。
「あれが君の重りだよ。足枷(あしかせ)って言ってもいいかな。仕事のストレス、将来への不安、自分への失望。そういうのが結晶化したもの。それが外れない限り、君は二度と水面に顔を出せない」
俺は自分の足首を見つめた。鎖は、脈打つように黒い光を放っている。
思い返せば、ここ数か月の俺は、呼吸の仕方を忘れていたのかもしれない。満員電車で押し潰され、理不尽な怒号を浴び、コンビニの弁当を味も分からず咀嚼する日々。とにかく、溺れないように必死で水面を探し、空気を求めていただけだった。
「どうすれば……これを外せる?」
「簡単だよ。君の重りを作っている核を見つけて、壊せばいい」
ミウはニヤリと笑い、巨大な地下街の入口を指差した。かつて地下鉄の入口だったそこからは、どろりとした墨のような液体が溢れ出していた。
「あの中に、君の一番見たくないものがあるよ。行こう、サラリーマンくん」
地下街の中は、地上よりもずっと暗く、冷たかった。水は重く、肌を刺すような冷気を含んでいる。ミウが指先に灯した小さな光だけが、俺たちの行く道を照らしていた。
「見て、あれ」
ミウが指差した先には、改札口があった。だが、その改札には無数の書類が張り付いていた。俺がこれまで作成し、そして上司に突き返された企画書。謝罪のメール。終わりのないタスクリスト。それらが湿った海草のように絡み合い、巨大な怪物の形を成していた。
怪物の中心に、一人の男が座っていた。俺だった。ただし、それは今の俺ではない。
疲れ果て、生気を失い、汚く濁った瞳でパソコンの画面を見つめ続けている、かつての俺の残像だ。
『……まだ、終わってない』
残像の俺が、泡を吐き出しながら呟く。
『明日の会議までに……これを……。じゃないと……俺の居場所がなくなる……。誰も……俺を見てくれなくなる……。もっと頑張らなきゃ……もっと、もっと……』
その声は、重い振動となって俺の鼓膜を震わせた。
俺の足首の鎖が、ぎりりと音を立てて締まる。体が、地下街の床へと引きずり込まれていく。
「ダメだよ、逃げちゃ!」
ミウの声が、遠くで響いた。
「あれは君が切り捨てた、君自身の悲鳴なんだから!」
俺は必死に地面を蹴り、残像の自分へと近づいた。近づくほどに、体が重くなる。水圧が肋骨を締め付け、内臓を押し潰そうとする。
『……君も、俺だろう?』
残像の俺が、ゆっくりと顔を上げた。その瞳には、底なしの深い絶望が溜まっていた。
『外の世界に戻って、何がある? またあの狭いデスクに縛り付けられるだけだ。誰からも必要とされず、ただ消費されるだけの歯車。そんな場所に戻る価値があるのか? ここにいろよ。ここは静かだ。誰も怒らない。誰も期待しない。ただ、青い闇に溶けていればいいんだ……』
その言葉は、甘い毒のように俺の心に浸透していった。
確かにそうだ。戻ったところで、何も変わらないかもしれない。あの地獄の日々が、また繰り返されるだけかもしれない。だったら、このまま眠ってしまった方が、楽になれる……。
視界が暗くなる。俺はゆっくりと目を閉じようとした。
その時、冷たい指先が俺の頬を叩いた。
「馬鹿! そんな顔、似合わないよ!」
ミウだった。彼女は俺の胸ぐらを掴み、強引に俺の視線を自分へと向けさせた。
「いい? 確かに外の世界はクソだよ。息もできないくらい苦しいかもしれない。でもね、君はまだ美味しいものを食べてない。君がまだ見てない綺麗な景色も、読んでない本も山ほどある。出会ってない人も、たくさんいるんだ。それを全部捨てて、こんなゴミ溜めみたいな記憶と一緒に沈むつもり? それで終わっちゃっていいわけ?」
「でも、俺はもう、疲れたんだ……」
「疲れたなら休めばいいじゃない! でも、死ぬのと休むのは違う。海の中にいるのは、次に高く跳ぶための準備期間でいいんだよ!」
彼女の手から、温かい熱が伝わってくる。水の中にいるはずなのに、その熱は確かに俺の心を震わせた。
俺はもう一度、残像の自分を見つめた。それは怪物なんかじゃない。ただ、誰かに「お疲れ様」と言って欲しかっただけの、幼い子供のような俺自身だ。
俺は、その残像の肩に手を置いた。
水圧に抗い、声を絞り出す。
「ごめんな……。ずっと、無視してて」
その瞬間、俺の足首の鎖がパキン、と乾いた音を立てて砕け散った。砕けた鎖の破片は、光る魚の群れとなって、暗い地下街を鮮やかに彩った。
俺を飲み込もうとしていた残像の自分は、静かに微笑むと、細かい泡となって消えていく。
「終わった……のか?」
「うん。合格。君の重りはもうないよ」
ミウが俺の手を引く。
俺の体は、先ほどまでの重苦しさが嘘のように軽くなっていた。何もしなくても、体が自然と上へ、上へと昇っていく。
「ミウ、君は……」
「私は、この街の忘れ物係みたいなもの。君みたいな迷い子が、ちゃんと上に帰れるように背中を押すのが仕事なんだ」
俺たちは地下街を抜け、再び新宿の海中へと飛び出した。
太陽の光が、先ほどよりもずっと明るく、黄金色に輝いている。見上げると、遥か頭上に、銀色に輝く境界線が見えた。
あれが現実の世界。
――水面だ。
「そろそろお別れだね、サラリーマンくん。あ、名前聞いてなかった」
「……航(わたる)。航海の航で、わたる」
「いい名前じゃん。ここにぴったりだね」
ミウは俺の手を離し、優雅に一回転して見せた。
「航。あっちに戻ったら、たまには空を見上げなよ? 青いのは、海だけじゃないから。あと、深呼吸を忘れないこと」
「ああ。ありがとう、ミウ」
「じゃあね!」
視界が真っ白な光に包まれる。
急激な浮遊感。耳の奥で、激しい潮騒の音が響いた。
「――っ! はぁ……はぁ……」
激しく咳き込みながら、俺は目を見開いた。
白い天井。規則的な機械音。鼻をつく消毒液の匂い。そこは、病院のベッドの上だった。
「気がついた!? 先生! 患者さんが意識を取り戻しました!」
誰かの叫び声が聞こえる。体が重い。点滴の針が痛い。喉が焼けるように乾いている。でも、俺の肺は、確かに現実の空気を力強く吸い込んでいた。
俺は震える手を持ち上げ、窓の外を見た。そこには、梅雨の晴れ間の、抜けるような青空が広がっていた。
――あ。
その青さの中に、一瞬だけ、悪戯っぽく笑う少女の幻影を見た気がした。
俺はゆっくりと、深く、深く、深呼吸をした。
もう、溺れることはない。
アスファルトの下に眠る潮騒を思い出しながら、俺は新しい一日を始めるために、ゆっくりと体を起こした。
(了)
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「とうとう完成してしまった…。」
世の中には何に使うかわからない発明品が沢山ある。とりあえず作ってしまって、その後に有効的な利用方法を確立した発明品も多い。この度、教授が開発した「音吸収機」も、そういった発明品の一つだった。
「教授、その機械は一体どういった機械なのですか?」
隣にいた学生が聞いた。
「この発明は驚くなかれ、周りの音という音をすべて吸収してしまう機械なのだよ。正確に言うと大気中の振動を一つ残らず吸収してしまう。このつまみを設定することによって、その範囲は自由に拡大縮小することができる。例えば…。」
そういって教授は機械のつまみをグリグリっと回した。
「…。」
「…。」
そこには完全なる静寂があった。教授や学生が何か喋っても、口をパクパクさせているだけで、声は一切聞こえない。教授は悦に入った顔をし、機械の電源を切った。
「これは…すごいですね。それで、この機械の活用法は?」
「それは考えていない。私の頭は新しい発明品をこしらえるためにあるのだ。その先は他の人間が考えればいい。とにかく、今日は完成の祝賀会だ。」
教授はそう言って、研究室を後にした。
この「音吸収機」はしばらくは相手にされなかったが、噂を聞きつけた政府関係者の男が、機械を使いたいと申し出てきた。
「この機械、使いようによっては我々の暮らしをより一層豊かにしますよ。例えば、工場が出す作業音。これを消せば、近隣住民はかなり暮らしやすくなる。高速道路の騒音や、飛行機の離着陸時に発生する騒音を消すなどはどうでしょう?音を消すということは大気中の振動を無にするということ。つまり、ロケットの発射において発生する衝撃波もかき消せます。いや、本当に素晴らしい機械だ。」
教授は男のアイデアに感動した。発明することしか脳のない教授にとって、男のアイデアは実に素晴らしいものに聞こえたのだ。
自分の発明した機械が世のために使われる。これほど発明家冥利に尽きることはない。
「そうですか。それならば、この機械はお貸ししますので、ぜひ世の中のために使ってください。しかし、まだまだ研究の価値はありそうだ。もう少し発展した研究をしてみよう。」
教授はその日から「音吸収機」及び「音」について研究を重ねた。
数年が経ち、研究に研究を重ねた教授は、ある大発見をした。なんと、音はそのままエネルギーとして使用できるのだ。その大発見のヒントになったのはあの政府関係者の男が言った「ロケットの衝撃波」だった。音も規模が大きくなると、鉄をも砕くパワーになる。教授は早速機械を作り始めた。
さらに数年後、教授はその機械を完成させた。その機械は、「音吸収機」に、教授が新たに発明した「音圧縮機」を置き、その音を圧縮する。さらに「音圧縮機」の隣に音をエネルギーに変える「変換器」を備え付けた、大変大袈裟な機械だった。
「これはノーベル賞ものだぞ。世の中のエネルギー事情が根本から覆ることになる。このエネルギーは大気汚染もなければ、地球温暖化の心配もない。その上音を吸収するのだから有限な資源でもない。」
教授は喜びに震えた。
早速、あの政府関係者の男が教授のもとにやってきた。
「教授、素晴らしいですよ。この機械を使って世の中を変えてしまいましょう。エネルギー不足が解消されれば、人類が持っている諸問題のほとんどが解消される。ところで、これは私のアイデアですが、この機械をぜひ海沿いに置きましょう。そうすれば機械は永遠に波の音を吸収し続けることになる。どうです?完璧な計画でしょう?」
教授は男の言葉に再び感動した。確かに海沿いにこの機械を設置すれば永遠に潮騒を吸収し続け、無限のエネルギーを手に入れることができる。男と教授は固い握手を交わした。
数ヶ月の議論の後、国家事業として試験的にこの機械が設置されることとなった。場所は首都に隣接する湾。全国の人々はこの事業に大きな期待をし、見守った。
結果は思った以上だった。潮騒の音で、街中のエネルギー全てを賄うことができた。国中がこの大発明を称賛した。教授はこの年、一番注目された人となった。
その後、国中のエネルギーを賄うため、静寂の世界は海の向こうにどんどん広がっていった。人々は無限のエネルギーを手に入れ、いっそう暮らしが豊かになった。しかし、機械の向こう側で未曾有の大津波が迫っていることには、誰も気がつくことができなかった。
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カスタムドールがゴミステーションに捨てられていた。
この手の自動人形はもう百年以上前に生産が終了しているはず。ましてや現代、購入しようと思えばあまりにも高額になってしまうはずだ。
私はそれを抱えると自分の家まで連れて帰った。
随分と雑に袋に入れて捨てられていたものだ。
梱包を外してボディを布で拭いてゆく。
顔立ちは幼い少年のようだ。
まだドロイド―自動人形―が作られ始めたばかりの時代、完全に人間にそっくりなドロイドが作られていた。しかしそれらはやはり倫理的に問題が出てくるという理由で生産が中止になった。
色々事件も起きたからだ。
私は改めてその少年の自動人形を眺めた。
顔立ちは全く人間と変わらない。ボディや所々、機械だとはっきりにわかる部分があるが。
生産が中止になった理由は、あまりにも人間に似すぎていたためだ。姿形も内面も。
問題になったケースでは、自分の子供の遊び相手として購入した家族が自動人形の方が可愛くなってしまい子供を殺害してしまったケース、自動人形を捨てると言って生きた人間を殺して捨ててそれが発覚したケース。
自動人形に全財産を譲渡するという遺言を残して大問題になったケース。彼らの人権を認めろと騒ぎ出す政治団体。
人間との境目があやふやな自動人形が作られなくなった理由は他にもあるのだが……
だが、生産中止から百年経って、これらのアンティークの自動人形が作られなくなっても彼らは高額で売買され愛好家たちが手放そうとしない。
彼らはとても高級なアンティークの商品なのだ。
だから、まさかこんなところに自動人形が捨てられていると思わなかった。ジャンク品なのだろうか。
人形たちのAIも長い間使用されその間に様々なことを学習してゆく。ひどい扱いを受けたAIはそれをそのまま学習してしまう。
結果的にひどくいびつな性格になってしまったAIはリセットされ場合によってはハードそのものを取り替えられる。
人間にとっては脳である部分を取り替えられるわけだから、正直 私としてはいくら何でも気の毒だと思う。
アンティークではなく中古品として売られる自動人形は全部AIをリセットされている。完全に初期化された状態で発売されている。
同じ自動人形でもその差はずいぶんとあるのだ。
それでもアンティークよりは安いとはいえ高額ではあるのだが。
結局自動人形の価値を決めているのは、使用者の人間の方なのかもしれない。
ゴミステーションで捨てられていたこの子はどうだろうか。
私は1つずつ 修理をしてゆく。ボディに多少傷んだり壊れていたりしたところがあったが 大まかなところは問題がなさそうだ。
この子はカスタムされている。
ボディから型番を割り出しいつ頃作られたものかを調べた。
オリジナルのタイプから客の好みによってカスタムして販売するタイプだったのだろう。あるいは購入してからカスタムしたのかもしれない。
……この子は誰かに似せて作られたのかもしれない。
例えば、死んだ子供に似せて作ったとか。
そういう風な使用のされ方はよくされていたらしい。
性格もプロトタイプのものからあらかじめカスタムして、口調や態度など調整されていたのかもしれない。
私は彼を起動させた。
ゆっくりと目が開く。辺りをキョロキョロと見回す。
「……なんだよ、これ。ここから下ろせよ!お前、誰だ?俺何されてたんだ?」
少年は怪訝な顔をしてそういった。
随分と生意気そうな態度で、だがしかし、あまりにも人間らしいそのセリフに私は思わず笑ってしまった。
――初めまして私は、――
こうして私と彼との新しい生活が始まった。
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50メートルほどさきのびわの木の下に猫がいる。
枝先に瑞々しく実ったびわに猫はどうしても届かない、ふりをする。
猫の見上げた先で小鳥が実をつつきにやってくる。
そうしているとヤクヤックが小鳥を狙ってやってきて上空をゆるりと旋回し始める。
ヤクヤックはフェニックスの子孫と言われているがもはやただの小中型の猛禽類である。
私は可能な限りゆっくりと横たわっていたゴーレムを起こし2本目のタバコに火をつける。
ヤクヤックが小鳥を捕獲する頃合いを見計らいゴーレムに鷲掴みさせる。
今日の夕食である。
ここ数ヶ月、羽を毟り取る魔術を研究していたがどうも上手くいかず、結局今回も手で毟る羽目になった。
猫が私の足に身体を押し付けゴロゴロと音を立てる。
「あなた、コーヒーを淹れてちょうだい」
毟る最中にも関わらず嫁がコーヒーをねだる。
「自分で淹れてくれないか。私のもついでに」
「いやよ。あなた、自分が一番淹れるのが上手いっていつも言ってるじゃない」
コーヒーごときまともに淹れられないとは正気の沙汰ではない、と平時思っているがこういう時は裏目に返る。
コーヒーを啜りながらヤクヤックを火にかける。
魔力を内包している野生動物はよく火が通り、良い脂の香りが十二分にたつ。
削いだもも肉を猫に与え、私たちは食卓を囲む。
「今日のデザートはびわを剥いたの。ほら、こんなにたくさん」
「お前はなんてことをしてくれたのだ」
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