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139文字 約1分で読了

この胸の想いは

「お大事にね」保健室まで付き添った友人が去り際にひと言残す。ベッドにいる私は布団を被って、うなって返事をした。養護教諭の先生がため息まじりに言う。「貴女と同じで可愛い女の子ね。さしずめ、いまの頭痛のタネ?」ええ、昨日告白されたんです。でも、私の好きは、あの子と一緒なんだろうか。
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作者:有賀慧
2026/10/21 • 👁 21回 • 💬 0件
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140文字 約1分で読了

センシティブ情報

ハッキング騒動で世間が騒がしい。会社の朝礼での注意に、私は肩をすくめた。「これだけ流出してたら、全部知られているようで気味が悪いわ」「あら、そうですか?」隣の席の新人がそっと囁く。「先輩は腰骨あたりが弱いとか、私しか知らないのに」それ漏洩したら、いつもとは逆にベッドで泣かすわよ。
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作者:有賀慧
2026/10/20 • 👁 15回 • 💬 0件
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140文字 約1分で読了

記憶に焼き付けたくて

「あー、またリップ変えてるな?」友人に指摘されて私は苦笑した。「後輩たらしの悪人め」口さがない彼女に肩をすくめる。リップのテイストで記憶を印象づけたい。装うのは精一杯の誠意よ。あの子達には素敵な思い出を作ってほしいもの。それに、本当の私の味は、目の前の貴女だけに知ってほしいから。
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作者:有賀慧
2026/10/20 • 👁 13回 • 💬 0件
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140文字 約1分で読了

記憶から離れない

「あんた、ベリータルトが好物だっけ?」ケーキ屋へ一緒に行った友人が首をかしげる。わたしは言葉を濁して曖昧に笑んだ。「最近、ちょっとね」顔が赤くなっていないか心配だ。だって、言えるわけないじゃん。憧れの先輩とのファーストキス。あの人がつけてたリップのテイストが忘れられないだなんて。
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作者:有賀慧
2026/10/20 • 👁 17回 • 💬 0件
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1906文字 約4分で読了

青い遠雷

「柊木夏美、売りやってるんだって」  効きの悪いクーラーにうんざりしながら、いつも一人で食べているとも知らずに母さんが作ってくれたお弁当を平らげ、イヤフォンを耳にした時だった。 「売りってぇ、パパ活? 援助交際?」 「どっちも同じでしょ。……で、誰に聞いたの」 「裏垢がバレたらしいよ、クラスメイトに」  私は動揺を抑えながら、無音のイヤフォンを着けたまま窓の外へ顔を向け、机をくっつけて食事している三人の会話に聞き耳を立てた。  見上げた青空の向こうから、灰色の分厚い雲が迫っているのに気付く。雨になるの? 朝はあんなに晴れてたのに。 「うちにもそんなことする子いるんだぁ。なんかショック〜」 「私達が知らないだけで、案外一杯いるんじゃないの。……けど、それだけで売りをやってる証拠になるのかな」 「あの子去年の暮れ辺りからやけに身なりが派手になったでしょ。つるむ同級生のタイプもガラッと変わったし」  心が、ズキリと痛む。  確かに夏美はある日から私に見向きもしなくなり、日進月歩でそれはそれは綺麗になっていった。 「今じゃ有名人だもんねぇ。同級生どころか一年も三年も教室にちょっかいかけに来るんだってぇ」 「そういうのは一切相手にしてないらしいけど。……裏ではオヤジどものお世話してるとなると、ファンが減るか、むしろ増えちゃうか、見ものだね」 「さあ。どっちにしろ、軽蔑しちゃうわ」  三人はそう話しながらようやくお昼を食べ終え、別の話題に移っていった。  夏美とはもう関わりが無い。自分には関係の無い話だ。  頭ではそう考えようとしていたけど、胸の中が何か複雑なモヤモヤとした黒い感情に覆われるの感じた昼休みだった。  自分には取り柄が無い。だから、自分に自信が無い。そんな私は可哀想なオーラでも出ているのか、人から同情されやすく、誰かしらに手を差し伸べられてきた。そして、信用して掴んだその手を、すぐに離されてもきた。 「傘、持って来なかったの?」  放課後、校門近くの喫茶店の軒先で雨宿りをしていると、待ち焦がれていた人が声をかけてきた。 「……天気予報、見てなくて」 「そっか。俺は別にいいけど、そっちは嫌だよな。相合い傘、なんてさ」  照れ臭そうに言う彼に、私は勢いよく首を振って答えた。 「嫌じゃない。……いいの?」 「まぁその、たまにはそういうのもありじゃないか。なぁ?」  私は彼の肩まで届かないおでこごと、体を腕にくっつけた。 「うん。あり!」  学校に友達がいなくても。私には彼がいる。いつか、今までみたいに彼がその手を離す時がくるとしても。今彼は、私だけのもの。  喫茶店を後にして、傘に叩きつけられる雨音すら心地良く感じながら、私達は駅へと歩き出した。  しばらく行くと、雑貨屋の前に人影が見えた。  あれは……夏美!  私は思わず彼の影に身を隠した。 「あら。お二人さん」  夏美の両肩は濡れていて、手に傘は持っていなかった。 「柊木。……お前も傘、忘れたの?」 「今朝あんなに天気良かったから。まさかこんなにどしゃ降りになるなんて思わなくてね」  彼の言葉に夏美は笑みを浮かべて見せた。 「待ってろ、そこのコンビニでビニール傘買ってきてやる」 「え、い、いいよ! ちょっと!」  夏美の制止も聞かず、彼は私に傘を預けると豪雨の中を走り出した。 「相変わらず、良い奴だね。彼」  二人でその後ろ姿を見送りながら、夏美は半分呆れたように言った。 「……夏美。売りしてるって、本当なの?」  私が意を決してそう言うと、空がピカッと光ったと同時に、夏美はバカにしたように高らかに笑った。 「アッハハハハハ! 久しぶりに会った第一声がそれ? あんたらしいよ、友梨。……くたばれ」  そう吐き捨てるなり、彼女は私の顔を見ることなく、雨の中を飛び出して行った。  蒸し暑さを洗い流すような激しい雨に打たれながら遠ざかる夏美の背中を見送る私の耳に、さっき光った遠くの雷の音が響いてきた。 「杉咲友梨、二股かけてるんだって」 「えー、うっそぉ! そんな風に見えない〜」 「私も聞いたよ。彼氏がいるらしいけど、昨日別の男と相合い傘で帰ってるの見た子がいるんだって」 「そう言えばさ、柊木夏美とあの子、仲良かったのに友達辞めたの、男が原因らしいよ」 「なになに〜。どういうこと?」 「柊木、ずっと好きな男がいたんだって。杉咲が間を取り持ってたらしいんだけど、その男が杉咲に惚れちゃって告白したら、杉咲はまさかのOKしちゃって柊木大激怒、ってわけ」 「うーわ、最悪。柊木が売りとかやりだしたのって、そのショックが原因じゃないの?」 「え〜。信じらんなぁい」 「柊木を応援するふりして色目使ってたわけだ。いやー、女って怖いね。……あ。また雷鳴った。くわばらくわばら……」 ー了ー
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作者:七星満実
2026/10/19 • 👁 120回 • 💬 2件
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500文字 約1分で読了

P.S.紫の花が似合うあなたへ

どうして愛してくれてたのか分からなかった。 元彼とひどい別れ方をしたあと、あてつけのようにあなたの告白を受け入れた。 最低だったよね? 同性のあなたへ本当の好意があったか、あの時は分からなかった。 傷心を理由に私は、炎天下で十五分も遅刻して、あなたを待たせたっけ。 銀杏の葉で道路がいっぱいになっていた日に、発露する場所のない怒りと不安をあなたのアパートの壁とお皿にぶつけたっけ。 ねえ、どうして怒り返してくれなかったの? 別れる前に、そっとあなたの机に花飾りがついたヘアピンを最後に置いて帰った。 なんの変哲もないよく見る、あなたの好きな色の花。 そんな花を見るたびに、私を思い出してくれるかなって。 雪の降った昼、あなたの声が聞こえた気がした。 あの公園で一緒にコーヒーを飲んだんだ。 桜の蕾が色づき出したころ、あなたがよく使っていた落ち着く香水の匂いがした気がした。 よくあのスーパーで、その晩食べるものを買ったっけ。 どうして愛してもらえてるのか、理解しようとしなかったんだろう。 私の中であなたの何もかもがまだ鮮明に残ってる。 ようやく、気付けた。 きっと私はあなたが……。 私の宛先の無い、長すぎる追伸はここで終わらせよう。
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2026/10/19 • 👁 24回 • 💬 0件
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1111文字 約3分で読了

ご主人様とわたくし

「私の人生は、これまでもこれからも、くだらないおとぎ話を書き連ねる為だけに存在するんだ」  屋敷の一角にある書庫にて、ご主人様がポツリと言った。  彼女は部屋に置かれた机で何やらノートにメモ書きを続けていて、使用人である私の方は一瞥もしない。けれど、私が書庫にいる事を認識している。私の気配を読んでいる。  ご主人様の神経は、常に研ぎ澄まされていた。人の空気や言葉の弾み、ぬるい音、心の温度を徹底的に観察し、それを一冊のおとぎ話へ閉じ込めてしまう。  その敏感過ぎる感覚が故に、彼女は観察目的以外では人と交流しない。使用人に対しても、まるで骨董品を見るかの様な目つきで見る。私はその視線が少し苦手だ。 「ご主人様、お茶の支度が出来ております」  私は至って冷静に話し掛けた。しかし彼女は「あと数分で行く」と言ったままこちらを振り向かない。今までに、何度そうやって時間を先延ばしにされたことか。  私はうんざりして、でも怒るような真似はしたくなかったから、少し緊張した喉元を震わせて彼女へ言った。 「寂しいです」  私がそう言うと、ご主人様の動きが変わった。忙しなく動いていた手が止まり、ゆるりと身体が私のいる方へ向けられる。 「ふふ、そんな風にたしなめられたのは初めてだよ。実に可愛らしい口説き文句で結構だ」  微笑むご主人様は、何とも意地悪な顔をしていらっしゃる。きっと彼女は、予想外な言葉を私から引き出したかったのだろう。相変わらず、他者の言葉から何でもアイデアを得ようとする貪欲な物書きだ。 「私の事も、おとぎ話の一部にするのですか」 「するとも。お前は特に可愛いからな。私のなんでもない物語に登場させるのは楽しそうだ」  そんなのごめんだと言いたかったが、ご主人様は空想に生きる人だ。彼女はこの世にない世界を創造する事でしか息が出来ない。だから、いつまでもおとぎ話の夢を見続け、その夢に私も勝手に利用される。 「……するなら、とびきり愛らしいお姫様にしてくださいませ」 「約束するよ。お前の事は、とびきり可愛がってやる。文字の上でな」  微笑むご主人様は、やけに楽しそうだった。人の言葉や空気を舐め回すように観察して、偉そうに。 「服を脱がしたりしたら、許しませんから」 「善処しよう」  この空想家め。私は優雅に歩いていくご主人様の背を恨めしげに眺めながら、自分がくだらないおとぎ話の一節になるのを想像する。  貴女のお姫様となった私は、どんな顔で、どんな事を思うのでしょう。出来るなら、ロマンチストな騎士と恋に落ちる話にして欲しい。  空想が得意な、おとぎ話の中でしか生きられない騎士。その人と恋が出来るのなら、この世界で生きる私の満たされない想いも、少しは報われるかもしれない。
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作者:ころもやぎ
2026/10/18 • 👁 21回 • 💬 0件
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1725文字 約4分で読了

16歳の話(2022年4月2日の話)

「16歳になったんだって?」  彼はごく自然にワイシャツの袖を捲った。露わになった太い腕に目を奪われる。浮き出た血管が気持ち悪くて愛おしい。 「ああ、誕生日を忘れてたわけじゃないよ。……いや、覚えていたわけでもないんだが。今年も義姉さんが写真を送ってきたから」  チョコレートのケーキとハンバーグ、美味しそうだったね。プレゼントはコスメセット? 大人びちゃってまあ。この前やっと10歳になったと思ってたのに、時の流れは早いな。  そんなことを言いながら、母が淹れた珈琲に息を吹きかける。独特の苦い香りが漂ってきた。つい顔を顰めると、ふっと鼻で笑われた。  この人は珈琲を飲めるのが大人の証だと思っている。口に出して言われたわけではないが、絶対にそうだ。やけに拘るところがあるし、彼自身、昔は珈琲なんて飲めなかったのに、社会人になった途端積極的に飲むようになったことを私は覚えている。 「16歳と言えば……」  カップを机に置き、こちらを見つめる。私も視線を合わせて次の言葉を待った。先に目を逸らしたのは彼だった。口元を押さえて、何処か遠いところを見つめる。……よくあることだ。彼だけではなく、母も時折そういうことをする。こういうとき、二人はきっと同じところを見ている。私には見えない、此処ではない、遠い何処か。 「俺が16の時だったんだ。君が産まれたのは」  一見、感情の無い顔だった。ただ、私はもう彼とは16年もの付き合いになるのだから、気づくことができた。悲しみと、怒りと、やるせなさと……複雑な感情が混ざり合っている表情。 「俺は、あの日……」 「16歳になったんですよ、私」  彼が語り出す前に口を挟む。私は彼が16歳だった時の話なんて興味がない。私が産まれた日の話も、私たち家族に纏わる話も、一切聞く気がない。彼の口から聞くのは、もっとカジュアルな話が良い。カジュアルでポジティブで、ハッピーな話。それ以外はお断りだ。 「惜しいですよね。今年ほど自分の誕生日が憎くなった年はありません。あと一日早ければ押しかけたのに」 「どこに……?」  心底、訳が分からないという顔だ。面白い。 「どうして今年だったんでしょうね。国が憎いです。何も成人年齢とともに引き上げなくても良いのに。いえ、もちろん問題があったことは理解できますが」  結婚だけが女性の幸せではない時代だ。男女で同じ歳に揃えるのも、成人年齢と同じにするのも理解はできる。理解はできるが、不満は拭えない。仕方のないことだと分かってはいるが。 「成人年齢って……18歳になったんだっけ? それがどうかした?」 「分かりませんか? 分かってますよね。そろそろ認めてもらえます?」  まっすぐに彼を見つめると、彼は視線を合わせた。しばし見つめ合うも、またもや彼は先に目を逸らした。どこか遠くを見つめて複雑な表情をする。ただ、先程とは違い、しっかりと今を見つめているのが分かる。 「君はまだ子どもだな」 「そう言って突き放すのが大人ですか? 大人ならずっしり構えて受け入れてください」 「無理だろ……。俺は君の成長を見守るのが役目なんだ」  そんなこと誰からも頼まれていないのに、彼はそう思い込んでいる。だからこの16年、欠かさず私たちに会いに来てくれているのだろう。 「なら、責任を持って最期まで見守ってくださいよ」 「重い。大体、最期を見守るのは君の方だろ」 「……プロポーズですか?」 「違う。年齢的な話だ」  このようにして今日も、軽くあしらわれてしまった。残念ではあるが、今はこのやり取りができるだけで十分だ。カジュアルでポジティブで、ハッピーな話。……まだハッピーではないが。きっといつかハッピーにしてみせる。  私が16歳になった時、彼が16歳だった時の話をされることは予想していた。けれどもそんな話は聞きたくない。本当に、聞きたくはないのだ。  今16歳なのは私で、16歳の話をできるのは私だけだ。32歳のおじさんの過去話なんて退屈でしかない。生憎私は、彼の話なら何でも聞きたい、なんてことを思えるような乙女ではないのだ。聞きたいことだけ聞けたら良いし、話したいことだけ話せたら良い。  死んでしまった人の話より、私と彼の未来の話をした方が生産的だろう?  それが『16歳の話』だ。
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作者:油屋 夜船
2026/10/17 • 👁 38回 • 💬 0件
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1774文字 約4分で読了

写真の中の君

我望むあの日の君の春の世に 花ほころびて再会の時  その時に想ひを伝えよう。 だからどうかそれまで待っていて欲しい。  古びた写真の裏にはそう書かれていた。 その写真が一体いつからあるのか、写真に写っているのが誰なのか、一体誰が書いた言葉なのか、僕も家族も誰も知らない。 その写真は書斎の奥から見つかった。 写真には微笑む乙女の姿が映し出されていた。  だから思いもしなかった。その写真にそっくりな女性にこれから出会うことになるなんて。  高校の入学式。 満開の桜の下、これからの学校生活を送る同級生たちと初めて顔を合わせる。新しく着た高校のブレザーはまだ借り物みたいで、どことなく着心地が悪い感じがした。これから始まる高校生活に戸惑いがないと言えば嘘になる。地元からは少し離れた私立高校であるため同級生に知っている顔はいない。  ほころぶ花と舞い散る花びら。 花びらが黒髪にかかり、笑う乙女の姿が僕の目の中に飛び込んできた。僕はその姿を知っている。 微笑む乙女はあの写真と生き写しだったからだ。 驚きのあまり呼吸ができなくなる。  彼女の姿を映したものだったのか……?  いやそんなはずはない。 あの写真はモノクロで古ぼけていて、撮られたのはおそらく家族の中の誰も知らないほど昔だ。  だけど他人の空似というにはあまりにも写真の中の乙女とその姿が一致する。 彼女が僕の視線に気がついてこちらに振り向いた。 僕は気まずくなって軽く会釈をすると後ろを向いて足早にその場から立ち去った。  今日は半日授業、入学式が終わったら家に帰る。 帰りの電車の中でずっと彼女のことを考えていた。家に帰ったら確認しよう。 すぐに書斎の写真を探す。 ……やっぱりそっくりだ。  心臓が高鳴る。 写真はモノクロだったけれど、まるで抜け出てきたようにそっくりな女性。写真の中の微笑む乙女と今日出会った女の子の笑顔が重なる。 舞い落ちる桜の花びら微笑む彼女の姿。 心臓の鼓動が早くなる。 一体彼女は誰なのだろう? 僕はその写真をこっそりと持ち出した。  翌日、しばらくためらった後写真をカバンの中に入れる。 思ったほど似ていないかもしれない。昨日はそっくりだと思ったけどそんなことはないのかもしれない。僕の思い過ごしに違いない。心の中でそう唱えカバンを背負って家を出る。 それだというのにずっとドキドキしている。 やがて電車は止まり僕は高校に向かって歩き出した。  教室に入ると彼女の姿が見えた。 やはり似ている。いや似ているなんてもんじゃない、写真の中の乙女がもし現代にいたらきっとこんな感じだろう。 その姿は生き写しだった。 席順が決まり、隣の席に彼女が座った。 「君、昨日私のこと見てたでしょ?」 放課後、彼女の方から僕に声をかけてきた。 「いや、その」 気まずくなって、しどろもどろになってしまう。 「仲良くしてね!里中君」 笑う笑顔は、写真の中の乙女よりもさらに魅力的にいきいきと輝いていた。 僕の心臓はますます早くなる。  家に帰って写真の中の乙女を眺めた。 一体これは誰の写真だったのだろう。 祖父が言うにはおそらく、曽祖父かその兄弟だろうということだった。昭和の初期ぐらい町の写真館では街で評判の美人のブロマイドなんかを売っていたらしい。 おそらくそのブロマイドの一枚だろうと話していた。 真実は分からないけれど……  5月になって僕と彼女はずいぶんと仲が良くなった。 ある時に思い切ってあの写真を見せてみた。 「あー、これ多分ひいおばあちゃんだと思う」 彼女は笑顔でそう言った。 「同じ写真が家にあるんだ!何枚か似たような写真も。写真館でモデルを頼まれたみたい」 「そうなんだ」 彼女は裏に書いてあるメッセージを眺める。 「これって里中君のひいおじいちゃんが書いたの?」 「分からない。もしかしたらひいおじいちゃんの兄弟かも、戦争に行って亡くなったって聞いてるから」 「もしかしたら、里中君の大おじさんと私のひいおばあちゃん恋人同士だったのかな」 「そうかもしれないし、片思いだったかもしれない」 「そっか……そうだね」 「生きていたらもしかしたら私と里中君親戚だったかもしれないね。あ、でもその時は私もしかして生まれてない?」 あっけらかんとそう話す彼女に僕はちょっとだけ苦笑いした。 「それは困るね」 「そうだね!」  彼女の笑い声が楽しそうに響いた。 僕たちは未来に向かって生きていく。 ――あの写真のその先の未来へ。
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作者:しとえ
2026/10/17 • 👁 30回 • 💬 0件
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1269文字 約3分で読了

屋上の春風

 屋上の扉を開けると暖かな春の風が頬を抜けて行く。 男の人の後ろ姿、同期入社の桜井君だ。 「隣いいかな?」 「え?あ、どうぞ」 桜井君はちょっと戸惑ったようにそう言った。 「いつもここで食べてるの?」 「いや、いつもってわけじゃないよ。本当は下の桜の木のところで食べようと思ったんだけど昨日雨降っただろ。びしょびしょになっててさ。でもここなら桜を見ながら食べれるし、今日は天気もいいからな」 2階の屋上は下に生えている彼岸桜の枝が伸びて金網に当たっている。花が手に届くところに咲いていて、それはそれで風情があって良いかもしれないなと思った。 「如月さんも弁当?」 「うん今日はね」 私は弁当包みを開いた。 目玉焼きにウインナー、ご飯はそのままでふりかけ付け合わせにブロッコリー。いつものオーソドックスなメニュー。 「自炊してんの?うまそうじゃん!」 「まあ、これぐらいはね」 正直に言うと平凡なお弁当の中身は大して美味しそうでもない。朝から凝ったものを作っている時間はないから仕方がないと言えば仕方がないのだが。 「仕事慣れた?」 「いや、全然」 桜井君は苦笑いしてそう言った。 「私も。四月になったら後輩ができるのにね!」 「まだ俺らも新人みたいなもんなのに、新人の指導とかきついよな」 そろそろ私たちが入社してから1年だ。 彼岸桜の花びらがかすかに舞い上がり、遠くの空まで飛んで行く。その途端水筒がひっくり返り慌てて桜井君は蓋を閉めた。 手元に時計をしているのが見えた。 「へぇ、随分いい時計してるじゃん」 そう言うと桜井君はちょっと恥ずかしそうな顔をする。 「わかる?」 「実はね、うちの父親が同じやつ持ってる」 「あーそうなんだ」 何十万かするらしく父はその時計がお気に入りだった。 「実はこれ、うちのひい爺ちゃんの工房で作ってたやつなんだ」 「えー本当⁉」 「うん、子供の頃にさぁ、ひい爺ちゃんの工房を継ぐのが夢だったんだけど、なかなか思い通りにいかないよな」 そう言って照れた笑みを浮かべる桜井君。 「そうなんだ、かっこいいね!」 「いや継げてないからかっこよくはないだろ」 「そんなことないよ!私はそんな夢なんて持ってなかったもの」 私はちょっとだけ嘘をついた。 本当は子供の頃 アイドルになりたかった。けれどそんな子供じみた夢を口にするのが恥ずかしかった。 「……子供の頃ひい爺ちゃんの工房にはさ、壊れた時計とかがいっぱいあってな。それを修理するひい爺ちゃんがすごくかっこよくて、俺も大きくなったらそんな風になりたいなって思っていたけど」 「それすごくかっこいい!」 「いや、やっぱり夢は夢だなー。あんな風には無理だよ。それに修行めちゃくちゃいるし。俺はひい爺ちゃんの時計をつけるだけで精一杯」 笑いながらそういう彼を見て、それでも夢を口にすることすら 諦めてしまった自分よりずっとかっこいいと思う。 「いいじゃん、きっとおじいちゃん 喜んでくれてるよ」 「……だと、いいな!」 屈託ない笑顔で笑う桜井君。 胸が高鳴るのはこの春の陽気のせいだけではないと思う。  3月の風はまだ肌寒く、だが確かな春の気配を運んできてくれる。
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作者:しとえ
2026/10/17 • 👁 34回 • 💬 0件