コメディ・日常

ギャンブル依存症

1,834文字 約4分で読了
作者:珈琲時間
「わあ!おめでとうございます!」  初老の女性が弾けるように笑い、5万円をトレーに乗せ男に渡す。深く被った紺色のキャップ、すこしサイズの合わないサングラスにマスク。5万円を受け取った男はアクリル板の向こうにいる女性を無表情に見ていた。  当選したスクラッチくじを満足そうに眺める女性に、男はぺこりと頭を下げる。3歩歩いたところで5枚の札を上着のポケットに突っ込む。ポケットの中で札に触れたまま男は真っ直ぐ駅へと向かった。5駅先で降りた男は、自転車に乗り、ゆったりと漕ぎ始める。  伝統的日本家屋、といえば聞こえはいいが、住宅街の端に佇む、古びた平家がその男の住まいだ。  自転車を止め、置き配ボックスの中を除き、引き戸の鍵を回す。その先は玄関、ではなくまた引き戸。一畳分のスペースの壁には警備会社の社名が刻まれた小箱が掛かっている。 『P!解除しました』  人差し指をかざし、中からウィーンと小さな音が解錠を知らせた。その先にようやく玄関。踵の踏まれたスニーカーを脱ぎ捨て、廊下に男の足音が響く。端にたまった埃が出迎えるように揺れる。廊下の途中にある扉を開くと便器がある。その足元のトイレマットを剥がし、廊下へ放った。現れた床下収納の取ってを起こし、引き上げ、男はその中へ足を突っ込み、身を沈める。  真っ暗な地下施設を1歩進むと、呼応するように数珠繋ぎに照明が起動する。その先には鈍く反射する極めて無機質で重厚なアルミ色の扉が鎮座する。  壁に据えられた装置に親指を突っ込み、その下のテンキーで素早く8桁を打ち込む。ジャコンと鋼鉄が脱臼し、扉がいじらしくその厚みを晒す。扉には文字が浮かぶ。 『3 5 160533』  それは解錠の日時、秒数までを示したものだった。  「あ!」と男は声を洩らし、ガタンと扉を押し閉める。ズボンのポケットからスマートフォンを出し、電源ボタンを押したまま、足早に短い通路を駆け、また便器の麓から顔を出す。ディスプレイが起動を知らせる。カレンダーアプリを開くと同時にバナーが現れ、 「3月5日 18時 ゆかさん イタリアン」 と示した。  今は16時8分。男は鼻からひとつ息を落とし、トイレマットを元の位置に戻す。  男は静かに居間で湯を沸かし、至極丁寧にコーヒーを淹れた。湯気を纏った一筋の銀線が命を吹き込むように粉を膨らませる。淹れたコーヒーを片手に男はタバコに火をつける。鼻腔の全てを吐き出し、ニュースアプリを開く。玉石混交の記事を流して、適当にタップする。生活保護を取り上げた記事だった。そのコメント欄に 「病気ならともかく普通に生きてたらこんなことにならない」  そんな文字が目についた。  投げるように煙を吐き出し、タバコの火を押し消す。スマートフォンを伏せ、男は身支度を始める。髪を整え、歯を磨き、肌を整える。白シャツの上に綿で編まれた灰色のジャケット、ストレートのデニム。ジャケットのポケットから銀色の腕時計が出てきたのでそのまま付けた。黒のローファーを履き、自転車に跨る。  駅前のイタリアン。  予約していた名前を告げ、案内されるとすでに女性が席についていた。緩く巻いた髪に赤いニット。アイボリーのスカートに、黒のパンプスはヒールが削れ、仕事帰りを思わせた。 「遅くなってすみません。タカです」 「ゆかです。お写真より素敵ですね」  適当に褒め合った二人の男女は、アラカルトを広げグラスワインで乾杯。形骸化された既定路線を定型分で殴り合うように、アプリデートの練度を数分で測り合った。 「投資家って書いてありましたけど、どういった…」  丁寧なようで語尾を濁す、いかにも大人らしい聞き方に、男は片頬を引く。 「パチンコとか、競馬とか」 「え…それってギャンブル…」 「まあ、お金がお金を稼ぐので…」  女の反応を受けて男は思わずポケットのタバコの箱に手を当てる。  ワインのおかわりはなく、イタリアンを後にした。自転車置き場で深々と一服し、愛車を押しながらまだ賑やかな駅前通りを縫っていく。  帰宅するとポケットの三万と幾らかをテーブルにだし、カップに残っていたコーヒーを飲み干す。タバコに火をつけ、スマートフォンを取り出す。 「明日もか。パチンコか」  次に開いたのは別のカレンダーアプリ。 3月5日 150215 ○○駅○○通り春のスクラッチ 5万円 3月6日 123312 ○○町パチンコ 13番台 4万2千円 3月8日 162809 ○○県○○市○○施設内 宝くじ売り場 5万円 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 7月31日 112110 ○○県○○市○○通り サマージャンボ連番 7億円
2026/09/23 ・ 👁️ 80回 ・ 💬 0件

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