コメディ・日常

あー幽レディ?

4,011文字 約9分で読了
「あー幽レディ?」 「違う違う違う! 右! 右だって!」 「分かってるって!うるさいなあ……」 「分かってない! そこ左!」 「今、右って言ったじゃん!」 「さっきは右! 今は左!」 「うるさぁぁぁい!」  コントローラーを握ったまま叫ぶと、リビングが一瞬だけ静かになった。  一瞬だけ。ほんとに一瞬。 「ほらぁ、死んだ。だから言ったのにー」 「誰のせいだと思ってんの!?」  画面の中央で、私のキャラクターが無惨に倒れていた。  背後から「あーあ」「あちゃー」「やれやれ」などなど、声が十人分聞こえてきた。 いらいらしながら、私は振り返った。 「ゲームくらい静かにやらせてよ!」 「だって見てると口出したくなるじゃん」  ソファの背もたれに逆さまになっている赤茶色のショートヘアが、けらけら笑う。  茜。  声が大きい。態度も大きい。身長も高い。 「今のは夏帆、あんたが悪いよ」 「何が!?」 「回避、遅かったし」  金髪の巻き髪を指に絡めながら言ったのは、麗華。  家の中でもメイクが完璧な女。 「ゲームとかしたことないくせに」 「見れば分かるよ」 「分かんないよ、普通!」 「……次は、左から来ると思う」  小さな声がした。  見ると、リビングの隅で小夜が膝を抱えている。  淡い藤色の長い髪。  小柄で華奢。  大きすぎるパーカーの袖から、指先しか出ていない。 「小夜?」 「たぶん……左……」 「なんで?」 「なんとなく……」  私は画面を見る。  復活。  進む。  左から敵。 「うわっ!」 「ほらぁ……」 「小夜すご!」 「だから言ったのにぃ……」  萌え袖で口元を隠しながら、小夜がしょんぼりする。 「もっと早く言ってよ!」 「言ったよぉ……」 「聞いてあげなよ」 「聞いてたから!!」 「聞いてないじゃん」 「みんな同時に喋るからわかんないの!」  また始まった。  ああでもない。  こうでもない。  回復しろ。  逃げろ。  戦え。  アイテムを拾え。  その宝箱は怪しい。  大丈夫だから開けろ。  やっぱり罠だった。 「もうゲームやめる!」 「えー!」 「もう一回!」 「じゃあ次、私にやらせて!」 「触れないでしょ!」 「あ……そっか」  これが、私の日常だ。      *  私は十人の幽霊と暮らしている。  一軒家。  二階建て。  築年数は知らない。  少なくとも綺麗ではない。  雨の日には二階の廊下が少し臭うし、階段は三段目だけやたら軋む。  冷蔵庫は古い。  お風呂は狭い。  でも部屋だけは多い。  だから十人も住み着いた。  ――らしい。  私が来たときには、もう全員いた。  長身で騒がしい茜。  金髪巻き髪で美容にうるさい麗華。  藤色の長髪に萌え袖、いつも何かを心配している小夜。  黒髪ボブで料理好きの千景。  青みがかったショートヘアでゲーム廃人のミオ。  ふわふわした茶髪で、ちょっとふっくらした食いしん坊の杏。  銀髪ロングで無口なくせに、笑いのツボだけ妙に浅い冬花。  派手なピンク髪と濃いメイクで、恋愛話になると誰よりうるさいマナ。  背が低くて童顔なのに、口を開けば毒しか出てこない柚。  最後が、黒髪を腰まで伸ばした、この家最年長のお姉さん役、環。  そして、人間の私――夏帆。  十一人暮らし。  いや。  正確には、  人間一人と、幽霊十人暮らし。 「ねえ」  マナが私の肩から顔を出した。 「今日どうだった?」 「……うわあ、変なところから顔出さないでよ。で、何が?」 「何がじゃないでしょ。例の男の子」 「……あー」 「喋った!?」 「ちょっとだけ」 「なんてなんて!?」 「プリント回して、って」 「キャー!」 「うるっさい!」  なぜその程度で盛り上がれるのだ。 「脈ありじゃん!」 「どこが!?なんで?逆に」 「わざわざ話しかけてきたんでしょ?」 「後ろの席だから!」  麗華が呆れた顔をする。 「マナの恋愛相談だけは聞かない方がいいわよ」 「なんでよ!」 「前回も『絶対脈あり』って言った男、彼女いたじゃない」 「あれは事故!」 「恋愛に事故とかあるの?」  柚がぼそっと言った。 「マナ、見る目ないもんね」 「柚ぅ!!」 「事実」 「でも……」  小夜が萌え袖を口元まで持ち上げる。 「その人……やめたほうがいい気がする……」  全員が止まった。 「出た」 「小夜の予感」 「今度は何?」 「分からないけど……なんとなく……」  私は頭を抱えた。 「お願いだから私の恋を十人で審議しないで!」      *  夕食も大変だ。  食べるのは私だけなのに。 「味噌汁薄くない?」 「ちょうどいい!」 「野菜少ない」 「昼に食べた!」 「肉焼きすぎ」 「これくらいが好きなの!」 「ご飯もう少し食べたら?」 「環まで!」  十人が私の夕食を囲んでいる。  誰も食べない。というより、食べられない。食べるフリをするだけ。  なのに全員、口を出す。  杏なんて毎晩、 「一口だけでいいから食べたい……」  と、私のご飯を恨めしそうに見つめている。 「幽霊って太らないんでしょ?」 「うん」 「いーいなあ」 「食べられないけどね」 「それは嫌だけど……」 「でしょ?」  妙なところで意見が一致した。      *  夜。  お風呂に入れば、扉の向こうから声がする。 「シャンプー変えた?」 「麗華、分かるの?」 「香りが違う」 「怖いから!」 「幽霊だからね」 「そういう怖さじゃない!」  ベッドに入れば、 「明日何時起き?」 「七時」 「六時半にしなよ」 「なんで?」 「髪巻くなら時間かかるよ」 「巻かない!」 「例の男子いるんでしょ?」 「マナ、まだ言ってるの!?」  眠れない。  本当に眠れない。 「もう! みんな静かにして!」  ずっとうるさい。うるさすぎる。  布団を頭まで被った。  しん、とした。  珍しく、本当に静かになった。  ……。  …………。  静か。  やっと眠れる。  なのに。  なんだろう。  少しだけ、寂しい。  布団から顔を出す。  部屋には誰もいない。 「……みんな?」  返事がない。  さっきまであんなにうるさかったのに。  起き上がる。あれ。どうしたんだろう。 「茜?」  いない。 「マナ?」  いない。 「小夜?」  返事がない。  胸の奥が、きゅっとした。  私はベッドを降りる。  廊下へ出た。  一階から小さな声が聞こえる。 「……だから、今日は私が」 「ダメ。昨日も言ったじゃん」 「でもそろそろでしょ?」 「まだいいんじゃない?」  リビング。  扉の向こう。  十人の声。  私はそっと開けた。 「何してるの?」  全員が振り返った。 「あ」 「起きてた」 「ごめん、うるさかった?」 「いや……」  私は胸を撫で下ろした。 「急にいなくなるから」  茜が笑う。 「何それ。寂しかった?」 「違うし」 「寂しかったんだ」 「違う!」 「かわいっ」 「うるさい!」  でも。  本当は少し安心していた。  うるさい。  鬱陶しい。  ゲームの邪魔をする。  恋愛にも口を出す。  ご飯にも口を出す。  お風呂にも。  寝る時間にも。  何にだって口出ししてくる。  だけど。 「……私、やっぱりみんなといるの好きかも」  言ってから後悔した。それはもう激しく。  後悔ってこういうことかって思ったよ。  十人の顔が一斉にこちらを向いた。 「えっ」 「今なんて?」 「録音した?」 「してない!」 「もう一回言って?」 「もう言わない!」 「好きって言った!」 「そんなこと言ってないから!」 「言ってたよぉ……?」 「小夜まで!」  笑い声が響く。  私はため息をついた。  やっぱりうるさい。  でも。  このうるさいが、好きだ。 「それで?」  私は訊いた。 「何の話してたの?」  十人が顔を見合わせた。  環が私を見る。 「そろそろかなって」 「何が?」 「交代」 「…………もう?」  口から出た言葉に、自分でも驚いた。  マナが頬を膨らませる。 「もうって何よ。結構長かったじゃん!」 「だって私、まだ――」 「ずるい!」 「私も外行きたい!」 「プリン!」 「杏はそればっか!」 「映画館行きたい!」 「ゲームの新作!」 「彼氏作りたい!」 「マナはやめときな」 「なんでよ!」  私は笑った。 「もうちょっとだけダメ?」 「ダメー!」 「順番!」 「約束でしょ!」  十人に責められる。  私は渋々、自分の胸元に手を置いた。 「……分かったよ」  目を閉じて  ゆっくりと息を吐く。  身体から、力が抜けていく。  足先が薄くなる。  指が透ける。  鏡を見る。  そこに私は――  映っていなかった。 「はぁ」  私は宙へ少し浮かんだ。 「やっぱこっち、楽」 「おかえり」  環が笑った。 「ただいま」  そう。  この家に、  人間は一人もいない。  十一人。  全員、幽霊。  ただし。  一人だけ。  順番で、人間のふりをする。  学校へ行く。  買い物をする。  ゲームをする。  ご飯を食べる。  恋だってする。  私たちの、  人間ごっこ。 「次! 私!」 「私!」 「はいはいはい!」 「多数決にする?」 「じゃんけん!」 「幽霊がじゃんけんしてどうすんの」  騒ぎの中。  小さな声がした。 「……わ、私も……」  全員が止まる。  小夜が萌え袖から指先だけを出して、そっと手を挙げていた。 「小夜?」 「わ、私も……人間……やってみたい……」 「聞こえない!」 「茜!」 「もっと声出して!」 「む、無理ぃ……」 「じゃあ小夜!」 「決定!」 「えっ」 「おめでとう!」 「待って、心の準備が……」 「明日からね!」 「えぇぇ……」  小夜が泣きそうになった。  でも。  少しだけ笑っていた。  環がそんな小夜を見て、優しく声をかける。 「小夜、準備はいい?」 「……た、たぶん」      *  翌朝。  玄関に小夜が立っていた。  萌え袖のまま。 「小夜」 「……なに?」 「手、出したほうがいいよ」 「……やだ」 「その袖でご飯食べる気?」 「…………」 「スマホも落とすよ」 「…………」 「手洗うたびに袖びちゃびちゃになるよ」 「……出す」  小夜が渋々、袖から手を出した。 「寒い……」 「春だよ!」  十人で笑った。  小夜が玄関の扉を開ける。  朝の光が差し込んだ。 「じゃあ……行ってきます」 「いってらっしゃーい!」  扉が閉まる。  静かになった。  ほんの一秒だけ。 「ねえ! ゲームしよう!」 「やる!」 「私、指示する!」 「やめて! 昨日それで負けたんだから!」  私は笑った。  昨日まで、  あっち側にいた。  今日からは、  こっち側。 「違う違う!」  私はテレビの前まで飛んでいく。 「右! 右だって!」 「うるさい!」 「そこ左!」 「今、右って言ったじゃん!」 「さっきは右! 今は左!」  みんなが笑った。  この家では今日も、  ひとりだけが人間になる。  そして十人が、  そのひとりを、  うるさいくらい見守っている。
2026/09/25 ・ 👁️ 89回 ・ 💬 2件

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読者の感想・応援メッセージ

槻*ちょこ汰。
外山信行さま
コメントありがとうございますー!✨
うれしいです!!

小説自体、本格的に始めたのが最近で
未だまだまだ勉強中で
全然なので、とても励みになりますー!

ありがとうございます!!
これからもがんばります!
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