SF・ファンタジー

幽体離脱

1,899文字 約4分で読了
作者:珈琲時間
 世界へ  私は幽体離脱を会得して20年になる中年だ。何を言っているのだろうかと訝しむことだろうから、まず幽体離脱というものについて説明する。  幽体離脱とは文字通り肉体から幽体が離れた状態だ。あれは高校受験に失敗したある夜。私は滑り止めの男子校に通うことを余儀なくされ絶望の淵にいた。布団に包まり、時間よ戻れと強く願ったのだ。ある種の信仰すら超越したおそらく憎悪すら近い執念じみた渇望で。その時だ。肉体に異変を感じた。身体が身体でない感触。金縛りと離人症を同時に発症したような恐怖的違和感。そのさ中、私はえいっと寝返りを打った。すると、どうだ。どこまでも落下しているという錯覚に陥り、恐怖のあまり反射で強く目を瞑っていた。しばらく歯を食いしばっていたが、落下している感覚はやがて浮遊感であると自覚に至った。目を開けると目の前は壁で、振り返ると私が仰向けに寝ていたのだ。身体が、軽い。なんだこれは、と。リビングに行こうとするとドアノブを手が通過する。足元に目をやると僅かだが私は浮いていた。  それから夜道に出たりもした。誰も私を認識できないようであった。初めての日はそれで終わったが、その日以降、私は意図的に幽体離脱が出来るようになった。いや、正直に言うと初めの頃は3回に1回程度の成功率ではあったが。  ともあれ私は男子校に通いながら、夜には幽体離脱を楽しんでいた。空を飛べたのは半年経ってからだろうか。同時にその世界では認識が全てだと悟ったのだ。  冬になると夜は伸び、人通りも少なくなる。夜中の不審者ウォッチングに飽きてきた頃、私は幽体離脱中に独り言が多くなっていた。そんなある夜、私の独り言に応答があった。すぐそばで、だ。恐れるでもなく、驚いて振り返るとそこには何かがいた。何か、なのだ。カタチは無いが存在はある。それは何かとしか言いようがない。ただ、何か、では気味が悪いので、私はその何かにカタチを与えようと念じた。それは当時私が「推し」ていた女性タレントの姿。高校一年生らしい願望の浅はかさである。黒歴史とでも言おうか。  かくして、私はそのイマジナリーフレンドの女性タレントと毎夜毎夜デートを楽しんでいた。ここはあえてデートという言葉に留めておこう。さらに調子に乗った私はイマジナリーフレンドを量産し、楽園を築いたのだった。あの頃は天国と言って差し支えない世界だっと思う。なにせ、私のイマジナリーフレンドは出産にまで至ったのだから。  私が現実世界で20歳を迎える頃には、霊体の世界はもう手に負えなくなっていた。というのも、私が現実世界で活動している間にも霊体の世界の住人も活動しているらしく、気がつけば子どもは成長しているし、当時ハマっていたお笑い芸人なんかもいつの間にか出現していた。  勝手に増え続けるイマジナリーフレンド。いや、初めましての人もいるのだからフレンドとは言えない。言わなくていいだろう。もういい、と願っても一度現れたイマジナリーフレンドはどうやっても消滅しないのだ。それどころか、態度の悪い私に罵声を浴びせてきたりもする。  さて、世界へ。  これは相談だ。実は今幽体世界では争いが加速し、戦争と言って差し支えない程度に激化している。正直言ってここに私の居場所は無い。幽体離脱しなければいいじゃないかって? 仰る通り、私もそう考えた。しかし、幽体の住人は、私が寝ようとすると、幽体を引き剥がしにくるのだ。極めて美しい例のタレントの顔で。  霊体が霊体を攻撃し、四肢が離れ、悶え苦しんでいる。小さな塊になったかと思えばやがて再生し、再び攻撃に加わる。地獄絵図より地獄である。  現実世界の私といえば、青春を幽体の世界に捧げてしまったせいで、ろくに友人もいないし、両親とも疎遠になってしまった。大学時代に一度恋もしたが、恋人は謎の精神病にかかってしまった。私は幽体世界のイマジナリーフレンドが何かしたのかと思い、問い詰めたところ、あっさりと白状した。  就職して、運悪くパワハラ上司の下についたが、上司を始め社長まで精神に異常を来した。仕事は無くなったが生活するには事欠かなかった。何せ、夜の世界を自由に歩き回れるのだ。あらゆる一時情報を盗み見ることが出来る。そうなると、詳しくは言えないがまぁ金には困らない。  だが、孤独なのだ。  私はどうすればいいだろうか。幽体世界は混沌としながらも安易に私の肉欲を埋めてくれる。しかし、これは正常とは言い難い。そんなことは分かっている。もしかしたら私は長いこと幻覚の中にいるのだろうか。もう、分からないのだ。  そろそろあちらの世界に行くとしよう。では、世界よ。明日もまた話そうじゃないか。
2026/09/24 ・ 👁️ 75回 ・ 💬 0件

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