我が家には地下室がある。
その中がどうなっているのか気になって僕は扉を開けた。
するとどうだろう。中にもう一つ 扉があるではないか。
僕はその扉も開けた。
するとさらに奥に扉が!
さらに扉を開けた。
また扉だ!
…… 一体これはどこまで扉が続くのだろう。
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ハッキング騒動で世間が騒がしい。会社の朝礼での注意に、私は肩をすくめた。「これだけ流出してたら、全部知られているようで気味が悪いわ」「あら、そうですか?」隣の席の新人がそっと囁く。「先輩は腰骨あたりが弱いとか、私しか知らないのに」それ漏洩したら、いつもとは逆にベッドで泣かすわよ。
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「あー、またリップ変えてるな?」友人に指摘されて私は苦笑した。「後輩たらしの悪人め」口さがない彼女に肩をすくめる。リップのテイストで記憶を印象づけたい。装うのは精一杯の誠意よ。あの子達には素敵な思い出を作ってほしいもの。それに、本当の私の味は、目の前の貴女だけに知ってほしいから。
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「あんた、ベリータルトが好物だっけ?」ケーキ屋へ一緒に行った友人が首をかしげる。わたしは言葉を濁して曖昧に笑んだ。「最近、ちょっとね」顔が赤くなっていないか心配だ。だって、言えるわけないじゃん。憧れの先輩とのファーストキス。あの人がつけてたリップのテイストが忘れられないだなんて。
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死の先は無だ。
哀しみや喪失に想いを馳せるなど、時間の無駄だ。
ずっとそう思っていた。
親の手前、ずっと口先では祈ってはいたが、どうしても違和感が拭えなかった。
墓守の仕事に就いてから、その違和感は確信に変わった。
愛情深い雑貨屋の奥さんも、怪しい連中と取引していた宿屋のあいつも、世話焼きの酒屋のおばさんも、近くで討たれた賊も。
皆等しく、土の下に還っていく。
何なら、敬虔に祈っていた人の方が、惨い死を迎えていることが多い気がする。
これが生前の試練なのか?
その先に、本当に報われる場所があるのか?
どうしたって信用できなかった。
遺された側の哀しみと喪失の穴ぼこを、「埋めるために用意された土」なんじゃないかと思えて仕方なかった。
だから、たとえ刹那であってもこの生に意味を見出した方が、よっぽど有意義だと思った。
けれど、あなただったもの――。
いいや、あなたに。
シャベルで土をかけた時に私の不信心は簡単に揺らいだ。
哀しみや喪失に想いを馳せるなど。
……そのはずだったのに。
ポロポロと小さな小さな雨は、私の瞳から絶えず降り続ける。
どうして私は泣いてる?
死の先は無のはずだろう?
色々御託を並べても、私が死に意味を見出せなかったのは、
きっと。
きっと「あなたが生きるこの世界」が好きだったんだ。
生まれて初めて、心の底から祈った。
初めてちゃんと誰かに、別れを告げた気がした。
これが罰だというのなら。
神様、私を地獄へ。
あの人を天国へ。
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扇風機が張り切って首を振っている
生ぬるい風が腕から顎をなぞっていく
遠くから響くような、規則的な機械音
ぐわんぐわんと思考が渦のように巻き込まれていく
冷蔵庫からペットボトルの氷を取り出した
こめかみに当てて、また耳を澄ます
外ではエンジン音と風が鳴っている
蝉が鳴き出したと思ったら消えてしまった
ああ、蝉の声は耳鳴りに似ている
忘れていたお友達が耳の中でキンキンとはしゃぎだす
蝉の声が復活した気もするけれど、まるで分からない
規則的な中低音は、扇風機がもたらしているのだろうか
スイッチを切れば謎は解けるのだ
だがこのままうねりに身を任せて目を閉じよう
ああ、やはり蝉はうるさい
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死を思う
死を思う
死を思う
死を思う
ふふふふふ
ちょっと楽しくなってきた
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ミステリー・サスペンス
2411文字
約5分で読了
壊れた女が、子どもを産んだ。
その女は、女王となった私の政敵で、異母姉だった。私と争った末に心を壊した。
子どもは男児だった。
石壁がむき出しの部屋で、木の板に藁を置きぼろ布をかぶせただけの寝台の上に座った姉は、人形遊びをするような女児の表情で赤子を抱いていた。赤子はたくさんの空気を吸い込みながら大声で泣きわめいていた。格子の嵌まった窓からの外光が、その輪郭だけを照らす。女と赤子に落ちる影は濃かったが、まるで一つの絵画であるかのようだった。
女がこちらに気づいて顔を上げる。波打つ金髪が、彼女の無邪気な顔を縁取る。
「みて」
差し出すように赤子を抱えた腕を少し伸ばす。
「かわいいでしょ。わたしのこなの」
彼女とは十年にもわたり王座を奪い合い、権謀術数を重ねて命を狙い合った仲であったが、それでも何も知らない子供の時分は、友人のように過ごしたこともあった。ままごとも良くやったものだ。彼女がお妃で、私が侍女で。その逆も然り。――だが、思えばその頃から王座を奪い合っていた。
「このこは、ゆくゆくおうになるわ。きっとりっぱに、このくにをおさめるでしょう」
それは困る。だが、口に出すほど私も愚かではない。壊れた女に通じないこともそうだが、彼女にとって遊びだろうと本気だろうと、今ここで要らぬ波風を立てることはない。
「そうですね」
彼女の足元に跪き、赤子の顔を覗き込む。母親の胸元に縋り付き、やはりあまり質の良くない布に包まって、必死に泣き叫ぶ子ども。お乳をあげたばかりなのに、と女は困った顔をした。赤子の泣き声は必死で、耳を塞ぎたくなるほど声が大きいというのに、何処か頼りない。首が据わっていないどころか身体もふにゃふにゃで、硝子よりも繊細な壊れ物だった。ほんの少しの力で、呆気なく壊れてしまうだろう。
「上手に寝られないのでしょうね」
丁寧に言葉を掛けながら、赤子へと手を伸ばした。
「そうなの?」
「ええ。私の息子もそうでしたから。赤ん坊は、眠り方さえ知らないものです」
もう五年も前のことになるけれど。今は頑健で賢い子に成長している。彼こそ立派な王になることだろう。
代わりましょう。そういうと、女は素直に赤子を差し出した。幼い頃の夢の中にいる彼女は、侍女役の私を信用している。
横抱きにして、右手で首元を掴む。いずれ支えられるようになるとは信じがたいほど、頭は重い。そのくせ頭蓋を覆う骨は柔らかい。指先に力を入れれば容易に凹む。
「少し外を歩けば、気が紛れるかもしれません。私が連れ出してきますから、お妃さまはその間にどうぞお休みを」
幼子のような表情を浮かべていても、彼女の目元には隈があった。夜泣きで満足に眠れていない証拠だろう。頬はそげているし、寝台に目を向ければ赤い染みが付いている。悪露が漏れているようだ。必要最低限の衣食住を与えてはいるけれど、産後の身体を治すには、まだ時間と環境が不足している。
女を閉じ込めた部屋を出て、新しい服とシーツを手配する。赤ん坊を受け取ろうとする本職の侍女の手は断って、私自身が甥を連れて庭に出た。湿気交じりの温い風。眩しい太陽が降り注ぐ。黄色の花が咲き、蝶が飛び、鳥が囀る。春も終わりの頃を迎え、命はますます活気づいていた。
幼子はいつの間にか、泣き止んでいた。小さく口を開け、視線を横に向け、ぼんやりと光を眺めている。何を思っているかは分からない。だが、確実に生まれた世界を肌で、まだ満足に見えぬ目で感じていた。
「……生きていたとて、ろくな人生を送れぬだろうに」
私の息子は、正統な後継者だ。しかし、この子もまた王の血を引く。今でこそ姉は壊れてしまっているが、その前には彼女を担ぎ上げようとした一派がいるわけで。その連中が、いつこの子を担ぎ出そうとするかしれない。私の息子の将来の脅威になりかねないし、新たな戦乱の火種にもなるだろう。
だから私は、この赤子に何らかの処置を下さなければいけない。可哀相だが、ありのままでは生きていけないのだから。
夜になり、私は一人で異母姉の部屋を訪れた。満足に休めたようで、女は暗がりの中でも少しすっきりとした顔をしているようにも見えた。
「姉さん。貴方の息子は、死にました」
悲しそうに顔をゆがめながらも、何処か他人事のようだった。まるで他所の犬が死んだ、と聞かされた時のような反応だった。
「かわいそうに」
それが、彼女が息子に向けた最後の言葉だ。
翌朝、彼女は首を吊っているところを発見された。私が新しく手配したシーツを割いて使ったらしい。
発見者には口止めをし、死体は秘密裡に葬らせた。早朝のことなので、騒ぎになる前に片付けることができた。庭の隅にあったナナカマドの木が、墓標の代わり。彼女は人知れず静かに土に還ることだろう。
私の最後の敵は、こうしていなくなった。
誰かに脅かされることのない生活には、季節が一つ過ぎたころにようやく馴染むことができた。夏の勢いが通り過ぎ、日中の空気も涼やかになった頃、私は一つ新しい試みをする。
庭に面した一室。白に金の模様が入った壁紙の、憩いの部屋。秋の穏やかな日の光が入るそこで、大人にも重みを感じるそれを、息子に手渡す。落とすことのないように椅子に座らせたというのに、受け取った息子の身体は石像のように硬くなっていて、母としては愉快で可笑しくなってしまう。
息子の表情が緩んだのは、数分後。ようやく姿勢にも重みにも慣れたと見える。
「……あ、笑った」
息子が顔を輝かせてこちらを見上げる。私はその腕の中のものに手を伸ばし、指先で軽く小さな胸をくすぐった。
「うー、うー」
弟は兄の顔を見つめて、必死で何かを訴える。口角は少し上がっていて、笑いかけているようだった。聡くもまだ幼い息子は、嬉しくなって顔を綻ばせる。
「ヴィル……おにいちゃんだよ」
首が据わったばかりの弟と、はじめて赤子を抱いた兄が、互いに笑い合う。
窓の外からナナカマドの木が、それを見下ろしていた。
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朝霧の向こうで、運河がゆっくり目を覚ましていた。野菜や果物を積んだ小舟が行き交い、売り声と櫂の音が水面を揺らす。水上市場の片隅で、チャイは自分の舟「ナーガ号」に腰を下ろし、胡椒とレモングラスを木匙で練っていた。素材の香りを損なわず、余計なものを加えない。それが彼の流儀だった。
「チャイ、お願い、助けて!」
泥染め工房メー・タムの職人、プラオが壺を抱えて飛び込んできた。壺の中では、茶褐色の粉が湿気を吸って石のように固まっている。
メー・タムには、川泥と植物を組み合わせて布を染める、代々伝わる技法があった。泥を揉み込んだ布に、工房独自の香草粉を薄く塗り、乾かしては重ねる。すると植物の成分が泥の鉱物質と結びつき、布は深い茶褐色と、濡れた木のような艶を帯びる。その配合を知るのは、工房の者だけだった。
「母の代から、ずっとこの配合なの。これがなければ、あの色は出せないわ」
プラオは壺を見つめた。母が亡くなってからも、彼女は配合を変えなかった。受け継いだものを守ることが、工房を継いだ自分の証だと思っていた。
チャイは粉を指先で確かめた。
「湿気で固まっただけだ。泥を足す必要はない」
彼は壺を火から離し、温めた石皿に粉を広げた。水分が抜けるのを待ち、木匙の背で少しずつ砕いていく。プラオも隣に座り、固まりをほぐした。やがて、乾いた草と胡椒を思わせる香りが、かすかに立ち上った。
「戻った……。よかった」
「いや、戻ったように感じるだけかもしれない。布で試してみろ」
チャイの言葉に、プラオは顔を上げた。以前の母なら、そんな曖昧なことは許さなかっただろう。けれど、母の配合を守ることと、母の仕事を続けることは、本当に同じなのだろうか。
そのとき、舟底を叩く水音が強くなった。上流の雨で水位が上がり、細い水路には流れが押し寄せていた。二人は慌てて櫂を握り、舟を市場の広い水路へと向ける。流れに舟首を取られそうになるたび、互いの櫂が水を捉えた。
ようやく流れが緩んだとき、プラオが小さく尋ねた。
「次に試すときも、ここへ来ていい?」
「好きにしろ」
チャイは、ほぐした粉を小さな紙包みに分けて渡した。比べるための試料だった。プラオは包みを受け取り、ほっとしたように微笑んだ。
「ありがとう。今度は布を持ってくるね」
舟が離れていく。チャイは木匙を手に戻った。指先には、香草の匂いに混じって、乾いた土を思わせるかすかな香りが残っていた。
いつもなら、余計な匂いだと決めつけていたはずだ。
彼はそれを拭い去らず、もう一度、静かに嗅いだ。
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あの敗北から、ウサギの苦悩は始まった。
圧倒的な走力を持ちながら、油断して途中で昼寝をしたためにカメに負けた。その屈辱を晴らすために、ウサギは何度もカメに再戦を申し込んだ。
しかし、敗北は続いた。
眠くならないようにと、ネットで見つけた「誰でもなれるショートスリーパー講座」を受講した。だが、講師の教えは単に眠気を我慢するだけの疑わしいもので、睡眠不足で臨んだレース本番では、スタートしてすぐに猛烈な睡魔に襲われ、深い眠りに落ちてしまった。
勝負運にすがり、風水師の助言どおりに「吉方位」へ走ったこともあったが、盛大にコースを逆走してしまい、ゴールにはたどり着けなかった。
連勝を重ねるカメに対し「不正をしているのではないか」と週刊誌が疑惑を報じると、ウサギはこれに飛びつき、SNS上でカメを徹底的に攻撃した。
しかし、その後、週刊誌の報道内容の信憑性が次々と崩れ去り、疑惑は事実無根であることが明らかになった。結果として、根拠のないデマに踊らされてカメを叩いていたウサギは、激しいバッシングを受けることになった。
精神的に追い詰められたウサギは、陸上界で話題の厚底カーボンシューズの導入を考えた。
これさえあればカメなど一瞬で置き去りにできる。そう確信してスタートラインに立ったが、沿道の観客から冷ややかな声が飛んだ。
「あれってルール違反じゃないの?」
「そこまでして勝ちたいのかね」
観客の痛烈な批判を受け、ウサギはハッとした。確かに道具に頼って勝ったところで、あの日の屈辱を本当の意味で晴らすことにはならない。
ウサギは靴を脱ぎ捨て、自らそのレースの棄権を申し出た。
小手先の策はもうやめだ。
ウサギは心を入れ替え、己の肉体だけを極限まで鍛え上げることにした。来る日も来る日も走り込み、ストイックな求道者として己の限界を超えていった。
そして迎えた運命のレース当日。
ウサギのコンディションは過去最高に仕上がっていた。迷いはない。純粋な走力だけで、カメを圧倒してみせる。
スタートの合図とともに、ウサギは完璧なスタートダッシュを決めた。鍛え上げた脚力がアスファルトを力強く蹴り上げ、風を切り裂く。今回こそは絶対に勝てる……はずだった。
直後、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
「はい、そこのウサギさん、止まりなさーい」
制服姿の警察官だった。ウサギは急ブレーキをかけて立ち止まった。
「スピードを出しすぎだよ。ここは先月から、制限速度が時速60キロから30キロに引き下げられたんだ」
「今は大事なレース中で急いでいるんだ。なんとか見逃してくれないか」
「いや、そういうわけにはいかなくてね」
警官とやり合っている間に、ゆっくりと歩くカメが、ウサギの横を静かに通り過ぎていった。
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