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979文字 約2分で読了

黒い羽

私は、一通り話し終えると、グラスの水滴を指先で拭い、茶色と白のグラデーションができかかったミルクティーをストローでかき混ぜ一口飲んだ。 ふうっとこれ見よがしに大きく息を吐く。カナが言った。 「さっきから、彼のこと好き好き言っているの、ずっと聞いているけどさ、なぎと付き合うメリットって何かある?」 えっ…意外な言葉に一瞬、眉を上げカナを上目遣いで見上げた。 「メリット?」 「そう、メリット」 答えられない。 「彼だってさ、ずっと独身でいたいわけじゃないじゃん。なぎと付き合ってたって、未来はないんだよ。ただの時間泥棒よ」 「泥棒ってそんな言い方、酷くない?」 訴えても、カナは表情一つ変えずに首を横に振るだけ。 「なぎは彼に何を提供できるの?気持ちいいセックスだけじゃない? でもさ、セックスなら風俗行けばいいよね。若くて可愛い子とできるんだし」 それを言われたら、私は何も言い返せない。意味も無くミルクティーをストローでかき混ぜるしかできない。だけど、背中の奥がむずむずする。 時間泥棒って昔読んだ本、何だっけ?時間泥棒?そのまんまだな。確か、モモだったかな。時間を大切にしなきゃと思い込ませて、実は本当に大切な時間を奪っちゃうお話し。 彼だって、私を相手にしてる時間で、独身の女性と知り合う時間があるかもしれない。彼と付き合うのは、彼から幸せを奪っているに等しい。 モモに限らず、こうなっちゃいけませんよと教訓めいたお話しをたくさん読んで来たのに、私は、こうなっちゃいけませんよを体現している。でも、ちゃんと生きられる人などいるのだろうか。いたとしたら、このクソみたいな世界に生れ落ちるはずない。この世界ではなく、もっと苦しみのない場所に生まれている気がする。つまり、この世界で、自分はあの人より誠実に生きているなど自負すること自体が高慢で、どんぐりの背比べ、同じ穴の狢なのだ。 「なぎは自分のことを、男を惑わす小悪魔だって思ってるんでしょ」 そう言うカナだって、一回り年下の男を飼っているくせに。 まあ、どっちもどっちだ。 「ねえ、カナ。どうせなら小悪魔じゃなくて、大悪魔になってみない?」 私はわざと音を立ててミクルティーをかき混ぜる。カナは、にやっと笑って目を背ける。あれっ?背中の辺りがむずむずする。ガラス越しに自分の背中を見る。肩甲骨らへんからカラスのような黒い羽が生えてきそうだ。
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作者:なぎ
2026/09/17 • 👁 82回 • 💬 0件
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542文字 約2分で読了

幸福の雨粒

八月の夕立を数える君が好きだ。  カフェで雨音を聞きながら、お気に入りのチョコレートパフェを食べる君の頬が好きだ。  サラダをつつく僕の写真をふいに撮って、「また大切なものが増えた」と笑う君が好きだ。  写真の中の僕が変な顔をしていても満足そうにしてくれる君が好きだ。  夕立の終わり、ラムネとみかんジュースが混ざった空を見上げて眩しそうにする君の横顔が綺麗で、僕は一つ瞬きをした。  あと何回、僕は君を好きだと思えるのだろう。僕は何度、君に恋が出来るのだろう。  君が夕立を数えるように、僕は君と過ごせる日々を数えている。  そんな僕の手を取り、何も知らない君は濡れたアスファルトを蹴って楽しそうに走り出す。まばらな足音すら、今は愛おしく思えた。君と一緒に走る世界は、いつも鮮やかで尊い。  もしこの先僕がいなくなっても、君には幸福の雨が降り注いでいてくれと願う。その雨音を数えて、楽しそうに鼻歌でも歌っていて欲しい。  僕は知らぬ間に君の白い頬へ落ちる雨粒の一つになって、君の元へ帰る。きっと何度も、君の頬を伝う雨粒になる。そしていつか君に見つかって、また弾けるような恋をするだろう。  淡い幸福の一粒となる日を夢見て、僕は夏空の下を君と駆けて行く。  雨上がりの世界に混じる君の甘い匂いが、祈りに満ちた僕の胸を詰まらせた。
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作者:ころもやぎ
2026/09/17 • 👁 132回 • 💬 0件
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1475文字 約3分で読了

Rose letter

あなたに手紙を書くなんて初めてですね。連絡も一方通行になって3年。 だからかな、私が手紙を書いているのは。 実は、今、病院のベッドの上でこの手紙を書いています。 ある日突然、頭の中に靄がかかったみたいに何も考えられなくなって、起き上がれなくなって、いっそのこと死んじゃった方がいいのかなって考える日が続いて、家族に病院に連れて行かれて、少しゆっくりやすみましょうって診断が下されて、気づいたらここにいました。 入院することになって、家族はほっとしているみたいです。 そりゃ、一日中横になっている私を見ていたら、この先どうなるんだろうって不安にもなりますね。 まだ、三日目ですけど、薬のせいかすごく眠たいんです。書き始めて、5回もあくびが出ました。何だかナマケモノみたいですね。 病院の先生は「人に言いたくないことでも、心にため込まないで話してみましょう」と仰るんです。でも、私は話したくない。なぜ医師だからと、見ず知らずの人に心の内を話さなくてはならないのでしょう。話さないのは、話さないだけの理由があるんです。話さないことで、病気が悪化して、もし死んでしまっても、それでいいと思うんです。 この3年間の間に、私の身にも色んなことが起こりました。全てあなたの知らないところだから、私がこうなったのは、あなたが原因ではありません。たぶん、私が今まで抱えこんできたことが、爆発しちゃったのだと思うんです。まあ、自業自得なんでしょうね。 また、あくびが出ました。 目を閉じると、瞼の内側に満天の星空が広がるんです。ほら、あなたとふたりで見上げた夜空。道の真ん中にゴロンて横になって、見上げたでしょう?天の川は、英語でミルキーウェイっていうけれど、ほんとにそうなんだって思った。そのとき、思い出したことがあったのです。 震災が起こった日の朝方。寝ていたら、妙に胸がざわざわして、目を覚ましたの。普段なら、気のせいってまた寝るのに、その日はなぜか廊下に出てカーテンを開けた。そうしたら、あなたと見た天の川よりも、もっともっと真っ白な星空があったの。星と星の隙間がないくらいに、空全体が天の川みたいだった。星空が今にも落っこちてきそうで、キレイっていうより怖かった。そうしたら、その日の午後、地震が起こったでしょう?だから、あなたと星をみていても、このあと何か良くないことが起こるんじゃないかって不安だった。 あなたは、「流れ星を3回見つけたら、帰ろう」って言った。私は帰りたくなくて、わざと見つけられない振りをしたんです。 左手を伸ばして、あなたの腕に触れたかった。あなたが好きだって、言いたかった。でも、どちらもできなかった。それができていたら、もう少し違ったのかもしれません。 私は、子どもの頃から、自分の気持ちを言葉にして伝えてこなかったんです。いつも人の陰に隠れて、誰かが私の気持ちを代弁してくれるのを待っていた。それで何とか上手く行っていたから、このままでいいんだって。自分の意見を言って、波風を立てるくらいなら、大人しくひっそり暮らしていく。そうしたら、余計なトラブルに巻き込まれずに穏やかに人生が終わるだろうって。ほんと、どうしようもないダメ人間ですね。 だから言ったでしょう?あなたに罪はないって。 この手紙があなたの元に届くまで、3.4日はかかるでしょう。今日は9月14日だから、18日の朝、公衆電話からあなたに電話をかけようと思います。 病室に携帯は持ち込めないから。何回もかけた番号だから、メモがなくてもかけられるのよ。すごいでしょう? だから、お願い。電話に出てほしいの。
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作者:なぎ
2026/09/15 • 👁 102回 • 💬 0件