コメディ・日常
直し傘、預かります
598文字
約2分で読了
雨の多い町だ。北陸の古い城下町、雨宮では、傘を使い捨てにしない。
石畳の路地には格子戸の町家が並び、軒先の雨樋から細い水が落ちる。川沿いの木橋を渡れば、祖母から継いだ私の傘直し屋がある。
その朝、川向こうの乾物屋の孫が、黄色い傘を抱えてやってきた。
「おじいちゃんの傘、直る?」
「どうしたの、それ。おじいちゃんの大事な傘でしょう」
「転んじゃった。しかられるかな」
骨が二本折れ、布の端がほつれている。継ぎ目には祖母特有の細かな縫い目が残っていた。
「大丈夫。お昼においで」
骨を替え、古い布に合う端切れを探す。祖母の針箱の底から、同じ黄色の布が出てきた。
昼過ぎ、雨が降り始めた頃、男の子がおじいさんを連れて戻ってきた。
「おお、直ったか。世話をかけたね」
老人は傘を開き、ゆっくり回した。
「この色は先代が選んでくれてな。孫が小さい頃、雨の中でも見つけやすいようにと」
私は傘の継ぎ目を指でなぞった。祖母の縫い目に、自分の縫い目が並んでいる。
「お代は?」
「端切れの分だけ、いただきます」
老人は笑い、男の子を傘の下へ招き入れた。
二人は一本の傘で木橋を渡っていく。川面には柳が揺れ、雨に濡れた格子戸の向こうから、焼きたての煎餅の匂いが漂ってきた。
黄色い丸が、灰色の石畳をゆっくり遠ざかる。
軒先で雨宿りする旅人に、私は声をかけた。
「よかったら、中で雨宿りしていきませんか」
祖母もよく、そう言っていた。
今日の雨は、悪くない。
\ 次の作品を探す /

読者の感想・応援メッセージ