コメディ・日常
750文字 約2分で読了

じいちゃんずラブ

「なあ、お前覚えてるか? 高校時代、あと一勝すれば甲子園だったあの試合」 「忘れるわけなかろう。逆転のまたとないチャンスだったのに、4番の中山のやつがあの時綺麗に空振り三振で討ち取られちまって試合終了……残念だったなあ」 「俺はな……実はあの時の中山の空振りは、お前のせいじゃないかと思っとるんだ」 「はあ? 俺のせい? なんでだ」 「あの時、お前は中山の一つ前の打順だったな。  お前は実にいい当たりを飛ばしたが、敵のファインプレーで惜しくもアウトになっちまった。  で、ベンチに帰ってきたお前は、熱の籠った目で中山に言っただろう。『頼む、中山。俺のために打ってくれ』——と」 「……はー。そんなこと言ったっけか」 「俺は忘れたことはなかったぞ。あの時のお前の眼差しと言葉を、ずっとな。  そんな言い方でお前に頼まれて、あいつはどうにかして打ちたいあまり、焦って力みすぎたんだと……俺は、そう思っとる。  あいつは、お前に惚れとった。そんなの、側で見てればすぐに気づく。お前は一向に気づかなかったみたいだがな」 「ははっ。お前も面白いこと言うよなあ。……それに、俺のせいかどうかは知らんが、あのシーンでそう簡単に思い通り打てる奴などおらんさ」 「俺なら、絶対に打った。——お前のために」 「——……  うおっ!!」 「どうした!?」 「入れ歯にせんべいのゴマが挟まった……!! 入れ歯使い始めたばかりだからこんなの初体験だ。しかし痛えなぁおいっっ」 「ほれ、茶だ! とりあえずうがいしてみろ」 「ゴボゴボゴボっっ……ひあ〜助かった。  ええと。で、なんの話だったっけ?」 「……ん?  そういや、なんだったかなあ……なんか大事な山場に来てた気がしたんだが……  まあ、忘れるくらいだから大した話じゃないんだろ。ははっ」 「確かになあ。最近物忘れが多くていかん。はははっ」
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作者:aoiaoi
2026/10/24 • 👁 9回 • 💬 0件
コメディ・日常
1287文字 約3分で読了

ハロウィン2020

「カボチャに水と~調味料を放り込んで~おいしい煮物の出来上がり!」  頭をすっぽりと覆う風フェイススタイルのカボチャの被り物。目や口の形にくり貫かれた穴からは、おいしそうな匂いが漂ってくる。頭を大きく振る度に煮汁が隙間からピシャっと飛んでくることに目をつぶれば、エンターテイメント性が高い仕上がりになっている。 「あ、大家さん! それはボックスじゃなくて千鳥足です! その動きはドジョウ掬い……! 一旦休憩にしましょう!」 「そうですか? 若い頃はこういうの得意だったんですけど……やっぱり歳には勝てませんね」 「それと、『調味料を放り込んで』のところ、もう少し具体的に言った方が伝わりやすいんじゃないですか?」 「んー、でもそれだと語呂というか響きがちょっとしっくりこない気がするんですよね。あ、梅川さんお一つどうぞ」  わたしの隣に腰かけた大家さんは、左手で被り物の上部を指さしながら右手で蓋をパコッと外した。被り物の中には、大量のかぼちゃの煮物がセットされている。オレンジと緑で構成されたユートピアが、先程よりも強く伝わる匂いが、私の胃袋をこれでもかと刺激してくる。  いつの間にか紙皿と割り箸を手に持ち、こちらに差し出してくれている大家さん。首から下はオレンジの全身タイツですっぽりと覆われ、素顔はカボチャに隠されてしまっている。頭に煮物がセットされていることを知ってしまっているせいか、どうにもパンチが足りないように感じてしまう。 「なにかなー……全身タイツが駄目なのかな? あ、いただきます」  思考をフル回転させながら煮物を頂く。カボチャの甘さと出汁の味が広がり、皿の中のカボチャの様にわたしの思考もドロドロに溶けていきそうだ。 「あー最高です。ホント好きです。大家さんのこの煮物が沢山食べられるなんて幸せなイベントですよねハロウィン」 「そんなに褒めても他に出せるものないですよ。もう一ついかがです?」 「やった!」  カボチャを飲み込みながら、改めて大家さんの衣装を観察してみる。大手のテーマパークにいるキャラクターの様に、首から下の全身タイツをドラキュラさながらのマント姿に変えてみるのはどうだろうか? それならフラフラしたステップもそんなに変に見えないかもしれない。 「大家さん。衣装ちょっと変えません? 多分その方が子供達の食いつきも良い気がします」  大家さんは、カボチャの頭を少しだけ斜めに傾けた。煮汁が一滴、地面にポタリと垂れた。 「良いですね。梅川さんの若い発想はおばあちゃんの私では出てこないものが多いですから、まだまだ色々教えて下さいね」  顔は相変わらず見えないけれど、声聞こえてくるはとても楽しそうだ。わたしも将来はこんなおばあちゃんになりたいものだ。 「さて、それじゃあ再開しましょうか!」 「よろしくお願いしますね、梅川さん。カボチャに水と~―――……」 「子供会主催ハロウィンイベント……優勝勝ち取りましょう大家さん! あ、それだとドジョウ掬いです」  煮汁を飛ばしながらドジョウ掬いを披露するカボチャの怪人は、圧倒的な得票数で見事に優勝を飾り、町内のローカル都市伝説として語り継がれていくのであった。
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作者:周雨
2026/10/24 • 👁 17回 • 💬 0件
コメディ・日常
1282文字 約3分で読了

どんぐりの木の下で

 ある日小学校の頃の友人から一本の電話がかかってきた。 久しぶり!元気にしてた? どうやら、しばらく地元を離れていたがまた戻ってきたらしい。 そんな他愛のない挨拶から始まり、昔埋めたタイムカプセルの話になった。  友達とタイムカプセルを埋めたのは小学校の卒業式の時。 あれからもう三十年経った。 本当は埋めてから十年後に一緒に掘り起こそうねと約束したのだが、そんなことはすっかり忘れていた。 十年、二十年、そして気がつけば三十年、あの卒業した日から一度も会っていないことに気がつく。 私が中学受験で違う中学校に通うことになったから会うことがなかったのだ。家は近所だったのに訪ねていくことがなくなってしまった。案外人生というのはそういうものかもしれない。 そばにいて近くても会わずにずっと長い間過ごしてしまう。 クラスメイトだってクラスが変わったら、もう一緒に遊ばなくなってしまう子もとっても多いのだから。 「埋めた場所ってここで合ってたっけ?」 「多分ねー」 そう言いながら二人で学校からほど近い神社の裏にやってきた。 「どこだっけ?場所覚えてる?」 「確か手水の横のどんぐりの木のそばだよ」 「あーそういえばここだっけ。でも三十年も経っちゃったし見つかるかな」 「そうだね。こういうのテレビ番組で見たことあるけど結局 出てこなかったりすることの方が高いよね」 「うーん、まあそれはそれで仕方ないよね」 園芸用の手持ちスコップを片手に私たちはどんぐりの木の根元を掘り始めた。 「待って何か当たった」 「え?嘘!」 それは錆びたクッキー缶だった。 あの当時、私たちが埋めたものだ。 ドキドキしながら蓋を開ける。  中に入っていたのはドロドロの紙らしきものだった。 「あー、30年も経ったらこうなっちゃうよね」 「まあむしろ、出てきただけマシじゃない?」 2人で顔を見合わせクスクスと笑う。 これはある程度予想していた結果だ。 正直に言って出てこない可能性が大きいと思っていた。 だからもうこの錆びついたクッキー缶が出てきただけでも私たちは満足していた。 「ねえ、手紙に何て書いたの?」 彼女がそう聞いてくる。 「もう忘れちゃったよ」 私は恥ずかしくなってそう言った。 「そうなんだ!私は覚えてるよ!」 「えぇ?」 私が彼女の方を見ると、これでもかと言わんばかりの得意顔をしている。 そういえば同級生だった時、彼女のこんな顔をよく見たな……と思い出す。 「私は、ちはるちゃんとずっと友達でいられますように!って書いた」 満面の笑みを浮かべそういう彼女。 変わらないあの頃と。 そんなはっきりした性格の彼女がとても好きだった。 「私も……同じこと書いた」  私は小さな声でそう言った。 「やっぱり!私たち親友だもん」 そう言って屈託ない笑顔で笑う彼女を見て私もつられて微笑んだ。  たとえ十年、二十年、あるいはもっと長い時間会わなくても、私たちは親友だ。 それは一瞬でこの心の距離になる関係だからだ。 あの日、一緒にクッキー缶を埋めた彼女がそこにいた。 どんぐりの木の下で、いつかの未来を信じていたあの時間に私たちは戻っていた。 私たちは誓い合ったのだ。  約束のこの場所でまた会おうと……
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作者:しとえ
2026/10/24 • 👁 8回 • 💬 0件
コメディ・日常
1211文字 約3分で読了

三つ目のしるし

初雪が山の稜線を白く縁取った十月、モンタナ州ガーディナーの朝は、頬に刺さるほど冷えていた。リサはダウンジャケットの襟を立て、首から下げた木札を指先でなぞった。 三十五歳の誕生日に、姉のエミリーが贈ってくれた「ロッジ&温泉パス」。三つの枠には、温泉やロッジを訪れるたびにしるしを押してもらえ、提携する地元の店で旅の品を選ぶときにも、最後の枠を使える仕組みだった。 「いつも誰かの都合に合わせてるでしょ。たまには、自分の好きなことをしておいで」 そう言われて、リサはシアトルから一人で旅に出た。イエローストーン国立公園の北門を抜けてガーディナーに着き、二軒の温泉ロッジを訪ねた。木札には、二つのしるしが並んでいる。 残るひとつをどこで使うか、リサはまだ決められずにいた。 メインストリートを歩いていると、雑貨店の軒下に小さな看板が見えた。戸を開けたとたん、暖かな空気と、乾いた薪の匂いが頬を包む。棚には地元の工芸品や保存食が並び、窓辺には町の名が印刷された小箱が置かれていた。地元の焙煎所のコーヒー豆だった。 「それ、お土産にちょうどいいわよ」 カウンターの向こうで、店番のキャロルが笑った。 「香りがいいですね。でも、せっかくなら三つとも温泉に使ったほうがいいのかなって」 リサは首元の木札を持ち上げた。温泉に入るたび、旅をしている実感が深まった。けれど、最後のひとつをどうするかだけは、朝から心に引っかかっている。 キャロルは木札を見て、目を細めた。 「お湯に入るためだけのものじゃないのよ。ここで何を見つけたか、それを選ぶのも旅でしょう」 リサはコーヒー豆の箱を手に取った。休日の朝、エミリーと二人でコーヒーを飲む。湯気の向こうで、姉はいつも最初のひと口をゆっくり味わった。仕事の話はしないと決めていたのに、結局は同僚の愚痴や失敗談で笑い合い、冷めかけたコーヒーを最後まで飲む。そんな何でもない時間が、忙しい日々のなかで、いつの間にか二人だけの習慣になっていた。 「これにします。姉と一緒に飲みたいから」 「いいわね。お姉さん、きっと喜ぶわ」 キャロルは箱を紙袋に入れ、口を丁寧に折り返した。リサが木札を差し出すと、キャロルは古いスタンプを最後の枠に押した。乾いた音がひとつ、店の静けさに響いた。 店を出ると、冷たい空気のなかに、かすかな硫黄の匂いが漂っていた。ガーディナーの町の向こうには、川沿いの木々と、雪をいただいた山並みが見える。リサは紙袋を抱え直し、スマートフォンを取り出した。 二つの温泉のしるしが並ぶ木札と、コーヒー豆の入った紙袋を写真に撮って、姉に送る。 「次は一緒に来ようね」 返事はすぐに届いた。 「うん。今度は私がお湯を選ぶ番ね」 リサは笑ってスマートフォンをしまい、坂道をゆっくり下った。鞄の中には、三つ目のしるしが押された木札と、小さなコーヒー豆の箱がある。 それを見れば、きっと思い出す。姉と囲む朝の食卓と、淹れたてのコーヒーの香りを。
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作者:TakaTuki
2026/10/24 • 👁 17回 • 💬 0件
コメディ・日常
1059文字 約3分で読了

猫とおでん屋

 猫は十年飼い続けると猫又になるという。 正直そんな話は全く信じていなかったけど、三毛猫を見るたびにうちの太郎なんじゃないかなと思ってしまう。  太郎は僕が小学生の時に飼っていた猫だ。 僕が猫を飼っていたのは一度だけ、太郎だけだった。 太郎が10歳になった時、突然いなくなった。僕は手書きの張り紙を貼ったりして ずいぶん探した。 僕が物心ついた時にはもう太郎はいた。 僕が一歳の時に我が家にやってきたらしい。  太郎は猫だけど僕にとって兄弟みたいな気がした。 ずっと一緒に育って、いつも僕の布団に潜り込んで寝ていた。 だから突然いなくなった時は本当に信じられなかった。 猫のことだから、勝手気ままな性格で気が向いたら帰ってくるかもしれない。 僕はずっと太郎が帰ってくるんじゃないかと諦めきれなかった。  やがて僕も大人になる。 実家から遠く離れたところに今では一人暮らしだ。 仕事からの帰り道。  夜の街で野良猫を見ると太郎のことを思い出す。太郎はいつも僕の膝に乗って、何でも分かったような顔をしているのだ。 僕はたまに太郎にちょっとした相談事をしていた。 友達と揉めたこととか、親に怒られたこととか、今もふと太郎のことを思い出すと相談に乗って欲しいな……なんてことを考えてしまう。  今日はちょっとお酒が飲みたい気分だ。 近頃できた居酒屋に初めて入ってみる。 六十代ぐらいの年齢の、三毛猫の毛皮のような模様の半纏を着た大将が、おでんの盛り合わせを出してくれた。 注文した内容にプラスで ちくわが乗っている。 サービスでつけてくれたらしい。 「なんだ元気ないね 兄ちゃん」 「まあね。大したことじゃないんだけど。どうにも僕は要領が悪いみたいで、怒られてばっかりなんだ」 「なーに、若いうちは怒られるのも仕事だよ」 「だよね」 居酒屋の大将と話しながらなんだか僕は太郎と話しているような気分になっていた。 太郎がもし人間だったらこんな風に話を聞いてくれるかもしれない。  気がついたら酔いつぶれていたみたいだ。 どこをどうやって家に帰ったのか、よく思い出せないんだけど 家のベッドの上で目が覚めた。 ポケットにレシートが入っている。 レシートの裏に、 「あんまり飲みすぎるな兄ちゃん。また、愚痴が言いたくなったらおいで」 と書いてあった。 ……その横に肉球の形のシミ? 微かにおでんの匂いがした。  もしかしてあの大将は猫又になって、人間に化けた太郎なんじゃないか…… なんて僕は考えたけど、そんなことあるはずがない。 「まさかね」 僕は一言そう言ってレシートを財布になおした。 ニャア、 という鳴き声が聞こえたような気がした。
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作者:しとえ
2026/10/23 • 👁 18回 • 💬 0件
コメディ・日常
707文字 約2分で読了

代行サービス

掃除、洗濯、食事の準備。生活に関わるほとんどの家事は代行サービスに依頼している。 料金を支払えば、ゴミ出しから日用品の買い物まで、すべて家事代行サービスの業務範囲内だ。 大学の講義への出席やノートの作成も友人に頼んでいる。代返とノートの共有に対して、一定の報酬を支払う契約になっている。 土曜日の夕方、友人がノートのデータを持ってきてくれた。データを確認したあと、友人と二人で近所のラーメン屋へ向かった。今回の報酬として、食事を奢ることにしたからだ。 ラーメンを食べながら、友人は不思議そうな顔をして聞いてきた。 「お前、大学の授業にはろくに出ないのに、家ではいつも資格の勉強をしてるよな」 私は家事代行を利用してできた時間を、すべて資格試験の勉強に充てている。今日も外出する直前まで、机の上には、過去問題集とノートを広げていた。 「それに家事から大学の出席まで全部人に頼んで、その金はいったいどこから出てるんだ。学生が払える額じゃないだろ」 私は「割のいいバイトをしている」とだけ答えた。詳しい話はしたくなかったので、話題を変えることにした。 「そういや、替え玉を頼まなくてもいいのか?有料だからといって遠慮しなくてもいいからな。好きなだけ食べてくれよ」 それを聞いた友人は、喜んで追加の注文をした。 帰宅後、​私は再び机に向かい、今週末の試験対策を再開した。 試験範囲の最終確認を終えたあと、スマートフォンに届いていた受験票のデータを開いた。画面に映る依頼主の顔写真と、鏡に映る自分の顔を見比べ、試験当日の本人確認をやり過ごすために、どこをどうメイクで寄せるか、その手順を確認した。 資格試験の代行。替え玉受験。それが私のアルバイトだ。
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作者:さくら
2026/10/23 • 👁 9回 • 💬 0件
コメディ・日常
250文字 約1分で読了

春からの手紙

 本を開くと四つ葉のクローバーが出てきた。 春に息子と散歩した時に息子が見つけて大喜び していた、あの時のクローバーだ。 思わず見つけたクローバーは春から届いた手紙だと思った。 私はそれを額縁にそっと飾る。 玄関先に額縁を吊るすと、息子が帰ってくる 姿が見えた。 小学一年生になった息子は、四月から頑張って近所の友達と一緒に小学校まで歩いて行く。 成長したなと思う反面、送り迎えをしていた頃がちょっと懐かしい。 「ただいま!」 元気に挨拶をして帰ってきた息子に私は、 「おかえり」 と言った。  幸せは、小さなところにあるらしい。
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作者:しとえ
2026/10/23 • 👁 26回 • 💬 0件
コメディ・日常
1365文字 約3分で読了

秋の夜長を楽しむ

日本の秋は、夜が長くて過ごしやすい。 『秋の夜長』という言葉がある通り、暑さが和らぎ、暗闇の時間が少しずつ長くなるこの季節は、人間だけでなく海外の怪物たちにとっても実に快適な時期なのである。 ​しかも近年の日本では、ハロウィンの仮装文化がすっかり定着した。パレードの群衆の中には、日本にたどり着いた『本物』たちが混ざって騒いでいることもある。 「おや、そちらも本物だね」 「ええ、わかりますか。そちらこそ、なかなかの老舗とお見受けします」 パレードの喧騒の中、不自然な歩き方をしていたゾンビの私に声をかけてきたのは、これまた本物のドラキュラだった。異国の地で同類に出会えた嬉しさから、私たちはすぐに意気投合した。 「せっかくの夜長だ。どこかで一杯やっていかないか」 「いいですね。ちょうどあそこに『仮装のお客様、二割引き』という居酒屋がありますよ」 私たちは仮装した若者たちに混じって居酒屋の暖簾をくぐり、奥のテーブル席に腰を下ろした。人間の店員は私たちの姿を手の込んだコスプレだと信じ込み、愛想よく注文を取りに来る。 「俺はレッドアイにしよう。トマトジュースとビールのカクテルだ」 ドラキュラは店員に向かって真剣な顔で付け加えた。 「それと、唐揚げとポテトにはニンニクが使われていないか、厨房に確認してくれないか。ガーリックパウダーが少しでもかかっていると、体調を崩してしまうんだ」 「承知いたしました。コスプレだけでなく設定にもこだわっているんですね」 店員はいたく感心した様子だった。 「私は、アルコール度数が低いサワーを、氷多めでお願いします」 店員が去ったあと、ドラキュラは不思議そうに眉をひそめた。 「ずいぶん控えめじゃないか。酒は苦手なのかい」 「ええ。あまりアルコールが強すぎると、傷口が消毒されてしまってヒリヒリするんですよ」 私は腐りかけの頬をさすりながら、メニュー表を眺めてため息をついた。 「それにしても、最近の日本の居酒屋は生肉のメニューが減ってしまって嘆かわしい限りです。昔はユッケだのレバ刺しだの、好物をいくらでも食べられたのですが」 「まあ、今夜はローストビーフあたりで手を打とうじゃないか」 赤いカクテルと薄いサワーで乾杯し、それからは他愛のない世間話に花が咲いた。日本の秋がいかに快適か、どの街のパレードが一番紛れ込みやすいか。 心地よい酔いと楽しい会話に夢中になっているうちに、気づけば周囲の客はすっかりまばらになっていた。 ふと壁の時計を見上げたドラキュラが、もともと青白い顔をさらに蒼白にして立ち上がった。 ​ 「おい、まずいぞ。もうこんな時間だ」 「楽しくて、つい予定より撤収が遅れてしまいました」 私たちは慌てて伝票をつかみ、帰り支度を始めた。仮装割引が適用された会計を済ませ、急いで店の外へと飛び出す。 「それじゃあ、俺は空港へ急ぐことにするよ。また来年の十月に会おう」 「ええ、また来年。お互いに道中気をつけましょう」 短い挨拶を交わし、私たちは夜の闇へと消えた。 私たちがハロウィンの時期にだけ日本へ集まるのには理由がある。 十月は、日本の言葉で『神無月』という。日本中の八百万の神々が、出雲という場所へ会議に出かけて不在になるため、この一ヶ月間だけは日本各地の神聖な力が弱まり、私たちのような西洋の怪物でも居心地よく過ごせるようになるのだ。
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作者:さくら
2026/10/23 • 👁 24回 • 💬 0件
コメディ・日常
929文字 約2分で読了

しっぽは、少し曲がっている

坂道の端に、黄色く色づいたカラマツの針葉が落ちていた。アローザの村を歩きながら、千紘は軒先の木彫りの動物を見つけるたび、足を止めた。猫シッターの仕事を始めてから、旅先でも猫の姿が気になる。  木製ソリが壁に立てかけられた小さな工房の戸が、少しだけ開いていた。削りたての木の匂いに誘われ、千紘は中を覗いた。  作業台の上に、手のひらほどの木彫りの猫がいた。前脚を揃えて座り、しっぽの先だけが不思議な方向へ曲がっている。 「ハロー」  彫刻刀を持った若い女性が顔を上げた。胸元の名札には、リアとある。 「そこ、直す予定なんです」  リアはしっぽの先を指さした。ゆっくりした英語だった。 「失敗、ですか?」 「バランスがよくないんです。親方にも、もっと自然に整えるようにと言われて」  千紘は猫の背中を覗き込んだ。木目は額から尾へ流れ、曲がった先端で小さな渦を巻いている。削ってしまうには惜しい形だった。 「うちの猫も、こんなしっぽですよ」  千紘は携帯電話の写真を見せ、指先を鍵のように曲げてみせた。保護したときからしっぽの先が折れ曲がっていたこと、走るときにはいつも片側へ揺れることを、知っている単語と身振りで懸命に伝えた。  リアは写真と木彫りを交互に見た。 「変じゃないですか?」 「いいえ。とてもかわいいです。これがないと、あの子じゃないくらい」  千紘は胸元で両手を丸め、猫を抱く仕草をした。  リアは彫刻刀を置いた。木彫りを窓辺へ持っていき、光にかざす。しっぽの影が作業台に細く伸びた。彼女はその先を指でなぞり、しばらく黙っていた。 「……直さないでおこうかな」  独り言のような声だった。 「この子の個性にします」  リアの顔に、ようやく迷いのない笑みが浮かんだ。  千紘はその猫を買うことにした。リアは薄紙で包みかけた手を止め、少し考えてから、小さな紙袋に猫を入れた。しっぽが袋の口から覗いている。 「あなたの猫に、よろしく」  覚えたての英語でそう言って、リアは袋を差し出した。  工房を出ると、秋の風が山あいを吹き抜けた。千紘はアローザ駅へ向かいながら、日本に帰ったら、あの子のしっぽをいつもより丁寧に撫でてやろうと思った。  旅の鞄の中で、木の猫は少し傾いて座っていた。曲がったしっぽは、もう直す必要のない形をしていた。  
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作者:TakaTuki
2026/10/23 • 👁 27回 • 💬 0件
コメディ・日常
1527文字 約4分で読了

純白の姫虫

 たこ焼きを転がす技術はたこ焼きを焼けるという特技に直結する。  暇を持て余した研究室は、アシダカグモから卵嚢を奪い、とりあえずガンマ線を当てることになった。  現在のゲノム編集の主流である分子のハサミを用いて特定の遺伝子配列を書き換えるクリスパー・カスパインや、細胞に瞬間的に特殊な電気パルスを当てて小さな穴を開け、外から目的のDNAを細胞内に侵入させるエレクトロポレーション等の手間とコストに眉間を盛り上げた老研究者は、まあとりあえずガンマ線当てておくかと、安価な牛肉をステーキにするように半ば投げ槍然にガンマ線を卵嚢に照射した。  この実験にそもそもの目的は存在しない。  結果、唯一生き残ったメスの一匹は、その八つの脚を広げることなく折り畳み丸まったままで餌を与えられるがままに成長した。末端毛束に至るまでの体毛は白かった。  脱皮を繰り返しおよそ成虫とみなされるサイズにまで達してもなお怠惰に丸まったままなので、ついに呆れた研究者は虫籠に納め、チームの一員の男がそれを託され戸惑いのまま男は家に持ち帰ることになる。  リビングの端に鎮座するガラス箱の中、純白の小石ほどの塊は、たまに関節を伸ばすくらいでやはりじっとしている。  男は日誌に「姫はどうやら寛いでいる」と記すのが日課になった。  それは男の休日に起こった。  「ひとりタコパ」と称される独身男の祭事に、純白の被ガンマ線遺伝子変異製雌アシダカグモはその脚を広げた。  のっそりと、控えめに、しかし確固たる意志があるかの如くガラス壁を内側から音を立てて掻き、純白の被ガンマ線遺伝子変異製アシダカグモの姫はその時ようやく外界を望んだのだ。  男は全ての窓と扉の隙間を埋め、純白の姫をついに解き放つ。  純白の姫はひと通り室内を彷徨ったのち、テーブルをよじ登り、半円状にくり抜かれた窪みが規則正しく整列する鉄板を臨み、歩みを止める。  男は昂然と口の片方の端を上げ、黄乳白色の生地を熱せられた鉄板に流し込む。窪みを埋めてもまだ流し込む。 「いいかい、姫。生地はサラサラなくらいがちょうどいいんだ。粘りがあるのは僕の好みじゃない。それとタコは熱湯に潜らせるくらいでいいのさ。湯に浸すとせっかくの旨味が逃げてしまう」  上機嫌に言説を垂れ流しながら、男は手際よくタコのブツ切りや刻んだキャベツ、細かくしたチーズをまぶし、先の鋭利なキリで穴と穴の間に線を引くように切り込みを入れる。  被ガンマ線遺伝子変異製アシダカグモの純白は湯気の踊る鉄板を見つめ続けている。  鉄板に接している側が焼けた頃合いを見計らい、男は両手にキリを持ち、まず焼成された生地を九十度回転させ、出来た隙間に溢れた生地を詰め込み、もう九十度回転させ、生地はドーム状に焼成部を晒す。    事が起こったのは二回目である。  男が再び鉄板に生地を流し込むやいなや、純白の姫は鉄板に飛び込んだ。  声を上げて狼狽する男を余所に、姫は生地に二本の脚で切り込みを入れて周り、先と同じく四本の脚で九十度回し、隙間に器用に生地を押し込んでまわった。  せこせこと。  最初に回した一個に戻ってくると、これまた器用にひょい、と転がす。  彼女は沈然として繰り返した。  窪みに入り切れなかった生地とキャベツの欠片をかき寄せ抱えられるだけ抱え、姫は鉄板を降り、テーブルの端でゆっくりとそれらを食す。  おそるおそるソースを差し出すと癪に触ったのかぷいっとそっぽを向いた。  研究室の研究の研究者の報告に拠れば、たまたまそういう行動がプログラムされたに過ぎない、ということに終始した。  ガンマ線照射とはそもそもそういう物である。  しかし、純白の被ガンマ線遺伝子変異製アシダカグモの姫は、今日もガラス箱の中で八つ脚を折り畳み、あの香りを泰然自若と待っている。
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作者:珈琲時間
2026/10/22 • 👁 23回 • 💬 0件