コメディ・日常

雪うさぎのような彼女へ

1,414文字 約3分で読了
作者:しとえ
「うさぎってさ冬になると毛の色が変わるでしょ。冬毛に生え変わって。雪の中で目立たないように雪そのものにカモフラージュするんだ」 うさぎの背を撫でながら彼女はそう言った。 野生の生物はとてもしたたかで強い。 進化における適応とは生存率を上げるために環境そのものに肉体を変化させる。 最たるものが擬態カモフラージュなのだろう。 彼女はとても目立たない。 だがそれが本当の彼女でないことを私は知っている。  窓辺の3番目の席、そこが彼女の席でいつもそこからどこか遠く窓の外を見ていたのを思い出す。 彼女と仲が良くなったのは高校に入って2学期、ふとしたことからだった。 きっかけはうっかり彼女のノートを私が持って帰ってしまったことだった。 家に帰ってカバンを開けてから気がついた。 ノートにはびっしりと詩が書かれていた。 ただただ、びっくりしてしまった。 話したことがない何を考えているのかわからない、目立たない彼女。 そんな彼女の考えが、それはそれは美しい言葉でつづられていた。 私は文芸に明るい方ではない。 誰かが書いた詩を読んだのなんてそれこそ学校の授業でほんの2から3編ぐらいだろう。 そこには彼女の心があった。 私はその本をすぐに返すことができなかった。 それは、内容を見てしまった気まずさもあったしそこに書かれていた詩が美しくて返したくないという思いもあったからだ。 翌日返しそびれて、さらにその翌日彼女は新しいノートを買っていた。 ノートなしに授業を受けるわけにはいかないので当然といえば当然なのだが…… なんとか覚悟を決めて彼女にノートを返せたのは1週間も経ってからだ。 「ごめん私の荷物に紛れちゃって」 気まずくて何とか言ったのに彼女の対応はあっさりしたものだった。 「あ、そうなの。ありがとう」 ノートを受け取れば本当に何も興味がなくなってしまったかのような彼女。 「あのごめん。ちょっと中身見ちゃった」 私としては思いっきり勇気を出してそう言ったつもりだったがやはり彼女はたいして興味がなさそうに、 「いいよ。中身見ないと誰のかわからないもんね」 と一言返ってきた。 「すごいねノートに書いてあった…詩?」 その一言から少しずつ会話が発展し彼女は自分が書いたものの話や好きなものの話をしてくれるようになった。 そして私たちは友人になったのだ。  それまでの高校生活が一変した。 私には見えていない世界、感じていなかった世界を彼女は感じている。 今までの人生において出会った誰よりも彼女の言葉に惹かれた。 高校生活の3年という歳月がどんな時代よりも鮮やかに記憶に残っているのは彼女がいたからだ。 大学に入り私たちは別々になった。 彼女がその後文学賞を取ったのを私は知っている。 ノートに書かれた詩ではないけれど本という形で私は彼女の作品と再び巡り合った。それは誰もが知っている作品だ。 だが作家の生活というのは表に出てくるものではない。 作者が彼女であることを知っている人間はほんのわずかだろう。 雪に紛れてその姿を隠すうさぎのように彼女の姿を見つけられるものはほんのわずかしかいないのだ。 それはきっと彼女の処世術。この世界に擬態し目立たずに生きている。 だが才能は誰もが愛してやまないものだ。 きっとこの先もずっと……  同窓会に行った時、彼女は来ていなかった。 そのことを気づいていたのは私だけだろうか。 同窓生たちと話すが誰も彼女の名を口にしなかった。 誰も彼女の活躍を知らない。 私は鞄の中の彼女の本を握りしめた。
2026/09/28 ・ 👁️ 60回 ・ 💬 0件

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