その他
深紅の果汁はアイツの目玉
3,755文字
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今、私の目の前にいる人物について、なんと説明すればいいのだろうか。
たまたま相席になった人? 見た目怪しそうな人?
つばの広いクリーム色の帽子のすぐ下からは、短い黒髪が覗いている。注文をしている時に聞こえた声で判断すれば、性別は女性で合っているだろう。二つの瞳は大きめのサングラスに完全に覆われてしまっていて、何を考えているかは読み取れない。
というか、人の少ない時間帯であるとはいえ、帽子ぐらいは脱いだ方が良いのではないだろうか。サングラスと帽子のどちらか一つでも無くなれば、醸し出されている不審者の様な空気は緩和されるのではないのだろうか。
じっと見つめるわけにもいかず、紅茶を啜りながらチラ見を頻繁に繰り返す。こちらの視線には完全に気付かれているだろうが、この好奇心を殺すことはできそうにない。見られることに慣れているのか、目の前のサングラス女は一定のリズムでケーキの刺さったフォークを口へ運んでいる。
「あっ」
「ん?」
トイレに行こうとしたのだろう。彼女が立ち上がった時、不思議なことが起きた。サングラスの下から、何かがポロリと落ちたのだ。床へと着地しそのまま私の足下へ転がってきたそれを、向こうが屈むより先に拾い上げる。
「ザクロ……?」
私の手の中にあるのは、店の照明を赤い光へと変換している小さな粒。落下物の正体はザクロだった。一つの疑問の答えは、そのまま新しい疑問として私の前に立ちはだかった。これがコンタクトレンズであるならば、何も問題は無いのだ。カラータイプのものだって、日常的にお洒落アイテムとして使用している人は珍しくない。しかしこれは――――――ザクロだ。何をどう考えてみても、瞳を覆っているサングラスの下からザクロの粒が落ちてくる理由が思いつけない。目の前に視線を戻してみると、ザクロの落とし主はこちらを黙って見つめていた。
これは、訊いてみた方がいいのだろうか。
ザクロ……落としましたよね?
このザクロは貴女のものですか?
質問したい内容を脳内で確認していたら、一瞬のうちに隣へと移動してきた女に右腕を捕まれた。
「あの、ですね」
「え? なんですか?」
私へ向けて発せられた声は、何かを決意した様な響きを帯びていた。
「そのザクロ、返してもらってもいいですか?」
「えっと……嫌です」
「お願いします」
「そう言われましても……」
なんとなく、このまま返してしまうのは違う気がしてしまい、私は拒否の意を伝えた。まさか拒否されるとは思っていなかったのであろう彼女が、何かを考えるように少しだけ顔を天井へと傾けた時、サングラスの奥がほんの少しだけ見えた。
「えっ! あな、た……その眼……」
悲鳴を上げそうになった私の口を真っ白い手が塞いだ。空いている方の手でサングラスを掴み、少しだけ下に下げる。
「もしかして、見えちゃいました?」
口を塞がれているのも忘れ、再び思い切り声を出しそうになった。見てしまった……見えてしまった。
サングラスの奥、目の前の女の目には、目玉の代わりにザクロが詰まっていた。
店を出た後、サングラス女改めザクロ女に手を引かれて人気の少ない路地へと連れ込まれた。大きな声を出さないことを約束したことで漸く呼吸を解放されたが、気を抜くとまたすぐにでも叫び出したくなってしまう。そんな私の葛藤などには一切構うことなく、ザクロ女は周囲に他の人間がいないか用心深く確認している。気が済むまで確認を終えた後、ずいっと私との距離を詰めてきた。
「な、ななな何ですかっ」
「あーえっと、先程の非礼をお詫びしておこうかなと」
「は?」
「とっさの判断でしてしまったこととはいえ、貴女の呼吸を妨げ生命維持活動に支障をきたしてしまったので。すみません」
「はあ……あ、いえ、私も大きな声で叫んでしまってすいませんでした……」
相手の頭にぶつからないように気をつけながら、お互いペコペコと頭を下げ合う。薄暗い路地裏には到底似つかわしくない光景だ。お辞儀合戦を終了させるべく頭を上げたままにしたら、ザクロ女もこちらに倣い頭を下げるのをやめた。
「それでは失礼します」
「は? え、いやいやいや! ちょっと待って!」
この状況で何故サラッと帰ろうとできるのか。口留めなんてしなくとも、私には周りに言いふらす度胸などないように見えたのだろうか。
「まだ何か御用でも?」
「こんなところまで無理やり連行しておいて、何の説明も無しっていうのはどうかと思うんですが」
「説明ですかー……してもいいんですが、ご理解いただけないと思いますよ。それでも聞きたいですか?」
「それでも! 聞くのと聞かないのじゃ全然違うじゃないですか!」
しつこく食い下がると、ザクロ女はまず帽子を脱いだ。次いでサングラスを外し、帽子の中に入れて私の顔を見つめてきた。
完全に剥き出しになった彼女の目は、ザクロの粒がぎっしりと詰まっていた。昆虫図鑑などに載っている、トンボの目みたいだった。表通りよりは圧倒的に少ない太陽光を反射して、ぎらぎらと赤く輝いて見える。
先程よりもはるかに強烈なインパクトに思わず言葉を失っていると、更に意味不明な光景が私の頭を悩ませた。ザクロ女が右手を目の下に受け皿の様な形で配置したまではまだいい。その後、残った左手で自分の後頭部を叩いたのが一つ目の問題だ。二つ目の問題は……
「そ、そそそそれ……大丈夫なんですか? 痛かったりしないんですかっ?」
叩いた衝撃で、彼女の両目からザクロがぽろぽろとこぼれ落ちたこと。手の平に着地した粒から視線を上げ、落下地点を恐る恐る確認してみる。粒が抜けてしまった箇所はぽっかりと空洞になってしまっていて、なんだか余計に不気味さが増していた。
「痛みはないですよ。これ丁度落ちてきたやつですし。それで、このザクロなんですけど」
一度言葉を切ると、手の平に載ったザクロの一粒を摘まみ上げ、私の眼前へと近付けてきた。目を背けるのもなんだか怖い為、仕方なくザクロを見つめることにした。
「これ、私の目玉です」
「…………は?」
「私の目、ザクロいっぱい詰まってますよね? これ全部、一つ一つが私の目玉なんですよ」
「私のことからかってます?」
担がれているのでは、というのが正直な感想だった。ハッキリ言って、信用しようと思うことすらできない。私のそんな反応も慣れているのか、彼女は溜息を一つ吐くだけだ。
「ほら。だから言ったじゃないですか。真実ですよ、私の話は全て。まだ疑われるなら、これ以上お話しする理由が私にはありません」
女の目の中のザクロに視線を向けてみる。先程まではただのザクロだと思っていたが、無数の目玉に見つめられているというのが正しい現状なのだろう。形容し難い複雑な気分だ。しかし、やはり気になる。
「疑ってすいませんでした。続きお願いします」
「ザクロって、真っ赤な球状の皮の中に血みたいな沢山の粒がぎっしり詰まっているじゃないですか。あの皮が私の皮膚で、詰まっている粒が目玉なんですよ。物心ついた時には既にこうでしたし、普通の人が二つの目玉に景色を映しているように、私はこの沢山のザクロの粒を通して景色を見ている。ただそれだけの違いです。」
何故そんなことになっているのかなんて、訊かれたって分からない。そう彼女は締めくくった。
「因みに、ご両親の目はどうなってるんですか……? 実は片方がそもそも人間じゃなくてザクロだったりとか?」
「どっちも人間ですよ。ザクロと人間の間に何か新しい生き物が生まれる余地はいくら何でもないですよ……現実とフィクションの区別ちゃんとついてますか?」
「つ、ついてますよそれくらい!」
改めてザクロ女の顔をよく見てみることにした。なんだか……見れば見るほど美味しそうなザクロに思えてしまう。ザクロが好物であるが故なのか。手の平に載っている粒に至っては、顔から離れた位置にあるし、完全にただのザクロではないか。
「あ、あのー……その、ですね……その手の中のなんですけど」
ザクロ女が、私の指が指す先を追って顔を下に向ける。また一粒、ザクロがポトリと落ちた。
「これがどうかしましたか?」
「それ……食べてみちゃ駄目ですか?」
「…………食べたいんですか……?」
「えっと、ちょっと興味が……あるなーと」
考えるように数秒動きを止めた彼女は、そっとザクロの載った手の平を私に差し出してきた。
「どうぞ。味の保証とかはしませんので、何が起きても自己責任でお願いします」
何が起きても自己責任。確かにその通りだ。産地が特殊なだけに、人体に有害かもしれない。それでも私は、やっぱり食べてみたい。
「いただきます!」
覚悟を決めて、口にザクロを放り込む。下で実を押し潰すと、果汁が口に広がっていく。
「どうですか?」
「えっと、ものっすごく美味しいですっ! もっと食べたい……!」
目の前の顔は、瞼を上下に動かして瞬きをしている。驚いているようだ。
「そ、そうですか……それは良かったです」
「あの。もっと食べちゃ駄目、ですか……?」
断られる可能性を考えつつ、それでも頭を下げて懇願してみた。ザクロ好きとして、この味をもっと味わいたい。
「こんな所じゃあれですから、続きは私の家でいいですか?」
頭を上げると、空になった手の平が再度こちらへ向けられていた。私はその手を、しっかりと握りしめた。
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