SF・ファンタジー
2900文字 約6分で読了

「ホール・ニュウ・ワールド」

 港近くの19時半。  潮臭い風とタバコの煙で鼻腔を満たす。ひしめく倉庫やら事務所から帰宅する反対車線は、だいたいこの時間ピークを迎える。なんだか今日は気が重い。いや、いつものことか……。  信号が青に変わると男は無意識でタバコを投げ捨てた。同時にフロントガラスに鳥類のフンが落ちる。 「あぁっ! くそっ!! ほら、やっぱりな!」  男はひとり不運に文句を吐き、フロントガラス越しに空を見上げた。  いつも見える月が出てない。新月か。 「お疲れ様でーす」 「おお、今週はリュウジか。今日からの相方、女だぜ」 「あれ? タカさんはどうしたんすか?」 「ああ。あのジジイやらかしてんだよ。どっかで漏らしたってよ。お前も気をつけろ」 「うわー。マジすか。御愁傷様っすね」  スーツの男と軽口を交わし、職場へ気怠そうに足を進める。 「お疲れ様でーす」  鉄錆を鉄錆で擦る音が響き、長テーブルの女は突っ伏していた顔を上げた。  ほんとに女性。というか若い。同じくらいか?  男の胸中には、二十代特有の根拠の無い浮ついた期待が滲んでいた。 「あ……ああ、どうも。初めまして。清水です」  寝起きなのか疲労からか。くたびれた様子で女は言った。 「疲れてますね。まぁこんな仕事ですもんね」 「はい。あの、『バラシ』って言うんですか? それでちょっと気分悪くなっちゃって」 「え、まじですか? モノ? ヒト?」 「……ヒト、だと思います。今日は見てろって言われて…」 「あぁ。ドンマイです。ドンマイとしか言いようがありません」 「あの、もう少し、ここで休んでてもいいですか?」 「いいですけど、明日もですよね? 12時間後出勤ですよ」 「分かってます。ただ、どうしてもひとりになりたくなくて……すみません」  これは向いてない。男はそう確信し、電気ポッドのスイッチを入れた。簡易なキッチンスペースの端に見慣れない巻かれたカーペットが立てかけられていた。不思議に思ったが、捨てられていないのなら誰かの私物だろうと、そこで思考を止めた。 「聞いてるかもしれないですけど、ここの飲み物とか自由に飲んでいいんで。経費ってやつです」 「はい。ありがとうございます。あの、お名前……」 「ああ、すみません。リュウジって呼ばれてます。25です」 「あ、同い年ですね。ちょっとほっとしました」  コーヒーを清水の前に置きながら、僅かに緩んだその表情にリュウジの煩悩が芽を出した。 「ああ、あの。えっと、清水さんは、なんでわざわざこんな闇バイトに?」  清水はコーヒーは啜り、視線を斜め左に向けた。 「あの『穴』、見てみたかったんです」 「ん? 『穴』のこと知ってきたんですか? 不味く無いっすか?」 「親分さん経由なので、ご心配なく」 「あ! え! あっなんかすみません」 「どうして謝るんですか?」 「いえ……大丈夫っす」  やくざの親分経由の新人なんか碌でも無い、とリュウジの煩悩は萎れる。 「不思議ですよね…。あの『穴』に捨てればこの世界から無くなる。ニオイも、音も。どこに繋がってるんでしょうね。国に見つかったら見学とか絶対させてもらえないじゃないですか」 「俺もずいぶん色んなことを試しました。それこそ顔突っ込んで大声出してみたり、爆竹落としてみたり、手紙入れてみたり」 「えっ? 手紙?」 「そうそう。もし別の世界に通じてたら誰か返事くれないかなぁって。携帯の番号書いたんですよ」 「あはははっ! リュウジさんウケるっ」 「未だに鳴ってないですけどね。俺の携帯は仕事かおかん専用です」 「じゃあ、番号教えてくださいよ。私が鳴らしますから」  清水の思わぬ提案にリュウジがたじろいでいると、ビーという不協和音が倉庫に響いた。 「ああ。来ましたね。ちょっと仕事してきます」 「あ、私も手伝います」 「いやいや、清水さんもう上がってるんだから。座っててください」  錆びた鉄扉から出て行ったリュウジは1分と経たずアルミのリアカーを引いて戻ってくる。荷台には黒いビニール袋が5、6個積まれていた。「穴」に向けてリアカーを反転させ、袋を「穴」へスライドさせる。荷台に汚れが無いことを確認すると、リュウジはリアカーを戻しに行って、またすぐに帰ってくる。 「夜勤はだいたい多くて20件くらいです。まぁ眠気との戦いですね。清水さんももう20時半ですよ。帰らなくていいんですか?」 「そうですね」  そう言って立ち上がった清水の手にはメジャーが握られていた。「穴」の方へ行く清水。 「78センチ。やっぱり……」 「えっと……、清水さん?親分に何か頼まれてるんですか?」 「いいえ。リュウジさん。頼んだのは私の方」 「た、頼んだ……? 『穴』の大きさって変わるんですか?」 「リュウジさん。この『穴』当たりですっ」  清水の弾けるような笑顔は、荒廃した倉庫においてあまりに異物だった。 「あ……当たり?」 「はい。私、ずっと探してたんです。元の世界に戻りたくて」 「も、もと?せかい……?」 「リュウジさん、さっき『穴』の先に別の世界がって言ってましたよね。アレ、当たりです。私、穴に落ちてこの世界に来たんです。だから、戻れる方法、ずっと探してました」 「え……っと。まじすか。え……戻るんですか?」 「まぁ私も研究した訳じゃなくて、他の人から聞いた話なんで、リュウジさんに教えてあげますね。新月の夜に大きさが3センチ以上変わる『穴』は『上行き』。丈夫な布に包まって落ちれば怪我しない、だそうです!」 「ほ……他の人?」 「世界が何層あるのか、それは分かりませんが、行き来している人は意外といるんですよ。私は、この世界は臭くて耐えられない。元の世界の廃棄物入れてるから当たり前なんですけど。リュウジさんちょっと手伝ってもらっていいですか?」  清水はキッチンの方へ駆けて行くと、立てかけてあったカーペットに手をかけリュウジの方を見た。リュウジは言われるがまま寄って行き、二人でカーペットを運んだ。 「清水さんの世界はどんなところなんですか?」  ちらりと見える清水の胸元から視線を外し「穴」の方を見ながらリュウジは問う。 「一緒に行きます?」 「え! いや……、俺、車のローンも、まだあるし……。って言うか、なんで『穴』に入ったんですか?」 「急に出てきたんです。『穴』が。それで落っこちちゃって……」 「ええぇ……」 「はい。ここで。敷きますよ」  カーペットは「穴」を覆うように敷かれ、清水は「穴」のある場所をぽんぽんと手で叩いていた。 「魔法の絨毯です」  清水の笑顔は十代の少女より輝いていた。 「じゃあリュウジさん。ありがとうございました!親分さんには上手いこと言っといてください!」 「ホントに入るんですか?」 「気になります? だったら『ホールニューワールド』で検索してみてください。色んな情報書いてますから。あ、ちなみに『Whole』じゃなくて『Hole』です。大手の検索エンジンだとAIが誘導阻害してきますのでマイナーな検索エンジンで調べてくださいね! では!」 清水は「穴」の位置のカーペットに飛び乗ると、そのままカーペットごと「穴」に消えた。  ビーっと聞き慣れた不協和音が倉庫に響く。テーブルの上にはマグカップが二つ。 「電話番号……」  リュウジはひとり、ぽつりと呟いた。
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作者:珈琲時間
2026/09/24 • 👁 59回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
1899文字 約4分で読了

幽体離脱

 世界へ  私は幽体離脱を会得して20年になる中年だ。何を言っているのだろうかと訝しむことだろうから、まず幽体離脱というものについて説明する。  幽体離脱とは文字通り肉体から幽体が離れた状態だ。あれは高校受験に失敗したある夜。私は滑り止めの男子校に通うことを余儀なくされ絶望の淵にいた。布団に包まり、時間よ戻れと強く願ったのだ。ある種の信仰すら超越したおそらく憎悪すら近い執念じみた渇望で。その時だ。肉体に異変を感じた。身体が身体でない感触。金縛りと離人症を同時に発症したような恐怖的違和感。そのさ中、私はえいっと寝返りを打った。すると、どうだ。どこまでも落下しているという錯覚に陥り、恐怖のあまり反射で強く目を瞑っていた。しばらく歯を食いしばっていたが、落下している感覚はやがて浮遊感であると自覚に至った。目を開けると目の前は壁で、振り返ると私が仰向けに寝ていたのだ。身体が、軽い。なんだこれは、と。リビングに行こうとするとドアノブを手が通過する。足元に目をやると僅かだが私は浮いていた。  それから夜道に出たりもした。誰も私を認識できないようであった。初めての日はそれで終わったが、その日以降、私は意図的に幽体離脱が出来るようになった。いや、正直に言うと初めの頃は3回に1回程度の成功率ではあったが。  ともあれ私は男子校に通いながら、夜には幽体離脱を楽しんでいた。空を飛べたのは半年経ってからだろうか。同時にその世界では認識が全てだと悟ったのだ。  冬になると夜は伸び、人通りも少なくなる。夜中の不審者ウォッチングに飽きてきた頃、私は幽体離脱中に独り言が多くなっていた。そんなある夜、私の独り言に応答があった。すぐそばで、だ。恐れるでもなく、驚いて振り返るとそこには何かがいた。何か、なのだ。カタチは無いが存在はある。それは何かとしか言いようがない。ただ、何か、では気味が悪いので、私はその何かにカタチを与えようと念じた。それは当時私が「推し」ていた女性タレントの姿。高校一年生らしい願望の浅はかさである。黒歴史とでも言おうか。  かくして、私はそのイマジナリーフレンドの女性タレントと毎夜毎夜デートを楽しんでいた。ここはあえてデートという言葉に留めておこう。さらに調子に乗った私はイマジナリーフレンドを量産し、楽園を築いたのだった。あの頃は天国と言って差し支えない世界だっと思う。なにせ、私のイマジナリーフレンドは出産にまで至ったのだから。  私が現実世界で20歳を迎える頃には、霊体の世界はもう手に負えなくなっていた。というのも、私が現実世界で活動している間にも霊体の世界の住人も活動しているらしく、気がつけば子どもは成長しているし、当時ハマっていたお笑い芸人なんかもいつの間にか出現していた。  勝手に増え続けるイマジナリーフレンド。いや、初めましての人もいるのだからフレンドとは言えない。言わなくていいだろう。もういい、と願っても一度現れたイマジナリーフレンドはどうやっても消滅しないのだ。それどころか、態度の悪い私に罵声を浴びせてきたりもする。  さて、世界へ。  これは相談だ。実は今幽体世界では争いが加速し、戦争と言って差し支えない程度に激化している。正直言ってここに私の居場所は無い。幽体離脱しなければいいじゃないかって? 仰る通り、私もそう考えた。しかし、幽体の住人は、私が寝ようとすると、幽体を引き剥がしにくるのだ。極めて美しい例のタレントの顔で。  霊体が霊体を攻撃し、四肢が離れ、悶え苦しんでいる。小さな塊になったかと思えばやがて再生し、再び攻撃に加わる。地獄絵図より地獄である。  現実世界の私といえば、青春を幽体の世界に捧げてしまったせいで、ろくに友人もいないし、両親とも疎遠になってしまった。大学時代に一度恋もしたが、恋人は謎の精神病にかかってしまった。私は幽体世界のイマジナリーフレンドが何かしたのかと思い、問い詰めたところ、あっさりと白状した。  就職して、運悪くパワハラ上司の下についたが、上司を始め社長まで精神に異常を来した。仕事は無くなったが生活するには事欠かなかった。何せ、夜の世界を自由に歩き回れるのだ。あらゆる一時情報を盗み見ることが出来る。そうなると、詳しくは言えないがまぁ金には困らない。  だが、孤独なのだ。  私はどうすればいいだろうか。幽体世界は混沌としながらも安易に私の肉欲を埋めてくれる。しかし、これは正常とは言い難い。そんなことは分かっている。もしかしたら私は長いこと幻覚の中にいるのだろうか。もう、分からないのだ。  そろそろあちらの世界に行くとしよう。では、世界よ。明日もまた話そうじゃないか。
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作者:珈琲時間
2026/09/24 • 👁 76回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
1728文字 約4分で読了

人生再始動センター

「吾輩は猫である」  ...なんて誰にも届かない戯言を言ってみる。  私は猫。  ただの猫。  ここ、2106年"人生再始動センター"で他人の人生を盗み聞いているただの猫。  おや、そんなこんなで誰か来たようだ。 「頼む! やり直させてくれ!」  駆け込んで来たのは中年の男性。  どうやら慌てている様だ。  一人目:月は沈み、日は昇る 「どうしました?」  受け答える青年。  私がここに来た頃以前から勤めているだけの、ただの青年だ。  中年の男性は言う。 「人を轢いてしまったんだ! 早くやり直させてくれ!」  どうやら交通事故を起こして人を殺してしまったらしい。  そんな中年男性に、青年は淡々と言う。 「分かりました。生年月日とお名前を教えてください。」  その言葉に、中年男性は落ち着きを取り戻しながら応える。 「1984年1月20日生まれの42歳、葉崎之和(はざきゆきお)です。」 「では、葉崎さん。貴方の戻りたい日時とその状況を教えてください。」 「は、はい。日時は今日の午前11時、状況は私がトラックを運転しているとボールを取りに飛び出した少年とその子を庇った女性を轢いてしまった時です。」 「成程。では奥に進んで頂く前に最後の確認です。」 「な、なんです?」  戸惑いながらも聞く中年男性に青年はこう言う。 「この先に進んだ場合、その時点での記憶までしか引き継げません。それでも宜しいですか?」 「えぇ。構いません!」  その言葉に、青年はニコリと微笑み中年男性を奥へと案内する。  二人目:誕生日 「やり直させてくれ!」  次の人はサラリーマンの様な風貌の男性だ。 「何としてでもやり直したいんだ!」  かなりテンションが高いサラリーマンだ。  慌てた様子で言っている。 「落ち着いて下さい。先ずは生年月日とお名前を教えてください。」 「す、すいません...僕は1990年3月18日生まれの35歳です。名前は下森信幸(げもりのぶゆき)です。」 「分かりました。下森さん。では貴方の戻りたい日時とその状況を教えてください。」 「戻りたいのは2105年の7月12日です。状況は息子の誕生日前日です。」 「分かりました。それでは奥に進んで頂く前に最後の確認です。」  「この先に進んだ場合、その時点での記憶までしか引き継げません。それでも宜しいですか?」 「はい! 勿論です!」  そう言い、サラリーマンは奥に進む。  三人目:ダ・カーポ 「やり直させて下さい。」  次に来たのは化粧が厚い女性だ。  そして、内に秘める怒りを隠しきれていない。 「はい。先ずは生年月日とお名前を教えてください。」 「ワタシは1996年8月9日生まれの29歳です。五十嵐咲実(いがらしさくみ)です。」 「分かりました。では貴方の戻りたい日時とその状況を教えてください。」 「戻りたいのは五年前の12月4日です。状況は外で立っているワタシを彼が声を掛けてきた所からです。」 「はい。では、奥に進んで頂く前に最後の確認です。」  「この先に進んだ場合、その時点での記憶までしか引き継げません。それでも宜しいですか?」 「えぇ、勿論。二度とあんな男にひっかからないわ!」  そう言い、厚化粧の女は奥へ進む。  四人目:三態 「頼むぅ、戻してくれぇぇ!」  最後に来たのは髪の無い、皺の多い老人だ。 「分かりました。先ずは生年月日とお名前を教えてください。」 「わしは1930年の5月29日生まれ95歳の丙宗吾(あきしゅうご)です。」 「了解しました。では、貴方の戻りたい日時とその状況を教えてください。」 「わしを生まれた頃へ戻してくれぇ。」 「承知しました。では、奥に進んで頂く前に最後の確認です。」  「この先に進んだ場合、その時点での記憶までしか引き継げません。それでも宜しいですか?」 「早く戻してくれぇ!」  半狂乱ながらも老人は奥へ進んで行った。  n人目:頁 「くわぁぁ...」  滑稽過ぎて欠伸が出てしまう。  最初の中年男性はいっつもここに来ては繰り返している。ずっと妻子を助けようとして。  サラリーマンは息子を殺しに過去へと戻る。  化粧が厚い女は何度繰り返しても同じ人と付き合うし、しわしわの老人は若々しさを求めて繰り返す。  愚かだね。  過去に戻っても未来なんて変わらないのに。  果たして次はどなたが来るのだろうか。  さて、私もそろそろ行こうと思う。  人生の繰り返しに。
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2026/09/24 • 👁 97回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
722文字 約2分で読了

夜明けの来ないミルキーウェイ

 ロマンティックなミルキーウェイに浮かぶ小さなカフェ。星くずの舞う宙を度々見ながら、私達は話をしていた。いや、一方的に私が話をしていた。  話の内容は様々だ。私が縁を切ったつもりのアイツや、私の恋愛事情をネットに書きこみやがったアイツの話。私は並べられるだけの罵詈雑言を並べ、ボックス席の向かい側に座る青年にぶちまけていた。 「相変わらず、貴方は口が悪いなあ」  青年はヘラヘラと笑って、私の話を聞いてくれる。彼の相槌は柔らかくて心地いい。彼が笑うと、全てどうでもよくなる。憎かったアイツらが遠ざかっていく。 「にしても随分、遠くまで来たね」  ふいに彼が輝くミルキーウェイを窓から見る。星の海、天の川、牛乳が生クリームになりかけたやつ。綺麗な宇宙を見る青年の睫毛が儚く震える。ミルキーウェイより君が綺麗だと口説いたら、彼は愛想笑いでかわすんだろう。そういうヤツである。 「で、次の作品はいつ出来上がるんですかセンセー」  見惚れていたら、いきなり痛い所を突かれて閉口した。あれだけ威勢よく罵声を発していた口はあっという間に静かになる。青年はそんな私を見てクスクス笑った。 「まあ僕達には途方もない時間があるんだから、一作完成すれば上出来だよ」  時間なんてない。君にはあっても、私には時間がないのだ。私の命は限られている。ミルキーウェイから地球に降り立つ頃、私はもう息絶えているだろう。だから、この場所で書けるだけ文章を書かねばならない。  ペンを取った。私のやるべき事を思い出した。私は文章を書かなければいけなかったんだ。罵声のドミノを一通り倒し終わり、くすんだ紙に文章を書き連ねていく。  夜明けの来ないミルキーウェイ。私達は孤独に宇宙を漂って、死ぬまでの暇つぶしを再開した。
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作者:ころもやぎ
2026/09/24 • 👁 83回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
556文字 約2分で読了

ミイラさん、今日の日は

 月曜の朝、通い慣れた近くの公園に行くと、私がいつも座る場所に先客がいた。その人は白い半透明のビニールテープで体を覆うミイラさんだった。 「おはようございます」  私がそう話しかけると、ミイラさんはどっしりと構えて何処かを見つめたまま静かに頷いた。反応はしてくれるらしい。  私はベンチの空いたスペースに腰掛けて、ミイラさんへ更に話しかけた。 「昨日は酷い雨だったでしょう。大丈夫でしたか? このベンチも雨のせいで湿り気があって少し心地悪いですよね。それで、今日は朝のお散歩ですか。涼しい風に当たると、肌も少し違いますか」  私が適当に話しかけるのに、ミイラさんはただ頷くだけ。喉が渇いているから喋れないのか。私は途中で買ってきた缶コーヒーをミイラさんに差し出した。  しかし、ミイラさんは首を横に振って受け取らない。コーヒーが好きではないらしい。 「ふむ、では次会う時、麦茶でも持ってきましょう……って、おやまあもうこんな時間。ミイラさん、私は仕事があるので帰りますね」  私がそう言ってベンチから立ち上がってみると、ミイラさんは頷いた。 「さようなら、また会う日まで」  滑らかで少し高い声に、私は驚いた。何だ、喋れるではありませんか。しかも、合唱曲などを粋に引用して。  私は小さく笑い、ミイラさんに言葉を返した。 「ええ。今日の日は、さようなら」
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作者:ころもやぎ
2026/09/24 • 👁 50回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
319文字 約1分で読了

月と太陽の音

 月の音は、水面を揺らす足音だ。気配は薄く、しかし確かな知性と冷静さを兼ね備えたその音は、鋭利な刃物のようにキッチリと研ぎ澄まされている。その音に胸を刺される度、恍惚とした感情が芽生える。  太陽の音は、草原を軽やかに舞うステップだ。柔らかで優しいその足取りが耳に入ると、不思議と聞き手であるこちらの心が温かくなる。  月の音の冷静さと、太陽の音の眩しさ。どちらにも独自の個性があり、太陽の音を聞けば月の音が恋しくなり、月の音を聞いていると太陽の音も聞きたくなる。  それぞれの音が交互に大地を照らす度に、「この二つの音が交わったら」とあくる日を想像した。  生きたい。月と太陽の音をまだ聞いていたい。いつかを夢見て息をせねばと、詰まりの酷い鼻を鳴らした。
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作者:ころもやぎ
2026/09/23 • 👁 97回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
1761文字 約4分で読了

ギフト

外はチラチラと雪がちらつき始めている。 「クッソ寒いな…」 一斗缶に、その辺にあったゴミを放り込んでいく。 ふと古本のマッチ売りの少女が目に止まった。 そういやガキの頃、どこかで読んでもらったな。 マッチ売りのガキはマッチなんて売ってないで、そんなことを命じる親のところからさっさと逃げ出せばよかったものを…… マッチを買わない客もいつまでも売り続けている子供も、それ以上どうする事もできなくて死んでいくストーリーも、はっきり言ってクソだろ。 誰も手を差し伸べず、自分でもどうすることもできず、死んでいくだけのストーリーなんざクソ食らえだ。 俺は本を一斗缶に放り込み火をつけた。  今日の予定は上々。 盗みに入るのにクリスマスイブほど適した日はない。 どいつもこいつも浮かれてやがる。 「しかし、冷え込むな」 アジト代わりに使っている廃ビルは 人なんざ絶対に来ない。 いい加減、夜もふけて盗みに入るにはちょうどいい時間だ。 狙いをつけていた住宅街に車を走らせる。 目立たぬ場所に車を止めて後は時間との勝負だ。 一軒、また一軒、ピッキングで素早く扉を開け音もなく入っては ささっと必要なものだけ盗って、次のターゲットの家に向かう。 しかしまあ、クリスマスイブだけあってツリーの飾りの下にはプレゼント。 明日の朝になりゃガキが喜ぶんだろうな。 俺には縁遠いものだ。 なんだか無性に腹が立った。 プレゼントの1つを壊してやろうと手を出した時、 「それをとるのはやめてもらえないかね」 と後ろから声をかけられ、俺はビクッとした。 だれの気配もしなかったのに……?! 振り向くと赤い服を着た年老いた男が立っていた。 サンタクロース……  いやそんなはずはない、おそらくサンタの格好した同業者だ。 うっかり誰かに見つかっても ごまかせるようにサンタの格好しているのだろう。 「……なんだ。あんたも同じ口だろ」 そう言うとその老人は、 「いいや、私はプレゼントを置きに来たんだ」 と笑って言った。 あくまでサンタクロースのふりをしようってわけか…… 「あんたサンタ?」 「そうだよ」 「俺のところには1回も来てくれたことがないよな」 「いいや君のところにも1回来たことがあるさ」 その老人はそう言った。 あくまでサンタとして話そうとしているその様子に、思わずにやけた。 「俺はプレゼントなんて1回ももらったことねえぜ。嘘言うなよサンタさん」 すると俺の方を見て、老人は笑った。 「私はね、どの子のところにもプレゼントを渡しているんだ。だが、私がプレゼントを贈った事を子供達は忘れてしまう。プレゼントを渡すのは生涯で一度きり。君にも渡したよ。君はそのプレゼントにまだ気がついてないね。 それはいつか君に力を貸してくれるはずだ」 老人はそう言うと窓をガラリと開けた。 窓の外にトナカイがいる。 キラキラと輝くソリが宙に浮いている。 「メリークリスマス!君に祝福を」 老人はそりに乗り込み、ソリはトナカイと共に夜空へと駆け上がった。 嘘だろ……  本物のサンタクロース……?  俺は目をこすった。 目の前が不意に明るくなる。 いつの間にかアジトにいて目の前には燃え尽きた一斗缶の焚き木。 「なんだ夢かよ」 なんて事はない盗みには行かず寝てしまったのだ。 チャンスを不意にしてしまった …… いいさ、年末は盗みに入るにはいいシーズンだ。 コンビニに行っておにぎりとビールを買ってくる。 どいつもこいつも忙しそうにしやがって…… 公園のベンチでビールを飲むとガサゴソと隣で音が聞こえた。 薄汚れたガキがコンビニの袋に手を伸ばそうとしていた。 思わず腕を掴む。 「ごめんなさい…ごめんなさい」 ガキの腕は傷だらけだった。 大方どこかから家出してきたのだろう。 あまり良い環境で育ってきたのではなさそうだ。 ふと自分の子供の頃の記憶がよみがえる。 「やるよ」 俺はひとつ、おにぎりを渡した。 「どうせ何も食ってねえんだろ」 家出のガキなんかほっときゃいいものを、なぜか目が離せなくなった。  手を伸ばして助けてくれる大人は俺の周りにはいなかった。 俺はいつのまにか大人になっていた。 むさぼり食うガキを見ながら、自分の幼少期を思い出す。  俺がサンタクロースからどんなギフトをもらったのか分からない。 だが俺はもうプレゼントを待つ幼い子供ではない。 「腹が減ってるならもう1つ食うか」 そう言って、おにぎりをもう一つ差し出した。
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作者:しとえ
2026/09/23 • 👁 88回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
681文字 約2分で読了

ザラメのパンと彗星の帰り道

「トリックオアトリート!」 ふと扉の外から子供の声が聞こえた。 もう随分遅い時間だ。 お菓子はみんな夕方にやってきた子供たちにあげてしまった。 扉を開けると小さな銀色の髪の子供がいた。 ……おやおや、随分と懐かしい顔だ。 久々に会ったその子を見て、私はにっこり微笑んだ。 「入りなよ。残念ながらお菓子はもうザラメのパンしか残ってないけどそれでもいいかい?」 明日の朝食用にとっていたザラメのパンはパサついていたが、オーブントースターで焼き直す。 「バターはどうだい?」 「やった嬉しい!」 子供はパッと輝いたような笑顔で笑う。 パンの上に乗せたバターはあっという間に溶けてキラキラとザラメが輝いて見えた。 まるで小さな星屑の様だ。 「美味しい!もっと食べたいよ」 私は呆れ顔で残っていたパンも全部トースターで焼く。 「随分お腹が空いていたんだね」 「だって76年ぶりだもん!それに魔女さんの手作りパンってすごく美味しい大好きだよ」 「……そうか、もうそんなに経つのか」 「そうだよ、地球にやってくるのは地球の時間で76年に一度だよ」 子供は星の子だ。 76年に一度やってくる彗星の子供。 私はこの地球で、もう何世代も何千年も、たくさんの子供たちを見送ってきた。 星の魔女と星の子供。 変わらず存在し続けるのは私たちだけなのだ。 空に輝く彗星の命は人間よりもずっと長いけれど地球よりはそれでも短い。 いつかこの子も大人になって私の命を通り越して、そして消えてゆくのだろう。 だが、いずれやってくるであろうその時間までの間こうして私に会いに来てくれるのはどれほど嬉しいことだろうか…… この無限とも言える長い長い時の中で。
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作者:しとえ
2026/09/23 • 👁 87回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
1689文字 約4分で読了

宇宙のお仕事

 尽きることのないデブリの中から資源を採取する。  宇宙空間のゴミ溜めの、その男の一日の時間は、そうやって消化される。それはこの時この男この仕事の名の下に、明らかに正しいことであった。  元の形状に興味を向ける間も無く、獣の骸から可食部を取り出すように、布とも金属とも分からぬ物体から、手元を照らすセンサーの示すまま鉱物を採取する。ただ、無心に。一つ終わればまた一つ。無重力の空間は何よりまず息苦しく、汗の玉が勲章のように浮遊する。  1DK程の船体。男の処理速度に合わせ、AIが歪な腕で掴むデブリを、外からまた一つと、船内に送り込む。それが繰り返される。ただ、繰り返される。この宇宙の無限のどこかで。  かつてその男においては、見知らぬ他人に親切にすることも、恩義ある人に疑いなく尽くすことも、全く正しいことであった。それはパン・ド・カンパーニュに合わせるワインを一考する瞬間や、ファストフードの新作に胸を踊らすことと同じことのように、或いは、恋人や友人の身を案じ思い耽ることや、家族の祝福の為に金銭を使うと同じように、確固たる信仰心の如く、真っ直ぐその心を握っていた。  しかし、世の幸福と不幸は同時に存在し、人は人を裏切り、また消費し、己の至福へと突き進むことも、完全に悪事である、と誰にも断言ないことであった。  その男は己の栄光を目前に、積み重ねた全てを失った。友情と家族との信頼も、金銭も、その哀れな信仰心も。  言ってもいないこと、やってもいないこと。男の知らぬところで、敵意を持って吹聴された数多の言の葉は、弾丸となり放たれ、やがて男の生涯をもってして築いた石柱を、無惨に無情に撃ち砕いた。法は機能せず、或いはそのためには、当時の男にとって莫大な資金を要した。失意と絶望の濁流に溺れ、心の根まですっかり沁み込んだ頃、借金返済の責務だけを背負って、男は宇宙に飛ばされた。  漆黒の海の中、幾千の漂うシャトルの臓腑。かつて少年時代に思い描いた宇宙とはあまりにかけ離れたこの光景にも、男はすでに安心感を覚えるほどの月日が経っていた。  その日の終わりをAIが知らせる。臓腑の海から脱出した小型船は、同じく這い出てきた相棒機と数百メートルのワイヤーで繋がる。まるで互いを労うため交わされる握手のように。ワイヤーによってつながった2機はぐるぐると回転を始め、互いの船内に0.7Gの重力を生む。それは仕事場からの帰宅を意味する。 「お疲れさまでーす!」  相棒機から音声通信が入る。 「どうも、お疲れ様です。どうですか? 慣れました?」  相棒機に乗る女性は、この地獄に来て3日目だった。前任者は任期を終え、男に気を遣いながらも、帰還する喜びを抑えられぬといった様子で帰って行った。男も長く時を共にした友人に、誠意を持って送り出したのだった。 「いやー、おばちゃんには難しいね!そのうち慣れるかね?」  新しい相棒は「おばちゃん」らしく随分と馴れ馴れしかった。彼女の調子に男は少し、感謝と心配を抱いていた。 「慣れますよ。僕もしばらくかかりました」 「そうかい!励ましてくれてありがとうね。あんたみたいないい人が、なんでこんなことやってるんだい?聞いてもいいかい?」  男はしばらく考えたが、前任者もそうだったことを思い出していた。どうしてこんな仕事をするハメになったのか、誰もが気になるのだろう。それを知ることは、信頼の類や、あるいは、自分の方がマシだと、彼らの自尊心の保護に繋がるかもしれないと、男は考えている。男は自身の尊厳を地球のどこかに置いてきていた。だから前任者同様、包み隠さず、また脚色することなく、全てを話した。  その口ぶりは、相手のいかなる反応も期待しないといった、冷酷なまでの柔らかさを帯びていた。  話し終わると相棒はしばらく沈黙だけを寄越す。男は食事の入ったチューブを選んでいる。 「あんた」 「はい。なにか?」 「借金もチャラになって、脱走できると言ったら信じるかい?」  男は思わず、数百メートル先の相棒機に目をやる。どこかの恒星が、その機体を朝露のように照らしていた。  握手のようなそれは、離さないとでも言っているように思えた。
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作者:珈琲時間
2026/09/23 • 👁 95回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
1535文字 約4分で読了

始まりはファシスト

「ひと昔前、ファシストという言葉があってね」 「はい。存じ上げています。独裁的、全体主義的思想の信奉者のことですよね」 「さすが記者さん。お若いのによく勉強されてる。それでね、いずれ排他的思考あるいは権威性への批評語として使われることとなったんだ」 「主に、人種差別へのカウンターとして使われていた時代ですね」 「そうだね。今ではしばしば、リベラル主義の暴走と揶揄されたりもするけれど」 「先生は、それが発端だとお考えで?」 「発端、という表現が正しいのかは疑問だがね。ただ、その後のFF(エフエフ)がある種の転機だったとは考えている」 「F3(エフスリー)の前ですか?」 「その認識で合っているよ。論議にファシストという言葉を用いて、相手を『危険思想』に分類し、正当性ごと切り捨てる。その手段を使う者をFFと蔑称した。つまりファシストと言った者が今度はFFと呼ばれる」 「FFの語源は諸説あるというのが一般的ですが」 「元はネットスラングだから。ファシスト・ファシストだとか、それこそF言葉だったりね。良いように使われていたよ。ところで、そのコーヒーの感想をいただけるかな?」 「えっと、正直に申し上げますと、なんと言うか焦げ?が強いような…」 「その時代のコーヒーはだいたいこんなだったんだ。今となっては、ビニール栽培で着香された物がすっかり主流になっているけど。やはり君ら世代には物足りないかい?」 「…私はストロベリーの香りが好きなので…」 「ははは! すまない、ありがとう。話を戻そう。ファシストがFFと呼ばれ始めたところだったかな?」 「はい。その……ただの、罵り合いのようにも思えるのですが……」 「いやいや、その通りさ。しかし発達したSNSがもたらした物の中に権威性の可視化がある」 「フォロワー数……」 「そう。ある日、当時世界一と謳われたある起業家がFFの概念を支持する、と宣言したんだ。するともう翌日には、新聞やニュースでこぞってそれを取り上げた。まさに燎原の火。過去の投稿で相手をファシストだと発言した者たちが一斉にFF扱いされ始めたのさ」 「そして、そのFFへのカウンターがF3……?」 「F3はもはや議論ですらなかった。あの頃のメディアは先の事が本当に見えていなかったんだ。インプレッションが稼げれば何だって取り上げて大袈裟にした。何しろいわゆるレッテル張りは、論理的思考が得意でない者、つまりメディアの主要顧客の為に存在しているからね。F3の存在が、批判をすること自体への批評語となって普及し、みな黙るようになったんだ」 「なるほど。そうして生まれたのが先生のような『批評家』というわけですね」 「反論の余地を与えない、同時に炎上可能性を分析し、恐れずに批評する専門家。つまりは皆、というか支持者の代弁士的立ち位置だね。実は、正直なところ、僕には滑稽にすら思える。ただ、それでフォロワーどころか資金までもが集まるようになったからね」 「SNS通貨が一般普及していなかったら、どうなっていたと思いますか?」 「さっき言った、権威性の高い者が『批評家』を買い叩いていたと思うよ。事実、僕も『そういう人』から多額の資金を得ている。今ほど公平性が担保されたかと言われると、それは明確に違っていたかもしれない」 「それ、書いちゃって大丈夫なんですか?」 「匿名であれば問題ない。多くの『同業者』も同じだ」 「それで。今、先生方を批判する声が年々高まっています。そのことについてはどうお考えですか?」 「僕個人の考えというより、彼らに伝えたいことがある。だから君の取材に応じたんだ」 「かしこまりました。それで、伝えたい事とは…?」 「『次はお前たちの番だ』だ」 「なるほど。苦いですね」 「だからやめられないんだよ」
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作者:珈琲時間
2026/09/23 • 👁 117回 • 💬 0件