コメディ・日常
140文字 約1分で読了

百日ともたぬ天下

この地の長雨はひと月に及ぶ。いつまで降るのやら。「気づいたか、間もなくノアの大洪水の記録に並ぶ」さすれば師よ!「うむ、ヒト族の天下は終わり、我らカエル族の天下なり」ゲーコゲコとふたりして鳴く。しかし今朝はめっぽう冷えますな。「秋も深いのだろう……あ」ハッ、冬眠のことを忘れていた!
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作者:有賀慧
2026/10/03 • 👁 38回 • 💬 0件
コメディ・日常
1090文字 約3分で読了

ボクの名前

「ソラちゃんご飯よ!」 ママの呼ぶ声がする。 ボクはキッチンにまで降りてご飯を食べ始めた。 大概いつも同じ味。美味しいんだけど飽きちゃうんだよね! あっという間に食べちゃって、なんだかもうちょっと食べたい気分。 ボクはテーブルの上にひょいと乗ってママの唐揚げをパクリ! 「こらお行儀が悪いでしょやめなさい!」 えへへ、ママに怒られちゃった。 ボクはさっさとキッチンから逃げ出した。 窓の隙間からスイと外に出て、塀の上を歩く。 腹ごなしのお散歩。 今夜は星が綺麗だな! 20mぐらい先にある家のキッチンの明かりがついていて、ボクは窓から中に入る。 「おぉ、虎之助来たか!」 おじいちゃんが缶詰を開けてくれる。 やったーこれ好きなんだよね! ボクはパクパクと平らげた。 おじいちゃんがボクの頭をなでなでしてくれる。 ちなみにおじいちゃんは一人暮らしだ。 だからボクが来たらすごく喜んでくれるんだ。 お腹もいっぱいになったしまた窓から出て外をお散歩。 おや、可愛い子が歩いてる! 近所のみィちゃんだ。 「ねえねえお話ししようよ!」 そう言って話しかけたら、ぷいとあっちに行っちゃった。 なんだよ……気まぐれなんだから。 電車の高架下でいっぱい仲間と集まる。 おしゃべりをしたり、くだらない情報交換。 「そういえば3丁目の料亭潰れたんだって」 「えー嘘。あそこ美味しかったのに!」 「仕方ないじゃん、オーナーさん病気だって」 「今度は3丁目のコンビニに行こうよ」 「やだよ、あそこのお兄さん怖いもん」 「なぁ、お前らこれからファミレスに食いに行くんだけど一緒に行かねえか」 「行く!」 「行く行く!」 「ボクも〜!」 みんなで揃ってファミレスへ。 ここのご飯も結構美味しいけど、その日によって食べれるものが変わってきちゃうんだよね! 掃除のおじさんが出てきてボクに話しかけてくれる。 「なんだよ、またお前たち来てるのか。おモチのやつまた太ったんじゃないか」 ちなみにここのおじさんはボクのことをおモチって言うんだ。 さすがにもうお腹がはちきれそう! よろよろしながらお家に帰る。 窓から入って2階に上がると、ボクの『妹』がボクを抱っこしてくれる。 「ちょっ…また太ったんじゃないの?重いんだけど!ネコの重さじゃないよもう!」 「そんなことないもん!」 ボクは妹と一緒にベッドに入る。  そういえばボクの名前ソラって呼ばれたり、虎之助って呼ばれたり、おモチって呼ばれたり、ネコって呼ばれたり、本当の名前は 何なんだろう? そういえば『可愛い』とか『もちもち』とか『おデブちゃん』とか呼ばれたりすることもあるけど、これも名前なのかな?  ボクの名前は何だかいっぱい。 でも名前を呼ばれるのは嬉しいな!
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作者:しとえ
2026/10/03 • 👁 55回 • 💬 0件
コメディ・日常
2370文字 約5分で読了

ピオーネの蜜あるいは超ヒモ理論

 僕は総毛立った。それは本日の夕食である秋刀魚の塩焼きのデザートととして出された熊本県産のピオーネの出来が凄まじかったからで、旬の秋刀魚に奇妙な価格高騰を見せる大根をたっぷりとすりおろし、たっぷりと容赦なく口内調理し、狂って頭のおかしくなった残暑の中、先取りした秋の味覚はこの鳥肌と相関は無い。 「口に入れ、舌と上顎の圧力を以て弾け出すのは完璧に調律された糖度と酸味を内包する水分と果肉。この力強さは正に蓄積された陽射しそのものであり、支えているのは徹頭徹尾管理された土壌のもたらす幾何学的持続保持供給力であり、僕はそれを愛と呼ぶ。何故なら穴の開いた傘を差すくらいなら海に飛び込む選択をする輩には絶対に到達出来ない極致だからである」 「ほぉん。それで?」 「愛であることに依拠するが故に舌上に触れる果肉は天使の指先であることに疑いは無いし、例えこの表現が異論を呼ぼうとも僕にとってそれは野鳥の囀りに等しい些事だということは前提として添えておく。またそう信奉するだけの意義と価値とが相待り捻れ、酷く強力無比な綱となり僕の両手は抗いもなく縛られるのだ。結果、不自由こそが幸福の伝道師であると、今日も思い知らされる愚かさをどうか許してほしいと願わずにはいられない。一粒。そして、一粒。一粒。しかし有限である行為の中で可能な限り、僕は反芻しよう。これは宣言であり宣言ではないのだが。不自由の神が遣わす無邪気爛漫な美味という天使。その指先を待つだけの阿呆と化したとて対価は倍補っても余りありその先には閾値を超えた幸福の支配する領域が待っている」 「一房二千五百円した。税抜き」 「しかし、だ。罪深い罪が僕の手に佇む。コロンビアの誇るトップオブトップ。恵まれた地で育まれ天まで積み重なる叡智のみが可能にする発酵の御技。膨張する糖度に人間が使役する言語程度では到底形容し得ない風味特性。もはや嫉妬すら許されない。つまり神に等しい感情を僕は抱く。たった一杯のコーヒーに、だ。そうコーヒーという単語の指す物質は人間言語の性質的欠陥を根源的に示唆し偶に指摘する。木も種も焼焦体も微塵となっても液体となってもまたあるいは牛乳をはじめとする乳脂肪を差し込まれても、コーヒーはコーヒーでコーヒーであるが故にコーヒーはコーヒーたり得るのが一般化して一体幾年が経つのかを我々は胡座をかきながら忘却し続けるという器用な事で器用そうな事を今日においても見事にやってのける。元来、君はあるいは君らはそれを口にする前に問わなければならない。香りを鼻腔に詰め込む前に逡巡を求められる。それはコーヒーがコーヒーである証左はコーヒーにしか求められない事実に向き合う態度を、だ」 「それは百グラム八千円もした」 「模範宇宙的規律が求めるのなら首を垂れ尻尾を振り喜んで懺悔しようとも思う。失禁程度なら厭わない。太陽の雫の詰まった一粒と人類の叡智が神のつま先に触れ結晶化したコーヒーを同時に受肉するというこの事態を。瞬間的には交互にと言う方が正しいのだが、その程度が同時にと見做されるのは許容してあげても構わない。そうだ。僕は罪を犯した。しかし罪は即ち間違いでは無いとここに宣言する。君は、或いは君たちは、罪を避け続けることで間違いを犯し続けるが間違いを避け続け罪を犯さない者もいる。それは確かに稀にだが存在する。僕が罪人であることと君の或いは君以外に対し間違いを指摘してはいけないのかは分けて検討するべきだし、政治家やコメンテーターの奇行的発言にいちいち時系列を吟味することは、それらがただの周波数に分類されるという事実がまず前提として抜けている。故に僕の履歴書がどれほどの密度の直線や曲線の黒線で埋め尽くされようとそれは過去の羅列に他ならないし、現在当人である僕が発する周波数は完全に独立して評価されるべきである。これは二次元と三次元、はたまたそれ以上の次元を混同する認識齟齬が一般的にそういった癖へと全うに属しているからである。黒線と周波数は完全に独立されないという立場には黒線と周波数の因果関係の完結を求める。必ずしもなどという但し書きはこの場合認められない」 「うん。言いたいことはわかった。面接どうやったん?」 「落ちました」 「好き?」 「はい」 「はいじゃ分からん」 「愛してる」 「ほな、許したるわ」  如何してこのような形になったのかは、得てして理解されたいという欲求と理解などされたくもないという欲求同士が長い間同居し繁殖し環境の悪辣さというのが生成にテコ入れした結果があまりに珍妙で滑稽な姿をしていたので果たして進化という評価が正しいのか僕自身分からないから分からない。そのような結果同士が結実したが故であるとする。そのような結果同士がさらにゆい実したが故とされる。  この一連の蜜月の密室での蜜話自体が原始的には仕事として成り立ってしまっているという如何ともし難い事実は、例え口が頚椎まで裂けたとて、到底発音すべきでは無いのはまったくもって明らかである。わざわざ地雷を掘り起こして蹴り上げるほどには明快ですらある。  もし仮に万が一にもそんなことが存在し得る可能性を、貴方が貴女が君がお前が、僕がそんな愚行に指先を触れるかもしれないとウイルスサイズ程度にも邪推したのならn=n+1などという無理難題且つ荒唐無稽な数式を受け入れるに等しく、その認識は現時刻を以て即刻改めるべきだしあらゆる事柄に事物に最優先される改変事案であることを先ず認識しなければならない。それが素朴かどうかは問わない。  無論僕は心底敬服し、彼女を産み出した御先先先先先先先先々々々々々々々々祖様のゾウリムシの繊毛の先に至るまで一切の曇り無き純全とした感謝の意を示している。  諸君。 「何か言ったー?」 「ううん。今日も御御馳走様で御座いました」
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作者:珈琲時間
2026/10/02 • 👁 68回 • 💬 0件
コメディ・日常
1515文字 約4分で読了

父の水笛

 傾きそうなアパートの一室で絵本を読んでいる私の耳に、祭囃子が聞こえた。  その音にウズウズとしながら、何度も玄関に行ってはため息を吐き、母に笑われる。 「今日は早く帰ってくるって言ったのに」 「もう少し待ってなさい。約束したんでしょ?」 「うん……」  父が約束を破ることはたくさんある。  今日は一緒に寝てくれると言ってても、やっぱり遅く帰ってきて、私はいつもみたく母と寝てる。  どうせまた……。  そんな思いが込み上げた時、外からバイクの音がした。 「お父さん!」  玄関の鍵を開けて飛び出した。少し驚いたような父の顔が嬉しそうに変わっていく。  私はお父さんに捨てられていなかったんだ。  バイクを止めている父の手を、はしゃぎながらもどかしく引いた。  浴衣に着替えた私の写真をたくさん撮る父。  得意げにポーズを取りながらも、祭りが気になって仕方がない。早く行かないと終わってしまう、と騒ぐと、始まったばかりよと母がまた笑う。 「行こうか」 「うん!」  大きく厚い手が私の頭を撫でる。誇らしい気持ちになりながら、手を繋いで夜道を歩いた。  私は父と手を繋ぐのが大好きだ。  理由はぜんぜんない。繋ぎながら背の高い父を何度も見上げ、はしゃいでしまう。  はしゃぎすぎて父の手を離し、ぴょんぴょんぱっと跳ねながら前を行けば、父は楽しそうに笑ってくれる。  それが、とてもとても嬉しいのだ。  祭の太鼓が腹に響くほどになった頃には、私たちは会場にいた。並ぶ屋台を見れば、夏の暑さなんて吹き飛んでしまうくらいワクワクとする。  屋台を見かけたら必ず買ってもらう綿飴は暑さですぐに溶けてしまった。ぺろぺろと手を舐めていると、父にたしなめられる。 「舐めた手を浴衣で拭くな」 「ハンカチ忘れたもん」 「待ってろ……。ない……」  眉が下がる父を見て笑っていると、私のベタベタな手を引いた父がジュース売りの屋台へと連れていく。 「つめたっ!」 「ありがとうございます」  おじさんに水を使わせてもらえるように頼んでいた父は、頭を何度も下げている。私は氷の入った冷たい水の中からジュースを一本取り出した。  お祭りの音楽ってどうしてこんなに楽しくなるんだろう。スキップして人にぶつかりながら、私は父と色んな屋台を見て回った。 「水笛いらんかねー」  そんな掛け声が聞こえて振り向くと、通り過ぎた屋台の人が、菓子箱を手で抱えている。 「お父さん、ミズブエってなに?」 「水に竹を……見れば分かるよ。難しいぞ?」 「見に行く!」  行ってみると、竹はどこにもなかった。  色とりどりの鳥の形をしたプラスチックだ。 「こういうのだったのか」 「小鳥さんだね」  父が想像していただろう水笛よりも、私は目の前にある可愛い鳥が気になった。 「水をお腹に半分入れるだけで、小鳥の声が出せるよ」  屋台の人が水笛を吹いた。 「鳥だ!」  大はしゃぎした私は、父の手を強く掴みくいくい引っ張る。 「欲しい時は、ちゃんと口に出して言おうな」 「ピンクの小鳥さんが欲しい!」  手に取った初めて見る笛。屋台の人が水を入れてくれたから、すぐに吹けた。  何度も吹きながら父を見上げて得意げにする私。父はずっと優しい笑顔で私を見下ろしていた。  ドンと大きな音が鳴った。花火が始まったのだ。  歩き疲れた私は父におぶられて、肩越しに手を伸ばした。花火を掴みたくて。綺麗なのにすぐに消えてしまうから。  背伸びをして手を伸ばす私を父は、よっこいしょとおぶり直していた。しがみつき過ぎる私を軽口半分でたしなめながら。  ドン  ぱらぱらぱら……  祭囃子に混じった花火の音。太鼓より身体中に響く綺麗なそれを父と一緒に見れた。  今日は父がいてくれている。  帰り道にも、私は父の大きな背に掴まっていた。  足をバタバタさせながら、たくさん喋った。  ~完~
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作者:猫戸針子
2026/10/02 • 👁 65回 • 💬 0件
コメディ・日常
2024文字 約5分で読了

雨音は遠い記憶の海の音

ザーザー……ザー…ザー…  夜明けの空にノイズのような雨音。 外は土砂降りの雨だった。私はほんの少しカーテンを開くと外を見た。横殴りの雨はまるでシャワーをガラスに叩きつけているよう。けだるい1日が始まる。 二重になった遮光カーテンを開くとレースの優しい光。 薄暗い室内はまた眠気を誘うが、いくら 休日とはいえ寝過ぎは返って体に悪いだろう。 気乗りしないまま服を着替えコーヒーを1杯。 テレビをつけるもニュースが頭に入ってこない。 思考はどんよりと薄暗く、まるでこの曇天の空そのものの様だった。 雨の音は強くなったり弱くなったり… どこか波の音に似ているような気がした。  十代―高校生の頃、家の近くに海があって何か嫌なことがあるたびにそこに行っていた。 十代といえば青春真っ只中、青春というのは明るいイメージがあるのかもしれないが 私にとってその頃は今日の空のようにどんよりと重くのしかかっていた。  十代を表す色というのは私は黒だと思う。 ぐちゃぐちゃに感情が入り混じり、先行きの見えない未来と行き場のない閉塞感と不安と怒りと誰にも理解してもらえないという孤独感が渦巻いているのだ。 心の中にあるのは明るい未来などではなく、得体の知れない一寸先の事もまるでわからない未知の時間の領域だ。  家庭環境は対外的に見れば良い方なのだと思う。 ちゃんと両親が揃っていて養育されていて経済的には不自由がない。ちゃんと両親は子供のことを見てくれていたし、家庭内不和があったわけではない。 ……だが、どう言えばいいのだろう。 どこかギスギスしていたのだ。 父は浮気などしたことはない。母もまた家庭環境をおろそかにするようなことは一切していない。 だがどことなく冷め切ったような雰囲気が家庭の中に吹き荒れていた。お互いが利害のためにただ同じ空間にいる、そんな雰囲気だ。相手を罵ることも褒めることもない。 居心地の悪さが蔓延していた。 そんな家庭はよくあるのだろう。 だが子供心にその居心地の悪さ不穏さを感じていて、それが知らず知らずのうちに私自身の心を蝕んでいたのだ。 私が大学卒業後一人暮らしを始めた後、両親が離婚したのでやはり私が成長するまで待っていたのだろう。 仮面の家族の居心地の悪さは、どんなにうまく取り繕っても子供に伝わってしまうものだ。  だから私は気持ちが持たないほど、しんどくなるたびに海に行った。波の音が全て心の中の不安を洗い流してくれるかのようだった。 ザーザー……ザー…ザー…  目をつぶればあの日の灰色の海がまぶたの裏に映し出される。 そこにいれば、高校時代の親友が来てくれることがあった。 私がいつもそこにいることを知っているから。 そして彼女は何も言わずにただ一言、 「帰ろう」 と言ってくれるのだ。 それがとても心地よかった。 けれど私にはやはり帰る場所がなかったのだ。 あの当時の私にとって帰る場所は彼女の隣だった。 そこが私の居場所。 だからその場所に割り込もうとする人間が大嫌いだった。  ある日、彼女が海で泣いていたことを思い出す。 雨が降り出して灰色の空はますます 暗くなり波の音ばかりが響き渡る。 どうしてそんなところで泣いているのか私は知っていた。 彼女が好きだった先輩に振られたらしい。 ……当然だが私はその先輩が大嫌いだった。 私の大切な彼女が思いを寄せている。 私の大切な彼女がその先輩のせいで悩んでいる。 私の大切な彼女が振られて泣いている。 私の大切な彼女の隣の場所を奪っていた相手。 何もかもが許せない存在だった。 だから振られた時、ほんの少しほっとしたのとせいせいしたのと、彼女が傷ついたことに対する怒りがごちゃ混ぜになって心の中でどす黒い色に変化していた。 きっとこの雨の空よりも暗い。  私は泣いている彼女の背後から傘を差し出した。 「帰ろう」 そういうと彼女は私の方を振り向いた。 涙でぐちゃぐちゃになっている顔。 「うん」 一言そう言って2人で歩き出した。 2人でさす相合傘。 雨はだんだんと小ぶりになっていった。 喫茶店に2人で入って一緒に大きなパフェを頼む。 季節のイチゴがたっぷり入っていて、ひたすら甘い。 何も言わず2人で黙々と食べる。 だがその沈黙は私にとっても彼女にとっても、とても心地の良いものだった。 甘いクリームの味とイチゴの酸味。 甘くて酸っぱくて、それからアイスの冷たさ。 鮮やかなイチゴの赤が記憶にはっきりと残っている。 色のない青春時代の鮮やかな赤。 曇天の空も荒れた海も。そして私を取り巻く環境も何もかもが色を失っていた中にはっきりと覚えている赤。 それはイチゴの甘酸っぱさにも似て…… 私は窓の外を見た。 雨はいくらか小降りになっている。 イチゴが食べたいな。 パフェは無理でもショートケーキでも買ってこようかな。 甘くて酸っぱくて 生クリームがたっぷりのイチゴのケーキ。 それはこの灰色の空の下、心をほんの少しだけ 鮮やかにしてくれる気がする。 ザーザー……ザー…ザー… ノイズのような雨が降る。 私は傘をさしイチゴのケーキを買いに外に出た。
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作者:しとえ
2026/10/02 • 👁 61回 • 💬 0件
コメディ・日常
833文字 約2分で読了

イチョウの木

 十二月の始めに帰省しようと思ったのは、年末年始の民族大移動に巻き込まれるのが嫌だったから。百パーセント渋滞すると分かっている高速道路、大混雑すると分かっている電車や飛行機、これらに飛び込むのは、私から言わせれば愚かなことだ。いつもの二百倍疲れて、五百倍イライラするに決まっている。  平日のガラガラの飛行機を降り、羽田空港から、やっぱりガラガラの高速バスに乗り、駅でレンタカーを借りて実家に向かう。実家が辺鄙(へんぴ)なところにあると、帰る時に苦労する。  実家が近くなり、何となくカーナビを見ると「イチョウ屋」という文字が見えた。小学生の時、通学路の途中にあった小さな個人商店だ。店の前には大きなイチョウの木があり、子供ながらに「この木は空まで伸びるんじゃないだろうか」と思っていた。  ――まだあるのかな。  私は吸い寄せられるように、イチョウ屋に向かって車を走らせた。小学校卒業以来、もうイチョウ屋の前を通ることはなくなったので、多分行くのは二十五年ぶりだ。  イチョウ屋はなくなっていた。  イチョウの木もなくなっていた。  記憶違いなのか、カーナビが間違っているのかと思うほど、そこは何もない。いや、別にあったとしても、何がどうってわけじゃない。きっと「ふーん」くらいで終わっていただろう。これが田舎の運命なのだ。四半世紀という時間の流れは、容赦なくいろいろなものを飲み込んでしまう。  風が吹いてきた。どこからともなく、ザワザワと葉が揺れる音が聞こえる。  ――ん?  一体どこから聞こえてくるんだろう。木なんてどこにもないのに……。私はキョロキョロと辺りを見回した。  ――うわ!?  地面を見て、思わず後ずさりした。葉を茂らせた大きな木の影が揺れている。あの時に見た、力強くて生命力に満ち溢れたイチョウの木だ。  ――そうか。空まで届いたのか。  懐かしい思いで影を見つめていると、やがてゆっくりと影は消え、風も止んだ。  あのイチョウの木は、私みたいにふと立ち寄る人を、密かに待っているのかもしれない。 (了)
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2026/10/02 • 👁 104回 • 💬 0件
コメディ・日常
1835文字 約4分で読了

タイムカプセルとケーキ

記憶は永遠のタイムカプセルの中に 閉じ込められたかのように忘れられても いつかその箱が開かれた時に また思い出し時間は動き出すのだ 懐かしい思い出、希望や夢 それがたとえ叶わなかったとしても ある時タイムカプセルの中から出てきて それはキラキラと輝くのだ。  壁に1枚の絵が貼られていた。 それは黄ばんで所々にシミのあるクレヨンで書かれたケーキの絵。 明は学校から帰ってくるなり、とても良い匂いがすることに気がついた。 キッチンに上機嫌の父がいる。 「お父さんこのケーキどうしたの?すごく美味しそう!」 「ふふふ、このケーキはな…」 父は何か企んでいるような子供っぽいようなそんな笑顔を浮かべた。 テーブルの上のケーキを父は切り分けると明の目の前に差し出す。 甘いクリームの味が口いっぱいに広がる、ふんわりしていて そして なおかつしっとり甘くて美味しいスポンジ、季節の旬の果物がふんだんに入っており、その下は上のものとは 食感の違うチョコレートのスポンジだ。 創意工夫がされたケーキは幸福を運んできてくれる。  家の近くのケーキ屋は全国チェーンのお店だからいつ行っても大概メニューは一緒。 もちろんシーズンごとの限定商品は出るが、チラシや店の前の看板に載っている商品にはこのケーキはない。 一体このケーキはどうしたのだろう? ふと台所の方を見ると 生クリームのついたボールが置いてある。だとしたらこのケーキは父が作ったのだろうか…  物語は数日前に遡る。 同窓会に行ってくる そう言って父の剛は家を出た。 もう30年ぶりだ。 小学校の頃以来だろうか。 集まったのはやはり小学校の教室の一室だ。 もちろん学校側に許可は取ってある。 30年も経つと同級生も随分と変わるものだ…… 随分と剥げちまってまあ俺も変わったしな、などありきたりな事を考えながら同級生たちと盛り上がる。 ここにやってきたのは卒業式の少し前に埋めたタイムカプセルをみんなで掘り起こすためだ。 もちろん来ていないメンバーもいるが連絡が取れる連中には後で郵送で送るという話になっている。 「確かここだったよな?」 「あぁ、ここで間違いないはずだ」 そんな話をしながらスコップを片手に 体育館裏の桜の木の根元を掘り始める。 当たり前だが木がずいぶんと大きくなっていて掘りにくい。 根っこを傷つけてしまわないように気をつけながら掘り進めていけば、コツンと何かに当たった。 それはみんなで埋めた タイムカプセルだ。 タイムカプセルというものは埋めて忘れられてしまったり、結局のところ掘り出そうとした時に周りの環境が変わって掘ることができなかったり、あるいは埋めたタイムカプセルの容器にあたる部分があまり上等ではなかったためにダメになってしまうなどということはよくあることだ。 だからこうして掘り始めて数時間で掘り当ててしまうというのは実はとても運が良いことだったのだが、もちろんそのことに気がついているメンバーは少ない。  三重になった缶を開けて中に詰めていたそれぞれの手紙を出す。手紙はいくらか水が染み込んでいたとはいえ、よく持っていたものだ。  封筒の中から出てきた画用紙を見て剛は何ともほろ苦い気持ちになった。 そこに描かれていたのはマジックとクレヨンを使って書かれたケーキの絵。 そうだ俺はパティシエになりたかったんだ…… 子供の頃の夢というのは往々にして叶わない。 夢見てそれなりに努力はしてきたが、やはりいざとなった時に違う道を選んでしまった。 そもそも家族にパティシエになりたいというのがちょっと恥ずかしかったのもある。 何度かケーキ作りに挑戦してみたり、お菓子の本を買ったり、家で作ったことも実際にある。 だが言ってしまえば所詮その程度しかやってこなかったのだ…… 本当になりたければもっと真剣に努力すべきだったかもしれない。違う道を選んだのはきっとそちらの方がふさわしかったのだろう。 けれど……  その日、同級生たちと別れた剛は帰りに本屋で1冊の本を買って帰った。ケーキ作りの本だ。 今からパティシエを目指すつもりはない。 真剣に取り組むにはあまりにも努力が足りなかったと思うし、そこまで向き合う気持ちも持てそうにない。 けれど子供の頃パティシエになりたいと思ったその気持ちを、そのまま置き去りにするのはあまりにも悲しいと。 その日から少しずつ材料を揃え、仕事が休日の今日それこそ20数年ぶりにケーキを作ったのだ。 パティシエの仕事から見れば完全に素人だろう。 だが息子は喜んで食べてくれている。 壁の絵は夢の証拠。 いつか見た夢の……
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作者:しとえ
2026/10/02 • 👁 55回 • 💬 0件
コメディ・日常
636文字 約2分で読了

忘却の同窓会

※シリアスな人間ドラマ みんな忘れているかのごとく、楽しく話す。 みんななかったことのように、飲食を行う。 高校を卒業して10年目の同窓会。 前日、いつもならそのままごみ箱送りだった招待状を手に、机に向かった。 家でペンが必要なんて久しぶりだったから、引き出しを手探りし ようやく見つける文房具。 高校時代は毎日握っていたのに。 社会人になって身に着けた、どうでもいい知識が 「御」の文字に二重線を引かせる。 みんなも同じ気持ちだといいなと淡い希望をもって参加したが どうやら「それぞれの人生」とかいうものに塗りつぶされたらしい。 「二人目」の担任が、奥に座っているのが見えた。 本来あそこには別の人が座っていた。 今思えば激務の最中だったろうに、進路について真剣に相談に乗ってくれた。 親との衝突に寄り添い、自分の立場を悪くしても緩衝材の役を担ってくれた。 くだらない話でも聞いてくれて、私だけじゃなく生徒に慕われてた。 声が大きいのだけはちょっと苦手だったけど。 間違いなく、素直に尊敬できる大人だった。 色々なことを教えてくれた。 そして最後に教えてくれたのは、人生で初めて「身近な人が亡くなる」という経験。 別に後任の先生が嫌いなわけではない。 きっとみんなも本気で忘れたわけではない。 でもきっと本気で引きずっているわけでもない。 でも私は先生との思い出を、まだ自分の中心から外したくない。 たとえ皆とズレてたって、まだ塗りつぶしたくないから。 夜にぎやかに光る店を早々に後にした。 「私やっぱり変かな?先生……。」
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2026/10/02 • 👁 58回 • 💬 0件
コメディ・日常
391文字 約1分で読了

グリーン・ノイズ

 夜勤明けの朝はともかく眠い。 特にトラブルがあった後の朝は。 自宅に戻る前にコンビニで朝食と朝食の兼用の菓子パンを買って公園に立ち寄る。 ベンチではなく柔らかな芝生の上に座る。 缶コーヒーを飲みながらピザパンを頬張る。 日差しが随分と柔らかくなっている。 もう秋の気配が感じられる季節になったのだ。 俺はゴロンと横になった。 目を閉じればあたりの音がする。 静かだと思っていたが案外色々な音がするものだ。 鳥たちの声、木々のざわめき、風の音、虫の声。 遠くから聞こえる電車の音、子供達の笑い声、車が走って行く 音。 それは 耳障りなノイズではなく、柔らかなグリーン・ノイズだ。メロディーのように優しい日常の音。 あまりにも心地よく、心の中に沈んでゆく。  気がつけば俺はうたた寝していたようだ。 目を開けば 公園の時計の針が午後の2時を指していた。 荷物とゴミ袋を持って家路へとつく。  優しい グリーン・ノイズが俺を見送った。
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作者:しとえ
2026/10/02 • 👁 68回 • 💬 0件
コメディ・日常
447文字 約1分で読了

140字小説エセお嬢様とエセ執事シリーズ

『エセお嬢様とエセ執事その1』 貴族の庶子であることが判明した私は幼なじみを適当に執事に仕立て上げ屋敷へと乗り込んだ。 奪え財産!玉の輿! ちょっとこの紅茶甘すぎるわよ 「あ〜そちらは、午後ティーをチンしたものにございます」 「午後ティーっ…ちゃんとしたのを入れてよ!」 「昨日茶葉真っ黒て文句言ってたじゃん」 『エセお嬢様とエセ執事その2』 突然、祖父の遺産が転がり込んできた私はいきなりお嬢様になってしまった! 仕方がない!適当にバイトの執事を雇う事に! 「あーお嬢様?なんか午後から乗馬とお稽古みたいなんがございますよ?」 「は? 馬なんか乗ったことないんだけど」 「こんなんでお嬢様になれるんかよ」 それは言わないお約束 『エセお嬢様とエセ執事その3』 「お嬢様食べ方がゴミみたいでございますよ?」 「スラム育ちの私がいきなりお嬢様にとか絶対無理!」 そう言って彼女は泣き出してしまった。 まあ普通そうだよな…聞けば金持ちに養子にされたらしい。俺がスリをしようとした時に連れて来たジジイか。 ほっとくわけにもいかねえか…はぁ〜
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作者:しとえ
2026/10/01 • 👁 60回 • 💬 0件