ぐつぐつ煮えている寸胴鍋に、砂糖をぶち込んでかき混ぜる。
スプーンですくって、一口味見。
舌先に感じる素材のとろりとした風味にほのかな甘み。
まあ、悪くはない。私の好みではないが、最近の若者たちの間では、何にでも砂糖を加えるのがトレンドだからな。
でも、風味が何だかもの足りない気がする。
今回、友人がわざわざ融通してくれた希少材料を使ったのだ。
絶対に元が取れる値段で、売れるものを作らなければ!
なにかもっとこうグッとくるような・・・
そうだ。あれ。あれがあったっけ。
冷蔵庫から先日スーパーで買ったカカオ70パーセントのやや高級なチョコバーを取り出して、鍋に投入。
素材の独特の匂いにチョコの甘い香りが加わって何とも言えない匂いが立ち込める。
なんとも魅惑的な香り。これなら、若者の掴みはOKのはず。
もう一度、味見して最終チェック。
甘みと苦みの塩梅がなんともグッド。
人肌程度に鍋の中身が冷えるのを待って、塊肉を取り出す。細かく刻み、レタスをたっぷり載せた特製バンズに一塊置くとその上から煮汁をたっぷりとかけた。
よし。新作チョコレートバーガーのできあがり。
そろそろ日が沈む。公園もにぎやかになる頃だ。
* * *
週末の黄昏時。
この公園はデートスポットとなっている。
いつものように屋台スタンドを設置すると、大声で呼びかける。
「新鮮なAランクレバーを使ったチョコレートバーガーはいかが。レアな人間の肝臓入り。お値打ち価格だ。この機会におひとついかが」
「人間のレバーだって!」
スタンドの前にはあっという間に列ができた。
やったね。今日の売上は期待できそう。
私は牙を剥いてニンマリ笑った。
<END>
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「今時珍しいよな。こんな見事な畳のワンルームなんて。六畳だっけ? 八畳?」
彼の友人は定期的に意味も目的もなくこうやってからかってくる。男の人ってなんでこんなにマウント取りたがるんだろう。
「ほっとけよ。オレの性には合ってるんだから」
ほんとだよ。
ほっとけよ。
ようやく彼の友人が去って、置いていった肉まんを温め直して、二人ではんぶんこしていただく。
私はこれが幸せ。
彼はほんとに手のかかる人で、靴下は脱ぎっぱなしだし、ワンルームなのに玄関の照明は点けたら点けっぱなし。あ、トイレも。
仕方がないから後を追うように私が消してあげる。
料理が好きなくせに調理器具は使った端からシンクに投げ込んですぐに埋まってしまう。
仕方がないから調理の隙を見て私が洗ってあげる。
買い物に出かける時もすぐに目移りするから目的の物をいつも買いそびれる。
仕方がないから私が戻って買いに行ってあげる。
私はこれが幸せ。
私がいないと彼は生きていけないと思うと嬉しくて涙が込み上げてくる。
週に何度か、夜になると彼は泣きじゃくる癖がある。
「もう40も近いのに、オレなんか生きてたって仕方ないんだ」
分かってるくせに。
何度も何度も似たようなことで子どもみたいに泣く。
「分かってるでしょ? だからもう決めたっていいじゃない」
「無責任なこと言うな! 何も分かってないくせに!」
「たぶん私がこの世で一番理解してるよ。たぶんじゃないね。間違いなく、だね。だから……ね、泣かないで」
そうやって宥めているうちにすやすやと寝息を立て始める。男の人っていくつになってもこう。でもたまらなく愛おしい。
朝になって鏡の前で私たちは見つめ合う。
「おはよう。昨日もいっぱい泣いたね。今日もお仕事に行くの?」
「行くよ。だってそれが唯一の存在意義だし」
「大袈裟だってば。分かってるんでしょ。何も変わらないよ。何も変わらないの。空から急にお金や女の子は降ってこないの」
「でも、だって、……やっぱりオレには勇気がないんだ。それに君だって、僕がいなくなればいなくなるんだよ。この身体が死ぬっていうことは君の存在もなくなるんだ。君がどこまで僕を理解してると言っても、君が僕の別人格だという事実は事実のままなんだから」
「いいの。私はそれでも幸せだから。あなたがもう苦しまなくていいのなら私は幸せ。怖くてたまらないのも知っているよ。でも私はあなたを想うと怖くなんかないの」
鏡の前で私たちは最期まで見つめ合う。
彼は私がいないと何も出来なくてかわいい。
仕方がないから人生の幕は私が下ろしてあげる。
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あなたからの
最後のプレゼント。
クリスマスの日
別れ話をされると同時に
「せめてこれ。
お餞別?的な」と
手渡された。
おとぎ話の葛籠や
玉手箱的な?
眉をひそめて受け取ったけど。
家に帰って
箱ごと潰して
捨ててあげた。
「玉手箱を壊すとき」より
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こっちの仕事を辞めて
あなたのところへ
地域おこし協力隊として
行けることになった。
空が高く見える。
夢へと向かう
羽一枚で
飛び立てるわ。
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「心が見える場所
お気軽にどうぞ」
そんな看板が目に入り
小道にそれて入ってみた
小さな画廊。
何気ない日常の絵が並ぶ中で
最後の一枚は
大きなフレーム。
風が吹いて
目を閉じて
次に目を開けると
真っ黒の絵の中に
座る女の子。
後ろから
オーナーの声がして
「その絵は不思議で
見た人の心を映すとか。
最近
かなり塞ぎ込んでます?」
「入場者特典です」
と渡された
白紙のポートレート。
ふわっと風が吹くと
そこには
笑ってる私。
「捨てたもんじゃない」
涙がにじむと
画廊が消えた。
「画廊ミラージュ」より
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あなたから来るLINEの
「あのさ」は
話したいのサインだった。
別れ話をしたとき
「冬になると」なんて
夏の終わりに
全く関係ない話をされて。
「話をそらさないで」って
ピシッと言ってしまったけど
あれは
「別れたくない」だったんだね。
難解すぎないか
その略語。
ほんと
あなたはもう…。
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押入れの中から玉手箱が出てきた。
いや、正確には小学校の頃に作った玉手箱を模した木彫りの箱だった。
パキッ!
開こうとすると蝶番が外れて、蓋がずれる。
……経年劣化なのかもしれないが、少し寂しい気持ちになった。
蓋をそっと床に置く。
中から出てきたのは封印された手紙だった。
「懐かしいな」
何とも言えない苦々しい気持ちとノスタルジアが胸の中に広がっていく。
実を言うと、この箱が壊れたのはこれで二回目だ。
一度目はこの箱を作った時、小学生の五年生の時の授業だった。
誰も作ってないようなアイディアで、とびっきり素敵な箱を作ろう! と私は意気込んでいた。
竜宮城の乙姫様からもらった玉手箱をイメージして、周りに貝殻やヒトデ、魚の絵を書いて深い海の色合いを塗り重ねてゆく。
私は最高の玉手箱を作ったつもりだった。
だけど全員の作品ができて並べた時に、私と全く同じアイディアで、それも私よりほんの少し出来の良い作品を出した子がいた。
当時の私の親友だった。
私は教室の窓から自分の玉手箱を放り投げた。
そしてワアワアと泣きながら廊下を走り去って図工室から五年生の教室の隅まで行って泣いた。
先生が走ってやってきて……
その後どうなったのか自分でもよく覚えていないのだが、放課後に私は自分が作った玉手箱をもう一度作り直した。
先生が付き添ってくれたのを覚えている。
私はその親友のことが大好きだったけど、実を言うとほんの少し嫌いだった。
彼女はいつも私よりほんの少しだけ良くできるのだ。
勉強もスポーツも図工も、それから人間関係だって。
……好きなのに嫌い。
今思い出してもあのモヤモヤとした気持ちは、自分で処理できなかった。
中学に入って、私は好きな人ができた。
彼に渡せないラブレターを毎日書いて、それからどうしようかと考えあぐねいて、この玉手箱の中にそっとしまっていたのだ。
半年ほどしてその私の好きな人と親友が付き合い始めたのを知った。
私はこの玉手箱を閉じて、押入れの奥に隠した。
そして今までそのことをすっかり忘れていたのだ。
手紙を開くと、当時の苦々しい想いが蘇ってくる。
ホームセンターで蝶番を買ってくる。
貝殻の模様のちょっとおしゃれな蝶番だ。
壊れた玉手箱を修理する。
やがて修理が終わった箱にそっと手紙を入れた。
正直に言うと、中学の時に好きだった男の子の名前をもう思い出せない。なぜそんなに好きだったかも思い出せないのだ。
親友とその子はどうなったのかも全く覚えていない。
別々の高校に行ったのは知っているし、彼女が結婚したのはその男の子ではないのでおそらく彼らの交際は自然消滅したのだろう。
彼女とは正月の年賀状でやり取りするぐらいで、もうずっと会っていない。元気なのは確かなようだ。
ほろ苦い思いをまた玉手箱の中にしまい込むと、私はそれを再び 押し入れの中に直した。
当時の苦々しい思い出はなく、ほんの少しノスタルジックな甘さが加わった思い出になって。
また玉手箱は押入れの中で眠るのだった。
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「16歳になったんだって?」
彼はごく自然にワイシャツの袖を捲った。露わになった太い腕に目を奪われる。浮き出た血管が気持ち悪くて愛おしい。
「ああ、誕生日を忘れてたわけじゃないよ。……いや、覚えていたわけでもないんだが。今年も義姉さんが写真を送ってきたから」
チョコレートのケーキとハンバーグ、美味しそうだったね。プレゼントはコスメセット? 大人びちゃってまあ。この前やっと10歳になったと思ってたのに、時の流れは早いな。
そんなことを言いながら、母が淹れた珈琲に息を吹きかける。独特の苦い香りが漂ってきた。つい顔を顰めると、ふっと鼻で笑われた。
この人は珈琲を飲めるのが大人の証だと思っている。口に出して言われたわけではないが、絶対にそうだ。やけに拘るところがあるし、彼自身、昔は珈琲なんて飲めなかったのに、社会人になった途端積極的に飲むようになったことを私は覚えている。
「16歳と言えば……」
カップを机に置き、こちらを見つめる。私も視線を合わせて次の言葉を待った。先に目を逸らしたのは彼だった。口元を押さえて、何処か遠いところを見つめる。……よくあることだ。彼だけではなく、母も時折そういうことをする。こういうとき、二人はきっと同じところを見ている。私には見えない、此処ではない、遠い何処か。
「俺が16の時だったんだ。君が産まれたのは」
一見、感情の無い顔だった。ただ、私はもう彼とは16年もの付き合いになるのだから、気づくことができた。悲しみと、怒りと、やるせなさと……複雑な感情が混ざり合っている表情。
「俺は、あの日……」
「16歳になったんですよ、私」
彼が語り出す前に口を挟む。私は彼が16歳だった時の話なんて興味がない。私が産まれた日の話も、私たち家族に纏わる話も、一切聞く気がない。彼の口から聞くのは、もっとカジュアルな話が良い。カジュアルでポジティブで、ハッピーな話。それ以外はお断りだ。
「惜しいですよね。今年ほど自分の誕生日が憎くなった年はありません。あと一日早ければ押しかけたのに」
「どこに……?」
心底、訳が分からないという顔だ。面白い。
「どうして今年だったんでしょうね。国が憎いです。何も成人年齢とともに引き上げなくても良いのに。いえ、もちろん問題があったことは理解できますが」
結婚だけが女性の幸せではない時代だ。男女で同じ歳に揃えるのも、成人年齢と同じにするのも理解はできる。理解はできるが、不満は拭えない。仕方のないことだと分かってはいるが。
「成人年齢って……18歳になったんだっけ? それがどうかした?」
「分かりませんか? 分かってますよね。そろそろ認めてもらえます?」
まっすぐに彼を見つめると、彼は視線を合わせた。しばし見つめ合うも、またもや彼は先に目を逸らした。どこか遠くを見つめて複雑な表情をする。ただ、先程とは違い、しっかりと今を見つめているのが分かる。
「君はまだ子どもだな」
「そう言って突き放すのが大人ですか? 大人ならずっしり構えて受け入れてください」
「無理だろ……。俺は君の成長を見守るのが役目なんだ」
そんなこと誰からも頼まれていないのに、彼はそう思い込んでいる。だからこの16年、欠かさず私たちに会いに来てくれているのだろう。
「なら、責任を持って最期まで見守ってくださいよ」
「重い。大体、最期を見守るのは君の方だろ」
「……プロポーズですか?」
「違う。年齢的な話だ」
このようにして今日も、軽くあしらわれてしまった。残念ではあるが、今はこのやり取りができるだけで十分だ。カジュアルでポジティブで、ハッピーな話。……まだハッピーではないが。きっといつかハッピーにしてみせる。
私が16歳になった時、彼が16歳だった時の話をされることは予想していた。けれどもそんな話は聞きたくない。本当に、聞きたくはないのだ。
今16歳なのは私で、16歳の話をできるのは私だけだ。32歳のおじさんの過去話なんて退屈でしかない。生憎私は、彼の話なら何でも聞きたい、なんてことを思えるような乙女ではないのだ。聞きたいことだけ聞けたら良いし、話したいことだけ話せたら良い。
死んでしまった人の話より、私と彼の未来の話をした方が生産的だろう?
それが『16歳の話』だ。
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水彩画を描いていたら
途中で青い絵の具が足りなかった
涙が青かった事を思い出し それで補おう
そう考えたけど
一向に涙を流す理由が見つからなかった
流れずとも 青が足りないままでは水彩画は完成しない
それは困る
絵描きは 涙を流せる人を探す事にする
ねぇ 泣いてくれないかい?
そう訊ねても 首を縦に振ってくれる人はいなくて
水彩画の筆が進む気配は まるでない
絵の具を買いに走った方が早いようにも思えるが
その絵は 涙を足さないと仕上がらないように感じた
他人のために泣いてくれるほど 誰しも優しくないのか
それとも簡単に涙を流すほど みなヤワじゃないのか
結局 誰も泣いてはくれない
絵は未完成のまんま
悔しかった
続きを描きたかった 完成させたかった
絵の事を考えると 辛くて… 悲しくて…
涙が頬をかすめる
あんなに必死になって 探した答え
それは 絵描き自身の中に存在した
自分の絵を完成出来ずに流した涙
その涙で いよいよ水彩画は完成に向かう
絵に涙を足してみる
するとどうだろう
待ち焦がれた青が 絵に加わるどころか
絵から色が どんどんと落ちていくではないか
涙に色彩は存在せず 描いていたのは水彩画
苦労の末に辿り着いた結果として
涙で青を補う事は 蛇足であると知る
絵は青が足りないままだけれど
絵描きは構わず 涙を青として描き続ける
絵の具はどんどん落ちてしまうが
それでもいいと思えた
いよいよ 水彩画は出来上がる
キャンバスは 最後は真っ白になっていて
涙の本当の色を知る事になる
何も描かれてない絵が残る
絵描きはもう そこに筆を足す気はなかった
絵描きが描き足す手を止めたのなら
きっとその絵は そこが完成なのだろう
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俺は車間距離をたくさんあけて運転するスマートな男だ
だから隣の車線からたくさん割り込まれる
そうして心優しい俺は、また車間距離をあける
でも考えたんだが
車間距離をあけるってことは、本来いるべき位置より下がってるってこと
割り込みされて下がることを繰り返していけば、目的地に永遠にたどり着かない
それどころか、逆走になって目的地から遠ざかるんじゃないのか?
ははぁーん
頭の良い俺様はひらめいた
明日からは目的地とは逆方向を目指して走ろう!
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