ホラー・怪談
ひとめ惚れ
1,384文字
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彼女を初めて見た瞬間、僕は吸い寄せられるように彼女へ声をかけていた。
「すみません、好きです。付き合ってください」
自分でも正気とは思えなかった。常識を疑われても仕方がない行為だし、平手打ちを喰らっても文句は言えない。だが、彼女は驚いて少しだけ目を見開いた後、微笑んで頷いたのだった。
「はい。よろしくお願いします」
出会ってわずか数秒で、僕たちは恋人同士になった。
付き合い始めて間もない頃、僕たちは互いの幼少期の話をした。そこで判明した事実が、この異常な出会いに明確な理由を与えてくれた。
僕は幼い頃から、同じような夢を繰り返し見ていた。大人になった自分が、ある一人の女性と恋に落ち、穏やかな日々を過ごす夢。そして、彼女もまた、同じような夢を見ていたという。
「……それって、前世の記憶だったんじゃないかな」
彼女のその言葉に、僕は強く頷いた。僕たちは前世で恋人同士であり、運命に導かれて今世で再会を果たしたのだ。昔見た夢の答え合わせをするたびに、僕たちの前世の記憶は加速するように蘇っていった。
初めて二人で行った水族館のこと。僕の誕生日に彼女がくれた、少し不器用な手編みのマフラーのこと。くだらない理由で喧嘩をして、雨の中で仲直りしたこと。
さらに記憶を辿るうちに気がついたことがあった。前世の僕たちもまた、出会った瞬間に交際を始めていたのだ。
「もしかして、前前世でも僕たちは恋人だったのかな」
「そうかもしれない。ううん、きっと前前前世……、それよりもずっと前からそうなんだと思う」
今世で彼女と出会ってから、一ヶ月ほど過ぎた頃に事件は起きた。
僕たちの脳内には何十年分もの濃厚な愛の記憶が満ちている。
それを意識するようになった時、僕は少し冷めてしまった。
決して彼女のことが嫌いになったわけではない。ただ、刺激があまりにも足りなかった。付き合って一ヶ月にもかかわらず、老夫婦のような空気感だった。新鮮さは皆無で、会話の展開すら予測できた。
そうして、僕は魔が差した。
僕は別の女性と、一度だけ浮気をしてしまった。絶対にばれないはずだった。証拠は完璧に消したつもりだった。
しかし、付き合い始めて一ヶ月の彼女に、即座に見抜かれてしまった。
今世の交際期間は短くても、前世以前からの通算で言えば、彼女は誰よりも僕の癖や雰囲気を知り尽くした人物だったからだ。僕の立ち居振る舞いひとつで、すべてを察したらしい。
「もう二度としない。頼む、許してくれ」
僕は床に膝をつき、必死に頭を下げた。しかし、上から降ってきたのは冷ややかな声だった。
「許すわけないじゃない。……いったい何度私を裏切れば気が済むの?」
彼女の瞳には、怒りと呆れが混ざり合った深い陰りが宿っていた。
「前世でも、前前世でも……あなたはいつもそう」
その言葉を聞いた瞬間、脳奥の重い扉が勢いよく開いた。
怒涛のように蘇る記憶。
そうだ。思い出してきた。前世でも、前前世でも、前前前世でも、僕は同じように「新鮮味がなくなった」と言い訳して浮気をし、そして……。
僕の視線の先で、彼女が静かにバッグから何かを取り出す。刃渡りの長い、よく研がれた包丁だった。
「今世こそは変わってくれるかなって、ちょっとだけ期待してたんだけどな」
彼女が静かな足取りで近づいてくる。
かつて夢で見た前世の光景がフラッシュバックする。僕は抵抗を諦め、静かに目を閉じた。
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