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屋上の春風
1,269文字
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屋上の扉を開けると暖かな春の風が頬を抜けて行く。
男の人の後ろ姿、同期入社の桜井君だ。
「隣いいかな?」
「え?あ、どうぞ」
桜井君はちょっと戸惑ったようにそう言った。
「いつもここで食べてるの?」
「いや、いつもってわけじゃないよ。本当は下の桜の木のところで食べようと思ったんだけど昨日雨降っただろ。びしょびしょになっててさ。でもここなら桜を見ながら食べれるし、今日は天気もいいからな」
2階の屋上は下に生えている彼岸桜の枝が伸びて金網に当たっている。花が手に届くところに咲いていて、それはそれで風情があって良いかもしれないなと思った。
「如月さんも弁当?」
「うん今日はね」
私は弁当包みを開いた。
目玉焼きにウインナー、ご飯はそのままでふりかけ付け合わせにブロッコリー。いつものオーソドックスなメニュー。
「自炊してんの?うまそうじゃん!」
「まあ、これぐらいはね」
正直に言うと平凡なお弁当の中身は大して美味しそうでもない。朝から凝ったものを作っている時間はないから仕方がないと言えば仕方がないのだが。
「仕事慣れた?」
「いや、全然」
桜井君は苦笑いしてそう言った。
「私も。四月になったら後輩ができるのにね!」
「まだ俺らも新人みたいなもんなのに、新人の指導とかきついよな」
そろそろ私たちが入社してから1年だ。
彼岸桜の花びらがかすかに舞い上がり、遠くの空まで飛んで行く。その途端水筒がひっくり返り慌てて桜井君は蓋を閉めた。
手元に時計をしているのが見えた。
「へぇ、随分いい時計してるじゃん」
そう言うと桜井君はちょっと恥ずかしそうな顔をする。
「わかる?」
「実はね、うちの父親が同じやつ持ってる」
「あーそうなんだ」
何十万かするらしく父はその時計がお気に入りだった。
「実はこれ、うちのひい爺ちゃんの工房で作ってたやつなんだ」
「えー本当⁉」
「うん、子供の頃にさぁ、ひい爺ちゃんの工房を継ぐのが夢だったんだけど、なかなか思い通りにいかないよな」
そう言って照れた笑みを浮かべる桜井君。
「そうなんだ、かっこいいね!」
「いや継げてないからかっこよくはないだろ」
「そんなことないよ!私はそんな夢なんて持ってなかったもの」
私はちょっとだけ嘘をついた。
本当は子供の頃 アイドルになりたかった。けれどそんな子供じみた夢を口にするのが恥ずかしかった。
「……子供の頃ひい爺ちゃんの工房にはさ、壊れた時計とかがいっぱいあってな。それを修理するひい爺ちゃんがすごくかっこよくて、俺も大きくなったらそんな風になりたいなって思っていたけど」
「それすごくかっこいい!」
「いや、やっぱり夢は夢だなー。あんな風には無理だよ。それに修行めちゃくちゃいるし。俺はひい爺ちゃんの時計をつけるだけで精一杯」
笑いながらそういう彼を見て、それでも夢を口にすることすら 諦めてしまった自分よりずっとかっこいいと思う。
「いいじゃん、きっとおじいちゃん 喜んでくれてるよ」
「……だと、いいな!」
屈託ない笑顔で笑う桜井君。
胸が高鳴るのはこの春の陽気のせいだけではないと思う。
3月の風はまだ肌寒く、だが確かな春の気配を運んできてくれる。
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