ホラー・怪談
なかよしの太陽さびしがりの月
3,159文字
約7分で読了
《中三の夏》
中学生活最後の夏休みが半分すぎた頃。幼稚園からの親友、|琉生《るい》からメッセージが届いた。
『知ってるか? |結愛《ゆあ》ちゃんが死んだって。病気で』
結愛ちゃんは小学校で、僕らと仲の良かった女子だ。転校してしまうまで、ずっと三人で遊んでいた。
『嘘だろ? 病気で? 一週間前に荷物が届いたばかりだよ』
『そっか。俺の方が先だったのか』
実は結愛ちゃんのことは、荷物が届くまで、すっかり忘れてしまっていた。肌が白くて、静かに笑う子で、どこか守ってやりたくなる子だった。
懐かしくなって、ちょうど琉生に連絡して、また三人で会いたいなと思っているところだった。
『詳しい話は、今度会ったときに』
『オッケー』
久し振りに思い出した友達。その突然の死を、実感できるはずもなかった。僕は棚に飾った、結愛から届いたお土産を手に取った。それは|高崎宮神社《たかさきのみやじんじゃ》の身代わり人形。体が小さく、手足と頭の大きいコミカルな見た目だが、自分の代わりに厄を受けてくれるお守りだ。
「会いたかったな」
さっきの口ぶりだと、琉生にも届いてたみたいだし、覚えていてくれたんだなと嬉しさと淋しさで複雑な気持ちになった。そして僕たちの、ある夏の日を思い出した。
《小四の夏》
「夏休み終わったら、席替えするからなー。ちゃんと机の中を綺麗にして帰れよー」
「わたし後ろの席がいいー」
「俺は、窓がわー」
「はいはい。席は、くじ引きで決めます。文句はなし」
「「ええー!」」
みんなの不満の声を、楽しそうに浴びて先生は教室を出ていった。僕は、どうしたら好きな子と隣の席になれるかを考えていた。
放課後いつものように|琉生《るい》と|結愛《ゆあ》ちゃん、ふたりと一緒に校門を出た。
「今日どうする? 俺、ゲームやりたい」
「じゃあ僕んちにする?」
「わたし図書館で借りたい本があるの」
「じゃあ図書館の前の公園に集合!」
結愛ちゃんの言葉を聞いた琉生が、すぐに行き先を決めた。嫌じゃないけど、先にやられたと思った。
「おかえりなさい。|陽斗《はると》くん、琉生くん、いつも結愛をありがとうね」
下校でも、遊んだあとでも、いつも僕と琉生は、結愛ちゃんを家までおくっていた。
「今日は公園で待ち合わせして、図書館に行きます」
玄関先で迎えてくれた結愛ちゃんのお母さんに、僕はすぐに報告した。僕が一緒だと安心だと思って欲しいからだ。
図書館は好きじゃなかった。教科書みたいなマンガばかりで、僕が好きな物なんてないし、おしゃべりもできない。|結愛《ゆあ》ちゃんが本を探している間、|琉生《るい》は恐竜図鑑を見ていて、僕はただ棚をながめて歩いていた。
『おまじないじてん』
カラフルで女子が好きそうな表紙の本があった。まわりを気にしながら手にとって、もくじのページを開いた。
「あった……」
『席がえで、好きな人の隣になる方法』
家に帰ると、今日覚えた、おまじないのことを考えた。
自分の小指の爪に太陽を書く。これは簡単だ。ただ相手の小指の爪に、月を書くのが難しい。それさえできればいい。さて、どうしよう。
日曜日。琉生に内緒で結愛ちゃんの家に行った。
「あら、いらっしゃい。|陽斗《はると》くん、ひとり? めずらしい」
「結愛ちゃんと、ふたりでやる宿題があって」
あわてて僕はウソをついた。そして家に入れてもらった。すごく悪いことをしているみたいで、少し気持ちが落ちこんだ。だけど結愛ちゃんの顔を見たら、すぐに治った。
「琉生くんは?」
「今日は勉強がしたくて。琉生がいると、遊んじゃうから」
「あー、たしかに」
僕はまたウソをついた。上手く笑えたかわからないけど、結愛ちゃんは笑ってくれた。
いつもは三人でいる部屋に、今日はふたりだけ。すごくノドがかわいて、もらったジュースを飲んでばかりで、目の前のドリルは白紙のままだ。
「|結愛《ゆあ》ちゃんは、ネイルとか、きょうみないの?」
「ネイル? どうして?」
「ほら。こっそり蛍光ペンで爪ぬってる子とかいるし」
「そうなの? 休みの日に、つけ爪してる子いるもんね」
急だったけど、上手く話を続けられた。
「ためしに絵をかいてあげるよ。これなら、すぐに消えるし」
返事も待たずに、僕は黄色の蛍光ペンのフタを取った。
「できるのー?」
静かに笑いながら、結愛ちゃんが手をさし出した。僕はドキドキが伝わらないように、結愛ちゃんの小指にふれて、その爪に月の絵をかいた。
「どう?」
「えーかわいい」
顔の横で小指を立てて笑う結愛ちゃんがかわいくて、僕はドリルに視線を落とした。
ほんとうは消えないようにマーカーペンでかきたかったけれど、それじゃ結愛ちゃんが怒られてしまう。僕ができることはやった。あとは祈るだけだ。
席替えが終わった。僕のとなりには結愛ちゃんがいた。そして、その向こうには|琉生《るい》がいた。三人並べたのは嬉しいけれど、ちょっと残念な気もした。でも、班は琉生とわかれることになった。
おまじないの力か、それともくじ運か。どっちでも僕は、結愛ちゃんに近づけた。これから、もっと仲良くなれると思った。だけど結愛ちゃんは転校して、町からいなくなってしまった。
《中三の夏》
「ねえ、|結愛《ゆあ》ちゃんて覚えてる?」
帰ってきたお母さんに聞いてみた。
「懐かしいわね。大きな病院に入院したわよね」
「え、そうなの?」
「そっか。難しい病気で、結愛ちゃんの希望で、子供たちには転校とだけ伝えたんだっけ」
結愛ちゃんは、ずっと病気だったんだ。知っていれば、お見舞いに行けたのに。もう二度と会えないなんて。ショックを受けていると、お母さんのスマホが鳴った。
話してる声が遠く聞こえた。そして、とつぜん肩をつかまれた。
「|陽斗《はると》、落ち着いて聞いてね。|琉生《るい》くんが交通事故にあってね」
急に胸が苦しくなって、イヤな気持ちが体に広がっていく気がした。
「亡くなったって」
「ウソでしょ……」
『今どこ?』
『今すぐ会えない?』
『これから家に行くよ』
慌てて琉生にメッセージを送っていたら、知らない番号から電話がかかってきた。とっさに琉生かもしれないと思って出てみると、女性の声が聞こえた。
「陽斗くん? 結愛の母です。覚えているかな?」
「え。あ、お久しぶりです」
「お母さまから番号は聞いていたの。荷物は届いたかしら。人形」
「と、届きました。結愛ちゃんからかと」
結愛ちゃんが送れるわけがないのだと、今さら気が付いた。
「そう、よかったー。|結愛《ゆあ》が、ずっと会いたがっていたのよ。ほら、小指の爪に絵をかいてくれたことがあったでしょ。あの時も、消えないようにって、両方の指にばんそうこうをはったりして」
結愛のお母さんの声は、とても嬉しそうだった。でも僕には、気になるところがあった。
「両方の指?」
「そうよー。|琉生《るい》くんと三日月のマークを書いてくれたでしょ」
そうかと思った。琉生もおまじないを使ったんだ。て、ことは。琉生も結愛ちゃんが好きだったんだ。
「仲良しのおまじないだったんでしょ? また仲良くしてあげてね。ふふ」
首すじに冷たい息がかかった気がした。今のは、どういう意味だろう。自然と身代わり人形を見ていた。小さな体。大きな頭。大きな手。大きな足。
つばを飲み込み、人形に手をのばす。足の裏には、神社の印がついた僕の名前がかかれた名札が付いている。握手するみたいに手を握る。指先を見つめる。小指の先。爪のあたり。
「ああ……」
見覚えのある絵だった。もしも結愛ちゃんの小指の爪に太陽がかかれていたら。そんなバカな想像をしてしまった。でも。だけど。だとしたら琉生は。
「そんな、おまじないじゃない!」
僕は人形を床にたたきつけると頭をかかえた。これは、まさか、あの人が……
僕はもうすぐ、その答えを知ることになる。
〈なかよしの太陽さびしがりの月〉
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