コメディ・日常
ウサギとカメ
1,123文字
約3分で読了
あの敗北から、ウサギの苦悩は始まった。
圧倒的な走力を持ちながら、油断して途中で昼寝をしたためにカメに負けた。その屈辱を晴らすために、ウサギは何度もカメに再戦を申し込んだ。
しかし、敗北は続いた。
眠くならないようにと、ネットで見つけた「誰でもなれるショートスリーパー講座」を受講した。だが、講師の教えは単に眠気を我慢するだけの疑わしいもので、睡眠不足で臨んだレース本番では、スタートしてすぐに猛烈な睡魔に襲われ、深い眠りに落ちてしまった。
勝負運にすがり、風水師の助言どおりに「吉方位」へ走ったこともあったが、盛大にコースを逆走してしまい、ゴールにはたどり着けなかった。
連勝を重ねるカメに対し「不正をしているのではないか」と週刊誌が疑惑を報じると、ウサギはこれに飛びつき、SNS上でカメを徹底的に攻撃した。
しかし、その後、週刊誌の報道内容の信憑性が次々と崩れ去り、疑惑は事実無根であることが明らかになった。結果として、根拠のないデマに踊らされてカメを叩いていたウサギは、激しいバッシングを受けることになった。
精神的に追い詰められたウサギは、陸上界で話題の厚底カーボンシューズの導入を考えた。
これさえあればカメなど一瞬で置き去りにできる。そう確信してスタートラインに立ったが、沿道の観客から冷ややかな声が飛んだ。
「あれってルール違反じゃないの?」
「そこまでして勝ちたいのかね」
観客の痛烈な批判を受け、ウサギはハッとした。確かに道具に頼って勝ったところで、あの日の屈辱を本当の意味で晴らすことにはならない。
ウサギは靴を脱ぎ捨て、自らそのレースの棄権を申し出た。
小手先の策はもうやめだ。
ウサギは心を入れ替え、己の肉体だけを極限まで鍛え上げることにした。来る日も来る日も走り込み、ストイックな求道者として己の限界を超えていった。
そして迎えた運命のレース当日。
ウサギのコンディションは過去最高に仕上がっていた。迷いはない。純粋な走力だけで、カメを圧倒してみせる。
スタートの合図とともに、ウサギは完璧なスタートダッシュを決めた。鍛え上げた脚力がアスファルトを力強く蹴り上げ、風を切り裂く。今回こそは絶対に勝てる……はずだった。
直後、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。
「はい、そこのウサギさん、止まりなさーい」
制服姿の警察官だった。ウサギは急ブレーキをかけて立ち止まった。
「スピードを出しすぎだよ。ここは先月から、制限速度が時速60キロから30キロに引き下げられたんだ」
「今は大事なレース中で急いでいるんだ。なんとか見逃してくれないか」
「いや、そういうわけにはいかなくてね」
警官とやり合っている間に、ゆっくりと歩くカメが、ウサギの横を静かに通り過ぎていった。
\ 次の作品を探す /

読者の感想・応援メッセージ