コメディ・日常

画廊ミラージュ

782文字 約2分で読了
作者:しとえ
 陰鬱な空が重くのしかかっていた。 足はきっと鉛よりも重い、吐き出したため息は空に登って灰色の雲になっているのだろう。 私が生きている世界は色がないかの様に感じた。  ふと顔を上げると見慣れぬ道を歩いている。 ここはどこだっけ…… 通りの角を曲がったところに画廊があるのに気がついた。 『画廊ミラージュ』  モザイクタイルの3段ほどの階段に、ガラス張りの表面入り口。 私は扉を開けて中に入った。 中では絵画展が催されている。 不安、悲しみ、優しさ、記憶。  絵画の下に書かれたタイトルのラベルと値段。 この絵は誰が書いたのだろう? 私に抽象絵画はよくわからないが、その中の一枚にとても心を奪われた。 灰色の中に1つだけ鮮やかな記号のような絵画。 ……まるで私みたいじゃないか。 オーナーらしき人が画廊の奥から出てくる。 にこやかで品の良い老婦人だ。 この絵を描いた作者の方はもう亡くなっていて、これは遺作展 らしい。 私はとても残念な気持ちになった。 この美しい心象風景を描いた画家はもうこの世界にいないのか。 絵の下に値段が書いてある。 ――三万円――  おそらく現代絵画としては値段が安いのだろうが、今の私には少しばかり高い気がした。 だがきっと買わずに出たら二度とこの絵には会えない。  私はその絵を買った。 作者さんの経歴と丁寧に梱包された絵画を受け取ると私は画廊 を後にした。  家の壁にそっと絵画を飾る。 灰色の日常にほんの少し色がさしたような気がした。  それからまた画廊ミラージュに行こうと思ったが、一体どこをどう歩いてあそこに行ったのか思い出せない。 まるで蜃気楼のように。あの場所は幻だったのではないかという気すらしてくる。 灰色の日常の中に浮かび上がった幻のような場所。 ――画廊ミラージュ―  きっとそこで私は心の中の小さなかけらを買ったのだ。 それはほんの少しこの世界に色を添えて。 今日という一日に、絵画を愛でる心をくれたのだ。
2026/10/16 ・ 👁️ 56回 ・ 💬 0件

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