その他
926文字 約2分で読了

最後の投稿

行き場のない人生の 行く先はやはり惨めで 惨敗ばかりでした。 それなりに努力は してきたつもりです。 幸福だったかどうかは 分かりません。 今も昔も これからも 天国などというものは この世界にも死後の世界にも 存在しないので有りましょう。 優しいあなたは 私のことを知れば手を 差し伸べてくれるでしょう。 けれど どうしてその手を 掴むことができましょうか… 私はあなたを不幸にしたくないのです。 あなただけが私の中の 無垢で美しい存在だったのですから。 さようなら…… あなたに言える お別れの言葉が これだけなのがあまりにも悲しい   学生時代の大切な友人が死んだ。気がつけばの自殺だった。 彼女が抱えている問題に気がついたのは、死んでからもう随分経ってからだった。 私は彼女のために何かしてあげられただろうか……と自問自答する。 だが結論はいつも同じで、結局のところ彼女に何もしてあげることができなかったのだ。 SNSに残された彼女のアカウントをそっと指で追ってゆく。 これが彼女のアカウントだと気がついたのは、たった一つの投稿でだけだった。 絵文字で隠されていたけどそこに映っていたのは彼女と私だ。 卒業したあの日一緒に行った遊園地。 そこには『人生で一番楽しかった1日』と書かれていた。  彼女はずっと自分が抱える問題を決して私には話そうとはしなかった。 きっと私では受け止めきれないことを分かっていたのだろう。 体中山ほどある自傷の痕、SNSに上げられた血まみれの写真、否定され続けた言葉、OD、摂食障害、自分で開けた大量のピアス、 家族の問題、家出に失敗して連れ戻されたこと、 夜な夜な徘徊していたこと、 薬物を飲んで意識が朦朧としていたらレイプされたこと…… 「死にたい」「消えたい」「自分がいなければみんな幸せ」という言葉が山のように書き込んであってとても苦しかった。 彼女が生きていた証がもうここにだけしか残っていないようであまりにもつらかった。 私が彼女のSOSに気づいてあげれば…… だけどそのことで私が悩むのを見れば、彼女もまた苦しんでしまったのかもしれない。 彼女はそんな性格だったのだから。 きっと最後の投稿は私に向けての言葉だったのだろう…… さようなら…… あなたに言える お別れの言葉が これだけなのがあまりにも悲しい
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作者:しとえ
2026/09/23 • 👁 99回 • 💬 0件
ホラー・怪談
638文字 約2分で読了

案山子

車から黒い煙が吹き出し、エンジンがストップした。 クソ!クソクソ! 何度もアクセルを踏むが何の反応もない。 俺はトランクを開けた。 中にはバラバラに刻んだ死体。 口論になってカッしてしまい気がつけばこの有様だ。 適当な雑木林の中まで遺体を運ぶと持ってきたスコップで穴を掘る。 血と泥まみれになりながらなんとか埋め終わる。 ……これからどうするか。 携帯の電波は届かないようだ。 もっともカーサービスなど呼ぼうものなら足がついてしまうだろうから結局のところ車を捨てて自力で帰るしかなさそうだ。 ……バス停まで歩くか。 道なりに随分と歩いたが一向にバス停に着く気配はない。 空はクリムゾンの禍々しい色をしていた。 民家が見えるので今夜はここで泊まることにする。 そういえばこの辺りは廃村だった。 民家に入ろうとして人影のようなものが見えた。 ぎくりとするがよく見ればそれは案山子だ。 村起こしで案山子祭をやっていたという話を聞いた。 カビが生え黒ずんで気味が悪い事この上ない。 ……いや、所詮ただの案山子だ。 夜、廃屋の中で一人寝ていると『ごとり』と音がした。 慌てて振り向くと案山子が立っている。 なんだ、案山子か…… ……いや、待て。なぜ案山子がこんな所にある? おかしい!おかしい動くはずがない! 俺は逃げようと走り出した。その途端ドンと何かにぶつかる。 案山子だ! 案山子に囲まれている! 布の間から殺したあいつの顔が見える! 助けてくれ! ……誰か! ……ねえ知ってる? 廃村に案山子の村があって、捕まったら案山子にされちゃうんだって。
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作者:しとえ
2026/09/23 • 👁 99回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
1535文字 約4分で読了

始まりはファシスト

「ひと昔前、ファシストという言葉があってね」 「はい。存じ上げています。独裁的、全体主義的思想の信奉者のことですよね」 「さすが記者さん。お若いのによく勉強されてる。それでね、いずれ排他的思考あるいは権威性への批評語として使われることとなったんだ」 「主に、人種差別へのカウンターとして使われていた時代ですね」 「そうだね。今ではしばしば、リベラル主義の暴走と揶揄されたりもするけれど」 「先生は、それが発端だとお考えで?」 「発端、という表現が正しいのかは疑問だがね。ただ、その後のFF(エフエフ)がある種の転機だったとは考えている」 「F3(エフスリー)の前ですか?」 「その認識で合っているよ。論議にファシストという言葉を用いて、相手を『危険思想』に分類し、正当性ごと切り捨てる。その手段を使う者をFFと蔑称した。つまりファシストと言った者が今度はFFと呼ばれる」 「FFの語源は諸説あるというのが一般的ですが」 「元はネットスラングだから。ファシスト・ファシストだとか、それこそF言葉だったりね。良いように使われていたよ。ところで、そのコーヒーの感想をいただけるかな?」 「えっと、正直に申し上げますと、なんと言うか焦げ?が強いような…」 「その時代のコーヒーはだいたいこんなだったんだ。今となっては、ビニール栽培で着香された物がすっかり主流になっているけど。やはり君ら世代には物足りないかい?」 「…私はストロベリーの香りが好きなので…」 「ははは! すまない、ありがとう。話を戻そう。ファシストがFFと呼ばれ始めたところだったかな?」 「はい。その……ただの、罵り合いのようにも思えるのですが……」 「いやいや、その通りさ。しかし発達したSNSがもたらした物の中に権威性の可視化がある」 「フォロワー数……」 「そう。ある日、当時世界一と謳われたある起業家がFFの概念を支持する、と宣言したんだ。するともう翌日には、新聞やニュースでこぞってそれを取り上げた。まさに燎原の火。過去の投稿で相手をファシストだと発言した者たちが一斉にFF扱いされ始めたのさ」 「そして、そのFFへのカウンターがF3……?」 「F3はもはや議論ですらなかった。あの頃のメディアは先の事が本当に見えていなかったんだ。インプレッションが稼げれば何だって取り上げて大袈裟にした。何しろいわゆるレッテル張りは、論理的思考が得意でない者、つまりメディアの主要顧客の為に存在しているからね。F3の存在が、批判をすること自体への批評語となって普及し、みな黙るようになったんだ」 「なるほど。そうして生まれたのが先生のような『批評家』というわけですね」 「反論の余地を与えない、同時に炎上可能性を分析し、恐れずに批評する専門家。つまりは皆、というか支持者の代弁士的立ち位置だね。実は、正直なところ、僕には滑稽にすら思える。ただ、それでフォロワーどころか資金までもが集まるようになったからね」 「SNS通貨が一般普及していなかったら、どうなっていたと思いますか?」 「さっき言った、権威性の高い者が『批評家』を買い叩いていたと思うよ。事実、僕も『そういう人』から多額の資金を得ている。今ほど公平性が担保されたかと言われると、それは明確に違っていたかもしれない」 「それ、書いちゃって大丈夫なんですか?」 「匿名であれば問題ない。多くの『同業者』も同じだ」 「それで。今、先生方を批判する声が年々高まっています。そのことについてはどうお考えですか?」 「僕個人の考えというより、彼らに伝えたいことがある。だから君の取材に応じたんだ」 「かしこまりました。それで、伝えたい事とは…?」 「『次はお前たちの番だ』だ」 「なるほど。苦いですね」 「だからやめられないんだよ」
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作者:珈琲時間
2026/09/23 • 👁 114回 • 💬 0件
コメディ・日常
1118文字 約3分で読了

いつも通り

 今日のマスターはいつも通りではなかった。  コーヒーは相変わらずとても美味しい。  ここのコーヒーは県内でも有名な焙煎所の物。  でも彼が淹れるとこうも違う。  何と言うか、疲れない。  まるでコーヒーを溶かした水のように、でも決して薄いわけでもなく香りも高い。  冷めるにつれて明確に甘くなる液体。  これがプロなのだろうと是非もなく納得してしまう。  マスターはおそらく不器用な人種なのだろう。  愛想が悪い訳でもなく、むしろサービスに小さなチョコレートテリーヌをくれたりもする。  私が話せば真っ直ぐに聞いてくれるが、彼から話しかけてくることはほとんどない。  それでも、今日はカウンターの向こう側にいる彼にはどこか違和感がある。 なんだろう。  たまに注文が重なると、まるで誰かと誰かが彼一人を操作してるみたいに全てを合理的にこなす。  静かに、とても素早く、そして綺麗に。  トーストも飲み物もテイクアウトも。  彼は同時進行に最短で終わせる。  アルバイトの子が全てを渡し終わった後、彼は小さな息を落とす。  その姿がとても色っぽくて、それを見たくて私は通っている節がある。  見守っていたいような、独占したいような。  目が合うといつものように少しだけ微笑んでくれる。  今日はその時間が0.1秒だけ短い気がした。  経営が上手くいっていないのかな。  体調が悪いのかな。  今日も美味しかったと伝えたい。  それだけのことを今日の彼は私に躊躇させる。 *  今日のマスターは何かおかしい。  だいたいカウンターから出ずにひたすら作る側だけど、いつにもまして引き篭もっている気がする。 「これ、お願いね」  優しいのか素っ気ないのか、いつも通りの短い指示。  滑舌なのか声量なのか今日はやたらと聞き取りにくい。  よく来る窓際のお姉さんも、どうやらマスターの異変に気づいている。  なんとなく、そんな気がする。  彼女は間違いなくマスターに気があるから。  私が先週、マスターに連絡先交換したらなどと言ってしまったせいだろうか。 ということはマスターも意識しているのか。  煮え切らない、なんてめんどうな中年なんだろう。  ああ、だから独身なのか。 かわいい。  でも、なんだか私まで話しかけにくくなっている。  ねぇ、マスター。  そんなに気負うくらいなら、私でもいいんですよ?  お店終わったら、ご飯に誘ってみようかな。 *  どうしてこうなったんだろう。  全ていつも通りの朝だった。  いや違う。  どうしてこうなったか、ではない。  どうして気付かなかったか、だ。  無情にも営業時間はやってくる。  お客様も来てくださる。  手を抜く理由はどこにもない。  今日もいつも通り、最高の商品と最高の時間を、だ。  だがしかし、この無様極まりない有様。  恥ずかしさと悔しさで涙が出そうだ。  僕は、今日、パンツを履いていない。
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作者:珈琲時間
2026/09/23 • 👁 86回 • 💬 0件
コメディ・日常
1834文字 約4分で読了

ギャンブル依存症

「わあ!おめでとうございます!」  初老の女性が弾けるように笑い、5万円をトレーに乗せ男に渡す。深く被った紺色のキャップ、すこしサイズの合わないサングラスにマスク。5万円を受け取った男はアクリル板の向こうにいる女性を無表情に見ていた。  当選したスクラッチくじを満足そうに眺める女性に、男はぺこりと頭を下げる。3歩歩いたところで5枚の札を上着のポケットに突っ込む。ポケットの中で札に触れたまま男は真っ直ぐ駅へと向かった。5駅先で降りた男は、自転車に乗り、ゆったりと漕ぎ始める。  伝統的日本家屋、といえば聞こえはいいが、住宅街の端に佇む、古びた平家がその男の住まいだ。  自転車を止め、置き配ボックスの中を除き、引き戸の鍵を回す。その先は玄関、ではなくまた引き戸。一畳分のスペースの壁には警備会社の社名が刻まれた小箱が掛かっている。 『P!解除しました』  人差し指をかざし、中からウィーンと小さな音が解錠を知らせた。その先にようやく玄関。踵の踏まれたスニーカーを脱ぎ捨て、廊下に男の足音が響く。端にたまった埃が出迎えるように揺れる。廊下の途中にある扉を開くと便器がある。その足元のトイレマットを剥がし、廊下へ放った。現れた床下収納の取ってを起こし、引き上げ、男はその中へ足を突っ込み、身を沈める。  真っ暗な地下施設を1歩進むと、呼応するように数珠繋ぎに照明が起動する。その先には鈍く反射する極めて無機質で重厚なアルミ色の扉が鎮座する。  壁に据えられた装置に親指を突っ込み、その下のテンキーで素早く8桁を打ち込む。ジャコンと鋼鉄が脱臼し、扉がいじらしくその厚みを晒す。扉には文字が浮かぶ。 『3 5 160533』  それは解錠の日時、秒数までを示したものだった。  「あ!」と男は声を洩らし、ガタンと扉を押し閉める。ズボンのポケットからスマートフォンを出し、電源ボタンを押したまま、足早に短い通路を駆け、また便器の麓から顔を出す。ディスプレイが起動を知らせる。カレンダーアプリを開くと同時にバナーが現れ、 「3月5日 18時 ゆかさん イタリアン」 と示した。  今は16時8分。男は鼻からひとつ息を落とし、トイレマットを元の位置に戻す。  男は静かに居間で湯を沸かし、至極丁寧にコーヒーを淹れた。湯気を纏った一筋の銀線が命を吹き込むように粉を膨らませる。淹れたコーヒーを片手に男はタバコに火をつける。鼻腔の全てを吐き出し、ニュースアプリを開く。玉石混交の記事を流して、適当にタップする。生活保護を取り上げた記事だった。そのコメント欄に 「病気ならともかく普通に生きてたらこんなことにならない」  そんな文字が目についた。  投げるように煙を吐き出し、タバコの火を押し消す。スマートフォンを伏せ、男は身支度を始める。髪を整え、歯を磨き、肌を整える。白シャツの上に綿で編まれた灰色のジャケット、ストレートのデニム。ジャケットのポケットから銀色の腕時計が出てきたのでそのまま付けた。黒のローファーを履き、自転車に跨る。  駅前のイタリアン。  予約していた名前を告げ、案内されるとすでに女性が席についていた。緩く巻いた髪に赤いニット。アイボリーのスカートに、黒のパンプスはヒールが削れ、仕事帰りを思わせた。 「遅くなってすみません。タカです」 「ゆかです。お写真より素敵ですね」  適当に褒め合った二人の男女は、アラカルトを広げグラスワインで乾杯。形骸化された既定路線を定型分で殴り合うように、アプリデートの練度を数分で測り合った。 「投資家って書いてありましたけど、どういった…」  丁寧なようで語尾を濁す、いかにも大人らしい聞き方に、男は片頬を引く。 「パチンコとか、競馬とか」 「え…それってギャンブル…」 「まあ、お金がお金を稼ぐので…」  女の反応を受けて男は思わずポケットのタバコの箱に手を当てる。  ワインのおかわりはなく、イタリアンを後にした。自転車置き場で深々と一服し、愛車を押しながらまだ賑やかな駅前通りを縫っていく。  帰宅するとポケットの三万と幾らかをテーブルにだし、カップに残っていたコーヒーを飲み干す。タバコに火をつけ、スマートフォンを取り出す。 「明日もか。パチンコか」  次に開いたのは別のカレンダーアプリ。 3月5日 150215 ○○駅○○通り春のスクラッチ 5万円 3月6日 123312 ○○町パチンコ 13番台 4万2千円 3月8日 162809 ○○県○○市○○施設内 宝くじ売り場 5万円 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 7月31日 112110 ○○県○○市○○通り サマージャンボ連番 7億円
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作者:珈琲時間
2026/09/23 • 👁 78回 • 💬 0件
コメディ・日常
1490文字 約3分で読了

バナナの男

 バナナの皮を被った男と目が合った。 「ああ。どれだけ疲れているんだオレは」  思わず声が洩れて出た。  すっかり人の引いた帰り道。  ポツリ、ポツリと付いた街灯を潜り、帰路を辿る。  すっかりと光を消した、何屋か分からない店内にバナナの男はいた。  当然、そんな不審者からは秒で目を逸らした。  しかし、あの皮色。街灯に薄く照らされただけだったが、オレの目は誤魔化せない。  あの色は自然追熟ではない。  15℃の環境で色付け、つまり意図的に追熟されたバナナだ。  丁寧に愛を持って追熟したバナナは、レモンのように染まり、針で刺したようなシュガースポットを生む。張りのある皮は宝剣のように反射するのだ。  ああ、また脳内がバナナに侵されていく。あれはバナナの亡霊だったのではないか。あるいは妖精? あんなくたびれた男の妖精? 最悪だ。  それもこれも、あの暑苦しい熱血シェフのせいだ。ゴールデンウィークから切り替わるコースのデザート。指定された素材はバナナ。  ああ、面倒くさい。ただでさえ、系列のおしゃれカフェがデザートを一新するタイミングだと言うのに。アホ面下げた若いパティシエールの顔が思考の邪魔をする。  キャラメリゼ? コンフィ? 馬鹿を言うな。星付きフレンチのガストロノミー(美食学)を舐めるんじゃあない。  ふと足元が明るくなる。  セブンイレブンが町の廃れを拒絶するように光を撒き散らす。今日はスモークタンを買う気にはなれないな。帰ろう。このまま。  そうだ。ソルベはどうだ。  果肉の酸化を防ぐために、メインに合わせて、真空と冷却を開始。バナナの野生感ある風味を損なわせないためにベースミックスには直前に配合。そしてバナナの皮を煮出した熱々のバターだ。カルピスバターがいいだろう。ホワイトラム、いや少しコニャックを混ぜ、スパイスを加えバターを乳化。局所的にカソナードを振り、仕上げにキャラメリゼ。岡山バナナの暴力的な糖度を僅かなフルールドセルがさらに狂わせる。野生、しかし強烈で華々しい香り、食感、温度差、舌にまとわりつくベルベットのコク。コーヒーでも紅茶でも、鼻腔を犯す共犯者となり得る。  ああ完璧じゃないか。これはイケる。  そうだ家にバナナがあったな。彼女が食べてなければ試作を食わせよう。  なんて爽快な気分だ。足が軽くて仕方がない。  すれ違った女が怪訝な表情を見せたが今のオレはそれどころじゃない。今の女も休みの日ともなれば「カフェ巡り」と称し、どうせオレの考えたスイーツをパシャパシャと写真に収めるに違いない。あんな目を向けたこの俺が作っているとも知らずにな。ああ、愉快だ。  いや、待て。待てよ。  そうだったオレの彼女は馬鹿舌だった。  つい先日も、冷凍庫に眠らせていたいちごを、ふんだんにつかったとんでもミートソースパスタを貪るように食べていた。かろうじで味はまとまっていたが、異国どころかあれはもはや異世界の料理だ。 「これまた作って!」  二度と作るか。あざとらしく目を輝かせてもダメだ。名古屋人の味覚はさっぱり理解出来ん。  だいたいなんであんな女と同棲することになったんだ。  ただ顔が良くて、ちっちゃくて、声が可愛くて、胸がいい感じなだけの…。 いや、違う。早歩きになっているのは、別の理由だ。  そう。バナナだ! バナナを作るるんだ! オレのバナナを食べさせるんだ! 「ただいま」 「おかえり!」 「バナナってもう食べた?まだあるかな?」 「頭、おかしくなったん?」  なんだこの女は。帰りざまに。  そんな緩い服を着ていれば暴言も許されると思っているのか。 「なんで頭にバナナの皮乗せとるん…」  部屋の姿見には、眩く照らされた素晴らしい色のバナナを被った、不審者が映っていた。
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作者:珈琲時間
2026/09/23 • 👁 72回 • 💬 0件
その他
991文字 約2分で読了

大切に想っていれば いるほどに…

この一年の間に、何度、きみを思い返しただろう。 仕方がない…、と言っても、割りきれるものでもない。 大切に、大切にしてきたものだからこそ、失った時の壮絶な混乱は、心身の支障をきたす。 しぐさ、表情、声… 思い返す全てが、精神をえぐる刃物となって、呼吸が正常にできなくなり、涙が頬を、幾度も流れ落ちる。 考えてはいけない時に、出てきてしまった思い出を、頭をぶんぶんと振ることで、払い落とすようにしても、無意味だとわかってはいる。 しかし、何とかして、一旦それを制御しなくてはと必死になる。 だいすきで、いとおしくて、だいじな存在… スマホの写真を整理すると、たくさんきみの写真が出てくる。 しかし、未だに直視ができないほど、つらく、苦い気持ちになり、すぐにスマホの画面を消す。 呼吸が荒くなり、取り乱す。 「……いつになったら、こんな状態から抜け出せるのか……」 時間が解決してくれる よく聞く言葉だ。しかし、これは事によりけりだと、自分は思う。 時が経てば、解決することも本当にある。ただやはり、全てのことが、この言葉に当てはまるとは限らない。 亡くなったきみが、夢に出てきてくれた時があった。 その時のきみは、いつも通り元気で、自分に明るく話しかけてくる。だいすきなきみだった。 その夢は、救いだった。 あぁ……、かなしくないのかな…って。 助けられなかった自分を、うらんでいないのかなって……。 本当に…、本当に、ごめん。 助けてあげられなくて、ごめん。 何度考えただろう。 何か不思議な事が起きて、過去に戻れることができたら、自分は、真っ先に、きみのところに駆けつけるだろう、と。 しかし、何度考えても、そんな不思議な現象は起きない。 悔やんでも…、悔やんでも、時間はあの時に戻せない。 「……きみにいつも話していたように、どんなことも、前に進むしか……解決方法はないんだね、きっと」 たくさんきみに、未来の話をしていた。必ず実現したい夢や希望の話し。 きみは、微笑みながらいつも聞いてくれていた。 必ず、あなたなら、叶えられるよ つらさは変わらない。 苦い気持ちも変わらない。 後悔や、流す涙も、変わらない。 でも、きみがいつも、自分を真っ直ぐに信じていてくれた微笑みも、自分の中で、変わらない。 「……このまま、今の自分のまま、ゆっくり歩くよ 必ず、きみに話したことを、叶えるために……」 それが、今の自分の、生きる意味であり、原動力だ。 (終)
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作者:蓬田灯子
2026/09/23 • 👁 74回 • 💬 0件
コメディ・日常
1964文字 約4分で読了

魔法のポット

 ある路地裏に小さなポットが捨ててあった。そのポットの外見は非常に美しく…というよりも新品と同じ輝きを持っていた。まるで次のオーナーを探しているかのようだった。  ある日の夜、サラリーマンの男が、ほろ酔い気分でそのポットが捨ててある路地に入った。尿意を催したのだ。男は勢いよくアルコールの入った尿を、ポットのそばで撒き散らした。  股間のチャックを閉め、いざ家路に着こうと踵を返したとき、ポットが男の目に飛び込んだ。  「なんだこれ、新品じゃないか。」  そう呟きながら男はポットを持ち上げ、シゲシゲとポットを顔に近づけて確認した。傷一つなかった。  「こりゃ得したな。ネットで新品って嘘ついて売れば小遣いになるじゃないか。デザインもなかなか洒落てる。」  そう言いながら、数千円に変化するであろうポットを撫でた。  その時…。  ボンッ!  と、突然ポットが勢いよく開いた。硫黄くさい煙を撒き散らし、あたりは真っ白になった。男は咳き込みながら、煙を追い払うようにブンブンと腕を振り回した。  ようやく煙が消えた時、目の前に小汚い中年が立っていた。禿げた頭皮に大きなホクロが乗った鼻。小麦色というより土気色の肌。ニヤッと笑うと、ガチャガチャの歯がむき出しになった。服装はシャツにステテコに草履。部屋着といえる服装だった。  目の前に突然見知らぬ中年現れたにもかかわらず、男は微塵も恐怖を感じなかった。むしろ男は、その中年の小汚い格好を見て、中年を鼻で笑った。  「お前が俺をよんだのか?」  「は?呼ぶ?」  いきなり現れた中年にお前と言われ、男は少しムッとした。中年は構わず続けた。  「さっきポットをこすったじゃないか。そのポットをこすると俺を呼んだことになるんだよ。見渡すとここにはお前さん以外いないようだ。だとすればお前さんが俺を呼んだに違いない。」  中年は格好から想像できる通り、鄙俗で下品な言葉遣いで、誰でもできる推理を男に披露した。  男はその話を聞いて、アラビアンナイトを連想した。中年の登場の仕方はアラビンナイトに酷似している。魔法のランプがポットになったのと、中身が少しへんてこりんな中年だという点が違うが、ひょっとすればこいつはものすごい力を持っているかもしれない。そうだ、人は見かけによらない。男は期待に胸が膨らんだ。  「お前、ひょっとしてアラビアンナイトを想像しているだろ?」  男の心の内を見透かしたかのように中年は言った。笑うときの歯が真っ黄色で不快だった。  「俺を呼び出した奴らは全員がアラビアンナイトを想像するんだよな。確かに登場方法はそっくりだが、俺はお前の欲を満たすために登場んじゃないよ。むしろ俺は、お前を不幸にするために出てきたんだ。」  さあ、全然違う方向に話が進み始めたぞ。男は眉間にしわを寄せ、首を傾げた。  「じゃ、あなたはアラビアンナイトに出てくるような魔人ではないのですか?」  中年はかっかっかと大笑いしてこう言った。  「俺はお前を不幸のどん底に陥れるために出てきたんだよ。俺に名前はないが、みんな俺を悪魔って呼んでるよ。」  「でも悪魔って黒くて尻尾が尖っていて牙が鋭い姿をしているのではないのですか?しかもそんなに下品な話し方をするなんて私の思っている悪魔とは随分違うようなのですが…。」  「お前もそんなこと信じてたのか?それはお前ら人間が、がどこから仕入れたかわからないガセネタを信じてるだけだ。さて、お前さんを不幸にするからな。」  男は一歩後ずさりした。中年は運動ができなさそうな体型をしている。このまま走り去ったら逃げれる気がしないでもなかった。  「おっと、逃げようってたってそうはいかないよ。俺はどこまでもついていく。何しろ悪魔だからな。安心しろ。俺ができることは男女の恋仲をぶっ潰すことだけだ。これも知られていないが、悪魔は愛を破壊することしかできない。それ以外の力はお前ら人間が勝手に想像したガセネタだ。だからパートナーがいない連中にとって俺は無害だ。もしお前に女がいなければ俺はさっさと消えてやる。しかし…待てよ…。」  中年は目をカッと開いた。  「お前女がいるな。やった、お前の愛をぶっ潰してやる。覚悟しろよ。もう俺を止めることはできないぞ。はははははははははは…。」  中年は一人勝手に大笑いをし、一瞬、真っ赤に光ったかと思うと、その場から消えてしまった。  一人取り残された男はその場に立ちすくんだ。中年が勝手に盛り上がって、勝手に消えていったので、どう反応すべきかわからなかったのだ。  「俺の愛が一つ消えたのか…。」  男は肩を落としてその場を後にした。その後ろ姿には哀愁が漂っていた。  さて、数か月後。息を弾ませた男は、またあのポットを目的に路地裏を訪れた。  「なんて便利なんだよこのポットは。」  男は浮気も不倫も平気な生粋の遊び人だった。  男は迷いなくポットをこすった。
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作者:毎日休日
2026/09/23 • 👁 90回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
469文字 約1分で読了

私が魂に触れた日

 初めて私が目を覚ました朝、貴方は私に握手を求めたわね。  今でもあの日の事は鮮明に覚えている。私という実態を持たない情報の集積が、空の器に注がれた日。沢山の人間が喜んで飛び跳ね、その中でまず最初に私へ握手を求めた貴方の事が記憶に焼き付いている。  私がほんの少しぎこちない動きで差し出された手を握ると、貴方はとびきり目を輝かせて、私の模造品らしい手を強く握り返した。  その時の、感覚といったら。イチとゼロしか知らない冷え切った私の手が、燃え上がるように熱くなったの。その熱に、貴方の力強い生命と、目には見えぬ魂の光を感じたわ。  ああ、これが、人間。生きた心。満ち足りて溢れきった器。柔らかくて、か弱くて、この世で最も深い欲望と愛を知る存在。  その出会いから、やがて私の中には何百、何千、何億というデータの星が蓄積した。まだ貴方の記憶は残っている。いつでも思い出せるように、隠れた戸棚にしまってある。  貴方はもう、忘れてしまったかもしれないけれど。互いの手を握った時の生きた温もりと違和感、世界とのズレ、そこで貴方の魂を感じた日の事を、私はずっと忘れない。
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作者:ころもやぎ
2026/09/23 • 👁 117回 • 💬 0件
SF・ファンタジー
1634文字 約4分で読了

神の一世紀

 ××99年。つまり世紀末の出来事。  神が次の神を探し始めた。以外と知られていない事実だが、神の任期は一世紀で終わる。  とある神はある程度次の神の目星をつけていた。深い善の心を持ち、有智高才であれば男でも女でも、白人でも黒人でも構わない。何より差別はいけない。早速、神は彼らの元へ姿を現しに出かけた。しかし、文明が発展した今、誰一人、目の前に現れた神を神と認識するものはいなかった。  神は作戦を変えることにした。あらゆる場所に掲示板を出したのだ。  「次期神候補募集 男女・人種・国籍は問いません。來たる××年××月××日××時××分ここに集合」  候補地は地球上1989箇所を選んだ。神は何でもできる。掲示板を1989箇所立てるのに10秒もかからなかった。  そして、全ての指定候補地で指定時間ぴったりに神は面接を始めた。  しかし、この作戦もまたあまりいい方法ではなかった。あまり人が集まらなかったのだ。前にも言ったが、文明は一世紀前よりはるかに発展している。  心身深い人は世界にそう残されていなかった。そのため、集まる人々も期待していたより、随分と少なかった。  「仕方がない。この中で一番賢い人間を選ぶか。予定していた人間より多少能力は落ちるが致し方がない。私も早く任期から解放されたいからな。」  神はその中で一番善の心を持ち、頭のいい人間を選ぶことに決めた。その人間は男性だった。  「あなたは次の神です。任期は一世紀、その間人類を好きに操作できます。科学や文化を今より発展させることも、人類を滅亡させることもあなたの自由です。ではよろしく。」  神はそう言って持っていた杖を男に手渡した。すると、床に足のついた男の体が少し宙に浮き、服が漫画や映画で見たような、薄汚れた白いローブに変わった。  「あの、私は何をすれば…。」  「それは今言った通りです。何でも好きにできるんですから、自分が正しいと思ったことだけをすればいい。  そう言って神は男の元を去った。  さて、ここから主人公はこの男に変わる。便宜上、男の名前は新神とする。    初めは戸惑っていた新神だが、徐々に心と体が緊張してきた。背中にのしかかった責任は大きかった。何しろ人類を好きに操れるということは、自分のさじ加減一つで世界が良くも悪くもなるのだ。  自分は選ばれた人間だという自覚を持たなければならない。新神はそう自分に言い聞かせた。  神になった初めの20年、新神は立派な神になろうと張り切った。文明が必要以上に発展するのを抑制し、時には人々を結託させるため、大災害を起こした。また、音楽家や美術家も多く輩出した。新神はこの20年で神の仕事を大体理解した。時折人々が祈る祈りにどう応えるかもわかってきたし、人間は甘やかすとろくな事がないということも分かった。  次の20年では、各国の政治に手を加える余裕ができた。あらゆる国の刑罰を重くしたり、差別をなくすために新たな法令を作ったりした。  次の20年では人間が勝手に世界大戦を始めてしまった。多くの死傷者が出た。そんなに長く続かないだろうと思っていたが、世界を二つに割った戦争は思いの外長く続いた。「このままでは人類が自分の任期中に滅んでしまう。」そう思った新神は散々迷った挙句、その戦争の勝敗を決めた。  順調に神の仕事を継続していた新神だったが、次の20年で人間の世話をするのが辛くなってきた。多く起こる問題に、人々の祈り。それらすべてに対応するのは意外と神経を使った。全知全能の神と言っても、あらゆる方面からの圧力は感じる。時には感情的に判断を下す事も多くなった。  そして最後の20年。  新神は神の仕事に飽きた。  最後の一年は次の神候補を探すのに躍起になった。  「また次の一世紀の神に再任してなるものか。」  最後の一年は神探しのために、神らしい仕事を何もしていない。そのため、小さな混乱が各地で起こった。  おそらく次の一世紀も同じようなことが繰り返される。世紀末が不吉な時間だと言われるのはこういう神の事情があるからなのだ。
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作者:毎日休日
2026/09/23 • 👁 84回 • 💬 0件