SF・ファンタジー

飴と金平糖

972文字 約2分で読了
作者:福子
 私はその駅で列車を下りた。 夜はまだ明けておらず、ガス燈の心もとない明かりが、朝の気配をまとった駅員すらいないホームをぼんやりと照らしていた。 ホームの端に立つ古びた駅名標に目をやると、手の中の切符と同じ四文字が刻まれていた。  北の町。  私はしばらく、その文字を見つめた。 どうしてここへ来たのか。何を探しに来たのか。 結局よく分からないままだけれど、どうしてもここへ来なければならないような気がした。  空の下のほうが、ゆっくりとミルク色に染まり始めていた。 私はそれを眺めながら、ほう、と息を吐き、駅を出た。 駅前の大通りに、一軒だけ明かりのついた喫茶店があった。 私は吸い込まれるように、その店へ入った。  そして――北の町で、こんな話を聞いた。 「夢を捨て、妥協《だきょう》をし、様々なことを諦めるのが『大人になる』ということだ。その点からいえば、君はまだまだだな。」 「はあ……、そうですか。」  カフェでコーヒーと読書を楽しんでいると、そんな会話が隣の席から聞こえてきた。少し気になって横目で様子をうかがうと、スーツ姿の男性が二人、向かい合って座っていた。いわゆる「ドヤ顔」で話していた中年男性と、気のない返事をしている若い男性。上司と部下だろうか。  私は、二人の会話を思い返した。 よく耳にする言葉だけれど、改めて聞くと、体裁《ていさい》を良くして恰好《かっこう》つけただけの、自分を誤魔化す言葉にしか聞こえてこない。それだけじゃない。自分の価値観が全てで、絶対的に正しいと思い込んでいる人たちも少なからず存在する。なるほど、あんな風にドヤ顔で話して恍惚感《こうこつかん》に浸るわけだ。目の前の相手はテーブルの下に隠したスマホの画面ばかりを見て、全く話を聞いていないのにも気づかずに。 私はため息をついた。こんなことを考える私も、夢を捨て、妥協をし、様々なことを諦めて日々を生きている、大人なのだ。 「ねえ、知ってる? 子どもにとって、いちばん甘いものは、ドロップスなんだよ。」  カフェの外を通る女の子の言葉が、私の耳と心を直撃した。私はフッと小さく笑った。 ああ、そうか。どんな妥協も諦めも、自分の心を偽ってしまっては、真の大人とは言えないんだ。  帰り道、駄菓子屋に立ち寄って、幼い頃に大好きだった金平糖を買った。 ひと粒取り出して夕日にかざすと、陽の光を受けてキラキラと輝いた。
2026/10/02 ・ 👁️ 56回 ・ 💬 0件

\ 次の作品を探す /

読者の感想・応援メッセージ

まだ感想はありません。

0 / 1000文字