コメディ・日常
父の水笛
1,515文字
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傾きそうなアパートの一室で絵本を読んでいる私の耳に、祭囃子が聞こえた。
その音にウズウズとしながら、何度も玄関に行ってはため息を吐き、母に笑われる。
「今日は早く帰ってくるって言ったのに」
「もう少し待ってなさい。約束したんでしょ?」
「うん……」
父が約束を破ることはたくさんある。
今日は一緒に寝てくれると言ってても、やっぱり遅く帰ってきて、私はいつもみたく母と寝てる。
どうせまた……。
そんな思いが込み上げた時、外からバイクの音がした。
「お父さん!」
玄関の鍵を開けて飛び出した。少し驚いたような父の顔が嬉しそうに変わっていく。
私はお父さんに捨てられていなかったんだ。
バイクを止めている父の手を、はしゃぎながらもどかしく引いた。
浴衣に着替えた私の写真をたくさん撮る父。
得意げにポーズを取りながらも、祭りが気になって仕方がない。早く行かないと終わってしまう、と騒ぐと、始まったばかりよと母がまた笑う。
「行こうか」
「うん!」
大きく厚い手が私の頭を撫でる。誇らしい気持ちになりながら、手を繋いで夜道を歩いた。
私は父と手を繋ぐのが大好きだ。
理由はぜんぜんない。繋ぎながら背の高い父を何度も見上げ、はしゃいでしまう。
はしゃぎすぎて父の手を離し、ぴょんぴょんぱっと跳ねながら前を行けば、父は楽しそうに笑ってくれる。
それが、とてもとても嬉しいのだ。
祭の太鼓が腹に響くほどになった頃には、私たちは会場にいた。並ぶ屋台を見れば、夏の暑さなんて吹き飛んでしまうくらいワクワクとする。
屋台を見かけたら必ず買ってもらう綿飴は暑さですぐに溶けてしまった。ぺろぺろと手を舐めていると、父にたしなめられる。
「舐めた手を浴衣で拭くな」
「ハンカチ忘れたもん」
「待ってろ……。ない……」
眉が下がる父を見て笑っていると、私のベタベタな手を引いた父がジュース売りの屋台へと連れていく。
「つめたっ!」
「ありがとうございます」
おじさんに水を使わせてもらえるように頼んでいた父は、頭を何度も下げている。私は氷の入った冷たい水の中からジュースを一本取り出した。
お祭りの音楽ってどうしてこんなに楽しくなるんだろう。スキップして人にぶつかりながら、私は父と色んな屋台を見て回った。
「水笛いらんかねー」
そんな掛け声が聞こえて振り向くと、通り過ぎた屋台の人が、菓子箱を手で抱えている。
「お父さん、ミズブエってなに?」
「水に竹を……見れば分かるよ。難しいぞ?」
「見に行く!」
行ってみると、竹はどこにもなかった。
色とりどりの鳥の形をしたプラスチックだ。
「こういうのだったのか」
「小鳥さんだね」
父が想像していただろう水笛よりも、私は目の前にある可愛い鳥が気になった。
「水をお腹に半分入れるだけで、小鳥の声が出せるよ」
屋台の人が水笛を吹いた。
「鳥だ!」
大はしゃぎした私は、父の手を強く掴みくいくい引っ張る。
「欲しい時は、ちゃんと口に出して言おうな」
「ピンクの小鳥さんが欲しい!」
手に取った初めて見る笛。屋台の人が水を入れてくれたから、すぐに吹けた。
何度も吹きながら父を見上げて得意げにする私。父はずっと優しい笑顔で私を見下ろしていた。
ドンと大きな音が鳴った。花火が始まったのだ。
歩き疲れた私は父におぶられて、肩越しに手を伸ばした。花火を掴みたくて。綺麗なのにすぐに消えてしまうから。
背伸びをして手を伸ばす私を父は、よっこいしょとおぶり直していた。しがみつき過ぎる私を軽口半分でたしなめながら。
ドン
ぱらぱらぱら……
祭囃子に混じった花火の音。太鼓より身体中に響く綺麗なそれを父と一緒に見れた。
今日は父がいてくれている。
帰り道にも、私は父の大きな背に掴まっていた。
足をバタバタさせながら、たくさん喋った。
~完~
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