コメディ・日常

赤い印の贈りもの

932文字 約2分で読了
作者:TakaTuki
雪森町の無人駅を降りると、理沙のブーツは新雪に沈んだ。雪道を二十分ほど歩くと、りんご畑の向こうに選果場が見えてきた。軒下には、使い込まれた木箱が積まれている。 贈答用りんごのパッケージ刷新の取材で訪れた理沙は、古い箱の側面に残る赤い印に目を留めた。丸の中に、小さな山が二つ並んでいる。 「この印は何ですか?」 農園主の源一は、杉板を指で叩いた。 「昔から使ってる印だよ。形の悪いりんごや傷のついた実を集めて、町の学校や一人暮らしの年寄りに配るんだ。売り物にならなくても、味はいいからな」 「今も続いているんですね」 「ああ。待ってる人がいるうちは、やめるわけにもいかねえしな」 そこへ、孫の小春がスケッチブックを抱えてやってきた。 「おじいちゃん、この印、描き直してもいい? 集会所に持っていく箱だけでも、きれいにしたいんだ」 小春のノートには、昔の印を写した絵が並んでいた。源一は箱の傷みを確かめ、刷毛と赤い塗料を持ってきた。 理沙はその様子を見て、ノートを閉じた。 「私にも手伝わせてもらえませんか。デザインの仕事をしているので、印の描き直しならお役に立てると思います」 小春は嬉しそうに見本を差し出した。理沙は木箱に残る線を確かめ、剝げた部分だけを補うことにした。 ところが、木目に筆先を取られ、描いた円が少し歪んでしまった。 「失敗しちゃいましたね」 「いいよ。この箱に合ってるもん」 源一も覗き込んだ。 「どれが高瀬さんの描いた箱か、すぐわかるな。それも目印になるよ」 翌朝、木箱には小ぶりなりんごが詰められた。理沙も一箱を抱え、小春と源一とともに集会所へ向かった。 箱を開けると、お年寄りたちが顔をほころばせた。女性の一人がりんごを頬に寄せる。 「いい匂い……。この匂い、春まで取っておきたいねえ」 帰り道、小春が尋ねた。 「高瀬さんは、何を描くときが一番好きなの?」 理沙は、木箱の赤い印と、りんごを大切そうに持つ女性の姿を思い浮かべた。 「使い終わったあとも、捨てずに手元に残したくなるようなもの、かな」 午後、駅へ向かうバスの中で、理沙は源一からもらったりんごを手に取った。皮には小さな傷がある。それでも、窓から差す冬の光を受けて、赤く艶めいていた。 理沙はりんごを、コートのポケットにそっと戻した。
2026/10/14 ・ 👁️ 39回 ・ 💬 0件

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