コメディ・日常
イツメン
3,336文字
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イツメンとは、『いつものメンバー』の略。
1年C組。
二学期の始まる9月には、クラスにはっきりとした派閥ができあがっていた。
最も大きな派閥は、男女十一人で、クラスの三分の一にあたる僕らのグループだ。
他の奴らとは区別して、仲間内を『イツメン』と呼んでいる。
そして、クラスの奴らはみんな僕ら『イツメン』のメンバーになりたがっている。
小学校の頃仲良かったサトシもそう。でも、サトシはちょっと入れてやれない。
だって、ソウタはクラブチームのレギュラーだし、ミユキは女バスのリーダー、ユキヤは塾で成績一位だ。
僕だって、ホッケーのオリンピック強化選手に選ばれていたりなんかする。
プラス、メンバーは顔面偏差値も高いんだ。
可哀想だけど、サトシでは、アツヤとユイナ、両リーダーの許可が下りないだろう。
僕達、〝イジメ〟なんてやってない。
けれど、〝イジり〟はやっている。
あ、でも誤解しないで。
そんな大げさなものじゃないから。
グループラインで悪口を言ったり、授業の発表を無視したり、机を班編成にするときに皆でちょっと離したりする程度のこと。
ちなみに、標的《ターゲット》は女の子で、浅井イツキ。
きっかけはあまり知らないが、ラインで誰かが〝キモい〟って言ったのが始まりだったような気がする。
でも、アイツだって悪い。
ただの陰キャってだけじゃない。
小学校の時から、よく忘れ物をするし、遅刻もする。
あと、暗くてジメジメしてて、イヤなことされても言い返さない。
いつもただ、ジトッと能面みたいな顔して睨んでくる。
あいつさえいなければ、僕たちクラスの団結力はもっと高くなるだろう。
浅井も早く反省するか、いっそ学校に来なけりゃいいのに。
団結を乱すのは悪。
先生だって、きっと僕らと同じ考えだ。
クラスにおけるマジョリティ。
僕達は、いつだって正しい。
なのにその日。
とうとう、浅井がクラスで泣いた。
土曜日に運動会を終えた、火曜日の登校日。
僕とユイナは、皆の使ったゼッケンとハチマキを集める係をやっていた。
みんなは、家でアイロンをかけてきたやつを、僕らに渡すことになっていた。
僕が男子のを集めていると、
「あ、ゴメン。忘れた」
友達のサトシが額の前に両手を合わせた。
「あ、いいよいいよ、また明日で」
僕が笑って手を振った時、向こうからユイナの甲高い声が聞こえてきた。
「ええ、浅井さん、忘れちゃったの~」
見ると、ユイナと仲間の女子ふたりが、浅井の机を囲んでいた。
「困るんだけど。家に電話して」
先生に持っていくのはまだ先だから、別に困らないんだけどな。
思いながらも眺めていると、浅井が珍しく口ごたえした。
「だって……お母さん、今日仕事だから」
「だからって私達に迷惑かけていいの? 西本先生《ニシセン》に叱られるのは、ユイナなんだよ」
「えー、困るー」
浅井は、俯いて黙りこんだ。
あーあ、だる。
責める女子の金切り声にうんざりしつつも、僕は黙ってそれを眺めていた。
すると、僕と同じように状況を眺めていたアツヤがコールをかけた。
「でーんーわ」
メンバーの何人かが、ゆっくりと席から立ち上がってコールに加わった。
「でーんーわ」
また一人、二人と立ち上がり、浅井の席を取り囲んで、コールは次第に大きくなった。
ああ、僕もでもそろそろ行かなきゃだめかな。
僕はゆっくり席を立つと、その輪の中に加わった。
「でーんーわ」
浅井さんを中心に二重の輪。
クラス中にコールが響き渡った。
そうして。
彼女は泣きながら輪を破り、職員室前の公衆電話に駆けていって__
それっきり、教室には戻らなかった。
一週間後。
放課後僕らは、担任に呼び出され、こっぴどく叱られた。
「何故、イジメなんかするんだ。先生は、君たちを信じていたのに。このことは、親にも連絡するからな」
先生は、紋切り型のつまらない台詞を、何度も繰り返した。
僕は思った。
――大人って、ズルいよな。
近くにいて、今まで見てみないふりしてたくせに。
にしても参った。
親まで巻き込んだとなると、家でもかなり鬱陶しいことになりそうだ。
僕らはその夜、グループラインで話し合った。
「ねえ、私たちばっかりが悪いみたいに言われるなんて、おかしくない?」
「だって、ゼッケン忘れてきたのアイツじゃん。いつも、忘れ物はダメって言うくせに」
「浅井さ、練習来ないで体育祭の日だけリレー参加とかマジありえん。あいつのせいでビリだったしよ」
「オレら、悪くなくない? 親つかうとか、反則だろ」
…………
親指で画面を送りながら、僕は小さく溜め息をついた。
――そうだ、その通りだ。
吹き出しのひとつひとつに頷き、相づちを打ちながら。
けれど、そこに意見を書き連ねることは、なぜか出来なかった。
そのグループラインも長くはもたなかった。
ほどなくして、その存在を知った先生に、解散させられてしまったから。
職員室に抗議にいくぞ!
アツヤたち一部のメンバーだけが、暫くの間息巻いていた。
けれど、最初こそ学校にクレーム入れると鼻息を荒くしていた親達も、子どもがスマホに触る時間が減ったことに気がつくと、学校を責める気も失せたらしく、僕らが助けてと言っても、はぐらかすようになった。
僕らもまた、部活の大会やら、塾やらで皆忙しくなり、いつの間にかそんな話も立ち消えた。
その流れに合わせるように、僕らイツメンも、組んだ紐がほどけるみたいに散っていった。
*
「最近、アツヤ達とつるまないのな」
昼休憩。
早々に給食を食べ終えたサトシが、僕の机に来て言った。
「うん、アツヤ、県大会の練習とかで忙しいらしい」
「ふーん、そ。俺にとっちゃよかったけどな。お前のこと、誘いやすいし。な、早く食えよ。体育館行ってバスケやろ」
「ああ、ちょっと待ってて」
僕は、かなり苦手な給食の野菜炒めをパンに詰めこみ、牛乳と一緒くたにかっ込んだ。
先生が来ないのを確認すると、サトシは隣の空席の机に尻を乗せた。
教室を見回し、ポツリと呟く。
「浅井のやつ、まだ来ねーな」
「え……」
指差されたわけでもないのに、僕は顔をあげ、その方向を見てしまった。
運動会以来、ポツンと空いた浅井の席。
「なんかさ、先生が家までいったりしてるらしい」
「……ふうん」
僕は、興味なさそうに給食に目を落とした。
サトシもそれっきり話を変え、昨日放映されたワールドカップの日本代表のプレイについて論じ始めた。
結局のところ。
浅井が学校に来なくなっても、僕達の生活はなにひとつ変わらなかった。
学校も、先生も親も友達も。
特別なことは何もなく、ただ一日が過ぎてゆく。
ただひとつ変わったのは、僕のクラスにはいつも、必ずひとつ空席があることだ。
そこだけが、空間に空いた穴みたいに空虚に。
そして、それを見るたびに、僕の胸は、いつも少しだけ痛くなる。
あと一口のパンの欠片を手にしたまま、僕はチラッとアツヤを見、それからユイナに視線を移した。
相変わらずクラスの中心にいる彼らは、いつも四、五人に囲まれて、楽しそうに笑ってる。
あの時、明らかに首謀者であった彼らは、あのぽつんと空いた席を見て何を思っているのだろうか。
彼らもまた、僕と同じ胸の痛みを感じるのだろうか。
ならば聞きたい、この痛みの正体が一体何であるのかを。
大人たちに引き離されても、僕らは今でも、いつものメンバー、イツメンという、固い絆で結ばれた仲だ。
一度、軽いノリで聞いてみるのもアリかもしれない。
なーんて。バカだな僕は。
そんなノリ、彼らがもっとも嫌うところだったじゃないか。
忘れてた、暫くつるんでなかったから。
「おい、何ひとりで笑ってんの?気持ち悪《わり》いよ」
ふと見ると、サトシが妙な顔つきで僕を見ている。
「何でもない。いこっ」
僕は最後の一欠片を口に放り込むと、サトシより先に、食器を持って駆け出した。
「先に行ったほうが先制」
「あ、こら。せっかく待っててやったのに!」
サトシが慌てて僕の後を追ってきた。
そうさ。
その気持ちを誰かに話して、分け合ったところで、その質量は決して軽くなるわけじゃない。
きっとそれは、みんな知ってても言わずに、胸の中に秘めてる気持ちだ。
大人も子供も、父さんも母さんも、先生も友達もみんな。
その痛みに、いつしか折り合いをつける術を覚えて、僕は僕の周りにいる、自己防衛に長けた大人になっていくんだろう。
《おわり》
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