コメディ・日常

彼女の頭にはネジが足りない

1,370文字 約3分で読了
作者:周雨
「おはようございまーす」 「おはよー豊橋さ……頭どうしたの? もしかして……やられた?」 「そう、そうなのそうなんだよ聞いて! あいつネジ婚詐欺師だったの!」  始業時間一五分前の、いつもと同じ朝の風景。ただ一点異なっている箇所があるとすれば、同僚の頭にサンマが刺さっていることだろうか。  ネジ婚詐欺に遭ったと絶叫している彼女を、うるさそうに眺めている上司。私へチラチラと向けられる視線からは、仲良いんだからお前が静かにさせろ、という意思が伝わってくる。 「もう! もう何なのあいつ! ほんっとに……もう……お腹いっぱい団栗食べて腹壊せっ!」 「まあまあ……後で話聞いてあげるからさ、仕事の準備しよ?」 「……約束だからね」  豊橋さんは静かになり、パソコンを立ち上げて始業準備を始めた。漸くサンマとの距離が離れて、気付かれないようにそっと息を吐き出す。朝から職場で生臭いのは勘弁してほしい。  昼休みになり、同僚を連れて休憩室へと移動する。サンマの刺さった彼女を周りの目からなるべく守って上げる為、パーテーションで仕切りも設置した。準備が整ったところで、早速本題を切り出した。 「さ、何でも聞くよ」 「ありがとう……あのね、あの男、ネジ婚詐欺師でね……取られちゃったんだ。私のネジ」  最近の若者の間では、結婚するのに指輪を交換するのはもう古い認識らしい。もっと人にとって大事な物……頭に文字通り刺さっているネジを交換して一生添い遂げる誓いを立てるというのが流行っているのだ。  そんな妙な流行に伴い、結婚詐欺の形も進化を遂げた。今の時代において騙し取られるのは金ではない。頭に刺さっているネジだ。このネジは人間の大事なパーツということで高値で取引されるらしい。臓器を取り出すよりもリスクが少なく、しかも高額とくれば狙わない道理もないだろう。  挙式までは普通に進んでいき、指輪の代わりに互いのネジ交換する時まで尻尾を出すことはないからなかなか気付くこともできない。自分のネジを自分で外さないというシステムにも問題はあるだろう。相手に無防備に己の大事なネジを晒すんだから、それは取られても仕方がないと思う。 「それでね。家に帰る途中……ふらふらーってしちゃって、代わりに何か刺さなきゃなーとは思ってたんだけど」 「うん」 「通りかかった魚屋でサンマが安くなっててね……」 「刺しちゃったの?」 「店のおじさんが、今旬だよ! て言ってたし……細いし……まあいいかなって」 「そっかー」  頭のネジが抜けてしまうと、思考能力が低下してしまうらしい。つまり馬鹿になるのだ。他の物をさして穴を埋めておけば多少はマシになると聞くが、この様子を見る限りは嘘っぱちではないだろうか。 「んー……とりあえずさ、サンマはやめとかない?」 「やっぱり生臭い……?」  自覚があったらしい。本人も生臭さを感じているのだろうか。私は鞄から取り出した物を彼女に差し出した。 「ほら、これとかどうかな? 今朝収穫したばっかりなんだ」  私が差し出した物をみて、彼女は一瞬驚いた後、嬉しそうに笑ってくれた。 「これ、あなたに実ったやつ?」 「そうそう。私とお揃いっぽくなっちゃうけど……」 「ありがと! どうかな? 似合う?」  豊橋さんの頭には、サンマの代わりに、私の頭に刺さった木から収穫したバナナが収まっていた。  艶やかな黒髪に、鮮やかな黄色がよく映えていた。
2026/10/06 ・ 👁️ 30回 ・ 💬 0件

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