コメディ・日常

ピオーネの蜜あるいは超ヒモ理論

2,370文字 約5分で読了
作者:珈琲時間
 僕は総毛立った。それは本日の夕食である秋刀魚の塩焼きのデザートととして出された熊本県産のピオーネの出来が凄まじかったからで、旬の秋刀魚に奇妙な価格高騰を見せる大根をたっぷりとすりおろし、たっぷりと容赦なく口内調理し、狂って頭のおかしくなった残暑の中、先取りした秋の味覚はこの鳥肌と相関は無い。 「口に入れ、舌と上顎の圧力を以て弾け出すのは完璧に調律された糖度と酸味を内包する水分と果肉。この力強さは正に蓄積された陽射しそのものであり、支えているのは徹頭徹尾管理された土壌のもたらす幾何学的持続保持供給力であり、僕はそれを愛と呼ぶ。何故なら穴の開いた傘を差すくらいなら海に飛び込む選択をする輩には絶対に到達出来ない極致だからである」 「ほぉん。それで?」 「愛であることに依拠するが故に舌上に触れる果肉は天使の指先であることに疑いは無いし、例えこの表現が異論を呼ぼうとも僕にとってそれは野鳥の囀りに等しい些事だということは前提として添えておく。またそう信奉するだけの意義と価値とが相待り捻れ、酷く強力無比な綱となり僕の両手は抗いもなく縛られるのだ。結果、不自由こそが幸福の伝道師であると、今日も思い知らされる愚かさをどうか許してほしいと願わずにはいられない。一粒。そして、一粒。一粒。しかし有限である行為の中で可能な限り、僕は反芻しよう。これは宣言であり宣言ではないのだが。不自由の神が遣わす無邪気爛漫な美味という天使。その指先を待つだけの阿呆と化したとて対価は倍補っても余りありその先には閾値を超えた幸福の支配する領域が待っている」 「一房二千五百円した。税抜き」 「しかし、だ。罪深い罪が僕の手に佇む。コロンビアの誇るトップオブトップ。恵まれた地で育まれ天まで積み重なる叡智のみが可能にする発酵の御技。膨張する糖度に人間が使役する言語程度では到底形容し得ない風味特性。もはや嫉妬すら許されない。つまり神に等しい感情を僕は抱く。たった一杯のコーヒーに、だ。そうコーヒーという単語の指す物質は人間言語の性質的欠陥を根源的に示唆し偶に指摘する。木も種も焼焦体も微塵となっても液体となってもまたあるいは牛乳をはじめとする乳脂肪を差し込まれても、コーヒーはコーヒーでコーヒーであるが故にコーヒーはコーヒーたり得るのが一般化して一体幾年が経つのかを我々は胡座をかきながら忘却し続けるという器用な事で器用そうな事を今日においても見事にやってのける。元来、君はあるいは君らはそれを口にする前に問わなければならない。香りを鼻腔に詰め込む前に逡巡を求められる。それはコーヒーがコーヒーである証左はコーヒーにしか求められない事実に向き合う態度を、だ」 「それは百グラム八千円もした」 「模範宇宙的規律が求めるのなら首を垂れ尻尾を振り喜んで懺悔しようとも思う。失禁程度なら厭わない。太陽の雫の詰まった一粒と人類の叡智が神のつま先に触れ結晶化したコーヒーを同時に受肉するというこの事態を。瞬間的には交互にと言う方が正しいのだが、その程度が同時にと見做されるのは許容してあげても構わない。そうだ。僕は罪を犯した。しかし罪は即ち間違いでは無いとここに宣言する。君は、或いは君たちは、罪を避け続けることで間違いを犯し続けるが間違いを避け続け罪を犯さない者もいる。それは確かに稀にだが存在する。僕が罪人であることと君の或いは君以外に対し間違いを指摘してはいけないのかは分けて検討するべきだし、政治家やコメンテーターの奇行的発言にいちいち時系列を吟味することは、それらがただの周波数に分類されるという事実がまず前提として抜けている。故に僕の履歴書がどれほどの密度の直線や曲線の黒線で埋め尽くされようとそれは過去の羅列に他ならないし、現在当人である僕が発する周波数は完全に独立して評価されるべきである。これは二次元と三次元、はたまたそれ以上の次元を混同する認識齟齬が一般的にそういった癖へと全うに属しているからである。黒線と周波数は完全に独立されないという立場には黒線と周波数の因果関係の完結を求める。必ずしもなどという但し書きはこの場合認められない」 「うん。言いたいことはわかった。面接どうやったん?」 「落ちました」 「好き?」 「はい」 「はいじゃ分からん」 「愛してる」 「ほな、許したるわ」  如何してこのような形になったのかは、得てして理解されたいという欲求と理解などされたくもないという欲求同士が長い間同居し繁殖し環境の悪辣さというのが生成にテコ入れした結果があまりに珍妙で滑稽な姿をしていたので果たして進化という評価が正しいのか僕自身分からないから分からない。そのような結果同士が結実したが故であるとする。そのような結果同士がさらにゆい実したが故とされる。  この一連の蜜月の密室での蜜話自体が原始的には仕事として成り立ってしまっているという如何ともし難い事実は、例え口が頚椎まで裂けたとて、到底発音すべきでは無いのはまったくもって明らかである。わざわざ地雷を掘り起こして蹴り上げるほどには明快ですらある。  もし仮に万が一にもそんなことが存在し得る可能性を、貴方が貴女が君がお前が、僕がそんな愚行に指先を触れるかもしれないとウイルスサイズ程度にも邪推したのならn=n+1などという無理難題且つ荒唐無稽な数式を受け入れるに等しく、その認識は現時刻を以て即刻改めるべきだしあらゆる事柄に事物に最優先される改変事案であることを先ず認識しなければならない。それが素朴かどうかは問わない。  無論僕は心底敬服し、彼女を産み出した御先先先先先先先先々々々々々々々々祖様のゾウリムシの繊毛の先に至るまで一切の曇り無き純全とした感謝の意を示している。  諸君。 「何か言ったー?」 「ううん。今日も御御馳走様で御座いました」
2026/10/02 ・ 👁️ 67回 ・ 💬 0件

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