雨風が強い晩でした。
暖炉の火のそばで温まっているとふと扉を叩く音。
コンコン!
誰かが訪ねてきます。
扉を開けると小さな男の子が立っているではありませんか、土でドロドロの足。
「どうしたの坊や?」
「あのねボク空の上から落ちちゃったの」
しょぼんとしている男の子の頭には小さな角。
迷子になった雷の坊やです。
外では雷が響きます。
「坊や!坊や!どこに行った!」
雷のお父さんが探しているのでしょう、外は嵐。
川の水はあっという間に増えて行きます。
「お父さん探してるね」
「どうしよう。ボクがここにいるってどうしたらわかるかな」
「うーん」
私はしばらく考えました。
「雷の音に負けないように大きな声でボクはここだよって言ったら聞こえるかな」
男の子はそう言いました。
「そうだね聞こえるかもしれないね!」
私はもともとミュージシャンでした。
家には楽器や機材、マイクだってあります。
坊やを連れて楽器の部屋へ。
「わーすごい!」
ドラムのセットを見て男の子は大興奮!
「お父さんのみたい!」
「お父さんもこんな感じのドラムを叩いているの?」
「うん、お父さんは雷さまだからすごくタイコが上手いんだ!」
「じゃあこれを叩いてマイクで空に向かって叫んだら お父さんに届くんじゃないかな」
「叩いていいの⁉」
男の子は大喜びでドラムの前に座りました。
夜の演奏会の始まりです。
窓のそばにスピーカー、音を大きくして空にまで届け。
男の子は太鼓を叩きマイクで大きな声で歌い、私はシンセサイザーを弾きました。
大音量が響きます。
その音を聞いた雷さま。
「息子の声がするぞ!上手に叩いているじゃないか!」
慌てて空から降りてきました。
「坊や!」
「あのねお父さん、お姉ちゃんと太鼓を叩いてお父さんに聞こえるように一緒に演奏したんだ」
そう嬉しそうに話す坊や。
「お世話になりました」
そう言って深々と頭を下げる雷さま。
後には晴れ渡った朝の空と虹。
こうして2人は帰って行ったわけですけど、雨の日時々空を見上げては、坊やと雷さまが一緒に演奏しているのかもしれないなと思って私はにっこり微笑みました。
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ルベット家は、海沿いの景勝地に別荘を建てた。
今日は、その別荘が完成したので、家族で内見に来ている。
崖の上に造られた街、その郊外。さらに崖を上ったところに建てられたのは、海風が色を為したような薄い青の壁の邸だ。屋根は濃紺。本邸と比べるとこぢんまりとした庭には、背の低い樹木がいくつか植えられていて、その中でひっそりと黄色の夏薔薇が咲いている。
馬車から降りて別荘の正面を見たルベット家の一人娘のキーラお嬢様は、大きな目をまんまるに見開いて邸を見上げていた。可愛らしい庭も見事だと思うが、キーラは特に、ドールハウスのような様相の邸が気に入ったようだ。アリエッタが声を掛けるまで、ずっと青色の建物を見上げていた。
「素敵……。本邸もこうだったら良いのに」
アリエッタは、キーラの家――使用人のアリエッタにとっては、職場――を脳裏に思い浮かべた。歴史ある風格が漂う本邸は、灰色の重い石を積み上げた重厚な造りだった。奥様の手によって庭も内装も華やかにされて重苦しさはないけれど、可愛らしさには欠けている。まだまだ子どもと呼ばれる年頃のキーラが気に入るのも道理というものだろう。
邸の中もまた、整然として爽やかな印象だった。壁紙は外と同じような薄い青。床は白。浅い海の底のよう。キーラはいっそう目を輝かせて、両親の許可を得る前に、邸の奥へ奥へと進んでいった。まだ何も置かれていない室内だが、間取りにおおよその見当はつく。入口から一番近い部屋は、応接室。一面に大きな窓が張られた見晴らしの良い大きな部屋は、ダイニングルーム。その隣には、白いタイルで覆われたキッチン。ダイニングルームに併設されている硝子張りの部屋はサロン。廊下を出て奥の方にあるのは、旦那様ご希望の遊戯室だろう。
「すごい……すごい!」
部屋を一つ回るごとに、ここでの生活に思いを馳せたのか、キーラは胸の前で手を組んで夢見るような表情を見せた。頬はすっかり紅潮している。
使用人部屋も見て回る。最低限の家具しか置けない広さでキーラは不満そうだったが、他と同じく明るい雰囲気で狭苦しさを感じさせない造りが、アリエッタは気に入った。
「ねえアリエッタ、私たちこれから夏が来るたびに、ここに来るのよ!」
一階部分を一周回って解放的なエントランスに戻ってきたキーラは、まるでアリエッタに自慢するように手を広げてみせる。アリエッタを見上げる目には星が宿っているかのようにきらきらと輝いていた。
「ええ、そうですね。次の夏が楽しみです」
ただ、アリエッタとしては、難点が一つあった。床が白い故に汚れが目立ち、掃除が大変そうだということ。いや、床だけではない。アリエッタはまだ搬入されていない家具を頭に思い浮かべる。この壁紙に合わせるなら、什器も間違いなく白だろう。埃は目立ちにくいかもしれないが、シミの類には気をつけなければならない。ルベット家のメイドは、オールワーク。お嬢様のお世話係のアリエッタも、掃除は他人事ではない。
「さあ、二階も行きましょう!」
巻き貝のような螺旋階段を前にしたキーラは、より一層張り切っている。なにせ、奥様から『好きな部屋を自室にして良い』と言われているので。
二階は、北側の中心にある階段からまっすぐ東西に廊下が伸びて、南に向かった部屋が四つ。一番西の部屋は海と街が見下ろせて、一番東の部屋は街の代わりに斜面に広がるみかん畑が望めた。間の二つが望めるのは海だけだったが、その分部屋は広く、バルコニーが付いている。どの部屋も眺めは最高。
悩みに悩んだキーラが選んだのは、海だけを望める中央東の部屋だった。見渡す限り海、というのが気に入ったらしい。東側なのは、みかん畑の方面の部屋が両親の部屋になるだろうと見越してのこと。
「やっぱり、お客様には、眺めのいい部屋を提供しなくちゃね」
客間も用意することを聞いていたキーラは、女主人を気取っているらしい。自分が一番気に入った景色を、お客様に譲ったつもりなのだ。背伸びした台詞がおかしく、アリエッタは密かに笑う。
「それでね、ここにはねぇ――」
自室予定の部屋を駆け回り、キーラは夢を語った。ベッドはここに。お姫様のように天蓋をつけて、シーツの色はマリンブルーで。
ドレッサーはこちらに。チェストはあちらに。その上には、お気に入りの人形たちを置いて。
部屋の中央には小さくて丸いテーブルを。バルコニーにもテーブルを置いて、潮風を浴びながら毎日お茶するの。
いつの間にかキーラの両親も来て、にこにこしながら娘の計画を聴いていた。お嬢様は部屋の真ん中で幸せそうに笑っている。
まだ空っぽの家の中は、キーラが持ち込んだ夢に溢れていた。
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秋の風の精はふわりふわりと飛んで行きます。
みのりの季節がやってきて、あちらこちらでよろこびの声が聞こえるのです。
祭りのおはやしや、みんなの笑う声。
秋の風は運んで行きます。
それはやさしい風のうたになって。
けれども秋の風の精が聞いたのは、みんなのうれしい声ばかりではありません。
一人の悲しみや、泣いている声。
悲しいうたたち。
秋の風の精は悲しんでいる人々のところに、幸せのうたをとどけます。
悲しい思いをしている人たちがこれ以上悲しまないように。
泣いている人たちが泣きやんでくれるように。
秋の風の精自身のやさしいうたを。
金色や赤く色づいた葉っぱを風といっしょにはこびながら。
キンモクセイや秋の花の香りをいっしょに連れて。
澄み切った青い空には、いわし雲が浮かびます。
コスモスの花をゆらして、トンボたちとたわむれます。
おだやかな一日がすぎてゆくのでした。
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アリエッタには三分以内にやらなければならないことがあった。この邸のお嬢様キーラのお茶請けとなる菓子を選ぶことだ。
テラスでお茶が飲みたい、と言い出したキーラのために、アリエッタは紅茶を用意することとなった。キッチンで、よく温めたポットに茶葉を入れ、ゆっくりとお湯を注ぐ。あとは砂時計をひっくり返して待つだけ。わがままお嬢様にしては手心の加えられた言いつけに、余裕余裕、と鼻歌まじりに落ちる砂を見つめていると。
「お茶請けもお願いねー」
テラスから可愛い声が飛び込み、アリエッタはたちまち冷や汗を掻くこととなった。
お茶請け。すなわち、お菓子。
そりゃそうだ、と自分で自分に突っ込む。甘いものが大好きな大好きなお嬢様が、お茶だけで満足するはずがない。
手心が加わっている、だなんて。自分ののんきさを呪いつつ、頭を激しく回転させ、視線だけでキッチンを見渡した。ここはお金持ちの邸宅。お菓子のストックなら、いっぱいある。
だが問題は、お嬢様の要望で。
「私の気分に合ったものでお願いねー」
などと、間延びした声でとんでもないことを言うものだから、困ったものだ。
キーラの気分? 知るはずがない。むしろ「これだ」と指定してくれれば、悩まずに済んだものを。
しかし、アリエッタはこの邸の使用人。お嬢様に反発し逆らうことなど、許されるはずもない。
速やかに、お菓子を用意しなければならない。それも、お茶が渋くなるその前に。
アリエッタはキッチンの棚へと駆け寄った。そこには、いろいろなお菓子がある。金平糖、スミレの砂糖漬け、フルーツ入りのパウンドケーキ。ショコラに、クッキー。スコーンに、マカロン。
さあ、どれがいいでしょう。
今の時間は、午後一時。お昼は早めに食べたとはいえ、二時間後にはまた〝お茶の時間〟がある。軽いものが良いだろう。というわけで、ケーキとスコーンはなし。
今日のおやつの予定は何だっけ、とアリエッタは思い出す。パンケーキ、だった気がする。蜂蜜をたっぷりかけるのだ、とキーラが意気込んでいるのを、午前中に見た。ならば、濃厚な甘さのショコラもなしか。
砂時計の砂は、さらさら落ちる。残りはあと半分。
今日の朝食は、クロワッサン。バターがきっちり練り込まれたやつ。キーラは三個も食べていたから、バター味には満足したはずだ。同じくバターを使ったクッキーは、外しても良いだろうか?
棚にあるピンクのマカロンは、フランボワーズのフレーバー。今日のお昼はサンドウィッチで、キーラは苺のジャムが挟まったものをデザート代わりに食べていた。ならば、果物にも満足しているだろうか? こちらも選択肢から外しておこう。
今淹れている紅茶は、薔薇の香りがするフレーバーティー。それなら同じ花のスミレはやめておこう。風味が相殺されてしまう。
そうすると残ったのは、金平糖。アリエッタは、色とりどりの星がいっぱい詰まった小瓶を掴み取り、踵を返す。砂時計の砂は、あと少し。テーブルに駆け寄って、ポットとカップ、それから小瓶をお盆に載せて、キーラの待つテラスへ向かった。
まだ幼さの残るお嬢様は、白いテーブルに肘をついて、足をぶらぶらさせて、ミモザの咲く庭を眺めていた。フリルたっぷりの黄色のドレスが、小さく揺れている。
キーラはアリエッタに気がつくと、姿勢を正して、催促した。アリエッタは素早くテーブルにカップを置くと、琥珀色の液体を注ぎ込む。芳醇な薔薇の香りが広がった。
それから、そっと小瓶を置く。
「金平糖?」
キーラは不思議そうに小首をかしげる。間違ったか、とアリエッタは顔を強張らせた。もしかして気分ではなかっただろうか。消去法で決めたのが悪かった?
だが、キーラはアリエッタの懸念を打ち消すように小瓶に手を伸ばし、蓋を開けた。瓶を傾けてカラカラと金平糖を掌に出し、一粒摘んで口の中に放り込む。硬さに少し苦労しながらも咀嚼して、飲み込み、紅茶を啜った。
「うん。……まあ、いいんじゃない?」
評価はまずまず、及第点、といったところか。ホッとしていいのか、がっかりしたほうがいいのか、アリエッタには判断がつかなかった。
だが、キーラのご機嫌は損ねなかったようで、お嬢様はポリポリと無心になって金平糖を食べている。
ひとまず安心していいか、とアリエッタは胸を撫で下ろした。
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田んぼのそばのあぜ道に小さなほこらが一つ、ありました。
5月のあるはれた日に カエルの子どもが田んぼから上がってきました。
やっとオタマジャクシからカエルになったのです。
カエルの子どもは、ほこらのそばで黒いモヤがかかった虫を見つけました。
パクリ!
もぐもぐ。
そのようすを見て、ほこらから声がします。
「たすかるのぉ。あれはわるい『あくりょう』だったのじゃ」
カエルの子どもは、ほこらの方を見ました。
ほこらにすんでいる神さまのこえでした。
「ときどき、虫のすがたにばけて『あくりょう』がやってくるのじゃ。『あくりょう』はわるいできごとをもってくる」
「そうなの?」
「そうじゃ。じゃから、『あくりょう』を食べてくれてありがとう」
神さまにおれいをいわれて、ちょっとうれしくなったカエルの子どもはケロケロとなきました。
そしてぴょーんと、とんではれた田んぼのあぜみちで歌を歌ったのでした。
今日も 田んぼのあぜ道ではカエルたちの歌がひびきます。
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1.まよい森とコトリ
むかしむかし、あるところに、コトリという小さな女の子がいました。
コトリは、ふわふわの髪をしていて、にっこり笑うと、まわりの人もつられて笑ってしまうような、やさしい心の持ち主でした。
ある日、コトリはパパとママといっしょに、新しい町へ引っ越してきました。
新しい家は少し古い壁の家で、そのうしろには、大きな森が広がっていました。
「この森は“まよい森”っていうのよ」
町の人たちは、こわばった顔で教えてくれました。
「ふしぎな声が聞こえるし、中に入ったら、もう出られないんだって。だから、近づいちゃいけません」
大人たちは、みんな、まよい森をこわがっていました。
けれど、コトリの目には、その森が、どこかさみしそうに見えたのです。
ざわざわ揺れる木の枝も、かげる夕日もうす暗い光も、なにかをうったえているように思えました。
その晩のこと。
コトリがふかふかのおふとんにくるまって、すやすや眠ろうとしたとき。
「……さみしいよう……」
どこからか、小さな声が聞こえてきました。
風の音かな?
夢の中の声かな?
それとも……ほんとうの声?
次の夜も、そのまた次の夜も、声はかすかにひびいてきました。
コトリは、どうしても気になって、とうとうひとりでこっそり、まよい森へ行ってみることにしました。
森の中は、ひんやりと冷たく、しんと静かでした。
木の枝がざわざわと揺れて、まるで「おいで」と言っているみたい。
コトリは、ふかふかの苔におおわれた道を、ちいさな足で、ぺたん、ぺたんと歩いていきました。
すると、とても古い大きな木の前に、たどりつきました。
そのとき、
「……見つけてくれたの?」
すぐそばで、かすかな声がしました。
コトリがふりかえると、そこにいたのは、すきとおった、まっ白な小さなおばけ。
おばけの子は、しょんぼりとした顔で、コトリを見あげました。
「さみしかったの。みんな、わすれちゃったの。わたしのことも、森のことも……」
そう言って、おばけの子は、コトリの手をそっとにぎりました。
その手は、ひやっと冷たいのに、ふしぎとやさしさがいっぱいでした。
「……いっしょに、あそんでくれる?」
コトリは、こくんとうなずきました。
ふたりは、森の中でかくれんぼをしました。
コトリが木のうしろにかくれると、おばけの子はふわりふわりとさがしにきます。
葉っぱをつかってままごともしました。小さなおさらにのせた葉っぱのお料理を、ふたりで「いただきます」と言って、わらいあいました。
あそんでいるうちに、暗かった森は、だんだんとやさしい緑の光につつまれていきました。
ざわざわしていた木も、どこかうれしそうに見えました。
ふたりは、なんどもなんども、にっこり笑いました。
やがて、外が明るくなりはじめました。
大人が目をさますまえに、コトリは家に帰らなくてはいけません。
森の出口まで来ると、おばけの子は、にっこりして言いました。
「ありがとう。あなたが、わたしの声をきいてくれて、うれしかった」
その姿は、やわらかい光になって、森の奥へと消えていきました。
コトリは、そっと手をふりました。
その夜から、まよい森の「さみしいよう」という声は、もう聞こえなくなりました。
でも、コトリにはわかっていました。
森は、ちゃんと見ていてくれる。
そして、こたえてくれる声があれば、もう、さみしくなんてないのです。
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もう2週間も、まいにちお外は雨です。
きょうもあそびに、いけないなぁ
はるくんはしょぼんとしています。
いいやちょっとだけ、あそんじゃおう!
雨がこぶりりになったのをみて、はるくんはおにわに出ていきます。
大きな水たまりがいっぱい。
そこでスイスイとカエルがおよいでいます。
はるくんはうれしくなって、水たまりをのぞきこみました。
するとびっくりしたカエルは、
ぴょーんと
ジャンプ。
はるくんもびっくりしておもわず、とびはねました。
ドロがおようふくにつきます。
「どうしよう……」
はるくんはこまってしまって、ドロを見ました。
でもよく見ると、ドロのカタチが『くんしょう』みたいでとってもかっこいいのです。
ママにおようふくを、よごしちゃったことおこられちゃうかな。すぐに「おきがえしなさい」って言われちゃうかな。
でもこんなにかっこいいドロだったら、もうちょっとつけていたいなとはるくんはおもいました。
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「あーあ、きょうもピッカピカにはれてるな」
てるおくんは、ベランダのまどをあけて、おっきなためいきをつきました。
おそとは雲ひとつない青空です。おひさまが、まぶしそうにニコニコ笑っています。
ほんとうなら、お外でおにごっこをしてあそべる大好きな天気のはずでした。
でも、今のてるおくんには、このおひさまがちょっぴりうらめしく思えます。
なぜなら、3日まえにおじいちゃんから、最高にカッコいいプレゼントをもらったからです。
それは、カエルの目玉がついたみどり色のカッパと、おそろいのみどり色の長靴でした。
「雨、ふらないかなぁ」
てるおくんは、まいにち部屋のなかでカッパを着て、長靴をはいて、ぴょんぴょんとジャンプしていました。
お母さんには「お部屋で長靴をはくのはやめて!」とおこられてしまいます。
外であそぶのは楽しいけれど、いまのてるおくんは、どうしてもこのカッパと長靴を「本番」でつかいたくてたまらなかったのです。
4日目の午後、ついにそのときがやってきました。
お部屋でミニカーであそんでいると、急にまわりがうす暗くなりました。
おひさまが、大きな黒い雲にかくれたのです。
ポツ。……ポツポツポツ。
まどのガラスに、ちいさな水滴がぶつかる音がしました。
「あ、雨だ!」
てるおくんの心臓が、ドキン、と大きくはねあがりました。ずーっと待ちのぞんでいた、ほんものの雨です。
「おかあさん! 雨! カッパ! 長靴!」
てるおくんは、あわてておもちゃを放りだし、玄関へダッシュしました。うれしすぎて、手と足がいっしょにうごいてしまいそうです。
「おちついて、てるちゃん。あせらなくても雨は逃げないわよ」
お母さんの声なんて、耳にはいりません。てるおくんは、カッパをハンガーからひったくりました。
「うわっ、手が、手が通らない!」
あせればあせるほど、カッパのそでに腕がうまくはいりません。
みぎの穴にひだりの手をつっこんでしまい、カッパのなかでモゴモゴともがきます。やっと頭を出せたと思ったら、今度はボタンがうまくはまりません。
「ちがう、そこじゃない! ひとつズレた!」
ボタンをかけちがえて、カッパのすそがチグハグになってしまいました。
でも、もうがまんできません。てるおくんは、そのままのいきおいで長靴に足をツッコみました。
すぽん、すぽん!
あつめの靴下をはいていたので、すこしきつかったけれど、力まかせにおしこみました。
「いってきます!」
ガチャンと扉をあけて、てるおくんは飛びだしました。
お外は、しっとりとした雨の世界。
空からふってくる冷たいしずくが、カッパの頭のフードを「トントン」とやさしく叩きます。
「わあ……!」
はじめて着たカッパは、雨をちゃんとはじいて、てるおくんを守ってくれました。
あしもとを見ると、アスファルトのくぼみに、ちいさな水たまりができています。
てるおくんは、みどり色の長靴で、そのまんなかへ思いきりジャンプしました。
バシャーーーン!
あがった水しぶきが、おひさまの光とはちがう、キラキラとした宝石のように輝きました。
てるおくんは嬉しくて、カエルのように何度も何度も、水たまりをぴょんぴょんはねまわりました。
「ゲコ、ゲコ、ゲコ」
どこからともなく、カエルのなき声が聞こえてきました。
てるおくんはあたりを見わたしましたが、カエルのすがたは見えません。
「あれれ? カエルさん、どこにいるの?」
てるおくんが草むらを見ると、ぴょんぴょんとカエルが出てきました。
カエルも、てるおくんと同じ、雨を待っていたようです。
「あっ! いた! きみも雨が好きなの?」
てるおくんはカエルと同じようにぴょんぴょんとはねながら、となりで話しかけます。
「てるちゃん、かぜひくからもう帰っておいで」
お母さんがやさしく声をかけます。
「はぁい。じゃあまたね、カエルさん!
また、雨がふったらあそぼうね!」
てるおくんはカエルとやくそくをして、おうちに帰っていきました。
「てるちゃん、雨、楽しかった?」
「うんっ! カエルさんとつぎのあめの日も遊ぶんだ!」
「そう、よかったね」
お母さんはやさしく笑いながら、てるおくんの頭をタオルでふいてあげました。
「さあ、おやつにしましょう」
「やった! きょうのおやつはなんだろう?」
くんくん。
「あっ! クッキーだ!」
「せいかーい。手をあらっていっしょに食べよう」
「わーい!」
てるおくんは元気にへやに入っていきました。
つぎのあめの日は、いつだろう。
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じりりりり!
めざましどけいの おとに ぼくは めをさました。
「おはよう、せかいじゅうのみんな」
ぼくのかみのけは くるんと なっていて
ねぐせがついてる。
「おはよう、ママ」
ママのかみのけ パーマで くるん!
パジャマからきがえて あさごはん。
あさごはんのバナナも くるんとなっていて
ぼくのねぐせみたい。
くつをはいたら ランドセルをせおって
げんきよく がっこうだ。
かぜがはっぱを ふきとばす。
くるん!くるん!
はっぱのダンス あきのかぜ。
へいのうえから
「おはよう みゃー」
きんじょの ねこの たまのしっぽも くるん!
なかよしの みきちゃんが やってきて
ぼくのまえで くるん
「おはよう!みてみて このおようふく
きのう ママに かってもらっちゃったの」
「とってもすてきだね!」
みんな、くるん くるん。
せかいじゅうが みんな ねぐせみたい。
ぼくのかみのけと いっしょだね!
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「ねえ、お母さん。どうしてこのクレヨンは『あか』じゃなくて『あかねいろ』って書いてあるの?」
夕飯のあとのリビング。よく使い込まれた12色のクレヨンを広げて、6歳のハルが不思議そうに首を傾げました。
お母さんはお皿を拭いていた手を止め、ハルの隣に座って、その小さな手にあるクレヨンを覗き込みました。
「いいところに気がついたね、ハル。それはね、ただの赤じゃなくて、特別な草の根っこから生まれた色だからなんだよ」
「草の根っこ? クレヨンなのに?」
「そう。昔の人はね、今みたいにチューブやクレヨンがなかったから、まわりにある自然の中から色を見つけていたの。その『あかね』っていうのは、秋に小さな白い花を咲かせる草の名前。その根っこをぐつぐつ煮出すとね、夕焼けみたいな、とっても綺麗な赤が染まるんだって」
ハルは目を丸くして、自分の「あかねいろ」のクレヨンをじっと見つめました。
「じゃあ、このクレヨンの中には、秋の夕焼けが入ってるの?」
「ふふ、そうかもしれないね。色の名前っていうのはね、ひとつひとつが『どこから来たのか』を教えてくれる、魔法の住所みたいなものなんだよ」
お母さんはそう言って、本棚から一冊の大きな絵本を持ってきました。表紙には文字がなく、ただ、虹のようなグラデーションが美しく描かれているだけの本です。
お母さんがその表紙を開くと、そこには何も描かれていない、真っ白なページが広がっていました。
「あれ? お母さん、この本、中身が何も書いてないよ?」
「ううん、これはね、おしゃべりをしながら色を塗っていく『おはなし絵本』。ハルが色の名前を呼ぶと、その色の世界がここに現れるの。やってみる?」
「やる! ええとね、じゃあ……まずはこれ! この青いやつ。ぐんじょういろ!」
ハルが少し難しい漢字で書かれたクレヨンを指さした瞬間、真っ白だったページに、シュッと一筋の深い青が走りました。
それはみるみるうちに広がり、夜の始まりのような、吸い込まれそうな深い海のような色でページを埋め尽くしていきました。
「わあ……! すごい、本当に色が変わった!」
「きれいな青ね。ハル、『群青』の『群』は、たくさんの仲間が集まるっていう意味。そして『青』は、むかし海を越えてやってきた『青い石』のこと。つまり、青いお星さまみたいな石が、たーくさん集まってできた色なんだよ」
「お星さまの石? 宇宙から降ってきたの?」
「ううん、地球の深い深い底で見つかる『ラピスラズリ』っていう宝石。昔の絵描きさんはね、その宝石を金槌でトントン、トントンって細かく砕いて、お粉にして、それを絵の具にしていたの。だから、この色はとっても高価で、神様の絵を描くときにしか使えなかったんだって」
「宝石をくだいちゃうの!? もったいないけど……でも、だからこんなにキラキラして見えるんだね。海の底で、お魚たちが眠るときにつかうお布団みたい」
ハルは「群青色」のページを優しく撫でました。するとページの中から、小さなクジラがぷくぷくと泡を吹いて泳いでいくのが見えました。
「じゃあ、次はこれにする! ええとね……『あおみどり』? ううん、あさぎいろって読むの?」
「よく読めたね。浅葱色は、ネギの芽が出たばかりの、あの淡い緑がかった青のこと。少し薄い、すっきりした色でしょう?」
ハルが浅葱色のクレヨンで次のページをトントンと叩くと、今度は爽やかな風が部屋の中に吹き抜けたような気がしました。
ページには、どこまでも続く高い空と、新選組の羽織のような、凛とした青緑色が広がります。
「ネギの色なんだ! ネギって、食べるとからいけど、色はこんなに優しいんだね」
「そうね。でもね、江戸時代っていう、お侍さんがいた昔の日本では、この浅葱色は『ちょっとカッコ悪い色』って思われていた時期もあるのよ」
「えっ? どうして? こんなにかっこいいのに」
「田舎から江戸の町に出てきたばかりのお侍さんがね、みんなこの浅葱色の裏地がついた着物を着ていたの。だから都会の人たちから『ふふん、あいつはまだ田舎っぺだな』って笑われちゃったりしてね。でもね、時が流れて、新選組っていう強いお侍のグループが、この色を『僕たちのユニフォームだ!』って決めて大活躍したら、今度はみんなが『浅葱色、超かっこいい!』って憧れるようになったの」
「へえ! 色にも、人気が出たり出なかったりする歴史があるんだ。おもしろいなぁ。じゃあ、この浅葱色は、がんばり屋さんのお侍の色だね!」
ハルは嬉しそうに笑って、次の色を探しました。クレヨン箱の端っこにある、少し地味な茶色に目が留まります。
「ねえお母さん、この茶色はなんて読むの? 『きつねいろ』?」
「それはね、『狐色(きつねいろ)』とも言うけれど、ここには『琥珀色(こはくいろ)』って書いてあるわ」
「こはく? 」
「琥珀っていうのはね、大昔の木から出たねばねばした『樹液(じゅえき)』が、何万年、何千万年という長い時間をかけて、カチカチに固まって宝石になったものなの。ハル、恐竜の映画で、黄色い石の中に蚊が閉じ込められているのを見たことない?」
「あ! 見たことある! あの、ハチミツが固まったみたいな綺麗な石!」
「そう、それが琥珀。だから琥珀色は、ただの茶色じゃなくて、何千万年もの『時間』がぎゅっと閉じ込められた、黄金色の茶色なのよ」
ハルが琥珀色のクレヨンをページに滑らせると、温かい光がじわっと広がりました。
それはまるで、おじいちゃんの家の古い時計のようでもあり、夕暮れの森でお日様の光を浴びる大きな大樹のようでもありました。
「何千万年かぁ……。僕が生まれるよりも、お母さんが生まれるよりも、もっと前だね。この色を塗ると、なんだか心がぽかぽかして、眠くなってきちゃう」
「安心する色よね。大地や木の色だから、人間にとっては一番ホッとする色なのかもしれないわね」
お母さんはハルの頭を優しく撫でました。ハルはあくびをひとつ噛み殺しながら、最後に残った、一番お気に入りの鮮やかなピンク色を指さしました。
「最後はこれ! 『ときいろ』。鳥のトキさんの色?」
「大正解! 朱鷺色(ときいろ)は、日本に昔からいる朱鷺っていう鳥が、パタパタって羽を広げたときに、羽の裏側に見える、とっても美しいピンク色のこと。空を飛ぶ朱鷺の群れはね、まるで夕焼けの雲が飛んでいるみたいに綺麗だったんですって」
ハルが朱鷺色をページに塗ると、真っ白だった空間に、数え切れないほどの美しい鳥たちが舞い上がりました。
部屋の中が、優しい桜色と桃色のあいのこのような、特別な光で満たされます。
「わあ……きれい……。でもお母さん、朱鷺って、今はもうあんまり見られないんでしょう? 学校の先生が言ってたよ。絶滅しそうだったって」
「そうね、一度は日本の空からいなくなってしまいそうだったの。でもね、たくさんの人が『あの美しい色をもう一度空に戻したい』って一生懸命守って、今では少しずつ、また空を飛べるようになってきたのよ。だからこの色はね、人間の『あきらめない気持ち』と『自然へのごめんね』が詰まった、優しい守り神の色なの」
「守り神の色……」
ハルは、絵本の中で羽ばたく朱鷺たちの姿を、愛おしそうに見つめました。
気がつくと、絵本のすべてのページが、ハルの塗った色と言葉でいっぱいになっていました。群青色の海、浅葱色の空、琥珀色の大地、そしてそこを舞う朱鷺色の鳥たち。
「ハル、どうだった? 色の名前のひみつは」
「うん。ただの『赤』とか『青』とかじゃなくて、名前を聞くだけで、草の匂いがしたり、昔のお侍さんが見えたり、宝石が見えたりする。色の名前って、タイムマシンみたいだね」
「素敵な表現ね、ハル。明日、学校に行くときは、まわりにあるものの『なまえのひみつ』を探してみて。きっと、いつも見ている景色が、もっとカラフルに、もっとおもしろく見えるはずよ」
「うん! 僕、明日は通学路にある『ひまわり色』と『アスファルト色』のひみつを考えてみる!」
ハルはそう言って、クレヨンを丁寧に箱に戻し、パチンと蓋を閉めました。
お母さんに抱きついたハルの目には、もうすぐ訪れる夢の世界の、まだ誰も名前をつけていない素敵な色が、たくさん映っているようでした。
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