SF・ファンタジー

宇宙(そら)の迷子石

861文字 約2分で読了
作者:河内謙吾
 木星の衛星「エウロパ」の地下海を泳ぐ探査艇が、奇妙な人工物を発見した。  それは、周囲の氷や岩石とは明らかに異なる「完全な立方体」をした、掌サイズの黒い石だった。  地球の最先端研究所に持ち込まれたその石は、世界中の科学者を驚愕させた。  あらゆる電磁波を完全に吸収し、表面温度は常に絶対零度。  どれだけ強いレーザーを照射しても、原子ひとつ傷つかない。さらに驚くべきことに、その質量を測定すると、なんと「正確にマイナス12グラム」を示したのだ。  置いた秤のメモリが、逆に軽くなる。 「これは、負の質量を持つ未知の安定物質……いや、一種の『時空の穴』だ」  物理学者たちは色めき立った。この石の構造を解明すれば、空間を歪めて移動する「ワープ航法」や、重力を自在にコントロールする技術が手に入るかもしれない。  人類の科学は、一気に数世紀ぶん進歩するはずだった。  世界中から天才が集まり、数ヶ月に及ぶ総力戦の解析が行われた。  そしてついに、石の内部から微弱な「量子信号」を取り出すことに成功する。信号を言語に翻訳するプログラムが走り、ディスプレイに文字が浮かび上がった。  人類初の、異星文明からのメッセージ。  科学者たちが固唾を飲んで見つめる中、画面に表示されたのは、実に拍子抜けするような内容だった。 【紛失届】  品名:時空安定用重力アンカー(文鎮サイズ)  特徴:黒色、立方体、質量マイナス仕様  状況:オリオン腕方面への家族旅行中、子供が窓から落としたと思われます。拾った方は、最寄りの銀河役場までお届けください。  なお、原始文明の方が神の道具と勘違いして、分解しようと無理なエネルギーをかけると、反作用でその惑星系が消滅しますのでご注意ください。  部屋がしんと静まり返った。  主任研究員は、ちょうど石に超高出力の粒子加速器を照射しようと、照射ボタンに指をかけていたところだった。  彼はそっと指を離し、額の汗を拭った。 「……よし、みんな。これは見なかったことにしよう。今すぐ、エウロパの元の場所に沈めてくるんだ」  人類が宇宙の真理に到達するには、まだ少し、早すぎたようだった。
2026/10/08 ・ 👁️ 38回 ・ 💬 0件

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