コメディ・日常
さよならの洗濯日和
1,856文字
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雲一つない、突き抜けるような青空が広がっている。三月特有の少し尖った風が、ベランダに干したタオルの端をパタパタと躍らせていた。まさに、絶好の洗濯日和だ。
今日、私は彼が残していったスニーカーを洗うことに決めた。こんな日に、いつまでも玄関の隅で埃を被っている「未練」を放置しておくのは、空に対して失礼な気がしたからだ。
そのスニーカーは、元々は白かったはずだが、今はどこか薄汚れ、持ち主が歩んできた距離を物語るようなくたびれた表情をしていた。彼はこれを履いて、よく私を散歩に連れ出した。坂道の上にある公園、海が見える防波堤、駅前の賑やかな商店街。それらの記憶が泥汚れと一緒に染み付いている。
洗面所にバケツを用意し、ぬるま湯を張る。粉末洗剤を振り入れると、懐かしい石鹸の香りが立ち上った。キャンバス地の靴を水の中に沈めると、じゅわっ、という音がした。お湯の中で、固まっていた汚れがゆっくりと解けていく。私はブラシを手に取り、まずは右足の踵から擦り始めた。
彼はよく笑う人だった。でも、その笑顔の裏側に、私には決して踏み込ませない聖域を持っている人でもあった。
一年前、彼がこの部屋を出て行った時、持っていかなかったものは意外と多い。このスニーカーもそうだし、読みかけの文庫本、お揃いで買ったマグカップ、そして「また連絡する」という、守られることのなかった約束。
力を込めて擦ると、ブラシの毛先がシャカシャカと小気味よい音を立てる。泡が次第に灰色に染まっていく。それが、彼と過ごした時間の澱(よど)みのように見えて、私はもっと激しく手を動かした。
忘れたいわけではない。ただ、立ち止まったままの自分にそろそろ飽きてしまったのだ。
彼がいなくなってからの私は、まるで季節が止まった部屋に閉じ込められているようだった。外で桜が咲き、セミが鳴き、紅葉(もみじ)が舞っても、私の心にはいつも、あの別れの日と同じ、どんよりとした曇天が広がっていた。
泡を一度洗い流し、新しいお湯に入れ替える。今度は酸素系の漂白剤を足した。真っ白な泡がシュワシュワと弾ける。
二足のスニーカーがバケツの中で重なり合っている。かつて、横に並んで歩いていた、私たちの足元のように。
ふと、視界が滲んだ。慌てて手の甲で目を擦る。洗剤の混じった水が目に入りそうになり、慌てて顔を上げた。窓から差し込む陽光が水面に反射してキラキラと揺れている。その眩しさに目を細めた時、脳裏に蘇ったのは、彼との喧嘩のことでも、別れの言葉でもなかった。
それは、今日のようなよく晴れた日、二人でアイスクリームを食べていた時の、なんてことのない光景だ。
「晴れた日はさ、それだけで得した気分になるよね」
彼はそう言って、溶けかけたバニラを口に運んだ。
「もし僕がいなくなっても、晴れた日にはちゃんと外に出るんだよ? 光を浴びないと、人間は枯れちゃうから」
あの時、私は「縁起でもない」と笑い飛ばしたけれど、彼は知っていたのかもしれない。私が一度落ち込むと、どこまでも深く潜ってしまい、なかなか浮き上がってこれない性格だということを。
最後の一揉みを終え、私は大量の水で泡を流した。何度も、何度も。水が透明になり、スニーカーが本来の白さを取り戻すまで。
ベランダへ出ると、風は先ほどよりも少し暖かさを増していた。物干し竿に専用のハンガーを使ってスニーカーを吊るすと、日光を浴びた靴は濡れているせいで光を反射し、新品のように輝いて見えた。
一仕事を終え、私は手すりに寄りかかって大きく息を吐いた。
見上げる空はどこまでも高い。この空の下のどこかに、彼はいる。新しい靴を履いて、私とは違う道を、あの頃と同じような足取りで歩いているのだろう。
それでいいと思った。私だって、今日から新しい靴を履ける。あるいは、この真っ白に洗い上げた思い出を履いて、もう一度自分の足で歩き出すことだってできる。
乾いたタオルで手を拭き、部屋に戻ってコーヒーを入れることにした。お湯が沸くコポコポという音が、なぜかたまらなく愛おしい。こうして日常の小さな音が、一つずつ色を取り戻していく。
スニーカーが乾く頃には、私はもう、玄関の鏡の前で泣きそうな顔をすることはないだろう。
空は青く、風は優しい。世界はこんなにも、光に満ちている。
私は一口、温かいコーヒーを啜った。喉を通る熱が、冷え切っていた心の奥をじんわりと温めていく。
さて、明日は何をしようか。真っさらな手帳のページをめくる。
――晴れた日に。
私は私を取り戻すための、最初の一歩を踏み出した。
(了)
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