その他

桃討奇譚

2,948文字 約6分で読了
作者:lue
鬼を成敗し お宝を取り戻した桃太郎 鬼は改心し めでたしめでたし ―― … とは いかなかった 我々鬼は 確かに人間の村々から宝物を奪い去った しかし 桃太郎に討たれ 牙を抜かれ 角を折られ そして我々の奪った宝物ばかりか 鬼の一族に代々受け継がれてきた 伝家の宝棍までをも持ち去られた 今 鬼はこれまでの悪行を反省し 改心するより他なかった だが一方で 誇り高く闘争心の強い鬼の一族は 桃太郎に敗れた屈辱を 決して忘れはしなかった 鬼はいつの日にか 桃太郎に雪辱を果たさんと 他の鬼よりも一際 体が大きく強かった親分の息子に 『鬼ノ介』と名づけ 修練を積ませていった …… やがて 歳月は流れ 鬼を退治した桃太郎が 少年から青年へと成長した頃 鬼ノ介もすくすく育ち 大きく強く逞しく なんと見事 立派な強い鬼へと成長していた そんな折のとある日 親分の命を受け 桃太郎の偵察へと趣いた鬼は その目を疑った 桃太郎とその育ての親のお爺さんお婆さん 桃太郎のお供だった 犬 猿 雉 我らから取り返した宝物を 奪われた者どもへと還しはせずに 彼らはそれを売りながら 左うちわで 優雅な暮らしを謳歌していたのだった 伝達の鬼からその事実を聞いた鬼の親分は 大いに憤った 「それでは我々がかつてしていた事と 何も変わらぬではないか!」 『桃太郎に募らせた積年の恨み 今ここに晴らそうぞ!』 鬼らの間にその気運は高まり ついには桃太郎の一味らへと攻め入る事を決意する 逞しくなった鬼ノ介と その配下に精鋭の鬼数名 徒党を組み 桃太郎を討ちにいざゆかん 相手は桃太郎一人と 老人が二人 それに動物がたったの三匹いるばかり 大勢で攻め入り 数に物を言わせ 桃太郎どもを討ち滅ぼす事も不可能ではなかったが 鬼ノ介の進言で 対等の数で桃太郎と闘うと決めるのだった 鬼ヶ島を離れ どんぶらこと舟に揺られ 桃太郎の住む集落へと鬼ノ介達は辿り着く 「頼もう!」 鬼ノ介は桃太郎の住む屋敷の前で 声を上げる その声は太く大きかったが 決して威圧のない 低く穏やかな声だった 生まれつき 鬼の気配を察する力でもあるのか 掛け声が止まぬうちから 桃太郎が屋敷の中から現れる 桃太郎は口を開く事なく キッとこちらを鋭く睨みつけてくる 鬼ノ介も臆する事なく桃太郎を見据え 言う 「桃太郎殿 貴殿が我ら鬼から奪った宝棍  返してはくれぬだろうか」 「さすれば 貴殿が我々から取り返した宝物の処遇  見なかった事にしよう」 配下の鬼どもがざわつく… けれど鬼ノ介は 構わず続ける 「その宝棍は我らが鬼の誇り」 「それだけはどうか 返してもらえぬだろうか?」 配下の鬼どもは桃太郎を討ち倒すつもりでやって来た きっと 鬼の親分もそのつもりで送り出したであろう けれど 一度 桃太郎に討たれ 改心した鬼々の間で育った鬼ノ介は 鬼らしからぬ 優しい心の持ち主へと育った 我らの誇りである宝棍さえ返ってくれば それでいい 無理に刃を交わす必要はない 話し合いで事が済むのであれば それに越した事はないだろう それが鬼ノ介の考えだった だが 桃太郎は言葉も返さず 黙って刀を抜く それは無言の拒絶の意であった ぐ… こうなってはやむを得ん 鬼ノ介も棍棒を構えぬわけにはいかなかった 所詮は 鬼と人 元より相容れぬ種族であり 争う運命なのだろうか? 鬼ノ介は本意ではないものの 伝家の宝棍だけは 絶対に取り返す覚悟だった そう思いながらも 闘争を前に鬼の血が騒ぐのか 自分の中に沸き立つものを感じたのも また事実で 最早 闘いは避けられなかった 鬼ノ介は配下の鬼達に 一対一で決着をつけると告げ 他の鬼を下げさせる しばしの睨み合いが続いたあと 膠着は破れ 桃太郎は刀を薙ぎ 鬼ノ介は棍棒を振るった 鉄と鉄とが鍔迫り合い 火花を散らす 力は五分 実力は拮抗しているようだった 桃太郎が刀を返せば 鬼ノ介もそれを棍棒で弾き 叩きに掛かる 鬼ノ介が棍棒を振るえば 桃太郎もそれを刃で受け 斬り返す そんなやり合いが幾度となく続き 鬼ノ介と桃太郎の闘いは まる一昼夜と続いた そして やがて陽が昇る中 ついに鬼ノ介の棍棒が桃太郎の刀の刃を折った ぜぇ… ぜぇ… 桃太郎は傷だらけ 鬼ノ介も鬼ノ介とて満身創痍ではあったが 得物を折られてしまっては 大勢は決した 「参った!」 「どうか命だけは助けてくれ!」 情けなく命乞いを始める 桃太郎 元々 初めから命など取るつもりはなく 騒いでいた鬼の血も 桃太郎との闘いを経て満足したのか いつしか落ち着き おさまっていた 「宝棍を返してはくれぬか」 桃太郎は無言だったが 奥からお爺さんお婆さんが現れ 布で大事に包まれた 鬼の宝棍を渡される 「初めからそれを渡してくれれば  お互いこんな傷だらけになる必要もなかっただろうに」 死闘を演じていた時のような圧はなく 穏やかな声で鬼ノ介は言う すると 老夫婦は重たそうに口を開き 言葉を返す 「それを… それを渡してしまったら…」 「鬼どもが… また勢いづいて  人々の住処を荒らしだすと……」 老夫婦は涙を流しながら そう答えた 「……」 …なるほど その言葉の意味は 鬼ノ介にも分からなくはなかった 元々 鬼どもが人間の村々を襲い 宝物を奪い漁ったのが 事の始まりである 取り返した桃太郎達が宝物を売り 私欲に走った落ち度こそあれど そもそも 鬼が人間から宝物を奪ったりせねば こんな事にはならなかったのである 鬼ノ介は何も言わず 老夫婦から宝棍を受け取ると そのまま 仲間を率いてその場を後にした 桃太郎と老夫婦 そして桃太郎の身を案じて集まってきた家来の動物達は みな黙って 鬼達が引き揚げて行くのを固唾を呑みながら 見つめていた (……) 神妙な気持ちではあったが 元々こうするつもりだったのだ これでいいんだと思った ――― 鬼ヶ島へと帰った鬼ノ介は 父親である親分にこう告げた 「父上 見事 桃太郎を破り  宝棍を取り返して参りました」 親分は大層満足そうに喜び 鬼ノ介にねぎらいの言葉を掛けながらも 取り返したはずの 宝棍以外の残った宝物はどうしたのかと問うた 「それならば 島へと帰る途中  人間どもの村々で 元の持ち主へと全て還してきました」 「……」 親分は鬼ノ介を見ながら しばし黙りこくった末に 「よくやった鬼ノ介よ! さすがは我が息子よ!」 ガッハッハッ! 大きく笑いながら そう告げた 鬼ノ介の言葉に納得したのか? それとも真意に気付いたのか? 鬼ノ介にもそれは分からなかったが 親分はもうそれ以上 何も言ってはこなかった 宝棍を親分へと返し ゆっくりと休息に就いた 鬼ノ介は闘いで傷付いた身体を休めながら 今日あった出来事を振り返った 桃太郎ら 人間の醜さを目の当たりにした けれど それは鬼も同じ事 違う種族同士 相容れぬ間柄ではあるかもしれないが この事がきっかけで この先 鬼と人との間に諍いが起きないようになればいい そう思った 桃太郎の刃を幾重にも受け 傷だらけの自分の体を見やりながら 鬼ノ介は満足そうに 静かな笑みを浮かべた 鬼の誇りは取り返したんだ 今はそれで充分だろう と …… それから さらに歳月は流れ―― … 桃太郎を育てた お爺さんお婆さんは元より 桃太郎もとうに寿命を迎え 既にこの世から去ったであろう頃 あれから 人間どもが鬼ヶ島に攻めてくる事はなかったし 鬼も 二度と人里を襲うような事はしなかった 妖である鬼の寿命は人間より遥かに長い やがて 鬼をその目で見た者は誰もいなくなり 鬼が昔話や遠い過去の噂でしか語られない存在になった頃 人里近くの山では 真っ赤で角の生えた - まるでおとぎ話に出てくる 鬼のような - 身体の大きな生き物が 時折 山腹から興味深そうに 人里を眺める姿が目撃されるという
2026/10/26 ・ 👁️ 9回 ・ 💬 0件

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