コメディ・日常
あなたはもっとあなたになる
1,114文字
約3分で読了
「豊胸しよっかな。どう思う?」
二枚のトーストがオーブンで焼かれながら僕はコーヒーを淹れる。この愛でるべきルーティンの中、彼女が唐突に扱いづらいクエスチョンマークを叩きつけてくること自体は、そこまで珍しいことではないにしても、今日の思いつきは些かその性質に問題があった。
「そういうのは女友達に話すことじゃない?」
と、僕はもう少し思考時間の猶予が欲しい。
「どうして? あなたの問題でもあるんじゃない?」
「……たしかに」
完璧なきつね色に染まったトーストを一枚ずつ二枚の皿に乗せ、淹れ終わったコーヒーを二つのマグカップに注ぐ。
彼女はこれを見計らい、テレビのボリュームを下げ、冷蔵庫からピーナッツクリームを取り出し、食器棚からバターナイフを選び、僕らはほとんど同時にテーブルに着く。
「ねえ、やっぱり大きい方が嬉しいでしょ?」
そんなことを言われると僕の視線が『そっち』に促されるのは不可抗力と言って差し支えない。冷えて硬くなったピーナッツクリームを熱いトーストの上に伸ばしていく彼女の所作が、何故か何か何処か魔女的な妖艶さを感じさせる。
「まず、前提として。僕は君の胸だから好きなのであって、そこに大きい小さいは判断基準として設けられていない」
「じゃあ、私がすっぴんで横を歩いてても何も思わないわけ?」
「ん? んん? それはどちらかと言うとノーブラで出歩くに等しいんじゃないかな」
「朝から変なこと言わないで」
……どうしたいんだよ。
彼女からバターナイフを受け取り、僕もピーナッツクリームをトーストに押しつける。
━━『あなたはもっとあなたになる』
テレビから流れてくる何百回と聞いた美容整形のCMの広告文句に、彼女の視線が少しだけ揺れた。
「あぁ、こいつのせいか」
事態を飲み込んだ僕はコーヒーを啜る。エチオピアの深煎りの苦酸っぱさはピーナッツクリームと良く合う。
「君の」
少し恥ずかしそうに、あるいはバツが悪そうに視線を落とす彼女に僕は毅然と告げる。
「化粧品メーカーを僕がいちいち指定しないように、君の好きにすることに僕は反対しない。ただ僕の気持ちは胸の大小に左右されることなんてことはないよ」
「やっぱり小さいって思ってたんだ」
「そうは言ってない。……言ってない」
「今日お買い物行くでしょ? 胸の大きい人探そうよ。目の前にするとあなたの生理的欲求もその偏屈な理性より前面に出て来るでしょ」
「ああ、そうだ。ピーナッツクリームも予備が無いんだった」
パッケージに目を遣ると『ピーナッツバター20%』の表示。何度もおかわりしているのにまるで気付かなかった。
何故か何かまるで詐欺にでもあったかのような気分になり、僕はスマートフォンで100%のピーナッツバターを検索する。
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